とある吸血の上条当麻   作:Lucas

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26話 右席の爪痕

9月4日

 

 

 

冥土帰しの病院

 

 

 

「上条当麻の殺害命令が出ちまいましたよ」

 

“必要悪の教会”からの援軍・アニェーゼ=サンクティスは、沈んだ顔で神裂たちに告げた。

 

「何故…」

 

「判然。知れたことだ」

 

必要悪の教会の魔術師となった錬金術師・アウレオルス=イザードが口を開く。

因みに、上条の張った結界を破ったのは彼だ。一晩経っても、上条は術を解かなかったらしい。

 

「上条当麻は生きた人間の血を吸った」

 

「一体どこからの情報なのよな?」

 

「当然。学園都市からだ。血を吸われたのはこの街の少女。これが彼女の写真だ」

 

そう言うと、アウレオルスは1枚の写真を懐から取り出した。

 

1人の少女の顔写真。

シャンパンゴールドの短髪に花飾りのヘアピン、化粧が要らない程度に整った綺麗な顔立ち。

 

「御坂美琴…」

 

「知り合いなんですか?」

 

「昨日、この病院にいました」

 

「そして、上条当麻を探しに行った。この中にいる誰も止めないで、“頼む”と言って送り出した」

 

「ステイル!」

 

「事実を言っただけさ。あの後、上条当麻に食われたんだろう」

 

「とうまはそんなことしないもん!」

 

「あの男は天使と一戦交えたんだ。消耗していて自制が利かなかったんじゃないかい」

 

「そんな…」

 

「上条さん…」

 

「学園都市からも“殺せ”って言ってきてやがるみたいですし、この命令が変わることはないでしょうね」

 

 

 

窓のないビル

 

 

 

「おい、アレイスター。上条当麻をどうするつもりだ?」

 

クラスメートが聞けば別人かと疑うようなドスの利いた声で、土御門元春はアレイスターと話していた。

 

「あれは重要なんじゃなかったのか?だから“神の右席とまで戦わせて成長させる”などとほざいていたんだろう?今になって殺すとはどういうことだ?」

 

「“超電磁砲(レールガン)”だよ」

 

対するアレイスターは冷静だ。

先日の哄笑も人前では出さないようだ。

 

「LEVEL5の損失とは、流石に許容できる範囲を逸脱している。見過ごせないさ。第一、今の彼が死んだところで“右腕”は健在だしね」

 

「馬鹿を言え。“一方通行(アクセラレータ)”を食ったのを見逃した時点で、そんな理由が通ると思っているのか」

 

「さてね。一方通行を殺してくれたのは“上条当麻”ではなく“ミナ=ハーカー”ではなかったか?本人の預かり知らぬ罪で殺すほど私は残忍ではないよ」

 

「ハッ。笑わせるなよ“魔術師”・アレイスター=クロウリー!」

 

「何のことかな?まあ、何であれ、イギリス清教とは利害の一致を見ている。早急に上条当麻を見つけ出してくれ。“滞空回線”は“神の右席”と“神の力”が暴れた所為で使えそうもない」

 

「端から使わせるつもりなどなかったくせに、よく言う。本当に上条当麻が死んでも構わないんだな」

 

「何度も言わせるな。最早、彼は学園都市にとっても“脅威”なのだよ。早く行きたまえ」

 

「チッ!」

 

 

 

とある高校・食堂

 

 

 

「昨日の“アレ”は一体何だったんだ?まったくもって見当がつかないけど」

 

誰もいない食堂で携帯電話を耳に当てている少女がいた。

 

『君ほどの頭脳でもか?』

 

「オカルトは私も専門外なんだけど」

 

彼女の名は“雲川芹亜”。

そして、電話の向こうの老人は“貝積継敏”。

 

『正体不明の侵入者があったかと思えば、ほぼ全ての“警備員(アンチスキル)”が一時的に仮死状態に陥った。確かにオカルトだな』

 

方や、一般高校の生徒。

方や、統括理事の1人。

 

「それに加えて、やれ“天使を見た”だの、やれ“悪魔を見た”だの、やれ“天使と悪魔が戦っていた”だのという噂が後を絶たないのだけど」

 

普通に考えれば関わりのある筈のない2人。

 

『どうしたものか。ところで、君の心配事はもっと別のことではないのか?』

 

しかし、彼女は天才的な頭脳を持ち、彼のブレーンを務めているのだ。

 

「ハァ…。大事な“後輩”が巻き込まれたようなのだけど」

 

そして、彼女は上条当麻の先輩でもあった。

 

『やはり“彼”か。だが、残念ながら私もそれに関しては何も聞いていない』

 

そして、彼女は所謂“カミやん病”にあてられた1人でもあった。

 

「まあ、わかってはいたけど」

 

それから数言かわした後、電話を切る。

 

「上条くん…。止められる悲劇なら止めたいのだけど…」

 

彼女に答える声はない。

 

 

 

同・職員室

 

 

 

「黄泉川先生。昨日は大丈夫だったのですか?」

 

上条たちの担任・月詠小萌は、ジャージを着た女性教師・黄泉川愛穂に話し掛けた。

 

