とある吸血の上条当麻   作:Lucas

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22話 渦外

窓のないビル

 

 

 

「どういうつもりだ?アレイスター!」

 

土御門元春はビーカーの中にいる統括理事長を怒鳴りつけていた。

 

「上条当麻の右腕を切断したかと思えば、次は神の右席と戦わせるだと?正気か?」

 

「そう大きな声を出すな、土御門」

 

対するアレイスターはいつも通りの平坦な口調だった。

 

「これしきのことは超えてもらわねばなるまい。一方通行がいない今となっては上条当麻の成長を早急に促す必要があるのだ」

 

「それで死んだらどうするつもりだ?対魔術師に効果絶大だった幻想殺しはないんだぞ」

 

「そのときはそのときだ。“右腕”だけで“計画”を進めるさ。尤も、ミナ=ハーカーの力を持っていて簡単に破れることはないだろうがね」

 

「くっ…。相変わらずのクソ野郎だな」

 

「私に悪態をつくのは構わないが、くれぐれも手出しをしてくれるな。イギリス清教にも徹底させろ。特に、今あの病院にいる彼らにはな」

 

「仕事はきっちりやってやるよ。この街には大事なものがあるからな」

 

「土御門舞夏のことか?」

 

「貴様がその名を口にするな」

 

土御門舞夏は土御門元春の義妹である。

 

「そう感情を高ぶらせるな。何もしはしないさ」

 

「地獄に堕ちろ」

 

フフフと笑うアレイスターに捨て台詞を吐いた土御門は、テレポーターに連れられて去っていった。

 

 

 

カエル医者の病院

 

 

 

「上条当麻の援軍に行ってはならないとはどういうことですか?」

 

五和の病室で、ローラ=スチュアートからの命令を携えてやって来たステイルは、神裂に問い詰められていた。

 

「あれはローマ正教の最高戦力なのですよ。右腕を失った上条当麻を単独で戦わせなどしたら…」

 

「…暴走して、血を吸って、僕らの敵になるだろうね、十中八九」

 

ステイルは煙草をくわえて、至って冷静に答える。

 

「では何故…」

 

「吸血鬼を庇って最大宗派を敵に回すつもりなのかい?神裂」

 

最大宗派とは、十字教の中で最も信徒が多い宗派、すなわちローマ正教のことだ。

 

「それは…」

 

「待つんだよ」

 

言い澱む神裂だったが、その時、ステイルと共に来ていたインデックスが口を開いた。

 

「とうまを信じて待つんだよ。とうまは強いから、神の右席なんてへっちゃらなんだよ」

 

「インデックス…」

 

「そうですよ!上条さんが負ける訳ないですよ」

 

「五和…」

 

「私は上条さんを信じます。神の右席にも、自分の心にも、あの人はきっと勝ってくれます」

 

ベッドの上の五和もインデックスに倣った。

 

「五和はこの通りな訳だし、女教皇様も覚悟を決めないといかんのよな」

 

建宮が神裂を見る。

 

「わかりましたよ」

 

神裂も観念した。

自分より年下の2人に、みっともない姿は見せられない。

 

「上条当麻を信じて待ちましょう」

 

 

 

聖ピエトロ大聖堂

 

 

 

「そろそろアイツらが会敵した頃か」

 

「フィアンマ!?」

 

アックア・ヴェント・テッラVS上条当麻の戦いの行方を案じていたローマ教皇・マタイ=リースに、不敬にも後ろから話し掛けたのは、神の右席のリーダー格・右方のフィアンマだ。

セミロングで痩せ型の男性である。

 

「今までどこにいた?」

 

「面白い術式を考えた奴がいたからな。あの3人がいないうちに調整していたんだよ」

 

「面白い術式だと?」

 

仲間をほったらかしにしておいて調整する術式とは如何なものなのだろうか?

尤も彼は、他の神の右席、もといローマ正教徒を仲間とは思っていないのであろうが。

 

「ああ。俺様が面白いと言うのだから間違いない」

 

「一体、何を企んでいるのだ?フィアンマ」

 

「ローマ教皇ごときに言う必要はないだろう?俺様は“神の右席”の“神の如き者”だぞ」

 

「“ローマ教皇ごとき”か…」

 

仮にも数十億の信徒の頂点にいる人物にかける言葉ではない。

 

「これから学園都市に行ってくる」

 

「とうとう神の右席が総出で吸血鬼狩りか。お前が動くということは上条当麻とは余程重要なのだろうな」

 

「いや、これっぽっちも興味はない」

 

「何だと?」

 

「さっき来ていた報告によると、あの男は右腕を失ったらしい。幻想殺しを持たない、ただの吸血鬼などに興味はない。さっき言った魔術を試してみたいだけだ。俺様が到着する頃には、いい具合に準備が整っているだろうからな」

 

「今から行っては間に合わぬのではないか?神の右席が3人もいるのだぞ。それとも吸血鬼の灰でも必要な魔術なのか?」

 

「いや違うさ。必要なのはもっと別の物だ。そのためにアイツらを死地に送ったんだからな」

 

マタイ=リースは自分の耳を疑った。

 

(今、この男は何と言った?)

