Muv-Luv Alternative ~take back the sky~ 作:◯岳◯
後日談を含め、最終、最後の話になります。
どんな衛士にとっても、故郷は特別なものだ。離れている時間が長いほど、望郷の念は強くなるという。欧州という土地を誇りとしている者ならば、更にその想いは募っていく。
かつて奪われた大切な場所、その奪還という悲願に向けてリヨンハイヴ攻略戦の準備は着々と進められていった。裏で蠢く数多の事情など関係がないとばかりに、何もなかったように予め定められている日程に向け、段階を踏んで整えられていく。
そして、ハイヴ突入部隊として、西ドイツ陸軍第44戦術機甲大隊―――通称・ツェルベルスの第一中隊と第二中隊が最終的に決定した。
そんな中で第三中隊に異動をなったイルフリーデは、ドーバー海峡の基地の開けた場所で愚痴をこぼしていた。
「私達は地上のBETAの掃討に、か」
「残念そうな顔をするな、イルフリーデ。地上でBETAを引きつけ、中佐達の背後を守るのも立派な役割だぞ」
「そんな事、分かってるわよ。でも……ヘルガ。他国の部隊の扱いについて、司令部は何か神経質になっていると思わない? スワラージでのソ連の件があるにしても」
「だが、問題にはなっていない。以前と大きく異なっている、と元クラッカー中隊の面々は嬉しそうに語っていたぞ」
だが、とヘルガローゼは思う。連携が瓦解するのを恐れるのは分かるが、少し過度になっているように感じていたからだ。
「どう思う、ルナ……ルナ?」
「え? あ、ええ。何かしら、ヘルガ」
「……何でも無い。いや、最近のお前は………」
変だ、というのは違う。集中力もある、だが何かが引っかかっているようにぎこちない。イルフリーデとヘルガローゼの二人ともが、こうなった切っ掛けは分かっていた。原因も、恐らく。だが、機密事項らしきもの、あの時に見た何らかの資料が原因であれば、根掘り葉掘り聞くのはためらわれた。
だが、次はハイヴ攻略戦だ。そうでなくても戦場では何が起きるか分からない。ヘルガローゼは今まで我慢していたが、とイルフリーデに視線で合図を送った。
その内容は次の休憩の時間に聞き出して解決を、というもの。
―――白銀武は、そんな3人の前に唐突に現れた。
「時間いいか、ヴィッツレーベン中尉」
例の件だ、と視線で示されたルナテレジアが無言で頷いた。武は残された二人に「悪いな」と言い残して、移動を始めた。そして、シルヴィオが用意していた機密レベルが高い部屋に入り、椅子に座るなり本題に入った。
「まずは確認だ。諜報員が落としたあの資料、どこまでを見た?」
「……これは尋問なのでしょうか」
「上には報告していない。作戦前のこの時期に、最悪の状況になるのは避けたいからな」
獅子の家紋を持つヴィッツレーベン伯爵家の次女でありツェルベルスの一員、
ルナテレジアは暗に告げられた内容に驚かなかった。イルフリーデやヘルガローゼとは違い、戦術機狂いとも呼ばれているルナテレジアだからこそ分かる、欧州の闇。
対BETA戦争の大札である戦術機の開発には、必ずと言っていいほど政治が絡んでくる。設計思想からパーツまで、対外的にはどうであれ、全てがクリーンである筈がなかった。
ましてやかつては東西に分かれていたドイツでの貴族だ。深入りするつもりは無かったが、そういった闇があることはルナテレジアも承知していた。
だが、あれは違う。想定の遥か上を行くものを見たルナテレジアは、自分が甘く見積もっていたことを知った。故に、報告をしていないと聞いて、どこかで安堵していたのはルナテレジアの偽りのない本心だった。
だが、意地がある。立場がある。何より、どうして先の作戦の英雄がこんな裏の仕事に。ルナテレジアが率直に尋ねると、武は困ったように笑った。
