「イッセーくん、あそぼうよー」
おっすみんな、俺イッセー、五歳だぜ!
「ねー聞いてるのー?」
あれから殆ど変わらない日々を続けて、俺も晴れて幼稚園児だ。いやー、何だか長く感じたぜ。
「むー。無視するなら……えいっ!」
「ノーン!」
だ、大事な所が! キャン球が! ゴールデンボールが! 俺の金のたまがぁぁぁぁ!!
蹴りあげられたッ! 誰だ!?
……って、なんだイリナじゃねーか。
「イリナかい? 痛い、痛いよ」
「イッセーくんが無視するからでしょー! ほらほら、ヒーローごっこやろーよ!」
「こら、服引っ張んな、延びる」
「はやくはやくー!」
元気にはしゃぐ栗毛の幼女。彼女こそ、紫藤イリナである。
イリナにもこんな時期があったんだなぁ、と思う。
「イリナがひーろーで、イッセーくんは『かいじんおっぱいどらごん』ね! おっぱいを狙うわるーいドラゴンなのー!」
『またおっぱいどらごんか!? またおっぱいどらごんなのか!? うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!』
涙目のドライグが頭に浮かぶぜ……ごめんよドライグ。やっぱり俺はおっぱいドラゴンだったよ。
……オーディンのじいさんが『かわいそうなドラゴン』で童話が作れるとか言ってたけど、確かにそうかもしれない……そう思うと余計に申し訳ない。
「じゃあやるよー! でたなかいじんおっぱいどらごんめー! このイリナがせいばいしてくれるわー!」
おいおいノリノリだよ。しかもこれは辻斬り仮面ヨームじゃねーか。
しかたねぇ、乗ってやるか!
「でたな辻斬り仮面め! 貴様のおっぱいももみやすそうだなー!」
そういうと、イリナは木の棒を剣に見立てて構える。
「だまれ、あっきようまにとりつかれたあくにんめ! おれはおとこだ! がまんならん、たたっきる!」
あまり呂律回ってねぇなイリナ……そのうち舌、かむぞ。
「うぇあ!?」
って、あぶねぇえええ! イリナのやつ本気で当てに来てやがる!
「いくぞ、とどめだ! ちれ、あくにんめ! ひっさつのぉ、ささがきぃぃぃぃぃぃ!」
木の棒でささがきをかけるように俺を切る。あたってねぇけどさ。
「ゴボウのようにおろされたぜ……がくっ」
ちなみに、辻斬り仮面の必殺技は全てが包丁を使った切り方の名前である。半月切りとか、削ぎ切りとか、
そしてイリナはびゅっ、と木の棒を振り、こういったのだった。
「切れぬものなど、それほどない!」
どこぞの庭師が頭のなかを掠めたが俺は言うのをやめた。
ー○●○ー
「あっ、そろそろかえらなきゃ! じゃーね、イッセーくん!」
「おう」
公園の時計を見ると、午後四時である。過保護だねぇ。俺んちは五時までだけどな。
さて、暇になってしまった……ここから家まで5分かからないしなぁ。ドライグ、なんか面白いことない?
『……おっぱいこわいよぉ……』
なんかドライグが最近可愛く見えてきたんだが……
こんな状態じゃあ暫くは無理だな――――ッッ!?
公園に突然魔方陣が現れる! なんだあれは!?
あの紋章、どこかで……ッッ!
思い出したぞ! レイヴェルに教えてもらったやつの一つだ。あれは……
旧ルシファーの紋章だっ!
俺は慌ててドライグを呼び起こす。ドライグ、ドライグッ! しっかりしろ! 旧ルシファーの紋章だッ! しかも、あの魔方陣の構成から見るに、強制転移の魔方陣だ! 何度も見たことがある。
『おっぱいこわいよぉ……って、なんだと!?』
何が来る!? まさか、初代ルシファーか!?
それともヴァーリか!? 魔方陣が輝き、そこから出てきた存在に俺は驚いた。
くりくりとした可愛らしい、しかし虚ろな金の瞳。
白いワンピースを着ている。
そしてなにより、ヴァーリそっくりの特徴的な色合いの銀髪をもっている、
「きみだぁれ?」
俺は動揺を必死に押さえて少女に問う。
少女はその虚ろな瞳を俺に向け、こう言った。
「はじめまして、私、ヴァーリ・ルシファー。五歳です」
―――――――それは、変わり果てたライバルとの再会だった。
ー○●○ー
ヴァーリと名乗った少女。彼女は深い傷を負っていた。
ぽつりぽつりと独り言のように彼女が語ってくれた記憶、それは残酷だった。
……父親に、迫害されたという。穢れた血の上に、忌み嫌う力をもった忌み子だと。
そして、その迫害を促したのが、父親の父親。……名前は言わなかった。
そして、それに耐えきれなくなって人間界に飛び出してきたらしい。
俺は慟哭したよ。仮にもライバルがこんなことになってるなんて、さ。
しかも、さっきから左腕が疼きっぱなしだ。闇の思念が送ってくる。白龍皇と戦えー、憎き奴を殺せーってよ。
でも俺は徹底的に無視を決め込む。だって、こんな少女を殴れるわけないじゃないか。
……ドライグ、すまないがこいつらを抑えててくれるか?
