1話 出会い
3月30日・夜
ツンツン頭の少年が上機嫌で街を歩いていた。
「今日の上条さんはいつもとは一味違いますのことよ」
春休みの真っ最中、しかも中学生から高校生になる直前で、こんな時間帯になるまで遊んでいたのだから、上機嫌なのも当然かも知れないが、彼の場合は少し一般的な事情とは違った。
「今日は財布も落とさなかったし、犬の尻尾も踏まなかったし、スキルアウトに絡まれることも、スキルアウトに誰かが絡まれてる場面に出くわすこともなかった。1度も不幸に見まわれなかったなんて、今日は上条さんにとって記念すべき日ですのことよ」
普通、財布を落とすのも、犬の尻尾を踏むのも、スキルアウトに絡まれるのも、そうそうある出来事ではないはずなのだが、この少年こと上条当麻にとって、それらは日常だった。
悲しいかな“不幸”は彼の代名詞とまで呼べそうなほどで、切っても切れない縁があるのだ。当人にとっては要らないどころか、願い下げな縁ではあるが。
そして、それらの不幸に見まわれることもなく、上条は今日という日を無事に終えようとしていた。
しかし、上条は忘れていた。
こういう日に限って、いつもよりも大きな“不幸”が現れるということを。
「お姉さん、綺麗だね」
「俺たちと一緒に遊ばない?」
上条が歩いていると、路地裏の方から柄の悪そうな男の声が聞こえてきた。
覗いてみれば案の定、1人の女性がスキルアウトと思しき男たちに囲まれていた。
「ハァ…不幸だ…」
お決まりの台詞を吐きつつも、上条は彼らに爪先を向ける。
なんだかんだ言っても、困っている人をほったらかしには出来ない性格なのだ。
(ん~、外人さん…なのか?)
上条は歩を進めながら考える。
上条が見つめる渦中の女性。
髪の毛と両の瞳は眩い金色で、肌は透き通るほどに真っ白だ。
おそらく…というか、ほぼ間違いなく外国人だろう。
年齢はおそらく20代半ば、何を思ったのか、こんな路地裏には似つかわしくない真っ赤なドレスに身を包んでいる。
(スキルアウトは…1、2、3…4人か…)
正面から戦いを挑めば、十中八九返り討ちだ。
加勢を期待しようにも、場所の所為か時間帯の所為か、人っ子一人見当たらない。
更に、路地裏は入り組んでいて見通しが利かないため、奥からスキルアウトの仲間が出てくる可能性すらある。
(殴り合いはやめといた方がいいな)
そう結論づけた上条は、とある作戦を携えて、スタスタと女性の方へ向かっていった。
(ハァ…めんどくさいな…)
一方、絡まれている女性の方は、焦る様子も緊張する様子もなく、ただただスキルアウトたちの言うに任せて立っていた。
「ねえ、お姉さん」
「聞こえてる?ていうか、通じてる?」
「日本語わかんないの?」
「Can you hear me?」
「それおかしいだろ」
「ハハハハッ」
もちろん、わかった上で無視を決め込んでいるのだが、頭の鈍いスキルアウトたちに、そんな彼女の考えを理解しろと言う方が無茶というものである。
(もう、手っ取り早くやっちまおうかな…)
イライラしてきた彼女はそんなことを考える。
(ったく、アレイスターの奴め。あんな野郎の口車に乗って、こんなとこまで来るんじゃなかったか…)
「ハァ…」
嘆息した彼女は、ゆっくりと手をスキルアウトたちの方へ向ける。
(殺さない程度に…。全治1ヶ月くらいになるように…)
物騒なことを思い描きつつ、スキルアウトたちを撃退しようとした時、彼女のことを呼ぶ声がした。
「こんなところにいたんですか。探しましたよ、お姉さん。もう、はぐれないで下さいね」
気さくに手を振りながら、彼女の方へとやってくる少年。
黒くツンツンと立った髪の毛が特徴的だ。
「さあ、行きましょう」
少年は女性に手を伸ばす。
しかし…。
「誰かな?君は」
彼女はそんな少年に見覚えはなかった。
(ああ!チクショー!わかってましたけどね!一瞬、このまま成功するかとは思いましたけど、不幸な上条さんにそんなラッキーが巡ってくる訳ないですよね!)
