とある吸血の上条当麻   作:Lucas

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19話 猟犬部隊

9月1日

 

 

 

「ったく、人使い荒ぇな、チクショー」

 

黒塗りのバンの車内で、白衣姿の男が紫煙をくぐらせていた。

金髪と顔いっぱいにいれた蜘蛛の巣の様な刺青が特徴的な彼の名は木原数多。

学園都市の暗部組織“猟犬部隊(ハウンドドッグ)”の指揮官である。

 

「昨日、クローンの頭にウイルスぶち込んだところじゃねぇか。もう次の仕事かよ」

 

そう言いながらもアレイスターからの指示書に目を通している。

 

「にしても、アレイスターの野郎はいよいよイカレちまったのか?このウニ頭の右腕がそんなに大事とはな」

 

『木原さん、標的A見えました。現在、徒歩で移動中』

 

「よし、そのまま監視しとけ。俺がやるからお前らは手出しするな」

 

『了解』

 

部下からの通信に、上司への愚痴を引っ込めた彼はバンから降りた。飾り気のない、一昔前の型の狙撃銃を抱えて。

 

 

 

「ところで、上条さんの吸血鬼としての力ってどのくらいなんですか?」

 

下校中、五和は隣を歩く上条に問い掛けた。

上条は怒れる男子たちの熱い拳を浴びたところなので少しげんなりしているように見える。

 

「ん?そうだな…」

 

上条は漠然とした問いに少し答え方を悩む。

 

「あっ、ごめんなさい。デリカシーのないこと聞いて」

 

「いや、大丈夫。別に答えたくないから黙ってた訳じゃないから」

 

「そうなんですか?」

 

「そうそう。どう答えればいいのかわかんなかっただけだから」

 

上条が答えないのを違う意味にとった五和を宥めつつ、上条は考える。

 

『“どのくらい”って言われてもな』

 

『吸血鬼の力といえば、身体能力、再生能力、使い魔、読心操心、念動力ってとこだろ?その辺教えてやればいいんじゃないか?』

 

『そうだな』

 

「えっとな、俺の“右手”知ってるだろ?」

 

「はい。“幻想殺し”ですよね。魔術も超能力も、異能の力ならなんでも打ち消すんですよね」

 

「そう。だから念力は使えないし、読心も操心も出来ないし、使い魔も呼び出せない。全部、魔力がないとダメだからな。できるのは身体の強化と再生くらいだ」

 

「じゃあ、右手がなかったら他のもできるんですか?」

 

「ああ、念力も読心も操心も使ったことはないけどな」

 

「使い魔はいるんですよね?」

 

「犬、猫、狐、馬、烏、蛇、蟲…。他にもいっぱいいるぞ」

 

「やっぱりすごいんですね」

 

 

歩きながら会話をする2人だったが、彼らを遠くから監視する黒い人影には気づいていなかった。

 

 

 

「よし、来やがったな」

 

木原数多はスコープを覗きながら呟く。

彼が見る先には、先ほど“標的A”と呼ばれた人物がいた。

 

そして、彼はゆっくりと引き金を絞る。

パンと乾いた音がしたのち、“彼女”の胸に赤い花が咲いた。

 

「回収しろ」

 

短くそれだけ指示すると、彼はバンに戻って目的地へと向かった。

 

 

 

「銃声!?」

 

五和と話していた上条だったが、吸血鬼の聴覚が日常では聞く筈のない音を捉えた。

 

「おい、五和…」

 

隣にいる少女に話し掛ける上条だったが…

 

「銃声なんてしましたか?」

 

彼女には聞こえなかったらしい。

おそらく数km離れた場所から聞こえてきたのだろう。コンクリートジャングルではまず聞こえまい。

 

「何があったんだ?」

 

 

 

「何?これ…」

 

美琴は自分の胸に手を当てて呆然と呟いた。

 

打ち止めたちと別れて病院を出た彼女は寮に戻るべく歩いていたのだが、突然胸に衝撃を感じて立ち止まると、赤い液体が自身から流れ出していた。

 

徐々に体の力が抜けて地面に倒れこんでしまう。

 

(私死ぬのかな…。“あの実験”の元凶は私なんだし、当然の報いかな。一方通行の次は私か…)

 

そんなことを考えながら、彼女の意識は闇に呑まれていった。

 

そこに1台のバンが停まり、中から現れた、黒尽くめの戦闘服に身を包んだ人間たちが、彼女を回収してどこかへ走り去った。

 

 

 

「あの~、上条さん?」

 