「望んだ訳でもないけどな。……東南アジアであいつらの研究成果を全部ぶっ潰してから、ずっとだ」
警護の任務についていた戦術機中隊ごと皆殺しにした、と武は過去の経験を語った。そのことを知るのは、横浜でも一部の者だけ。恨まれている、と武は面白くないという顔をした。あいつら、何を被害者面していやがるんだ、と呟きながら。
白銀武は人殺しを好まない。最悪の事態を防ぐためならば兵士として実行できるが、可能な限り避ける方向で動く。その範囲から外れるのが、例の研究に関係し、協力しようという者達だ。
「とはいえ、今回のは事故みたいなもんだ。奴らにとっても、リヨンハイヴ攻略は悲願だ」
「……つまり、その手の者が欧州の中に」
「だけじゃない。米国、ソ連、欧州、アジア……質は違うけど、世界各国に奴らはいる」
マフィアの類とは違う。大戦を経て、非合法組織は地域密着型になった。欧州は特にその傾向が強い、と聞かされたのはグレーテルからだ。欧州の闇は狭いが、深い。米国との質の違いを武は指摘し、ルナテレジアも頷いた。
「しかし、いったい誰が……何が目的でこんなことを」
「調査中だけど、俺は知りたくないね。お約束なら“永遠の命を得るために”ってなるんだろうけど」
「どのお約束なのでしょうか、それは。しかし……そう考える者が皆無とは思えないところが」
何よりも、自分を貴いものだと勘違いしている者が居るならば。信じたくはないですが、とルナテレジアは沈痛な面持ちで呟いていた。部屋の中の空気も、暗くなっていき―――今までの話を全て吹き飛ばすように、武は告げた。
「ま、ほっとくのが最善だな。今はハイヴ攻略戦に専念するのが吉だ」
「……言うのは簡単ですが、そう簡単に割り切れるものでも」
「付き合う方がバカなんだよ。クソッタレの奴らなんて、整備器具の裏に潜んでる茶羽のアイツぐらいに思っときゃいい」
暗い所でジメジメと悪巧みをする奴らと一緒に、暗くなってやる必要なんてどこにもない。断言した武は、処理する役割を持つ者は別にいることを示した。
「メグスラシルの乙女の一角が憂う必要はない。お姫様はお姫様らしく、微笑んでくれた方が士気が上がるってもんだ」
「……お姫様だなんて、嫌味に聞こえますわ。ですが、メグスラシルに例えられるのは少し……いえ、かなり悪くありませんわね」
古エッダの詩である『ヴァフスルーズニルの言葉』で謳われる霜の巨人が、メグスラシル。その血を引く乙女のことだ。
ルナテレジアは、無意識の内に微笑んでいた。
「それにしても、蒼穹の英雄様がわざわざ来てくださるなんて。少し勘違いしてしまいそうですわ」
「やめて。ほんとやめてマジでやめてお願いします」
特に演説とかには触れないで、と武は頭を下げながら懇願した。恥ずかしいってレベルじゃない、と顔を覆った武だが、隠しきれない耳は真っ赤になっていた。ルナテレジアの耳も、メグスラシルと呼ばれて少し赤くなっていたが。
「しかし、あなたは迷わないのですね。人の嫌な部分を見せつけられたとしても」
「……本当に、な。本当に色々見てきたけど、やっぱり俺は人を助けたいんだと思ったんだよ。それに、ボパールからのあいつらとの約束でもあるから」
スワラージで堕ちたリーサ、アルフレード、アーサー、フランツ。共にどん底を這いずり回った戦友は、家族は、横浜に来てくれた。次は俺の番だと、武は当たり前のように笑った。
かつてから此処より、何処までも。かつての時の、誓いをずっと。忘れるはずがないと、武は家族のような戦友との絆を誇らしげに語った。
ルナテレジアは少し子供っぽい武の様子を見て、理解した。オリジナルハイヴの奥での映像で、目の前の男がどうしてあそこまで戦い抜けたのか、ということを。
