8月21日・夕方
「よう!また会ったな、御坂妹」
御坂妹(命名・上条)が、研究所の外に出ると、昨日出会ったツンツン頭の少年がいた。
「また会った」などと言っているが、おそらく待ち伏せていたのだろう。
「さて、警備員に電話を…」
「ストーップ!」
「何でしょう?昨日、警告は済ませたはずですが、とミサカはポケットに手を伸ばします」
「あの後、俺はちゃんと家に帰った。お前のことを尾けたりなんてしてない」
一応、事実である。
あの後、上条は寮に戻り、臭いだけの追跡に専念した。なかなか難しいのだが、そう離れた場所にまでは行かなかったので、こうして場所を特定できたのだ。
だから、御坂妹との約束は守っている。一応は。
「では何故ここがわかったのですか?とミサカは当然の疑問を口にします」
「それは…。ええっと…」
しかし、こう問われると返答に困ってしまう上条であった。
言い訳くらい考えとけよ!
そんな時、横の茂みからニャ~という鳴き声がした。
「おお!子猫か!?可愛いな!」
これ幸いとばかりに、子猫に話題を変えようとする上条。
普通なら失敗して、お決まりのフレーズを叫ぶことになるのだが、どうやら御坂妹は猫好きだったらしい。
上条などそっちのけで、猫を見つめている。
「子猫…」
彼女は“姉”と“姉”との思い出に、思いを馳せていたのだが、そんなことは知る由もない上条であった。
その後、幻想殺しで御坂妹の電磁波─美琴同様、“電撃使い(エレクトロマスター)”である彼女は常に帯びている。これを猫は嫌うらしい─を封じて、猫を抱っこさせてやったところ、とても懐いた。より正確に言うと、子猫は御坂妹に、御坂妹は上条にとても懐いた。
それから2人と1匹─御坂妹に“いぬ”と名付けられた─で遊びに行った。
ゲームセンターに行き─御坂妹は“ゲコ太”なるカエルのマスコットにご執心だった─、買い食いをし─ひよこ型のお菓子を食べると、本物だと思っていた御坂妹から電撃をくらった─、その他、色々なところに行った。
そうこうしているうちに、陽が暮れてきた。
『おい、当麻。最初の目的を忘れてないか?』
『ん?実験ってのが何なのか調べるんだろ。だから、こうして心を開いてくれるように上条さんはですね…』
『さっきの研究所にカチコミかけた方が早いだろ』
『上条さんは乱暴なやり方は好みませんのことよ』
『はあ。毎度のことだが、お前は優しいが甘すぎる。吸血鬼の力を無闇に振るわないのはいいが、いざって時には躊躇わないでくれよ、頼むから』
『わかってるさ』
(いや、お前には無理だよ。このままじゃな)
上条の返答を聞いても安心しないジェーンであった。
「喉が渇きました、とミサカは暗にジュースをねだります」
考え事をする上条に、御坂妹─今日1日で随分と図々しくなった─が話し掛けてきた。
「ん?ジュースか?ええっと、自販機は…」
「あそこです、とミサカは指差します」
「どこだ…って遠いな!」
「ざっと500m先でしょうか。頑張って下さい、とミサカは励まします」
「はあ、不幸だ」
と言いつつ、それでも行くのが上条当麻という男である。
しかし、この判断は大間違いだった。
5枚連続で100円玉が吐き出されるという更なる不幸を乗り越えた上条が、元いたところに戻ってみると、御坂妹はおらず、いぬだけが脇の茂みにうずくまっていた。
慌てて、臭いを辿って追いかける。
少し離れた路地裏へと続いていたが、近づくと、より強い臭いが漂ってきた。まるで、血が撒き散らされているような。
頭に浮かぶ、最悪のシチュエーションを必死に打ち消しながら路地裏を覗いた上条が見たのは、想像以上に凄惨な有様だった。
吹き飛んだゴーグル、血に染まった制服、そして何より、体が弾けたのかと思うほどに原型を留めていない、少女の死体。
それでも、残った顔とシャンパンゴールドの髪が、これが誰なのか、いや誰であったのかを、憎たらしいほど如実に示している。
しかし、上条の予想の斜め上を行く事態がさらに起こった。
数十人─見えないところにはもっといるのだろうが─の御坂妹が曲がり角の向こう側から現れたのだ。
「御坂…妹?」
「はい、とミサカは肯定します」
「お前らは…」
上条の声が震えている。無理からぬことだろう。こんな状況に陥れば動揺もする。
「お前らは一体…」
「我々は“妹達(シスターズ)”」
対する御坂妹の声はいつも通り単調だった。
「御坂美琴お姉様のDNAから作られた、体細胞クローンです」
「クローン…。一体…、一体実験って何なんだ!?」
「ZXC741ASD852QWE963'」
「くっ…。またかよ」
思わず叫ぶ上条に対して、またもやパスの認証を要求する御坂妹。
「こうなったら、こんなことしでかした野郎を見つけ出して、問いただしてやる!」
『無理だな』
『何?』
新たに行動目標を定めて気合いを入れる上条だったが、思わぬところから待ったがかかった。
