どうもお久しぶりです(
「ミナミちゃん、手遅れってどういうことです?」
「馴れ馴れしい呼び方しないで……ほら、あれよ」
嫌そうに顔をしかめたあと、ミナミが視線で示した先は窓の外。
薄い生地の遮光カーテンを透かした向こうの空に影が複数。
それらは真っ直ぐに沖の方へと飛んでいった。
「あれは……?」
「航空機よ?」
「あー、新型の……ハクが飛ばして遊んでるんでしょうかねー?」
「……はぁ、ホントおばかさんね」
ヲ級などの空母が勝手に艦載機を飛ばすというのは考えにくいため、鬼級であるハクかミナミが飛ばしていると考えるのが妥当だ。
そして、そう考えるアイリの目の前にいるミナミは何もしていないのだから、というアイリの結論も部屋に入ってきたハク自身によって否定された。
艦載機を飛ばすことに特化している空母、というわけではないハクやミナミは艦載機を飛ばしている間は本体の行動も著しく制限されてしまう。
考えにくいが空母の誰かが飛ばしているのだろう。もし深海棲艦の確固たるものになっているのだと思うと、それはそれで喜ばしいことだとアイリは軽やかにほほ笑んだ。
「テートク、そんなことより前の黒い敵きた」
誰? とアイリが首を捻ったのも一瞬のこと。
そもそも、未だに敵と言えるような相手には数えるほどしかあったことがない。
その中で黒い、などと形容されて真っ先に思い浮かぶのは先日やりあったイリスであるし、なによりハクが明確に敵と認めている提督もイリスでしかありえない。
「あー、イリスさんですね。あれから数日と間も開いてませんし、戦う気も起きないのでお茶にでもお誘いしましょうかー」
「暢気ねぇ。相手はもう戦う気になってるみたいよ?」
だらーと机に突っ伏して息を吐いたアイリをミナミが哂う。
え、とアイリが再び外を見れば100メートルも離れていないところに巨大な水柱がたった。
開戦の合図か、はたまた弾着観測射撃の先触れか。
とにかく相手方の戦意は十全であることは確認できた。
「どうする? 戦う?」
「……やるならやるでこっちから仕掛けたかったところですけど……ハク、ミナミちゃん、行きますよ?」
「うん、リョーカイ」
一声残して素早く海へと向かったハクとは対照的にミナミの腰は重い。
より戦いを好んでいるはずのミナミが予想とは異なる、言ってしまえば反抗を示したことをアイリは訝しむ。
「ミナミちゃん?」
「気が向かないわ。私は貴女みたいな提督に使われたくないの。ね、お馬鹿さん?」
「む……じゃあ、気が向いたら来てくださいね? 正直、負ける可能性もあるので」
アイリの主観としては提督として自分とイリスを比べた場合、まず間違いなく相手の方が優れている。
それは、未だに自身が個々の深海棲艦を扱う上での知識が圧倒的に足りないことや、そもそも深海棲艦を指揮するという正規の提督にとっては騙し討ちに近い形でしか戦ったことがないことからも確実だと言える。
自分たちが有利だという点はハク、ミナミという一般の艦娘を遥かに凌ぐ能力値を持つユニークボスと、未だに原因は不明だがそれに準ずる性能をアイリ自身が獲得しているという二点。
相手がイリスでなければこれまで通り、初見殺しともいえる動きを深海棲艦に指示すればいいだけなのだが今回はそれもかえって逆手に取られる可能性がある。
「……ミナミちゃんが来てくれれば勝率も上がるんですけどー?」
「あいにくと、私にはもっと美味しそうなものが見えてるのよ」
「???」
「そんなことより、次は着弾するわよ?」
瞬間、棲艦島全体が激しく揺れた。
それまでどこかのんびりとしていたアイリの顔もいよいよ険を帯びる。
「わわっ!? ……まさかいきなり攻撃を当てることはしないだろうと思っていたんですけどね。ハク、行きますよ! すぐに日も落ちるので夜戦が得意な子を連れていきます!」
「うん」
アイリとハクが慌ただしく出ていったのを見送りながらミナミはクスリと笑う。
「ホント、バカ正直というかなんというか……ま、私は私でやんちゃしてるのと遊ぼうかしら」
たかだか数日振りのはずの戦闘に対してやけに高揚感を覚えながらミナミはさっと自身の服装を変える。
それはミナミを鹵獲した後でアイリが適当に見繕って着せたものであり、ミナミにとってはひらひらと動きにくいだけの服装だが、なんとなく敵に汚されたり破られたりする可能性を考慮するとイラついた。
「……貰った以上は私のものよ」
彼女にしては丁寧な手つきで簡素なドレスを部屋の洋服入れに吊るす。
そしてもはや自室と言っていいほど馴染んだ小部屋を一瞥したミナミは、北へ南へと動き回って艦娘を沈めていた自分がやけに懐かしくなり笑みを零す。
