9月5日
窓のないビル
「さて、それでは話すとしようか」
アレイスターは上条と美琴に向け語り始めた。
「上条当麻、君には“神”になってもらいたい」
「は?」
(何言ってんだ?この人)
アレイスターの突然のぶっ飛んだ話に上条の目が点になった。
隣に立つ美琴も同じような表情を浮かべている。
「フフッ。いきなり言ったところで理解できる筈もないか。順を追って説明するとしよう」
アレイスターは面白そうな表情を崩さずに続ける。
「私が書いた本と言えば何かな?」
「一番有名なのは“法の書”か?」
「そうだ」
法の書とは、その内容が読み解かれた時、十字教の時代が終わり新たな時代が到来するとまで評される莫大な力を秘めた原典である。
アレイスター=クロウリーが魔術師だった頃、エイワスから伝え聞いた天使の術式を記したものらしいのだが、未だに読めた者はいないと言われる。いや、読むだけならば誰にでも出来るのだが、100通り以上あるダミーの解読法のどれかに誘導されてしまうのだ。
「“汝の欲する所を為せ…」
「…それが汝の法とならん”」
アレイスターの引用を上条が繋ぐ。
「これが全ての始まりだ」
「はっきり言いなさいよ!」
早くも焦れてきたらしい美琴がイラついた声を出す。
「フフッ。では退屈しないように話すとしよう」
アレイスターは教師が生徒と話すような口調で言う。
「“法の書”における主要三神格とは何だ?」
「ヌイト、ハディート、ラ=ホール=クイト。うわぁ~、私の頭の中、オカルトな知識で溢れてる」
美琴が頭を抱える。つい、3日前までは科学一辺倒な脳だったのだから仕方がない。
しかし、アレイスターは気にせず続ける。
「その通りだ。では上条当麻、“法の書”第2章第7節でハディートに触れている部分を引用してくれ」
上条は横目で心配そうに美琴を見やりながらも、話が進まないため口を開く。
「私は魔術師であり祓魔師である。私は車輪の軸であり円環内の立方体である」
「よろしい。流石に幾多の魔術師たちの知識をため込んでいるだけのことはあるな」
アレイスターは続ける。
「魔術師とは“幻想”を生み出す者のこと。祓魔師、すなわちエクソシストとは“幻想”を破壊する者のことだ。そして、その後の文章は“物事や人々の中心”という意味合いを持つ。ここまで聞けば、何か思いつかないか?」
「俺の右腕…」
「その通り。“幻想殺し(イマジンブレイカー)”とは、ここで言う“祓魔師”。ハディートの力の一部だ。だが、まだあるだろう?“人々の中心”つまりは人々が周りに集まるということだ。わからないかい?」
「あぁ、私わかったわ」
「え?上条さんにはさっぱりなのですが!」
「アンタには一生わかんないわよ!」
「美琴さん、怒ってます?」
「別に~」
「では次だ」
「ちょっと!上条さんへのネタ明かしはないんでせうか?」
「なくていいわよ」
「ハディートの配偶神たるヌイト…」
「本当にないんですね…」
「…彼女は君だよ、御坂美琴」
「わ、私!?」
「意外でもないと思うがね。上条当麻の“血の伴侶”。永遠を共に生きるとまで誓ったのではなかったか?」
「…私と当麻が…私と当麻が…私と当麻が…私と当麻が…」
アレイスターの言葉の所為で美琴の顔が真っ赤に染まる。
「おーい、戻って来ーい」
上条の声も届かないようだ。
「話を続けても構わないかな?」
「あ、ああ…」
「第3の神格・ラ=ホール=クイト。彼は莫大な力を持ち、ハディートとヌイトが結ばれることによって生まれる」
美琴が漏電でも起こしかねない台詞をさらっと言うアレイスター。彼女がトリップ状態で良かったのかも知れない。
「まさかとは思うけど…」
アレイスターの説明に上条が口を挟む。
「俺が“ハディート”で、美琴が“ヌイト”で、俺たちの子供が“ラ=ホール=クイト”だから、その力を使って“神殺し”をやろうってのか?」
それに対してアレイスターはフッと笑って答える。
「まさか。違うよ」
「何!?」
「大筋は間違っていない。しかし、訂正しなければならないところが多いな」
「何だよ」
「ハディートの力を持っているのは“上条当麻”ではない。“上条”だ。“幻想殺し”は代々、君の血筋が伝えてきた力なのだよ」
