17話 世界を守る
8月31日・朝
ファミレスで4人の少女がテーブルを囲んでいた。
「皆さん!また面白い都市伝説を見つけましたよ!」
声高に言い出すのは黒髪ロングの少女・佐天涙子だ。
どうやら、また怪しげな話を仕入れてきたらしい。
「またですか?佐天さん」
冷めた声で返すのは花飾りを頭に載せた初春飾利だ。
例によって、彼女の前にはパソコンと特大サイズのパフェが置かれている。
「何度も言いますが、学園都市で都市伝説なんてナンセンスですの」
初春に言い添えるのは、変態テレポーターこと白井黒子だ。
肩をすくめて首を左右に振っている。
「そうでしょう?お姉様」
「え、ええ!そうね。この街の科学で証明出来ないことなんてないんだから」
黒子に促されて口を開いたのは御坂美琴だ。
“悩み事”の所為で最近上の空になることが多いらしい。
「確かに眉唾ものですけど、結構証拠らしいものも多いんですよ、今回のは」
「で?今度は何なんですか?」
「ずばり“吸血鬼”です!」
「はい?」
初春と黒子が呆れた様な声をあげる。
当然だ。何故ならここは学園都市。科学で何でも解決出来る街なのだ。吸血鬼などというオカルトの入り込む余地はない。
少なくとも、大部分の住民たちはそう思っている。
しかし、いつもなら2人と一緒に佐天にツッコむであろう美琴の様子が少しおかしかった。
否定するどころか、興味を持ったようにすら見える。
「8月の最初のころ、スキルアウトの発砲事件が多かったって、初春も白井さんも言ってましたよね?」
「はい」
「確かにそうですの。警備員の領分だからと、我々“風紀委員(ジャッジメント)”の出動は許されず仕舞いでしたので、結局、現場を見ることはありませんでしたが」
“風紀委員”とは、学生たちによって構成される治安維持組織であり、初春と黒子はこれに所属している。
当然と言えば当然だが、教師たちで構成される“警備員”よりも権限の幅は狭いらしい。
「じゃあ、その発砲事件で死体が1つも出てないって話は知ってますか?」
「知ってますよ。結構、大きな銃撃戦になってたみたいなのに、死人が1人も出なかったって」
「でもね。その発砲事件が起こった辺りのスキルアウトの数は減ってるみたいなの」
「大きな騒ぎを起こしたところだから、しばらくは大人しくしてようってことじゃないの?」
「確かに、これだけならそうとも考えられます。でも、警備員の先生が目をつけてたスキルアウトが姿を見せなくなったり、一般学生がスキルアウトだった知り合いと会わなくなったりって証言も出てるんです。そして、ここからが話の大事なところですよ!」
佐天が場を盛り上げるべく声のトーンをあげる。
「事件の渦中にいて、連行されたスキルアウトの中に“化け物がいた”って証言する人が続出したんです」
「言い逃れするにしては、おかしな台詞ですね」
「でしょ?それも1人や2人じゃないし、頭が変になった感じでもなかったんだって。“撃っても死なない化け物に襲われた”、“化け物に噛まれた仲間が化け物になった”、“路地裏にゾンビが現れた”、“ゾンビは日光を浴びると灰になった”なんてことを色んな人が言ってて、実際現場には大量の灰があったんだってさ。太陽光を浴びて灰になるなんて、映画にでてくる吸血鬼そのものじゃない?」
「そんなもの、精神系能力者のイタズラではありませんの?ただ単に怖い夢を見ていただけということでは?」
「まあ、確かにそうかも知れないんですけどね。他にも“LEVEL5が吸血鬼狩りをしていた”とか“ツンツン頭の吸血鬼が守ってくれた”とか“吸血鬼が第1位を殺した”とか色々あって面白くないですか?」
「そんなくだらないオカルト話など何とも思いませんの」
「“吸血鬼”ねぇ…」
「おやおや、御坂さん。ひょっとして気になってます?」
「えっ?いや、私は別に…」
