Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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後日談の特別編 : 成人式(後編)

成人式だからと甘く見ていた。信太はあまりにも迂闊だった数分前までの自分を絞め殺したくなった。戦場以外の場所でこの身が脅かされるなど、と高をくくっていた間抜けを。

 

(まずは―――認めよう。この場所は既に地獄に近いという事を)

 

殿下の妹君、煌武院の双璧、次世代の象徴とも呼ばれているお方だ。無礼を働けば命が終わる。非常に苦しい立場になった、自分のような民間出身の木っ端軍人には苦しい戦場だが、と考えていた信太はあんぐりを口を開けた。

 

純夏が最も尊い立場に近いであろう御方(おんかた)である冥夜様に肩パンチをしているのだ。目玉が飛び出るのではないか、というぐらいに驚いた信太は心臓を抑えた。ふと横を見ると、同じように滝汗を流している相棒が居た。

 

奇遇だな、と軽く笑みを交わす。信太は美崎と笑みを交わし合うと、逃げるぞ、と目配せだけで理解しあった。話に花が咲いている今が好機だ。呼吸だけでタイミングを調整しながら二人はすり足で移動し始めた、が。

 

「あれ? 二人とも、もうすぐ開場だってのにどこに行くんだよ」

 

「え?! あ、いや、その……と、トイレに」

 

「外は一杯だろうし、中のトイレでした方が良いぞ。大丈夫、待ってるから」

 

「あ、はは……そ、そうだな」

 

笑顔で告げられたからには、笑顔を返すしかない。信太の内心は「そぉじゃねえんだよ白銀ぇぇぇぇ!」と怨嗟の声でいっぱいになっていたが。

 

とにかく、何とかしてこの場を離れなければ。そう考えた二人は周囲を見回し、そこに希望の光を見つけた。面倒見が良く頼りになる上官の姿を。2つ年上だが、中尉にまでなった有能な先輩は、決して仲間を見捨てたりしない。信太が助けを求めるように手を伸ばすと、先輩はそれに気がついた。

 

にこり、と笑みが交わされて。二人の先輩は手を上げたかと思うと、伝説的な速さで歩き去っていった。

 

(せ、先輩ぃぃぃ!?)

 

(な、なんで逃げの一手を……え、うそ、それだけヤバイの?)

 

気のせいでなければ、先輩は冥夜様ではなく、喧嘩をしていた二人を見た途端に目を泳がせていたような。上下左右斜め上に。

 

(美崎……先輩って斯衛の白にもツテがある、って言ってたよな?)

 

(うん。でも瞬殺、というか一瞬で完全逃亡態勢に……あ、転けた)

 

軍人が足元を見失うほど。それだけで、どれだけ焦っていたか分かった二人は是が非でも追いかけて周囲の美女達のことを尋ねたくなったが、聞けば後戻りが出来なくなりそうだという予感もあった。

 

ここは、嵐が過ぎるのを待とう。信太と美崎は頷きあうと、口を閉じて貝のように黙り込んだ。

 

そこに、どよめきの声が聞こえてきた。信太達は糸目のような表情で、その発生源へと振り向いた。悟りの心を開け、平常心だと自分に言い聞かせながら。

 

だが、振り返った先に見えた光景は想像の斜め上だった。

 

3人の美女がいたからだ。それも、外国人とひと目で分かるほどの特徴で。

 

先頭にいる翠の髪をお団子にまとめた女性は、流麗かつ美しいドレスのような衣装を着ていた。絹のような素材で縫われているらしいドレスは身体のライン状にゆったりと、それでいて流水のように流れている。強化装備の少し無骨な感じが一切なく、ただ綺麗だった。勝ち気だとひと目に分かるエネルギッシュな外見も魅力的だ。だが、自信満々に見える一方で内心ではいっぱいいっぱいだな、と美崎だけは気づいていた。

 

後ろに居る褐色肌の美少女は、エキゾチックな衣装をまとって顔を赤くしていた。鮮烈な赤色と色っぽい紫色が見事なグラディエーションを醸し出している。小柄だが子供には見えない、かといって大人でもない、両方の魅力を兼ね揃えたような不思議な魅力が感じられる。それでも自信がないのか、何かを意識しているのか、怯えているのか。恥ずかしそうにあちこち見ている仕草が、信太にとってツボだった。

 

