テイトクガ、チャクニンイタシマシタ   作:まーながるむ

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オリ主タグをつけていなかったことに今更ながら気が付きました(

で、でも提督=プレーヤーなわけだから一概にオリ主って言い切ることもできないよね!
・・・・・・すいません(


第10話

 どうしてろくに狙いを定めてもいない砲撃が当たってしまったのか。外れてさえくれれば、まだ可能性は残っていたのに。

 そんなアイリの後悔を嘲笑うかのように、事態はアイリにとって最悪の予測をなぞる。

 ハクの拳は南方棲鬼の肩に当たるが、その体勢を崩すことはなかった。

 いよいよもって南方棲鬼の笑みが深まり、彼女の強烈な一撃がハクの腹部に叩きこまれる。

 

 ――沈めた。

 

 全火力を集中させた拳はハクを軽々と空中に弾き飛ばし、その光景に少女は自分の勝利を確信した。

 ハクの最後の一撃によるダメージもほぼ皆無。

 目の前で呆然としている駆逐棲艦と連戦することになっても負けはあり得ない。

 そう思い、アイリの方へ一歩踏み出した南方棲鬼は、しかし、アイリの目が自分ではなく、その背後を見ていることに気付いて足を止めた。

 頭では沈みゆく仲間を見ているのだろうと分かっている。

 それでも背筋に感じる表現しがたい粟立ちを無視したら後悔するという感覚が彼女に背後を振り返らせた。

 

「ワタシの読みドオり……」

「貴女……なんで立っているの?」

 

 万全の状態ならともかく、沈没寸前というところであの一撃に耐えられるわけがない。

 そもそも、最後の全力攻撃ですら自分に蚊ほどの痛痒を感じさせることすらできないほど弱っていたはずなのに。

 

「それがマチガい」

「……本当は大破寸前じゃないとでもいいたいのかしら?」

「ううん。わたしはゼンリョクでコウゲキなんてしていない」

 

 大破状況で全力なんて出せないから、そういう風に解釈しかけた南方棲鬼は直後にもっと恐ろしい可能性に気付く。

 

「まさか、最初から最後まで全て……!」

 

 ハクに踊らされていたのかと。

 大破寸前という碌に力も残っていない状態で戦い続けていられたのは、そもそも体力を使っていないから。

 最後の一撃にダメージが無かったのはハクがダメージを与えようとしていなかったから。

 大きく吹き飛んだのはハクが自分から跳んだから。

 最初から、隙があれば南方棲鬼を沈めようなどという意識は無く、徹頭徹尾において時間稼ぎだけを狙っていたからだと気付いた少女が頭に血を上らせる。

 

「疲れさせれば私に勝てるとでも……? 私、なめられてるのかしら?」

 

 例え疲労がたまっていたとしても南方海域最強という自負がある。

 姫になることができるほど練度が高いというわけではないものの戦鬼という形態をとることもできる自分が、大破した泊地棲鬼と生まれたての駆逐棲鬼ごときに負けるはずがない。

 駆逐棲鬼の起こした不可思議な現象で艤装の展開ができなくなってはいるが、それでも自分は――

 

「ううん、わたし達のかちだよ」

 

 後ろから歩み寄ってきたハクに横合いから軽く右肩を押され、南方棲鬼がよろめく。

 そしてハク自身はそんなことに興味もないのかアイリの後ろまで歩き、振り返りざまに一言。

 

「だって、もう夜だから」

 

 沈みゆく西日、その逆光に隠されたハクの表情は、その時だけ“戦艦らしく”嗤っていたように見えた。

 そして、直後に感じた腹部への衝撃に南方棲鬼の意識は閉ざされ始める。

 夜を制するのは戦艦でも空母でもなく駆逐艦。

 常識ではあるが生まれた時から高い火力値を宿していた南方棲鬼にとっては夜戦中の駆逐艦も少し強くなったという程度の違いでしかなかった。

 

「駆逐棲鬼、ね……後ろでびくびくしてるだけかと思ったら、本当は強いんじゃない」

 

 日が沈むと同時に走り、至近から放ったアイリの一撃が南方棲鬼を下した。

 海戦のための海域封鎖が徐々に解かれるに従って、朦朧とした少女の身体が海へと飲み込まれていく。

 

 ――戦いで沈むなら本望かしら、ね――

 

「カ級! ワ級! 沈めさせないでください!」

 

 南方棲鬼は、意識を失う直前にそんな言葉を聞いた気がした。

 

 

 

「いいの?」

「何がですか?」

 

 足の遅いワ級がたどり着くまでカ級に南方棲鬼が沈まないよう水中から身体を支えさせ、その後、ワ級の艦内に放りこんで棲艦島まで運ばせたあと、珍しくハクがアイリに質問をした。

 普段なら提督であるアイリの行動に良くも悪くも疑問を持たないのだが、今回ばかりはそうもいかなかったようだ。

 もっとも目的語のない質問だったにせよ、アイリにとってはその内容に思い当たる節がないほど当り前のことのようだが。

 

