「……あら、赤龍帝じゃない。旅行?」
あの後、治癒の軟膏……河童が作ったらしい軟膏を塗り込むと見る間に彼女の傷が治っていった。話によれば、腕も繋げることができるとか。しかし、しっかりと塗り込まなければいけないのでフェニックスの涙のような速効性はないらしい。
「ああ、修学旅行でな」
「ふぅん。ああ、そういえば魔王様の魔力を感じるわね」
「分かるのか?」
「割とね。京都だと特に感覚が敏感になるのよ……げぇ、あいつもいるし」
……さて、切り出さなきゃな。
「どうしてあんな大ケガを?」
「あー? そんなの、戦ったからよ」
「戦った? 誰と」
「えーと、名前が思い出せないのよね。性槍使いの……早漏?」
聖槍使いってことは曹操なんだろうけど、早漏って……にやけてるからわざとじゃないか?
「早漏じゃないでしょう」
「あー……あ、思い出したわ。曹操よ曹操。英雄派の」
……曹操。
「曹操っつーと、三国志の英雄、でしたよね」
「劉備や孫権、呂布なんかと並べられるアレね」
成る程……。
「英雄……やはり英雄派、ですかね……」
「そうねぇ。あいつもそう名乗っていたわ。一人だけでふらふらして」
曹操が、一人でふらふらしていた? 違う、そんな意味の無いことをあいつがするわけがない。あいつはいつでも用意周到なんだ。自分が人間だということを一番あいつが自覚してる。なにか、意味があるはずだ、何か……。くそ、おれの脳味噌じゃ答えを導けねぇ。ガウェイン、ドライグ、なんか思い付くか?
『目的……そこの巫女が目的じゃないのか?』
《そういえば……“前回”の曹操は京都のパワースポットから力を集める、でしたよね?》
二人の言葉にふと共通性があることに気付く。パワースポット、巫女……魔力、妖力、神力、気、龍脈……まさか。
「もしかして、万さんを狙っていたのでは?」
「私を? まぁ、そんな節はあったけど……。曹操は八坂を拐わしていった。なら、私らは取り返さないとね」
やっぱり。なら……。
俺のなかで一つの答えが朧気に見え始めた。多分、万さんなら力の流れをある程度制御、もしくはそれが出来る神を降ろせる筈だ。
それで計画が邪魔されるのを嫌った曹操が、最も『聖』に近い曹操だけが、単独で万さんをケガさせるなり殺すなりして、邪魔されないようにした……どうだろう、筋は通っている。
「さて、と。私は作戦会議よ。赤龍帝、ひとつ確認するけど、アザゼルのバカはここに来てるのよね?」
「はい。娯楽街に行くと言ってました」
「あそこに? ……あそこには今アレがいる……となると、そういうこと。アザゼルも罪な男ねぇ」
万さんの意味深な言葉に俺は首を傾げるが、万さんは無視した。
「ほう、お主が七海の言う赤龍帝か! 面白い氣を有するな」
九重がそう言う。気……ってオーラの事だよな。
「よく言われる。万さん、この子は?」
「九重。今回さらわれた八坂の娘よ」
可愛い。純粋な笑顔が眩しい。でも、本当は辛いんだろうな。
「俺は兵藤一誠。よろしくな、九重」
「よろしくなのじゃ、一誠!」
「九重、さっさと行くわよ。参拝客が近づいてるわ」
「うむ。ではの、イッセー」
二人はそう言うと、溶けるように消えてしまった。
……。
☆ ☆ ☆ ☆
一方冥界では、グレモリー本宅にてお茶会が開かれていた。
参加者はベルーナ・バアル、リアス・グレモリー、グレイフィア・ルキフグス、ヴェネラナ・グレモリーの四名。
名前だけ書けば恐ろしい。消滅、全滅、絶滅、殲滅。どのみち相手は滅されるのだ。やはりグレモリーに関係する女は恐ろしい。
そんな恐ろしいグレモリーのお茶会は、のんべんだらりと進められていた。今日はベルーナの淹れた紅茶である。ダージリンのかなり高級なもので、かなり香りがいい。スコーンによく合う。
