Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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45話 : 集結の道すがらに

甲21号作戦の、発令。軍や民を問わない、今の日本の悲願を達成せんという報せは、瞬く間に大勢の者達の心を打ち震わせた。特に軍に所属する者達にとっては、影響が大きかった。力不足に米国の横暴で終わった、屈辱も極まる明星作戦から3年の時を経ての一大反攻作戦である。あの敗戦を味わった者達はもちろんのこと、経験していない者達にとっても、感慨深いものがあった。

 

明日が見えない今の日本の苦境を、自分達の手で闇を取り払うことができる。それが盲信や幻想ではない、現実のものとして認められるようになったと思える、初めての作戦だったからだ。

 

そして、発令から準備に準備が重ねられ。12月中旬を過ぎた頃には、各軍の動きは最終段階に入っていた。

 

そんな中で、帝国が誇る陸軍の今や中枢とも言われる双頭、その片割れたる真田晃蔵は決戦を控えた夜に自室の中で一人、呟いていた。

 

「やっと……報いることができるな」

 

真田は椅子に体重を預けながら、かつての明星作戦で戦死した部下の写真に語りかけていた。その写真には衛士訓練学校では共に教鞭を振るう立場に居た、かつての教え子でもあり、戦友として戦死した斉藤貴子の姿があった。今はもう居ない。G弾の爆発に巻き込まれて遺骨さえも残らなかったからだ。墓は仙台に作られているが、土の下には何も埋まっていない。語りかけるのならば、と引っ張り出した写真は擦り切れる跡が目立った。

 

長かったのか、短かったのか。耐えるという想いに我慢してきたことを考えれば、長かった。さりとて立場ある身で色々な問題を解決するよう忙殺されていたことを思えば、短くも感じられる。

 

悪化する軍内部の風紀、集められたと表現するに相応しい年若い女性までを徴兵しての訓練と、戦力補填の試み。いずれも事態が進展しては問題が発生し、対処するために色々と走り回った。同時に、上層部の者達に―――無責任に責任をなすりつけあう者、現実逃避をしているのか愚にもつかない派閥争いに精を出す楽観主義者が居たが―――予算や人材を寄越せと笑顔で告げる毎日を思い出した晃蔵は、今の軍の内外を検めた後、苦笑を零した。

 

たった3年で一昔だな、という感想を抱いていたからだ。クーデターの一件で腐れた部位は強引に切除され、その補修も儘ならない内から、新たに接ぎ木が成されているのが今の帝国の国体を表したもの。見違えるようなったと、多くの者は言うだろう。その中にある余力までには目を向けないまま。

 

分かっている者達ならば、口を揃えて断言する―――これで甲21号を落とせなければ日本は詰むぞ、と。

 

(それでも、賭けが成立する所まではこぎつけられた……良しとするのは当たり前、あとは賽の目がどう出るか)

 

真田は賭け事が嫌いだった。不確定要素に自分の金銭を任せるなど、怖気が立つと思うぐらいの。それは同期で悪友、戦友であり親友となった尾花晴臣も同様だった。だが、その友から気になる話を聞いたことがあった。

 

得られて失うものだけではない、勝つか負けるか分からない“勝負”に身を投じること、そう思えば男子たる者として興奮を覚える気持ちは理解できるのではないか。

 

晃蔵は、その時は肯定できなかった。だが、今は理解できるようになった。何もかも足りないのが当たり前になった今の中、何かを託さずに臆病と、呼ばれて終わるよりは命を賭して勝利をもぎ取りに行きたいという気持ちが強くなったからだ。

 

例えそれが、帝国の未来を左右する決戦であっても―――だからこその、尚の事。

 

「……悔しいのは、勝ちの“目”を作る役割を帝国軍の外に持って行かれたことだが」

 

雪辱を果たす要の役割が、自分以外の者に託されたこと、その全てを飲み込めた訳でもない。晃蔵はそれでも、と蟠りを飲み干すことにした。

 

京都での日々に。未成年の女子を死なせたという事実を。未来ある若者を育てるために悪役になる事を喜んで引き受けた、小柄な黒髪の女性を覚えていたからだ。

 

