テイトクガ、チャクニンイタシマシタ   作:まーながるむ

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第5話

 中空に張られた『戦闘準備』という光学的なベールを挟んで両陣営が睨みあう。

 いわゆる作戦タイム、というやつなのだが、両陣営ともに少数であったため作戦自体はごく短い時間で固まり、残りの時間は無駄に相手の表情を見るだけの時間となってしまった。

 

「私の作戦に間違いはないはずです……」

 

 軽空母『祥鳳』に対してはハクの持つ艦載機で撹乱し、金剛に対してはハク自身があたる。

 ハクが時間を稼いでいる間に私が夕立を行動不能に持ち込み、その後祥鳳に仕掛ける――

 

「――と」

 

 

「私たちが考えると思ってるのはお見通しデース」

 

 少数編成であり、敵艦は鬼が2隻という状況にありながら金剛は笑っていた。

 そもそも、軽空母、戦艦、駆逐艦の3隻での小編隊では3-1と呼ばれる海域は超えられても、その奥の資源地で鋼材を手に入れ、引き返す際に出会う空母・戦艦を含む深海棲艦の艦隊を損耗無しに倒すことは難しい。夕立を育てるだけなら鋼材を拾わずに引き返す方が損耗が少ないのだ。

 それにもかかわらず金剛たちがキス島の資源地まで出向いているのは単純にそれだけ強いからだった。

 金剛自身についても76レベルを超え、二度の大規模改装を経た身である上、祥鳳についても軽空母という身でありながらレベル61であり、搭載機も流星改などの近代的なものばかりだ。

 圧倒的勝利は望めなくとも戦術的勝利の判定を得るくらいであればこの偶発戦であっても期待できると金剛は考えていた。

 

 

「Time up ! 勝つのは私ネー!」

「まぁ、軽く行きましょうか」

 

 

『戦闘準備』の文字が『戦闘開始』に切り替わった途端、両陣営から艦載機が飛ばされる。

 しかし祥鳳からは戦闘機、爆撃機、攻撃機が合わせて42機発艦したのに対し、ハクからは艦上戦闘機のみ、それも祥鳳の半分にも満たない18機のみという少なさだった。

 ハクは扱いとしては鬼のなを冠しているが、実態は改装後の伊勢や日向といった航空戦艦に近い。異なる点は爆撃機なども扱うことができるという点だろうか。

 しかし、それなのに戦闘機しか飛ばさなかったのはアイリの指示によるものだった。

 曰く、戦闘機を飛ばしたらあとは私の言うとおりに操りなさい。

 

「ムズかしいことを……」

 

 戦闘演出が格闘戦に近くなったことでもっとも開発陣を悩ませたのがこの艦載機の扱いだった。

 当初は艦載機攻撃=弓による攻撃という演出にしようと考えられていたのだが、いざシステムを組んでデバッグをすると正規・軽にかかわらず空母が圧倒的に不利であるということが分かった。

 そのため、最初から構想があった弓での攻撃に加え、艦載機も攻撃手段として残し、それについては空母が手足のように自在に動かせる、というシステムが組まれた。

 これによって空母はそれまで通りの強さを維持したのだが……航空戦艦に近いハクにとっては著しく“やりにくい”変更となった。

 それもそのはず。

 彼女はこれまで艦載機を飛ばしつつ、自らも格闘戦に参加することで圧倒的な攻撃力を誇っていたのである。

 空母と違って艦載機の扱いだけに集中出来る訳ではないため、結果的に戦闘の難易度が彼女にとっては激増したと言っても過言ではなかった。

 ちなみに正規の航空戦艦である伊勢型や扶桑型の改装艦については艦載機がセミオート操縦という仕様に変えられたのだが、分類『鬼』であって航空戦艦ではないハクには適用されていない。

 

「ハク! 機体の下部に何も搭載していないのが戦闘機です! 狙いはそれ以外!」

「うん……やってみる」

 

 戦闘機には艦船に対する攻撃力が皆無のため爆撃機と攻撃機のみを撃墜すれば空母はただの置物と化す。

 理論上は誰でも知っていることであり、これを実現するために多くの提督たちは艦娘の対空値をあげているのだが、もちろん言うは易し……というものである。

 それが難しい理由は敵方の爆撃機・攻撃機を攻撃しようとしている戦闘機もやはり敵方の戦闘機によって攻撃されるからだ。

 これらのことを全て理解していながら、それでもアイリはハクにこの作戦を実行させた。

 それも、近接戦では確かな戦力となるハクは開始時から敵艦載機の多数を撃墜するまで動かなくていいというオマケまで付けて。

 

