とある吸血の上条当麻   作:Lucas

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27話 招き

9月5日・夕方

 

 

 

「どこに行っちまったんでしょうね、一体」

 

アニェーゼは、学園都市中に散らした249人の部下からの報告を待っていた。

 

 

昨日から上条当麻の捜索を続けているが、一向に見つからない。

彼女たち以外にも、ステイル=マグヌス、アウレオルス=イザード、シェリー=クロムウェル、神裂火織を初めとする天草式など、必要悪の教会の魔術師たちが集まっているのだが、効果はあがっていなかった。

 

黄金錬成を用いるアウレオルスならば、すぐに発見できるかとも思われたのだが、それも失敗だった。

 

『悄然。上条当麻には黄金錬成が通用しない。少なくとも、私はそう思ってしまっている』

 

上条当麻に一方的にやられたトラウマを、未だに克服できていないらしい。

 

 

「今更ですが、こっちが追ってるってことに感づいちまってるってことなんでしょうね」

 

「そ、そうなんですか?」

 

アンジェレネがどもりつつ、アニェーゼに問い掛ける。

 

「わからないのですか?シスター・アンジェレネ」

 

そんな彼女に、アニェーゼより先に答えたのはルチアだ。

 

「うぅ…。ごめんなさい」

 

「ハア…。何も謝るようなことじゃねえと思いますがね。シスター・ルチア、説明してやってください」

 

「わかりました」

 

“いいですか”と言いつつアンジェレネに向き直ったルチアは、現状をわかりやすく解説する。

 

「まず、上条当麻は探査魔術にかかっていません。“幻想殺し”なる力を持っていない、今の彼から魔力が出ていないということはありえません。実際、神の右席との戦闘中には発せられていたそうです。つまり、彼は意図的に魔力を隠しているということです。これは潜伏・逃走の目的があると考えるのが自然です」

 

「な、なるほど~」

 

「これくらいは自分でわかるようになってほしいものなのですが…。ハア…」

 

嘆息するルチアの言葉を、アニェーゼが更に補足する。

 

「まあ、そんなに難しく考えなくても、生き血を吸ったからには追われてると思うもんでしょうし…」

 

そこで彼女はおもむろに“蓮の杖”を掴んだ。

 

「…私たちの会話を盗み聴いてやがる連中もいるみたいですしね!」

 

そう言うと同時に“蓮の杖”を地面に叩きつける。

近くの路地裏からドンッという音が聞こえた。

瞬間、バサバサと羽音をたてながら、大量の烏が飛び出してきた。

しかし、カァーカァーとは鳴かない。

 

「危ねえ、危ねえ…」

 

「お嬢ちゃん、なかなかやるね~」

 

烏たちが口々に喋っている。

 

「シスター・アニェーゼ、これは…」

 

「上条当麻の使い魔ですよ」

 

アニェーゼの言葉を烏たちが肯定する。

 

「そうそう」

 

「よく気づいたな」

 

「普通の烏との違いなんて殆どないのに」

 

「魔力だってちゃんと絶ってたんだぜ」

 

いや、肯定ではなく“賞賛”が正しいのだろうか。

尤も、烏に褒められて喜ぶようなアニェーゼではないが。

 

「烏がゴミ袋をつつきもねえで、路地裏でじっとしてやがったら、そりゃあ気づくってもんでしょうよ」

 

「あっちゃ~」

 

「盲点だったわ」

 

「詰めが甘いってんですよ」

 

「手厳しいお嬢ちゃんだね~」

 

「それで?上条当麻がどこにいるのかは教えてもらえるんですかねえ?それだけ褒めるんだから、ちょっとした情報の1つや2つくらい…」

 

「それはダメ~」

 

「マスターからの厳命だからね」

 

「バイバーイ、お嬢ちゃん」

 

アニェーゼの言葉は適当にあしらうと、烏たちは消えてしまった。

雲散霧消といった言葉がピッタリの消え方だった。

 

それを見たアニェーゼは“ハア”と嘆息しながらも口を開いた。

 

「これじゃあ手こずって当然ですね。シスター・ルチア、他の捜索隊にこのことを伝えちまって下さい。シスター・アンジェレネはうちのシスターたちに。どっちにも何かしらくっ付いてるでしょうから」

 

「わかりました」

 

「い、行ってきます!」

 

アニェーゼの指示を受けた2人はすぐに走っていった。

 

「まったく、私たちが見つければ“うっかり”逃がしちまうかも知れないってのに」

 