「冗談よせよ。俺の父さんはそんな変な力なんて…」
「否定できるか?君の父親・上条刀夜が異能の力を右腕をぶつけたことがあったのか?」
「それは…」
上条は思案する。
上条刀夜は普通のサラリーマンだ。
魔術とも超能力とも縁はない。
幻想殺しを持っていたとしても使う機会がなければ気づかないかも知れない。
上条が答えられずにいると、アレイスターは肯定ととったのか、話を続けた。
「“上条刀夜”をハディートとするならば“竜神詩菜”がヌイトだ。そして、君・“上条当麻”がラ=ホール=クイトとなる」
詩菜は当麻の母親だ。旧姓は竜神である。
「こうして代を経る毎に力を増してゆくのが“神浄(かみじょう)”の一族だよ、“神浄の討魔”」
神裂がいつか口にした、上条当麻の“真名”をアレイスターは口にする。
「真名の話ならば君もなかなか良いものを持っているがね、“躬叉神の命(みさかみのみこと)”」
アレイスターは美琴に目を向ける。
いつの間にか現実世界に帰還していたらしく、彼女の表情は落ち着いている。
「“躬”は“体”すなわち“人”、“叉”は“鬼”すなわち“悪魔”、“神”はそのまま“神”のことだ。つまり“天地人”全ての“命”を示す名前だ」
少し間を置くと“話が逸れたな”と言いアレイスターは続ける。
「さっき言ったように、ハディートの力は代々増し続ける。しかし、それでは長くかかりすぎるのだよ。そのため私は作ったのだ…」
「学園都市をか?」
「その通り。代を経るよりも早く、一代のうちに力の成長を促す。ハディートとヌイトの両方をね。同時に、君たちを人工的に再現することも目的とした」
「それって、まさか…」
美琴が、信じられないという風に、目を見開いてアレイスターを見つめる。
「気づいたか?“妹達”だよ。君の遺伝子をそのまま受け継いだ彼女たちはヌイトとして機能させられる」
「この!」
「抑えろ!」
美琴が暴れ出しそうになるのを上条が押し止める。
しかし、そんな状況を前にしてもアレイスターは顔色一つ変えずに言葉を続ける。
「そして、全ての能力者たちはハディートの再現を目指している。“幻想殺し”とは逆からの方向でね。その中で、50年以上を費やし、僅かながらでも形にできたのは“一方通行”ただ1人だけだったが」
「俺が一方通行を殺したのも、お前の思った通りってか?」
「まさか。彼には君の代わりが務まるまで成長してもらうつもりだった。ミナ=ハーカーを組み込んだことによる弊害だ」
「そう言えば、ミナをこの街に呼んだのはお前だったな」
「成長を急速に促したかったのさ。吸血鬼となれば数百万分の経験値を一気に得ることができる」
「それは成功だったな。でも、吸血鬼になったら“ラ=ホール=クイト”のことはどうするつもりだったんだ?」
「確かに吸血鬼には子供は出来ない。つまり“神浄”の血が絶えることになってしまう」
「じゃあ、何で…」
「君は“あの日”、ミナ=ハーカーとどこで出会った?」
「第7学区の路地裏だ」
「では、一方通行はその時どこにいた?記憶を持っているのだからわかるだろう?」
「…そういうことか」
一方通行は、上条当麻とミナ=ハーカーが出会った瞬間、ほんの数m先にいたのだ。
しょっちゅうスキルアウトに絡まれている彼が路地裏にいることは何ら不思議ではない。
むしろ、上条が出くわす確率の方が低いと考えるのが自然だ。
「本来、一方通行の方を吸血鬼にするつもりだった。まさか、あの場に君が現れるとは。まったく、数奇な運命の元に生まれたものだよ。お陰で、“神浄”を中心とする“計画”は、君だけで遂げる必要に迫られた。代替わりは最早叶わない」
「だから、俺を魔術サイドと関わらせたのか」
「それ自体は以前からの計画通りだ。私は君がより苦戦するように謀ったのだよ。猟犬部隊に右腕を奪わせたのもそのためだ。そうでもしなければ、神の右席や大天使相手でも、君は楽に勝利できただろう。そして、結果は今ここに出ている。君は彼ら全てを打ち倒した」
「じゃあ、俺が美琴の血を吸ったことも計画のうちって訳か?」
「もちろんだ。ヌイトがハディートと結ばれなければ始まらない。実際は想定よりも遥かに遅くなったがね」