「だって、鬼の艦載機は堅いんですよ?」

 

 1機墜とされるまでに2機程度を墜とせばいいだけなのだから頑丈なハクの艦載機ならば無理ではない、という判断だった。

 その正しさの証明なのかアイリが敵陣に切り込む途中、ちょうど両陣営の中央に差し掛かろうかというところでいくつかの爆撃機が爆発した。

 そして、そのアイリの行く手を阻むのは金剛だった。

 

「Aha♪ あなたの相手はこの私ネ!」

 

 ここまでの展開はお互いに完全に読み通りだった。

 長らく経験を積んだ金剛にとってハクの持つ弱点というのは分かっていたことであり、アイリについてもいくら鬼とはいえ艦種が駆逐艦なら戦い方もそれ相応のものだという推測が当たっていた。

 そして一方のアイリにとってもその程度のことを分からない相手ではないと考えていた。もし、その予想が外れたなら、それはそれで相手が予想以上に頭が悪い(よわい)というだけの話となる。

 必然的に、展開は決められていた。

 だからこそお互いにとって大事なのはここからであり、

 

「可愛らしい訛りですね?」

 

 このアイリの急な一言に金剛は油断させられた。

 時間にしては1秒にも満たない意識の空白だったがそれが致命的だった。

 金剛にとっては前方、しかしアイリの後方というところで爆発が起き、その数瞬後、夕立が短く悲鳴をあげた。

 

「Shit! 航空戦は囮で本命は長距離砲撃デスか!?」

 

 ハクが後方から夕立に向かって砲撃を行ったのだと、金剛はそう判断した。

 そうして騙されたとハクを睨んだ金剛は、それによって更に混乱する。

 ハクの構える長距離砲からは煙があがっているため砲撃は確実に行われた。

 しかし、それが本当に夕立を狙ったものだったのなら()()()()()()()()それを判断出来ているのか――?

 そもそも駆逐棲鬼と金剛が仮に名付けた少女はどこに消えた!?

 

「あぁぁっ!」

 

 後方からは更に祥鳳が攻撃されたとみられる悲鳴。

 どこへ消えたかなど自明。

 あの閃光に乗じて自分を素通りし、夕立と祥鳳を攻撃しに行ったのだろう。

 本来ならばあり得ない速度であるが、その速さこそが駆逐棲鬼の特徴なのかもしれない。

 まさに状況は「前門の虎、後門の狼」というべき状況。

 これにはさすがに勝てないと、金剛は一度だけ目をつぶって、白旗代わりに破った自分の袖を振った。

 

(深海棲艦に通じるかは知らないけどネー……)

 

 その瞬間、限定的に展開されていたフィールドは消失し、今まで経っていた海面も普通のものと変わる。

 正面を見れば泊地棲鬼はタイミング良く自らの艦艇部を展開しそれに乗っていた。

 もちろん自分達3隻も同じように対応している。

 しかし、波間からはバシャバシャと、ある意味では彼女らが聞きなれた人間が波間に浮かぶ音が聞こえる。

 

「わぷっ!? ちょ、なん……いきなり地面がっ? ケホッ」

 

 音の出所は確かめるまでもない。

 金剛が振り返ると彼女たちを手玉に取ったアイリは命からがらといった様子で祥鳳の腕を掴んで一息入れていた。

 金剛と夕立はそれを不思議そうな顔で、祥鳳はそれにさらに困り顔を足したような表情で見ていた。ハクだけがマイペースにアイリの元まで悠々と波間を進んでいた。

 

 ■□■

 

「で、せっかく助けてあげたのにこの扱いなのネー」

「もちろんです。あなたたちは捕虜ですもん」

「態度が大きいのは溺れかけたことの照れ隠し……っぽい?」

 

 あの後、ハクに艦艇部の展開のコツ(正しくはイノイチとの分離なのだが)を教えてもらい、さらにどうやら金剛たちに自分が駆逐棲鬼なるものと勘違いされていることを知ったアイリは、有難くその設定を借用することにした。

 今は金剛・祥鳳・夕立はキス島に運ばれ後ろ手に縛られた状態で座らされている。

 ただし、それ以上に手荒なことはされておらず、アイリが溺れかけていたという事実も相まってか雰囲気はむしろ安穏としたものに近い。

 夕立に至っては意識的にか無意識的にか言葉でアイリの心にボディーブローを放っていた。「~っぽい」という彼女の口癖がなければアイリはいじけていたかもしれない。

 

「で、本題ですが」

「泳ぎなら教えてあげるネー」

「違いますっ!」

 

