Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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46話 : 甲21号作戦(オペレーション・サドガシマ)(1)

通常の戦術機とは比較にならないぐらい、多くの計器が動く音。それらを収められるように、コックピットも広くなっている。

 

クリスカ・ビャーチェノワはその中央で、時計を確認していた。

 

「そろそろ定刻、か―――クラウド02から04、最終のチェックと報告を」

 

「―――クラウド02、火器管制問題なしだよ、クリスカ」

 

「―――クラウド03、演算能力は規定値をクリア……問題ありません」

 

「―――クラウド04、ラザフォードの制御システムもオールグリーン」

 

クラウド01、クリスカはイーニァ、霞、純夏の順番でチェックした結果を聞くと小さなため息を一つ挟み、自分と同じく広いコックピットの中、緊張の面持ちで座る3人告げた。

 

「主機出力を、30%まで上昇する。クラウド02、姿勢制御を保って……訓練した通りにお願い、イーニァ」

 

「うん。がんばろうね、みんな」

 

「クラウド03は中核を。異変が起きる兆候があれば、すぐに報告を」

 

「了解……です」

 

「クラウド04は―――多くは言わないが、集中だけは切らさないでくれ」

 

「了解……うん、いよいよだね」

 

純夏の気合が入った言葉に、クリスカはそうだなと頷きを返した。その声と表情は硬い。間違いなく今回の作戦は歴史に残る規模であり、その鍵を握っていることの自覚が現れた結果だった。

 

しくじれば、世界は窮地に立たされる。同時に、クリスカは自分とイーニァ、ユウヤの立場が最悪なものになるだろうと、考え。

 

「でも大丈夫だよ、きっと」

 

「……え?」

 

「根拠なんてないけど、大丈夫。根拠はないけど……うん、絶対にオッケー」

 

希望から推定を経て最後は断定に。二つの呼吸の時間で進化した言葉に、クリスカは根拠を尋ねた。どうしてそんな事が言えるのか。

 

純夏は、誤魔化すように笑いながら、答えた。

 

「だって、207のみんなが居るし。頼りになる先任の人達も、やる気満々だったよね」

純夏達はA-01の訓練風景を何度も見学した。鬼気迫る勢いで、時には反吐を、だが弱音だけは零さなかった。

 

「だから、大丈夫。それに、タケルちゃんも居るし」

 

「………ついでのようでいて、一番強い感情がこもっているように聞こえるのだが」

 

「うん、かもしれない。でも私にとってのタケルちゃんって、そういう存在なんだ。クリスカとイーニァにとっての、ユウヤさんと同じ、かな?」

 

「………っ!」

 

気づいたクリスカは、驚愕に声を失ったが、迷いなく頷いた。言われた通りだったからだ。根拠はどこにもない、だがユウヤが自分達を置いて死ぬなど、どうしても考えられなかったから、そして。

 

「私は、タケルちゃんが私を置いて死ぬはずないって信じてる。希望的観測だけど……」

 

薄れたように見えた、あれはきっと夢だったんだと純夏は自分に言い聞かせながらも、今は眼の前のことだと強く断言した。

 

「希望を呼び寄せるために、みんな頑張ってきたんだ。だから、きっと、やってくれるって信じてる―――ちなみにクリスカさん達は?」

 

「……そう、だな」

 

クリスカはユウヤの顔を。隔意なく接してきたA-01の面々を、努力を重ねてきたその姿を次々に思い出していた。そして、以前は分からなかったことが、分かるような気がして。だが、明確に言い表すことは難しい。クリスカは少し悩んだ後、思った通りを言葉にした。

 

「―――ああ、やってくれる。あの人達もきっと応えてくれる。あとは私達の問題だ」

 

「うん……絶対に、失敗できない」

 

頑張ろう、と純夏は言いかけて、気づいた。先程にイーニァが、その通りの言葉で励ましてくれたことを。

 

(イーニァちゃん、何気なく本質を突くよね……でも、頼もしい)

 

純夏は笑顔のままのイーニァに応えるよう、頷いた。クリスカと霞も同じことに気づき、視線を交わすと頷きあった。

 

「ああ、がんばろう、イーニァ」

 

「がんばって……無事なみんなに会いに行きましょう」

 

「うん。折角の良い日に、私達だけ遅刻する訳にはいかないもんね」

 

それじゃあ、と純夏は告げた。

 

 

「行こうよ―――デートの待ち合わせ場所(みんなとの合流地点)に」

 

 

与えられた責務を果たすために、と。

 

純夏が告げて間もなくした後、堂々たる威風を備えた凄乃皇・弐型は発進を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2001年、12月25日。青々とした朝の時間に、作戦は開始された。

 

国連軍の低軌道艦隊から放たれた爆撃が、佐渡島ハイヴ周辺に居る光線級のレーザーにより撃墜、炸裂。それが開戦の号砲となった。

 

