とある吸血の上条当麻   作:Lucas

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20話 留め具

「フフフ、素晴らしい。猟犬部隊はなかなか役に立ったな」

 

アレイスター=クロウリーは満足げに微笑んでいた。

 

ここ、窓のないビルにいる人間は彼1人だけだ。

そのため、彼の呟きに答える者などいない…筈だった。

 

「随分と焦っているようだね?アレイスター。もう私を呼ぶとは」

 

アレイスターにビーカーの隣から話し掛ける者がいた。

 

「“薬”と思って“計画(プラン)”に組み込んだ物がここにきて“劇薬”となりつつあるのだ。私とて焦りもするさ」

 

「そうでなくとも、かなり本来のものから逸れてきていたように思うがね」

 

アレイスターと極めてフラットな調子で話す彼女、いや彼の名はエイワスという。

 

彼は金髪の光り輝くような長身の持ち主でゆったりとした白い服を纏っている。

 

とても人間離れした見た目の彼だが、本当に人外の存在である。

 

彼はかつてアレイスター=クロウリーに“知識”を授けた天使─とは少し異なるがそれに近いもの─だ。

 

「とうとう幻想殺しの右腕まで切り落とすとは、どう収集をつけるつもりなのかな」

 

「何、心配はいらない。巧くすれば、このまま最終局面まで持ち込める」

 

「もう破綻する寸前といったところなのだろう?少しはスピードを落とさないとゴールに着くまでに倒れてしまうのではないか」

 

「倒れる前にテープを切れればそれでいい」

 

「まあ、私としてはどちらでも構わないのだがね」

 

そう言うと、エイワスはどこへともなく姿を消した。

再びアレイスター1人が残される。

 

「フフフ。猟犬部隊が果たせなかった役割もあるが、次は“神の右席”か。次こそは…」

 

ローマ正教の最暗部でさえ、彼の掌の外にはないらしい。

 

 

 

9月2日

 

 

 

上条当麻は五和のが眠っているベッドの横に立っていた。

先ほどまでは人工呼吸器を外せない状態だった彼女だが、今はすやすやと寝息をたてている。

撃ち抜かれた腹には傷痕さえ残っていない。

 

他ならぬ上条が治したのだ。

 

吸血鬼の、無限とも言われる魔力をもってすれば、単純な回復魔術でもここまでのことができる。

 

魔力の生成を阻害していた幻想殺しはもうない。

彼の右腕と共になくなった。

この右腕を再生することは叶わない。

どこかに右腕が存在する以上、新たに生やすことは出来ず、また、魔術を拒絶する幻想殺しは探すことさえ出来なかった。

 

しかし、彼の顔に深い影が差している原因はそれではないだろう。

 

 

「はあ…」

 

“不幸だ”とは言わず、ただ溜め息をついて、上条は病室を後にした。

 

 

 

「あれ?」

 

御坂美琴は病院のベッドで目を覚ました。

 

「生きてる…」

 

自分は死んだのだと思っていた彼女は、まだ寝ぼけたような調子で呟くが、病室から出ようとしている上条の後ろ姿を認めて飛び起きた。

 

「ちょっと待ちなさいよ!」

 

廊下に出て上条を呼び止める。

 

「御坂…」

 

上条はやや驚いたように振り返った。

 

『もう起きたのか』

 

『生命力(マナ)をやりすぎたな、当麻』

 

「今日こそは説明してもらうわよ。アンタ一体何者なの?」

 

『治したら、そのまま行こうと思ってたのにな』

 

「だから何度も言ってるけど、上条さんはただの高校…」

 

「吸血鬼って何よ!」

 

いつも通りに誤魔化そうとする上条を遮って美琴が言う。

 

「何でお前が…」

 

「海原と話してるの聞いたのよ」

 

「そうか…」

 

「いい加減に、本当のこと…」

 

「なあ、御坂」

 

今度は逆に上条が美琴の言葉を遮る。

 

「何よ?」

 

「昨日、お前が撃たれたの俺の所為なんだよ」

 

「え?」

 

「海原も言ってたんだろ?俺には近づかない方がいい」

 

そこで美琴は漸く気づいた。

上条の服の右の袖が膨らんでいない。

肘から下が綺麗になくなっている。

 

「アンタ、その腕…」

 

案じる美琴の言葉には反応せず上条は続ける。

 

「今回はどうにかなったけど、次があったら死んじまうかも知れねぇんだ。だから…」

 

「嫌よ!」

 

「御坂?」

 

