とある吸血の上条当麻   作:Lucas

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12話 操車場

8月21日・8時頃

 

第7学区・鉄橋

 

 

 

「助けてよ…」

 

御坂美琴は泣いていた。

別に、本当に助けて欲しかった訳ではない。

口から勝手に出て来ただけだ。

 

しかし、ヒーローは必要とされるところに現れるものである。

 

 

「何やってんだ?お前」

 

上条当麻が目の前に立っていた。

 

本当は直接、実験が行われる操車場に向かうつもりだったのだが、途中で、今にも自殺しそうな顔した美琴を見かけてやってきたのだ。

 

 

「何よ?いきなり」

 

しかし、美琴は今更ヒーローには縋らなかった。

 

「何してようが私の勝手でしょ。夜遊び程度でアンタにとやかく言われる筋合いな…」

 

「やめろよ」

 

軽口で済まそうとするが、上条の低い声に遮られる。

 

「やめるって何を?今更…」

 

美琴の言葉が途中で途切れる。

上条が手に持っていた資料を美琴に見せたからだ。

 

「御坂妹のことも、妹達のことも全部知ってる」

 

「アンタ…」

 

 

しばし呆然としていた美琴だったが、再び口を開く。

 

「あ~あ。アンタ一体何者よ?昨日、私のクローンに会ったばっかりなのに、そこまで辿り着けるなんて探偵になれるわよ」

 

相変わらずの軽口とは正反対に美琴の心は暗かった。

 

(お節介焼きのアンタは、こんな計画許せないわよね。アンタから見れば私はDNAを提供した実験の協力者。私を糾弾しに来たって訳か…。まあ、いいや。事実は違うけど結果だけ見れば同じこと。それならいっそ、誰かに責められた方が楽にられるかも…)

 

「それで?アンタは私を許せないと思ったの?」

 

美琴は問い掛けるが、上条の答えは予想だにしないものだった。

 

「何言ってんだ!心配したに決まってんだろ!」

 

「う、嘘でも、そう言ってくれる人がいるだけ、ましってとこかしらね…」

 

「嘘じゃねぇよ」

 

美琴の言葉に対し、資料を握り潰した上条が叫ぶ。

 

「嘘じゃねぇっつってんだろ!」

 

そして、続けて上条は言う。

 

「お前は絶対、死なせない」

 

「へ?」

 

あまりに突拍子もないことを言った上条の台詞に、いや自らの心を見透かして言ったような台詞に、美琴の心が揺れる。

 

「この資料には、185手でお前が一方通行に負けるっていう予測演算が載ってる。お前、これを乱すために死ぬつもりだっただろ」

 

「何で…」

 

「あんな顔を見れば、誰だって気付くっつうの」

 

「でも…、もうそれ以外に…」

 

「あるだろ?もう1つ、簡単な方法が」

 

「え?」

 

「一方通行が最強じゃなくなればいい」

 

「それって、どういう…。まさか!?」

 

「ああ。俺が一方通行と戦う。そして、倒す」

 

「駄目よ、そんなの!あいつは世界中の軍隊を敵に回してもケロリとしてるような化物なのよ!それに、もうこんなことに罪のない人を巻き込めない!私1人の命で1万人が救われるなら素晴らしいことじゃない!」

 

「俺はお前に死んでほしくないんだ」

 

「私には…。みんなが笑って終われるハッピーエンドがあったとしても、そこに行く資格なんて、私にはないんだから!1万人も犠牲にした元凶が、始末をつけなきゃいけないのよ!」

 

落ち着いた声で諭すように話す上条に対して、美琴は自分の思いをぶちまける。

黒子にも、佐天にも、初春にも、母親にも、父親にも、明かさないと決めていた思いが、とうとう堰を切って溢れ出した。

 

しかし、次の上条の一言で黙ることになる。

 

「御坂。お前は楽になりたいだけだろ」

 

「…え?」

 

「そんなに、今回のことに責任を感じてるんなら、簡単に“死ぬ”なんて言うな!ちゃんと生きろ!償いたいなら、まず生きろ!お前が死んだら悲しむ人だっているだろう!」

 

上条に思いを見透かされた美琴は言い返せない。

それ以前に、今の上条に物申せる者などいないだろう─どこぞの第7位ならいざ知らず─と思わせる程の気迫だった。

それほどに思いが乗った言葉だった。とても、15歳の少年が言える言葉ではない。まるで100年以上生きた男が話しているようだった。

 