最初に見た時は、悔しいと思った。超人的であり、狂気的な機動を、戦いを思い出す度に敵わないかもしれないという弱気が生まれた。
今は違った。負けるつもりはないが、どこかで「仕方がない人だな」と思える人。それがルナテレジアから見た、白銀武という男だった。
「それじゃあ、解決に向かってるのね?」
「はい。そういうことなので、どうかお目溢しを」
ははーっ、と頭を下げる武を、ベルナデットは変な生き物を見るような目で見た。ごほん、と武が咳と共に元の姿勢に戻った。
周囲に人はいない。ルナテレジアの時と同じで、万が一にも話が漏れない部屋で二人きり。違ったのは、ベルナデットがそれなりに例の勢力について知っていたことだ。
フランツに接触してきたのが発端だという。ツェルベルスに頭を抑えられているように見える元クラッカー中隊の衛士に話があったらしい。もっと世の中を平にしたくないか、という感じで。
貴族の血を引いているベルナデットだが、その権勢を意識して振るうことはない。ただ一振りの剣であれ、という家訓に従っている。だが、他人から見た目が必ずしもそれと一致するとは限らない。本人が望まなくても、情報が入ってくるケースが往々にして存在した。
「正義感に駆られて、といった所かしら。どちらにせよ厄介極まりないわ」
よりにもよってこの時期に、とベルナデットの目が細められていった。小柄な身体のどこから、と言わんばかりの威圧感を前に、武は「こえー」と呟いた後、そういえばと聞きたかったことを尋ねた。
「ウォードッグ、って言ってたけど。あと、ジョゼットっていう衛士」
「……粉をかけるのもいい加減にしなさいよ?
「え、まだ立ち直ってないのか。リベンジ戦も断らなかったし、あれだけ叩きのめしたのに」
分かっていない武の様子を見て、ベルナデットがため息をついた。
「本当に……あの演説をした男と同一人物とは、とてもじゃないけど思えないわ」
「だからそれ止めてって! 顔も知らない衛士から『ニチャア』って感じの笑みで何度もからかわれるし、もうお腹いっぱいなんだよ!」
「……黄色い猿風情が、って扱き下ろされるのは我慢しているのに?」
アジアや北米とはまた違った差別感があるのが欧州だ。プライドが高く、白人主義の旗を隠そうとしない者も存在している。アホの集まりね、とベルナデットは一刀両断していたが。
武はベルナデットの憤りを聞いて、ぽかんと口を開け。ありがとう、と苦笑混じりの礼を言った。途端、ベルナデットの目が別の意味で細められた。
「なによ、その顔。別にアンタのためにって訳じゃないわ。誇りある欧州の衛士として、見っともない真似をするバカが嫌いなだけよ」
「いや、マジで気にしてないんだよ。でも、そう言って貰えるのが嬉しくて」
武は少し驚いたが、それだけだと笑った。だって、殺し合いには発展しないんだから、とかつての崩壊した世界との違いを噛み締めながら。
ベルナデットは同意せず、ただぽつりと呟いた。
「……信賞必罰のルールに従ったまでよ。そういえば言ってなかったわね」
「なにを?」
「バビロン災害を防いだ事と、オリジナルハイヴの攻略。………及第点を上げるわ、白銀武」
「光栄でございます、ベルナデット・ル・ティグレ・ド・ラ・リヴィエール様」
「……やっぱりバカにしてるのね?」
拳を握りしめたベルナデットに、武は降参と両手を上げた。
「そういうんじゃないんだって。本当に」
「嘘言いなさいよ。突入部隊に選ばれなかったって、バカにしてるんでしょ」
「まさか。フランス革命の時に、市民に付いたのがリヴィエールっていう家だろ?」
だから違う、と武は言った。
「市民を守るために、一振りの剣であれ。そんな家訓を誇りに思っている凄え人間が、市民の故郷を取り戻せる戦いに参加できるのなら、形なんかに拘るはずがない、って思って、るんだけど……」
