とある吸血の上条当麻   作:Lucas

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15話 人柱

8月27日・夜

 

キオッジャ・オルソラの家

 

 

 

「教皇代理!」

 

天草式のメンバーとインデックスが夕食をとっているところに、1人の少年が血相を変えて飛び込んで来た。

 

「出ました!“女王艦隊”っす!」

 

飛び込んで来た少年・香焼が建宮に叫ぶ。

 

“女王艦隊”とは、くだんのローマ正教の戦艦型霊装“アドリア海の女王”を旗艦とする艦隊のことだ。

 

ずっと探していたそれが、遂にヴェネツィアの海に姿を現したのだ。

 

「聞いたな?お前さんたち。行くぞ!」

 

「はい!」

 

建宮の号令で一斉に出撃する天草式。

僅かに遅れて、上条とインデックスも続く。

 

因みに土御門はいない。学園都市に帰った。彼は面倒臭い立場なので仕方がない。

 

 

 

同時刻

 

アドリア海の女王・甲板上

 

 

 

「シスター・ルチア…」

 

甲板を埋める251人のシスターたち。

その中でも、まだ幼い赤毛のシスターが隣にいる金髪長身のシスターにおどおどしながら話し掛ける。

 

「いい加減に聞き分けなさい、シスター・アンジェレネ。シスター・アニェーゼにとっても名誉なことなのです」

 

彼女たちはアニェーゼ隊と呼ばれる、ローマ正教の武装シスター隊の1つだ。

名前の示す通り、アニェーゼ=サンクティスという名のシスターが彼女たちの指揮官だ。

しかし、現在は金髪長身のシスターことルチアが指揮を執っている。

 

「そ、それはわかってます!でも…」

 

何故か?

それはアニェーゼがこの計画の“中枢”、と言えば聞こえがいいが、要するに計画の“人柱”に選ばれたからだ。

昨日の上条は実に冴えていたと言えるだろう。

ローマ正教の計画は彼の言葉そのままに学園都市を、引いては科学サイドを滅ぼすことだ。

 

「あなたの気持ちも分かりますが、それ以上は言ってはいけません」

 

自分たちのリーダーが人柱にされる。

死にはしないが、確実に精神は破壊されて廃人となる。

アンジェレネの表情は暗い。

それを宥めるルチアの顔とて明るいとは言えない。

いや、彼女たちだけではない。この場にいる全員が刑の執行を待つ死刑囚のような顔をしていた。

 

「はい…」

 

しかし、彼女たちはローマ正教のシスターである。

上から命令が来れば、異教徒を倒すべく命を散らす時もある。

そう自らの心を抑えつけて、霊装“刻限のロザリオ”の警備の任務についている。

それが彼女たちの仲間を壊してしまう物だと知っていても。

 

 

 

数分後

 

キオッジャ

 

 

 

「全員、来ましたね」

 

近くの浜辺に着くと、今夜の出回りを担当していた神裂たちが待っていた。

 

「あれか?」

 

「はい」

 

そして、水平線から少し手前の位置に淡く光を放つ帆船が見えている。

遠くて視認するのは困難─聖人の神裂と吸血鬼の上条は例外だ─だが、1隻や2隻ではないことはわかる。

 

「あれが女王艦隊です。そして、あの中心に…」

 

「…アドリア海の女王があるはずなんだよ!」

 

「よし!それじゃあ、始めるか!」

 

「合点なのよな」

 

そう言うと建宮が、ポケットから紙を取り出して海へと放る。

その紙はあっという間に木造船へと姿を変えた。

 

「“紙は木から生まれ、木は船をも造る”ってな」

 

天草式の魔術だ。

他のメンバーも次々に船を生み出している。

 

 

彼ら天草式の本質は“隠匿”。

日本で十字教信仰が認められなかった時代を生き延びるために、自然とそういう方向に特化したのだ。

故に、長い詠唱や目立つ魔法陣を必要とすることがない。

その替わり、日常的な動作や仏教的な儀式の中に魔術的な要素を持たせている。服装や歩幅、歩数といったものに、だ。

他にも、武装がレイピア、ドレスソード、海軍用船上槍(フリウリスピア)などと多彩なのも魔術に関係があるらしい。

 

 

「全員乗り込むのよな!」

 

「それでは上条当麻。最後に聞きますが、作戦通りで良いのですね?」

 