「さっきの、助けちゃって」

「あぁ、まぁなんというか、結構話しちゃいましたしね?」

「まえも、艦娘をみのがして帰してた」

 

 アイリはキス島沖での出来事のことだと思いだして、それでも笑う。

 ハクが、その口調の変化と同時に考えることも少しずつ感情的になってきてることに笑う

 

「だって、いい人たちだったじゃないですか?」

「……」

 

 一度、会話してしまったら相手が普通の女の子であることが分かってしまう。

 こればかりは、艦娘への敵意を植え付けられているハクには理解できないことだった。

 それでも、南方棲鬼のように大戦期の記憶が戻っているわけではないハクにでも、戦艦という戦争のための道具として分かることはあった。

 

「……だから、うらぎられるのに」

 

 そのハクの言葉に対するアイリの返事は無い。

 その事実に対しての悲しみの表情でもあり、ハクに心配されていることに対する嬉しさをにじませた表情でもあった。

 

「ロ・ハ級はハクを島へ! それ以外の各棲艦は島か私、近い方へ急いで下さい!」

 

 アイリの命令によって近くで待機していたロ級、ハ級によってハクが強引に連れて行かれる。大破寸前の体力では駆逐艦二隻の牽引力にあらがうことすらできないようだった。

 そしてハクが十分離れたことをアイリが確認した直後、一度は消失した海戦用限定戦闘域(バトルフィールド)が再び展開される。

 

「援軍は、間に合いませんか。イノイチ、頑張りましょうね?」

 

 想像の中でイノイチが奮い立ってくれているのを感じて、アイリはやはり笑う。

 

 目の前に恐怖がある。

 それは見覚えのある金剛であり祥鳳であり、そして見覚えのない4人の艦娘であり――

 

 ――そして、妙に親近感をアイリに覚えさせる黒い姫だった。

 

「こんばんわ……いい夜ですね」

 

 戦闘準備時間を終えると、両陣営が示し合わせたかのように近づいて行く。

 先に口を開いたのはアイリではなく、夜に紛れそうな黒い姿の中、紅い瞳を輝かす少女だった。

 にこやかにアイリに話しかけた少女――イリスに対して、アイリもまた表面上は穏やかな表情で返す。

 

「そうでしょうか。私には少し星月の明りが眩しすぎるみたいです」

 

 陰暦においての第十四夜。

 あと少しで満月というこの月は小望月と呼ばれることもある。

 そしてその月に負けず劣らず光を放つ星々が海にも映り、まるで宇宙の中にいるかのような幻想を抱かせた。

 

「それは残念ですね。それではどのような夜が好みなのでしょうか?」

 

 やはり、にこやかに、穏やかに話すイリスだが、その紅い瞳はアイリの警戒心を刺激する。

 ただし、アイリ自身、表情は微笑んでいても自分の蒼い瞳は酷く冷え切っているのだからお互い様だと心中で苦笑する。

 

「それはもちろん――」

 

 そして、その苦笑を呼気として吐き出すのと同時にアイリは自分の中のスイッチを切り替えた。

 

「火砲の光以外灯らない曇天新月(まっくらやみ)でしょうねっ!」

 

 本当にそうであれば、まだ勝ち目はあったかもしれないのに、と嘯きながらイリス本人に対して姿がかすむほどの速力で突撃した。

 この明るい夜はとても夜戦日和とは言えない。

 否、迎え撃つイリスからしてみればまさしく天恵の夜なのだが、少なくとも単艦であるアイリの味方にはなりえない。

 

「それはそれで、背徳的な夜ですね」

 

 事実、アイリの突撃は複列縦陣の先頭としてイリスの横に控えていた金剛と榛名によって止められた。

 イノイチと一つになることで駆逐棲鬼という呼称に説得力がある程度には各種ステータスが高くなっているアイリでも、戦艦二人の防御を抜くことは難しい。それが練度の高い艦娘となればなおさらだった。

 この初見殺しとでもいえる速度での攻撃が無効化されるのであれば、夜という駆逐艦の独擅場にあっても、多勢に無勢という苦しい戦況は覆らない。

 アイリはなんとか捕まえられた腕を振り払って距離を取るものの、この明るさでは夜に紛れるなどということも難しい。

 

「……ここまで、ですかね」

「投了ですか?」

 

 これが、提督自ら率いることで各ステータスに補正値がかかる随伴出撃でなければアイリにも望みはあったかもしれない。

 空母である加賀と祥鳳は夜闇で動けないのだから何とか混乱させてしまえば他の四人に撤退を考え差焦る程度のダメージも与えられたかもしれない。

 しかし、提督がいるならそれも無理かと、アイリは何もかもを諦めた。

 

「あー……こうなるなら、キス島沖で金剛さん達に多少は損傷させておいた方がよかったんですかね」

「高速修復材を使うので結果は変わりませんよ。あるいは泊地棲鬼を残しておけば目もあったかもしれませんけどね?」

「ハクを突撃させてそちらの陣形を崩して、その間に金剛、榛名を襲って中破に持ち込んで、あとの二人、ヴェールヌイさんとイムヤさんを各個撃破、ですか?」

 

