テイトクガ、チャクニンイタシマシタ   作:まーながるむ

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第1話

■□■13:30頃:仮想世界■□■

 

「う、ん……?」

 

 突然の光に眩む目をこすりながらアイリ――本名:山口愛梨――は周囲と、そして自分の身体を確認する。

 どうやら眩しいと思ったのはずっと目を閉じていたせいで、辺りはむしろぼんやりと仄明るい程度の光度しか湛えていなかった。新規のゲーム参加者を迎えるにはそぐわない暗い雰囲気すら漂っていると彼女はため息をついた。

 そして自分の身体(アバター)はというと、こちらは希望通りさらりと流れる銀糸のような長髪に成長過程の幼さの残る身体である。

 

「うん、やっぱりこういう機会はしっかり役立てないといけませんよね」

 

 というのも彼女の志望はCGイラストレーターであり、専門学校の卒業後、なんとかその卵と言われる程度まではこぎ着けたところだった。

 

「いやー、でもこれなら確かに皆がのめり込むのも分かる気がしますね。ゲーム性とかどうでもよくなるくらいアバターの出来もいいですし」

 

 また、余談であるがオンラインゲームという性質上、避けえない登録者間のイザコザ――特に性関連の――を避けるため、女性は女性のアバターのみを、男性は男性のアバターのみ選択可能となっている。

 また、仮に悪意を持って中性的な造形にしたとしても、性別が他プレイヤーに表示されるため騙すことは不可能に近い。

 そうした気配りによって、オンラインゲームにありがちな直結やそれに類した迷惑行為に悩まされることなく安心してゲームを楽しめるよう作られている。

 

(とかってwikiには書いてありましたけど……他プレイヤーはおろか艦娘すら見当たりませんね)

 

 本来であれば、登録した後は鎮守府に着任、そこで最初の艦娘を選ぶという流れになっているはずなのだが、

 

「……というかそもそも指令室のようには見えないのですが」

 

 彼女が立っている部屋はありていに言えば『空き巣に入られた後、放火された小屋』だった。

 崩れた壁や屋根から雨が吹き込んでいるため、ゆかもびしょ濡れであり、独特のカビ臭さの様なものまで漂ってくる。

 嗅覚までしっかり再現されているのかと現実逃避(かんしん)するのもつかの間、現実を見つめ直す。

 

「仮想世界でも現実逃避できるんですね……じゃなくって、空き巣だってこんな、壁を斜め一文字に割いてのダイナミックな入り方はしないでしょう……屋根だって半分吹き飛んでますし。うぅ……なんというか、認めたくないですが……廃墟、ですよね」

 

 一カ月待ちに待って、ようやく新サーバーが解放されたため登録した彼女だったが早くも開始地点が雨宿りも出来ないような小屋という事前情報との違いに当惑していた。

 かといってwikiの様な大勢が閲覧するようなサイトに大々的な嘘情報が描かれているわけも無く、だとするのならばこれは新仕様であるのではないか……そこでアイリはふと、wikiにあった一文を思い出した。

 

「そういえば新鯖解放記念イベント中とか何とかありましたよね……もしかしてこれがその内容なのでしょうか?」

 

 イベント詳細は事前情報の中でも数少ない彼女が読まなかったページである。

 ゲーム自体は早く進めたいけどイベントくらいはネタバレ無しで楽しみたい、と考えた上での選択だった。

 

「自分で鎮守府を作れ、とかそういうことなのでしょうか? いえ、それよりも先に多分秘書艦を探さないとですよね」

 

 様々な内政は秘書艦を通じて行うシステムだったはず。

 そう考えてアイリは壁の割け目から外へと歩き出した。扉から出なかったのは、その扉を開けた途端、なにかが飛び出してくるのではないかと益体も無い想像にかられたからである。

 

「あれ」

 

 外に出てみれば、小屋だと思っていたものはなかなかに大きな建物で、たまたま避け目が外に繋がっていたため小さなものだと思い込んでいただけのようだった。

 建物自体が高台にあり、周囲には木が生えていないため眼下には森に囲まれた港らしき施設や艦船の様なものも見える。

 始まりはボロ小屋に小雨という先行き不安なものだったがやはり新規参入者を少し驚かしてやろう程度のイベントのようだ。

 そう、前向きに考えなおして港らしき場所へと続いていそうな歩を進めたアイリ。だが数十分後、彼女は後悔する。

 その目に飛び込んできたのは太陽かとも見まごう紅焔。

 そして『ドカーン』やら『ボーン』などといった漫画の擬音がいかに嘘くさいのかを教えてくれる本物の爆発音が遅れてやってきた頃、アイリは状況を把握した。

 あまりにも非常識。

 あまりにも非日常。

 あまりにも非現実。

 しかしながら、もしくは、“だからこそ”アイリは悟った。

 