なんだかんだとアイリに対しては偽悪的にふるまっているものの、棲艦島に来て初めて自分の居場所というものを実感している自分がいることにも気付いていた。
最後にもう一度だけ目に焼き付けるように自室を見つめてからミナミは部屋の扉をぱたんと閉じた。
■□■棲艦島洋上■□■
「うぉーちゃんは今すぐに戦闘機を! あちらには祥鳳と加賀がいるので制空権は取らなくていいですが4割……いえ、なんとしてでも互角にまでは奪い合ってください! 根性で!」
アイリのそれなりに無茶なオーダーに対して、遅れて付いてきていた少女がこくりと頷く。ヲ級の空母だ。
ハク達のように自由に口を利くことができるほどのコミュニケーション力はないものの、ミナミの保護から加速度的に数を増やしている深海棲艦の中ではかなり自意識がはっきりしている艦の一つである。
群れが大きくなったことが原因なのか、一つ群れとして活動している棲艦島の内部でも艦種ごとで小さなグループを作り、それぞれのグループにリーダー格のような存在ができ始めていた。
彼女は空母、および軽空母の多くが集まっているグループのリーダー的な存在。
その双眸は強者の証として蒼く光り、周囲に白い球のようなもの射出している。
この白い球体こそアイリが根性論で何とかできると考えている自信の出所だった。
海流に乗って流れ着いた空母型の深海棲艦が装備していた新型艦載機に目を付け、ワ級など積載能力の高い船を遠征させて回収させている物である。
なお、名称が不明であるためハクが呟いた「ばにらあいす」という言葉に共感を覚えたアイリによって愛称はバニラ君と定めされた。
しかしそんな可愛らしい名前とは裏腹に、球体が半分に分かれるほどの大きな口からはガラスを引っ掻くような音を出し、視界内で動く物に対して反射的に噛みつくという獰猛さも持ち合わせているため、その本性を知ってからアイリは極力近づかないようにしている。
配備が遅れている理由には、大多数のバニラ君に対してアイリが安心できるほどの躾を行えていないという背景があった。
「ハク、やっぱりあれ怖いんですけど……」
「ダイジョウブ、あれは手乗りだから」
「むしろ腕ごと持っていかれそうな感じですけど……えっと、バニラ君部隊は全速前進! 敵航空部隊を喰らい尽してください!」
躾の賜物か、空中を旋回していたバニラ君部隊はアイリの支持とともに二人を追い抜き、一足早く戦闘海域まで飛んでいった。
そしてアイリが連れているのはもちろんヲ級だけではない。
他に連れているのが最近になってなぜか手足が生え始めたロ級とニ級の駆逐艦。のちにミナミが合流することを視野に入れて残る一枠は空きになっているが、その代りにアイリたちの後方にも複数の艦隊が備えている。
これら予備艦隊は直接の戦力になることはないが、相手の撤退を促す程度の効果はある。
日没にはまだ時間があるが絶望するほど時間が長いというわけではない。
(とにかく、まずは時間を稼ぐ!)
そしてアイリが敵艦隊を視界内に捉えたのと同時に
戦闘準備時間が始まるが、しかしアイリたちは止まらない。
時間を稼ぐことを第一と考えているのにも拘わらず、彼女たちは戦闘準備時間内で許された行動圏、つまりフィールドのちょうど半分、彼我を分ける境界線ギリギリまで距離を詰め、さらに――
「Code:open combat――!」
こうするべきだ、という直感に従ってアイリが叫ぶ。
直後、作戦準備時間中を示していた半透明の境界線が砕け散った。
「やっぱり……!」
ゲーム管理者が見せた深海棲艦を縛る鎖。
ミナミの部屋の目に見えない鍵の強引な開錠。
この二つの経験からアイリは半信半疑ながら、どうやらゲームのシステムにある程度介入できるらしいことを掴んでいた。
そしてこの時、アイリのそれは確信に変わる。
「っな!?」
アイリの耳に入る驚きの声。
残り20秒はあるはずだった作戦準備時間はアイリの叫びによって強制的に終了となり、両陣営の距離はもはや十数メートル。アイリの速度ならばほんの数秒で懐まで入り込める近さだった。
日没までの時間とアイリの引き連れた艦隊の編成。この二つからイリスはアイリが夜戦までは逃げ回って日が沈むとともに仕掛けてくるだろうと予想し、それまでに勝負を付けるべく艦娘たちを散開させ各個撃破、倒しきれないであろうハクとアイリを夜戦で仕留めようと考えていた。
「無粋な長距離砲撃のお返しですっ」
「どの口が無粋だなんてっ!」
そもそも時間を稼ぐ方法は逃げ回るだけではない。
無論、回避に専念して被弾を減らすことが最も容易でありリスクも最小限と言えるが、なにも最初から逃げ続けなくともいいのだ。