 その方法をすぐ思いついたアイリに対してイリスが多少驚いた顔をしたが、小さく何事かを呟いてからは元の表情に戻った。

 

「ええ、そしてそれについては“泊地棲鬼が沈んでしまうそれは考慮に値しません”ですよね?」

 

 そして、今度はアイリが内心を言い当てられて表情を驚きに染める。

 艦娘を率いる正規提督が深海棲艦同士である(と思われている)アイリとハクの間にそういった人間じみた感情が存在していると考えているとは思わなかったからだ。

 もちろん、自分が言おうとしていた言葉を一言一句違えずに、しかもアイリそっくりな声で言われたということもあるが。

 そっと、悔しげに溜息をもらしてから、アイリが降参とばかりに両手を上げる。

 

「心理戦で上を行かれるのは生まれて初めてです。私は捕虜にされるんですか? それとも……今ここで沈めますか?」

「健気ですね……そうやって、島がこの海域から離れる時間を稼ごうとしているんですよね?」

「っ……今まで私と話してた人が居心地悪そうにする理由が初めて分かった気がします」

 

 昔から、相手の心情を推し図ることが苦手ではなかったアイリだが、逆に自分の考えていること全てが筒抜けだというのは初めての経験だった。

 こうなってしまえば、アイリに残された手段は一つしかない。

 

「……お願いします。なんでもするのであの子たちは見逃してあげて下さい」

「へぇ……なんでも、ですか。そういったことを嫌う性格だと思ったのですが勘違いだったんですかね」

 

 イリスの言葉通り、人へのお願いというものはアイリにとって苦手なことだったが、いまさらそれを言い当てられたことに驚きはしなかった。

 苦手なことであろうが、プライドが邪魔をしようが、アイリはとにかくハクたちだけは助けたかった。

 既に、ゲーム内の時間で数十日間を一緒に過ごしている仲間を何よりも大切にしたかった。

 

「……一つ、いえ、二つ聞かせてもらってもいいですか?」

 

 イリスの問いかけに、アイリはただ頷く。

 

「あなたは、このゲームのプレイヤーですか?」

「はい。深海棲艦側である理由は知りませんけど……」

「では、現実時間とこのゲーム世界の時間の流れの差異はどのくらいだと思っていますか?」

 

 この質問にはアイリも首をひねった。

 イリスの質問の意図が分からない。

 しかし、自分の過ごした時間や、バイタルサインの監視によって空腹時や睡眠不足の際には強制的にログアウトさせられるという知識によって答えを導き出す。

 

「少なくとも60倍以上でしょうか」

 

 これまで過ごしてきた時間から考えてそれぐらいだろうと当たりをつける。

 それを聞いたイリスも一度頷いて、アイリにとって予想外なことに踵を返した。

 

「残念ですが、時間みたいですね。失礼させて頂きます」

「……は?」

「金剛さん達もこのまま鎮守府の方に帰って下さいね?」

「ら、了解(ラジャー)ネ」

 

 どうやら突然のことに驚いているのはアイリだけではないらしい。

 金剛たちもまた自らの提督の奇行に理解が追いついていない様子である。

 

「あの、榛名たちは戦わないのでしょうか?」

「ええ、これから私は夕飯の時間なので。あなたたちだけで戦ってもらってもいいのですが――」

 

 ここでちらりとアイリを一瞥するイリス。

 

「新種の鬼を倒す場には私も居合わせたいですからね?」

「はぁ……」

 

 曖昧に頷く艦娘の面々だったが、その中で金剛と祥鳳だけは己が提督の考えていることに気が付いたのか顔を見合わせて薄く笑っていた。

 そしてイリスが戦闘の放棄を告げ、アイリにも戦意がないためか、海戦用限定戦闘域(バトルフィールド)も緩やかに解除されていく。

 

「これで、借りは返しましたよ?」

 

 このログアウト直前のイリスの一言があるまでアイリは終始茫然としていたが、イリスが消える前に何か言わなければならないと混乱した頭で考え、しかし、何を言うかまでを導き出すことができずに思いつくままに言い放った言葉は――

 

「ば、馬鹿じゃないんですか!?」

 

 だった。

 これには最後までにこやかに笑っていたイリスも頭に来るものがあったらしく表情はにこやかに、しかし額に青筋を浮かべて――

 

「単艦で飛び出す人にだけは言われたくありませんね。ええ、あなたのことですよ?」

 

 という言葉を残して夜闇に消えた。

 残された艦娘たちも既に帰投の準備を整え移動を始めている。

 アイリに対して祥鳳が会釈を、金剛が大きく手を振りながら帰っていく様が、またアイリになんとも言えない居心地の悪さを感じさせ、波乱の一日は終わった。

 

 アイリの中に、ある一つの疑問を残して。

 




とうとう話数が二桁になりました。

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