テイトクガ、チャクニンイタシマシタ   作:まーながるむ

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第12話

 ■□■運営鎮守府■□■

 

 ゲーム世界の中に有りながら、他の地域からはリンクが隔絶された(入ることができない)運営直属の鎮守府。

 多数のコンソールが設置された三十メートル四方ほどの小部屋は薄暗く、近未来を舞台にした小説の秘密基地を思わせる。

 

「若、各鎮守府提督から駆逐棲鬼とは何かという問い合わせが多数来ていますが……?」

 

 スーツと眼鏡を着用した有能そうな女性が仮想スクリーンに表示された新着通知の数に冷や汗を流しながら背後を仰ぎ見た。

 若、と呼ばれた青年は少し逡巡し決断する。

 

「あまりにも問い合わせが多いので、各鎮守府の掲示板に今回の件についての説明を掲示しましょう。内容は西さんにお任せします」

「えっ!?」

 

 若と呼ばれているものの実際にはゲームマスターの青年にさらりと難題を押し付けられたスーツの女性――西 綾子は更に顔をひきつらせた。

 

「えと、あの……?」

「西さんほどの愛情があれば大丈夫ですよ。深海棲艦の全体数や各鎮守府の風紀が乱れていないか毎日チェックしてくださっているじゃないですか」

 

 それは一番の新人である自分に貴方が押し付けた仕事だ、とは言えなかった。

 例えゲームの中に事務所があっても職場は職場、上下関係というものがあるのである。

 

「わ、かり……ました」

 

 机と一体化したコンソールの上にグシャアと身体を倒しながら渋々返事をした綾子。

 その肩に青年はいやに柔やかな顔で手をおいた。

 

「それと、最近になって動きが不自然になった棲艦島周りを調べてください」

「え……」

 

 彼女が言葉を失ったのには理由がある。

 棲艦島の動きが不自然だということも初耳であったし、なにより運営の管理下に無い完全独立稼働(スタンドアローン)の島を調べろという無茶ぶりに対する消極的な抗議だった。

 それを青年は、あえて前者のみが問題だと都合よく解釈する。

 

「今までは無計画で漂っているだけのようだった動きが最近になって人間じみているように思えませんか?」

 

 言われてみれば、と綾子は提督たちを繋ぐコミュニティ内の棲艦島の所在地をシェアするための掲示板を開く。

 綾子がページを開いたのを確認して青年は更に言葉を繋げる。

 

「数ヶ月前までは攻撃を受けても逃げ出さず悠々と漂い、ダメージが蓄積したら自ずから沈んで、時間がたてばまた再浮上する、ということの繰り返しでした」

「はい」

 

 棲艦島が管理下に無いと入っても各提督、鎮守府からの目撃情報はほぼ常にあり、その軌跡は一目瞭然()()()

 ――少なくとも数ヶ月前までは。

 

「しかしながら、あの原因不明の極大とも言える負荷が観測され、臨時メンテナンスとしてログインサーバーを停止した後からはその動きに有機的な判断による動きが見てとれます」

 

 原因不明の負荷――結局、運営は原因を特定できなかった。それは技術的な不足からではなく、特定しようと行動を開始してすぐに負荷が消えてしまったからだ。

 

「僕はあれの原因は棲艦島にあると考えています」

「それで、不自然な動きというのは……?」

「あのメンテナンスの直前、島は沈みかけるほどの大攻勢をかけられていました。メンテナンスがなければ実際に沈んでいたでしょう。その後の動きは分かりますか?」

 

 問いかけられ綾子がコンソールを操作するとキス島近海に仕込まれた集音プログラムに反応があった。

 主に不正防止策として一部の海域にはこうしたものが仕掛けられている。

 

「どこか不自然でしょうか? 失った戦力を補充するために深海棲艦のための資源を確保するためじゃないんですか?」

「ええ、当たり前の行動ではありますが、人間であったらという前提があれば、です。攻撃を受けたから逃げて深海に潜み回復を待つ……今まで損壊度を気にせず鎮守府近海を漂うことすらあった島にしては些か生物的に過ぎるのではないでしょうか」

「確かに……」

 