そして、雪の妖精が居た。着物だった。ロシア人らしい外見であることさえ忘れた。清廉な美しい白の布地に縫われた最低限の装飾と、波打つ銀色の髪の相乗効果は未知の衝撃を二人に与えていた。その視線が注がれているのはただ一点のみ。思わず目で追った所に、一人の男が居た。

 

―――今は全てを忘れて、みんなで白銀武を蹴ろう。そういうことになった。

 

 

 

 

 

 

 

「なんでよってたかって蹴ってくんだよ!?」

 

「これも武士の情け」

 

「自業自得」

 

「馬の代わりに、ね」

 

「ついカッとなった自分を褒めてやりたいです」

 

「人誅かなって」

 

「まだまだ終わってないよ?」

 

色々な声が木霊した。武は数の不利を察して口を閉じた。

 

「でも……なんだかずるいなー」

 

純夏はタリサの衣装を見て、素直な感想を口にした。嫌味なぐらい似合っているし、強化装備では出せない可憐さがこれでもか、というぐらいに出ている。

 

「あー、それは思った。ネパールの民族衣装だよな。タリサが着てるの初めて見るけど、すげー似合ってるぜ」

 

「そ、そうか……? これ、ネレンからのプレゼントなんだけど」

 

バイトに訓練兵に、貯金したお金で買ったらしい。信太はネレンという人物に内心でグッジョブと、親指を立てていた。

 

「私は両親から。台湾式だけど、是非持っていけって」

 

負けるなよ、というメッセージが同封されていたという。どれだけ負けず嫌いなんだというか、何に負けるというのか。信太は分からず、美崎は「あっ」と色々察した。

 

「それで、サーシャさんはなんで着物?」

 

「……お義父さんとお義母さんがプレゼントしてくれた」

 

瞬間、ビキィという音を信太は聞いたような気がした。結納、と誰かが呟いた後は取り返しのつかない空気になった。美人の集まりに目をつけていた若者達が――戦場経験もある軍歴持ちが――危機を察して集団から離れていくほどには。

 

その中心に居る白銀は、挙動不審に左右を見ているだけ。二人は思った、ダメだこりゃ、と。

 

(いざとなれば、美崎……死ぬ時は一緒だぜ)

 

(いや私は逃げるから後はアンタだけで)

 

(一蓮托生の呉越同舟だ! 地獄の底まで付き合ってもらう!)

 

(意味分かって言ってんの!?)

 

 

混乱、混乱、大混乱の視殺戦をする二人だが、横から気配を感じた。ふと視線を横に向けると、大和撫子が居た。

 

前で堂々と歩いている同年代らしい少女は、青い着物に赤の帯を巻いていた。信太はシャープな印象と、肩まで伸びている髪が非常にまとまっているように感じていた。

 

その後ろから、恥ずかしそうな美しい黒髪の少女が出てきた。山吹の着物を身に纏い、赤の羽織を着こなす姿には、日本らしい和の美がこれでもかという程に詰まっていた。

 

信太達は今日初めて出会った他の美女軍団とは異なり、この二人の事だけはよく知っていた。片方は、故・佐渡島ハイヴの間引き作戦で助けてもらったことがあったからだ。そしてもう一人は、同期の桜が入手した写真で見た覚えがあった。

 

山城上総と、篁唯依。二人は輝く笑顔で、混沌の輪の中に入っていった。呆然と見送った二人は、対等というか気安い言葉で話し合う女性達を見て愕然とした。

 

(……なあ、美崎。気の所為だよな? 榊とか彩峰とか聞こえたんだが)

 

(よ、よくある苗字だし。気の所為だようん、きっと)

 

希望的観測をこめて目をそらした二人だが、内なる声は「先輩の様子と面子の地位の高さを考えるとビンゴでは?」と言っていたが、徹底的に無視した。

 

(でも―――どんな関係なんだろうな)

 

白銀武。一般の家庭出身で、今は衛士らしい。その前提が風守光という名前で覆ったが、どうもそれだけではないような感じがする。

 

確かめなければ、と信太は思った。今日は無礼講ということで階級などを聞き出すのは御法度という空気があったが、美崎と自分の命に関わる問題である予感をひしひしと感じ取っていたからだ。

 

だが、目の前にあるのは混沌の坩堝だ。要撃級の群れと同じく、無策で突っ込んだ所で生きて帰れる保証はない。ここは同級生のよしみで、と探していた信太が目を見開いた。その同級生の純夏が、篁唯依の胸を突っついていたからだ。

 

(なんと羨まけしからん―――はっ?!)