あまりにも多くの爆弾と、撃墜と。あちこちで急激に燃焼する火薬の威力と轟音は、本州の奥まで届こうかというほどの規模だった。

 

その近海の中を往く潜水艦の中、海の神と名付けられた鉄騎の中枢部に本間竜平という男は居た。静かに目を閉じ、艦を揺らす水圧と、遂に始まった低軌道艦隊による甲21号への軌道爆撃の音を感じながら戦意を滾らせていた。

 

(―――ようやく。ようやくだ、親父、お袋)

 

今では旧と呼ばれるようになってしまった、八幡新町。竜平は4年前までは家族と共にその街の外れに住んでいた。

 

田舎だった。近所を歩いて見えるのはそれなりに舗装された道路だけ。ガードレールには道の外から溢れたのだろう、緑色の雑草があちこちに絡まっていた。隣の家までは30mはあろうかという場所、どこを見ても知り合いばかりで、新しい出会いという物はテレビの中にしか存在しなかった。

 

退屈だったが―――と、竜平は苦笑を零した。それが平穏の証だっと、今ならば気付く事ができるようになったからだった。

 

『―――震えているのか、スティングレイ9』

 

『はい、いいえ隊長殿。例え震えていても、それは喜びから来るものであります』

 

いきなりの通信の声に、竜平は即答した。そして、礼を告げた。上陸部隊から外すべきだという外からの声に、真っ向から反対してくれた隊長に向かって、敬礼と共に笑顔を返した。

 

『ご存知、足が遅い機体ですのでご案内は……できるかどうは分かりませんが、その時にはお任せ下さい』

 

スティングレイ隊が任せられたのは、上陸地点の確保という危険極まるもの。状況によるがBETAの配置によっては損耗率が高くなる。竜平はその事実を飲み込んだ上で、出来る限りの誠意を見せた。

 

生まれ育った佐渡の街、自慢の自転車を乗り回してあちこちへ行った。悪ガキと何度怒られたことか、と竜平は当時のことを思い出し、笑った。

 

『陸さんを押しのけて、か? ふむ、そうなった時はなった時だ、頼むぞ本間少尉。そして―――二度は言わんが、分かっているな?』

 

『はい。何処であろうと、何があろうと躊躇いません』

 

もしかすれば、建造物が残っているかもしれない。当時の面影を思わせる何かがあるかもしれない。その土地に向かって、36mmのチェーンガンを叩き込めるのか。過去の無念に引きずられ、判断力を鈍らせてしまうのではないか。竜平は反対意見を出していた他部隊の上官の言葉を反芻した後、迷いなく答えた。

 

『撃てます―――撃ちまくります。徹頭徹尾、任務のために。後続の軍のため、先駆けになって死ぬという我々の役目を果たします』

 

日本帝国海軍81式戦術歩行攻撃機、海神。米国が海兵隊用に開発した強襲歩行攻撃機A-6(イントルーダ)を元に生産されたこの機体は、上陸時の制圧能力に長けていた。引き換えにA-6よりも水中行動半径が減少したが、一度攻撃を開始すれば固定兵装である片側6連装、両腕合わせて12連装の36mmチェーンガンの猛威が眼前のBETAを駆逐する。重装甲でどっしりと構えながら、高火力で敵だらけの海岸を強引に拓く。そんな設計者の声が聞こえてくるような機体である。

 

反面、その欠点も分かり易い。回避能力はほぼ皆無のため、弾幕を抜けてきた突撃級に押し倒されるか、要撃級の一撃をまともに受ければそこで終わりになる可能性が非常に高いのだ。

 

それに、重装甲とはいえ光線級のレーザー照射を防げる程ではない。上陸した地点は厳選されているとはいえ、近くに光線級の群れが居れば被害はそれだけで激増する。

 

『ですが……それも、本望と言えば本望。誰より早く、あの佐渡の地に足を降ろせるんですから』

 

適任だと呼ばれ、任される場所は誰にでもある。欠ければ作戦の続行に支障が出るという意味では、とても重要な役割だ。竜平はその意味を取り違えることはなかった。

そして、死んだとしてもそこは故郷の地だ。竜平はこれ以上に贅沢なことは無いよな、と呟きながら大陸や国内の防衛戦で散っていった衛士の事を想った。

 

『はっ、勘違いするなよ本間。無駄死には無能がすることだ。貴様も例に漏れず、可能な限り生きて、そして死ね………軍人たるもの、死ぬことが仕事。だが、甘えるな』

 

自棄も暴走も禁じる、という言葉。察した竜平は背筋を伸ばし、それに、と続けられた隊長の声に頷いた。

 

明星作戦ではまだ確立できていなかった、上陸時の海軍戦術の発展系を実地で試すという意味でも、今日は新しい日なのだ。

 