 逃げる、潜むといったリアクションも意思がなければ選択されるわけもない。

 しかし、そうだとするならば……

 

「若はあの島に自意識がある、と?」

「もしくは、あの負荷は自意識(それ)が生まれる前兆だったのではないか、と考えています」

 

 たかがプログラムに、と一笑に付されても可笑しくないような戯れ言――とも言い切れない。

 そもそも艦娘にも深海棲艦にも程度の違いこそあれ、一昔からは考えられないレベルの自律進化型人工知能が組み込まれている。

 それが棲艦島に自然発生したとしても不思議ではない。

 

「それにあの島は深海棲艦が常に脅威として進化するために、このゲーム世界の情報の全てを集めています」

「……今回のことはその進化の一端ですか」

 

 彼らにとって棲艦島は一つの舞台装置でありながら、一方で未知の可能性を秘めた存在でもある。

 新規に現れた駆逐棲鬼も島が生み出したのだろうと考えていた。

 実際、これまでのユニークボスも各提督の接続数が増えるとともに姿を見せてきた。

 

「いやはや、彼らを免疫だと考えてしまうのは僕の業が深いからでしょうかね」

「若、なに浸ってるんですか?」

「西さん、少し人に会ってきます」

 

 青年は自分に半目を向ける部下を無視して部屋から一度退出(ログアウト)した。

 

 ■□■パラオ鎮守府■□■

 

「hey! 提督ぅ、駆逐棲鬼に会いに行かないのネー?」

「ええ、だってあんなの待ち構えられているようなものじゃないですか」

 

 サービス開始から今まで前例のなかったユニークボスから遠征艦隊に対する悪戯という事件が世間を騒がせているなか、イリスの反応は周囲から見れば奇妙なほど静かだった。

 もとより米帝少女だとか廃課金兵だとか呼ばれている彼女だ、真っ先に事件のあった海域に出撃するだろうと思われていたなかでの静観は少なくない違和感を感じさせた。

 しかし、だからといって他の提督たちも二の足を踏んで様子見をするなどということはない。

 いかにイリスが有名だといってもプレイスタイルが特殊というだけであって艦隊のレベルとしては高めに見ても上の中程度。

 サービス開始と同時に大反響を受けたゲームだけあって彼女より上位の提督などはいて捨てるほどいるのだ。

 それにもかかわらず――

 

「そろそろ相手をしていただきたいところですね」

「はぁ……」

 

 どうしてゲームマスターを名乗る男は自分のところに来たのか。

 心当たりはある。

 恐らくはイリスがあの、何故か深海棲艦の仲間になっている提督の少女と会ったことがあるから。

 もしかしたら、もっと深い理由があるかもしれないものの方向性は間違いないだろう。

 

「金剛さん、勝手に女性の部屋を訪れてお相手してください、ってどうなんです?」

「うーん、今どきの薄い本でももう少し背景はしっかりしてるネー」

 

 いきなり(さか)っても読者は入り込めないネー、と胡散臭い知識を披露している金剛を無視してイリスは青年を見る。

 

「ゲームマスター、つまり運営さんのうちの一人ということですが、証明はできますか?」

 

 いきなり、前触れもなく部屋の中に現れただけで一般のプレイヤーではないことは確かだが、もしかしたらチートプログラムのようなものを利用したのかもしれない。

 イリスがそこを疑うなら青年がゲーム内で何をしても信じさせることはできない。

 

 つまり、イリスは青年の話相手をする気はないと言っているのも同然だった。

 

 青年はそれが分かっているのかいないのか肩をすくめてやれやれと首を振る。

 その芝居がかった動きはやけに彼に似合っていた。

 

「素性を明かしたことでかえって警戒させてしまったようですね。女性なら当たり前の危機感なのかもしれませんが……とりあえず、男女問わず各提督のゲーム内での私生活は私達からでも覗くことはできません」

「別にピーピングを気にしたわけではないのですが……はぁ、まぁいっか」

 

 唐突になにかを諦めたイリスは、この会話の最中もじゃれついてきていた金剛を背後に控えさせ、話を聞く態度を見せた。

 目の前の青年は満足しない限り消えない類いの輩だろうという直感の結果である。

 