 

(後で説教ね。ともあれ、生身で突っ込むのは危険だわ)

 

威力偵察に出てくれる有志はいないものか。攻めあぐねている二人の元に、希望の光が舞い降りたのはその数秒後だった。見た所、同年代の男が3人。少し横に広がっている外見と歩き方、纏う空気の全てが背景を物語っていた。

 

恐らくは家のコネか金を捏ねて徴兵を拒否したのだろう、今の日本では希少種とも呼べる“便宜上の男”が3人。いかにも立派な袴姿を誇らしげにしながら近づいて来る男たちは、無遠慮に集団に話しかけた。

 

「これはこれは……篁中佐に山城大尉ではないですが」

 

「彩峰“元”中将のご令嬢と、榊“元”首相のご令嬢まで」

 

「参上が遅れまして申し訳ありません、煌武院の御方」

 

挨拶の言葉を告げた男達は、次々に美辞麗句を並び立てていく。対する女性陣は大人の対応で―――内心を察した美崎は目をそらしていたが―――適当に返答をしていた。まだ挨拶の範疇である事と、このような目出度い日にささくれ立つのも無粋だと判断したからだろう。

 

(つーか当たって欲しくない推測が確定に変わった件について……彩峰と榊って、テロの件があったよな? 喧嘩してたのは、もしかして)

 

(本当に本心から憎み合っていたのなら、言葉どころか視線も交わさないわよ。女ってものを勉強しなさい、バカ信太)

 

美崎の解釈を聞いた信太はなるほどなーと頷くも、女ってこわいと思った。具体的には、氷点下に達しつつある女性陣の視線とか。

 

それでも鈍い男達は場違いであることに気づかず、女性陣に甘い言葉を投げ続けていた。信太でも分かるぐらいに、応える気が皆無だという雰囲気を醸し出しているというのに。

やがて、見かねたのか唯一の男である武が前に出た。既に会場の扉は開いている、あまり遅れるのも何だからとやんわりと諭した途端、舌鋒は鋭いものに変わった。

 

―――見たことがない顔が、何を偉そうに。

 

―――そもそもの話、貴様ごときがうんたらかんたら。

 

―――帝国男子たるもの移り気はどうかと、と困った顔で。

 

美崎は最後の言葉が突き刺さったのか武が胸を抑えるのを見て、やっぱりと呟いた。そして、来るべき惨劇を予感し、1秒後に予想は見事的中した。

 

近いもので例えれば、戦術機で小型のBETAを踏み潰す時に似ているだろうか。悪意も何もなく、潰せるのだから潰すという手軽さと、BETA故に許せないという敵愾心が同居しているような。予想外だったのは、全員から発せられる気配の鋭さだ。どれほどの修羅場を潜り抜ければ、と思うほどに女性陣の気配は研ぎ澄まされていた。

 

信太達だけではない、遠巻きに様子を伺っていた者達も察した。ああ、あいつらはこれからひき肉にされるんだな、と。

 

やがて男たちの視線が女性陣の豊かな胸元に、鼻の下をやや伸ばしながら遠慮のない様子になった時だった。現れた人物に気がついた信太は「あっ」という声を出し、気がついた男たちが振り返り、硬直した。

 

「い……い、い、斑鳩公!?」

 

「いかにも」

 

斑鳩崇継、青、五摂家の一角、12.5事件の真なる英雄、国内最高部隊を率いる者。いずれも並ならぬ肩書であり、BETA大戦において国内に比する者など3指あるかどうか。本人であることを疑う者は、この場において誰一人としていなかった。存在感から何から、全てが“違って”いたからだ。あくまで柔らかい表情を浮かべたまま、斑鳩崇継は優しく男達に語りかけた。

 

「無礼講とはいえ、礼儀を失するのは些か美しくない。其方達も帝国を担う若者としての一翼。振る舞いというものを、常々意識してくれることを願っているよ」

 

笑顔で、語りかける。それだけで3人の男たちは頷く以外の行動を取れなかった。信太まで同じ行動をした程で。その中で、一人だけは違った答えを返していた。

 

「人の顔を墨まみれにする某斯衛の上司が言いますか? 些かならず美しくないと思うんですが」

 

「磐田と吉倉か……少々興が乗ったということだ。男子たるもの、細かいことを気にしては背が伸びぬぞ。具体的には貴様の母親に聞くが良い」

 

「あっ、母さんの言う通りやっぱり昔の忠言を根に持って……いやなんでもないです」

 