―――大陸での戦闘記録や戦術論、BETA群に対する弾幕の効率化が記された1冊の本を元に、先の海軍衛士がずっと考えてきたものがある。時間をかけてチェーンガンの弾幕の張り方、散らし方や、敵に浸透する方法を吟味し、効率化してきた日々を、成果に変える意味でも、無様は晒せないからだった。

 

『―――了解、です。必死で戦い、必死で死にます!』

 

大声で、敬礼を。途端、周囲から口々に声が。

 

『―――おいおい、日本語がおかしいぜ、少尉』

 

『―――バカ、気持ちが分かるがツッコムなよ、盗み聞きしてたのがバレるだろうが』

 

『―――はっ、覚悟するのが遅えよ。あと足引っ張ると九段(あっち)でぶん殴るから覚悟しとけよ』

 

調子者の笑い声、諌める者、厳しい先任の声。それを受けた竜平は―――気遣ってくれているのだと分かり―――泣きそうになりながら、了解の声を絞り出した。

 

ちょうど、その時だった。通信の声が、衛士の耳に届いたのは。

 

『―――HQより帝国海軍第17戦術機甲戦隊、上陸を開始せよ。繰り返す、上陸開始せよ』

 

冷静な女性を思わせる、通信士の声。

 

遅れて、海神の衛士達を運ぶ崇潮級強襲潜水艦の艦長から、命令が出された。

 

 

『全艦最大戦速―――全スティングレイ(針の如き閃光)、離艦せよ!』

 

 

間もなくして、了解の雄叫びがコックピット内に響き。

 

 

解き放たれた重厚たる戦術機の最先鋒は、海の中を潜り抜け、海岸に降り立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光条の白と爆炎の赤、海の青と艦隊の黒灰が入り乱れる真野湾の沖合で、尾花晴臣は獰猛な笑みを浮かべていた。自機から伝わる、佐渡の島の土の感触。それを全身で感じながら、大声で命令を下した。蹴散らせ、と。呼応するように、帝国陸軍の精鋭達は戦闘を開始した。撃墜された撃震や、横たわる海神をすり抜け、前へ、前へと。

 

炎を吹き出しながら沈んでいく戦術機母艦の仇を取るように、吼えたけるように引き金を引いて、長刀を肉に。食い込ませていった。

 

母艦より発つ前に潰された、上陸する前に空中で光に貫かれて散った。母艦の搭乗員で、脱出する前に焼かれた仲間の仇を討たんがために。

 

手順は素早く、端的に、容赦は一切の微塵もなく。殺し慣れたその鋭い機動は、帝国内でも屈指のものだった。上陸の余韻に浸る前に構え、間もなくして戦うための動きを始めていった。

 

そして晴臣を含む戦闘経験が豊富な分隊の6名は敵の配置状況を確認して間もなく、本隊より一時的に離れんと精鋭を集め始めた。

 

少数、電撃的に最優先で倒すべき敵の元へ駆けるために。

 

『―――真田!』

 

『皆まで言うな、さっさと行け!』

 

連隊長補佐である真田晃蔵は晴臣の動きを瞬時に読み取り、やるべき事をやった。移動ルートを確保せんがために、多くの衛士を束ねて動き始めたのだ。

 

その判断、指揮は的確と言う他に表現できる言葉はなく。まるで全てが想定の内だという、たった一言で交わされたやり取りを聞いた陸軍衛士の動揺は最小限に抑えられた。

 

それが真実か嘘か、どうであれ深くを詮索している余裕が無い衛士にとっては、途轍もなく頼もしく思えるもので。晃蔵は冷や汗を流しながらも、指揮に戦闘に、全身全霊を賭していた。間違っても晴臣達の後背を突かせるものかと、部下に怒声を飛ばしながら奮戦に奮戦を重ねた。

 

それに応えるべく、先んじた衛士達は風のように駆け抜けていた。

 

『おらどけどけどけぇ!』

 

『大佐、後ろフォローします! くっ、照射が―――』

 

『慌てんな弥勒、要塞級(でかぶつ)を盾にせえ!』

 

『止まるのは一時的にだ、遅れるなよバカども!』

 

BETAを遮蔽物に身を隠し、岩塊があれば利用し。だがそれも一時的なもので、攻勢的な機動を晴臣達は保ち続けた。要撃級や戦車級の相手は最低限として、誰よりも早く前へ。

 

その念が叶えられたのは、2分後。晴臣達はその数を5に減らしながら、ついには光線級の元へとたどり着いた。沖合付近を射程距離に収めている一団へと。

 

撃てば届くし、邪魔な障害物もない。だが、それは互いに射線が通ったことを意味するもので。光線級はその機能の通り、飛来物よりも迫りくる脅威を排除せんとするために晴臣達が乗る不知火へと照準を定めた、が。

 

『―――たわけが、遅いわ!』

 

照射された光が致命的なものになるより早く、突撃砲から放たれた120mmの嵐が重を含む光線級を次々に砕いていった。

 