「話、あるんですよね?」

「ええ、今後のゲーム方針についてのアンケートのようなものです。こういってはなんですが、貴女は月当たりの課金額で見ると大事なお客様ですので」

 

 その分、便宜をはかろう、というような態度もイリスからは建前だと感じたが下手に話を混ぜ返さずに黙って続きを促した。

 

「最近、新たな試みとして深海棲艦の強化――具体的には組織だった動きをさせているのですが、それを感じとったことはありますか?」

「私が実際に戦っている訳じゃないですし……金剛さん、どうです?」

 

 イリスは深海棲艦の提督という立場にありながら自らも駆逐棲鬼として戦う少女を思い浮かべたが、そんなことはおくびにも出さず金剛に水を向けた。

 彼女がただの一提督であれば、アイリの存在を“深海棲艦の提督”を新システムだと素直に受け止めていたかもしれない。

 しかし、アイリはとある事情からコトはそんな単純ではない、ということだけは感じていた。

 

「そうネー。確かに最近ちょっとだけ手強いような、そうでもないような……なんとも言えないネー」

 

 一方、金剛も理由こそ知らないがイリスが素直に話す気分ではないことを感じとって、質問に答えているようで中身の全くない返答をした。

 

「そうですか。では貴女たちが駆逐棲鬼に会いながら戦いを回避した理由を教えてください」

 

 この質問にイリスはなんとか無反応でいられた。しかし彼女の旗艦の方は僅かばかりの同様が出てしまう。

 その反応は注視していなければ気付かれない程のものだったが、もとより動揺を誘うための質問だったのだ。

 例えそれがどんなに小さなものでも見逃される筈がない。

 イリスは素直に駆け引きの失敗を認めた。

 

「あの場には未確認の人型艦と泊地棲鬼、南方棲鬼が居合わせていたので少々、分が悪いと退いただけです」

 

 無論、相手に一枚上をいかれたとして正直に話すイリスではないし、青年もまたそれを理解していた。

 結果的にイリスしか知らないだろう駆逐棲鬼の秘密は守られ、青年の知りたいことは明らかになった。

 

「そうですか。それは懸命な判断をしましたね」

 

 青年はそれでは、と言い残し現れたときと同様に唐突に消えた。

 

「提督ぅ、sorry...」

「え? ……あぁ、さっきのことですね」

 

 自らが動揺してしまったことに謝意を示す金剛に対して何も気にしていない、と笑うイリス。

 それよりもプログラムで編まれた存在なのに人間らしく動揺するという事実に微笑ましさを感じていた。

 

「まぁ、でも言えるわけないですよねぇ」

 

 ■□■棲艦島■□■

 

「思わぬ大物が釣れたようですね……」

 

 駆逐棲鬼の名を広めてから数日後。

 アイリのもとにもゲームマスターを名乗る青年は現れた。

 自分の身の回りに起きていること――そもそも深海棲艦と行動を共にすることになったことを含め――を知りたかったアイリにとって都合のいいことだったのだが、その表情は引き攣っている。

 

「Administrative code : Chain」

 

 最初に青年が放った言葉によって虚空から薄い緑色をした半透明の鎖が現れ、近くの深海棲艦を縛り上げたからだった。

 それはハクとて例外ではなく、どういうつもりかアイリの周囲にもふよふよとなにかを迷うように浮かんでいた。

 

「いきなりご挨拶ですね」

 

 そして、その行為を怒りと興味を持ちながら睨み付ける。

 そもそもアイリにとってこんな風に脅しつけるような態度で接される筋合いはない。

 むしろ現状について――少なくともログアウトの方法すら教えられていない状況に土下座と共に謝罪されても不思議ではない。

 

「ふむ……これはまた不思議な……」

「何のようですか? 初対面でこんなことをされるいわれはないのですが」

 

 さらりとアイリが告げた言葉に青年が呆けたような顔になる。

 

「なんです? 私が怒らないとでも?」

「ええ……まさしく、そのような怒り方をするとは……まるで人間のような……」

「まるでもなにも……はぁぁ、これ最悪のパターンですね……」

 

