とある吸血の上条当麻   作:Lucas

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16話 十字架と吸血鬼

8月27日・夜

 

 

 

法衣姿の男・ビアージオ=ブゾーニは上条に向かって話し出した。

 

「貴様が情報にあった“右手”の小僧か」

 

「だったら何だよ?」

 

「承服出来ないねぇ。神の恵みを拒絶する。だが、もう1つ確かめねばならんことがある」

 

「何?」

 

「十字架は悪性の拒絶を示す!」

 

ビアージオが叫ぶと同時に首に巻かれていた十字架を投げつける。

すると、十字架は人間大にまで巨大化して上条に襲いかかった。

 

「そんなもん」

 

上条が右手で殴りつけると乾いた音と共に十字架は消滅する。

しかし、第2、第3と次々に飛んでくる十字架を次第に防ぎきれなくなり、とうとう左手を使ってしまった。

幻想殺しが無くとも押し退けることくらいは可能だと思ったのだが、十字架に触った途端に左手が無くなった。

 

「クソッ!」

 

慌てて右手で十字架を殴るが、肘から先が溶けたように消えてしまった。

しかし、すぐに吸血鬼の力で再生させる。

 

上条を見るビアージオの目が変わった。

 

「そうか。十字架によって身体が溶け、そしてその再生能力。貴様、吸血鬼だな!」

 

「ああ、そうだよ」

 

「断じて認めん!我が眼前にアンデッドが存在し、聖職者の祈りを妨げ、神の奇跡を破壊する。我らが主の定めし唯一の理法を外れた者を、私は断じて認める訳にはいかん!これを許して、何が十字教だ、何がバチカンだ!貴様は今ここで、このビアージオ=ブゾーニが直々に地獄へ送ってやる!」

 

上条が怯む程の迫力で叫んだビアージオは、再び十字架を手にする。

 

「十字架はその重きをもって驕りを正す!」

 

今度は、上条の頭上に十字架を投げた。

十字架は紫色の光を放ち、上条に降り注ぐ。

 

「ぐはっ!」

 

「十字架は神の敵を退ける力を持っている。吸血鬼にはさぞ辛いだろうな」

 

「この野郎…」

 

「十字架は悪性の拒絶を示す!」

 

起き上がろうとする上条の先を制してビアージオは三度十字架を投げつける。

巨大な十字架が上条にのしかかった。

 

「貴様は震えながらではなく、藁のように死ぬのだ!」

 

そう言うと、また新たな十字架を手にするが、そこで部下から通信が入った。

 

「ビショップ・ビアージオ!敵の本隊がアドリア海の女王に取り付きました!」

 

「ええい、五月蠅い(やかましい)!そんなもの、シスターたちに任せておけ!私は忙しい!」

 

「そ、それが…」

 

「何だ?」

 

「そのシスターたちが裏切りました!」

 

「何だと!」

 

 

 

その時、甲板上では味方であったはずのアニェーゼ隊が敵に寝返ったことで、ローマ正教側は混乱していた。

 

「七閃!」

 

「七教七刃!」

 

「“TTTL(左方に変更)”」

 

「おらおら!女教皇様と五和に遅れをとるな!」

 

そんな中、神裂が、五和が、インデックスが、そして建宮たちが、次々と武装シスター・神父隊を撃破していく。

 

インデックスが発した理解不能なアルファベットの羅列のように思える言葉は“強制詠唱(スペルインターセプト)”と呼ばれる術だ。敵の魔術に干渉して狙いを逸らしたり、自壊をさせたりするもので、大量の知識を有する彼女の専売特許といったような術である。

 

 

「シ、シスター・ルチア…」

 

一方、裏切ったシスターの1人・アンジェレネはおどおどした様子でルチアに話し掛ける。

 

「またですか?シスター・アンジェレネ。私がシスター・アニェーゼ救出を提案した時、あなたを含めて全員が賛成したではありませんか」

 

「で、でも…」

 

「勿論、主の教えに背く訳ではありません。敬虔なシスターであるシスター・アニェーゼが犠牲となるような魔術の方こそ、主の教えから外れているのです」

 

「は、はい!」

 

ごり押し気味な理由だが、それでもルチアはアニェーゼを助けることを選んだということだろう。

他のシスターたちの表情も、先ほどとは正反対に輝いていた。

 

 

「ちっ!異端どもに乗せられおったか。使えん奴らめ!」

 

報告を受けたビアージオは歯軋りする。

 

「そいつらが自分で決めたことだろうが。仲間を助けるってよ」

 

そんな彼に、起き上がった上条が言う。

 

「助ける?助けるだと?笑わせるな!シスター・アニェーゼは殉教者として、忌々しくも世界の半分を覆っている敵を絶滅する礎となるのだ!ローマ正教徒として、これ以上ない名誉だ!」

 

「テメェ!一体どれだけの人間が学園都市にいると思ってんだ!」

 

「人間だと?異教のサルが230万いるだけじゃねぇか!」

 

「ビアージオ!」

 

自らの友人をサル呼ばわりされ、上条はビアージオに踊りかかる。

 

