Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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8/13(月)に5話を更新しています。

ので、未読の方はそちらを先にお読みください。


6話 : take back the sky

2002年の元旦を迎えた横浜基地の敷地の中。まだ明けていない夜の中で、オルタネイティヴ4直轄部隊の29名は作戦機の中で準待機状態にあった。シャトルの中に入っている自分の機体のコックピットの中で、誰もが何も言わないまま発射準備の完了を待っていた。

 

耳に聞こえるのは作戦機の駆動音と、遠く準備が進められている音だけ。何名かは、自分の強化服と座席が擦れる音も加えていた。落ち着かなさを示すように、何度も、何度も。甲21号攻略の前夜とは異なる、梅雨の湿気のような重苦しい空気が隊員達に纏わりついていた。

 

―――演習の、シミュレーターでの攻略作戦の結果に大きな問題はなかった。突破の成功率も、想像していたより遙かに高い数値を出せた。それでも今から自分達が挑むのは、絶望の始まりであり象徴でもあった甲1号、オリジナル・ハイヴなのだ。

 

はっきりと口に出す者は居ないが、敵の強大さや規模は今までとは桁が違っていた。建設されてから30年以上が経過しているというのに、全世界の人間が攻略目標としながらも手を出せなかったBETAの本拠地―――カシュガルの城は地球上で最も高い死亡率を出すであろう、地獄の中の地獄のような場所なのだ。

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

落ち着かない数人が再び、座りながら姿勢を変えた。その様子を投影された映像で見た何名かが、集中力を乱されたことに苛立ちながら顔を顰めた。普段は柔らかな表情を崩さない者まで、いつもの時とは違っていた。時間が経過するごとに、空気が張り詰めていく。

 

―――その時だった。作戦機の窓の外に、夜明けの光が差したのは。

 

『あ……初日の出だ』

 

『うん……綺麗な赤色、だね』

 

壬姫と美琴の言葉は、単純でありこれ以上なく分かりやすいものだった。つられて外を見た者は、暁に昇る太陽を前に言葉を失っていた。

 

朝焼けなど珍しくもない、何度見たかなんて数え切れないほどだ。それでも誰もが、太陽の輝きに眼を奪われていた。神々しいとか、綺麗だとか、言葉では言い表せない。ただ胸の奥を揺さぶるような明けの空が、網膜と心に焼き付いて離れなかった。

 

硬直し、絶句し。静寂の中で、衛士達はある音を聞いた。間の抜けた、厳しい訓練の後にシャワー室の外でよく聞くもの―――呼吸と、鼻息の音。

 

1秒も経過しない内に、全員が発生源を察した。笑顔になったまりもと樹は隊員達を見ながら頷き、間もなくして居眠りをしていた武に向けて一方通行での大声での通信が叩きつけられた。

 

『はいごめんなさい寝てませんっっ?! ………って、え? なんだ、もう朝?』

 

間の抜けた返答を聞いた所に、追撃の声が入った。寝ぼけていた武はそれを回避できず、いくらか叱咤以上の感情がこもってそうな声が武の鼓膜を揺らした。

 

『――こちらA-04。今、クサナギ01のバイタルデータが少し乱れましたが、何かありましたか?』

 

純夏の、心配するような声で通信が入った。樹はため息をつきながら、問題はないと安心させる口調で答えた。207Bの5人は純夏の声を聞くと、任官前の模擬戦のことを思い出し、やはり幼馴染だなと深く頷きあっていた。

 

『……なんだ。変に緊張するのもバカらしくなってきたな、白銀中佐殿』

 

ここは一つ余興を頼もうじゃないか、とまりもと樹が空気を壊した張本人を見た。武は予想していなかったタイミングでの無茶振りに驚き、冷や汗を流した。だが、指揮官である2人は容赦しなかった。ここで滑りでもしたら分かっているよな、という視線を受けた武は、内心で震えながらも考えを巡らせた。

 

(とはいえ、起き抜けに言われても……もうすぐ時間だし)

 

明ける頃には出発していた筈だ。作戦開始までの時間も、あと10分程度。そう考えた武は、ふと思った。あの時はどうしていたか―――何か、渋い誰かの声を必死で聞いていたような気がする。そう思った武は記憶を掘り返した後、そういえばとラダビノット基地司令の顔を思い浮かべながら、提案をした。

 

『へいこ……いえ、夢の中でね。出撃前に基地司令が演説してて……それが凄い良かったんですよ』

 

『ほう……その様子だと、かなりの内容のようだが』

 

『それに、この場にあっているもののように思える』

 

感激を全身で表す武に、まりもと樹は続きを促した。武はえっ、と言い顔を引きつらせながらも、最初の言葉はなんだっけか、と呟いた。

 

何名かは、武が言いかけたことを察していた。平行世界という荒唐無稽な話のネタであると。遠い記憶でしか持っていないため、本当にどうであったかなどといった真偽を問うことに意味はないだろう。だが、IFの世界で何が起きていたのか、という未知に対しては好奇心を刺激されていた。

 

一方で武は、勢いで発言したことを後悔していた。平行世界で自分が出会ったA-01に限定すれば、参加できていたのは自分を含めて6人だけだったからだ。凄乃皇にも純夏と霞しか搭乗していなかったなど、出撃前に言うには不吉に過ぎた。

 

決戦を前にした今の状況で「貴方は頭を、その」「窓ガラスに血痕が」「反応炉ごと自爆しました」「佐渡島と一緒に」「クーデターの時に死んでいます」「そもそもどこで死んだのか知りません」「ユウヤに看取られたみたいだ」などとと言われて誰が喜ぶだろうか。

 

