14話 天草式
8月26日
イタリア・キオッジャ
「何なのよな?これは」
とある民家の玄関先で、天草式十字凄教教皇代理・建宮斎字は呟いた。
「どうしたんですか?建宮さん」
そんな彼に話し掛ける少女がいた。
ショートヘアに二重瞼が印象的な彼女はピンク色のシャツと白いジーパンに身を包んでいる。
「おお、五和か。実は変な荷物が届いたのよな。それも女教皇(プリエステス)様宛てに」
「女教皇様宛て?」
二重瞼の少女・五和はオウム返しをして首を傾げる。
「妙ですね。私たちがここにいることを知ってる人は限られていますし、イギリス清教からは特に連絡もありませんでした。それに何ですか?この大きな荷物」
確かに五和の言う通り、建宮が指差す箱はかなり大きい。人間でも入れそうだ。
「う~ん。気になるところだが、女教皇様への荷物である以上は勝手に開ける訳にもいかんのよな。まあ、外から調べた限りでは危険物じゃないことは確かだから、そう騒ぐことでもないんだが」
「なら、女教皇様の帰りを待つしかないんじゃないですか?ちょっとインデックスさんと買い物に出掛けられただけですし、もうすぐ帰ってきますよ」
そう彼女が言った矢先に玄関のドアが開いた。噂をすれば影とはよく言ったものである。
「ただいまなんだよ」
まず、インデックスが元気いっぱいに挨拶しながら入ってくる。
「只今戻りました」
次いで入ってきたのは神裂だ。
いつも通り、Tシャツに片方の裾を切ったジーンズという格好だ。
さぞ街中で人目を引いたことであろう。
そして、予定にない3人も現れた。
「邪魔するぜい」
金髪グラサンにアロハシャツという、いかにも怪しい奴と言った格好の男が入ってくる。
こんなに悪目立ちするスパイも他にいないだろう。土御門元春だ。
「お帰りなのよな」
「お帰りなさい、インデックスさん、女教皇様。土御門さんもご一緒だったんですね」
「ええ」
「買い物の途中であったんだよ」
「ああ。本当は直接ここに来るつもりだったんだがにゃー」
「随分と賑やかですね、教皇代理」
そんな時、奥の部屋から新たな人物が現れた。天草式の一員・対馬だ。
「ああ、お帰りなさい女教皇様」
「はい。対馬、皆を集めてもらえますか。土御門が話があると」
「わかりました」
彼女は一旦奥の部屋に戻り、他の天草式のメンバーを集めて戻ってきた。
牛深、野母崎、香焼、諫早、浦上の5人だ。他は外に出ているらしい。
「それでは土御門、先ほどの話の続きを。助っ人を呼んだとのことでしたが」
「そうだにゃー。対ローマ正教ならこいつほど役に立つ奴はいないぜい。それに、ここにいる全員が会いたがってる奴だにゃー」
「お前さん、そいつを随分かってるらしいな」
「それに“全員が会いたがってる”ですか」
「いったい誰なの?もとはる」
「それは見てのお楽しみってやつだぜい」
「じゃあ、その人はいつ来るんですか?」
五和の問い掛けに土御門が不敵に微笑む。
そしてこう言った。
「もう来てるんだにゃー」
「え?」
「それだよ、それ。ねーちん宛てでここに送った荷物の中だぜい。因みに学園都市から直送だにゃー」
土御門の言葉に一瞬、場が凍りついた。
「土御門、それはつまり、その助っ人とやらを箱詰めにして、ここに郵送したと言うことですか?」
「それ以外にどう聞こえたのかにゃー?」
「大変です!」
「早く開けるのよな!」
「は、はい!」
「そんなに慌てなくても大丈夫なんだけどにゃー」
土御門はそう言うが、その場にいる全員が慌てていた。
そりゃそうだ。学園都市からイタリアまで箱詰めで人間を輸送なんてしたら普通、窒息死だ。
しかし、包みを解いた途端に全員の動きが止まった。
中に入っていたのは“棺桶”だった。
「なる程、そういうことでしたか」
事情を察したらしく神裂が呟いた。
「そうだぜ、ねーちん」
土御門が、神裂の言葉を肯定しながら、棺に手を掛ける。
「俺は呼んだ助っ人は…」
そして蓋を開け放った。
「上条当麻だ」
そこにはツンツン頭の少年がいた。
「ふぁ~あ…」
大きく欠伸をしたかと思うと上条当麻は目を開けた。
「おお。もう着いたのか?」
そして、上体を起こして周りを見渡す。
「よう、神裂。久しぶりだな。それにインデックスもいるのか。元気にしてたか?後は天草式のメンバーか?」