「十字架は悪性の拒絶を示す!」

 

ビアージオは十字架を手にとって魔術を使う。

 

「もう当たるかよ!」

 

「なめるなよ!フリークス!」

 

「なっ!」

 

今度は十字架が延びた。

ビアージオが左右の手に1本ずつ持った十字架が、真っ直ぐに上条へと向かって延びる。

意表を突かれた上条は、辛うじて1本打ち消すが、もう1本に頭を弾かれた。

 

「十字架はその重きをもって驕りを正す!」

 

倒れた上条に十字架が雨のごとく降り注ぐ。

 

「十字架は悪性の拒絶を示す!」

 

攻撃の手を休めないビアージオは、さらに巨大化した十字架で上条を周辺ごと埋め尽くした。

 

「私は刻限のロザリオを守る。貴様らは敵を足止めしておけ!」

 

そして、上条に背を向けると足早に去っていった。

 

 

「一体、何がどうなっちまってんですかね?」

 

アニェーゼの口から疑問が出る。

刻限のロザリオはもうすぐ起動される。

だが、先ほどから戦闘音と思しきものが徐々に近づいてきている。

 

そんな時、ビアージオ=ブゾーニが部屋に入ってきた。

そして、彼女にとって衝撃的なことを告げた。

 

「君の部下たちが裏切ったぞ」

 

「何ですって!?」

 

「大方、君が殉教するのを阻止するためだろう」

 

「なんて馬鹿なことを…」

 

「全くその通りだ。刻限のロザリオは間もなく起動される。どちらにしろ間に合わん」

 

そう言って彼は、この部屋に浮かぶシャボン玉のような物体に目を向ける。

それこそが刻限のロザリオだ。

今も神父たちが作業中だが、完了するまで幾許もなさそうだ。

起動させればアニェーゼを中に入れ“壊した”後にアドリア海の女王を発動させて、計画は完遂される。

 

そんなことを考えている彼のところに、侵入者と裏切り者が現れた。

 

「シスター・アニェーゼ!」

 

「シスター・アンジェレネ…」

 

「シスター・アンジェレネにシスター・ルチア、それと極東の異端どもにイギリス清教の禁書目録か」

 

「あなた方の計画は我々が何としても阻止します」

 

「東洋の聖人か。わざわざご苦労なことだが、この計画はやめる訳にはいかんのだよ。それとな、お前らの仲間のあの吸血鬼。私が黙らせておいたから、助けには来ないぞ」

 

「とうまを!?」

 

「吸血鬼ですって!?」

 

それぞれ違うところで驚く一同を尻目に、ビアージオは魔術を発動させる。

 

「シモンは神の子の十字架を背負うッ!!」

 

瞬間、インデックスとアンジェレネが倒れた。他の者もそれぞれの得物を床に立てて身体を支えているが、まるで上から抑えつけられるような感覚に苦しんでいる。

 

「神の子がゴルゴダの丘を登った時、その体力は重い十字架を運ぶことが出来るほど残ってはいなかった。では神の子はどうやって丘を登った?」

 

「で、弟子だったシモンが替わりに運んだんだよ」

 

「その通りだ。流石はイギリス清教の魔導書図書館だな」

 

「つまり、これは他人にかかっている重さを敵に肩代わりさせる魔術ってことなのよな」

 

「そうだ。異端とはいえ十字教の端くれというだけのことはあるな。さあ、これで如何に聖人の膂力があるといえども、貴様らの勝ちの目は減った。大人しく皆殺しにされろ」

 

ご丁寧に自分の魔術を解説したビアージオ─異端者など敵ではないという気持ちの発露だろう─は、また新たに十字架を手にする。

そして彼の敵にとどめを…

 

「十字架は悪性のき…」

 

「唯閃!」

 

「ぐあッ!」

 

…さすことは出来ず、壁まで吹き飛ばされた。

 

「聖人の真価は、常人とは比にならないほどの高い身体能力ではありません」

 

神裂は七天七刀を鞘に戻しながら呟く。

 

インデックスとアンジェレネは立ち上がり、他のメンバーもちゃんとした姿勢で立っている。ビアージオが倒されて魔術が解けたようだ。

 

「聖人とは、神の子の性質を持って生まれた人間のことです」

 

「だから、さっきの魔術だとかおりは動けなくなるどころか、身体が軽くなっちゃったんだね」

 

「ええ、その通りです」

 

「それにしても…」

 

「どうしました?建宮」

 

「峰打ちとはいえ、唯閃を使うのはやり過ぎなのよな」

 

「なっ!」

 

建宮が言うと天草式も続く。

 

「すっごい飛びましたもんね」

 

と、対馬。

 

「壁にめりこんでますよ」

 

と、牛深。

 

「これ生きてるんすか?」

 

と、香焼。

 

「息はしているみたいですよ。辛うじて」

 

と、五和。

 

「し、しょうがないでしょう!動けるのは私だけだったのですから。あれ以上、何かされる前に決着をつけなければ…」

 

「まあ、上条当麻がやられたと聞けば仕方ないのよな」

 

「そんなことは関係ありません!そ、それより…」

 