「アンタは何でいつもそうなのよ!自分が傷ついてるってのに他人のことばっかり。周りが心配してるってのがわかんないの!いい加減、教えなさいよ!アンタは一体何を抱えてるの!何を秘密にしてるのよ!右腕に何があるの!吸血鬼って何のことなの!答えるまで諦めないわよ、私は」

 

「はあ…」

 

美琴の言葉を聞いた上条は、1つ溜め息をつくと彼女に近づく。

 

「な、何よ…」

 

「御坂、俺の目を見ろ」

 

「ど、どういうこと…」

 

「いいから!」

 

照れて顔を真っ赤にした美琴だったが、上条の目を見た瞬間に表情が変わった。

上条の目は、美琴の顔とは違い、禍々しく赤く染まっていた。

 

「忘れろ。もう寝とけ」

 

上条が言うと、赤色が美琴の目に写り込むと、表情をなくした美琴は踵を返し、病室のベッドの上に横になった。

 

『良かったのか?もうアイツはお前のことを思い出さないぞ』

 

『そうでもしねぇと、また巻き込んじまうだろ』

 

『なあ当麻、そんなに気負うこともないだろ。ちゃんと傷も残らないところまで治ったじゃないか。五和の方だって同じことだ』

 

『俺がいなかったら、端から傷つくこともなかったじゃねぇか』

 

『お前、アイツの世界を守るんじゃなかったのか?お前だってその中に入ってるだろ』

 

『俺がいない方があいつは安全だろ』

 

『あのなあ…』

 

言い募ろうとするジェーンだったが、前方から現れた少女に上条の意識は向いていた。

 

「どうしたんだ?御坂妹」

 

「おや、あなたは…」

 

「御坂なら眠ってるぞ。急ぎの用なのか?」

 

「お姉様が撃たれたと聞いて駆けつけたのです、とミサカは報告します」

 

「それにしちゃあ遅くないか?この病院に住んでるんだろ?」

 

「何故あなたがそれを知っているのですか?とミサカは疑問を呈します」

 

「御坂から聞いたんだ」

 

本当は記憶を読んだのだが、平然と誤魔化す。

 

「それで?俺の質問の答えは?」

 

「実は上位個体が原因不明の高熱を出していて、他のことに気を回す余裕がなかったのです、とミサカは返答します。上位個体というのは…」

 

「打ち止めのことだよな。御坂から聞いたよ。原因不明ってのが心配だな。俺も行くよ。病室はどこだ?」

 

 

御坂妹から病室を聞いた上条は、打ち止めの元にやって来た。

御坂妹は美琴の様子を見て、後から来るらしい。

 

中に入ると、打ち止めが苦しそうに息をしながら眠っていた。

 

上条は左手を打ち止めの額に当て、次いで自らの額を当てる。

そして上条の意識は、打ち止めの頭の中に沈んでいった。

 

ミナ=ハーカーの魔術的知識と一方通行の科学的知識を駆使して頭の中を解析する。

 

しばらくすると、上条は口を開いて、何かの魔術の詠唱を行った。

 

上条が離れると、打ち止めがゆっくりと目を開いた。

 

「あ!ヒーローさんだ!ってミサカはミサカは胸にダイブしてみたり…って、あわわわわッ!」

 

「おっとっと、まだ動いちゃ危ないぞ」

 

前のめりに転びかけた打ち止めを上条が咄嗟に支えた。

 

「何があったのですか?とミサカは驚きを隠しながら問い掛けます。上位個体が…」

 

そこに、美琴を見舞ってきたらしい御坂妹がやって来た。

 

「治しといたよ。後は任せたぞ、御坂妹」

 

そう言うと上条は彼女の脇をすり抜けて病室を出ようとするが、そこでふと何かに気付いた、いや思い出した。

 

「あ、忘れるところだった。なあ御坂妹、お前たちの記憶って“ミサカネットワーク”ってので繋がってるんだったよな」

 

“ミサカネットワーク”とは、妹達が、その“電撃使い(エレクトロマスター)”としての能力を用いて構成しているネットワークのことだ。彼女たちはこれによって記憶を共有している。

 

「はい、とミサカは肯定します」

 

「それじゃあ…」

 

上条は御坂妹の目を覗き込む。

御坂妹の目が赤く染まった。

 

「じゃあな」

 

それだけ短く告げると、上条は病室から出ていった。

 

 

「一体どうやったんだい?」

 

病室を出たところでカエル顔の医者が待っていた。

 

「あの子の脳の容量を増やしたんですよ。かなり負荷がかかってましたから」

 

「随分と無茶苦茶なことをしたものだね。普通の魔術師には無理だと思うがね」

 

「吸血鬼か魔神でもなきゃ無理ですよ。脳の構造を変えるなんて荒業は」

 