別の意味で迫力がある笑顔をしていた崇継は、忠告をするなり去っていった。男達はつられるように、その場から立ち去っていく。一連のやり取りを目撃した信太と美崎は確信した。白銀武という奴は、滅茶苦茶にヤベえ奴であると。

 

「流石はアンモナイト脱皮説を熱く語った男だな」

 

あまりの熱弁に、一時期はクラスの半分ぐらいが信じてたという。どちらにせよ、自分の想いを伝えるのが上手い奴だった、という印象を信太達は持っていた。同じように、口説き続けていたのだろうか、と考えるぐらいには。

 

そもそも、東から西までかき集めたと言わんばかりの美女と、これだけ親密なのはどういった事なのか。直接ではないにしても尋ねた信太は、困った顔をした武に説明を受けて、驚いた。

 

「あの後、海外に……? ど、道理で国際色豊か、というか顔を見なかった訳だ」

 

「数年だけどな。まあ、色々と深い経験値を積めたぜ」

 

信太と美崎は驚いた。10やそこいらの子供の時分、海外でBETAがあれこれという報道は耳にすることがあったが、実感したのはずっと後だからだ。日本侵攻と聞いたのが、第一の衝撃。次に現実を実感したのは、徴兵を受けた後のこと。それまでは考えられなかった、人を人と扱わない厳しい訓練の数々。日々を乗り越えるのに精一杯で、生き残ることだけに集中した。気づけば故郷は滅び、自分たちも戦場ごとに命を賭けるという想像もしていなかった世界で生き延びた。

 

取り戻せなくなった者は、あまりにも多く。引き換えに得たものもあったが、やはり失ったという印象が強い5年間だった。

 

「いや、俺もそうだって。12からの5年間が肉体的には一番つらかったし」

 

武が本音を吐露するも、信太は後ろに居る美女を見た後、頷いた。

 

「成程、それを口説く口実にしたんだな」

 

辛い思いをしたのは間違いないだろうが、あまりにも美女率が多すぎる。信太は疑っていた。本当はガールハンティングとかそういうのをしてたんじゃないのか、と嫉妬の念を前面に押し出しながら。

 

「ちなみに、ここでアンケート。白銀武に口説かれた……もしくは意味深なことを言われたことがある人は」

 

満場一致で手が上がった。いやー罪作りを通り越して咎人っすわ。美崎の言葉に、全員が深く頷いていた。

 

それでも、明るい雰囲気だった理由を美崎は察していた。一人一人、気合が入っている衣装をきちんと褒めていたからだ。それぞれが持っている強み、アピールポイントを的確に捉えて、いかにもな言葉を笑顔で。女性の観点から言えば満点に近い回答を連発する姿を見た美崎は「とんでもねえ奴と同級生だったもんだぜ」と戦慄していた。

 

信太は、ただ圧倒されていた。女性たちの、あまりにも嬉しそうな顔に。

 

「というか、アンタ誰よ? 横浜基地には居なかったようだけど」

 

中国人らしい女性からの質問に答えたのは、純夏だった。小学校時代の同級生だと。その説明の後、一時期だけど武を虐めていたという言葉を聞いた女性陣は、揃って首を傾げた。

 

武を見ながら、「苛………める………?」と理解できないものを目の当たりにしたような。

 

「ごめん、日本語はさっぱりなんだ」

 

「え、いや……というか、なんでそんなにショックを?」

 

かつての過ちであり、反省すべき所だが、珍獣というか完全なる予想外という反応をされた信太は戸惑った。対する女性陣の答えは一致していた。まるで想像ができないから、と。

 

「……いや、なんで? 白銀だって人間だし、子供の頃はそういうことも」

 

「にん……げん?」

 

「そこから疑うのかっっ?!」

 

ひでえ、とギャーギャー騒ぎ始める武。それを見つめる女性陣は、からかうような表情を浮かべながらも、誰もが笑っていた。その様子を目の当たりにした信太は、敵わねえな、と苦笑していた。

 

――かつて、死の恐怖に恐れて壊れそうになっていた同級生の少女が居た。言葉に言葉を重ねて、戦場の最中に命までかけて、ようやく一人。守れなかった者はあまりに多い。同年代の若者を集めて、一つの会場に収まりそうなぐらいだという現実は、未来に仄かな暗さがあることを伺わせるには十分で。

 

そうこうしている内に、会場が完全に開かれた。それぞれがそれぞれの交友関係がある仲間と共に、中に入っていく。信太はそれとなく武を引き止めた後、先に行っているという女性陣を見送った後、尋ねた。