武はどう話すべきか、悩み始めた。一方で事情を知っている樹はその悩みに気づきながらも放置していた。ここで士気を下げるような真似をするほど実戦を知らないバカではないと、ある意味で信頼していたからだった。

 

武は一通り悩んだ後、表現を暈す方向で強引に進める他に生き残る道はないと覚悟を決め、息を吸い込んだ。

 

『“―――先のBETA襲撃により』

 

『いや、無理に司令の声質を真似なくていいぞ』

 

『あ、はい分かりました』

 

すみませんと階級が下の者に謝り倒す中佐がそこに居た。一連のやり取りがまるで漫才のようで、緊張していた者達がそれを見て笑い声を溢した。

 

『えっと……続けます。“―――我が横浜基地は致命的とも言える大損害を被ってしまった”』

 

急転する言葉に、数名が息を呑んだ。だが、在り得る話だとも思っていた。激戦であった。あの防衛ラインを押し破られればどうなるか何度も想像した者も居た。緩んだ空気が再び張り詰めたものになる中で、武は言葉を自分なりに変えながら続けた。

 

『“だが―――見渡してみるといい 。破壊の焼痕が残る大地に在っても尚、逞しく花咲かせる正門の桜のごとく、甦りつつある我等が寄る辺を”』

 

死せる大地、という言葉を武は使わなかった。実際の所は、違うかもしれない。横浜という土地は既に取り返しがつかなくなっているかもしれない。だが、自分の故郷がもう死んだなどと、武は冗談でも言葉にしたくなかった。

 

『“―――傍らに立つ戦友を見るがいい。この危局に際して尚、その眼に激しく燃え立つ気焔を。……我等を突き動かすものは何か。 満身創痍の我等が何故再び立つのか』

 

どれだけ酷い被害だったのか。余興と思っていた数名が、感情のこめられた武の言葉に聞き入っていた。

 

『“それは、全身全霊を捧げ絶望に立ち向かう事こそが、生ある者に課せられた責務であり、人類の勝利に……勝利に、殉じた(ともがら)へ。戦友に対する礼儀であると心得ているからに他ならない”』

 

いつの間にか、誰もが真剣な顔をしながら武の言葉に耳を傾けていた。殉じた、という所で更に感情が入ったからでもあった。

 

出撃する全員が、事前に基地司令から直々に言葉を賜わっていた。力強い言葉に、勇気を貰ったと感じた。だが、武の言葉は勇気に加えて悲壮感を背景に天まで貫かんという反撃の気炎が感じられるものだった。

 

『“大地に眠る者達の声を聞け……海に果てた者達の声を聞け―――空に散った者達の声を聞け。彼らの悲願に報いる刻が来た”』

 

告げながら、武も思い出していた。遺骨さえ回収できなかった戦友の亡骸。全て蒸発してしまった戦友も居る。光州や日本侵攻の際も、甲21号の時も何千という兵が引きちぎられて海の藻屑となったのだろう。ましてや、宙空でレーザーに蒸発させられた衛士、航空兵は。数にして思い返すような気力さえない、それでも忘れられる筈がなかった。戦い、戦い抜いた人たちのその勇姿を、散り様を。

 

触発された者達が、今までに別れた友達、同期の仲間のことを思い出し涙ぐんだ。その辛さが胸を襲うも、ここまで来たんだと胸を張って言えるようになると、強くそう思った。

 

『―――とまあ、こんな所で勘弁してください』

 

『その物言い……覚えていないというより、言えないか。いや、言っても意味がないのだろうな』

 

『ビンゴ。あと、そぐわない表現とかあるし。ちなみに次の出だしは“そして今、若者達が旅立つ”だぜ!」

 

武は年長者の2人を見つめながら告げた。返ってきたのは美しい笑顔だった。どちらとも、眼は欠片も笑っていなかったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、凄乃皇・四型のコックピットの中。その中央に居る純夏が、う~と呻くような声を上げながら羨ましそうに武達が居る場所を見つめていた。

 

システムは小康状態を保つように命令されているため、通信以上のことはできなかった。演説だけは聞くことができていたが、それだけ。疎外感を覚えていた純夏は透けろや透けろと穴が開きそうなぐらい武達と自分を隔てる壁を睨みつけていた。

 

「……その。ダメですよ、純夏さん」

 

「う”。……ううん、分かっては居るんだけどね」

 

佐渡島から帰った後、何度かテストを繰り返したが、ムアコック・レヒテ機関の出力は精神状態に機能が左右されることが判明した。実戦データの蓄積と原因不明だが演算能力が上がったことにより、甲21号の時より格段にコントロールできるようになっていたが、A-04の誰もがそれに頼り切るような気持ちにはなれなかった。

 

「でも……鑑少尉の気持ち、ちょっと分かるなあ。……私も、水月が羨ましいもの」

 

「そうか……実は、私もだ」

 

「え、クリスカもさびしいの? ユウヤがちょっと遠い所に居るから」

 

イーニァの純粋な質問に、クリスカは慌てながらも答えた。

 

「そ、そうだな……不謹慎極まりないのは分かっているが」

 

「理屈じゃないんだよね~。すぐ近くで一緒に―――背中を預けあって戦える立場に居ることができないのを思い知らされるのは」

 

そういった面では、水月には敵わない。少し寂しそうに言う遙だが、一昨日に入ったA-04の新人―――サーシャが、違うと言った。

 

「できることは人それぞれ。みんな、同じ能力を持つ必要なんてない」

 

イーニァとクリスカから聞かされた、サンダークの言う計画の最終型。均一化された人形を否定しながら、サーシャは人間の強さについて自分なりに話した。

 

「私達は、みんなで戦ってる。衛士だけじゃない。機体を整備する人、機体そのものを組み立てる人、その部品を作る人、素材を作る人、その設備を、仕組みを―――」

 