いつまでも明後日の方向に顔を向けている上条に、おずおずと五和が話し掛ける。

 

「ああ、悪い。なんか向こうの方から銃声が聞こえたんだ。多分、警備員だよ」

 

「私には聞こえませんでしたが…」

 

「俺の耳は聖人みたいに遠くの音でも拾えるからな」

 

「そうでしたね」

 

「止まって悪かったな。行くか?」

 

「はい」

 

しかし、そんな彼らの行く手を遮って黒塗りのバンが現れた。

中から戦闘服を着た人間が降りてくる。

 

「誰だ?」

 

上条の問いには答えず、彼らを取り囲む。

 

その中の1人が上条たちに、モニターのようなものを向けた。

 

『よう、はじめまして』

 

モニターの電源が入ると、顔中に刺青のある男が映し出された。

 

「木原数多!?」

 

「何だ?俺のこと知ってんのかよ」

 

木原数多は一方通行の能力開発を担当していた科学者だ。

それ故、上条は彼を知っている。

 

「何の用だよ?」

 

『手っ取り早く言うとだな、会いに来てほしいんだよ』

 

「は?」

 

『いやマジで。素直に聞いてくれんなら、こっちもめんどくさいことしなくて済むんだよ。ああ、場所はここだ』

 

数多の声にあわせて、モニターの端に地図が現れる。1ヶ所赤く光っているところが彼の居場所なのだろう。

 

「行くわけねぇだろ。そんな見え見えの罠」

 

『だよなぁ。だから来たくなるようにしてやったぜ』

 

そう言うと、カメラの前からどく。すると、モニターに血みどろで倒れている美琴が映った。

 

上条の目つきが変わる。

 

「テメェ!」

 

『早く来ねぇと“超電磁砲”が死んじまうぞ。じゃあな』

 

それだけ言うとモニターは切れてしまった。

 

上条の目が見る見るうちに赤く変色する。

 

「上条さん!」

 

五和が止めようとするがどうにもならない。

 

「五和!」

 

「え?きゃあ!」

 

五和をお姫様抱っこのように抱えた上条は、猟犬部隊を蹴散らして、数多の指定した場所へ真っ直ぐ駆け出した。

当然ビルにぶつかるが、屋上まで飛び上がり、そのまま進む。

 

 

 

「はあ!何がLEVEL0だよ。とんでもねえ野郎じゃねぇか!」

 

部下から報告を受けた数多は面白そうに大声で叫ぶ。

 

「木原さん!このままでは何分も経たないうちに…」

 

「わかってるに決まってんだろうが!クズが一人前に口きいてんじゃねぇぞ!大体、そうでもしねえと超電磁砲死んじまうじゃねぇかよ」

 

「は、はい!」

 

部下を下がらせると、美琴を見下ろしながら呟く。

 

「それにしてもアレイスターの野郎、第3位殺しかけてまで何やろうってんだ?」

 

もちろん即死するようなところは撃っていないが、それでも病院に連れて行かなければ死ぬのは時間の問題である。

 

「木原さん!来ました!」

 

「いちいちやかましいんだよ。作戦通り動きやがれ!」

 

部下に乱暴に指示を出すと、彼はその場を後にした。

 

 

 

「あそこだな」

 

「上条さん落ち着いて下さい!」

 

一方、上条は数多が指定したポイントにある研究所を見つけていた。

 

腕の中の五和の制止は一向に聞いていない。

 

罠だとはわかっているが止まるつもりは一切ないようだ。

 

 

そのまま、研究所の壁をぶち抜いて中に入る。

 

血の臭いを辿り、1分も経たないうちに美琴を見つけ出した。

 

「五和、回復魔術でなんとかなるか?」

 

「はい!ちょっと離れていて下さい」

 

幻想殺しを避けるために上条を遠ざけると、五和は術式を書き始めた。

 

その時、部屋の端を白衣が横切った。

 

「おい、待て!」

 

それを目に留めた上条が追いかける。

 

「五和、御坂を頼んだぞ!」

 

「上条さん!危ないですよ!」

 

止めようとする五和の声は上条には届かない。

 

上条が追いかけ出すと、身体強化系の能力を使っているような速度で逃げ始めた。

上条の膂力でさえ、なかなか追いつけない。

 

「待てって言ってんだろうが!」

 

ウニ頭の吸血鬼と、金髪白衣の男の追いかけっこが始まった。

 

そのまま研究所から出た2人は、人気のない路地裏を駆け回る。

 