「リアス、最近彼とはどうなのよ? 話では同衾してるらしいじゃない」
「か、母様!? そんなイキナリ!」
「あら。それは気になりますね」
「私も」
「姉様にベルーナまで! もう!」
……どうやらリアスの恋の話が標的にされたらしい。槍玉にあげられた『彼』とは言うまでもなく一誠のことである。
「同衾……最近は兄様と添い寝していませんね。許可が出れば兄様と今日しましょう」
「……相変わらずサイラオーグ一筋ねぇ」
「兄様は私の生き甲斐であり、命ですから」
……ベルーナはこの場にサイラオーグがいてもおなじ発言をするであろう。ブラコンここに極まれり、である。
その証拠と言っては何だが、十年前にベルーナにサイラオーグが誕生日プレゼントとして送ったティーポットを今でも愛用している。この紅茶を淹れたのもそのティーポットだ。白い本体に青色の文字で『ベルーナ』と刻まれている。十年も使用しているのにシミや傷などひとつもなく、鏡のようにピカピカ。
「あ、話がそれましたね。リアスは彼の何処がいいのですか?」
「あぅぅ……」
真っ赤になって小さくなるリアス。恥ずかしいのだろう。
「そ、その、私をちゃんと『リアス』として見てくれるところ、かしら」
「あら、紅茶が甘いわ」
真っ赤になりながらもそう言うと、ヴェネラナはからかうようにそう言う。
「それで、リアスはどこまで行ったのですか? Cですか?」
義姉の容赦ない追撃。
「ぇと、その、きす、までです」
「あら、まだキスだけなのですか? まあ、彼は上級悪魔ではないから
さらに義従姉の容赦ない口撃でリアスは当然……
「い、イッセー、と、
顔から湯気が出そうなほど真っ赤になってダウン。ベルーナにすら負けているほど恋愛経験のないリアスが恋愛の先輩たちの集中砲火に勝てるわけがなかった。
くすくすとリアスをからかう三人。
突如、どこかで爆音が響き、大地が揺れた。それと同時にテーブルも揺れ、ティーポットが床に落ちる。
ベルーナはそれを認識した瞬間、悪魔どころか神すら逸脱していると錯覚してしまうほどの速度でティーポットをつかんだ。
ベルーナはティーポットをくまなく確認し、傷がないかよく確認する。
……ほんの少し……普通なら気にしない程度だけであるが、傷が付いていた。ティーポットの底に。
「ああ、お兄様から戴いた大切なティーポットに傷が……お兄様ごめんなざいぃぃ……ベルーナは、ベルーナはぁぁ……!」
ベルーナはぼろぼろと大粒の涙を流しはじめていた。もう号泣していた。
このティーポットは兄から送られた初めてのプレゼントでもあったので、それはもう命よりも大切にしていた。
幼子のように大泣きするベルーナに戸惑っている三人。
そこに執事が現れ、先程の爆発について説明し始めた。
「報告します。先程の爆発はどうやら旧魔王派の連中のようで……現在も」
「旧 魔 王 派 で す か ?」
「ひいっ!?」
ベルーナのどす黒い声にびびる執事。普段はビシリとしていたとしても、これは無理もない。
ベルーナは全身から滅びの象徴たるどす黒いオーラを垂れ流しにしており、その余波で髪の毛が不規則に揺れている。正直他の三人も一周回って逆に冷静になるレベルでキレていた。
「そのゴミ以下の愚鈍はどこにいるのですか?」
「ぐ、グレモリーの首都に」
「解りました……」
ゆらり、と幽鬼のように立ち上がると、ベルーナは笑う。
それは、狩人の笑みだ。
「死にたくなるほど己のしたことを後悔させてあげましょう……」
明らかに逸脱した速度で、殺意をばらまきながらその場から飛び去るベルーナ。
『ここにきて大きな展開だねぇ。世界は
運命は、既に形を変え始めていた。