 

「まあ、何も本当に死ぬ必要はないさ。動けない程度になっててくれさえすればいい」

 

「い、一体何の話をしているのだ?」

 

「分かるように話しているつもりだがな。俺様の術式には“神の右席”の肉体が必要なんだよ。しかも、今なら敵地のど真ん中で発動させられる」

 

「お前は自分の仲間を贄にすると言うのか!」

 

マタイ=リースは大声をあげる。

 

「ヴェントあたりもやっていたと思うがな。俺様が“世界を救う”ためには必要なことだ」

 

対して、フィアンマは平然と言い放つ。

 

「それを聞いて、行かせると思っているのか!」

 

「俺様を止められると思っているのか?」

 

「一から一二の使徒に告ぐ。数に収まらぬ主に仰ぐ。満たされるべきは力、我はその意味を正しく知る者、その力をもって敵が倒れることをただ願う!」

 

マタイ=リースがローマ教皇としての魔術を使う。

 

サッカーボールのような牢獄が現れてフィアンマを閉じ込めた。

 

 

これは“傷つけぬ束縛”という魔術。

 

物理的な束縛ではなく、相手の肉体と精神を切り離し、その肉体の中で永劫に空回りさせるというものだ。

例え、常識外の怪物だろうがこの束縛からは逃れられない。

 

これが、聖ピエトロ大聖堂とバチカンそのものが巨大霊装として何重にも強化したローマ教皇の力だ。

 

 

しかし、一瞬で消し飛ばされた。

 

嵐のごとく衝撃波が吹き荒れ、教皇は柱に叩きつけられる。

 

「俺様の“聖なる右”に、その程度のものが通用すると思っているのか?」

 

フィアンマが何をしたか?

“右腕”を振っただけだ。

 

「尤も人の身では扱い切れないがな」

 

“聖なる右”は、フィアンマの“神の如き者”としての力。

どんな邪法だろうが悪法だろうが、問答無用で叩き潰し、悪魔の王を地獄の底に縛りつけ、1000年の安息を保障した“ミカエルの右手”の力だ。

 

当然、人間には扱い切れない。

 

「すぐに空中分解してしまうのは、やはり難だな」

 

小さく呟くと、倒れた教皇には一瞥もくれずに歩き去った。

 

 

 

学園都市

 

 

 

「わーい、わーい、ってミサカはミサカは元気になった喜びを全身で表現しつつ走ってみたり」

 

「走っては危ないですよ、とミサカはお子様な上位個体を注意します」

 

熱が収まり動けるようになった打ち止めは、ミサカ19090号を引き連れて、学園都市を歩き回っていた。

 

もうすっかり元気な様子である。

 

頭の中では、依然として木原数多がアレイスターの指示で書き込んだウイルスが稼動中なのだが、上条のお陰で問題なく生活できているようだ。

 

「あ!展望台発見!ってミサカはミサカは猛ダッシュ」

 

「聞いてはいないのですね、とミサカは嘆息します。ハア…」

 

尤も、世話役の妹達としては良いことばかりでもないらしいが。

 

「おー!すごく遠くまで見えるよ。19090号も早く早く!ってミサカはミサカは急かしてみたり」

 

「そう急ぐこともありませんよ、とミサカは…、おや?何やら事故でもあったのでしょうか?とミサカは数km先で上がる粉塵に目を向けます」

 

「むー。何かドンドン言ってて大事みたい、ってミサカはミサカは身を乗り出してみたり」

 

「危ないからやめて下さい、とミサカは上位個体の肩を持って引き留めます」

 

「あ!あれは!ってミサカはミサカは思わぬところに知り合い発見!大変だよ、19090号!ヒーローさんが変な人たちに襲われてるよ!」

 

煙の中に上条の姿を認めた打ち止めは19090号に呼び掛ける。

 

「“ヒーローさん”とは誰のことでしょう?とミサカは問い掛けます」

 

しかし、キョトンとした声で返されてしまった。

 

「ヒーローさんはヒーローさんだよ、ってミサカはミサカは言い張ってみたり。ミサカたちを助けてくれた“上条当麻”さんだよ!」

 

19090号は首を傾げるばかりである。

 

「み、ミサカネットワークに繋いで!」

 

埒が開かないと見た打ち止めは、ミサカネットワークで記憶の共有を試みる。

 

「ミサカネットワーク全体に攻撃の後がある…」

 

ネットワークに潜った打ち止めは呆然と呟いた。

 