「そうかい。流石に大したものだね。君、ここで医者をやらないかい?」

 

「はい?」

 

「君の力ならどんな患者でも助けられると思うね。ここで僕を手伝ってくれるなら、どこかへ行って面倒事に巻き込まれることもなく、人助けが出来るだろう?」

 

「俺の不幸体質のことは知ってるでしょう?ここにいたら…」

 

「僕に迷惑をかけるとでも?」

 

「“患者に”ですよ。俺がその場にいるだけで人が死ぬかも知れないんですよ?」

 

「ん~」

 

「先生は良くても、俺はこんな風に人が集まるところに留まるつもりはないですよ。普通の場所と違って、一歩間違えたら死んじまう人がいるところにはね」

 

「そうかい。まあ、いつでも来るといい。いくら怪我をしないといっても君は僕の患者なんだからね」

 

「いいえ、もう来ないと思いますよ。輸血用の血が必要な時以外は」

 

そう言うと上条は彼の前から去っていった。

 

 

「医者だというのに患者を救えないとはね」

 

誰もいなくなった廊下に、彼の悲しげな言葉が響いた。

 

 

 

「お姉様!」

 

「白井さん、走ると危ないですよ」

 

正面玄関を出ようとしたところで、上条は超電磁砲組の3人とすれ違った。

美琴の見舞いに来たのだろう。

 

「あれ?」

 

そこで佐天が立ち止まって上条をかえりみる。

 

「どうしたんですか?佐天さん」

 

「あの人、右手が…」

 

しかし、上条の姿はもうそこにはなかった。

 

 

「見つかったか?」

 

病院を出たところで上条が声をあげる。

周りに人はいないが、決して独り言ではない。

 

上条の足下にカシャカシャと気持ち悪い音をたてながら、ムカデのような虫が寄ってきた。

 

「勿論ですとも、マスター」

 

「そうか。ご苦労様」

 

報告を聞いた上条がそう言うと、大量の蟲が街中から集まり、彼の影に収まった。

全て上条の使い魔である。

 

とある人物の捜索に差し向けたものだったが、見つかったために戻したのだ。

 

そして上条は“木原数多”がいると聞いた所へ飛んでいった。

 

 

 

「何だ?」

 

けたたましく鳴り響く警報を聞きつけた木原数多は、部下に通信を送った。

 

『侵入者です。昨日のガキが…』

 

「ああ?場所が割れたのかよ。手筈通りに迎撃しろ。死なねえにしたって足止めくらいできるだろ」

 

『了解しました!』

 

 

数多からの指示を受けた猟犬部隊は、アジトの玄関扉を壊して侵入してきた上条を、柱の影から覗き見ていた。

 

上条が数歩進んだところで、1人が手に持っていたスイッチを押す。

 

昨日と同様に、クレイモアの一斉起爆が上条に襲いかかり、付近は爆煙に包まれた。

 

しかし、キュイーンという高い音がすると、傷1つ負っていない上条の姿が再び現れる。

 

「撃て!撃ち殺せ!」

 

誰のともつかない号令と共に、猟犬部隊は一斉に銃を撃つ。

 

しかし、再び高い音が辺りに響き、発射された銃弾はそのまま銃口に吸い込まれていった。

次々と銃が弾け飛ぶ。

 

「どけ」

 

上条はたった一言だけで猟犬部隊を黙らせる。

しかし、効かないと知りつつもすぐに攻撃を再開した。

もし彼らがこんなことで持ち場を放棄すれば、後で数多に殺されてしまうのだから死に物狂いだ。

 

銃、手榴弾、地雷などなど、次々と攻撃が加えられる。

 

「クソッ」

 

上条の影が伸びて、一瞬で猟犬部隊を呑み込む。

また元の形に戻った時には辺りを静寂が支配していた。

 

「寝てろ」

 

気を失った彼らには一瞥もくれず、上条は木原数多のもとへ向かう。

 

 

 

「一方通行の反射を使えるたあ、大したもんじゃねぇか。いよいよぶっ飛んだ野郎だな、おい」

 

上条が数多の部屋に入ると、たった1人で待ち受けていたらしい彼が笑いながら話し掛けてきた。

 

「お前の腕はここにはねぇぞ」

 

「いらねえよ、そんなもん」

 

「あ?」

 

上条の右腕があった部分に、黒い霧のような物が現れ、腕の形をなした。

 

「はっは!何だよ、そりゃあ!理論の“り”の字もわかんねえぞ!」

 

あくまで愉しげに笑う数多の頭を、上条の“右腕”が捕まえる。

 

「何だよ。どうするつもりだ?敵でも殺せねえアマちゃんのくせによお」

 