人は学び、文明を築き上げたからこそ生き残ることが出来た。戦術機という力を、宇宙にまで行くことだってできる。その構造の、なんと複雑なことか。

 

「みんな、頑張ってる。歯を食いしばって戦ってる。私達は私達だけじゃない、全員で戦っているんだって」

 

ターラーから教えられた言葉の中で、一番に覚えていることだった。最前線で戦っているからだの、階級が上だからだの、勘違いをしてはいけないという教えと共に。

 

「だから―――こう考えれば良い。“私はみんなが帰ってくる場所を守っているんだ”って」

 

CP将校という役割から、サーシャは適していると思われる表現で告げた。遙はその気遣いを察して感謝しながら、自分なりの納得できる理屈を導き出して微笑んだ。

 

「そうだね……さしずめ、旦那様の帰りを待つ妻。お家を預かった愛妻って考えれば良いんだ」

 

「……うん」

 

そう言われれば、とサーシャも笑いながら頷きを返した。

 

―――途端、純夏がジト目でツッコミを入れた。

 

「うう~! もう、見せつけないでよ!」

 

「え……っと。鑑少尉、今のどこに怒る所が?」

 

「可愛い仕草とか表情とか! あと前よりめっちゃ綺麗になってる所だよ!」

 

「え、えっ?」

 

「ううううう、この怒りはどこにぶつければいいのか………っ!」

 

色々と話し合い、分かりあった部分もあった。反対に、納得できないことも。それでもこの作戦が終わるまでは棚上げにして、という意見で統一されて終わった。

 

自分たちは軍人だからだ。純夏もそうだが、厳しい訓練と過酷な戦場を経験した純夏達は、例外なく軍人に相応しい心構えを持っていた。武の演説でも言われていた、死んでいった者の無念を晴らすという意志。それを受け継ごうという覚悟と共に、この作戦に参加していた。

 

乙女的に言うと武に関する色恋沙汰は、ビックバンを超えるほど大きいものではあった。だが、根性と気合と苦悶の果てにたどり着いた今の立場を、軍人としての自分を無視するのは自分という尊厳を根底から崩れさせるものだと感じていたため、棚上げには賛成していた。

 

「それに……わたし、病気のこと納得してないからね。ぜっっったいに治すから」

 

逃さないように真正面から、純夏は覚悟しておいてとサーシャに宣言した。医者じゃないのに、というツッコミさえ忘れたサーシャは、こういう所には永遠に敵わないんだろうなと苦笑を零した。

 

「わたしも手伝います、純夏さん」

 

「うん! あ、でも今は鑑少尉って呼ばなきゃだめだよ霞ちゃん」

 

「……涼宮中尉。私の気の所為かもしれないが、鑑少尉の言葉は矛盾していないか?」

 

「あ、あはは……でも羨ましいなあ。私も孝之君と」

 

クリスカの指摘を遙は誤魔化しながら話題を逸らそうとしたが、自爆した。名前を出すとやっぱり傍に居たくなるよね、と呟いたその姿は元の木阿弥であった。

 

ツッコミ役が不在のまま、凄乃皇・四型のコックピット内は柔らかな空気が流れていく。それが切り替わったのは、基地司令部から発射シークエンスに関する通信が入った後だった。クリスカが計器を、遙がA-01を含めた全ての隊員のバイタルデータをチェックしていく。

 

「システム……オールグリーン。ML機関の出力も安定している」

 

「こちらも、各員のバイタルに問題はありません」

 

平時よりは少し心拍数が高まっているが、十分に健全な範囲だ。初めての軌道降下作戦だというのに、緊張しすぎている者が居ないことに遙は驚いていた。

 

熟練の兵であっても、その死亡率の高さから死出の旅の往路とも言われている降下兵団の出発の時。体調が調整できなかったものはここで処置を受ける場合もあるというのに、オリジナル・ハイヴ突入を前にして全員が程よい緊張状態を保てているのだ。

 

「……大丈夫。これなら、きっと」

 

気が早いと自分でも思うが、純夏は呟かずにいられなかった。霞と遙も、自分に言い聞かせるように、言葉を繰り返していく。

 

「うん―――大丈夫だから。絶対に」

 

隣に居たサーシャが、落ち着かせるように純夏の手を握り、霞に笑顔を向けた。イーニァも反応し、遙に向けて元気な声を浴びせていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――各員、耐G態勢に。これより最終の発射シークエンスに入る』

 

 

司令部からの通信が入る。武は念の為にと着座位置を調整した後、ふと外の様子はどうかとカメラを見た。そこには敬礼をしたままこちらを見上げている真那達が。そして離れた場所では、影行ほか整備兵の一団が。更に離れた小高い丘には国連軍の制服に白衣を纏ういつもの姿で、両手をポケットに入れながら佇んでいる夕呼の姿があった。

 

「うわ……マジで絵になるよなあ、先生のああいう姿」

 

暁の空を見上げながら、珍しくも口元を緩めた表情で。嫌味なほど美人だ、とタリサが愚痴っていたのを聞いたことがあるが、無理もないと武は頷いていた。だが、心なしか俺の居る場所に視線が向けられているような。そう考えた武だが、自意識過剰も大概にしないとなと自分を戒めた。

 

(―――最後に、用意された札。使わないに越したことはないけれど)

 

どうなるのか、もう自分にさえ分からない。出発前に揃えられた隠し札と、あ号標的の持ち札との勝負の行方も。

 

(だけど、最後まで諦めないことをここに誓いますよ)

 

