テイトクガ、チャクニンイタシマシタ   作:まーながるむ

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まな提督の第一艦隊
瑞鳳改・瑞鶴改・陸奥改・榛名改・夕立改二・島風改

榛名さん改二マダー?


第3話

結果としてアイリが溺れるようなことはなかった。

というより、そもそも施設内に水が入ってくることすらなかった。

しかし窓の外は既に海中に沈み、さながらアクアリウムの様相を呈している。

 

「ま、あえて言うなら営業時間外の、ですね」

 

既に深度は2000メートルを超えた。この深さでは光も届かず、外の様子をうかがい知ることは出来ない。

窓から漏れる光に照らされた吹雪のように舞う塵だけが海の中であるということを示していた。

 

「……ここは将来的には鎮守府として使えるようプログラミングされてるみたいですね」

 

施設内部には家具屋や喫茶店、また課金要素の一つである資材屋なども入っており、またその全てが営業していた。どうやら泊地棲鬼もこの中にある店で先程の“てりやき○ックバーガー”を手に入れたのだろう。

利用者がいなくとも、また利用者が深海棲艦であろうとも通常通り営業しているのは店員がNPCであるためか。

 

「侵攻は艦娘たちによって行われるのが普通、つまり提督たちは解放されるまでこの島内部には入ってこない予定だからこそ、ですかね」

 

アイリの予想通り、また、この世界での通例に違わず、この棲艦島もある条件をクリアすれば提督を受け入れる鎮守府として開放される予定になっている。

そして提督たちが初めてこの島内部に入ってくるのも開放後の予定ではあるが、内部は既に利用可能な状態となっていた。

 

「私にとっては都合のいい展開ですけどねー」

 

そう思ったのも束の間、現実は甘くなかった。

運営面から見たら全くの無駄でしかない羽虫をもリアリティのために再現してしまうゲームだ。

ならば日々の生活に必要なアレがあるのも当然の結果だった。

本来ならば鎮守府から各提督に支給されるソレであるが残念ながらアイリはどこの鎮守府にも所属していない。

つまり、ありていに言えば“お金”がなかった。

 

「いえ、確かにゲーム中なので餓死したりはしないのでしょうし、実際何時間も何も食べてないのに小腹がすいた程度の感覚しかないので必要不可欠ではないのでしょうが……」

 

アイリとしては食欲なら我慢してもよかった……食欲ならば。しかし服装についてはそうもいかないようだ。

別に初期の提督服が気に入らないというわけではないが、せっかく本来の自分とは違う見た目になっているのだからそれを満喫したい。

服装を自由に変えられるという点も彼女にとっては大きな魅力だったため落胆を隠せなかった。

 

「……ん?」

 

それなら、泊地棲鬼の彼女はどうやってここを利用してしていたのか。

……もしかすると、プレイヤーではない彼女は金銭を要求されないのかもしれない。

それならば、とアイリは少女を呼び出そうとして……

 

「なんて呼べばいいんでしょう?」

 

呼び名に困っていた。

艦娘達なら事前に情報を調べていただけあって名前程度なら分かる自信があったが、敵キャラクターとされていた深海棲艦については調べていなかったため名前が分からない。

前を歩く少女に「あのー」とか「ちょっと……」などと声をかける方法で気付いてもらおうと努力すること数分、

 

「……?」

 

結局、その少女の人差し指と中指二本を掴むという控えめな方法で振り向かせた。

 

「ドウシタノ?」

「発音は“どうしたの?”です。あぁいえ、それは本題じゃなくてですね。えっと、貴女はどうやってここで買い物を……」

 

そこまで言いかけてアイリは首を横に振る。

これは確かに本題だけれども重要なことは他にある。

そう感じて、アイリは質問を変えた。

 

「貴女のことはなんて呼べばいいのでしょう?」

「……ヒトはハクチセイキとヨブ」

 

発音を気にしてか、やけに固い口調で話す少女。

 