彼女を連れ出そうとした少年・上条当麻は頭を抱える。
知り合いのふりして、女性を自然な流れで連れ出そう。
それこそが彼の作戦だったのだ。
しかし、空気を読まない女性の一言で、その作戦は水泡に帰した。
尤も、いきなり見ず知らずの男に知り合い面されても、対応できる女性など、まずはいないだろうが。
「ちょっと~!話あわせて下さいよ。ここから連れ出す作戦が台無しじゃないですか」
取りあえず女性に文句を垂れる上条。
「ああ、そうか。君は私を助けようとしてくれたのか。それはすまなかったね」
「今更、気づいても手遅れですのことよ。ハァ…不幸だ…」
しかし、彼女と言い合ったところで状況が好転するはずもない。
「おい!誰だ?テメエ」
スキルアウトたちが一斉に上条を睨み付ける。
(ヤバいヤバいヤバい)
このままでは、上条はボコボコにされた挙げ句、4月1日の朝をいつもの病院のベッドの上で迎えることとなるだろう。
どうでもいいが、病院に“いつもの”などという修飾語が付いていることからも、上条の不幸さがわかって泣けてくる。
(こうなったら…)
そこで、上条は最後の策に打って出る。
「失礼しましたー!」
上条は右手で女性を掴むと、脱兎のごとく駆け出した。
左手を掴まれ、引っ張られる形となった女性は、一瞬だけキョトンとした表情を浮かべた後、面白そうに上条と共に走り出した。
後には、呆然として立ち尽くすスキルアウトだけが残される。
「おい!追うぞ!」
数秒遅れて、我に返った1人が口を開く。
「お、おおー!」
他の3人も彼に和し、逃げた男女の追跡を開始した。
しかし走り出してすぐに、彼らのうちの1人がとある少年とぶつかってしまった。
「うおッ!」
突き飛ばされたかのように、身体が真後ろに飛ぶ。
「何すんだ!テメエ!」
後続が、ぶつかられた少年にガンを飛ばす。
「あァ?」
対して、少年はさほど感情の籠もっていない声で返した。
「ぶつかって来たのはそっちだろォがよ」
「知るかよ!こっちは今、虫の居所が悪いんだ!」
「はァ?八つ当たりじゃねェかよ」
「うるせえ!」
3人同時に少年に襲いかかる。
しかし、相手が悪すぎた。
「ギャァァァァァァ!」
数秒後、スキルアウトたちの断末魔が路地裏にこだました。
数分後
「ハァ、ハァ、ハァ…」
上条当麻は両手を膝につけながら呼吸を整えようとしていた。
「どうやら、もう追っては来ないようだね」
対して、女性の方は息を切らすどころか、汗もかいていなかった。
「そうみたい…ハァ…ですね…ハァ…」
息を切らしながら受け答えする上条を、面白いものを見つけたような顔で女性は見つめる。
そして、上条の息が整ってきた頃を見計らって話し掛けた。
「それにしても、不良に絡まれていた、見ず知らずの私を助けるなんて、最近じゃ珍しい好青年だね。実に勇気がある。ありがとう」
「いやいや、当然のことですよ」
「そうかな?なかなか出来ることじゃないと思うよ。ひょっとして、いざとなったら超能力を使うつもりだったとか?自分の力に自信があったから不良を恐れなかったのかい?」
「いえいえ、まさか。上条さんは、“無能力者(LEVEL0)”ですのことよ」
「えっ?」
そこで彼女は驚いたような声を発した。
(じゃあ、さっきの感覚は何だっていうんだ?コイツの右手で触られた途端に魔力が練れなく…)
「あの~。どうして、そんな難しい顔をしてらっしゃるのでせうか?」
彼女が悩んでいると、その表情を見た上条が心配げに話し掛けてきた。
(おっと、顔に出ちゃってたか…)
「いや、すまない。少し考え事をしていただけだよ。ところで無能力者というのは本当なのかい?さっき右手で触られた時に妙な感覚がしたのだけれど」
気になって仕方がない彼女は探りを入れるように言葉を紡ぐ。
「ああ…。ひょっとして、お姉さんって能力者だったんですか?」
「うん、そうだよ」
話の続きを聞けそうだから、嘘をつく。
(まあ、超能力も魔法も似たようなもんだろ)
「それなら多分、俺の右手の力の所為だと思いますよ」
「右手の力?でもさっき無能力者と…」
「嘘じゃないですよ。何回、検査しても結果はLEVEL0。でも、俺の右手には生まれつき、“どんな異能の力でも打ち消す力”があるんです」
「異能を打ち消す!?」
女性が目を見開いて聞き返す。
「ええ」
「信じられないな…」
「本当なんですがね…」
「では、ちょっと試してみてもいいかな?」
「試す?」
「簡単だよ。右手を前に出してくれ」
「こうでせうか?」
上条が言われた通りに右手を上げる。
「そうそう」
パキーンッ!