絶対に、勝って帰ってくる。武はこちらを見守ってくれているように見上げる人たちを見回した後、帝都がある方向を―――悠陽が居る場所に視線を向けながら、呟いた。

 

 

「―――行ってきます」

 

 

その言葉を待っていたかのように。シャトルが浮き上がるとその背後から推進力の強さを思わせる太い炎の尾が吹き上がり。間もなくして立ち昇った白い煙を後に、希望を載せたシャトルは空へと飛び立っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――姿勢安定。予定どおりの軌道ルートに入りました』

 

Gが収まり、機体の揺れも安定したあとに遙から通信が入った。それを聞いた隊員達は、我先にと自機のモニターに地球の映像を浮かべた。

 

『……綺麗、だな』

 

『孝之、あんた語彙力なさすぎ。もうちょっと気を利かせた言葉があっても良いんじゃない?』

 

『は、速瀬中尉がこんなロマンチシズムを……ひょっとして偽物?』

 

『む~な~か~た~』

 

『って平中尉が言ってました』

 

『俺っ?! いや、あの美形イタリア人の見送りがなかったからと言って八つ当たりは勘弁して欲しいんだけど』

 

『ふふ、一本取られましたわね美冴さん』

 

『え、あ、やっぱりそうなんだ』

 

『あ、茜ちゃん! 茜ちゃんのように綺麗だっぺ、地球!』

 

『た、たえ? 速瀬中尉が言ったからって、無理しなくてもいいのに』

 

『………友人として友人の恋愛を止めるべきか、背中を押すべきか。そこら辺どう思いますか、伊隅大尉』

 

『ふん、私ではなく碓氷大尉に聞け。基地内で幼馴染と逢瀬をかますような恋愛上級者であれば、即座に問題は解決する』

 

『八つ当たりの勘違いをするな。ただの喧嘩だ、喧嘩』

 

『痴話喧嘩ですね分かります』

 

『……その喧嘩をする暇もなかったからと言って、こちらに矛先を向けるのは勘弁して欲しいんだが』

 

『あっ、碓氷大尉その発言は色々と流れ弾が』

 

晴子は慌てて言うも、時すでに遅し。

 

―――取り敢えず一発決めとくべきかしらねさせない一番槍は無理でも三本目ぐらいならまだ挽回が可能はわわ表現が直球過ぎるよ慧さんうん壬姫さんも反応の速さが流石だよね話は変わるけど夜襲朝駆けは戦争の花だとかふむ意味が分かるようでいまいち分からないのだがどういう意味でのことなのだ待て色々と待て紫の武御雷の通信ログに残るから洒落になってないからふん小さい男ねジャリ共もすっこんでなさいそんな注意できるような精神年齢かこの猪女が大丈夫だってでもやっぱり年上過ぎるからかもそんな事はないユーリンが全力迫れば拒める男なんて居ないと思うぞって神宮司少佐その笑顔はちょっと怖いというかあの夜のことを思い出して後で話がありますので逃げないで下さいね、と最終的に樹の胃が犠牲になった所で喧騒は収まった。

 

武は宇宙なのに騒がしすぎるだろ、と呆れつつも―――その内心を樹が察していたら手加減無しの腕ひしぎ十字固めが炸裂しただろうが―――この喧騒を楽しんでいた。

 

あまりにも青くて美しい地球を前に言葉を無くしていたのか、あるいは。その真相を求めることに意味はないが、違う世界での軌道上で周回している時に感じたのは、宇宙は本当に静かだということ。だというのに、今はうるさいぐらいの音に包み込まれていた。

 

(いつだったか、夕呼先生から言われたこと思い出しちまうな……この光景は、俺が頑張ったから得られたものでもあるんだ)

 

脱落者をゼロにはできなかった。だけどこれだけの頼もしくも楽しい仲間達と一緒に、この美しい星を守る決戦に挑むことができるのだ。そう考えた武は今近くに居る仲間と、今も地球で戦っている人たちを。作戦の第一段階として、囮役を買ってくれた者達に感謝の念を捧げていた。

 

そして、震えていた。全世界の人間がこの人類の故郷を守るために、一丸となっている事実に感動していたのだ。

 

(……そういえば、ずっと前に崇継様に言われてから組み上げた演説。あれは、どうなったんだっけか)

 

まだ関東防衛戦の最中だっただろうか、演説の一つでも練り上げてみれば、と言われてからずっと考えていたものについて武は気になっていた。内容を考えれば、今回の作戦に相応しいものだったからだ。

 

それでも使われなくて良かったな、と武は安堵のため息を零していた。気恥ずかしかったからだ。必死になって完成させたが、今になって思えばこっ恥ずかしい言葉だらけだったよな、と素に戻った武は封印することに決めていた。特に、この場に居る面々に聞かれれば羞恥のあまり死にかねないと顔を赤らめていた。

 

(柄じゃないんだよなあ……籠めた言葉に嘘はなかったけど)

 

演説の出来について不満を抱く所はなかった。クラッカー中隊の仲間と深く知り合ったことで、全世界で戦ってくれているという事実が以前よりも詳しく。そして、一丸という言葉がどれほど難しいことであったのかを学んでいたからだ。

 

誰かが言ったからという借り物の言葉ではなく、世界を周り、色々な人たちと出会って自分で経験して体験したからこそ、隔てなく戦うという行為が尊く。その光景を思い浮かべるだけで深く、深く、泣きそうになるぐらいに心が揺さぶられていた。

 

その時、ウインドウに遙の顔が映った。武は目を拭いながら、自分の顔を戦闘時のソレに戻した。

 

『――ー各員、待機。艦隊旗艦からの音声通信です』

 

遙の声に、全員がぴたりと口を閉ざした。間もなくして第三艦隊旗艦のネウストラシムイから、最終ブリーフィングを開始するとの通信が入った。

 