こうして美琴は上条に全てを託した。

 

 

「大体、お前の作戦なんて、再演算されたら終わりだって気づかなかったのかよ?」

 

ふと、上条が美琴に問い掛ける。

そこまで周りが見えていなかったのだろうかと気になったのだ。

 

「再演算なんて出来ないわよ」

 

「ん?」

 

美琴の言葉を解せない上条が疑問符を浮かべる。

 

「だって私が壊したから、樹形図の設計者」

 

「はい!?」

 

あまりにとてつもないことに、上条が驚く。

 

「うん。本当は偽の予測をさせてから壊すつもりだったんだけどね。流石に時間がなかったから、ただ壊したの」

 

「へ~…」

 

改めて、目の前の少女が、LEVEL5の第3位・超電磁砲であることを認識した上条であった。

 

 

 

 

同日・8時29分

 

第10学区・操車場

 

 

 

コンテナの上に白髪赤眼の少年が座っていた。

白いのは髪だけではなく、Tシャツの袖先から覗く細腕の肌も女性が羨む程に真っ白だった。おそらく、全身がそうなのだろう。

 

そんな彼がこの街の230万人の頂点に君臨する、最強の能力者だと言われて誰が信じるだろうか?

 

そんな彼が1万人以上もの少女をその手にかけた殺人者だと言われて誰が信じるだろうか?

 

しかし、哀しいかなどちらも真実である。

 

彼はLEVEL5の第1位にして、まだ見ぬLEVEL6へ至るための実験の被験者である。

 

その能力は“ベクトル変換”。

能力名は“一方通行”。

文字通り、運動量・熱量・電気量などのベクトル、すなわち力の向きを変える能力だ。

普段は力の向きを“反射”に設定しているので、どんな攻撃も彼には届かず跳ね返っていく。

人間に触れば、血流や生体電気を操り、10031号のような惨殺死体をも作り出す。

そんな汎用性と、本人の演算能力の高さ─並みの人間が1万人集まっても適わない─が第1位たる所以だった。

 

本名は不詳─当人曰わく忘れたらしい─だが、研究者たちは“一方通行”と呼び、他の者もそれに倣った。

今では、それこそが本当の名前のようになっている。

 

 

彼は今、1人の少女を見下ろしていた。

 

今まで彼が殺してきた少女たちと同じ顔。そして今夜、死体の山の一番上に積まれる予定の少女だ。

 

実に10032人目である。

 

彼女たちは、彼に殺されるためだけに生まれてきた。

そして、次々にその本懐を遂げて死んでいった。

 

目の前の少女も“実験開始”までの時間を秒読みしている。その目に何の感情も浮かべることなく。

 

 

いつも通りの虐殺劇。そう思っていたが、今夜はそうはいかないようだ。

 

「オイ!」

 

少女の秒読みを遮って話し掛ける。

 

「この場合、実験ってのは、どォなっちまうンだァ?」

 

「この場合とは?」と問い掛けようとした少女・ミサカ10032号だったが、真横に目を向けて事情を理解した。

 

部外者の乱入だ。

 

ツンツン頭の少年がこちらに向かって走って来ている。

 

「どうして…」

 

思わず呟く10032号に、一方通行が食ってかかる。

 

「部外者連れ込ンでンじゃねェよ!」

 

そのまま殴りつけようとするが、くだんの部外者の方が早かった。

 

「歯、食いしばれ!」

 

乱入者・上条当麻の右拳が一方通行の頬を捉える。

 

 

(あり得ねェ)

 

一方通行が最初に抱いた感想はそれだった。

常時、反射の膜で覆われた彼に拳は届かない。それが当然だった。

しかし、目の前の男の拳は反射を突き破ってきた。

こんなことは初めてだった。

 

しかし、第1位の脳みそは伊達ではない。拳が危険ならば、と後ろに高速移動─靴底にかかる力の向きを変えた─して、距離をとろうとする。

 

しかし、上条の膂力がそれを許さなかった。即座に追いつき、再び拳を振りかぶる。

 

一方通行は慌てて上に逃げる。

空中ならば拳は届かないという考えからだ。

 

しかし、上条は一方通行の予想を遥かに超えていた。

 

コンテナを蹴り、三角跳びで一方通行がいる高度にまで跳び上がると、彼の腹に右拳を叩き込む。

 

美琴の心配は大きく裏切られる。

戦いは上条有利の状態で始まった。

 