 捕虜にからかわれる戦勝者というのもなかなか珍しいのではないだろうか。

 金剛からしてみれば話の通じる深海棲艦という存在の方がよほど珍しく、ましてからかった分だけ顔を赤くするアイリの反応が原因ではあるが。

 

「と、とにかく。最低限の弾薬と燃料以外のものを全部わたして下さい!」

「深海棲艦に海賊行為をされるなんて珍しいこともあるものですね」

 

 今度は祥鳳がポツリと零す。

 海賊行為についていえば要求の前の対話自体が成立しないのだから当たり前と言えば当たり前だ。

 

「それに燃料とか資材なら深海鉱脈があるっぽい?」

「それもそうですね。なぜわざわざここまで取りに来たのですか?」

 

 夕立の疑問に祥鳳が追従する。

 この世界においては金剛たち艦娘は地上で精製された資材を集めているが、体内に特殊な機構を持っているとされる深海棲艦はわざわざ鉱物や原油などを精製をする必要がないため、深海にあるとされる鉱脈などで資材を集めていると考えられており、実際にそうである。

 

「えっと……ハク?」

「ワタシもフシギだった」

 

 どうしてそのことを言ってくれないのか、とアイリがハクに目で問いかけてみれば、ハクは悪びれもせず――実際、そこらへんの機微はない――にそう言った。きっと口に出して問いかけていても「きかれなかったから」と答えるだろう様子が想像できてアイリはため息をついた。

 金剛たちの前だからとアイリは怒るのを堪えたが、ハクと二人であったなら、私は深海棲艦じゃないんですから知らないに決まってるでしょう、と叫んでいたかもしれない。

 

「ところで、私たちと戦った時なにをしたのか気になるネー」

「え? あー……まぁ何というかですね……」

 

 きっと、普通の提督には思いつかない作戦だろうからこの艦娘たちにも驚かれるだろう、と少しばかり気まずく思いながらもアイリは説明する。

 実際にアイリがやったことと言えば金剛を素通りして後方の二人を倒しただけである。そして金剛が降参していなければハクと二人で挟み打ちにする予定だったというだけの単純なものなのだが、作戦の要はやはり歴戦の金剛をして反応すらさせなかった素通りの方法だった。

 金剛に対して軽口を言い放つことで油断をさせ自分に注意を向けさせたアイリは、そのまま金剛とハクの間の射線上に身体を入れることによってハクの姿を完全に隠した。

 そしてその状態から魚雷を二つ射出、一つは自分の背後の海中で起爆し高波を誘発させ、もう一つはその高波の後ろでハクの放った砲弾とぶつかり爆発。一度目の爆発で起こされた波がアイリの後ろから迫る形になり、それを足場とすることで自らの速度に上乗せしたのである。

 

「えっと……イミフっぽい?」

 

 夕立が呆れ顔をしつつ首をかしげる。

 口癖のお陰で緩和しているように思えるが、その実、かなりの毒舌であるのかもしれない。

 

「えー、でも海面に立てるんだったら、あとはその海面を垂直に伸ばして、更に前に動かすだけで発射版みたいに使えると思いません? バネ式のパチンコの要領……って言っても伝わらないですよね。 まぁ、着水の衝撃だけで夕立さんがノびてしまうほどのスピードが出たので少し怖かったですが」

 

 ふふん、と笑って縛られている夕立を見降ろすアイリ。

 平気な顔をして実は少し夕立の言葉にカチンときていたらしい」

 

「あ、あれは! ……ちょ、ちょっと驚いただけっぽい……」

「そうですねー、それ『っぽい』感じに見えましたけど実際はどうだったんですかねー」

「むぅ!! 金剛さん、こいつむかつくっぽい!」

「け、喧嘩はNoなのネー……」

 

 縄で拘束されながらも負けていられないとばかりにアイリを口撃するが、形勢不利なのは分かっているのかうっすらと涙目である。

 金剛の諫言に二人はお互いの出方を窺うように顔を見合わせるが、やはり反りが合わないのか、はたまた似た者同士なのか同時にぷいっと顔を逸らした。。

 一方、我関せず(マイペース)を貫き通しているハクはといえば――

 

「……サムくない?」

「へ? あ、あぁ、えぇ、慣れてますので」

 

 祥鳳の着崩した小袖を見て純粋な疑問をぶつけていた。

 

「それもおしゃれ?」

「いえ、私の場合は戦闘時に動きを阻害しないようにというか……えっと……」

 