「木原数多に撃たれた時、美琴は死にそうになってた。その時に噛ませるつもりだったのか?俺が美琴をそのまま死なせないと思って。あの時、五和が一緒にいなかったら、そうしてたかも知れない」
建宮の頑張りはとんでもないところにまで飛び火していたようだ。
「そこでもない。それはあくまで第2のタイミングだ。本当は、8月21日の操車場で噛ませるつもりだったのだよ。まさか、ミナ=ハーカーがまだ残っているとは思っていなかったために読み違えたがね。まあ、成功した今となってはどうでも良いことだ」
「それで俺たちをここに呼んだってことは、“プラン”ってのはかなり進んでるみたいだな」
「進んでるも何もない。後は君たちが首を縦に振りさえすればいい」
「何だと?」
「私の目的は君の推察の通りだよ。“神殺し”だ。そして、君たちの実力はそれが可能な域に達しているだろう」
「どうしてそう思うんだ?」
「ミナ=ハーカーの魔術的知識は禁書目録のそれさえ凌駕している。さらに君自身が神裂火織とウィリアム=オルウェルの血を吸ったことによって、天草式とローマ正教の裏の知識が追加されている。それに加えて、一方通行と木原数多の能力と知識まで君は持っている。最早、この時代の全てを網羅しているとさえ言えるだろう。そして、“幻想殺し”だ」
「“幻想殺し”があったら、どんだけ知識があっても魔術も超能力もどうしょうもないだろ」
「そう言えば、まだ君に“右腕”を返していなかったな」
アレイスターは、そう言うと上条たちの背後を指差した。
その先に視線を向けると、不思議な容器に入れられた上条の右腕があった。
「このビルにはテレポートじゃないと入れないんじゃなかったのか?」
上条は左手で容器を拾いながら問いかける。
「何事にも“裏口”というものは存在するのだよ」
アレイスターはしゃあしゃあと返した。
「そんなことよりも、早く右腕を戻してみるといい」
上条が力を込めると、容器は粉々になった。
上条が直に右腕を持ち上げる。
そして、切断面同士を合わせた。
切れ目が泡立つように曖昧になり、元の通りにくっつく。
「確かに俺の腕みたいだな。でも、だから何だって言うんだ?」
右手を握ったり開いたりを繰り返しつつ、上条が再度問い掛ける。
「いずれわかる。話を進めよう」
そこで、上条は質問を変え、最も疑問だったことを尋ねる。
「何で、こんなことしようと思ったんだ?」
「“運命”を変えるためさ。神の定めたシステムの上で踊らされ続けるのは気にくわないと思わないか?」
「そんなこと…」
「否定はさせないぞ、御坂美琴。君とて悲劇を味わった者ならば、それを変えたいと願ったことはあるはずだ。計画通りに“神殺し”がなされれば、君たちこそが、新たな“神”となる」
平坦だったアレイスターの言葉に僅かながら熱がこもる。
「“神”になってくれってのは、そういう意味か」
「“神”とは、法や秩序そのものだ。つまり、神となれば時間も空間も思いのままに操ることができる。過去を変えることも、これから起こることを変えることも可能だ」
「そんなもんに釣られて、ほいほい言うこと聞くと思ってんのか?」
「“妹達”はどうする?死んだ彼女たちを甦らせたいと思わないのか?上条当麻の“不幸”な過去を変えたいと思わないのか?吸血鬼にならず、2人で人間として人生を歩んでみたいと思わないのか?君たちのことだけではないぞ。一方通行とて悲しい過去から救うことができる。ミナ=ハーカーも、禁書目録もだ。神裂火織、ステイル=マグヌス、アウレオルス=イザード、シェリー=クロムウェル、アニェーゼ=サンクティス…。みな、過去や現在に闇を抱えたまま生きている。解放してやりたいとは思わないのか?“神殺し”がなされれば、それが可能になる」
アレイスターの言葉に、上条も美琴も即座には反論できなかった。
「この世に存在するありとあらゆる悲劇をなくすことが出来るのだ。よく考えてみてくれ。そして、答えを出してくれ。“神”に、“運命”に逆らうか、否か」
プランの全貌を書いてみました。
法の書を出すと、途端に話が難しくなってしまいます。
わからないことがあれば言って下さい。
個々に答えるなり、書き直すなりしますので。
矛盾点を見つけた方も言って下さい。