『―――まず始めに、『蒼穹作戦』の状況を伝える』

 

ユーラシアの各戦線では、砲火が届く位置にある最外縁部のハイヴに対して全世界の軍が一斉に侵攻中とのこと。作戦も第2段階に入り、国連軍と米軍の軌道降下部隊が動き始め、SW115を制圧している最中だという。

 

『―――戦況はやや好転している。部隊の損耗率が、予想よりも少し下回っている。従って作戦司令部は、第3段階移行のタイミングを予定どおりの時刻とすることを決定した』

 

次の周回軌道で降下するためまだ時間はある、とネウストラシムイの艦長は口調を少しだけ柔らかいものに変えた。

 

『嬉しい誤算だ。BETAの動きはいつもと変わらないが―――士気が高い』

 

嬉しそうに語る艦長の言葉を聞いて、武は原因はなんだろうかと考えた。新OSも一因としてあるだろうが、全軍に行き渡ってはいない。帝国の劇的な連勝に対抗心を覚えたかもしれないが、それだけで士気が高くなるとも思えない。オリジナル・ハイヴの陥落が各ハイヴの能力を落とすことを知ったからだろうか。

 

そんな武の考えの一部を見透かしたかのように艦長は笑い、告げた。

 

―――戦況の好転について、様々な要因が考えられること。そして、要因の一つとして戦闘前に兵の間に流れたという、面白い演説が数えられることを。

 

『え……演説、ですか?』

 

もしかしたら、と顔を引きつらせた武が問いかける。艦長はああ、と頷きながら部下に指示を出した。

 

『ひょっとして知らないのか? ―――これの事だ』

 

今も中継されているのでな、と艦長はA-01とA-04に向けて演説の内容を周波に載せた。疑問符だらけを浮かべていた23名が、最初の一言を聞くと眼を丸くして。

 

背景を知っている5名が、してやったりという顔を浮かべ。

 

残る1名が―――演説を録音した本人である武は、出立前に夕呼が珍しく笑みを浮かべている意味を思い知った。

 

 

『“―――空を見上げたこと、ありますか?”』

 

 

特徴的な、男性にしては少し高い声。それでも心をこめて語られていると、理屈ではなく感じさせられるような言葉だった。

 

そう来たか、と顔を赤くした武を置いて、録音された先に居る()()()の言葉が、その場に居る全員の鼓膜を震わせ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『“―――俺は、ある。何度も見上げてきた。その中でも一番古い記憶は、ボパール・ハイヴで囮役として出撃した時かな。朝焼けが綺麗で、数時間後には死ぬかも知れないってのにそんな些細なことを一時的に忘れちまったぐらい、綺麗な赤色だった”』

 

録音された声。それを脳内に反芻しながら、「私もだ」とターラー・ホワイトは口元を緩めた。今、正に攻撃を仕掛けているボパール・ハイヴ。そこから少し離れた場所から見上げた空が脳裏に焼き付いていると。

 

多くが死んだ。あの時の12人の中で、生き残っているのは自分を含めて6人だけ。存外に多いな、と思えるほどに長く、辛く厳しい道程だったがそれだけに美しいものはハッキリと記憶に残っている。

 

『あの時とは、色々と違うがな』

 

『ええ……本当に、頼れるものが多くなった』

 

部下や乗機、軍としての力や情勢や未来の展望と、そして演説の声の主まで。

 

『“―――次に、亜大陸撤退戦の最後に。負けて、悔しくて、見上げた空は憎らしいぐらいに鮮やかだった。絶対に、戻ってきてやるって誓った”』

 

同じ想いを抱いていたのか。ターラーは口元を緩めながらも、驚くことはなかった。

 

別の部隊の指揮官が、豪快に笑いながら戦っていた。今では数が少なくなった、亜大陸撤退戦にも参加した衛士だった。俺たちは戻ってきた。そんな叫びが聞こえたような気がして、気の所為ではないと分かったのは目に見えて動きが良くなっていたからだ。

 

復讐ではない、再起ではない、あの時に取りこぼした負けを埋めに来たのだ。そんな言葉が透けて見える戦い方だった。熱しながらも、役割を果たすことを最優先とする戦術ばかり。

 

(何度でも―――驚かされる)

 

あの子の声には、人を動かす力がある。何度助けられてきたのか、と苦笑を零しながらターラーは率いる部下と、補佐に努めているラーマと一緒についに囲みを突破した。

 

迅速かつ正確に構えられた突撃砲が火を吹き、群れを作っていた重光線級が穿たれ、体液と肉片を周囲にばら撒きながら倒れ伏していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『“――水平線の向こうで、海と溶け合う青色を見た。走っているバスの車窓から、暮れていく夕陽が眩しかった。全天に瞬く星空の下で、いつか一緒に戦場で会おうと約束を交わした”』

 

(……破った本人が言う言葉じゃないと思うが)

 

タリサが聞けば顔を真っ赤にするだろうと、事情を知るマハディオは笑っていた。羞恥と怒りのどちらかは分からないがとにかく殴りかかるだろうと、その時の光景が想像できてしまったからだ。

 

気は抜かない。統一中華戦線と共に大東亜連合軍の半数近い戦力を率いて戦っているグエンの補佐役として戦っている以上、無様は見せられないとマハディオは戦意を昂ぶらせた。

 

(まあ、意識しなくても調子は最高潮だが)

 

援護に入ってきた国連軍も、共同戦線を張っている中華の軍も、想像以上の戦果を出してくれている。だというのに自分だけ怠けた様を見せるなど、機体を最高の状態に整えてくれた恋人に知られれば殴られるだけで済まないだろう。