「ハクチセイキさん……長いのでハクでいいですか?」

「カマわない」

「では、これからはハクと呼びますね……うん、じゃあハク、お買い物にいきましょうか」

「センリョクのカクニン、は?」

「後回しです!」

 

せっかく美少女が二人もいるのだから着飾らない手はない。

むしろ、それこそが現行での至上任務だとばかりにやる気を出したアイリは未だ納得していない少女の腕を引いて手当たり次第店に突撃していった。

 

「フクはよくワからない……」

「ハクは全体的に白いから暗い色とかビビットカラーとかが映えると思いますよ?」

「ン……テイトクもシロい」

 

今更確認するまでもないハクの言葉を聞いたアイリは、しかし固まってしまった。

 

(そうでした……今の私は美幼……美少女でした)

 

今は黒髪黒瞳の自分ではないと思い出す。

そして、ふと隣を見ると未だにハクがアイリをじっと見ていた。

艦艇部から降りたハクは意外にも小柄であり、見た目14~5歳のアイリとあまり変わらない。

髪色も肌も遠目からでは二人ともよく似ているように見える。

唯一違うといってもいいのはアイリの沈んだ青灰色(ブルーアッシュ)の瞳に対して、ハクのそれは輝くような紅色(ルビー)であることくらい。

 

(一番高級なルビーは鳩の血の色に例えられるんでしたっけ……)

 

不吉なまでに紅いハクの瞳に魅入っているアイリだが、おもむろにハクが彼女の髪の毛を触ったことに驚いてアイリは跳び退った。

なぜか血が身体中を暴れまわっているが、跳び上がるほど驚いたせいだろうと自ら納得する。

 

(まぁ、それ以外の理由で自分によく似た女の子に大してドキドキするとか意味分からないですよねー)

 

そもそも自分には同性愛の気などあるはずも無く……

 

(あれ? でも絵を描く割合だと圧倒的に女の子の方が……いや、まぁ、可愛いは正義ですし)

 

改めて自分がノーマルであることを確認して、それでも少し構えつつ改めてハクを観察するアイリ。

色白で手足は長い。体つきはどちらかと言えばスレンダーではあるものの体系としてのバランスは取れている。

 

「テイトクのカミはジョウブそう」

「……はい?」

 

突拍子もないことを言われて目を瞬かせるアイリであったが、すぐにいきなり髪の毛を触られたことを思い出す。

同時に深海棲艦のコミュニケーション能力にもだんだんと慣れてきたと実感もする。

 

「ワタシのはすぐキれる」

 

ほら、といってハクがその真白い髪を一本プチンと音をさせて切った。

根元から抜けているのではなく半ばから千切れたような切れ方。

そりゃ、海水にずっと浸っていれば脆くもなる、とは思いつつ女の子なのだからそういうところも教えていかなければなるまいと提督としてズレた義務感を覚えていた。

そのためには、やはり服装からだろう。

既にアイリからは被害状況や今後の身の振りを真剣に考えていた面影はなくなっていた。

ファッションショップについてからのアイリはもう都会の少女と同じように服選びに没頭していた。

 

「確かに黒もよく似合っているのですけれど、それだと面白味がないと思いませんか?」

「…………」

「赤系統とかいいと思うのですが……それもギャップ萌えを目指してセクシーなミニドレスなんかどうでしょうね。上半身はシンプルで、スカート部分がバルーンなのとかあればかなり可愛いと思うんですけど……」

「よくワから――」

「分からないのはいいですが分かろうとしないなら怒っちゃいますよ?」

「……ムゥ」

 

深海棲艦である自分に対して随分と難易度の高いことを要求されていると感じたハクではあったが、提督であるアイリに逆らうのも同じように難しい話で、結局言葉にならない呻き声をあげるに留まった。