「警備員の先生たちが、みんな倒れちゃったって聞いてるのです」

 

「月詠先生か。後遺症も何もないから大丈夫じゃん。ただ、侵入者が暴れてた間、同僚たちと一緒に眠ってたかと思うと悔しいじゃん」

 

「何だかスゴいことになっていたのです」

 

「被害額はとんでもないことになりそうじゃん。警備員も後片付けに駆り出されてる支部が多いじゃん。まあ、人的被害がなかったのが救いじゃん」

 

「ビルが倒れてたり、道路に穴が空いていたりしたのに、誰もケガしなかったのですか?」

 

「軽いケガ人は何人か出たじゃん。でも死者はおろか重症者すら出なかったじゃん」

 

「不思議なこともあるのですね。でも、生徒ちゃんたちがケガをしてないのはいいことなのです」

 

「確かにその通りじゃん。でも変な噂があるじゃん」

 

「噂?」

 

「小萌先生、聞いてないじゃん?」

 

「知らないのですよ」

 

「何でも、天使と悪魔が戦ってたらしいじゃん」

 

「天使と悪魔ですか…」

 

「そうじゃん。そいつらが戦って、その余波で街が壊れたって話じゃん」

 

「何かの能力なのです?」

 

「さっぱりわからないじゃん。壊れた辺りを写してたカメラは全部壊れてて調べようもないじゃん」

 

「そうなのですか」

 

「他にも“青い服の外国人の男が空を飛んでた”とか、色々あるじゃん。でも、月詠先生に聞かせたいのが1個あるじゃん」

 

「何なのです?」

 

「“ツンツン頭で右腕のない男が侵入者と戦ってた”っていうのがあるじゃん」

 

「ツンツン頭で右腕のない…。それって…」

 

「そう!月詠先生のとこの悪ガキじゃん!」

 

「うぅ~。上条ちゃんはまた危ないことをやっているのです。先生は心配で心配で…。ぐすんっ…」

 

「つ、月詠先生、泣いちゃダメじゃん。ただの噂じゃん、噂」

 

「でもでも!先生は上条ちゃんのことが心配で!」

 

「あちゃー、月詠先生に話したのは失敗だったじゃん」

 

この後、上条が登校していないことを知った小萌は顔を真っ青に染めることになった。

 

 

 

同・小萌先生のクラスの教室

 

 

 

「上条くん。今日は来ないのかな…」

 

姫神秋沙は不安げに呟いた。

おそらくこの学校で、昨日の出来事について最も多くを知っているのは彼女だろう。

 

(ちゃんと上条くんを止めていれば…)

 

土御門に連れられ、早々に離脱した彼女に責任はないのだろうが、それでも悔いずにはいられなかった。

 

「姫神さん?大丈夫?」

 

そんな彼女に話し掛ける少女がいた。

 

「あの馬鹿が学校に来ないことなんて幾らでもあるんだから心配することないわよ」

 

吹寄制理だ。

 

「まったく!同級生を不安にさせるなんて、あの馬鹿は!」

 

「ホンマやで。こんな美少女を不安にさせるなんてカミやんは男として許されへんな」

 

吹寄の言葉に続いたのは青髪ピアスだ。

 

「ささ、姫神はん。カミやんの代わりにボクが元気付けてあげますさかい」

 

そう言うと両手を左右に広げた。

 

「ボクの胸で泣いて…グハッ!」

 

青髪が姫神を抱きしめようとしたところで、吹寄の見事な右ストレートが決まった。

1m80㎝の巨体が床に倒れる。

 

「フフッ」

 

それを見て姫神は小さく笑った。

 

別に青髪が殴られたのが嬉しかったとか、Sなことを思ったのではない。

 

(上条くんのこと。誰も不安に思ってない。信じてるんだ)

 

上条がいなくとも普段通りのクラスメートたちの姿を見て、勇気をもらった姫神だった。

 

 

 

常盤台中学女子寮

 

 

 

「お姉様が昨日帰ってない!?」

 

白井黒子の素っ頓狂な声が響いた。

 

「そうだ。御坂は昼頃に寮を出てそれっきりだ」

 

黒子に対して、落ち着いた声で答える、眼鏡を掛けた女性は、この寮の寮監だ。

 

「そんなことより、お前は早く登校しろ」

 

「それどころではありませんの!」

 

普段なら、美琴の無断外泊ごときで慌てる黒子ではないが、昨日は大変なことが起きた。尤も、彼女も倒れていたために動けなかったのだが。

 

黒子の中の何かが警鐘を鳴らしていた。

 

「ここは“風紀委員”として私が…」

 

「ダメだ」

 

職権乱用気味の行為に走りそうになった黒子だが、寮監に止められた。

 

「警備員への連絡は私がしておく。お前はいつも通りに登校して授業を受けろ」

 

「お姉様の行方がわからないという時にそんなこと…」

 

「気持ちはわかるが自重しろ。お前は学生だ。大人に任せろ」

 

「ですが…」

 

「話は終わりだ」

 

寮監は、言い募ろうとする黒子に背を向けた。

 

「くっ…」

 

黒子は悔しそうな声を漏らす。

 

