9月5日
窓のないビル
「答えを出してくれ。神に、運命に逆らうか、否か」
アレイスターの声が室内に響く。
上条と美琴は押し黙っている。
『いいぜ、神様。この物語(せかい)が、 アンタの作った奇跡(システム)の通りに動いてるってんなら、まずは、その幻想をぶち殺す!』
上条はインデックスを“首輪”の呪いから救った時に、高々と宣言した言葉を思い出していた。
(“神”…)
奇しくも、アレイスターの言葉と似通っている。
(“神殺し”、“幻想殺し”…)
上条は自身の右腕を見つめる。
(そう言えば、ミナもそんなこと言ってたっけな)
上条は柄にもなく考える。
(“妹達”を生き返らせる。いや、そもそも死ななかったっていう風に世界を書き換えられるのか)
00001号から10031号までの彼女たちを救うことは、アレイスターの話に乗らなければ叶わないだろう。
そしてまだまだ考えなければならないことは多い。
例えば、一方通行が超能力など発現させなかったら…。
周囲から拒絶されることも、周囲を拒絶することもなかっただろう。友達だっていたかも知れない。
軍隊から攻撃されることもなかっただろう。
自分の名前を思い出せなくなることもなかっただろう。
妹達を殺し続けることもしなかっただろう。
ましてミナに食われることなどなかっただろう。
普通の人間として人生を歩んでいけただろう。
例えば、インデックスが完全記憶能力など持っていなかったら…。
10万3000冊を記憶した“禁書目録”となることはなかっただろう。
魔導書図書館として様々な魔術師たちから追われることもなかっただろう。
1年毎に記憶を消される呪いを受けることもなかっただろう。
神裂、ステイル、アウレオルスら管理人たちを泣かせることもなかっただろう。
普通のシスターとして人生を歩んでいけただろう。
例えば、神裂火織が聖人ではなかったら…。
周囲とのギャップから天草式十字凄教を脱退することもなかっただろう。
イギリス清教に身を寄せることもなかっただろう。
インデックスの管理人となることもなかっただろう。
インデックスの記憶を1年おきに消し続けることもなかっただろう。
インデックスを救えない無力感に打ちひしがれることもなかっただろう。
天草式の1人として人生を歩んでいけただろう。
例えば、姫神秋沙が“吸血殺し”の力を持っていなかったら…。
彼女の意に反して一集落分の吸血鬼を全滅させることもなかっただろう。
そのトラウマを引きずって生きることもなかっただろう。
錬金術師に頼ってまで力を消そうとすることもなかっただろう。
力が再び顕現することに怯えながら暮らすこともなかっただろう。
2度とケルト十字を首から外すことができない身になることもなかっただろう。
普通の女性として人生を歩んでいけただろう。
上条はまだ知らないが、シェリーは親友を学園都市とイギリス清教との政治上の問題で亡くし、アニェーゼは幼くして父親を亡くした。
他にもある。
インデックスを救おうと足掻き、叶えられなかったステイル=マグヌスやアウレオルス=イザードを初めとする禁書目録の管理人たち。
潜入のために魔術を使う度に血を吐く体となり、義妹を守るために多角スパイとして嘘をつき続けてきた土御門元春。
そして、極めつけはミナ=ハーカーだ。
ドラキュラに噛まれ、眷属となった彼女。
世界中の魔術師たちから追われ、吸血衝動に苦しみ続けた。
望んだ訳ではない闘争に身を窶した挙げ句、迎合してウォーモンガーだ。
(ミナ…)
上条の脳裡に、去り際の彼女の顔がよぎる。溶けるように消え去るまで笑ったままだった彼女の顔が。
この世界は悲劇で溢れかえっている。
それを創ったのは誰だ?
神だ。
神を殺すことは出来るか?
出来る。
エイワスは、そのための知識をアレイスターに授けた。
どうすればいい?
ハディートたる上条当麻ならば、神浄の討魔ならば神を殺せる。
神が死ねばどうなる?
神格の椅子が空く。
誰が代わりに座る?
“神殺し”を実行した者が、すなわち神浄の討魔が座る。
神となれば何が出来る?
何でもできる。
思いのままに世界を書き換えられる。
それは善行と呼べるだろうか?
呼べるだろう。
上条が考えただけでも数万の人間を救うことが出来るのだ。
「俺は…」
上条がゆっくりと口を開く。
(これでいいのか?)
しかし、頭の中はグニャグニャのままだ。
(いや、いいんだ)
無理矢理に自らを納得させる。
しかし、そこでもう1人の吸血鬼が口を開いた。
「私はイヤよ!」
アレイスターがヌイトと指して呼んだ御坂美琴が声をあげた。
「ほう?まさか君がそう言うとはね」
「確かに悲劇を全部消せるんなら、それは素晴らしいことだと思うわ」
“でもね”と言って美琴は言葉を繋ぐ。
「人ってのは悲劇にぶつかるから成長できるのよ。私は当麻に救われたし、他の人たちだって、そうやって進んできたのよ」
一方通行は血にまみれた日常の終わりを迎えることが出来た。
インデックスは呪いから解き放たれた。
神裂は天草式十字凄教と再び共に歩み始めた。
姫神は楽しい同級生に囲まれて笑顔を取り戻した。
「きっと大事なことなのよ!私たちが勝手に取っ払って、ただ幸福なだけの結果を押しつけていいもんじゃないのよ!」
美琴の叫ぶような声を聞き、上条はミナの去り際の言葉を思い出す。
『私みたいにはなってくれるな よ。お前はいつまでも“偽善使い(フォックスワード)”の上条当麻でいてくれ』
(“偽善使い”か…)
「そうだな…」
上条当麻は真っ直ぐにアレイスター=クロウリーを見つめる。
その瞳に最早、迷いの色は写っていなかった。
「俺は“神”になんてならない。悲劇が起こるってんなら、その度に駆け付けって1つ1つ潰してやる!それが俺の…いや、俺たちの答えだ!」