しかし、彼女自身、なぜ“提督”に逆らえないのか。またなぜ自分が――深海棲艦が提督を必要としていたのかよく分かっていなかった。

鎮守府から襲い来る艦娘たちに沈められたくないから。

澱のように凝り固まった怨念を晴らすため。

自分達が真っ当な艦船だったころの名残。

どれもこれもが正しいように思えて、しかしながらその全てが正しくないという確信もあった。

拍にとって間違いなく言えることは、自分の提督は目の前の変わった提督でなくても構わないということだった。

それならば、このよく分からない“服選び”という儀式を中断するよう求めることが“棲艦島”の深海棲艦をまとめる立場として正しい行動のように思えた。

もし、自分達にこの提督がそぐわないと判断出来たらこの提督も切り捨てるべきかもしれない。

 

「テイトク、こんなコトより……ん」

 

ちゃんとした仕事をしたい、そう言おうとした口はアイリの柔らかい手に阻まれた。

 

「大丈夫ですよ……そっちもちゃんと考えてありますから」

「ホントウ?」

 

一瞬、今まで存在しなかった何かが自分の中に生まれたと感じたハクだが、それが何かを理解する前に感覚は途切れてしまう。

それでも、海の底からずっと抱き続けていたドロドロとした想念よりもよほど気持ちがいいものだったように感じる。

もしかしたら、この提督と一緒にいるからなのかもしれない。

そう考えて、ハクは頭の中に沸いて出た物騒な思いつきを暫く隅に置いておくことにした。

 

「でももう少し考えたいので、しばらく私に付き合って下さいね?」

「……シタタか」

「女の子はそれくらいでちょうどいいらしいです」

 

幼い外見に反して意外と底意地が悪そうだと感じ、結局ハルは服選びという儀式への参加を諦観とともに受け入れた。

これじゃない、こうでもない、これはいいかも、でもここがちょっと、こっちはうーん……そんな言葉の数々をワンセットに、それを十数回繰り返したころようやく二人は店から出てくる。

アイリは喜色満面のホクホク顔であったが、それに対してハクの顔からは疲労以外が見てとれない。

一方的に着せ替え人形にされていたのだからそれも仕方ないのかもしれないが。

 

「ヒラヒラしてる……オチツかない」

「よく似合ってますよ? それに露出度ならさっきよりよほど低いですし」

 

これを一目で深海棲艦だと見抜ける人はいないでしょう、とアイリは一人含み笑いをする。

ハクの服装はアイリの要望通りワインレッドのドレープドバルーンスカートドレス。デコルテ調であるため背中や肩口、胸元が開いている上、スカート丈も膝が出る程度と短めで肌露出は大きいのだが、黒のレース編み施されたボレロを身につけていることと、ハクの元の服装がボディコンがあるため、アイリの言うことも間違っていない。

無論、ハクが露出度に対して落ち着かないと言っていると思っていることについては間違っているのだが。

 

「アタマのこれもジャマ」

「あ、いじったらまた取れちゃいますって!」

 

慌てたようにハクの手を押さえてから、バラを模した髪飾りを直すアイリ。

どちらかと言えば彼女の格好の方が逸般的であった。

膝上20センチは超えているだろうというブルーのプリーツスカートに白のキャミソール、その上から黒のジャンパーを羽織り、それと揃いの色の編上げコルセットと一体になったオーバースカートを纏っている。生地が薄く透けているのに大きなバックリボンがあしらわれていたりと、妙にちぐはぐな格好であったが、そのアンバランスさが妖精的な可愛らしさを演出していた。

ちなみに、彼女が自分の衣装を選ぶのにかけた時間はたったの4分である。

 

「ん~~~~っ! やっぱり普段の自分だったら絶対に似合わないような服が着れるっていいですね!」

「ソウ……?」

「そうなんです! さーって、やる気も出ましたし、これは色々捗りますよ~!」

 

一度、服装とやる気の関係について首をひねったハクだったが、服=新装備と考えてみたら納得できなくもないとして、本人にすら分からないほど小さくほほ笑んだ。

 

「じゃあ、テイトク。シレイブにアンナイする」

「はーい!」

 

この日から、自由気ままにやっていた深海棲艦たちがアイリによって統制され、まずは手始めとして島周囲の守備が徹底的に固められた。

そして、これ以降に棲艦島に有効な打撃を加えられたとする提督、および艦隊は存在していない。

 


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