そのとき、寮監が振り返った。

 

「そう言えば、昨日“警備員”と“風紀委員”には意識不明になって倒れた者がいたらしいな。お前は大丈夫だったのか?」

 

「はい?」

 

思わぬ問いに黒子は首を傾げる。

 

「確かに私もそのような症状に陥りましたが…」

 

「そうか。なら、今日は休め」

 

「えっ?」

 

「精密検査を受けてこい。いい病院があるから、そこへ行け」

 

「あの…」

 

黒子には寮監の意図がまったく読めなかった。

 

(検査なら、きちんと受けましたし、それを聞いているはずですのに…)

 

しかし、次の言葉でようやく察した。

 

「昨日、被害が大きかったところの近くにあるから気をつけて行け」

 

「はっ…」

 

血も涙もないと思っていた寮監の配慮に胸が熱くなった黒子だった。

 

「返事はどうした?」

 

「あっ…。はい。すぐに行って参ります。“お気遣い”ありがとうございます」

 

「気にするな、早く支度をしろ」

 

「はい」

 

 

 

学園都市・とあるホテル

 

 

 

「う…」

 

御坂美琴は軽い頭痛を覚えつつ目を覚ました。

 

「ここ、どこ?」

 

まだ意識が覚醒しきっていないらしく、ぼうっとした表情を浮かべている。

 

「何やってたんだっけ…」

 

ゆっくりと記憶を辿る。

 

(確か…、病院で変な格好した連中と会って…)

 

神裂が聞けば「魔術的意味が云々…」と言いそうなことを頭に浮かべつつ、美琴は昨日の行動を思い返す。

 

(それから…、ええっと…)

 

「起きたか?」

 

その時、部屋の扉が開いた。

 

そして、部屋に入ってきた男の姿を見た瞬間に、美琴の頭に大量のビジョンが溢れ出し、昨日の出来事が明瞭に浮かんだ。

 

美琴は、恐る恐るといった感じに、指を自分の口の中に入れ、歯に触ってみた。

明らかに犬歯とは別物の、鋭い“牙”がそこにはあった。

 

「そうか…、私…」

 

“吸血鬼になっちゃったんだ”と美琴が続けるよりも、上条が口を開く方が早かった。

 

「ごめん」

 

ベッドの横にある椅子に腰掛けた上条は、顔を下に向けている。

 

「ごめん、御坂。俺、お前のこと守るって言ったのに…」

 

美琴は顔を見ることはできなかったが、どんな表情が浮かんでいるのかは簡単にわかった。

 

「御坂、俺…」

 

「バカ」

 

「えっ?」

 

美琴の一言で、上条は俯いていた顔を上げた。

その瞬間、唇に柔らかい感触があった。

 

「ん!?」

 

不意打ちだったためにマヌケな声を出してしまった。

 

美琴はすぐに離れると、顔を反対に向けた。

 

「バカ」

 

再度、上条に短く告げる。

 

「あ、あの~。御坂さん?」

 

「“ごめん”じゃないわよ…」

 

「御坂…」

 

この時の美琴の顔は、熟れたリンゴが青く見えるほどのものだった─吸血鬼がそんなに血色良くていいのか?─のだが、上条には見えていなかった。

 

そして、鈍感フラグ職人こと上条当麻は、あろうことか美琴の言葉の意味を真逆に取った。

 

「そうだよな。謝って済むことじゃないよな…」

 

「違うわよ!」

 

(このバカは何でわからないのよ!)

 

しょうがないから、一世一代の大勝負だと思っていた告白の言葉を、2日連続で言うことにした。

 

「私はアンタが好きって言ったじゃない!血を吸ってって言ったのも私でしょ。私が自分で選択した結果なのよ、これは!“ごめん”なんて2度と言わないで!」

 

美琴の顔が更に赤くなった。

 

“2度目”の美琴の告白を聞いた上条は、少しだけ黙った後に言った。

 

「ありがとう、御坂」

 

ようやく、美琴は上条に笑顔を見せることができた。

 

「“御坂”じゃなくて“美琴”って呼んでよ、当麻」

 

「わかった“美琴”」

 

「ねえ、当麻」

 

「何だ?」

 

「当麻はさ、私のこと好き?」

 

「あ~、ええっと…」

 

上条は即答できなかった。

 

(俺は御坂、じゃなかった、美琴が好き…なのか?)

 

自問自答するが考えたこともなかったために答えが出せない。

 

「いいわよ。わかってる」

 

そんな上条に美琴は言った。

 

「当麻の愛は大きいから。当麻はみんなのことが好きなんでしょ」

 

「美琴…」

 

「だから、独り占めしようなんて思わないわよ」

 

“ただ”と美琴は続ける。

 

「私のことを、ずっと傍にいて守ってくれる?」

 

ここでの上条は早かった。

 

「当たり前だ」

 

「ホント?“死ぬ”までよ?」

 

「わかってる」

 

“俺は”と言った上条は言葉を切った。

アステカの魔術師との会話を思い返す。

 

「お前のことを永遠に守り続ける」

 

「うん!」




何だか美琴がスゴく積極的になってる…。

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