晴臣達はそれを見届けた直後、感慨に浸るより早く本来の移動ルートに戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『揚陸艦隊の被害はあれど、作戦の続行に支障なし』

 

佐渡島の北東、東海岸のBETA誘導を担当するエコー部隊。その一団の中で武は帝国海軍の巡洋艦である最上のオペレーターから先発して上陸している最中の、ウィスキー部隊の被害状況を聞いていた。

 

そして並行世界の甲21号作戦よりも低い被害であることが分かると、静かに拳を強く握りしめていた。

 

陸に近づく揚陸艦と、戦術機を上陸させるため海岸に近づかざるを得ない戦術機母艦の被害が大きくなるのは当然だが、その数が想定されていたものよりずっと少ないのだ。

 

ほとんどの場合において、艦隊は光線級のレーザーによる攻撃以外受けることはない。そこから考えれば、上陸地点の確保もそうだが、陸軍の展開速度が速いことを意味していた。

 

『これもXM3の恩恵の一つ、ということだろうな。開発者としては鼻が高いか、クサナギ12(タケル)

 

『不満はないけど、それを活かせる腕と体制があってこそだと思うけどな、クサナギ1()。それに、俺がやったのは口出しだけ。本当に凄いのはここまでOSを仕上げてくれた夕呼先生達だろ』

 

樹からの軽口を、武は否定で返した。その言葉に反して、口元は緩まっていたが。

 

『だけど、喜んでばかりじゃいられない……作戦の方も順調は順調だが、始まったばかりだ』

 

『そうだな……だが、ひとまずは無事始まった事に安堵すべきか? 色々と艦隊や揚陸部隊の編成でごたごたがあった時はどうなるかと思ったからな』

 

フェイズ1は、低軌道艦隊によるハイヴへの軌道爆撃。

 

フェイズ2、3は甲21号に近い東西の沿岸部にBETAを誘導すること。

 

フェイズ4はA-01を含むエコー部隊の上陸。エコー本隊は東北の方角へ移動してBETAを誘導する。A-01は独自に動き、南方からやってくるA-02こと凄乃皇・弐型の進路を確保。荷電粒子砲の砲撃をサポートするのだ。予定では3度の砲撃を行い、ハイヴ周辺のBETAを一掃することになっている。

 

フェイズ5は、最終段階。BETAの数を減じた上でハイヴ内への突入が行われる。担当は色々と交渉があった結果、軌道降下兵団とA-01になった。

 

作戦発令時に強く協力を申し出てきた大東亜連合や統一中華戦線だが、結局の所は米軍と共に国連軍の旗下として編成された。共に国連軍に対して強い不信感を持つようになっていたが、現場での混乱を避けるためにと国連軍の指揮の下で戦うことを受け入れたと、武は夕呼から聞かされていた。

 

上層部でいくつかの貸しや借りが取引されたらしいが、武は深く聞くことはしなかった。

 

『極東国連軍と帝国軍の砲弾備蓄量の消耗を抑えられたのは大きいけどな……確か、20%でしたっけ、神宮司少佐』

 

『ええ……あれだけの砲撃を行ってなお2割程度とは、信じられないけどね』

 

『……綺麗だと言えば、不謹慎になるかもしれないけど』

 

『いや、アタシも同感だ。あれだけの規模、滅多に見れるもんじゃないし』

 

亦菲とタリサの言葉通り、映像に移った佐渡島への砲撃の光景は圧巻の一言だった。雨のように降り注ぐ砲弾と、それを撃墜せんと地上から放たれる幾百もの光条。爆発と黒煙、白光が入り乱れる上空は、神話の1ページと例えられてもおかしくない程に鮮やかだった。

 

轟音に次ぐ轟音、地面の揺れは果たして如何程か。成果は得られたと、報告があった。対レーザー弾頭弾が使われた軌道降下爆撃と帝国連合艦隊第2戦隊からは、多くの光線級を潰すことに成功したのだ。

 

それでなお砲弾の消費が20%に収まったのは、大東亜連合の強い援助があったからだった。一般の将兵はその援助を、連合内に日本の工場が多く建設されている以上、日本に転けられることは避けたいという意志の現れだと感じ取ったらしい。

 

(腹黒元帥閣下は、もっと強く想ってるだろうけどな)

 

避けたいではない、転けたら星ごと共倒れという未来が待っているのならば、ここで強く出ずになんとするのか。そう考えて―――連合内からの反発の声も多かったと思うが―――動いた元帥に、武は感謝を捧げた。

 

物資を遠慮なく使っての面制圧は、無事に成ったからだ。帝国軍機甲4師団および戦術機甲10個連隊、斯衛第16大隊で編成された東側の上陸と誘導を担当するウィスキー部隊も、損耗率が少ないままでBETAを誘導し始めていた。真野湾沿いで接敵後、BETAを削りつつ西へ、西へと移動。一部の分隊は南へ、同じくBETAを誘導しながら戦っていた。

 