彼なりに状況を分析して話し掛けるが、全員彼を見つめたまま─土御門はにやにやしているが─動かない。
「あの~、上条さんの顔に何か付い…」
「とうまだー!」
お決まりの台詞を吐こうとした彼だったが、突然飛びついてきた白い物体に言葉を遮られる。
上条が救った修道女・インデックスだ。
「おお、インデックスよしよし。落ち着け」
「上条当麻。助っ人とはあなたのことでしたか」
次に口を開いたのは神裂だ。
「そうだ。つっても土御門からはお前が困ってるってことしか聞いてないけどな」
「それだけで遥々こんなところにまで来たのですか?あなたは」
「ああ」
「まったく…」
「とうまはやっぱりとうまなんだよ」
神裂とインデックスは再会を喜んでいるようだったが、ここにいるのは彼女たちだけではなかった。
「女教皇様。やっぱり彼が“例の彼”なのよな?」
恐る恐ると言った感じに建宮が口を挟む。
「ええ、そうです」
「そうか…」
そして、上条に向き直ってこう言った。
「お前さんが女教皇様の心を攫っていった吸血鬼。上条当麻なんだな!」
「はい?」
「なっ!建宮!何ということを!」
顔を真っ赤にして反論を試みる神裂だったが、上条の方はきょとんとした表情を浮かべている。
そして、建宮以外の人間の中にも彼女の味方はいなかった。
「ほう、彼が…」
「例の女教皇様の思い人…」
「やだ、意外とイケメン…」
天草式の面々は、ひそひそと─聖人の耳にはだだ漏れだが─上条について好き勝手に言い合っている。
「あなたたちいい加減に…」
「俺は建宮斎字だ。天草式十字凄教の教皇代理っていうのが肩書きなんだが、要は女教皇様の代わりって訳よ。後ろにいるのはお前さんの推測通り、天草式のメンバーたちだ。この二重瞼が可愛いのが五和、ポニーテールなのが浦上、貧入だが脚線美が綺麗なのが対馬、一番若いのが香焼、反対に歳とってるのが諫早、残りの2人のうち背が高い方が牛深、低い方が野母崎だ」
「ああ、よろしく。上条当麻です」
「聞きなさい!」
神裂を無視して互いに自己紹介をする面々。
対馬が建宮を睨みつけているがほうっておこう。
そこで土御門が声をあげた。
「はいはい、自己紹介も済んだことだし、そろそろ仕事の話に入るぜい」
「いや、その前に1つ確認しなくちゃいけないことがある」
しかし上条がそれを遮った。
「俺は吸血鬼だぞ。十字教徒が仲良くしてていいのか?そもそも、何で秘密にしてあるはずのことを全員知ってるんだ?」
当然の質問だった。
吸血鬼と十字教は決して相容れることがない。
そして上条が吸血鬼であることは、インデックス、神裂、ステイルの間だけの秘密であるはずだったのだ。
「まず後者から、カミやんが吸血鬼だってことはイギリス清教の雌狐に早々にバレてた。そもそも、あの3人があの女の前で隠し事をするってのが不可能だったんだぜい」
こちらは意外とわかりやすい理由だったようだ。
「前者については私から。天草式十字凄教の教えは、私の魔法名と同じく“救われない者に救いの手を”。つまり…」
「つまり、本来神から見捨てられた存在である吸血鬼だって救ってみせるってことなのよな」
神裂の言葉を建宮が引き継いで言う。
「そうか。それならいいんだ。土御門、話を進めてくれ」
いや良くはない。十字教としては怪しい考えだ。
もし神裂が上条以外の吸血鬼と出会っていたら話は違っただろう。
それか、もし神裂が上条にほ…。これは彼女の名誉の為に言わないでおこう。
しかし、上条は信頼することに決めたらしい。
彼のお人好しは、人をやめたくらいでは治らないようだ。
「それじゃあ、説明するぜい。まず、ここはイタリアのキオッジャだ。現在、この近海でローマ正教の大規模魔術が発動されようとしている。名を“アドリア海の女王”。知ってるか?カミやん」
「ローマ正教の対ヴェネツィア攻撃用の切り札。発動されれば、ヴェネツィアとそれに関わったものが全て破壊される」
「そうだ。その魔術を発動させる為に必要な霊装・アドリア海の女王がこの近海に潜んでいる。今回の任務はローマ正教の企みを防ぐことだにゃー。わかったか?カミやん」
「わかった。いくつか質問していいか?」
「もちろん」