 

「お前、凄いよな……あれだけの面子を、あれだけ助けられて」

 

「そうだな……必死にやり続けただけだったけど」

 

「え?」

 

「痛いものは痛いってこと。地位があろうが、お金があろうが」

 

抱えている人、抱えようとしている人ほど辛い想いをしていた。痛いという感覚は、お金や強さでは緩和できないから。断言する武は、笑いながら言葉を交わしている冥夜や唯依達の姿を眩しそうに見つめながら、語った。

 

「助けられて、良かった―――本当に、良かったって思うんだよ」

 

「………そうだな。なにせ、美人だし」

 

「言えてる」

 

信太は考える前に頷いた。痛いのは辛いし、助けられたことは嬉しいもんな、と。

 

なにせ、女の子の笑顔は無敵だ。暗い世界の中ならばもっと、心からの笑顔を浮かべられるだけで男は何もかもが救われた気になる。助けたことでそれを返されるのなら、もう何もいらないぐらいには最高だと。

 

それが、複数人。血みどろからかけ離れた場所で、何気ない話題で笑顔を交わしあえれば、それ以上のことはない。

 

―――本当にずっと。この美しい光景が、続いていけば良いのに。そんな本心からの武の呟きに、信太は聞かなかったフリをしながら、他愛もない質問を投げた。

 

 

「ところで、同志・武サンよ。参考までに聞きたいんだけど、誰と一発かましたことがあるんだ?」

 

 

「ハハッ! ―――国際問題になるのでその回答は後日に」

 

 

バカ話をする男二人は、軽口を交わしながら女性陣を追うように会場の中へと歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――あまりにも。あまりにも多くのものが失われました」

 

土地、街、建物、歴史、思い出、命。BETAに飲み込まれて壊され、二度と返ってこないものを数えれば目眩だけでは済まない。取り返しがつかないという気持ちは、心の奥の底を抉る威力に長じている。

 

成人式の会場の壇上、煌武院悠陽はそれでも、と告げた。

 

会場に集まった、20歳から22歳の年頃の者達。パイプ椅子から立ち上がり、誰もがその言葉に耳を傾けていた。

 

「今、私達は生きています。亡き先人達の奮闘。生きる先輩方の激闘。そして、私達が戦うことによって、帝国の危機は救われました」

 

どれ一つとして、欠ければ今の日本という国は無かった。守りたいという気持ち、それを礎にして踏ん張った全員が戦うことを選択したからこそ、未曾有の国難を乗り越えることができたと。

 

誰もがその言葉に聞き入っていた。誰もが壇上で堂々と話す政威大将軍に見入っていた。あまりにも美しい所作で頭を下げる所までを。

 

―――“ありがとう、ございます”。胸の奥にまで染み入る言葉を会場に伝搬させた煌武院悠陽は、笑いかけた。

 

「さりとて、私達は成人したての若輩者……いわば新人です。誰も変わらず、皆と同じく、かつて成人式を迎えた者達と同じく」

 

上官、上司、先輩。いずれも、同じ20歳の頃があった。袴を着て、着物を楽しみ、自分たちと同じく成人になることを大人達から祝われた。だから、と悠陽は言う。

 

「未熟であるかもしれません。重ねた年月だけは追い越すことができない。それは焦る原因にもなりますが、喜ぶべき期待でもあります」

 

戦場に出た者であれば、ほぼ全ての人間が思うことがある。あの時にもっと自分が強ければ。努力をしていれば、という後悔を抱く。私もそうでした、と悠陽は言う。

 

「これからも、世界はかつてのような平穏な時代ではない、戦乱と混沌が続くことでしょう。希望的観測が通じないことを実感した者ばかりだと思います。戦場を、非常の場に見えた者であれば余程のこと―――ですが、この国には貴方達が居ます。死に瀕する場所であっても戦った貴方達が。先達から教えを受けた貴方達が。亡き戦友から想いを受け継いた貴方達が、この国には居るのです」

 

ならば、何を憂うことがありましょう。壇上で遠く、それでも悠陽が浮かべた笑顔を会場に居るほぼ全員が惹きつけられた。

 

(―――そうだな)

 

信太は一人、隣に居る美崎の顔を見ながら頷いた。乗り越えた事、助言を受けたこと全て、殿下が語ったものは的を得た言葉だった。

 