しかし、いつまでも黙って殴られている一方通行ではない。

 

上条に殴られながらも、状況を読み、一瞬の隙をついて、石や鉄骨を飛ばして反撃する。

 

上条の拳を何発も受けても、倒れないとは体型に似合わず打たれ強いようだ。

 

 

それでも、上条の有利は動かないかと思われた。

 

「あの一方通行を押してる?」

 

先ほど到着した美琴がこんなことを呟いたのも当然だろう。

 

そんな時、突然何かに気づいたように、一方通行の唇が歪んだ。

 

瞬間、上条の身体が吹き飛ばされる。

 

突風だ。

 

「くかきけこかかきくけききこかかきくここくけけけこきくかくけけこかくけきかこけききくくくききかきくこくくけくかきくこけくけくきくきくきこきかかか」

 

理解不能な音を発する一方通行が“大気の流れ”に干渉して突風を起こし、上条を吹き飛ばしたのだ。

 

常人ならば、大怪我は免れない距離を飛んだ上条だったが、そんなことで彼は止まらない。

吸血鬼の回復力などなくても彼ならば動けただろう。

 

すぐに立ち上がり、一方通行を見据えるが、主導権を持っているのは、もう既に上条ではなかった。

 

 

「あンじゃねェか。目の前のクソをぶち殺せるもンがここによォ」

 

一方通行が、今度は鎌鼬のような風を起こす。

これはどうにか右手で防いだ。

 

しかし、その次は無理だった。

 

「なら、こンなのはどォだ?三下ァ!」

 

まるで弾丸のように、空気がピンポイントで襲いかかってきたのだ。

 

上条は心臓を“撃ち抜かれ”地面に倒れる。

 

だが、そんな傷は問題にならない。

何故なら彼は吸血鬼、それもミナ=ハーカーの力を継ぐ吸血鬼なのだ。

心臓の穴くらいなら、すぐに塞げる…はずだった。

 

どれだけ待っても傷は塞がらず、何かを耐えるかのように上条は苦悶の声をあげる。

 

彼の意思を無視するかのように、両目が赤くなったり黒に戻ったりを繰り返す。

 

思わず、駆け寄ろうとする美琴だったが、御坂妹がどうにか押し止める。

 

 

 

上条が陥っている状況を簡単に表すならば“空腹”だ。

 

今日1日─いや、半日か─を振り返ってみよう。

 

まず御坂妹とデートして、大能力者4人組の暗部組織を黙らせ、第7学区から第10学区まで駆け抜けた─途中、鉄橋に寄り道─。しかも、真夏の太陽の下である。

 

そして、問題はもう1つあった。

 

彼は御坂妹の前で輸血パックを開けられただろうか?

答えは否だ。

 

つまり、彼は昼から飲まず食わずでここまで来たのだ。

 

吸血衝動を抑えるのが限界にきている。

まして、周りには処女が2人に童貞が1人だ。

 

もう、血を吸いたくて仕方がないのだ。

 

そんな衝動を必死に抑えているのだ。攻撃も回復も疎かになって当然だ。

 

 

そんな彼の頭の中で声がした。

 

『だから言っただろう?当麻。“いざって時には躊躇うな”ってさ』

 

『いやだ。生き血は吸わない』

 

『だよな。お前はそういうやつだ。知ってたよ。だから…』

 

そこでジェーンは一瞬間をおいた。

 

『体を借りるぞ、当麻』

 

『おい!待て!』

 

上条の制止を振り切り─衝動を抑えるのに必死で精神的に弱っていたから簡単だった─、ジェーンは意識を乗っ取った。

これでジェーンが体を動かし、上条は頭の中から出られない。

つまり、普段とは逆の構図だ。

 

 

「さあ、第2ラウンドを始めようか?童貞坊や」

 

上条、いやジェーンはそんなことを言いながら立ち上がると、左手で右腕を掴む。

 

「本気で行くぞ!」

 

そのまま右腕を引きちぎり、吸血鬼の魔力を開放した。




ちょっと原作通りの台詞が多いかもです。
大丈夫ですよね…。

竜王の殺息の時に、学生寮を壊したくなかったので、樹形図の設計者も壊せませんでしたが、ここは美琴に頑張ってもらいました。

そろそろ吸血鬼の全力を書いてみたいと思います。上条だと優しくて上手くいかないので、ジェーンに替わってもらいました。
次回は一方通行が大変なことになりますが、悪しからず。

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