アニェーゼは“必要悪の教会”に、それほど忠実な訳ではないようだ。

自分を救ってくれた上条の方が大切なのだろう。

 

 

 

ところで、現在捜索されているのは上条当麻だけではなかった。

 

 

 

「お姉様…」

 

白井黒子は“風紀委員一七七支部”の自分の机に突っ伏していた。

 

 

昨日は寮監が気を回してくれたお陰で、丸1日を美琴の捜索に充てられたのだが、結局は手掛かり1つ掴めなかった。

警備員の捜索も空振りだったらしい。

 

 

「御坂さん、どこ行っちゃったんでしょうね?」

 

「心配ねえ、あんなことがあったところだし」

 

そんな黒子に声を掛けたのは、この支部所属の風紀委員・初春飾利と同じく風紀委員・固法美偉だ。

 

「初春、監視カメラには何も映っていなかったのですわよね?」

 

「はい。被害があった辺りのカメラはほとんど全部調べてみましたけど、御坂さんが映ってるのはありませんでしたよ。まあ、ほとんど壊れちゃってたんですけど…」

 

吸血鬼VS神の右席なんてトンデモバトルに監視カメラが耐えられる筈もない。

 

「では、壊れる前には何が映っていたんですの?」

 

「それがですね…。これは口で説明するより、見てもらった方が早いですね」

 

そう言うと、初春は黒子と固法を自分の机に呼んだ。

 

「いきますよ~」

 

一時停止にしてあった映像を再生させる。

 

「これって…」

 

まず映ったのは3人の男女だった。

青、黄、緑の服をそれぞれ着ている。

 

「情報にあった侵入者ね」

 

ローマ正教の最暗部・神の右席の構成メンバーたちなのだが、現在の風紀委員にとっては“正体不明の侵入者”という認識しかない。

 

映像をそのまま見ていくと、突然彼らは立ち止まり、黄色い服を着た女性がハンマーを振り回した。

途端に突風のようなものが生まれる。

 

「能力者!?」

 

「多分そうですね。そうでもないと、一昨日に私たちが眠らされたのも説明がつきませんし…。おっと、映像切り替えないと…」

 

初春の操作にあわせて映像が切り替わった。

 

1組の男女が歩いている。

突然、男の方が女を掴んで後方へと跳んだ。

次の瞬間、突風が彼らの鼻先を掠める。

 

「すごい反応速度ね」

 

「はい」

 

男が女を庇うように前に立ち、3人組と話している。

 

「おや?この殿方は…」

 

女の方が後方へと走り去った。

 

「白井さん、知ってる人なんですか?」

 

「ん~、どこかで…。ハッ!」

 

「思い出したの?」

 

「この殿方!お姉様のお知り合いですの!」

 

「本当?白井さん」

 

「間違いありませんの!」

 

青い服を着た侵入者が巨大な武器を手に、男へ斬りかかった。

凄まじい衝撃波が発生したため映像は途切れた。

 

「白井さんの話が本当だとすると、御坂さんがここにいた可能性が高くなるわね」

 

「この男の人を“書庫”で照合した結果がこれです」

 

初春はノートパソコンの画面を2人に見せた。

 

「上条当麻さん。高校1年生。LEVEL0…」

 

黒子が書いてあることを読みあげる。

 

「LEVEL0か…。通っている高校も普通のところだし、御坂さんと研究関連の知り合いっていうことはなさそうね」

 

「はい。この類じ…ゴホンッ、上条さんとお姉様のご様子を見たところ、個人的なお知り合いのようでした」

 

「ちなみに、この上条さんも昨日から行方がわからなくなってるらしいんですよ」

 

「何ですって!」

 

「それって…」

 

「御坂さんと上条さんは恋人同士で、この騒動に乗じて駆け落ちしたってことですね!」

 

突如として4人目の少女の声が部屋に響いた。

 

「さ、佐天さん!いつの間に…」

 

「いや~、御坂さんも隅に置けないな~。LEVEL5とLEVEL0の大恋愛じゃないですか~」

 

何だか、とても楽しそうな表情の佐天であった。

 

「お姉様とこの類人猿が…。いえ、ありえませんの…。いや、しかし…でもだからといって…やっぱり…いえいえそんな…」

 

対して、黒子はブツブツと何かを呟いている。

とても危ない目をしていたとだけ言っておこう。

 

「佐天さん、真面目な話なんですよ」

 

