テイトクガ、チャクニンイタシマシタ   作:まーながるむ

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ささっと二日連続更新。
さーて、予想が当たった人はいたのかな?


第7話

 ■□■サンゴ礁諸島沖■□■

 

「提督ぅ、随伴出撃なんて初めてだけどどうしたネー?」

「念の為ですよ。泊地棲鬼と新種の――駆逐棲鬼、ですか? 鬼が二隻となるとあなたたちだけに任せるのは不安です」

 

 金剛に繋がれた大発動艇にはイリスが乗っている。

 そしてその横には戦艦『榛名』、後ろに正規空母『加賀』、軽空母『祥鳳』、潜水艦『伊168』、そして駆逐艦『ヴェールヌイ』が並んでいる。

 いわゆる複縦陣という攻撃も防御も可能な並びだ。

 

「さて、昨日の時点ではここら辺を漂っていた、という話ですが……」

 

 棲艦島を南方海域付近で目撃したという情報を得たため、誰よりも先んじてこれを目標に設定したのが彼女たちだった。

 しかもイリスにはほかの提督が知らない新種の鬼の情報がある。

 

「うん。加賀さん、祥鳳さん、偵察機をお願いします。キス島にいたのがここら辺まで来ているということなので南の方を中心に索敵しましょう」

「分かったわ。祥鳳、あなたは南東をお願いね」

「はい!」

 

 加賀の指示に祥鳳が少し緊張しながら応えた。

 実は加賀よりも祥鳳の方がイリスの元で働き始めたのは先なのだが、正規空母、軽空母、という違いが彼女たちの序列を決めている。

 もとより、艦娘たちに厳密な序列などあってないようなものなので彼女たちの関係性は性格によるところが大きいが。

 

「――ん?」

「これは……」

 

 偵察機を目として当たりの海域を索敵する二人は、同時に異変を見つけた。

 

「加賀さん、祥鳳さん、何か見つけましたか?」

「ええ、島の方を見つけたわ」

「こっちは鬼を一隻発見しました」

 

 二人の報告を聞いてイリスは今日は運がいい、と内心で笑う。

 

「では行きましょうか」

 

 ■□■棲艦島■□■

 

『警告:外部から衝撃。N136-24の外壁破損、海水流入の可能性があります』

 

 突如として鳴り響く警告アナウンスにアイリだけは素早く立ちあがる。

 数秒前までまどろんでいた名残など、その表情にはない。

 

(今の水深は約1800メートル。ということは水圧は18メガパスカル/メートル……少しでも壁が削られたら圧壊する……!?)

 

「ハク! 緊急浮上をお願いします! それと破損部からここまでの間にある隔壁を全部降ろして下さい!」

 

 隔壁があるかどうかなどアイリは知らない。

 しかし、将来的に深海に潜る鎮守府なのだからあるかもしれない。その期待を支えるのは先程のアナウンスだ。

 外部からの攻撃に反応し、かつ内部への警告、さらに海水流入の可能性まで示唆できるような、ある種、慎重とも言えるプログラムが組まれているのならば、海水流入の際の対処法が用意されていてもおかしくない。

 そして事実、ハクは言われた通りのことをした。

 

「テイトク。ここまでに37まいのカクヘキ――あ、34まいにへった」

「海水に耐えられてないんですか!?」

「ううん。こわされてる。いま、28まい」

 

 “おそわれる”“こわされてる”――ハクの言葉からこの島が攻撃されていることは理解していた。

 しかし、想像した以上に相手の進みが早い。

 このままだと島が海面まで浮上するより早く内部が水に侵される。当然、人並み以上には泳げない自分がそこに巻き込まれたらお終いだ。

 仮に泳げたとしても水圧に人体が耐えられるとも思えない。

 先日のようにイノイチと一つになれば水面まで上がることはできるかもしれないが――問題はそこじゃない。

 

「相手をどうにかしないと意味がありません……!」

 

 今現在のアイリの居場所はこの島のみ。

 一応プレイヤーではあるのだからどこかしらの鎮守府にたどり着けば保護してもらえるかもしれないが、そこまでたどり着くには深海棲艦に力を借りるしかない。

 しかし、例えば深海棲艦に乗って鎮守府まで逃げ延びたらどうなるだろう?

 答えは簡単だ。

 深海棲艦の仲間だと正しく認識され攻撃されるだろう。

 途中から一人で泳ぐ、という方法も考えられるがそれも出来ない。

 既にアイリにとってハクやイノイチといった深海棲艦達は敵ではないのだから。

 鎮守府の提督の仲間入りをしたところで深海棲艦達を沈めることは出来ない。

 

「ハク! みんな! 海面に出ます! 敵を迎え撃ちます!」

「ん、りょうかい」

 

 アイリとハク、イノイチは以前同様に海面へのエレベーターを、他の深海棲艦達は敵が攻め入ってきているのとは逆側にある出口へと向かう。

 

 そして海面。

 

 イノイチに跨ったアイリとハク、そして2隻の駆逐艦だけが棲艦島の浮上地点とはかなり離れた洋上に姿を現す。

 どうやら他の深海棲艦達はアイリの指示で少し遠くの方へ散開したようだ。

 敵方の艦娘たちを何度か深海棲艦と戦わせて消耗させ、その上でハクが主となった艦隊とぶつければ相手方は思うように戦えないまま撤退せざるを得ないだろう。

 そういう自分の判断は間違っていないと確信し――

 

(艦娘たちは戦うたびに弾薬と燃料、空母がいれば艦載機も消耗するのに対し、こちらは万全の状態で――え?)