「この家は誰のだ?急造の隠れ家にしては生活感が溢れてるぞ」
「オルソラ=アクィナスというローマ正教の、いえ元ローマ正教のシスターのものでした。彼女は今回の企みの情報を我々に流して、ローマ正教を抜けました。心優しい女性です。同じローマ正教の人間とはいえ、ヴェネツィアを消してしまうなんてことは許せないとのことでした。事が終われば、イギリス清教に移る予定です」
「じゃあ次の質問。何で神裂と天草式が一緒にいるんだ?確か、神裂は天草式を抜けたんじゃなかったか?」
「それなら簡単なのよな。ステイル=マグヌスと2人だけじゃあ、インデックスを守るのが難しいと感じた女教皇様が我々を頼ったのよな」
確かに2人だけでは、任務が重なった時などにインデックスを1人にしてしまう─ステイルは命令無視もやっていたようだが─。
「だから、今の“天草式”の正式名称は“イギリス清教所属”天草式十字凄教だ」
そう言う建宮の顔は明るい。それは他のメンバーも同じことだった。
神裂と、彼らの教皇と同じところにいられるのが嬉しいのであろう。
「そうか。じゃあ最後の質問だ。今、ローマ正教がヴェネツィアを消し飛ばして、何か得するのか?」
これが最大の疑問だった。
アドリア海の女王が造られた頃ならば、いざ知らず、現在のローマ正教にとって、ヴェネツィアを消すことは利益になるのだろうか?
土御門の返答は簡潔だった。
「しない」
「それが問題なんだよ。だから私も出てきたんだよ」
そしてインデックスが言葉を繋いだ。
「10万3000冊の中に答えがあるかも知れないから」
「そうか…」
それを聞いた上条は考え込むように目を伏せた。
そして唐突にこう言った。
「狙いはヴェネツィアじゃないのかもな」
「何?」
思わぬ意見に、思わずその場にいた数人が聞き返した。
「そう考えた方が自然だろ?例えばロンドン、例えば学園都市。ローマ正教に都合の悪い街なんて幾らでもある」
「しかし、アドリア海の女王の照準を任意に変えることなど…」
「できる。何にでも裏道ってのはあるもんだ。仮に、アドリア海の女王の中に“普通じゃない”魔力の流れを作り出したら?当然、照準は狂う。そして、その狂いを上手く調節出来れば好きな街を攻撃できるって訳だ」
「しかし、普通じゃない魔力の流れなんて…」
「簡単だ。人1人の精神を壊せば、それで魔力の流れは狂う」
上条の意見に全員が押し黙る。
上条が言ったことが可能だとすればローマ正教は核爆弾に匹敵する脅威を有していることになる。
すんなりとは受け入れられないだろう。
そんな時、とある少女が口を開いた。
「できるかも」
10万3000冊の魔導書の知識を持つ少女・インデックスだ。
「とうまが言った方法なら、アドリア海の女王の照準を変えられるかも知れない」
「そうですね」
更に続く声が出た。
「上条当麻の意見が現状では最も現実的でしょう」
神裂火織だ。
彼女が支持した以上、この場は決した。
これより彼らは、ヴェネツィア破壊阻止ではなくアドリア海の女王撃破の為に動くことになった。
「こりゃあ、思ったよりも厄介なことになって来たな」
「どっちにしても止めれば勝ちってことには変わりねぇだろ?」
「確かにその通りなのよな。いやあ、これで女教皇様が惚れた訳がわかったのよな」
「た、建宮!あなたはまだそんなことを…」
「ねーちん、いい加減に素直になったらどうだ?」
「土御門、あなたまで…」
「おいおい、いい加減にしてやれよ。神裂みたいに綺麗な人が俺みたいなのを好きになる訳ないだろ」
(カミやん、何故気づかないんだ)
(これほどまでに鈍感とは、女教皇様の先が思いやられるのよな)
ローマ正教の狙いは暴けても、女性の気持ちには露ほども気づかない上条であった。
オリジナル展開って言っておきながら、女王艦隊篇やります。
まだ話は8月なので法の書の一件は丸々なかったことになってます。
天草式は神裂に呼ばれてイギリス清教に行って、
オルソラは女王艦隊を理由にローマ正教を離れ、
アニェーゼたちはいまも普通の武装シスター隊です。
まあ、アニェーゼが人柱になるのは変わりありませんが。
上条さんは、いつもの超音速旅客機じゃなくて、棺桶に入れて郵便配達でした。吸血鬼要素を出したかったので。