「やっぱり、かおりもとうまが好きなんだね」

 

「インデックス!?」

 

「負けないんだよ!」

 

「だ、だから違うと…」

 

建宮のみならずインデックスにまで言われた神裂は、先ほどまでの凛々しさはどこへやら、必死に誤魔化そうとするが、渦中の少女の言葉に遮られた。

 

「どうして助けに来ちまったんですか?」

 

「シスター・アニェーゼ…」

 

「私はそんなこと命令も頼みもしませんでしたよ。どうして…」

 

「あなたを失いたくないからに決まっているでしょう?シスター・アニェーゼ」

 

「シスター・ルチア。厳格なあなたまでどうしちまったんです?極東宗派と仲良く共同戦線なんて、らしくないじゃないですか」

 

「そんなことは問題にもなりません。私やシスター・アンジェレネだけではなく、このシスター隊全員にとってあなたは必要なのです。あなたを殺せと言うような教会などいくらでも裏切ります。これは神の教えではなく、我々が選択した我々の意志です」

 

ルチアがアニェーゼに覚悟の程を吐露する。

 

「シスター・ルチア、あなたは…」

 

「だから、一緒に帰りましょうよ!」

 

ずっと黙っていたアンジェレネも、拙いながらに自分の思いを告げる。

 

「私はもっと、シスター・アニェーゼといたいです!まだまだ一緒にいたいんです!」

 

「あなたたちは本当に…」

 

2人の思いを聞いたアニェーゼはゆっくりと話し出す。

 

「わかりましたよ」

 

「えっ?」

 

「一緒にいるって言ってるんですよ!」

 

「シスター・アニェーゼ!」

 

彼女の答えを聞いたアンジェレネは涙目で跳びついた。

 

「全く、本当にしょうがないですね」

 

そう言いながらも、アニェーゼはアンジェレネの頭を撫でる。

 

「それで?あんな厳格だったシスター・ルチアがこんなこと言うようになったのは、どこの誰のお陰なんですかねぇ?」

 

「し、シスター・アニェーゼ!?」

 

「えっと…。黒い髪の毛でツンツンした髪型の男の人で…。すごくカッコよくて…」

 

「ほうほう。とうとう、シスター・ルチアもそういう感情が分かるようになりましたか」

 

「シスター・アニェーゼ!何を言っているのですか!それとシスター・アンジェレネ!今すぐその口を閉じなさい!」

 

どうやら、いつも通りの彼女たちに戻ったらしい。

 

 

「あれって上条当麻のことですよね…」

 

「さっき会ったばかりの相手に…」

 

「女教皇様、ライバルは多そうなのよな…」

 

「だからいい加減に…」

 

 

その会話の内容が、思いがけず飛び火したようだが、取りあえずは置いておこう。

 

 

彼らがそんな風に呑気に話していたその時、突然壁が赤く光り出した。

 

「私はもうお仕舞いだ…」

 

見ると、気絶していたはずのビアージオが目を覚ましている。

 

「ビアージオ=ブゾーニ!?」

 

「最早、計画は成就すまい。せめて、この場にいる者たちだけでも道連れに…」

 

「自爆でもするつもりか!全員、外に出るのよな!」

 

「間に合うものか!言っておくが、もう私にも止められん。今となっては、この艦の中枢を破壊でもしない限りは止まらん!」

 

そう言うとビアージオは狂ったように笑い出した。

 

「ハハハハハハハハッ!これだけの主の敵を葬れるのなら、この艦とて無駄遣いとはならんだろう!そして私も…」

 

「“主の敵”って?例えば、こんな右手のことか?」

 

しかし、そこに最大級の主の敵が現れた。

 

「貴様!あれほどの十字架を受けておいて、もう動けるのか!」

 

慌ててビアージオが十字架を構える。

 

「十字架は…」

 

しかし、言い終わらないうちに、頭を殴られたような衝撃を受ける。

 

「調子に乗ってんじゃねぇですよ!」

 

アニェーゼが自分の得物である“蓮の杖(ロータスワンド)”を床に叩きつけている。

 

“蓮の杖”は、杖の象徴するエーテル(第五物質)が万物に似ているという特性を使い、偶像の理論を応用して、杖が受けた衝撃や傷を瞬間移動して敵を攻撃するものだ。

 

 

「その幻想を…」

 

ビアージオをかわした上条が右手を振りかぶって刻限のロザリオを狙う。

 

「…ぶち殺す!」

 

パキーンという乾いた音が響き、アドリア海の女王は霊装としては完全に破壊された。

 

 

こうして、ローマ正教の計画は打ち砕かれた。

 

一件落着!

 

 

 

(上条さん…)

 

(上条さん…)

 

(上条当麻…)

 

(上条当麻…)

 

上条が新たにフラグをぶっ立てたのは言わずもがなである。




女王艦隊篇終了です。

あんなに強かった上条ですが、魔術ののった十字架とは相性が最悪かなと思って負けさせました。“悪性”そのものみたいな存在ですからね、吸血鬼は。

次章からは完結に向けてのオリジナルストーリーです。
もう、上琴にしちゃおうかなと思ってます。

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