武はだんだんと声を小さくして、最後には黙り込んだ。ベルナデットが真っ赤な耳と、凄い形相でこちらを睨んできたからだ。
それから、武はコンコンと説教を受けた。『アンタ本当にそういう所よ』と怒られたのが5回、『訓練に付き合いなさい』と脅迫を受けること3回、『現地妻作るのもいい加減に』というのが2回、最後にはフランツにまで報告が行った。
翌日、樹も混じえての大説教回―――という名前のトトカルチョが始まったのは、元クラッカー中隊の者だけが知る秘密となった。
―――以降は、滞りもなく準備が進められていった。地上での連携訓練に、新たなシミュレーションを使ってのハイヴ突入訓練。欧州が誇るツェルベルスに、実績あるA-01の助言や協力は鬼に金棒となった。
そうして、2003年12月24日。
欧州を祖国に持つ全ての人に、リヨンハイヴが攻略されたという報せが走った。
「ふいー、面倒くさいったらないぜ全く」
祝勝会が行われているパーティー会場の、外。逃げるようにしてテラスへと出た武は、そこで礼服を身にまとった何もかもが対照的な二人を見つけた。ヴィルフリート・フォン・アイヒベルガーとジークリンデ・フォン・ファーレンホルストという、今日一番の英雄。
武は遠巻きにしている者達を無視して、グラスを片手に話しかけた。
「なにやってるんですか、欧州奪還の立役者が」
「……白銀中佐か」
君こそ地上における最優秀の立役者だろうに、とヴィルフリートが苦笑し、ジークリンデが同意を示した。
「護衛も連れず、一人で抜け出してもいいのですか?」
「いやあ……ダメなんでしょうけど、ああいった場はまだまだ苦手で」
武の言葉に、ヴィルフリートは同意を示した。お互い様で、という暗黙の了解が流れていく。夜空に映える月を見上げている所作まで同じだった。
ヴィルフリートは横目で武の顔を見て、やはり、と頷いた。演説の際に感じた、年若い声の裏に秘められた、何十、何百、何千という挫折を覚えた老人の気配。
オリジナルハイヴの奥での戦闘や、先日の地上部隊の窮地を救った鬼神の如き動きの全てが納得できるぐらいに、積み重ねた年月の匂い。
あり得ないことでも、どこか納得してしまうものをヴィルフリートは感じながら、何を問いかけることもしなかった。ただ、この場においては共通する想いを胸に抱いていると思ったからだ。
(―――長かった)
何でもできると勘違いして居た若造の自分は、初陣で死んだ。友誼を結んだ戦友が死ぬのも日常茶飯事で。死者の顔の全てを覚えきれなくなったのはいつからだろう。七英雄という数が物語っている、みんな死んでいったのだ。
理不尽に奪われ、盗られ、踏みにじられ続けてもなお、まだだ、まだ終わっていないと足掻き続けてもう何年になるだろう。欧州の全てが奪われたのが、1993年だった。
多くのことがあった。亡くなった者、出会った人、失ったもの、得られたなにか。
詳しく考える気力は湧かない、長かった、としかいえない時間だった。
「もう12年、か」
「ええ……本当に長かったです」
「そうか、君も」
「亜大陸で負けて、命からがらでした」
言葉少なに、二人の男が語り合った。対BETAという戦線の先頭で英雄の重荷を誰よりも背負わされ、負けることを許されなかった者にしか分からないシンパシー。それは、ジークリンデさえ入れない何かを形成していた。
しばらく話した後、背筋に恥じる寒気にと原因に気がついた武は、聞きましたよ、と誤魔化すように笑った。
「ハイヴの奥で言ったそうじゃないですか、『ジークに手を出すな』って」
「……ゲルハルトの奴だな」
あの髭が、とヴィルフリートは珍しくも悪口をこぼした。ジークリンデは武に笑顔を向け、それを見た武は「こわっ」と本音を吐露した。