 

そして、とマハディオは東の空を見た。ボパールと、故郷であるネパールと、ダッカがある方角を。横目に見たマハディオは、操縦桿を強く握りしめた。

 

故郷で、避難先で死んだ家族に哀悼を、そして散っていった戦友を。

 

『“――吹きすさぶ風と、砂埃の先で見えなくなった空も。タンガイルの街で、闇の中で死んでいく人が居るってのに綺麗だった街の上の星空も。夜通し戦い続けた後の、気怠さだけしか覚えない朝の光も”』

 

忘れていない。忘れていないのだ。同期で、親友だった。自分が足を引っ張ったせいで死んだ。だから、もう二度と屈しないと、お前たちが死んだ意味はここにあると傲慢でも言えるようになれるぐらい、成長すると誓ったから。

 

通信から、損耗率10%という声が響く。だが、このペースで行けば目標の撃破数にはもう直に到達できる。だが、と。そこで国連軍の被害の大きさを心配したのは、マハディオだけではなかった。

 

『―――手薄な所の援護に入る。文句があるなら聞いておくが』

 

『まさかですよ、旦那。まあ、国連軍の旗が水色じゃなかったら反対してたかもしれませんが』

 

冗談を飛ばしながらマハディオは準備を済ませ、形勢が不利になっている国連軍の戦術機甲部隊を援護するべく、部隊を引き連れて移動し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『“―――犯されていく町並み。誰かの故郷だったもの。燃えていく街。失われていく光景。何もかもを残骸にする煙が、空に立ち昇っていった”』

 

欧州、リヨン・ハイヴ攻略に参加しているフランツはああと頷いた。武も味わったのだと、改めて知ったからだ。大切なものがゴミのように蹴散らされていく感触。血のような錆びた匂いとどうしようもない苦味と共に、鼓動の音がどうしようもなく不規則になっていく。

 

同じ戦場で、かつて武の僚機として戦場を飛び回っていたアーサーは、代弁している意味もあるのだろうなと察した。砕かれる建物、遺跡。それを見る度に悔しがり、戦闘能力が高まっていく突撃前衛の姿を誰よりも近くで見ていたからだ。

 

『“―――後退していく防衛ライン。丘の向こうで、姿の見えないBETA。飛べば撃ち落とされる、封鎖された空が押し包むように―――”』

 

悔しそうに語る声に、アルフレードは頷きを返していた。落ち込んだ時、一時的に頭を垂れることもあるだろう。だが、いつだって白銀武は次の日には顔を上げていた。

 

リーサは、知っている。涙が溢れないように上を向いているのだと。諦めない限りは負けじゃないと、子供のような意地を心から信じているために空を見上げるのだと。

 

『フォルトナー中尉、この声は』

 

『私の知る限り世界で一等負けず嫌いの男の子の声だ、ヴィッツレーベン少尉』

 

同じ戦場で奮闘しているツェルベルスの衛士に、クリスティーネは語った。何度打ちのめされても、過酷な状況に置かれた所で諦めない、負けを認めない少年が居たことを。

 

周辺に居る、自分たちの100倍は居るだろうBETAの大群。戦術機の性能も低い、待遇なんて最悪だった頃から一貫して変わらない、頼もしくも小さく、誰よりも大きな背中を自分たちに見せてくれた突撃前衛長のことを。

 

 

 

 

 

『―――アイヒベルガー中佐』

 

『これで良い。違うな、これが良い』

 

思い出さないかジークリンデ、とツェルベルスの長であるヴィルフリートは軍に入る直前に語りかけた時と同じような様子で、言った。

 

声から滲み出る重さ。進んできた険しい道と、地獄というにも生ぬるい戦いの日々。それに同調できる部分はあるが、それ以上に声、言葉から共感できるものがあると。

 

作戦が開始する前に、振る舞われた言葉があった。士気高揚のためであろう、高官らしい硬くありがたい言葉は士気を高める一因となった。本作戦の目標はオリジナル・ハイヴ、我々はこの戦いに全てをかけるという言葉には熱がこもっていた。

 

らしいという感想があった、間違ったものではない。だが、面白いという域にまでは達しなかった。

 

(だというのに、あの演説は―――)

 

ヴィルフリートは戦場にあっては珍しく笑った。おかしい所だらけだった。年若い声で何十回も挫折を味わった老人のような重さを感じさせながらも、どこまでも少年の熱がこもっている言葉の数々を。

 

『“―――ずけずけと無遠慮に押し込んできて、何もかもを台無しにしちまう。不細工なモニュメントを建てるだけじゃない、我が物顔で誰かの大切な場所を全て真っ平らにしやがる。此処が俺達の縄張りだっていう風にのさばって土を均し、レーザーで空を閉ざしてくる”』

 

原初の感情。自分から軍に入ることを決めた者であれば、およそ誰もが欠片であっても持っている言葉を、強く演説の声は語った。

 

『“―――あいつら、汚え。あんな奴らに誰かが、何かが殺されていくなんて、絶対に許すことなんてできない”』

 

ただ、あんな汚物のせいで誰かの命が、心が殺されるのが許せない、認められない。だから戦おうと、幼くも正しい、単純明快な理を声は語った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ふん……偉そうに、分かった風な口で』

 

毒を吐きながらも、ベルナデットは口元を緩めていた。その声を聞いていた、いつの間にか近くで戦っていたイルフリーデが問いかけた。

 

『あら、チビはあの演説の声の人と会ったことがあるのかしら』

 

直感で図星を突く声を、ベルナデットは苛立ちと共に無視した。少し話しただけよ、と一言だけを残したが。

 