一人ではどうしようも無かった。絶望の縁にあった、たった一人の同級生の生き残りを元気づけるために走り、無茶を重ねた結果、倒れた。

 

軍人にはあるまじき愚行。それでも、許してくれる人が居た。ケジメだと殴られたが、必要なことだと思い知らされた。自分の穴を埋めるようにと戦場で奮闘し、戦死した報告を受けた時に。

 

世界はクソッタレだ。辛いだけの現実なんて、本当に冗談じゃない。でも、それだけではないのだ。それだけでは、決してないのだ。

 

嫌味を言われることがある、叱咤と共に拳を受けることも。だが、見られている。見ている。助けられるのならば、と自分をじっと見ている人が居る。辛いと、手を伸ばせば愚痴混じりであっても手を差し伸べてくれる人達が、先達が自分達の周囲には存在している。

壇上から降り注ぐ言葉は、その全てを理解しているような内容だった。軍で聞かされる当たり前の訓示ではなく、心の奥底の優しくありたいという自分に触れてくるような。

 

壇上の殿下は、その通りに多くを語らず。最後に、ただ一言だけを告げた。

 

「同じ若輩者としてこれからも、お互いに頑張りましょう―――誰かが笑っていられる世の中を守るために。若造と呼ぶお年寄りに、敬意をこめた返礼をするために」

 

小さく笑いながらの、あまりにも可憐な言葉。それを聞いた会場の者達は快活に笑っていた。近頃の若いものは、という言葉は遡れば古代まで存在していたという。それを殿下は必然だと言った。見放した者に割く労力ほど無駄なものはなく、心を砕いてくれるからこそ忠告の言葉は放たれるのだと。

 

「―――故に、これからも宜しくお願いします。我が同胞であり、同じく厳しい世を生き延びんとする同志達よ」

 

戦い、生き延びましょう。芯に熱がこもった凛とした言葉を受けた全員の背筋が伸びた。誰もが思う前にその熱に中てられ。輝くような壇上から、祈るような言葉が告げられた。

 

―――いつかですが、きっと。世界中の誰も彼もが、自分の中の大切なものを抱き、噛み締められるような世の中になるように。

 

言葉にした訳ではない。だが、気配が語っていた。それは真摯かつ透き通った、本当の悲願の言葉のようで。成人を迎えた若者達は全て、耳にした願いを受け止めたかと思うと、黙って目を閉じていた。

 

かつて、誰もがこの国で経験し、身を浸していた優しい平和という思い出を反芻するために。失くしたものは戻らない。だけど諦めずに、もっと素晴らしいものが未来(あした)に広がっていると信じて。

 

かつて成人した先達が抱いたであろう、同じ覚悟を。一人前になった―――なってしまった身に刻み、ずっと守っていく決意を携えて。

 

自分たちが子供の頃に当たり前だった平和を、もう一度。いずれは成人するだろう今の子供たちの手に返すための戦いを。

 

 

「本当にご苦労さまでした。そして、皆様方―――成人おめでとうございます」

 

 

労いと成人の言祝ぎが。目の当たりにした会場に居た誰もが示し合わすことなく、煌武院悠陽という存在に対し、無言のまま最上級の敬礼を返していた。

 

 

 

 





●あとがき●

式の後の飲み会については読者様方で妄想をば。

例えば、以下のように

・「そういえばタケルさん、巨乳を一つ制覇したらしいって」「……美琴さん、やっぱりここは二人で」「うん、タリサさんと組んでアタックを仕掛けるべきそうすべき」

・「でも、純夏も久しぶりだけど妙に色気が出てきたような」「ぎくっ」「どうやら裏切り者はこの中に居たようね」

・「お兄様は基地の中で?」「クリスカとずっと一緒だな。再来年ぐらいには約束果たせそうだって」「……その前に子供ができそうだという話は」「時間の問題だと思ってるけど」

・完全に上官というか殿上人として扱われている悠陽が「私は老けているのでしょうか」「そんなことない」「なら証明して下さいませ」と武を罠にはめたとか。

・翌日、冥夜が笑顔で「姉上の匂いがする」と言われ武が滝汗を流したとか。

・武が月詠さんに「参加すれば良かったのに」「いえ、やはり年令が」「若いし綺麗だから文句言う奴なんて出る訳ないって」とド直球を投げて「お戯れを」と月詠さんが返すも、頬がほのかに赤かったとか。

・後日にやっぱり「タケル?」と今度は笑ってない目をする冥夜とか。


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