 

 そして、気付いた。

 自分達は深度1800メートルという光も霞む極限世界において攻撃を受けたことに。

 

(現代の探査潜水艇は深度20キロメートルまで潜れるとか聞いたことがありますが大戦期の、それも海面に浮かぶ軍艦に攻撃するのが目的の潜水艦が1800メートルなんて深さまで潜ってこれるわけがありません!)

 

 なぜなら、それは潜水艦に不必要な機能だからだ。

 では、あの衝撃はなんだったのか。

 内部まで踏み込んで来たものがいるのだから単なる接触事故などではない。

 そうして、自分である一つの仮説を立て、右隣に浮かぶハクをちらりと見る。

 

(いるじゃないですか。深度1800メートルという深海でも軽々と活動できる、オーバースペックな存在が……!)

 

『警告:海戦用限定戦闘域(バトルフィールド)が展開されます』

 

 警告が流れ、周囲が赤い文字列によってドーム状に区切られていく。

 隣のハクと同じように、アイリもイノイチを体内に迎え、その二本の足で海面に立つ。

 直後、二人から数メートル先の海面が爆発するように爆ぜた。

 

「見ぃつけた……まったく、人の鉱脈(おやつ)奪うと殺されちゃうって知らなかったのかしら?」

 

 ハクのような銀灰色ではなく、褪色しきっていない桃色の長髪を二つに結わえた少女。

 

「それに、ちょと負かす程度ならまだしも、騒音まで出してお昼寝を邪魔されては殺されても文句は言えないわよねぇ?」

 

 下着にジャケットとニーハイソックスという異様と、両腕を機械に飲み込まれたような異形。

 鋼鉄の五指が鈍く輝くその人形(ひとかた)の名は――

 

「南方棲鬼……!」

「あら、お利口さんね。私のことを知ってるの……それにしても貴女も、泊地の鬼も随分と可愛らしい恰好をしてるのね?」

 

 同じ深海棲鬼がまるで人間のようなお洒落をしていることを南方棲鬼の少女が嗤う。

 数体が確認されていると鬼姫艦、つまりユニークボスの内、決まって南方海域に姿を見せる鬼がいる。

 それこそが目の前にいる少女のことである。

 

(深海棲艦だからって皆仲良くお友達、というわけではないようですね)

 

 同じ艦娘に敵対しているからと言って、敵の敵は味方、ということにはならないらしい。

 その証拠に南方棲鬼は既に戦闘態勢を整え、ネコ科の肉食獣のような瞳でこちらを向けて笑っている。

 随伴していた駆逐艦の二隻は鳴き声のようなものこそ無いが目の前の少女の圧倒的な存在感に怯えているのが見てとれる。

 

「ロ級とハ級は後方援護。当てなくていいので遠くから砲撃で撹乱して下さい」

 

 ――今は作戦を練る時間。

 棲艦同士の小競り合いでもあるのに海戦用限定戦闘域(バトルフィールド)が展開されたのはきっと自分が提督だからだろう。

 そのことに感謝をしながら、アイリは一方で南方棲鬼を倒す方法への思考を進める。

 火力こそハクより高いようだが、装甲値はハクの方がはるかに高い。

 そうであるのならこちらの一撃と南方棲鬼の一撃の価値はほぼ同じ――勝算は十分にある。

 

「ねぇ、島の方がもぬけの殻だったのだけれど、私の家にしてしまってもいいのかしら?」

「……そうですね、土地なら余ってるので間借りくらいならさせてあげますけど……今のお勧め物件は船体の一部を使ったお墓ですかねー?」

「あら、面白い冗談ね? 気に入ったわ。あなたの曝れ頭(しゃれこうべ)は私が大事にしてあげる」

 

 そして、『戦闘開始』の合図。

 先手は南方棲鬼でもハクでもなく――アイリだった。

 イノイチを吸収いたことによって得た力で数メートルの距離を僅か二歩で踏破、南方棲鬼の眼前へと躍り出る。

 無論、南方棲鬼も棒立ちではなく、アイリの小さな頭を切り裂かんと右の鉄爪を強く振るった。

 

「な……!?」

 

 しかし、拳一つ分アイリの頭上への空振り。

 アイリがしゃがんで避けた――のではない。そもそもアイリには避ける必要すらなかった。

 ()、南方棲鬼が立っているのは波の頂点。それに対しアイリが立つのはその波の下。

 水面の高低差が波という形で常に入れ替わるという特徴を利用しての回避方法だった。

 そして、二人の高低差が再びゼロに近づいたところでアイリによる右の膝蹴りが南方棲鬼の脇腹へと突き刺さる。

 