「じゃあ、もっと話を続けますよ」
「駄目ですよ、御坂さん。佐天さんが勢いづいちゃったじゃないですか」
「アハハハハ、ごめんなさい」
「まったくお姉様ったら」
そうは言うものの、美琴は佐天の話が気になっていた。“ツンツン頭の吸血鬼”と“吸血鬼が第1位を殺した”ことの噂が特に。
理由は言うまでもなく、8月21日の操車場の一件だ。
あれから、上条を見つけて問いただそうとしたのだが、結局、現在に至るまで出会うことはなかった。
それならばと、第3位としての電子戦能力を駆使して、色々調べたみたのだが、こちらも手詰まりだった。
そんな時にこの話を聞き、思わず食いついてしまったのだ。
「体を変化させ、使い魔を使役し、力をふるい、心を操り、体を再生させ、他者の血をすすり、己の命の糧とし、悠久の時を生き続ける。それが吸血鬼です」
美琴は佐天の言葉について考える。
常の彼女ならば笑い飛ばしてしまいそうなことだが、今は大真面目だった。
彼女は考える。
“体を変化させ…”
途中で女性の姿になった。
“使い魔を使役し…”
変な犬のようなものが現れた。
“力をふるい…”
一方通行を無能力で圧倒するほどの身体能力を持っていた。
“体を再生させ…”
胸の真ん中に空いた穴が塞がった。
ここまで考えると、彼は本当に佐天の言う吸血鬼のようだ。
(アイツは一体、何なのよ?)
考えるが答えは出ない。
吸血鬼だと認めてしまえば簡単だが、オカルトを信じない美琴には無理だった。
しかし、佐天の都市伝説も時には役に立つものだ。
そのまま真昼まで話が続いたりしなければ、美琴も素直にそう思えたであろう。
同日・昼
(何とかしなければ)
街を歩くとある少年がいた。
とても思いつめたような顔をしている。
(何とか、御坂さんを“あの男”から遠ざけないと)
表情さえ違えば、さぞや異性から好かれ、同性から疎まれる、整った顔をしているのだろう。
なんと言っても、ミスターサワヤカと名高い、あの“海原光貴の顔”なのだから。
(あの男は危険すぎる)
しかし、彼は海原光貴ではない。
この顔は仮のものだ。任務のために奪ったものだ。
彼の本当の名はエツァリという。
正体はアステカの魔術師で、任務とは“とある勢力”の調査だった。
(御坂さんは、自分が守らなければ)
調査はもう終了していた。
すでに“脅威なし”との報告を済ませている。
では何故彼はここにいるのだろうか?
(上条当麻は危険だ)
彼の調査した勢力とは、通称“上条勢力”。
文字通り、上条当麻を中心とした勢力のことだ。
しかし、彼は学園都市におり、勢力の大半を占める魔術師たちとは離されている。
勿論、会えない訳ではないが、当面の脅威ではない。彼自身の戦闘力そのものは脅威ではあるが。
(御坂さん…)
ところが、彼は調査を進めるうちに、調査対象だった1人の少女に心奪われてしまう。他ならぬ御坂美琴に。
それこそが、彼が未帰還である理由だった。
ひとえに愛する人が、傷つかないようにするために。
(吸血鬼に近づいてはいけない)
そうして歩いていると、美琴がファミレスから出てくるのが見えた。
更に都合よく、友人たちとは別れて1人になるらしい。
エツァリは美琴を追い掛けた。
「ハア、佐天さん話長いんだから…」
「御坂さん」
ぼやきながら街を歩く美琴に話し掛ける声があった。
「海原光貴?」
「はい。こんにちは、御坂さん」
勿論、彼は海原ではなくエツァリなのだが、美琴はそんなこと知る由もないし、知られてはいけない。
しかし、彼はそのルールを破るつもりでここまで来たのだ。
いつもの笑みを消して、“魔術師”としての表情を浮かべる。
「上条当麻は危険な男です」
「えっ?」
「彼はとても危険なんです」
「ちょっと…」
「いいですか?御坂さん。彼に関して色々な情報を手当たり次第に集めたり、彼を探して街を歩き回ったりしてはいけません」