そこで南方の小規模艦隊から発進した小型戦術機と合流する。“あるもの”を試すために。

 

(分隊の方は“それ”が終わったら、補給部隊として展開するらしいけど……そういえば、ウィスキー本隊は伊隅大尉の妹さんや、尾花大佐達。母さん、雨音さん、月詠中尉が………)

 

全体の損耗率は少ないと聞くが、個人がどうなのかを知る術はない。無事なのか、あるいは。武は考えたが、すぐに思考を作戦の方向へと切り替えた。

 

あの猛者達が撃墜される光景がどうしても想像できないと思ったからだ、そして。

 

 

『―――ヴァルキリー1より、中隊各機。エコー部隊の上陸が近い』

 

『―――クサナギ1より、中隊各員。先鋒のウィスキー部隊に倣え。緊急事態に備え、いつでも発進できるように準備を』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――真壁。被害状況を報せよ』

 

『小破が1機、戦闘の続行は可能な状態です。他に脱落者は居ません、崇継様』

 

『結構だ―――望外には遠いが、ひとまず平常通りという所か』

 

第16大隊は二中隊、24名がウィスキー部隊の本隊と同道していた。12名は南下し、分隊の援護と共にある地点に向かっている状況だ。

 

その24名も崇継は固まって動かすつもりはなかった。部隊を少数に分けて、ウィスキー部隊の移動ルート上に広く展開させていた。遊撃に努めることで、帝国陸軍の戦術機甲連隊の損害を減らし、誘導の規模をより上げるための戦術だった。

 

だが、言うは易く行うは難し。孤立と死が同義な戦場において、戦力の分散は愚の骨頂とも言える。第16大隊は、その常識を覆していた。

 

自機は当たり前に、味方機の面倒をみつつも戦果を積み重ねていく。それを成すために求められる技量は如何程のものなのか、通常の衛士であれば考えるだけで気が遠くなるもの。

 

それが空論になっていないのは、京都の防衛戦から撤退戦、関東へ退きながらの防衛戦に。多様な戦場を経験する中で、色々な武からのアドバイスを16大隊内で徹底的に咀嚼し、改良した成果だった。

 

味方を助けて数を減じさせることなく戦い続けることこそが最良の戦術の一つであるという、“数は力なり”というクラッカー中隊の理念に沿った戦術は、ここ佐渡島の土地でより発展系の形を成しつつあった。

 

『守る必要があるかは、不明であるがな……陸軍も気合が入っているようだ』

 

『はい。先の失態を取り戻さんがためでしょう、よく練られています。そのお話とは別に、帝国海軍の、海神の衛士までもが“あれ”を意識している事には驚きましたが』

 

観察力に優れる介六郎の言葉に、崇継は頷きながら意見を付け加えた。全ては、分隊で動いている傍役の、その息子の“せい”だと。

 

『弾を放つことが出来る時間に数、どちらも多ければそれで良い。そのための遊撃部隊であり、尊敬される戦力であるというのが口癖だったからな』

 

斯衛が、第16大隊が最強と言われる所以でもあった。どこにでも現れて、味方の窮地を救ってくれる部隊。同じ衛士の目から見ても頼もしい、強いと断言できることは衛士から見ても上位の、最強のという点に繋げられるものだった。

 

事実、有用だった。損耗率が下がるということは無駄に終わる弾を少なくする事に繋がる。コストの面においても、力量が高い部隊が遊撃を行うことは、推奨されるべきものだった。

 

『―――議論は後だ。介六郎、第二中隊は遅れている殿の方へ赴き、部隊の救出に努めろ。ここは逢魔が土地、先に何が起きるか分からない以上、数を保つことに専念する』

 

自分達の生存は当たり前で、それ以上を追求する。断言した崇継の言葉に、最精鋭たる衛士達は迷うことなく了解の言葉を返した。

 

それは、真那も例外ではなかった。神代巽、巴雪乃、戎美凪も同じで、戦術に判断に、目まぐるしく移り変わる今に目を迷わせながらも、言っていることは正しいのだと理屈ではなく感じられたため、了解の叫びを声にしていた。

 

そこに、差し挟む声があった。

 

『戸惑っているようだが、お嬢さん達』

 

真那まで含めた調子で、白の斯衛の武家の長男は、瓜生京馬は告げた。

 

『当時のあいつも、15歳―――私達は劣っているから無理ですとか、当たり前の言い訳をするか?』

 

それは、常人であれば許されるであろう言葉。普通は無理なのだ。神代と巴、戎はそれを薄々と感じつつも拒絶した。

 

『―――ふざ、けるなよ貴様!』

 

『言わせておけば、図に乗って!』

 

『それで引き下がるような私達に見えるんですか………!』

 

戦意をむき出しに、それぞれの口調で激昂する。京馬は内心で喜びと共に笑い、顔の表面には挑戦的な笑みを浮かべて答えた。

 