「ああ。大丈夫だよ」

 

「そうですか。それでは、作戦開始です!」

 

「とうま!気をつけてね」

 

「わかってるよ、インデックス。行ってくる!」

 

そう言うと上条は、少し後ろに下がって助走をつけた後、海に向かって跳躍した。

とは言っても跳び込んだのではない。

超人的な─そもそも人間ではないが─運動能力を駆使して、4,5km先だと思われる女王艦隊まで跳んだのだ。

 

 

しばらく間を置いて、上条が1隻の帆船に飛び乗った─相手は落ちてきたと思っただろうが─。

 

「出発だ!」

 

それを確認すると天草式も岸を離れた。

 

 

彼らの作戦はシンプルだ。

 

上条が先行して敵を混乱させて、天草式が船で接近する。そして、全員でアドリア海の女王を沈める。

 

当然、反対意見も多かったが、上条は押し切った。

神裂は最後まで反対したが、1ヶ月前に上条に敗れたことを出されては折れるしかなかった。

 

上条がこんな作戦を提案した目的は、天草式が来て本格的な戦闘が始まる前に片を付けることだ。

それが最も犠牲が少ないと上条は結論付けたのだ。

 

因みに、インデックスも天草式の船に同乗している。

彼女は一緒に行くと言って譲らなかった。

最終的に神裂を涙ながらに見つめたので、やっぱり彼女が折れた。

 

 

(心配なんだよ、とうま)

 

(何でも1人で背負い込むことは誤りですよ、上条当麻)

 

(女教皇様をあっさり退けたという実力を見せてもらうのよな。そして、女教皇様の婿に相応しいかどうか…)

 

(相当にお強いということでしたがやはり心配です、上条さん。このモヤモヤした思いは何なのでしょうか?)

 

それぞれの思いを乗せて、船は戦場へと進む。

 

 

 

同時刻

 

女王艦隊

 

 

 

守備側の旗色はよくなかった。

 

いきなり空から少年が落ちてきたかと思うと、次々とシスター隊を撃破してアドリア海の女王がある方へ一直線に進んでいった。

 

そして遂に、彼はアドリア海の女王の甲板に取りついた。

 

「来たれ。十二使徒のひとつ、徴税吏にして魔術師を打ち滅ぼす卑賤なるしもべよ!」

 

上条がアドリア海の女王に跳び移った途端、詠唱と共に頭の上から金貨の詰まった袋が降ってきた。

幻想殺しを使うまでもなく、横に跳んでかわす。

 

「総員、集中攻撃です。あの異教徒を殺しなさい!」

 

ルチアが指示を出しながらも自分の得物を構える。

それは車輪だった。馬車に付いているような木製の大きな車輪だ。

彼女がそれを地面、もとい甲板に叩き付けると、弾けたように木片が上条目掛けて襲いかかった。

 

これは、車輪伝説というものを下敷きにした魔術。

古代、処刑道具として使われていた車輪だったが、敬虔な聖職者を処刑しようとすると、その車輪が壊れて吹き飛んだ。

そういう伝説が元となっているのだ。

 

しかし、上条はこれも横に跳んでかわした。

 

そこに249人ものシスターからの攻撃が加えられる。

赤青黄緑…。カラフルな光が闇夜に浮かび上がるが、上条にそれを楽しむ余裕はない。

膂力をフルに使って攻撃をかわし、どうしても不可避なものは幻想殺しで打ち消す。

 

別に当たってもすぐに回復するレベルの魔術だったのだが、出来れば吸血鬼であることを隠したい上条は当たるわけにいかなかった。

 

そんな時、上条がシスターたちに言い放った。

 

「人柱はお前たちの隊長か?」

 

「なっ?」

 

いきなりのことに全員の手が止まる。

それは紛れもない事実だった。

 

「やっぱりそうか」

 

「何故?」

 

ルチアの問い掛けに上条は丁寧に答える。

 

「その1。今回の計画に人柱が必要なんじゃないかって当たりをつけてた」

 

最初の問い掛けは誘導尋問であったらしい。

シスターたちは人柱がいることを認めてしまった。

 

「その2。こんな大規模魔術の操作に必要なんだから、隊長クラスの奴が人柱なんじゃないかって思ってた」

 

いかに精神を壊して魔力の流れを乱しても、その量が足りなければ意味がない。

 

「その3。お前たちの連携が良くない」

 