「何でそんなこと知ってんのよ!」
「言えません。信用しなくてもいいので、自分の言葉だけでも頭に留めておいて下さい。上条当麻は危険です。決して近づいてはいけません」
「え、ええっと…」
美琴の頭の中は大混乱だった。
手掛かりに行き詰まって、とうとう吸血鬼なんてオカルトまで信じそうになってた時に、知り合いから“アイツ”の名前が出てきたのだ。頭の中がぐにゃぐにゃになってきた。
そんな時、悪目立ちする男子3人組が通りかかった。
「ボクぁ落下型ヒロインのみならず、義姉義妹義母義娘双子未亡人先輩後輩同級生女教師幼なじみお嬢様金髪黒髪茶髪銀髪ロングヘアセミロングショートヘアボブ縦ロールストレートツインテールポニーテールお下げ三つ編み二つ縛りウェーブくせっ毛アホ毛セーラーブレザー体操服柔道着弓道着保母さん看護婦さんメイドさん婦警さん巫女さんシスターさん軍人さん秘書さんロリショタツンデレチアガールスチュワーデスウェイトレス白ゴス黒ゴスチャイナドレス病弱アルビノ電波系妄想癖二重人格女王様お姫様ニーソックスガーターベルト男装の麗人メガネ目隠し眼帯包帯スクール水着ワンピース水着ビキニ水着スリングショット水着バカ水着人外幽霊獣耳娘まであらゆる女性を迎え入れる包容力を持ってるんよ?」
「青髪はぶれないにゃー」
青髪と金髪が何やらおかしなことを話しているが、美琴の意識はもう1人にしか向いていなかった。
「ショタまでかよ…」
黒髪にツンツン頭の少年がいた。
彼女が探していた少年がいた。
目の前の少年が近づくなと言った少年がいた。
遂に上条当麻が御坂美琴の前に現れた。
海原ことエツァリの忠告など一顧だにせずに、美琴は上条の元に駆け寄り、
「ようやく見つけたわよ!」
タックルして押し倒した。
「いってぇな。って、御坂!?」
「さあ、あの夜のこと説明してもらうわよ。やるだけやって、私のことはほったらかしなんて許さないんだからね!」
美琴は操車場の一件について問いただしたつもりだったのだろうが、上条の連れの2人はそうはとらなかったようだ。
「カミやん。このかわええ子、誰や?」
「あ、青髪?さっきまでの明るい顔と声はどこへ行ったんだ?」
「おい、カミやん。俺にも説明してほしいぜい。この子と一体ナニやったんだ?」
「土御門、顔が仕事モードになってるぞ。あと“何”の発音がおかしくなかったか?」
「そんなことはどうでもいいにゃー!カミやん、“あの夜”って何のことだ?」
「そうやで、カミやん。“やるだけやって”“ほったらかし”って何のことや?」
「ふ、2人とも落ち着いて、取りあえず俺の話を…」
「問答無用や!」
「鉄拳制裁だにゃー!」
「不幸だー!」
怒れる同級生から熱い拳を受けた上条であった。
「明日の学校でも覚悟しとくんやで」
しかも、まだ終わりではないらしい。
2人はドシドシという音が聞こえてきそうな足取りでどこかへ行った。明日にはクラスメートの全男子に情報が回っていることだろう。
「ちょろっと~」
「何だ?」
「“何だ”じゃないわよ!こっちはアンタに聞きたいことが山ほどあるんだからね!いつまでも待たせてんじゃないわよ」
「でもな、ビリビリ。さっきのはお前が招いた不幸なんだぞ」
「そんなことはどうでもいいのよ!」
その時、ずっと様子を見ているだけだったエツァリが動いた。
「御坂さん、離れて下さい」
それだけ言うと、取り出した黒いナイフを空に向ける。
すると、上条の近くに停まっていた車がバラバラになった。
「ちょっと、何すんのよ!」
「当てるつもりはありませんでした。ただの威嚇ですよ」
「お前…」
「はじめまして上条当麻。海原光貴と取りあえずは名乗っておきます」
「白昼堂々何の用だ?」
「簡単ですよ。あなたを殺そうと思いましてね」