「でも……怪我を隠しながら、ですか」
「君にも分かるだろう、それが私達に求め続けられているものだ……この年になると、少し辛いものがあるが」
「引退するのも手だと思いますけどね」
武は月を指差した。あそこに乗り込むのには更に年月がかかりますから、と何でも無い風に。
「月、そして火星……何十年かかるか分かりませんから、お二人には仕事をしてもらわないと」
「……その、仕事とは?」
「次の世代を。そのまた次の世代まで、命を繋ぐ役割です」
ラーマ隊長とターラー副隊長の受け売りですが、と武は言った。
「引退して、子供作って、幸せだったって広報して下さい。上が率先してやるべき、らしいですから」
大戦の傷跡は大きい。人口比率は過去最悪だ。日本も、欧州も、BETAとはまた異なる問題に相対していかなければならない。戦場で抗うものとはまた違うが、それも打倒すべき“敵”だ。しんどいですけど、と武は苦笑した。
「ロートルはさっさと引退しろ、ということか」
「そんな所です。……大丈夫ですよ。フォイルナー中尉達が継いでくれますって。
武が告げ、ジークリンデが小さく笑った。そうなってくれれば良いな、と喜ばしそうに。
「だから、後は俺達に任せて下さい……頑張りますよ。俺が後輩達に『さっさと退けジジイ』って言われるようになるまで」
笑みを浮かべながらのヴィルフリートの冗談に乗った武は、その時を楽しみにしていると笑った。
それじゃあ、と武が去っていく。ヴィルフリートは呼び止めず、グラスだけを掲げた。
武はしばらく一人で歩きながら、「絵になるよなあ」と愚痴りながら、ヴィルフリートとジークリンデの二人を祝福した。
横目で会場の中を見ると、清十郎とイルフリーデの二人がダンスをしていた。やりやがったな、と武は親指を立て、その指を横からにゅっと飛び出た手が掴んだ。
「ようやく、見つけたわよ」
「げっ、リヴィエール大尉に……ヴィッツレーベン中尉?」
どうしてここに、と質問をする前に武は二人から足を踏まれた。
「なんでもなにもないでしょうが。コソコソと逃げ出して、なんのつもりかしら」
「リヴィエール大尉の言う通りですわ。―――私を傷物にしておいて、逃げようだなんて」
よよよ、泣くような仕草をするルナテレジアと、ベルナデットの額に浮き出た怒りの血管。
誤解だ、と武は無罪を主張した。どっちかって言うと傷物にならないように助けた方だろ、と必死な様子で。
事実、母艦級からの奇襲を防ぐために武は身を張ったのだ。間違えれば撃墜か、最低でもレーザー照射で火傷を負っていた可能性もある。武が主張するも、だからこそだと、ルナテレジアはうっとりとした顔になった。
「戦術機越しの、熱い抱擁……そんなことをされたら、もう」
「話が通じねえ!? って怖いってリヴィエール大尉!」
武は威圧感が増したベルナデットに「どうどう」と言いながら、こちらに近づいてくる樹に気がつき、救援を要請した。直後にいい笑顔で手を振られ、距離を置かれるだけに終わったが。
「それよりも、後半戦で見せた戦術はどういうつもり? 私の技を盗むなんて」
「いや、弾数が想定より余ってたから。殲滅速度もそうだけど、味方から逸れて大尉と二人になっただろ?」
予想以上に母艦級が出張ってきたのが元凶だった。イルフリーデとヘルガローゼ他、ツェルベルスはA-01の仲間と清十郎が率いる武御雷だけで構成された部隊に救援を受けて事なきを得た。その裏で、武は後援の
「それにしても、上手くいったよな。ベルナデットもフォローが凄かったし、死角を死角で消して次々に撃ち潰せて……気持ちが良かったっていうか」
「……上層部も驚いていたわ。アンタと私なら、当然だけど」