『“―――俺が見た空。誰もが、見たことがあると思う。どれが、なんて関係ない。きっと空を見上げて、青い空とか、白い雲とか、星とか、月とか……1人でも、誰かとでも、見上げた空があるはずだ”』

 

確かに、とベルナデットは思う。自分が忘れられないのは、燃えていく故郷。時間は暁が終わった頃だった。煩わしい朝の光に照らされながら、もう二度と泣くまいと決めて、最後の涙を流した。

 

『………』

 

黙り込んだイルフリーデにもある筈だと、ベルナデットはらしくもないと呟きながらも、思いを馳せた。空ではないかもしれない、その下に広がる風景も。早朝の、冷ややかな空気と周囲の光景。生まれ育った場所で、任官した後も。戦場を駆けた者であれば、必ずと言って良いほどに心に刻まれた景色があるからだった。

 

 

『“―――その空の下で、俺達は、人類はずっと生きてきた”』

 

 

強く、誰もが否定できない言葉で演説の口調は変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

極寒の地、吹雪の中で束になった電磁投射砲を巨大な標的に向けて発射している中で、ラトロワは脳裏に焼き付いた言葉をリフレインさせていた。

 

『“―――生きてきたんだ。この星の上で、ずっと”』

 

だからなんだというのだ、という声が上がった。演説を最後まで聞きたくないという者も居た。だが、聞きたいという者の数の方が勝った。

 

『“―――時には空を越えて宇宙にまで辿り着いた。空に見上げた月の上にも。そこに、奴らはやってきた”』

 

月は地獄だ、という言葉で有名になった第一次月面戦争。その中で戦った先人達が居ると、演説の声は語った。地上とは比べ物にならないぐらい過酷な戦況で時間を稼いだ英雄たちが死んでから、30年。

 

どうして最後の一兵まで戦ったのか、声は理解できると断言した。

 

『“―――宇宙から地球を見れば、すぐにだって理解できるさ。だって、ここは俺たちの星だ。宇宙からは国境なんて見えない。見えるのはこの暗い宇宙の中で、ただとんでもなく美しい青い星だけだから! そして、ユーラシアの………っ、BETAに汚された荒野が今もどんどん広がっている!”』

 

一歩間違えずとも死んでしまう月、死の大地。そこから見える地球に、こんな化物達が降り立ったらどうなるのか。考えたくもない軍人達は、使えるもの全てを使った。戦術機も無い中で、BETAに立ち向かったのだ。他の誰のものでもない、自分達の故郷を守るために。

 

(……図抜けた巨体に、極大のレーザー。戦力比でいえば、月での戦闘の方が過酷だったのだろうな)

 

それも、電磁投射砲と言った切り札が用意されていない環境だった。原始的な兵器さえ利用して、血の一滴まで戦い抜いた先人には敬意さえ覚える。

 

『“―――防ぐために、先人達は戦った。凄いよな、って思う。だって1年、もたせたんだぜ? その話を聞いた時に教官が言っていたんだ、人間には無限大の可能性があるって”』

 

世界中で戦っている者たちは月の悲劇を知っている。少し考えれば想像できた。過酷な環境、空気さえ敵になる月面世界での死闘。地獄の中で地獄と戦い、日々生まれる地獄に抗い続ける煉獄。その中で、1年。味わいたくはない最悪で、だからこそ耐え続けた人たちは。

 

負けられない。そう思う。思い出したからには、よほど。

 

青臭いが、偽りがない。少なくとも、現実だけしか教えられず、夢の一つも語れない自分よりかは上等な教官だろう。

 

相手の切り札を事前に察知するだけでなく、対抗となる鬼札を。他国の利益に繋がりかねないこの兵器を他国に預けるような判断を、世界のためだと責任を持って選択できるような戦士に育てられるぐらいには。

 

『―――ラトロワ中佐!』

 

『―――手を緩めるな、ターシャ! 各員、警戒を怠るなよ!』

 

超重光線級と呼ぶべきだろう、仮称“Г標的”は穴だらけになって沈黙したが、まだ終わっていない。だが、ラトロワは今この時だけは、と囮役を買ってくれた同胞に、散っていったロシア人に向けて敬礼をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『“だから――どこの誰に聞かれるのかは分からない。でも、世界で一丸となって戦う時が必ず来る。その時に、この言葉を聞いてくれる人が居ればどうしてもお願いしたい事があるんだ”』

 

カシュガル、オリジナル・ハイヴの(ゲート)付近。SW115、突入ポイントを制圧する部隊の中でレオン・クゼはF-22を駆り、吠えていた。インフィニティーズの一員として、危険極まりないが作戦的には重要なポイントになる役割を果たすために。

 

『―――シャロン、左だ!』

 

『分かって―――くっ、数が……ガイロス、援護を―――助かったわ!』

 

『礼は後ほどまとめて受け取る、今は前に集中しろ!』

 

あの戦い慣れている腕利きの部隊と同じように、という言葉。それを受けた国連軍の衛士達は、タイフーンを駆りながら襲い来るBETAを丁寧に、的確に潰して回った。

 

やらせはしない、と奮起したレオンは少ないながらも勝るとも劣らない勢いで周囲の敵を潰していった。

 

参加した切っ掛けは、尊敬すべき上官であったキース・ブレイザーのために。そして演説を聞いた今は、もう一つの熱を携えながら戦場を駆けていた。

 

『―――やるわねえ、流石は高名なインフィニティーズ様って所かしら……ってヴァレリオ、そこ、油断しない!』

 

『わーってるよ! ったく、なんでこんな所で姉貴と一緒に……っ!』

 

『あらあら、VG。家族の前では色男も形無しになるのかしら?』

 

『へっ、麗しい家族愛の前には降参した方がいい時もあるのさ』

 