『血の臭いが続いてない』
『嘘だろ。こんな殺し方で、返り血浴びてないってのかよ』
『信じられないが、事実だよ』
上条の驚きも尤もである。
辺り一面、地面も壁も血の海なのに、犯人に返り血が1滴もかかっていないなどと、ドラマに出てくるマヌケな刑事でも思わないだろう。
しかし、吸血鬼である上条が後を追えない以上は確実だった。
“この”御坂妹を殺した犯人は返り血を浴びなかったのだ。
ガサゴソという作業音に反応して、上条は思考の渦の中から帰還した。
見ると、妹達が死体と血痕の後片付けをしているところだった。
「実験のサポートってこのことかよ…」
苦々しく上条が呟くが、この場にいる誰も相手をしない。
『当麻』
いや、1人いることにはいるのだが“この場”という言葉は相応しくないだろう。彼女はいつでも上条の中にいるのだから。
『なんだ?ジェーン』
『研究所だ』
『研究所?』
『そう。“あの”御坂妹が昨日帰って、今日出てきた研究所』
『そうか!そこなら…』
『実験とやらのデータもちゃんとあるだろうさ』
『よし!』
やることを決めると後は早かった。
路地裏から飛び出し、人外な速度で研究所へと駆ける。
数分後
上条は例の研究所に到着した。
迷うことなく、玄関から侵入する。
すると、いきなり身体が炎に包まれた。
「おいおい。噂の侵入者ってのはこんなに弱かったのかよ?“アイテム”から逃げきったとか言ってなかったか?あの研究者たち」
“発火能力者(パイロキネシスト)”と思しき少年が奥から現れて、つまらなそうに呟いた。
パキーンッ!
しかし、そんな余裕をかましている場合ではなかったようだ。
彼の炎がかき消され、中から無傷の少年が現れる。
「冗談だろ!?俺の炎が…」
「ごちゃごちゃ、うるせぇ!」
モブなオリキャラは引っ込んでろと言わんばかりに、上条が右手を顔面に叩きつける。
一撃で意識が飛んでしまったようだ。ピクリとも動かない。
気絶したことを確認すると、すぐに奥へと足を進める。
その後も3人の能力者─いずれも大能力者クラス─が、上条を止めるべく現れたが、時間稼ぎもろくに出来ずに、全員沈められた。
そして、迷いながらも、1時間もしないうちに、上条は研究所の最奥部まで辿り着いた─途中、数人の研究者と擦れ違ったが、襲ってこないので無視した─。
上条を出迎えたのは、情けなくもビクビクと足を震えさせる中年の男性科学者だった。
「くそっ!自腹切って“暗部”を雇ったってのに、屁のつっぱりにもならないじゃないか!」
“暗部”とは、学園都市の公に出来ないような仕事を請け負う者たちのことだ。
この街の性質上、そのうちの多くは少年少女で、尚且つ能力者である。
暗部に入る理由は、人それぞれだが、大多数は望まずして入っているという一点では一致を見るだろう。
そんな、普段の上条ならば聞き漏らすはずもない単語が出て来たが、今の上条の耳には届かない。完璧に冷静さを欠いていた。
「おい!」
「ひぃっ!」
上条は今にも失禁しそうな研究者ににじり寄ると、睨みつけながら、こう言った。
「死にたくなかったら、シスターズに関する資料を全部出せ」
「は、はいっ!」
勿論はったりなのだが、効果抜群だったようだ。
研究者は、ほんの数分で全ての資料をプリントアウトして、上条に差し出した。
それまでは“シスターズ”の漢字表記さえ知らなかった上条が、遂に彼女たちの全貌を捉える。
資料にはこうあった。
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“妹達”を運用した“絶対能力者(LEVEL6)”への進化法
学園都市には7人の“超能力者(LEVEL5)”が存在するが、“樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)”の予測演算の結果、まだ見ぬ“絶対能力者”へ辿り着けるものは第1位・“一方通行(アクセラレータ)”1名のみと判明した。
この被験者に通常の“時間割り(カリキュラム)”を施した場合、“絶対能力者”に到達するには250年もの歳月を要する。
我々はこの“250年法”を保留とし、実戦による能力の成長促進を検討した。
特定の戦場を用意し、シナリオ通りに戦闘を進める事で成長の方向性を操作する。
予測演算の結果、128種類の戦場を用意し、“超電磁砲”を128回殺害する事で“絶対能力者”に進化する事が判明した。
しかし、“超電磁砲”を複数確保するのは不可能である為、過去に凍結された“超電磁砲量産(レディオノイズ)計画”の“妹達”を流用してこれに代える事にする。
武装した“妹達”を大量に投入する事で性能差を埋める事とし2万体の“妹達”との戦闘シナリオをもって、“絶対能力者”への進化を達成する。
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