『機動で語れよ、木っ端新人―――そこの赤様もな』

 

『言われずとも、見せるつもりだ』

 

動揺は欠片もなく、月詠真那は堂々たる態度で笑った。

 

『貴官もだろう、瓜生中尉。ただ女の尻を追ってばかり居るのではなく、そろそろその実力を見せて頂きたいものだが?』

 

『ハッ―――良い尻をしている中尉殿から言われれば、世話ないねえ』

 

『触らせはせんよ、少なくとも鈍間の間抜けにはな』

 

『……つまりは素早い奴なら良いってことか? そういえば武の野郎もその尻を褒めてたような』

 

京馬は当てずっぽうの軽口で、真那をからかった。

 

だが、真那は爆発したかのように顔を真っ赤にしながらも、瞬時に気を取り直すと小さな咳をして呼吸を整えた、が。

 

『アンタの従姉妹らしい眼鏡の美人は、もっと鋭かったらしいが』

 

『―――ほざいたな』

 

神代達が、真那の剣呑な気配を察して息を呑んだ。真耶に対する意識は知っている、だからこそ京馬の軽口の意味を理解できていた。

 

間違いなく、地雷を踏んだ。京馬は変わった気配に口笛を吹きながら、笑った。

 

『後悔させてくれよ、美尻のお姉さん』

 

『言われずとも―――影さえ踏ませるものか』

 

貴様こそが遅れるなよ、と真那は挑発を挑発で返した。そして自分で発した言葉と、間もなく上陸するであろう主君と。

 

そして昨日に約束を交わした、年下でありながらも歴戦を越えた風格を漂わせた少年の言葉を胸に、動き始めた。

 

一連のやり取りを止めずに見ていた崇継は、満足そうに頷いた。

 

過酷な戦場にあってもぶつかり合う意見、譲れないもの、奮起する様に、強く揺るがぬ意志。全てが美しく、無作為であると感じたからだった。

 

 

『計算通りに行かぬのが人間―――悪くも良くもだ、白銀』

 

 

崇継は生まれて初めてみた、自分の予測を容易く越えていく人間の名前を呼びながら、直に来るであろうその方角を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エコー部隊、上陸完了―――A-01も移動を開始しました」

 

損耗無く上陸に成功、本隊から外れて移動を開始したという報告を受けた夕呼は、緊張を緩めず、されど第1段階はクリアという言葉を脳裏に浮かべていた。

 

帝国海軍の旗艦艦隊、重巡洋艦の最上に居る乗組員にも、艦長である小沢にも侮られる訳にはいかなかったからだ。

 

何よりもの強敵は、ニヤつこうとする自分の表情筋との戦い。夕呼は堂々と腕を組みながら、移動を始めたA-01の二個中隊の進撃を眺めながら、心の中で呟いていた。

 

―――小手調べにアンタ達の力を見せてやりなさい、と自慢したい気持ちのままに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地は中国、時は後漢末期に趙子龍という武将が居た。劉玄徳の元で戦った、五虎将とも称された武人で、“子龍は一身これ胆なり”と呼ばれるほどに度胸のある人物だった。

 

戦いに生き死には当たり前、それを無視せずに飲み込んだ上で必死の線を気軽に乗り越えていくからこそ、激動の三国志時代にあってなお、度胸の象徴として称賛されたのだろう。

 

珠瀬壬姫は、初めてその言葉の意味を理解するに至った―――最先鋒を進むクサナギ中隊の衛士達の背中を眺めた後に。

 

(後衛が少ないとか、そんな理由じゃない―――!)

 

敵の数が少ないルートを辿っているため、後衛が援護をする必要はほとんどない。だからこそ追い縋れている。壬姫はその事実に、戦慄していた。

 

どうして訓練の時よりも大胆に、効率良くBETAを倒すことができるのか、その理由が理解できなかったからだ。

 

『そういうものだと思って、集中』

 

壬姫はサーシャからの通信を聞き、思考の迷宮を陥りそうになった事を恥じると、目の前の事に集中を始めた。時折、進行方向より外れた位置から中隊の横腹に食いつこうとする突撃級の脚を、サーシャと一緒に当たり前のように撃ち貫きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『壬姫さんも大概だと思うんだけどね……』

 

『クズネツォワ中尉も、よくあれだけの速度で射抜けるものだわ』

 

中衛の二人、千鶴と美琴は後衛と同じく仕事が少ないことに困惑しながらも、遅れはすまいと機体を動かしていた。

 

無人の荒野を往くが如く、今までの人類の記録から予想できる対BETA戦の損耗率を完全に無視している前衛の勇姿を、その背中を眺めながら。

 

『……シミュレーター通り、というのも驚きだけど』

 

『うん。ひょっとしてあれ、凄く革新的で贅沢なものだったんじゃあないかって思うけど』

思うけど』

 

『よく気づいたな』

 