 深海棲艦側にいるアイリの現状はまさしく運営の意図の外側にあった。

 それどころか運営側はアイリの存在について気付いてすらいなかったことに背筋が冷える。

 もしかしたら安全弁としての強制ログアウト措置も自分は対象になっていないかもしれない。

 提督たちが騒いでいる様子や、逆にログインしていないということはないことから発見されていない場合も考えられる。

 

「あの、私も他の提督たちと同じくプレイヤーです。ここにいるのは登録時にバグかなにかでこの棲艦島に落とされたからです」

「つまり、ここ最近になって一部の深海棲艦が群れのような動きを見せているのは貴女が……」

 

 やっと理解したか、とアイリは乱暴なため息とともに鋭い目付きで青年を見る。

 現状について楽しんでいるから問題はログアウトできないことのみだが、それでも謝らないでいいという訳ではない。

 

「なるほど。こちらの不手際でご迷惑をおかけしました。申し訳ありません」 「謝るのが遅いと思いますけど……まぁ、いいです」

 

 謝れば許す、という訳でもないがアイリにとってそこは本題とはほど遠いため、一つの決着をつけた。

 そして、彼女の本題を話そうとしたところで、青年の言葉に遮られた。

 

「そこで、ご相談なのですが、宜しければ以後、これからも深海棲艦の提督として活動してはいただけませんか? それだけ有機的な動きをする深海棲艦というものは魅力的なので」

「……」

 

 そして、その提案はアイリの希望に沿うものでもあったため無下にできない。

 今更、艦娘に命令して深海棲艦を襲わせるということはどうしても抵抗を感じさせた。

 

「分かりました。こちらとしても都合がいいので……ただ少し不具合が……」

「ログアウトできない、のような?」

 

 青年が一瞬、申し訳なさそうな、そして同情しているような表情をした後、アイリの本題を言い当てた。

 

「……ええ」

「ログアウトについては旗艦の艦娘の機能としているため、そこら辺が原因だと思うのですが……」

「それじゃ私の体はっ!?」

 

 強制ログアウトすら働いていないともとれる発言にアイリは悲鳴にも似た叫びをあげるが、青年はそれに笑顔で答えた。

 

「いえ、この世界で眠るということが行われているのであれば、それが強制ログアウトになります。バイタルサインを眠気、という形で表しているので」

「……でも、その割に外でのことを覚えていないのですが、それは?」

 

 強制ログアウトが成されているのであれば、ログアウト出来ているという事実をアイリ自身が知っているはず。

 しかし、現実にはアイリにゲーム開始から今までの間に外での記憶はない。

 

「そちらも。恐らく棲艦島に落ちたこと同様、こちらの不手際でしょう。恐らく現実世界との情報リンクが一方的に途切れているのだと思われます」

 

 強制ログアウトの後、アイリが再びログインしていることかゲーム内での記憶は現実にも届いているはずと青年は続けた。

 それにアイリもなるほどと頷く。

 ゲーム内の記憶がなければ、恐ろしくて二度とログインはしないだろう。

 

「それに、正規品のヘッドセットは着用者のバイタルサインを発信しているのですが、今のところ危険だという信号は一度も受信していません」

 

 もしかしたら外の自分はゲーム内に記憶が引き継がれないことをバグの影響だと割り切ってプレイしているのかもしれない。

 自身の性格を鑑みて、アイリはそれをあり得ないとは言い切れなかった。

 

「とにかくログアウトや記憶については原因究明から始めるため修正にも時間がかかるかもしれませんが最優先で進めさせていただきます」

「お願いします」

「それと、今は安全とはいえ状況が状況ですので、ログインは控えられた方がよろしいかと」

 

 ゲームの運営者として、ゲームとの因果関係が明らかな健康被害は表沙汰にしたくはない。

 アイリもそれに納得し、恐らく、外の自分もしばらくログインはしないことを選ぶだろうと考えたところで、いつの間にやら拘束が解かれていたハクが不安げな表情でアイリを見た。

 

「てーとく……消える?」

 

 そんな声と顔を向けられてログインしないなんて選択が取れるわけがない――とは、さすがにアイリでも口には出さなかった。

 


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