得られたものは多くない。老いも若きも命を費やして使い潰して浪費しても東に東にと追い詰められていった日々を忘れていないからだ。

 

何もできなかったという無力感。これで終わりなのか、という寂寞の念。風化していくかと思った復讐の、その炎は全て佐渡島を占拠した存在に叩き込むべきだと、晃蔵は考えていた。

 

 

「それに、同じぐらい燃え上がっている海軍さんが我慢している以上は、な」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何時どこで誰に地すら揺らす自艦の大砲を叩き込んだのか。日本帝国海軍が保有する最上の艦長であり、海軍提督である小沢久彌はその全てを覚えていた。

 

大陸で撤退する友軍を守るために、今は亡き京都で迫りくるBETAを地面ごと耕すために。何かを守るために、海上で砲撃の命令を出し続けた。例外は、多くない。その中の一つが、明星作戦でのこと。

 

BETA大戦が始まってからは初めて、攻めるために大質量の砲弾を繰り出す役割を割り振られた。だが、結果は歴史が語る通りのこと。

 

疎開に成功した横浜出身の、誰かの思い出の土地を抉るだけに留まるだけに終わり。最後には、洋上で黒い半円状の暴虐を見届けることしかできなかった。

 

あれから3年―――ようやくの、それでも間に合ってくれたと小沢はその事実に感謝を捧げていた。渇望していた、二度目の攻勢。占拠された国土を奪還するがためという大望を果たす、二度目の機会。

 

よくぞ、と思う。小沢が発端に興味を示したのは、一時のこと。今は拘らず、水平線の向こうにある者を見つめていた。気まぐれに荒れる波に揺られて左に右に、それでも目的地に達するのが船乗りの本質であるがために。

 

『……お邪魔でしたかな』

 

考え事をされていたようで、と語りかけたのは信濃の艦長を任されている安倍智彦の声だった。小沢は、気にするなと嗄れた声で笑った。

 

「取り込み中で無かったことなど、一度もないさ。横浜での……いや、京都での屈辱の敗走から忘れられんのだよ」

 

今の時をずっと夢見ていた。言葉ではなく遠くを眺めるように呟かれた言葉を聞いた安倍は同意を示す声と共に、答えた。

 

『捲土重来……は少し用法が違いますが、自分も同じです。横浜の海で土左衛門にならず、生き恥を晒す甲斐はあった―――九段でそう誇れるぐらいの戦果は上げたい所です』

 

「ふふ……気負いすぎるなよ、安倍君。まるで海神(わだつみ)を任された海軍衛士のようだぞ」

 

諌めながらも誇るように、小沢は言う。潜水母艦より発進する、作戦の最先鋒。A-6イントルーダーの帝国軍仕様であり、全軍の揚陸地点の橋頭堡を確保するために死力を尽くすことを義務付けられた重装甲と大火力を保持する、海軍きっての最精鋭が並ぶ部隊を、誇るように。

 

『忠告、ありがたく。しかし悪い気はしません。それほどに年若く見られた、という証拠でもありますから』

 

「ふ……若いなりに貫禄のある声で、よくも言う」

 

小沢は安倍の生真面目ながらも海軍らしいユーモアが溢れた言葉に、笑い声混じりの低い声で返した。通信を聞いていた者達も、それぞれに小さく笑った。

 

(大東亜からの援軍もあり、火力は十分に揃えられる。だが、我々が出来るのはそこまでだ)

 

突入は軌道降下部隊と、国連軍の一部の部隊に任せられるという。数を打って確率を上げる方針だった。小沢はそれを聞いた時と同じく、抱いた疑問を脳裏に浮かべた。

 

―――何故、斯衛は突入部隊に志願しなかったのか、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全体のバランスを考えた。それだけだよ、陸奥」

 

「……成程、出過ぎる杭は打たれますか」

 

「数の問題でもある。重責があるとしよう。1本で支えるか、4本で支えるか、どちらが安定するのかは問うまでもあるまい」

 