そして、数分が経過した頃、行き止まりに当たったらしく上条の前で、動きが止まった。

 

 

『捕まえた!』

 

『おい当麻!頭冷やせ!』

 

先ほどから頭の中で叫び続けるジェーンでさえも上条は止められなかった。

 

 

木原数多を追い詰めたと思った上条は、そのまま白衣を掴んで引き剥がす。

 

その時ようやく気が付いた。

 

目の前にいる男をよく見つめると、金髪と白衣は木原数多の特徴そのままだったが、顔が全くの別人だった。

トレードマークの刺青はなく、ビクビクと怯えた表情を浮かべている。

 

「チクショー!」

 

 

上条が悔しさのあまり叫んだ一瞬のちに、路地裏に爆音が響きわたった。

 

 

 

「単純な野郎で楽勝だったな」

 

原型がわからないほどにバラバラになった上条と白衣を見ながら数多は笑う。

 

「クレイモア対人地雷10個による超局地殲滅用攻撃ねえ。随分ぶっ飛んだ命令だな、おい。アレイスターは右腕持ってこいって言ってたが、こりゃあ無理だな」

 

正確に言うとクレイモアには銀球が仕込んであったのだが、そんなことは知らない。

 

「で?何でお前は生きてんだよ」

 

数多は自分と同じ格好をした部下に問い掛ける。

囮にした、身体強化系の能力者だ。

作戦では彼も上条と共に爆発の渦中にいる筈だったのだが、その寸前で路地裏から飛び出てきた。まるで投げ飛ばされたかのように。

 

「まあ、いいか。標的は始末したんだし。殺しちまったらそれはそれだって命令だったしな」

 

そう言って引き揚げようとする数多だったが、部下が怯えた声で彼を呼び止めた。

 

「き、木原さん。これ…」

 

「お?何だ何だ?」

 

部下に促されて上条の身体を見下ろした彼は、また面白そうに笑い出した。

 

「頭も心臓も潰されてんのに再生してんじゃねぇか!どうなってんだよ、おい!こりゃあ、超能力なんて代物じゃねぇぞ!」

 

理解出来ない事象を前にして、実に面白そうな数多だったが、上条の頭がほぼ再生すると表情を変えた。

 

「クレイモアでバラバラ殺人は認めるけど右腕は持ってこいってのはこういうことかよ」

 

そう言うと、持っていた拳銃を使って上条の頭を再び潰す。

 

「おい、お前ら。コイツの頭が再生してきたら撃って潰せ。そのうち右腕が再生するだろうから、そしたら切断しろ」

 

頭がなければ動かないだろうと判断した彼は部下たちに指示するが、誰1人動かない。目の前の現象に頭がついていけていないようだ。

 

「おい聞いてんのかよ」

 

見かねた数多は最も近くにいた部下の頭に拳銃を突きつけ、無造作に引き金を絞った。

乾いた音が響き、撃たれた部下は地面に崩れ落ちる。

 

それで漸く我に返った部下たちは数多の指示の通りに動き始めた。

 

 

「ったく使えねぇな」

 

しばらくしてから部下の1人が、切り落とした右腕を持ってきた。

 

「よし、上出来だ。後は…」

 

オレンジ色の液体で満たされた、透明な筒の中に上条の右腕を入れて蓋を閉める。

 

 

そこに1台の車が入ってきた。

中から黒スーツとサングラスを身に着けた男たちが降りてくる。

 

「おう、ご苦労さん」

 

数多の軽口には答えようともせずに、右腕を回収して走り去った。

 

 

「面白みのねぇ連中だな。おい、引き揚げるぞ。そのガキは爆破して、もう1回バラバラにしておけ。追い掛けられたらたまんねえからな」

 

「上条さん…」

 

「あ?」

 

そこに1人の女子高生がやって来た。

 

「ああ、お前コイツと一緒にヤツじゃねぇか。超電磁砲と付き合ってんのかと思ってたら、まだ女いたのかよ」

 

「よくも…」

 

数多の軽口には耳を貸さず、五和はカバンの中から、3つに折った海軍用船上槍(フリウリスピア)を取り出して組み立てる。

 

「よくも、上条さんを!」

 

怒りのままに数多に向かっていく五和だったが、脇腹に大穴を穿たれて横に吹っ飛ばされる。

一瞬遅れて銃声が辺りにこだました。

 

「どいつもこいつも周りが見えてねぇな」

 

面白くなさそうにそう呟いた数多と、彼の指揮する猟犬部隊は、上条の身体を再度吹き飛ばすと、その場を後にした。


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