7月19日・夜
「不幸だー!」
いつもの台詞とともに夜の学園都市を走る、ツンツン頭の少年がいた。
というのも、ファミレスで見知った女子中学生と話す柄の悪そうな男たちがいたので助けようと思ったのだが、思った以上に大人数だった男たちを撒くのに苦労しているうちに現在にいたるわけだ。
(よ~し。結構人数減ってきたな。あと一息で逃げ切れるか)
「ちょろっと~」
「ん?」
唐突に呼ばれて振り返ると、そこにいたのは追いかけてくる不良ども…ではなく、女子中学生1人だけ。しかも前髪からビリビリと紫電を走らせて何だか臨戦態勢っぽい。
「あの~、御坂さん。追って来てた連中は?」
「焼いといた」
恐る恐る問い掛けるも予想通りの言葉をあっさり返された。
上条の努力も水の泡である。
そう彼はこの女子中学生こと御坂美琴を助けようとしていたわけではない。逆だ。不良の方を助けようとしていたのである。
「まったく、不良助けるために走り回るとか、熱血教師気取り?」
(まあ、全力疾走くらい何㎞したところで疲れないのですが)
「不幸だ」
「聞けやこら~!!」
ビリビリッ!
「うぉっ!!」
いきなり飛んできた電撃を右手で防ぐ。
パキーンッ!
「危ねぇだろ!」
「どうせアンタには効かないでしょうが!まったく、ホントどうなってんのよ?私の電撃が効かないなんて」
「効かないからって会うたびに電撃放ってくるな!もう、いい加減わかっただろ?お前の電撃は俺には効かないって」
「…確かにそうね」
(おっ!ついに諦めてくれるのか?)
「やっぱり全力はマズいって心のどこかでブレーキかけてたのかもしれない」
(あれ?)
「そうよね。そんなんじゃダメなのよね」
(残念でした。上条さんの不幸はバリバリ健在のようです、こんちきしょー!)
「こ・れ・が・わ・た・し・の…」
「ちょっ、ちょっと!ビリビリ落ち着け!」
「…全力だー!!!」
「ギャー!!!」
その日第7学区に雷が落ち、広範囲に渡る停電が発生した。
7月20日
健全な学生なら誰もが待ちわびる夏休みの初日。
そんなめでたい日の朝…というよりもう昼と呼べる時間帯だが、この物語の主人公・上条当麻はうだるような暑さの中、目を覚ました。
「うぅ…。太陽光が眩しい…。溶ける…。浄化される…」
普通は歓迎すべき晴天だが彼には例外である。むしろ、じめじめした曇り空の方が肌にあっているのだろう。
『お~い。しっかりしろ、当麻』
え?誰が喋ってるのかって?
確かにこの部屋にいるのは上条当麻ただ1人。だが明らかに彼の台詞ではない。そもそも音が出ていない。感知できるのは上条と読者のみなさんだけです。
答えは上条の頭の中にいる人だ!
『おう。おはよう、ジェーン。真夏の太陽はさすがに身にこたえるな』
『そりゃそうだろう。お前だって、れっきとした吸血鬼。マスターほどの大吸血鬼から受け継いだその強力な力がなかったら、その光に身を晒した時点でアウトだ』
さて、上条がジェーンと呼んだこの女について説明しよう。
彼女は、上条に力を引き渡し(押し付けて)、この世を去った女吸血鬼・ミナ=ハーカーの置き土産であり、使者であり、最後の眷属であり、上条の相談役である。
ミナは上条に力を渡す際に1人分の人格を作り出し、それに幾つかの命令を出した。それがジェーンである。
それ以来、ジェーンはずっと上条の中のもう1つの人格として存在している。
上条とジェーンは別々の人格であるため、思考や感情が他方に影響することはない。しかし、相手が喜んでいる、怒っている、といった漠然とした心持ちなら感じることができる。
上条とジェーンは記憶と知識を共有している。因みに、吸血鬼は血を吸うことで相手の記憶と力を自らのものとする。つまり数百万人もの血を吸ったミナ=ハーカーの莫大な記憶と知識が上条とジェーンの頭の中に詰め込まれているいるのである。これこそ、さっきから上条の携帯に小萌先生からのラブコールが来ない原因である(携帯は踏んでいません)。なんとこの上条の成績は超優秀で、小萌先生と難しい科学の話が出来るほどなのだ。
上条とジェーンは声を出さずに会話が出来る。所謂、念話である。上条には理屈はわからないが、やろうと思えば出来る。呼吸の仕組みを知らなくても息ができるのと同じだ。さっきからこれで話している。というより、これ以外に意思疎通の手段はない。
『つっても、押し付けられただけなんだけどな』
『まだ言うのか?お前だってマスターの記憶を持っているんだから、そうした経緯も理由もわかるだろ?と言うか、この話自体もう何回も繰り返しているじゃないか』
『そうだな。そしていつも俺は言う。“理由はわかるが、納得は出来ない”と』
『やれやれだ』
ジェーンの言う「マスター」とは勿論ミナ=ハーカーのことである。