昨日、囮役を助けたことを知っている数多は、その状態でも余裕の表情を崩さない。

 

「うるせえよ」

 

しかし、上条は耳を貸さず目を赤く染め上げた。

それに呼応したかのように数多の目が赤く染まる。

 

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

断末魔のような叫び声をあげる数多だが、上条は術を解かない。

 

「あ、あぁ…」

 

しばらくすると叫び声がやむ。

数多の目から色が消えている。

 

最早、彼は脱け殻となっていた。

 

それを確認した上条は右腕を消した。

数多の身体が崩れ落ちる。

 

「殺しゃしねえよ」

 

 

『らしくないな、当麻』

 

『何がだよ、ジェーン』

 

『敵だっていつまでも敵って訳じゃないんじゃなかったのか?』

 

『コイツが敵じゃなくなると思うのか?』

 

『思わないよ。でも、だからって殺しちまうようなお前じゃなかっただろ』

 

『殺しはしなかったぞ』

 

『コイツは死んでるよ。もう人間としては生きられない。おい、しっかりしろよ。右手がなくなって、お前の吸血鬼性を抑えてた留め具がなくなったんだ。気をしっかり保たないとマスターみたいに戦い続けのクソみたいな暮らしが待ってる。わかってるだろ』

 

『ちゃんとしてるさ』

 

『いいや、お前はもうガタガタだよ』

 

 

「上条当麻!」

 

自分を呼ぶ声に上条が振り返ると神裂が立っていた。

 

「神裂か。五和の見舞いか?」

 

「え、ええ。確かにそのために来ましたが…」

 

「だったら病院だ。早く行ってやれよ」

 

突っぱねるように告げた上条は、神裂の横を抜けて出て行った。

 

「そんな目で私を見るのですか…」

 

神裂と話す上条の目は、終始真っ赤に染まったままだった。

 

 

 

「ん…、ああ…」

 

上条と数多の再戦から数時間後、五和は目を覚ました。

 

「おお!五和が起きたのよな!」

 

周りを見ると神裂を始め、天草式の一同が揃っていた。

 

「建宮さん…。上条さんは?」

 

五和が尋ねると、建宮は渋い顔をした。

 

「答えてください、建宮さん」

 

「上条当麻は…」

 

五和が催促するとゆっくりと話し出した。

 

「右腕をなくしたのよな」

 

「そんな…」

 

五和は愕然としたが、二の句には更なる驚きが待っていた。

 

「上条当麻がこのまま吸血鬼として闇に呑み込まれるようなら殺せ、と最大主教から命令が出てる」

 

「え?」

 

「上条当麻は今まで右腕が魔力を殺していた。だから脅威度は低かったのよな。しかし、今はその右腕がない。あいつは好きな時に、虐殺だろうが大量破壊だろうが簡単にできるようになった。学園都市の人間だからある程度は様子を見るが、もし人を殺したり生き血を吸ったりした時には、必要悪の教会の総力をもって上条当麻を殺しにかかるそうだ」

 

「酷い…」

 

「実際、何時間か前に木原数多という科学者を精神的に壊したらしいのよな。顔に派手な刺青を入れた男だ。知ってるか?」

 

「はい。昨日、上条さんを襲った人です」

 

「やっぱりな。その時、女教皇様が現場に行ったんだが、酷い荒れようだったそうなのよな」

 

五和は神裂の方を見る。彼女も沈んだ顔をしていた。

 

「我らは上条当麻を殺すはめにならないように、神に祈るくらいしか出来んのよな」

 

 

 

「また吸血鬼が出たのであるか?」

 

「ええ。吸血鬼のものらしき魔力が見つかったようです。ただウィルヘルミナ=ハーカーのものとは異なるものだったようです。つまり…」

 

「魔力を持たないはずの上条当麻が魔力を出したのか、まだ見ぬ3人目がいたのかってことでしょ。今更、状況は変わらないんだからとっとと行くわよ」

 

天草式が五和を舞っていた頃、神の右席のうちの3人、すなわち、前方のヴェント、左方のテッラ、後方のアックアは日本に入国していた。

学園都市へ到着するのも、もうすぐである。




右腕についての説明をしておきます。
上条は幻想殺しを持っていますが、右腕がなくなった時は再生させられます。吸血鬼が身体を再生させるのは魔術とは違うものなんだとご理解下さい。
ただ、右腕が切れた時は、切断面をくっつけないと元に戻せません。幻想殺しの所為で、離れた場所にある右腕を呼び寄せることは出来ませんし、新しく作ろうにも、右腕は一応存在するのだから、それも出来ません。

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