第16大隊でも三指に入る実力者である陸奥武蔵の質問に対し、同じ位階に居る斑鳩崇継はいつもの微笑を携えながら答えた。周囲には隊の要を務める衛士達が集まっていた。発言した陸奥武蔵の他は、真壁介六郎と風守の二人は当然として、磐田朱莉と吉倉藍乃。それだけではない、最近になって入隊した月詠真那の姿もあった。

 

彼ら、彼女達に五摂家としての判断であることを浸透させるように、崇継は語りかけた。クーデターに賛同した帝国本土防衛軍の威信に翳りが見えつつある。陸軍は新潟での迎撃に参加した功績はあるが、沙霧の声に応えた者達は零ではなかったからだ。反面、斯衛は終始殿下のために戦い、日本を守るべく動き回った。

 

これにより、斯衛の声望は高まった―――過ぎる程に、というのが政威大将軍を含む五摂家全員の意見であることを、崇継は告げた。

 

「内外に畏れられるのは良い。敬われるのも良しとしよう。だが、奉じられるのを良しとするには、問題があり過ぎる……分かるか、吉倉」

 

「はい。これでハイヴを落としてしまえば、民はこう思うでしょう――“斯衛が居れば何とでもしてくれる”と」

 

それにより起きる問題は、多岐にわたる。帝国陸軍、本土防衛軍への非難と不信の声が高まること。それを受けた者達が、斯衛を酷使すべく動くこと。安易な安堵により、油断できない状況にも関わらず、国内の緊張感が緩まること。その全てに対処するには、数が少ないという斯衛唯一の弱点が響き過ぎてしまう。

 

手を抜くつもりはないが、不必要に高みに昇り光が当たれば、影の高さもまた高くなっていく。煌武院悠陽の名の下に概ねはまとまっている今の斯衛を保つためには、今の位置がちょうど良いと五摂家の当主達は結論付けていた。故にハイヴ攻略は()()()()になると考えているのだ。

 

「……しかし、念願のハイヴ攻略戦です。閉所でも十全以上に戦える、ハイヴ攻略を成すがために……そのための武御雷ではなかったのですか?」

 

「否定はせんよ、磐田。だが、奴らの巣を打倒するのはあくまで主目的ではない―――磐田。斯衛の本懐はなんであるか、まさか忘れた訳ではあるまい?」

 

「え……っ、はい。そう、でした……」

 

斯衛とは帝都を、殿下を、陛下を守る軍である。磐田朱莉は申し訳ありません、と自分の質問が的外れだったことを謝罪した。その横から、俺も考えていたからおかしくはない話だ、と陸奥武蔵がフォローを入れた。

 

そして、眼光鋭く崇継に尋ねた―――本番はその後ですか、と。崇継は、来るであろうな、とまるで確定している事象であるかのように答えた。

 

「思えば、おかしな話だ。国外のBETAは次々にソ連の地にハイヴを建設していった。だというのに、佐渡島のBETAが特に侵攻の動きを見せないのは何故か。疑問の答えとしては、十分に考えられる」

 

間引きしているとはいえ、地中には凄まじい数が。奴らが何もしていないなどと、楽観的に過ぎると崇継は考えていた。マンダレーで判明した母艦級の存在もあった。一部の者しか知らないが、佐渡島が陥落した後、まだ反応炉が生きている横浜ハイヴを目指してBETAが移動しないとは考えられなかった。

 

「故に、斯衛の半数は帝都へ。万が一に備えて、奴らを止める防波堤になる―――だが、貴官がこちらに来るとは思わなかったよ、月詠大尉」

 

崇継は第16大隊の新人である月詠真那に尋ねた。かつて京都撤退戦で共に戦った月詠真耶は帝都を防衛する部隊に残ることを決めた。煌武院の傍役である月詠家にとっては、そちらが正道となる。だというのに、どうして第16大隊に―――白銀武の推薦があり、つい先日出来た欠員という穴があったのも確かだが―――入り、戦うことを選んだのか。

 

真那は、多くを語らず。ただ、託されましたから、と答えた。その言葉を深くまで理解できたのは、崇継だけだった。他の者達が要領を得ないと渋い顔をする中、崇継はそういう事か、と真那の振る舞いから色々と察した。

 

「殿下か、あるいは白銀武か……どちらでも構わないが、確認すべき事が一つある」

 