私語を罰するでもなく、当たり前のように自分の仕事が出来ている新人に対して、樹は呆れ声と共に真実を告げた。

 

『苦しくて辛いが、成果はとびきり。発案者の開発コンセプトだ―――どれほどのものかは、実感できていると思うが』

 

『……はい、ですが』

 

近づいてきた要撃級を36mmのウラン弾で手軽に蹴散らしながら、千鶴は尋ねた。シミュレーターで見たリアルな映像でのBETAと、現実として戦っているBETAに、驚くほどの差異が無いことは当たり前なのかと。

 

『自分の眼と耳と、心で感じたことが全て。初陣なのに恐怖に震えず、訓練の通りに戦えている自分を自覚すれば早い―――ほら、もうすぐ8分が経過する』

 

そういえば、と千鶴と美琴は驚いていた。死の八分とは何だったのか、その実在さえも疑ってしまうほどに、当たり前に千鶴達は初陣の第一段階を知らない内にクリアしていたからだ。

 

『それでも、油断は禁物だ―――という忠告も、目の前のアレを見れば薄れてしまうかもしれんが』

 

樹はため息と共に、前衛の戦いを。

 

BETAに死をばら撒く、勇ましすぎる戦いを指差すと、冷や汗と共に告げた。

 

 

『―――ちなみに、あれで全力の6割らしいからな』

 

 

 

 

 

 

動く、動く、動く。

 

伝わる、伝わる、伝わる。

 

―――使う者が使えば、F-22を容易く凌駕できる。今の自分の完熟率であっても、ユーコンに来る前に戦った当時のキース・ブレイザー程度であれば勝てる、それほどの性能が出ていると。

 

ユーコンで自分の魂さえもかけて作り上げたと断言できる、最初にして恐らくは最後となる戦術機。その上で母・ミラの手が加えられた機体は、予想を越えた性能を、“操縦しやすさ”があった。

 

それがどういう意味なのかは、今も後ろで屍になったBETAが示してくれる。

 

着地、長刀での一撃から抜けるまで。要撃級の反応速度を上回る機動、接地の脚から腕まで伝わる力の比率、予後の機体の負荷まで、不知火とは明らかに違う。

 

中途半端な腕の衛士であれば、長刀は要撃級の頭部であっても途中で止まる、だというのに何気なく振るった斬撃が抵抗少なく肉を斬り裂き通してくれる。

 

突撃砲に切り替える時の速度もそう、その反動も少なくなっていた。長時間の戦闘において、その振動は衛士の体力に影響してくるという、それが無視できるほどに吸収されているように感じられる。

 

方向転換や回避機動の時の、機体の重心移動も()()()()()。多少の無茶でもきっちりと機体が応えてくれる、推進力のロス無く方向を転換してくれる。まるで、生きているかのような挙動を前に、ユウヤは操縦桿を握る手に汗が流れる感触を覚えていた。

 

(おいおい、なんだよこの気持ち―――頭がどうにかなっちまいそうだぜ)

 

訓練の時は、確証が得られなかった。だが、実戦の場で証明できれば抑えることはできない。ユウヤは震えながら、内に秘めていた感情を開放した。

 

ここまでの機体に仕上げてくれた全てに。唯依、ヴィンセント、タリサ、VG、ステラ、イブラヒム、それ以外のユーコンで出会った仲間に感謝を捧げた―――何がなんだか嬉しすぎてたまらないと、笑いながら。

 

日本の窮地を助ける戦いというのも、この上ないものだと感じていた。誰しもが与えられた役割の中、果敢に命を賭けている。ウィスキー部隊もそう、誰が欠けてもこの作戦は成立しない。蓄積された経験から編み出された戦術、集団と連携という人間だけの武器が、生まれに関係なく一体になって振るわれている様を前に、その熱を感じて寒さとは別の意味で震えていた。

 

可能であれば世界中を叫んで駆け回りたかった。俺達は、お前たちはここまでの機体を作り上げられたんだと、声が枯れ果てる先の先まで。

 

(ただ、唯一気に食わないのは)

 

ユウヤは、目の前の光景を呆れつつも記憶に収めた。

 

―――実戦で遠慮なく、派手さの欠片もなく、ただ機体のフルスペックを当たり前のように発揮している非常識の塊の最高潮の姿を、いずれ追いつかんという目標として定めるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

対BETA戦において、最上位の技能を持つ衛士が追求するのは効率の1点に限られていく。人間のように相手の心理を読む必要はない、個々の機体性能や素質、連携の精度を鑑みることも必要ない。

 

ただ、地上でに動いているBETAをできる限り早く、消耗少なく、危険を侵さずに()()()()()()()

 

通常の衛士でさえ、極まった者達は並を外れていく。ベテランの衛士が鎌を使って草刈りをするなら、更に越えて芝刈り機のようになっていく。抵抗など考えもしないと、当たり前のように屍を量産していく。

 