『……どう考えても姉が怖いという言葉に変換されるのだけど』

 

『真実を知りたいのなら、夜に俺の部屋に尋ねてくると良いぜ』

 

『………頼もしいと思えばいいのか』

 

油断をしていない内であれば注意する気が起きなくなった自分に嘆けばいいのか。染まったのかもしれないと、イブラヒム・ドーゥルは苦笑を零していた。

 

そして、ヴァレリオとステラだけではない、門周辺に展開している国連軍の部隊を指揮しながら自分もBETAを迎撃する一方で、他の部隊の動きを見ていた。

 

(―――想定より動けているな。何より、連携が上手く回っている)

 

互いに必要以上に干渉せず、それでも危ない所はカバーしあっている。弾薬補給に走り、手薄になった所があればすかさず援護するぐらいには、連携が取れていた。時と場合によっては、背中を預け合うこともあった。

 

今までにない動きだった。イブラヒムはそれを見て、ひょっとしなくてもあの言葉があったからだろうな、と演説の言葉を反芻した。

 

『“―――俺たち人類は、強い。誰もが無限大の可能性を持っている。互いにその可能性を潰し合わないように協力すれば、俺たちに敵はないんだ”』

 

理論もなにも、あったものではなかった。実現出来た試しはなく、だからこそ人類はこうまで劣勢を強いられてきた。

 

『“―――なんて、理想論だ。虫のいい話で、甘すぎる夢想家の戯言だって笑われるかもしれない。だけど、同じ空の下で、一つ屋根の下で生きている家族にお願いする。作戦が続いている間だけでいいから、戦いの場にこの言葉を一緒に持っていって欲しいんだ”』

 

そうしてイブラヒムは、知らない内にその4つの単語を口ずさんだ。

 

 

『“―――take back the sky”』

 

 

覚えて欲しいからだろう、演説の中で繰り返されたその言葉。

 

イブラヒムの呟きに同調するように、国連軍の衛士が答えた。

 

 

『“―――take back the sky(BETAに奪われた空を、取り戻そう)”』

 

 

他の誰かじゃない、俺達の屋根()を取り戻すのであれば細かい遠慮や敵対心は、今この時だけは不要だと。どこかの戦場の、とある男は笑った。

 

 

『“―――take back the sky(故郷に続く空を、取り戻そう)”』

 

 

難民となった家族を助けられる手段を、ずっと欲していた。みんなで笑いあえるあの幸せだった時を取り戻したかった、どこかの戦場のとある女はその言葉を噛みしめるように繰り返した。

 

 

『“―――take back the sky(どこまでも広く自由な空を、この手に)”』

 

 

宇宙から地球を見たことがあり、演説の主と同じ感想を抱いた老兵は承ったとばかりに此処が死に場所であると断じた。

 

 

『“―――家族だからと言って、仲良くしなければならない、なんて理屈はない。心が互いに違うから。俺達が互いに抱いている好き嫌いや因縁、感情の全部が消えたりすることはない。きっと、これからもずっと”』

 

悲しそうに語る少年は、それでもという言葉と共に告げた。

 

『“だけど俺達は俺達の家を守るために。他所から無遠慮にやって来たBETAを、心なく涙もないあの化物を、汚え押しかけ強盗を野放しにするより先にやれる事がある筈だ!”』

 

 

そうして、空を屋根に見立てた少年は叫んだ。

 

横浜基地の執務室の中、夕呼は演説の声を繰り返し聞きながら笑っていた。

 

「まったく……周囲を巻き込むにも、程があるでしょうに」

 

下手人の1人でありながらも、左右される戦果の規模に目を回しながら。夕呼は屋根を空に見立てた強引過ぎる論法にダメ出しをしながらも、スケールで負けたと快活に笑っていた。

 

『“だから―――俺達みんなで、俺達の家を取り戻そう(take back the sky)。後方を守ってくれている人、基地でバックアップしてくれている人、食べものを作ってくれている人、その大元の―――全部、全員だ。生きている人、死んでいった人達の遺志をも受け継いで”』

 

 

帝都の、政威大将軍が執務を行う部屋。その窓際で、演説の声を聞きながら悠陽は空を見上げていた。そっと、高鳴る胸を。

 

(大義などという、仰々しい言葉じゃなくて。この星に住む人間として当たり前のことをしようと、そう訴えかけているのですね)

 

子供らしいと思われようが関係無い。そんな意志が今にも聞こえてくるような、思いの丈を只管にぶつけるような言葉を正面から受け止め、心に刻みながら。

 

 

「ええ―――きっと、届きます」

 

 

どこにも仲間はずれは居ない。大地に返った土の上、空の下で。国連軍の空色の旗の下で、地球の底力はここに在ると示すように。

 

 

『“―――幾十億の、無限大の可能性を。一つに束ねられたら、俺達が負ける理由なんてどこにも無いから”』

 

 

それはきっと、太陽が昇る事と同じように当たり前だと信じて疑わない声で。

 

言葉を胸に抱いた者達は、一つのことを思った。きっとこの言葉を聞いた者であれば、それぞれ理由は異なっていても、たった一つ。共に、同じ所を目指して戦ってくれるだろうと。

 

 

『―――重金属雲濃度、クリア!』

 

 

『―――護衛艦隊も健在、援護を―――』

 

 

『A-01、A-04―――来ます!!』

 

 

 

そうして、満を持して空より降り立った人類の希望は。

 

太陽(アマテラス)(ツクヨミ)を兄弟に持つ神の名前を冠する人類の切り札(スサノオ)は、門の周辺に居たBETAを認識するなり、邪魔となるもの全てを一掃する光を放った。

 

 

 

 

 

 


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