隊長抜きでの戦闘なのだから、連携が取りにくくなるのは当然だ。

尤も、上条ほど豊富な戦闘の“記憶”を持つ者でなければ気付かない程度であったが、それでも旗艦の守備には弱すぎだった。

 

「それで、お前らは何でこんなことやってんだ?」

 

「何だと?」

 

「なんで、自分たちの仲間を壊しちまう霊装を守ってんだ?って聞いてんだよ!」

 

「うぅ…。そ、それは…」

 

「それによって、主の敵を一斉に葬り去れるのです!その礎となる彼女の魂は神の国へ…」

 

「行くって本気で信じてんのか?こんなむちゃくちゃなことが神の意思だって、本気で信じてんのか?」

 

「黙れ!異教徒!」

 

「お前らは仲間と神の教えとどっちが大切なんだ?そもそも、こんな大量虐殺を神の教えだって言い張る協会を信じるのかよ!」

 

「黙れ、黙れ、黙れ!」

 

「いい加減に目を覚ませよ、お前ら。さっきから攻撃がおざなりすぎる。そいつのことが気になってしょうがないんじゃないのかよ」

 

「彼女は“殉教者”となって、その魂は神の国へと運ばれる!貴様のような異教徒には到底理解できない素晴らしいことなのです!」

 

「そうかよ。じゃあそいつは俺が助けてやるよ。お前らは端から見守ってろ」

 

「なっ!」

 

「それが嫌だってんなら、自分が本当は何をしたいのかちゃんと考えろ!神を言い訳にして逃げるな!」

 

「ふ、ふざけ…」

 

ルチアは尚も言い募ろうとするが、その時ドーンという爆音が響き、言葉を遮られる。

天草式も艦隊に取りついたようだ。

 

「お前らの惨めな幻想は俺がこの右手でぶち殺して来てやるよ!」

 

そう言うと上条は甲板に右手を叩きつける。

パキーンという音と共にその部分に四角い穴が開いた。

すべてが氷で造られているこの艦隊は、幻想殺しで魔術を消されると簡単に壊れてしまうのだ。

 

「おい、待て!」

 

ルチアの制止を無視して、上条は穴からアドリア海の女王の内部に侵入した。

 

「シスター・ルチア…」

 

アンジェレネの再びの問い掛けにルチアは答えない。

 

「あんな異教徒の言うことなど…」

 

ブツブツと呟く彼女の声はアンジェレネの耳には届かなかった。

 

 

一方アニェーゼは、艦内で刻限のロザリオの起動を待っていた。

女王艦隊が出撃した時点で、既にほとんどの準備は整っていたので、もう秒読み段階と言ってもよかった。

 

そんな中、彼女はルチアやアンジェレネたちと出会った頃のことを思い出していた。

 

 

彼女はホームレスだった。

神父であった父親が殺され、路上生活を強いられていた。

 

そんな時、ローマ正教に拾われた。

 

そして、教会でルチアやアンジェレネたちと出会い、共に育った。

 

彼女の部下251人のうちのほとんどはここで出会った少女たちだ。

 

 

「ったく、未練がましいってもんですよね」

 

しかし、そんな思い出はもうすぐ消えてしまう。刻限のロザリオの発動と共に。

 

 

自分の部下はこれからどうなるのだろう?

 

『主の教えより重要なことなどありません』

 

厳格なルチアなら、自分に替わってシスター隊を纏めていけるだろう。

 

『私はチョコラータ・コン・パンナがいいです!エスプレッソの替わりに甘いココアを…』

 

甘い物好きで甘えん坊なアンジェレネ。

彼女とて一人前のシスターだ。

自分がいなくとも大丈夫だろう。

 

 

そうだ。きっと大丈夫だ。

だから、自分はシスターとして、彼女たちの隊長として、役目を全うしなければいけないのだ。

 

アニェーゼは、ずっと前に出したはずの答えをもう1度思い返した。

 

 

その頃、上条はアドリア海の女王の中で1人の司教と相対していた。

重そうな法衣を纏って首に大量の十字架を巻いた彼は、上条に嘲るような笑みを送った。




一方通行を殺したことに対して反発が予想以上に激しくてめげそうです。
でも、ご感想はどんなのでも歓迎しますので遠慮なく書いて下さい。

この際だから言っておくと、ヒロインは美琴にするか無しでいくかのどっちかですのでご留意下さい。

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