それは、対BETAで重要視される衛士としての理想とも言えた。実現するために必要なのは、圧倒的な基礎技量と判断力を裏付ける経験。

 

そこに最新鋭の機体が加わった時、人は死神になる。触れれば死ぬし触れずとも砕け散るという、理不尽の塊に。

 

その域に至った、天災は―――白銀武は佐渡の地で、死を配布していた。

 

 

『―――』

 

一歩、踏み出しては中刀を切り抜いて要撃級の頭を落とし、

 

『―――』

 

次には跳躍し、邪魔になる戦車級を最小限の弾幕で砕いていき、

 

『―――』

 

銃撃の反動を電磁伸縮炭素帯に僅かにため、その反発を推進力として軽く跳躍し、

 

『―――っ』

 

狙った通りの間合いで要塞級の攻撃を回避、その相手の攻撃の力を利用するカウンターの形で関節部に深く切り込みを入れて、

 

『―――』

 

振り抜いた勢いのまま更に前へ、要塞級のせいで機動が削がれていた突撃級の脚の上に、複数の脚を傷つけられる位置に36mmのウラン弾を通して、その向こうに居る要撃級の頭部に叩き込む。

 

一つの動作に複数の意味を、その全てが燃料、弾薬、機体の負荷を抑えるためのもの。

 

だというのに複数のBETAを的確に巻き込んでいくため、撃破数は他の者に比べて一線を画していた。

 

その早さは異常そのものだった。中隊の誰もが気づけば目的地である旧上新穂地区に到達していて、その直後に時計の故障を疑ったほどだった。

 

武は周囲を警戒しつつ、A-02(凄乃皇)との合流地点で佇み、他の機体が補給コンテナを引っ張ってくる様子を眺めながら、操縦桿から離した手を確かめるように握りしめては開いていた。

 

『……なんか、暇になるとは思わなかったが』

 

『主にお前のせいだろ、バカ』

 

武のボヤキにタリサが突っ込んだ。すかさず、周囲の者達が深い同意を示した。

 

『なんですか、アレ。要撃級の頭踏んづけた後に反転してたの』

 

『なんで一発で突撃級の脚が千切れてるんですか。超能力かなんかですか?』

 

『中刀は体重を乗せ難いという話だったが……綺麗に背中まで通すとは、別の金属でも使っているのか?』

 

『あー………まあ、そういう事もあるだろうってことで』

 

面倒くさくなった武が誤魔化すように笑ったが、一斉に突っ込まれた。ねえよ、と忌々しい表情を叩き付けられながら。

 

そうして、補給をしている武達は広域データリンクにより、佐渡島の各地で動いていく戦況を見ていた。

 

主には、BETAの誘導の進捗状況だ。A-02の砲撃が失敗した時、軌道上から再突入した降下部隊がハイヴの深部へ侵入する必要がある。そのための誘引で、西から上陸して南北に散らばったウィスキーであり、東から上陸して北部へ、更に北東部へ敵を引きつけるエコー部隊である。A-01はエコーの本隊から別れて、東海岸から上陸した後に南下したが、いくらかのBETAはついてきているし、点在する大隊規模のだが佐渡島内の敵総数を減少させることに成功している。何らかのアクシデントがあり、A-02の砲撃が予定数を下回ったとしても、すかさず反応炉を目指して侵入できるようにするための作戦だった。

 

ペースで言えばこの上なく、佐渡島のBETAを掃討することが出来ている。このまま問題なくことが運べば、あるいは凄乃皇の荷電粒子砲が無くても、反応炉の破壊に成功するかもしれない。そう考えた武だが、表情を変えるとハイヴがある方角を睨みつけた。

 

『薄くなれば早速、か―――そうそう上手くはいかないよな、やっぱ』

 

 

直後、振動と共にハイヴ周辺に土と砂が舞い上がったことが確認された。

 

通信を聞いたA-01の部隊長のまりもは、周囲と地中部への警戒を命令した。樹もそれに続き、地中の振動を計測する機械を設置した。

 

地面に突き刺して通信を送れば自動的に地面した5mまで埋まる自動計測機で、その精度は地上部とは比べ物にならない。今回の作戦で試験的に試されている、地中部からの奇襲を封殺するための、並行世界からの恩恵とも言える装置だ。

 

そこまでして警戒するのは、平地での戦闘であれば圧倒できるが、地中からの奇襲は対応できなくなる可能性があったから。

 

武は命令通り、了解の声を返しながらも、広域データリンクに映るBETAの反応をじっと眺めていた。全ては順調、相手の援軍も想定内で―――だというのに嫌な予感が消えなかったからだ。

 

直感か、錯覚のどちらか。武は判断がつかなかったが、不安になる自らの内心に対し、何らかの理由があるのかと思い悩んだ。

 

原因、元凶を、感触の根拠をそれとなく探しながらも、ハイヴがあるであろう佐渡島の大地の下をきつく睨み返していた。

 

 


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