どうしても避けては通れないので、今2人も話していた、ミナ=ハーカーの「経緯」と「理由」とは何なのかをここで話しておこう。
ミナはドラキュラ伯爵に血を吸われ、吸血鬼となった。
吸血鬼の力の強さは主─すなわち、自らの血を吸い吸血鬼とした吸血鬼─の力の強さに従って変わる。
つまり、ドラキュラという強力な吸血鬼によって吸血鬼とされたミナはその瞬間からほとんどの吸血鬼を凌駕する力を持っていた。
そして、力が強くなるに従って強くなるものがある。吸血衝動だ。吸血鬼は人の血を吸うから吸血鬼なのだ。その衝動・欲望には逆らえない。人間が飢餓感に耐えられないように。
この吸血衝動がミナを苦しめた。強力すぎる力を持ったミナは、太陽に身を晒そうと、銀十字で胸を突こうと、首を切り落とそうと、死を迎えることが出来なかった。そして、吸血衝動に逆らえるわけもなく人を襲い続けた。優しい彼女は無関係の人間を襲うよりはましだと考えて、専ら魔術師たちを襲った。自分を殺してくれるかも知れないという儚い願いもあった。
しかし、彼女は強すぎた。どんな魔術師もろくな手傷も負わせられずに散った。
そして、彼女は現実を受け入れた。人の血を吸い、闘争の嵐の中を行く、吸血鬼としての現実を。そうして幾年もの時が流れた。
そんなある日、彼女はそれまで感じたことのない不思議な感覚を味わった。ずっとのしかかっていた重荷を肩からおろしたような、そんな感覚を。
そのすぐ後、彼女は驚くべき知らせを耳にする。「吸血鬼ドラキュラが死んだ」
彼女は愕然とした。あの強力な吸血鬼が狩られたという驚くべき出来事と、主の加護を無くしたことにさえ気付かないほどに自分が多くの血を吸ったということに。
だが、それと同時に僥倖でもあった。「ドラキュラを狩れるほどの人間がいるなら私も死ぬことが出来る」
彼女はそのドラキュラを倒したという魔術結社の情報を集め、彼らのいる土地に駆け付けた。
そこで結社の構成員から聞かされた。「自分たちを纏めていたリーダーはドラキュラと相討ちで殺された。彼以外にも戦闘力の高い構成員はほとんど死んだ。彼ら抜きでの我々の力など、そこら辺の魔術師と大差がない。我々ではミナ=ハーカーほどの吸血鬼はもう殺せない」と。
彼女は絶望した。
そしていつもの食事と同じように、結社の生き残りを食らいつくした。
だが、彼女はそんな彼らの知識の中から探り当てた。自分ほどの吸血鬼でも死ねるであろう方法を。
その方法こそ、彼女が上条に為したものだ。「吸血鬼としての力を他人に全て明け渡す」
しかし、彼女はすぐに死ぬことが出来なかった。やはり優しすぎたのだ。自らの力が及ぼす影響を考えた。核爆弾より余程危険な自らの力について考えてしまった。
その辺の人間に渡そうものなら世界は滅んでしまうだろう。
ただ善良なだけの人間に渡しても御し切れないだろう。自分がこの力を御せたのは、そういう才能があったからだ。その才能に目を付けたからこそドラキュラは彼女の血を吸ったのだ。
その日から彼女の旅が始まった。
自分を殺すための旅。
器を見つけるための旅。
そうして数十年が経った。
ドラキュラが消えたことで、実質、世界最強の吸血鬼となった彼女だ。初めの頃は各国の腕自慢の吸血鬼狩り(ヴァンパイアハンター)に襲撃された。もちろん、全て殲滅した。
しかし、彼女には目的ができた。故に、儚い願いのために魔術師を襲うことはしなくなった。
また、医学の発達も彼女に恵みをもたらした。輸血パックだ。これがあれば吸血衝動から人を襲う必要がない。生の血より味も質も落ちていて、渇きを満たすには大量に必要だったが、それでも人を殺さずに済む方法だった。
そうして、人を襲うことをやめた彼女を誰もが忘れた。
科学技術の発達により、かつては光の差さなかった場所にも灯りがともされ、この地上から暗闇が少なくなった。
住処を失った吸血鬼たちは互いに殺し合い急速に数を減らしていった。
太陽光を克服した強力な吸血鬼たちも魔術師に次々と狩られた。
こうして吸血鬼が絶滅へと向かう中、彼女はひたすらに器を探し続けた。
他の吸血鬼のことなど知ったことではなかった。別に親しかったわけでもない。
そして時計の針は4ヶ月前まで進んだ。
誰もが忘れた彼女を探し出した「人間」がいた。
アレイスター=クロウリー。
学園都市の統括理事長である。
彼は彼女を殺そうとはせず、ただ自分の街に招き入れた。
彼女も「学園都市のように特殊な場所の人間なら或いは」と考え、その招待に応じた。
そして、上条当麻と出会った。
禁書目録篇を始めるつもりが、すっかりミナ=ハーカーの昔語りになってしまった。ちょっと触りだけ紹介しようと思っただけだったのに…。
次回はインデックスさん登場します。