とある吸血の上条当麻   作:Lucas

30 / 38
30話 セリオン

9月5日

 

 

 

窓のないビル

 

 

 

「フゥ…」

 

上条の言葉を聞いたアレイスターは嘆息するかのように長い息を吐く。

 

「それでいいのか?このままでは人間は神の奴隷だ。救いたいとは思わないのか?いや、救ってはくれないのか?」

 

「俺はこの世界に救いがないとは思わない。お前が考えてるほど悪いもんじゃないと思う。インデックスも神裂もミナも、今まで出会ったみんながそう教えてくれた」

 

「御坂美琴、君もそれでいいのか?」

 

「当たり前でしょ」

 

「そうか…」

 

アレイスターは疲れたように呟く。

そして唐突に告げた。 

 

「Therion666─大いなる獣─」

 

「魔法名!?」

 

「君たちが非と言うのならばそれまでだ」

 

アレイスターは顔の上から薄ら笑いを消す。

 

「もう私の“計画(プラン)”は成立し得ない」

 

「じゃあ、何でバリバリ臨戦態勢なんでせうか?」

 

上条の言葉通り、アレイスターの周りの空中に魔法陣が描かれ始めている。

 

「私はこのままでは1700年近く生きねばならない。目的をなくした今となっては、延ばした寿命をただただ惰性に生き続けなければならない。しかし、私がそんなことを出来ないことは、私が一番よく知っている。いくらでも、これから足掻く。神に抗うことをやめられない」

 

“上条当麻”とアレイスターは呼ぶ。

 

「私を諦めさせてくれ。この覚めない夢を終わらせてくれ。どうしたって仕方がないのだと思い知らせてくれ」

 

上条はくっつけたばかりの右手を握りしめて構える。

彼の隣では、美琴がビリビリと身体から紫電を走らせていた。

 

「いいぜ、アレイスター=クロウリー…」

 

上条は、一言一言噛み締めるかのように、ゆっくりと声を出す。

 

「自分じゃ止まれないってんなら…」

 

アレイスターの魔法陣が組み上がった。

 

「まずは、その幻想をぶち殺す!」

 

上条は笑みさえ浮かべながら、そう宣言した。

 

 

それに呼応するように、顔の上に微笑を取り戻したアレイスターが右手を前に突き出した。

衝撃波のようなものが生まれ、上条と美琴に襲いかかる。

 

「効くかよ!」

 

上条が右腕でアレイスターの攻撃を掻き消す。

 

「美琴!」

 

「わかってるわよ!」

 

上条に呼ばれた美琴がアレイスターに向けて電撃の槍を放つ。

 

「効かんよ」

 

しかし、アレイスターに届く前に消滅してしまった。

 

「超能力を開発したのは誰だと思っている?」

 

どうやったのかはわからないが、超能力を封じられたらしい。

そもそも“超能力”の開発方法を確立したのは彼だ。おそらくは誰よりも超能力を知っているのだろう。

 

「だったら…」

 

しかし、美琴の武器は超能力だけではない。

 

「来て!」

 

美琴の影の中から黒い影が躍り出る。

 

「失せろ」

 

しかし、これもアレイスターの一言で消滅してしまった。

 

「そんな…」

 

「今ある召還魔術の元を築いたのは誰だと思っている?」

 

使い魔を呼び出すための術式は“レメゲトン(またの名をソロモンの小さき鍵)”という魔導書のものを元としている。

そして、レメゲトンの著者はアレイスター=クロウリーだ。

 

「私の前で使い魔を出せると思うなよ」

 

「なら!」

 

上条が右手を握りしめて、アレイスターに向けて跳躍する。

 

「君は変わらないね」

 

そう言ったアレイスターの姿が消える。

 

「クソッ!」

 

上条の右拳が空を切る。

同時にアレイスターの姿が上条の背後に現れた。

 

「私を殴れると思っているのか?このビルに瞬間移動したことをもう忘れたか?」

 

アレイスターが上条に向けて手を突き出す。

次の瞬間、指先から赤い光が迸った。

 

「うおっ!」

 

キアヌ・リーブスも顔負けの反応速度で、上条はのけぞって赤い光を躱す。

 

「流石だな。だが、まだまだだ」

 

アレイスターがそう言うと、上条の頭上に魔法陣が現れた。

そこから落雷のようなエネルギーの塊が降り注ぎ上条を襲う。

 

「おぉぉぉぉ!!!」

 

上条は右腕を真上に向け、正面から“落雷”を受け止める。

 

しかし、押し切られそうになり、たまらず左手で右腕を支える。

 

「腹ががら空きだ」

 

アレイスターが指を上条に向ける。

幻想殺しは上だけで処理落ち状態だ。今の上条に躱す術はない。

 