「まずは一打……!」

 

 しかし先制打を加えたにもかかわらずアイリの顔は苦々しい。

 イノイチの力を借りて普段の自分には到底不可能な動きをした結果、手応えは確かにあった。

 しかし、()()駆逐艦程度の力では大きく相手の体力をそぐことはできないという理解もまた、今の一撃で出来てしまった。それに今の奇襲も何かしらの工夫を加えない限り二度と通じないだろう。

 

「けほっ……なかなか血の気が多いのねぇ。そういえば初めて見る顔だけど、お仲間さんなのかし、らっ!」

 

 言葉とともに、海面に膝をついた状態から四肢をつかった突進(チャージ)。これにはさすがにアイリの駆逐艦としての速さをもってしても避けることが叶わず、南方棲鬼が広げた腕に首を掴まれる。

 ――だが、なぜかその腕は力を緩め、アイリはその隙に全力で後ろへ飛び退いた。

 改めて、敵の様子をうかがってみるも、南方棲鬼の少女はアイリ以上に自分の腕を不可思議なものを見る目で見つめていた。

 しかし気を取り直したように再び嗤い、アイリへと向き直る。

 

「ま、たまにはいたぶってあげるのもいいかしら?」

「いえいえ、ごめんですって!」

 

 もう一度、アイリが前へと飛ぶ。

 懐に飛び込まれると警戒した南方棲鬼は体勢を整えるがアイリの狙いはその右後ろ――南方棲鬼の背後の波の斜面を蹴り、さらに隣の波を蹴る。いわゆる三角飛びの要領で回り込んで側頭部を刈り取るような蹴りを放つ。

 しかし、今度は相手の反応の方が早かった。

 

「……攪乱される、って前提さえあれば先手を取られても反応はできるのよね」

 

 掴まれた蹴り足を軸にアイリが力任せに投げられた。

 一度、二度、とアイリの身体が水面を刎ねて着水するのと同時、今度は南方棲鬼の身体が下から突き上げられるように吹き飛んだ。

 

「魚雷、ですよ……ケホッ、ケホッ……反応されるって分かってれば対処もできるってもんです」

 

 アイリがわざわざ二度も波を蹴って南方棲鬼の背後に回ったのはあらかじめ放った魚雷の存在に気付かれないため。

 もとより彼女は打撃戦で相手にダメージを与えようということは頭の中から放棄していた。

 

「味な真似をしてくれるじゃない……!」

「そうですか? なら、もっと味わって下さい、な!」

 

 ここにきて初めての砲撃。

 アイリから放たれた弾丸が南方棲鬼の少女の左腕を後ろへと弾く。

 それとともに――

 

「ハク! あとは手筈通りに!」

「うん、まかせて」

 

 舌足らずな幼い声に、しかし鬼に相応しい闘志を込めてハクが前へと駆ける。

 速度はアイリ程早くはない。おそらく南方棲鬼と比べても互角というところだろう。

 なればこそ、先にアイリとの数度の打ち合いで動きを見せてしまった南方棲鬼にとって不利なはず。

 

「とりあえず、いっぽんもらう」

 

 左腕が後ろに流れたことにより()()()()となった左の脇腹にハクの拳が突き刺さる。

 

 ゴキン

 

 あまり耳にしたくないような音とともに南方棲鬼の少女は吹き飛んだ。

 

「あ……にほん、もらえたかも」

 

 ハクがほんの少し嬉しそうに言うそれは、おそらく折ることのできた肋骨の本数なのだろう。

 生々しい呟きにアイリが閉口する。

 しかし二人とも油断はしていない。もとよりこれで決着がつくとも思っていなかった。

 予想通り、吹き飛ばされた南方棲鬼がゆっくりと起き上がり、調子を確かめるように腕を回す。

 

「……やってくれるじゃない。いいわ、あなたたち最高……」

 

 少しうっとりと、やがて狂気へと変わることを聞く者に確信させる声音で少女が呟いた。

 

「ふふ……ふふふふふふ! あはははははははっ!」

 

 狂気が狂喜に、そして兇喜に変わる。

 

「あなたたち、最高に、さいっこうに、粉砕(こわ)してあげるわっ!」

 

 瞬間、少女の異形がさらなる異形へと形を成した。

 鋼鉄の爪の周りにはそれぞれに砲が手甲のように現れ、更に背中を突き破って三門の砲が二基ずつ展開される。

 小柄な身体から、それ以上に大きいように見える金属塊が骨・筋肉・皮膚を押し広げるような音とともに這いずり出てくる様は安っぽいスプラッター映画よりよほど迫力があった。

 

「鬼の戦い方ってものを見せてあ・げ・る!」

 

 そして遂には下半身をも蛇のような異形に飲み込まれた。

 そして、息をのむ暇すらないまま、その口から手から砲から、一斉に砲弾が吐き出されハクとアイリの視界が光に埋め尽くされる。

 

 そして、爆発。


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