「殺すって…」
「一般人の前でか?穏やかじゃねぇな」
「関係ありませんよ。これが自分の任務ですから」
突然のことに動けない美琴を余所に、エツァリはナイフを再び構え、上条も身構える。
次の瞬間、ナイフが光り、上条が立っていた場所を抉り、上条はエツァリを路地裏まで突き飛ばした。
昼間とはいえ、ただの魔術師が吸血鬼と戦えばこんなものだろう。
そして上条はエツァリを追いかけて路地裏に入っていった。
通りには呆然とする美琴だけが残された。
「ここなら“トラウィスカルパンテクウトリの槍”は使えないだろ?」
「こんな場所まで突き飛ばしたのは、そういう訳でしたか」
“トラウィスカルパンテクウトリの槍”とはエツァリが使っていた黒いナイフのことだ。金星の光を反射して、映した物体を分解することが出来るものである。
故に、光の入らない場所ならば使えない。
「じゃあ、御坂もいないことだし腹割って話そうか?お前は何しに来たんだ?」
「何を?さっき言った通りです。あなたを殺しに…」
「“腹割って”って言っただろ。正直に言えよ。吸血鬼を殺すにはどう考えても武力が足りないし、まして御坂に“離れろ”なんて言う必要もないしな」
「何の話かわかりませんね」
「そうか。それじゃあ当ててやる。お前は俺に殺されたかったんだろ?」
「なっ!」
「お前、御坂のことが好きなんだろ?」
「何を言っているんですか!そんなことあるわけないでしょう!自分はあなたを調査しに来て、御坂さんは調査対象の1人に過ぎ…」
「はい、ダウト!今“調査”って言ったな。やっぱり目的が違うんじゃねぇか」
「くっ…。嵌めましたね」
「お前が素直じゃないからだよ。仕方ねぇだろ」
「はあ。そうですよ。今回の自分の任務は“上条勢力”つまり、あなたとあなたの周辺人物の調査です。いえ、でした。もう任務は終わっているんですよ。先日“脅威なし”と報告を済ませました。しかし、調査の途中で自分は彼女と出会ってしまったんです」
「それが御坂だったって訳か」
「ええ。自分は彼女ほど素晴らしい女性を知りません。しかし所詮は叶わない願いだと分かっていました。自分は偽りの身ですからね。ですが、せめて彼女を幸せにするくらいはしたかった」
「だから俺から遠ざけようってか」
「ええ。あなたほどの吸血鬼は単体でも争いを呼ぶ。その渦中から彼女を離したかったんですよ。ですが口で言っても聞いてはもらえなかった。だから…」
「あいつの目の前で、俺に自分を殺させようとしたってことか。効果薄だと思うけどな。あいつはわからないことがあったら、とことん調べ尽くすタイプだろ」
「わかっていますよ。つまりは賭けだったんです。まあ、ここまで読まれていたとあっては自分の大負けですがね」
「お前も面倒くさい奴だな」
「立場上仕方がなかったんですよ。さて、自分はもうこの街から去らなければなりません。1つ約束してもらえますか?」
「何だ?」
「“御坂さんを何としても守る”と」
「“御坂に近づくな”じゃないのか?」
「それは無理ですよ。彼女をあなたから遠ざけるのは諦めます。だから、約束して下さい」
エツァリが真っ直ぐ上条に視線を向ける。
そして上条が口を開いた。
「俺は…」
ゆっくり噛み締めるように話す。
「御坂美琴とその周りの世界を守る」
フッと海原の顔が緩む。
「そうですか。ああ、本物の“海原光貴”の居場所は警備員に通報しておきましたので、もうすぐ見つかると思いますよ。それでは」
エツァリは満足げな表情でその場を去った。
上条も踵を帰して路地裏を抜ける。
彼らの会話を美琴が盗み聴いていたとも知らずに。
新章突入です。
取りあえずはエツァリの話です。
次話からは話動かしますので。
あと、この話は上琴にすることにしました。
そんなに色濃くは出さないつもりなので嫌いな人にも読んで頂きたいです。