「……答えられる事であれば」

 

「なに、別に大した話ではない―――実力、申し分ないことは先日に見せてもらったが、やはり白銀にXM3の使い方を手取り足取りに教授されたのか?」

 

不意打ちに、真那が硬直した。即座に肯定も否定も返せず、答えるべき機を見失った真那は、数秒の後に、教授された事は確かです、と限定的な部分に関してのみに頷きを返した。

 

朱莉の目が一段と物騒なものになった。雨音が、微笑と共に真那を見た。それを見た介六郎が小さなため息をつき、風守光は目を覆った。

 

「ふむ、反応が薄いな。恭子が可愛がっていた彼女は、もっと素直な反応を見せてくれたが」

 

「……篁唯依、ですか」

 

朱莉の目が爛々としたものになった。雨音が、更に笑みを深くした。介六郎は、やっぱりかあのバカと呟いた。光は、影行の教育方針について問い詰めることを誓った。

 

吉倉藍乃は君子危うきにと近寄らず、武蔵は面白そうに笑い、真那は「ほう」と小さく呟いた。

 

その後も崇継は大東亜連合や統一中華戦線からの援軍が女性であることをそれとなく話し、その度に場は不可視の熱を帯びていった。

 

そして最後に、崇継は告げた―――されど、生きて会えるかは分からぬがな、と。今回の作戦の本命は新兵器の成果を見せつけることにあるが、それだけではない。佐渡島を落として地中のBETAをおびき出して駆逐する必要があるのだ。さもなければ余力が少ない帝国の足場を固められずに空中分解してしまう恐れがあった。そのための凄乃皇であり、香月夕呼配下のA-01だった。

 

「……だからといって、遠慮をする必要はない。地中は譲るが、他は別だ。我らは斯衛軍第16大隊、我らこそが日ノ本最強の部隊。その名を()()()。そして、恥じぬ働きを見せよ。進み、助けて、救いながらも、徹底的に打ち破れ」

 

退かず、見捨てず、数を減じさせることなく、当たり前のように勝て。静かな威厳が込められた言葉に、真那を含めた全員が了解の声と共に敬礼を返した。

 

崇継は微笑と共に頷き、切り札である者達が居る方角を見た。

 

 

(さて、生還率は如何程か―――今更問いはせんが、死んでくれるなよ)

 

 

もっと想定外の、面白いものを見せてくれと。

 

そう呟いた崇継の微笑が、更に深くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雲一つない、夜空の下。武は甲板の上に腰掛けながら、空を見上げていた。12月の下旬ということもあり、吐く息は白く、尻に当たる鉄の床も冷たいが、震えることもなく頭上に輝く星々を眺めていた。

 

武の右隣に居たサーシャは、呟くように語りかけた。

 

「綺麗、だね……アンダマン島を思い出す」

 

「ああ……空気が澄んでいるからか、あの時よりも綺麗に見える」

 

冬の大気の向こうに映る空は星という星に覆われていた。まるで音が聞こえてきそうになる程に賑やかで、眩しい光に満ちあふれていた。

 

武の左隣に居た樹が、随分と懐かしく感じられるな、と呟いた。

 

「懐かしく、って………夜を越えての光線級吶喊の時のか?」

 

「いや、違う。あの時は緊張していたからな………焦らずに空を見上げられたのは、日本を出た時のことだ」

 

上官を殴り、国外へ。その洋上の夜、船酔いに耐えきれなくなったから外に出て、そこで星空の存在に気づいた、と樹は当時の感動を語った。

 

「耐えられなかった自分を恥じて……後悔していた。居場所も無くなり、行く所も分からない。どこぞで野垂れ死ぬんだろうと思っていたさ……でも、ふと思えたんだ。こんなに綺麗なものを見られたんだから、この道の先も悪いものばかりではないのかも、とな」

 

上官を殴って日本を出なければ、あの星空に出会うことはなかった。自己完結で勝手に救われたんだと、樹は笑った。

 

「そう、か……サーシャは、どうだった?」

 

「私は………最初は、夜の空が嫌いだった。私が売られた日も、こんな寒い日の夜だったから」

 