「私を忘れてんじゃないわよ!」

 

右足に電気を帯びた美琴がアレイスターに蹴りかかる。

 

「効かないと言ったはずだが」

 

そんな美琴にアレイスターは一瞥もくれない。

超能力は彼には通じないのだから当然の反応だ。

 

「物理攻撃ならば防ぐのも容易い」

 

美琴が足を薙ぐと、アレイスターに当たる直前に、壁にぶつかったかのように止まった。

ガンッという衝撃音が部屋に響く。

 

「なめんじゃないわよ」

 

不敵に笑った美琴の足から紫電が迸った。

 

「何!」

 

慌ててアレイスターが跳び退く。

 

彼の緑色の装束の裾が焦げた。

 

アレイスターの意識が外れたためか、上条を襲っていた魔術の魔法陣が消える。

 

それを見た美琴はすかさず上条に駆け寄った。

 

「ほう、そういうことか…」

 

しかし、アレイスターの表情は変わらない。

彼の視線は美琴の右足に向いていた。

見ると、魔法陣が描かれた紙が足に貼り付けられている。

 

「“超能力”による“電気”かと思いきや“魔術”による“雷”だったか。単純な手だが、危うく受けるところだった」

 

雷を生じさせる魔術を発動させるための魔法陣を描いた紙。

ごく単純な魔術だが、吸血鬼のマナにより威力が底上げされているため強い。

 

「まだまだあるわよ」

 

美琴は自身の影に手を翳す。掌を上に向け、何かを引っ張り上げるように腕を振るう。

すると、影の中から十数枚の紙が飛び出した。1枚1枚に魔法陣が描かれている。

 

「魔術の練習用に何枚も描いたんだから」

 

“練習用”という言葉が示すように単純な魔法陣ばかりだった。

火、水、土、風、雷…。

しかし、吸血鬼の魔力で放たれれば、人間の魔術とは比較にならない威力になるだろう。

 

 

(何なんだ?この感覚…)

 

アレイスター相手に啖呵を切る美琴に対して、上条は自身の右腕を黙って見つめている。

 

(何となくだけど…やってやるとしますか!)

 

上条は美琴に耳打ちする。

 

「え?」

 

「いいから、俺を信じろって」

 

「わ、わかったわよ!」

 

何やら物言いたげな美琴だったが、上条の殺し文句で反対意見を引っ込めた。

 

「相談は終わったか?」

 

「ああ」

 

上条がアレイスターに答えると、まずは美琴が動いた。

吸血鬼の膂力を駆使してアレイスターの背後に回る。

 

次いで、魔法陣の紙を何枚か掴み、アレイスターに投げつけた。

劫火、奔流、土塊、暴風が一緒くたになって襲いかかる。

 

しかし、アレイスターは余裕の表情を崩すこともなく全て無効化してみせた。

 

「おらぁ!」

 

そこへ上条が右腕を振るって躍り掛かる。

 

それもアレイスターは躱してみせた。

 

「ほう…」

 

その時、アレイスターが感嘆めいた声を漏らす。

 

彼の周りには無数のコインが浮かんでいた。

それぞれに雷の魔法陣のカードが貼り付けられている。

 

「“超電磁砲(レールガン)”を魔術で代用。吸血鬼の念動力で浮かせて私を囲んだか…」

 

「行っけー!」

 

美琴の気迫の籠もった言葉と同時に、無数のレールガンが発射された。

躱すことなど出来るはずもなく、アレイスターは光に飲み込まれる。

 

 

しかし…。

 

 

「この程度で私を倒せるとは思っていないだろうな」

 

アレイスターには掠り傷1つたりとも付いていなかった。

かうて史上最強と謳われた魔術師の姿がそこにはあった。

 

力押しだけで彼に勝てるだろうか?

厳しいだろう。

 

 

だが…。

 

 

「ああ、思ってねえよ」

 

アレイスターの背後から上条の声が聞こえる。

 

彼の右手の中にはコインがあった。

発射されたレールガンのうちの1つを幻想殺しで掴んだのだろう。

飛距離が短かった所為でまだまだ燃え尽きるには早そうだ。

 

「だから何だというのだ?」

 

アレイスターの言葉の通りだ。

だから何だということもない。

 

上条がレールガンを撃てでもしない限りは…。

 

 

上条の右手の掌の中で火花がビリビリと弾ける。

そして、音速の3倍でコインが飛び出した。

 

光線は真っ直ぐにアレイスターを捉える。

 

 

「フフッ、素晴らしい」

 

だが、アレイスターには当たらなかった。

美琴の蹴りが止められた時のように、コインが彼の顔の前で静止している。

 