女性が声を発した次の瞬間、ガラスの割れるような音が辺りに響いた。
「うぉ!?」
上条が驚いたように1歩後ずさる。
「ほ~。すごいな、これ…」
女性の方は面白そうな表情こそ浮かべているが、驚いたような様子はない。
「お姉さんが何かしたのでせうか?」
「うん、そうだよ。君の言うところの“異能の力”をぶつけてみたんだ」
「ああ、“試す”ってそういう意味でしたか。いきなりだったからビックリしましたよ」
「ハハハ、すまなかったね」
女性は笑いながら上条に謝る。
「しかし、漸くこれで得心いったよ。こんなすごい力があれば、不良4人くらいは恐るるに足らないという訳か」
フゥと嘆息するように、つまらなそうに女性は上条に言う。
しかし、上条はそれを否定した。
「いやいや、俺の右手は異能を消すだけだから、LEVEL0のスキルアウトたちには効果ないんですよ」
「あっ…」
女性はハッとしたような声をあげる。
「確かにそれもそうだね。じゃあ、何故私を助けに来たんだい?」
「だから言ったじゃないですか。困ってる人を助けるのは当然のことだって」
「ふぅ~ん。まるで、どこかのヒーローみたいなことを言うんだね」
「いやいや、俺はヒーローなんかじゃないですよ。困ってる人がいたらから、勝手に助けたいと思って、勝手に助けただけなんです。だから、お礼なんて要りませんし、ましてやヒーローになんてなれませんよ。自分のやりたいことを、やりたいようにやっただけなんだから。俺はヒーローなんかじゃなくて“偽善使い(フォックスワード)”なんですよ」
「“偽善使い”ねえ…。フフフフフフフフフハハハハハハハハハ…」
女性が突然狂ったように笑い出した。
(能力があったから来た訳でもなければ、ヒーロー気取りの馬鹿でもないってか。いいね、いいね、最高だよ。“偽善使い”に、“神殺しの右腕”か。コイツだよ、私が探してたのはこういう奴だ)
(え、ええっ?上条さんが何か変なことを言ったでせうか?“偽善使い”って、そんな大笑いするほどのことですか?ちょっと中二っぽかったでせうか?)
「なあ、君の名前は?」
突然、哄笑を消した女性が上条に問い掛ける。
「名前?」
「そう、名前だよ。君の名前を教えてくれ」
「上条です。上条当麻」
「そうか。上条…神浄討魔か…。やっぱり君は面白いな」
「はい?」
頭に疑問符を浮かべる上条を、彼女は返答する替わりに抱き寄せた。
「え、ええっ!ちょっと、お姉さん!」
上条が顔を赤くして離れようとするのを気にとめる様子もなく、彼女は彼の耳元で囁く。
15歳の男子、しかも喧嘩慣れしている上条の腕力を以てしても、彼女を引き剥がすことはかなわなかった。
「私の名前はね…、“ミナ=ハーカー”というんだよ」
言い終えると、彼女は上条から一瞬だけ身体を離し、彼に向かって笑い掛けた。
(綺麗だな…)
その笑顔は上条の目を釘付けにしてしまうほどの美しさを放っていた。。
「私はずっと君を…君のような人間を探していたんだ」
上条が理解できない言葉を必死に咀嚼しようとしているうちに、彼女は再び彼の耳元に顔を近づけてきた。
「恨むな、なんて言わないよ」
言うが早いか、彼女は上条の首筋に“牙”を突き立てる。
「あ、う…、あ…」
避けることも叫ぶことも出来ぬまま、上条の意識は闇へと沈んでいった。
この日、かつて世界最強と謳われた吸血鬼がこの世から姿を消し、とある物語のヒーローは辿るはずのなかった運命へと最初の1歩を踏み出した。
「フフッ…」
そして、それを見てほくそ笑む人間が1人…。
ミナの設定はあまりブラム・ストーカーに沿ってはいません。名前だけ借りた感じです。
格好は、全盛期の忍ちゃんをイメージして下さい。
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