「空爆っ!」

 

 これこそが醍醐味のゲームなのだから、そう思って走ろうとしたアイリの心とは裏腹に身体は足を止める。

 光と音、さらにそれらに遅れてやってきた風が彼女の体を硬直させた。

 体感的にはドライヤーの風にも満たない生温い風。しかし目の前で炎上・爆発している港の熱が直接自分を焼いているような錯覚に囚われ、そこから一歩として動けなくなった。

 

「いくらなんでも、リアルを追求しすぎですよっ……!」

 

 このゲームのシステムはプレイヤーの行動によって自身のデータに変数を入力していくものだ、と開発社インタビューに書いてあった。

 つまり、素足で土を踏めばその土の付いた足が変数として自身のデータに上書きされ、洗えばまた綺麗な足が上書きされ、といったことの繰り返しだと。

 

『流石に足を失ったりなどの大けがするところまでは作り込んでいませんが、より現実味を得るために擦り傷などの小さな痛みは実装していますよ(笑)』

 

 そんなコメントが末尾に付されていた記憶がある。

 

「いえ……これは死ねるでしょう」

 

 爆撃の余波が付近にまで及んだのか温風程度だった風も今や肌を焼く熱風と変わっている。

 そう気付くような段階まで達するともはや手遅れというのが火事というもの。瞬く間にアイリの周囲は火の海と化していた。

 肌はチリチリと痛み、爆音にさらされた耳は正常に働いていない。

 

「どうしよう……」

 

 逃げるという選択肢はあまり現実的ではない。

 もはや自分がどっちの方角から歩いてきたかすらわからない上、爆撃されているのだとしたら最初の建物すら爆撃対象かもしれない。

 身体は明らかに危機を訴えているのに冷静な判断をすることができたのは頭の中ではゲームだということが分かっているからかもしれない。

 

「それなら逃げないでもいい……とは思えないんですよね。とにかくまだ火が上がっていない所を探さないと。雨がもう少し強くなってくれるといいのですが……」

 

 けぶるように辺りを包む霧雨に鎮火を期待することはできない。精々が木々を濡らして延焼を少しでも遅らせる程度だろう、そう考えてアイリは森の中へと姿を消した。

 

 

■□■同時刻:現実世界■□■

 

『サーバー障害により13:30分より緊急メンテナンスを開始致しました。それとともに、接続中に会った提督の方々には強制ログアウト措置を取らせて頂きました。また、メンテナンス実施中は、仮想構築世界ゲームへの没入・プレイは行えません。大変恐縮です、ご理解とご協力、どうぞよろしくお願い致します』

 

■□■仮想世界■□■

 

 アイリが幸運にも貯水池を発見した時には既に爆撃の音も爆発の音も聞こえなくなり、更には強くなった雨のお陰で森火事も収まる気配を見せ始めていた。

 

 「もう少し休んだら、港の方に行きましょう……誰かしらプレイヤーキャラクター(PC)はいるでしょうし、最悪ノンプレイヤーキャラクター(NPC)でも話を聞くくらいなら……」

 

 この時、アイリの心中には疑念が生まれていた。

 当初の予想通り開始と同時に始まる導入イベントの様なものだというなら一時間強というのは長く、また全プレイヤー同時参加型のイベントであるなら新規参加者の開始位置はここではなく普通に指令室なり何なりになるはずだと。

 

「バグ……? よりによって私がと思うのは楽観でしょうか。もしくは艦これだと思って違うゲーム……それはもっとないですね」

 

 それは『仮想構築世界没入型』というジャンル自体がこのゲーム以外に当てはまるものがないことから明白だったがアイリはついその可能性を考えずには居られなかった。

 

(なんにせよ、まずは人に会うところからです。ここが艦これの舞台である以上話の通じる人間はいるはず)

 

 とにかく先程まで爆撃を受けていた港付近に人がいることは確実なのだから、と港を目指す。ただし森の中を一直線に突っ切ろうにも正しい方角が分からないためひとまずは川を下って海へと出て、それから海岸線をたどって港へ向かおうとアイリは考えていた。

 高台から見た時の海の位置から考えても1時間あれば港まで歩いておつりが出るだろう距離。それならば多少の時間を無駄にしても構わない。アイリのこの選択は森に不慣れな人間にとって正しい。

 ただし、一般論において、ではあるが。

 

 ――ちゃぷん――

 