「下位個体全員の記憶が、ヒーローさんと関わるところだけ綺麗に書きかえられてる」

 

「ではなぜ上位個体のものは無事なのですか?とミサカは質問します」

 

「多分、下位個体を通して攻撃したからだと思う。だから、私の方までは届かなかったんだよ、ってミサカはミサカは分析してみる。待ってて、私のバックアップを送るから。ん~」

 

打ち止めが力むように唸った数秒後、ミサカネットワークは元の状態に戻った。

 

「情報の受信を確認しました。ミサカたちは大変なことを忘れていたようですね、とミサカは呟きます。しかも、前後の状態を見る限り、犯人は上条さん自身のようですね」

 

「ミサカたちから記憶を消してどうするつもりだったんだろう?ってミサカはミサカは頭にハテナマークを浮かべてみる」

 

「それは本人に聞くしかないでしょう。とはいえ、まずは恩人の救出が先でしょう、とミサカはネットワークを駆使して学園都市内の全ミサカに召集をかけます」

 

「うん!早く行こう、ってミサカはミサカは走り出してみたり」

 

「あ!戦闘力の低い上位個体は待機を…」

 

「いいから早く!ってミサカはミサカは風になってみたり~」

 

「聞いてはいませんか…、とミサカは再度嘆息します。ハア…」

 

 

 

「まったく、何だったのよ…」

 

そのころ、食蜂と別れた─というより置いていかれた─美琴も街を歩いていた。

 

「上条…」

 

聞いたことのない名前である。

しかし、どうも胸につかえたようで気持ち悪い。

 

「ああ!もう!むしゃくしゃするわね!」

 

鬱憤を晴らすべくゲーセンにでも行こうかと考えていた美琴だったが、その時遠くの方でドンと大きな音がなった。

 

「事件?」

 

美琴は音のした方向へと歩を進める。

 

世のため人のための行動だ。別に暴れたかったからじゃない…と思う。

 

 

 

多くの人間が、上条を中心に動き始めていた。

 

 

 

「優先する。小麦粉を上位に、吸血鬼を下位に」

 

「クソッ!」

 

そして、様々な人間が動き始める中、上条当麻は神の右席相手に苦戦していた。

 

『あの爬虫類顔が何かしてやがるな』

 

“爬虫類顔”とはテッラのことだ。見た目通りの呼び名である。

 

『“優先する”って言ってるし、魔術も言葉通りの効果なんだろ。“吸血鬼”と“人間”の異種戦だから、この手のは分が悪いぞ』

 

『“吸血鬼を下位に”って言われたら、一方通行の反射も効かなくなったり、聖人と風が不可避になったり、オマケに小麦粉─か?これ─で防御されたり、面倒くせえな!』

 

そんな訳で、先ほどから防戦一方といった具合の上条である。

 

『このままじゃジリ貧だぞ。魔術使ってやっちまえよ』

 

『そんなこと言ったって、こんなに攻められたら、詠唱も魔法陣も碌に出来ねえだろ』

 

『単純なのならどうにかなるんじゃないか?出力を増やせば威力は出せるだろ』

 

『そんなことしたら殺しちまうかも知れねえだろ』

 

『そうか。“いつも通りで安心した”って言いたいところだが、この調子じゃ血が減りすぎるぞ。今の内にやっちまわないと手遅れになる。魔術も超能力も、使うたびに吸血衝動が強くなるんだからな。それに、さっきから何回、身体再生させた?』

 

『5回くらいか?』

 

『いくらなんでもそろそろキツいぞ。やるならやっちまえ。神の右席なんて連中なんだから、そうそう死にはしないよ』

 

『でも…』

 

「優先する。風を上位に、吸血鬼を下位に」

 

「またか!クロ!」

 

「はい、マスター!」

 

不可避だとわかっている上条は使い魔を盾にする。

 

「風を上位に、悪魔を下位に」

 

しかし、すぐにテッラの言葉によって押しきられてしまう。

 

「聖人を上位に、吸血鬼を下位に」

 

「はあ!」

 

「この!」

 

突っ込んでくるアックアに対して、上条はコンクリートを叩き割って投げつける。

当然躱されるが、一瞬できた隙に上条はテッラへ向けて石を蹴飛ばす。

 

「優先する。小麦粉を上位に、石を下位に」

 

防御されるが、それによって吸血鬼と聖人の優先順位は元に戻った。

上条はアックアの攻撃を躱す。

 

 

先ほどから同じような繰り返しで凌いでいる上条だったが、そろそろ限界が近そうだ。

尤も、限界を超えて上条が自制をなくしたら、危ないのは神の右席の方なのだが。

 

 

「優先する…」

 

 

しかし、そんなことを理解していない彼らは攻撃を休めない。

恐らくフィアンマはわかっていて伝えなかったのだろう。


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