『分かった。白いのの宿主は任せたぞ。あんな状態では戦うことすらままならん』
ありがとよ、ドライグ。
俺は少女の目をじっ、と見る。
「なぁ、ヴァーリ」
「……何?」
虚ろな瞳を俺に向け、首をかしげる。……見てらんねぇよ、こんなの。
「俺はさ、その……難しいことはよくわかんねー。でもさ、お前は……何をしたい?」
「何、を、したいか?」
虚ろな瞳に少し輝きが戻る。いいぞ、その調子だ。俺は必死に俺の気持ちをぶつけるだけだ。
「そうだ。たとえば、俺は――強くなりたい」
「なん、で?」
「……強い男になるためだ。そして……いつか現れるライバルとの決着をつけるため」
「……ッ」
少女は動揺を瞳に写す。俺は気にせず続ける。
「なぁ、ヴァーリ。お前は……何をしたい?」
少女は、瞳からぽろぽろと涙を流しながらこう言った。
「俺は……僕は…………私は……生きるッ! 私は、生きてッ! 戦いたいッ! いつか現れるライバル達と! そして……あなたの名前を知りたいっ!」
俺は笑顔でこう返した。
「俺は兵藤一誠! イッセーって呼んでくれ!」
「……イッセー! よろしくね!」
そういったあと、彼女は笑った。
その時のヴァーリの笑顔は、まるで花が咲いたようだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
俺は、心が死んだ。
常に俺に食らいついて、アルビオンの力すら飲み込んだ、俺のライバルになるはずだった男、兵藤一誠の死亡。
……いや、消滅。
俺の心は真っ白に消し飛んだ。
兵藤一誠、貴様はッ! 俺を倒すのではなかったのか!?
ふと、十字架に磔になっているサマエルを見る。
こいつか、こいつか、こいつか、こいつか、こいつかッ!!
「ぅぁああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」
『やめろヴァーリッ!!』
俺は無我夢中で奴に攻撃をしかけ……あっさりと呪いにかかった。
闇のなかに落ちて行き、そして。
俺は消えたはずだった。
「貴女は今日からヴァーリ・ルシファーよ」
神が居たのなら、それはそれは残酷な運命だと思った。俺は女の赤子になっていた。
……目に写るもの全てが下らない。
俺は何にも関心を示さなかった。
それを気味悪がらずに育ててくれた母には、感謝する。しかし、それだけでは終わらなかった。
「この、忌み子め! 龍の力などを宿らせて!」
「うひゃひゃ、そうそう、そうすればいいのさ」
祖父に促された父が俺に暴行を加えるようになった。……こんなの、耐えられなかった。
俺はこっそり覚えた強制転移の魔法を使い、人間界に逃げ出した。
そして、人間界にたどり着くと、そこは公園だった。
そして、茶髪の、同じくらいの背の子供が、俺をじっ、と見つめてくる。
「きみだぁれ?」
「はじめまして、私、ヴァーリ・ルシファー。五歳です」
少年は、短パンに半袖という出で立ちだった。
ニカリ、と笑う姿がどことなく兵藤一誠に似ていた。
俺は気がつけば自身に起こったことを話していた。悪魔でもなんでもない、人間の少年に。
背中の神器の闇がざわつくが、正直どうでもいい。少年は、うーん、と考え込んだあと、俺に聞いた。
「なぁ、ヴァーリ」
「……何?」
「俺はさ、その……難しいことはよくわかんねー。でもさ、お前は……何をしたい?」
少年の言葉に俺は狼狽える。
「何、を、したいか?」
「そうだ。たとえば、俺は――強くなりたい」
少年は、少年らしからぬ決意を秘めた眼を向ける。
「なん、で?」
「……大事なものを守れるように強い男になるためだ。そして……いつか現れるライバルとの決着をつけるため」
「……ッ」
俺は絶句してしまう。こんな少年が、こんな生き生きとした眼をするのか!
「なぁ、ヴァーリ。お前は……何をしたい?」
俺のなかで何かが弾けた。
この少年に強く強く惹かれて行く。
「俺は……僕は…………私は……」
俺の……いや、私の真っ白で煤けた心を真っ赤な色で染め上げてきたこの少年に、私は素直に叫ぶ。
「生きるッ! 私は、生きてッ! 戦いたいッ! いつか現れるライバル達と! そして……あなたの名前を知りたいっ!」
私の叫びを聞いて、彼はニカリ、と笑い、こういった。
「俺は兵藤一誠! イッセーって呼んでくれ!」
なるほど、こいつこそが兵藤一誠だったのか! ……イッセー。名前を呼ぶだけで、心が踊った。
「……イッセー! よろしくね!」
この私のなかに産まれた想いは、根本的に私を塗り替えた。この、訳のわからない暖かな感情と共に。
『ぐすん』
……アルビオンが泣いた気がした。
はいっ、というわけで、イッセーくんはヴァーリちゃんと出会いました。最近はドライグが可愛すぎて生きるのが辛い。何が辛いって、修学旅行の直後にテストがあるってことだよおおおお。
ほらほら、ちゃんとTSしてるでしょ?
え? ヴァーリが堕ちたって? 聞こえんな……
※誤字修正を行いました。