 祥鳳もまさか自分の格好に大して深海棲艦が興味を持ったあげく、食い下がられるとまで思っていなかったのか困り顔で金剛に助けを求めていた。

 女性に対して三人寄れば姦しいと表現することがあるが、どうやらそれは艦娘であっても当てはまるようだ。

 ハクの純粋な疑問によって、話の焦点はお互いの服装に移ったらしい。

 

「それにしても、深海棲艦でも人型ならおしゃれとかも気にするっぽい?」

 

 ちら、とハクとアイリの姿を見た夕立が大きく首をかしげながら疑問を口にし、今度はまじまじとその洋服を見る。

 今の二人の服装は割とラフなものでハクは英字が描かれたタンクトップにダメージジーンズを、アイリはミニスカートに大きめのセーターを合わせて着ていた。これも“深海棲艦ならタダで買い物ができる”ということに味をしめたアイリが選んだものだった。

 当然、そんな服を着た深海棲艦など見たことのない艦娘の三人は珍しそうな目で二人の服をまじまじと見ている上、たまに羨ましそうな顔もする。

 

「私たちは服が決められてるのネー」

「一応、私たち用の洋服などもありますが……米英圏の服はあまり好まれなくて」

「でもセーラー服はいいっぽい」

 

 艦娘たちはこう言うが、旧帝国海軍をもとにゲームが作られているため洋服などが排除されている、というわけではない。

 洋服を着た艦娘が少ないのは単純に艦娘たちの着せ替えにはリアルマネー、つまり課金をする必要があるため、大多数の提督たちは買わないということがある。また、艦娘たちに洋服をねだられた際のテンプレに『敵対国の服なんか着ちゃいけません!』といったものがあるのも一つの理由かもしれない。

 

「私も可愛い服着てみたいのに提督はケチンボなのネー」

「すくーる水着というものは喜んで買うのにお洒落は許してくれないんですよ」

 

 どうやら彼女たちの提督は相当のスキモノらしい。

 金剛なら白、祥鳳は白……いや、紺かな、などと呟いているアイリならきっと彼女らの提督とは仲良くなれるに違いない。

 所属する鎮守府どころか、所属する勢力すら異なるので二人がスク水談義をする日は永遠に来ないだろう。

 

「……なんて文句言いつつ二人は提督のお気に入りだから可愛がられてるっぽい。この前も夜中に執務室に行ったら――」

「「わーーーーーーーーー!?」」

 

 そして、金剛と祥鳳の二人がむくれてる隙にと夕立が妖しく笑い爆弾を投下した。幸か不幸か爆弾は不発であったが、必死で叫んだ二人の顔は赤い。

 そんな様子を見て一度は突っ込んで聞いて照れ顔を堪能しようかと考えたアイリだったが、やはり他人の恋バナなど楽しくないと意識を切り替えた。

 それにそろそろ島の方が心配になってくる頃だ。

 

「よし、時間も時間なのでそろそろ帰りますね。あぁ、ハク、彼女たちの持ってる資材を頂いたら解放してあげていいですよ」

 

 結局持ってかれるんだとガッカリした艦娘たちの反応を自然に無視しながらハクに命令したアイリはそのまま海の方に向かって歩き出した。

 

「ワカッタ。テイトクはサキにもどる?」

「んー、いえ、海岸の方で待ってますよ。でも急がなくていいですからね?」

「リョーカイ」

 

 一瞬、アイリは心中で何かを不思議に感じたが一度首を傾げた後はまぁいいかと特に気にしないことにした。

 

(資材も手に入りましたし、深海鉱脈の存在も知ることができたのでなかなか充実したお出かけでしたね)

 

 資材集めには困ることがなさそうだと分かったので、やはり当面の問題は深海棲艦をいかに集めるかということに尽きる。

 いつの間にか仲間が増えている、と言われても深海棲艦の個体の違いが分からないアイリにとっては仲間が増えているのかどうかすら分からない。

 

(いや、そもそもハクは見分けがついているのだと思っていましたが、そこらへんももう一度確認しないとですね……もう、重大なことを見落としている気がしてなりません……!)

 

 鉱脈の件でハクとの対話の方法に注意が必要だと悟ったアイリは今後の不安に頭を悩ませていた。

 

 □■□

 

「祥鳳」

「はい、金剛さんどうしました?」

「さっき、目が青いほうの深海棲艦、『テイトク』って呼ばれてたの聞きましたカー?」

「……やはり聞き間違えではなかったのですね」

「これは、テイトクにご褒美貰えるChanceネー!」




南の子とか飛行機の子とかどうにか出せないものか・・・・!

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