同級生である初春が佐天をたしなめる。

 

「やだな~初春。私だって真面目に考えてるよ~」

 

いや、絶対に嘘だ。

だって顔がニヤニヤしてるもの。

 

その時、ガタッという音をたてて黒子が立ち上がった。

 

「こうしてはいられませんわ!私、あの類人猿を抹さ…ゴホンッ、パトロールに行って参りますの!」

 

そのままシュンッという音と共に消えてしまった。

 

「うんうん、白井さんはやっぱりこうじゃないと」

 

「ちょっと元気になったわね」

 

「後は御坂さんが見つかれば良いんですけど…」

 

「そうねえ」

 

「まあ、きっと大丈夫ですよ!」

 

「フフッ、ですね!」

 

「あの男の人は頼りがいがありそうだったし」

 

「ええっ!佐天さん、あれは白井さんを元気付ける為のお芝居じゃ…」

 

「何言ってるのよ、初春!御坂さんは、やる時はやる人だよ」

 

「た、確かに、それはそうですけど…」

 

この後、しばらく初春は佐天の妄想を聞かされ続けたのだった。

尤も、そこそこ当たっているのだが…。

 

 

 

さて、追う側の話の次は、追われる側の話を、すなわち、ヒーローとヒロインの話をしよう。

 

 

 

上条と美琴は、昨日いたホテルの部屋から出ていなかった。

 

処女の血を吸った上条は、しばらく血を吸わなくとも平気なので補給は必要としていなかった。

上条の眷属たる美琴も、上条が元気なうちは大丈夫である。

 

そんな訳で、魔力を隠し、使い魔で捜索隊を監視していたのだった。

 

「ねえ、当麻。これからどうするつもり?」

 

「ん?取りあえず、しばらくは隠れとこうぜ。そのうちに、壁の外に行ったと思われるだろうからさ」

 

「それって、いつのことよ?どんどん捜索隊が増えてるし、さっきは使い魔が見つかったのよ」

 

「うぅ…」

 

「ねえ、大丈夫なの?これ」

 

大丈夫ではない。学園都市がアシストしている以上、街から出ていないことなどバレバレである。

作戦立案を上条に任せたのがそもそもの間違いだ。

 

「まあ、私は2人っきりでいられて嬉しいけど…」

 

「ん?何か言ったか?」

 

「何も言ってないわよ!」

 

昨日は頑張っていたが、現在はツンデレールガンに戻っている美琴であった。

 

「マスター、報告ッス」

 

そんな時、美琴の影から黒犬が顔を覗かせた。

 

「何?」

 

「アウレオルス=イザードの所為で、監視役の使い魔たちが全部引き剥がされました」

 

「“黄金錬成(アルス=マグナ)”ってやつ?」

 

「Aye,ma'am!それッス」

 

「あちゃー、これで動きがわかんなくなったわね」

 

「Sorry,ma'am」

 

「しょうがないわよ。ご苦労様」

 

「失礼したッス」

 

右前足で敬礼すると黒犬は美琴の影に戻っていった。

 

「ちゃんと使えてるな」

 

「みんな、いい子だからね。それにアンタの知識を丸々もらってるからね。簡単よ」

 

彼女の言葉の通り、美琴は上条の知識を全て持っている。すなわち、ミナ=ハーカーの魔術の知識を有している。

そして、美琴は上条と使い魔を共有している。つまり、上条の使い魔を美琴も召還・使役できるのだ。主従関係上、上位命令者は上条の方だが。

 

「それで?どうするの?これで、向こうの動きがわかんなくなっちゃったわよ」

 

「まあ、ここはしばらく見つからないだろうから、もう少しいよう。見つかったら逃げればいい。また、新しい隠れ家を探そう」

 

しかし、事態は上条の想像よりも急迫していた。

 

「ならば、今すぐに逃げるべきである」

 

ドアの向こう側から声がした。

上条が開けると、廊下に後方のアックアことウィリアム=オルウェルが立っていた。

 

「必要悪の教会の魔術師たちがここに向かっているのである」

 

「何!?」

 

何故ここにアックアがいるのかと考える余裕もない上条であった。

 

「どうやら学園都市側から必要悪の教会へ情報が渡されているようである」

 

「マジかよ」

 

「マジである。自分は少なからず貴様に恩を受けたので嘘はつかぬのである」

 

「そうか、サンキュー」

 

「礼には及ばぬのである。繰り返すが恩を返しただけである」

 