「ハディートの力を正しい方向へと向かわせることによって、さまざまな幻視や能力を得ることが出来る。そして、君の力はヌイトと結ばれたことによって正しい方向へと向いた。今まで打ち消し続けてきた能力や魔術が右腕から出てきたところで意外でもないさ」

 

「そう言えばそんなことも書いてあったか…」

 

上条の顔が渋く変わる。

 

「さて、そろそろ幕としようか」

 

アレイスターが呟くと、衝撃波が再び生まれる。但し、威力が先ほどとは比ではなかった。

 

「くっ…」

 

「きゃあ!」

 

上条がその場に釘付けにされている間に、美琴の身体が壁まで飛んだ。

 

「クソッ!」

 

衝撃波がやむと同時に、上条は美琴の元に駆け寄る。

 

「美琴!」

 

「大丈夫だから…」

 

だが、アレイスターは手を止めない。

 

上条を灼こうとした、先ほどの“落雷”が2人に襲いかかる。

 

「チッ!」

 

上条が美琴を背に庇い、幻想殺しを前に突き出した。

 

「当麻!」

 

「うおぉぉぉぉぉ!!!」

 

上条は気迫の籠もった叫びをあげるが、今にも押し切られそうな状態だ。

 

「神浄の討魔、それでは死ぬぞ」

 

アレイスターは話し掛けるが、上条にそれを聞く余裕はなかった。

 

(いよいよ、ヤバいか…)

 

上条の頭に最悪の結末がチラつく。

 

この程度ならば、吸血鬼・上条当麻が死ぬことはないだろうが、美琴は別だ。

吸血鬼になって日が浅く、まだ血も吸っていない。

これほどの大質量攻撃を受けて生き延びられるかどうかは定かではない。

 

 

(美琴…)

 

 

『美琴を大事にしろよ』

 

 

上条の脳裡にミナの言葉が甦る。

 

 

その時、上条の右腕に異変が起こった。

 

 

透明なものが皮膚を突き破って出現する。

 

竜だ。

 

全長が2mを超えそうな巨大な竜の顎が右腕から顕現した。

 

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

 

 

そして、上条の低い呻き声とともにアレイスターの攻撃を食い尽くした。

 

 

「ハハハハハ!“竜王の顎(ドラゴンストライク)”が出たか!」

 

アレイスターは哄笑をあげる。

 

竜王の顎。

自身の魔術を消滅させたそれを見てもアレイスターの顔は変わらない。

所詮は想定の範囲内だということだろう。

 

 

しかし、次の瞬間、アレイスターの表情が凍りついた。

 

 

「グアァァァァァァァァ!」

 

地の底から響くような声で“竜”が吠えた瞬間、口の中から“光”が生まれアレイスターに襲いかかった。

 

防ぐことは叶わず、そのまま壁に叩きつけられる。

 

「ぐはっ!」

 

そこに、すかさず二の矢が迫った。

 

「くっ!」

 

苦い顔をしたアレイスターは、瞬間移動でギリギリ躱した。

 

“竜王の顎”から放たれた攻撃は、かわりに壁に直撃する。

 

そして、核兵器でさえ傷つけられないはずの、窓のないビルの壁に大穴を穿った。

 

 

「“ホルスの力”…」

 

 

ホルスの力。

エイワスが持つものと同種の力。

本来、これほどまでに莫大なものは“ラ=ホール=クイト”が持つはずだった。

 

 

「吸血鬼か…」

 

 

上条は美琴を“血の伴侶”とした。

血とは魂の通貨だ。

ハディートとヌイトの魂そのものが結合したのだ。

 

子供を産めないかわりに、“ドラゴン”にその力が宿った。

 

 

「本当に君は面白いな。どこまでも予想を裏切ってくれる」

 

アレイスターが上条に話し掛ける。

 

「なあ、アレイスター…」

 

対して、上条は水面のように澄んだ声で言う。

 

「終わりにしようぜ」

 

「ああ、そうだな」

 

アレイスターが答える。

 

 

「うおぉぉぉぉぉ!」

「はぁぁぁぁぁぁ!」

 

 

2人の叫び声が重なる。

 

上条当麻とアレイスター=クロウリー。

世界最強の吸血鬼と史上最高の魔術師。

幻想殺しと学園都市の統括理事長。

ハディートとセリオン。

 

彼らの全力が真正面から激突した。

 

 

 

窓のないビルの内外に閃光と轟音が溢れる。

 

 

 

科学サイド、魔術サイド双方のこの日以降の記録に“上条当麻”、“御坂美琴”、“アレイスター=クロウリー”の名が載ることはなかった。




最後の方がバタバタになっちゃいました。
ごめんなさい。

次章が最終章になります。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。