それで、その、移籍というか。呟くベルナデットの言葉に、今度はルナテレジアが笑みを深めた。先程見た后狼ことジークリンデのような迫力ある様子に、これが世代交代か、と武は引きつった顔で応対していた。
しばらく問答をした後、ベルナデットが会場の方を指差した。
「戻らなくていいの? 相応しい立場に留まるのも、また任務よ」
「いや、本当の意味での主役は清十郎さ。斯衛の上層部に必死で頭を下げまわったアイツが居なければ、もっと多く死んでた」
作戦失敗にはならなかっただろうが、ツェルベルスの何人かと、A-01の仲間も危なかった。だから脇役は引っ込むよ、と武は本心で告げていた。
「目立つのは嫌いだしな。踊りも苦手だし、逃げるが勝ちだ」
「へえ……勝敗はともかくとして、アンタにも苦手なものがあるのね」
「そればっかりさ。嫌だ嫌だ、なんてずっと言ってられなかったけど」
「昔の話をする年齢じゃないでしょうに、年寄りくさいわよ」
「年寄り、か――――なれたらいいなぁ」
ぽつりと、武が呟いた。その言葉に含められたものの重さに、ベルナデットさえ一瞬言葉を失った。
「なんてな」とすぐに茶化して誤魔化した武は、それでも、と言葉を紡いだ。
「ヴィルフリート中佐にも言ったけど、夢ではあるかな。ジジイあっち行けよ、って孫あたりに蹴られるんだよ」
「……それがアンタの、本当の望み?」
「このままいけばいいと思ってるさ」
――――誰も。誰も、悲しみの内に死なないでくれたのなら。
恐らくは無理だろう。今までもそうだった。血反吐が溢れるぐらいに努力した所で、届かないことは、命は山のようにあった。
だが、諦めずに最後まで足掻き続ける。衛士だけじゃない、それが自分が定めた将来の仕事だからと、武は誇らしそうに告げた。
大切な人と、一緒の時間を笑いながら生きて。お前なんか要らねえよと、笑って言われるまで年月を重ねられれば、自分が死んだ後でも旅が続いてくれると武は信じていた。
時には諍いあい、喧嘩をして、命を奪い合う羽目になったとしても。
この星空の下、月の下。
あの青空の下、太陽の下、地球という大地の上で。
共に宇宙を旅する乗組員は、ずっと。
それがきっと、俺が欲しかった永遠なんだと。
「……なんて、クサイこと言ってる内に見つかったな」
前方12時の方向にリーサを筆頭とする酔っぱらいが8名、と武が呟くと同時に、全員が走り始めた。武はグラスの酒を一気に飲むと、迎え撃ってやるとばかりに笑いながら走り始めた。
ぶつかり合う音、笑う声、囃し立てる者と、過去から未来を語り合う言葉が紡がれていった。
―――会場の中では、カチコチになった清十郎がイルフリーデへ、真っ赤な顔で何かを言おうとしていて、ヘルガローゼが息を呑んで見守り。
―――少し離れた場所では、柚香とジョゼット―――あちらの世界ではエレンと名乗っていた彼女―――に挟まれた響が、慌てながら右往左往していた。
―――テラスの端、離れた場所ではヴィルフリートとジークリンデが言葉もなく手を握り合い。
―――日本から連絡を受けた者は、「産まれた」と呟きながら会場に居る武を探して走り回っていた。
そんな歓喜と幸福に包まれた、欧州奪還を祝い合う人の輪の下で。
宇宙に浮かぶ青い星は、今日も止まることなく回りながら、永い旅路を駆け抜けていた。
take back the sky ・ 後日談 ~ fin
読者の皆様方、ご愛読ありがとうございました。
後日談を含め、Muv-Luv Alternative ~take back the sky~は
これにて全て完結でございます。
※また後日、別の場所になると思いますが、それぞれのキャラクターの
その後のことを簡潔に1行程度で書く予定です。
幻想水滸伝のエンディングような形式ですね。