 ものの数十分で河口にたどり着いたアイリが波間に聞いたのは波音ではない水の音だった。

 明らかに自然に出るような音ではなかったがアイリは不気味さを感じるよりも早く生物の存在を感じ取れたことに喜んだ。

 何を隠そう森から海に出るまで一度たりとも自分以外の動くものに出会っていなかったのである。あくまでも艦娘を育てるゲームなのだから不必要な虫や獣までわざわざ再現してはいないだろうと分かってはいたがそれでも自分以外に命の気配がないということが不安ではあったようだ。

 

「誰かいるの?」

 

 そこにいるのは人間に違いない、と半ば決めつけたアイリは音のした方まで近寄り、その途中でもしかしたら火災による煤を流すために水浴びをしているのかもしれない、というところまで想像し、そのケースへの対処方法をも考えた上で、その全て一切を放棄した。

 

「ン……?」

 

 人型ではあった。しかし少女のなりをしていながら人間ではなかった。

 アイリの白銀の髪に近い、ただしそれ以上に色素の存在を感じさせない白の長髪。

 女性的な身体には白磁の様な、と形容するにしてもまだ白すぎる屍蝋の素肌。

 それらと対比するように漆黒の布のようなものを纏った身体の膝から下は同じように漆黒の鉄の塊に開いた巨大な口に飲み込まれている。

 

「深、海、棲艦……?」

 

 深海棲艦――過去に轟沈した艦艇の怨霊――がなぜこんな場所に……?

 何より彼女が事前に調べた情報では人型の深海棲艦はかなり上位の艦艇であるはず。それも完全な女性型ともなると少なくとも重巡洋艦級以上、そんなのが多くの提督が過ごす鎮守府近くに現れるわけが――

 

「鎮守府……?」

 

 そもそも、自分が見たあの港は鎮守府のものだったのか。そんな根本的な疑問が心に浮かんだ。

 『敵艦隊を撃破するもよし、鎮守府内で艦娘を納得いくまで育てるもよし』そんな自由を謳ったゲームで、プレイヤーの拠点となる鎮守府が敵艦に航空爆撃を受けるような自体が起こるだろうか……?

 もし自分が開発者であれば少なくとも拠点だけは絶対に安全であるという前提を作った上でゲームを作る。

 

「でもだとしたらここは……」

「テイトク……マッテタ」

「え?」

 

 深海棲艦が人語を話す、ということにも驚いたが、それ以上にその内容がアイリに驚愕をもたらした。

 自分を待っていたと、それも『提督』と呼ばなかったか?

 よく見ると深海棲艦の少女は怪我をしていた。

 

(いえ、深海棲“艦”というぐらいなんですから破損……なのでしょうか?)

 

 背中に背負うように装備している砲塔は半ばから折れ曲がっているし、その白すぎる肌からも血液なのか重油なのか、とにかく濃い色の液体が滲みだしていた。

 それで、アイリはことのだいたいを把握した。

 ここは深海棲艦にとっての拠点のような場所で、先程の爆撃は他プレイヤーによる攻撃、そして自分は何の手違いか正規の鎮守府ではなく深海棲艦側に落とされてしまった。

 

「ワタシハ……ワタシタチハ、アナタヲマッテタ」

 

 そう言って伸ばされた少女の震える手をアイリは、

 

「うん、いいですね。こういう方が好みです」

 

 戸惑うことなくガシリと掴み取り、挙句、あろうことか深海棲艦の少女――泊地棲鬼を抱きしめた。

 その身体の痛みをいたわるように背中をなでながら。

 調べた攻略情報なんてものは全て無駄になってしまったが、あえてこういう選択も面白い、人知れず、アイリは挑戦的に笑う。

 

「それに、こういう姿を一度見てしまったら正規鎮守府に戻れたとしてもあなたたちに攻撃することはできなさそうですし、ね」

 

 その痛々しい姿を見てしまうとどうしても同情してしまう。

 こうして出会ってしまった以上、これから先、敵として向かい合うことはできないだろう。

 

「ア、アアァ……」

 

 アイリの腕の中で異形の少女が震える。

 

「ァァァアア――――――――――ッ!」

 

 そして、どんな生物よりも獰猛に、かつ美しく吠えた。

 深海棲艦の中で頂点の一角を担う鬼の叫び声に応えたのか、海と空に艦隊・艦載機群が次々と現れ、呼応し、あたり一面を黒く染めた。

 

 運営による緊急メンテナンス終了10分前に起きた、誰も知らないアイリのための着任式だった。

 

「うるさいです」

「ウグゥッ」

 

 なお、島一つを黒く染め上げた深海棲艦の群れは新たな提督のチョップ一発でいつも通りの周辺警備に戻ったとか。

 


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