むしろ雨霰と降る砲弾をやり過ごすにはある程度射手の存在を潰してしまった方が良い場合もある。
アイリが選んだのもこの方針に近い作戦だった。
とにかく速さにものを言わせて相手を撹乱し、もし隙が出来るようならハクとヲ級に狙い撃ちにさせるという単純なものだったが、相手の思惑を外したこととシステム介入によって場の流れはアイリが掴みとった。
更にアイリが勝負を急いだのはイリスの艦隊にヴェールヌイと夕立改二、二隻の駆逐艦を確認したため、という理由もある。
イリスの編成は戦艦と空母と駆逐艦が二隻ずつ。
夜戦前に駆逐艦を一掃することができればアイリの勝ちは揺るぎないものとなる。
「榛名っ!」
「はいっ!」
対するイリスの判断も早かった。
先んじて夕立の脇腹へと狙いを定めたアイリの前に榛名が立ち塞がる。
それならそれで、と夕立を追わずに榛名へと標的を変えたアイリは榛名の優しげな声を聞いた。
「蝶のように舞い、蜂のように刺す――とはよく言ったものですね」
それは駆逐艦としての速度を持ちながら鬼として火力も持っているアイリのことを示すものだったが、一瞬見えた榛名の口元にアイリは攻撃を断念。それどころか過剰反応とも思える鋭さで榛名の上を大きく飛び越えた。
直後、主砲弾のそれとも見紛うほどの水柱が立ち、10メートルは飛び上がったアイリよりもさらに上空まで海水が跳ね上げられる。
再び着水したアイリの目の前には榛名がやはり笑みを湛えて立っていた。
笑みとはいっても普段の彼女の優しげなものではなく、獲物を見つけた狼のようなものであるが。
「でも、榛名としてはやっぱり飛んで火にいる夏の虫という方が正しいように思います」
「拳ひとつで主砲級の水柱とか……どれだけの馬鹿力ですか……」
あの瞬間、榛名がしたことはアイリを迎え撃つべく全力で腕を振り下ろしただけ。
まともに直撃を受けていたら鬼とはいっても駆逐艦であるアイリはそのまま再起不能になっていただろうことは予想に難くない。
「馬鹿力じゃなくて提督からの愛です」
「これは重たい愛もあったものですね」
再び重力に引かれた海水が雨のように降り注ぎ、海面は一気に水煙に隠れた。
これでは不用意に榛名に近づくこともできず、かといって一度取り逃がした夕立を追うにしても時間が経ちすぎてしまっている。
俯瞰的に見れば戦局は未だアイリに有利な方向へと傾いているが、自分自身が進退窮まる状況というものは何とも面白くない。
「そうですね。確かに重いですが……その分当たると痛いですよ?」
表示された火力はちょうど200。
その数値だけで何を装備しているのかがアイリには分かってしまい、そして確かにそれならば提督からの愛という言葉にも頷けなくもないと唸る。
「でもそんなに腕力ばっかり鍛えていたら当たる攻撃も当らないんじゃないんですか、ねっ!」
水煙が靄になり、そして薄霧となって榛名の影が見えるようになる頃、再びアイリは攻撃を仕掛けた。
意外かもしれないが濃霧の中では相手の初動が見えないため当てることより避けることの方が難しい。特に相手が一撃必殺の手段を持っている場合では相手の体力を徐々に奪い取るヒットアンドアウェイではリスクが高すぎる。
だからアイリが仕掛けるとすればこのタイミングしかありえず、それを榛名も理解していたからこそ二人で悠長に会話をしていたのである。
下手を打てば一発で沈められてしまうアイリと、隙を見せれば他の艦娘に狙いを移されてしまう榛名。両者ともにここからは油断どころか口を開くことすらできない局面だった。
「っ!」
呼吸の暇も与えないアイリの連撃に対する榛名の選択は回避と防御。
必殺の一撃を持っているからこそ焦らず、欲張らずに反撃の機を伺い、それを理解しているアイリはさらに鋭く速く正確に攻撃を重ね続ける。
ここで無理矢理に榛名が動けばアイリは脇目も振らずに榛名から離脱する心づもりであり、榛名は榛名でアイリの攻撃が緩む一瞬を根気よく待つという千日手にも思える構図が出来上がっていた。
しかし、やはり双方にも焦りはあった。
アイリにとっては榛名は夜戦で戦うべき相手であり、今は駆逐艦二隻の処理を急ぐのが第一目標。
そして榛名としては沈められやすい駆逐艦を夜戦になるまで守りつつ、相手の数を減らすのが自身の役目であり、不本意な現状を強いられている。
お互いがお互いを無視して他所へと意識を回し始めてから数分、遥か後方に位置する棲艦島から轟音が響いたことで戦局は大きく動いた。
榛名改二に大和砲を4つ積めばちょうど200!
まさに愛
装備重量が影響するようになったから攻撃当たらないけど・・・