そう言うと、アックアは去っていった。窓から。

 

「美琴!」

 

「わかってるわよ!」

 

上条と美琴も、大慌てでホテルから出る。

 

フロント係りは洗脳しておいたので2人がここにいたことはすぐに忘れて誰にも話さないだろう。

もちろん宿泊費はキチンと払った。上条は涙目だったが─鬼が泣くなよ─。

 

 

その直後に、神裂率いる天草式がホテルに到着した。

 

 

「危なかったな…」

 

神裂たちがホテルに入るのを物陰から見送った上条がホッとしたように呟いた。

 

「何でバレたんだろう?」

 

「さあな。取りあえず行こう。新しい隠れ家を探さないとな」

 

そう言うと、美琴の手を引きながら路地裏に入っていった。

 

「隠れるか…。そんなことはやるだけ無駄さ」

 

その時、2人の背後から声がした。

 

上条は慌てて振り返り、美琴を背中側に押して前に出る。

 

彼らの目の前には、1人の“人間”がいた。

 

「アレイスター=クロウリー!?」

 

「その通りだ。一応、はじめましてと言っておこうかな、上条当麻。そして、御坂美琴」

 

驚く上条たちに対して、薄ら笑いさえ浮かべながらアレイスターは話し掛ける。

 

「“窓のないビル”から出られないんじゃなかったの?」

 

「そんなことはないし、そんなことを言った覚えもないのだがね」

 

「何の用だ?」

 

「初対面だというのに敵愾心を剥き出しにするとは穏やかではないな、上条当麻」

 

「お前がこれまで何をしてきたのか知ってるからな」

 

「そうだな。木原数多の記憶から、君はそれを知っている。もちろん、彼が知っていたことなどほんの一部だがね」

 

「だったら、尚更信用できねえな」

 

「フフッ、そうだろうな」

 

「もう1回聞くぞ。何しに来たんだ?」

 

上条が瞳を赤く染めて問い質す。

 

「君たちを迎えに」

 

アレイスターは端的に答えた。

 

「何だと?」

 

「そのままの意味だよ。窓のないビルへの招待状さ」

 

「行く訳ないだろ」

 

「いいや、君は来るさ」

 

「どういうことだ?」

 

「もし、来るなら“必要悪の教会”の捜索を止めさせる。どうかな?もちろん、君たちに危害を加えるつもりなどないよ」

 

「断ったら?」

 

「君たちは死ぬまで魔術師たちに追われ続ける。“死ぬまで”と言っても、君たちにとっては“永遠”と同義かな。そして、学園都市も必要悪の教会を補助する。これまで以上に強力にね。この街において君たちの逃げ場はなくなる」

 

「なめるなよ。魔術師が1000人いたって、俺を止められる訳ないだろ」

 

「確かにそうだね。魔術師が君を止めることなど不可能だ。だが、それ故にずっと追われることになる。それに、彼女も戦うことになるかも知れない」

 

アレイスターは美琴の方を見る。

 

「なめんじゃないわよ!」

 

美琴は身体から紫電を発して返した。

 

しかし、上条には殺し文句だったようだ。

 

「何で、俺たちを呼ぶんだ?」

 

「簡単なことだ。私の“計画(プラン)”に必要なのだよ」

 

「プラン?何がしたいんだ?」

 

「詳しくは窓のないビルで話すよ。どうする?来るかな?」

 

「…俺1人なら」

 

「フフッ、構わないよ」

 

「ち、ちょっと、当麻!」

 

「悪いな、美琴。でも、その“プラン”ってのの所為で“妹達”みたいなことが起こってるんだ。だったら、俺は見過ごせない。どんなものなのか確かめなきゃならない。それでもし、ふざけた内容だったら、ぶち壊してくる」

 

「…私も行く」

 

「え?」

 

「私も行く!」

 

「美琴…、でも…」

 

「アンタ、私を守るって言ったじゃない!だから一緒に行く!アンタとずっと一緒にいる!」

 

「…わかった」

 

「では行こうか」

 

アレイスターが言った次の瞬間、3人は窓のないビルの中にいた。

但し、いつものビーカーのあるところではない。恐らくは違う階なのだろう。

 

ビーカーのように特異なものが置かれている訳ではないが、床、壁、天井に描かれている巨大な魔法陣がひときわ目を引く。

 

「さて、それでは話すとしようか」

 

そう言うと、アレイスターは“プラン”について、上条と美琴にゆっくりと話し始めた。


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