うっすらと記憶に残っている光景を、サーシャは語った。母の白い吐息。どんな容姿だったか、表情だったのかはもう覚えていない。見ないようにしていて、その顔の向こうにある空だけをずっと見つめていた。

 

その後は、ずっと白い壁の中。窓の外さえ積極的に見ようとはしなかったと、サーシャは語った。

 

「でも……アンダマン島で見た時は、悪くなかった。どうしてなのか、最初は気づかなかったけど、今なら分かる」

 

「へえ……その理由は?」

 

「綺麗なものを知ったから」

 

夜の闇も月の光も、色彩豊かな花々や荒れた大地さえ同じものだった。ただ、何もかもを見ていなかった―――見るのが怖かった。何もかもが白黒で、自分の感情さえも理解できなかった。

 

切っ掛けは、強烈な一番星。出会って学び、知ったとサーシャは言う。

 

「でも……あれから色々と変わったね。人が増えたり消えたり、別れたり。いつまでも変わらないものなんて無いって、分かってた筈なのに」

 

「良くも悪くも、だな。でも、一歩一歩、諦めずに進んで、ようやくここまで来れた……みんなのお陰だ―――っと噂をすれば」

 

武は気配と足音を察し、上体を思い切り反らすことで後ろを見た。そこには天地逆だが、ヴァルキリー中隊の風間祷子の姿があった。

 

祷子は子供のような武のリアクションに困惑していたが歩みは止めず、武達の近くに来るなり、同じように甲板に腰を降ろした。

 

「………腰を据えてお話するのは久しぶりですね、教官」

 

祷子の、恨めしい声。武は頭をかきながら、誤魔化すように答えた。

 

「なんか宗像中尉のブロックが厳しかったので……なんかやらかしたのかなあと」

 

「美冴さんが? ……そう、でしたか」

 

祷子は呟いた後、問いかけた。それでも、話しかけようと思えば出来た筈なのに自分を避けていた理由は何なのかと。恐る恐るといった口調の言葉に、武は言い難そうに答えた。

 

「情けない話だけど……すぐにフォローできなかったから。負傷した二人の見舞いも行けなかったし」

 

当時は色々な事で忙殺され、心理的にもぎりぎりだったこと。負傷した二人を見舞い、それを切っ掛けに話そうとするも、諜報員が怖いからと夕呼に止められた。そうしている内に時間が経ちすぎ、合わせる顔が無くなっていったと武は言い訳をした。

 

「宗像中尉がフォローしてくれたし、俺が今更出るのもアレだなあって」

 

「……それでも、私は会いに来て欲しかったです」

 

幸村美代と倉橋南、怪我で早々に戦線を離脱した二人の事を語り合える相手は、武以外に居ない。自分だけになった時に、会いに来てくれなかったのは間が悪いと自分に言い聞かせることができるが、機会があるのに無視されるのは、と祷子は寂しそうに語った。

 

武は悲しげなその表情を見るなり、深く頭を下げた。

 

「……ごめんなさい。って今更言うのも、あれだけど」

 

「あら、構いませんわ」

 

「え? ……って笑顔に。もしかして今のって」

 

演技か、それとも謝ったから許してもらえたのか。判別できていない武の前で、祷子は嫋やかな笑みで答えた。

 

「お好きな方にご解釈を―――では、私はこれで」

 

次の人が待っていますので、と祷子は名残惜しそうな表情で告げると、立ち上がった。

 

「鳴海中尉達もお話があるようなので……ですが、最後に一言だけ。明日の先鋒を……いえ、私達のエスコートをお願いしてもよろしいでしょうか、中佐」

 

「ああ、喜んで。美人揃いだ、頼まれなくてもやるさ、って痛ぇっ!?」

 

ほっぺたをつねられた武は痛みのあまり叫び。つねった祷子は笑顔のまま、それではとサーシャと樹に一礼をして去っていった。

 

呆然とする武の元に、祷子とすれ違い様にやって来た鳴海孝之と平慎二の二人が腰を降ろした。じっと顔を見る二人に、武は何か尋ねたいことでも、と質問をした。その声を聞いた二人は、やっぱりだと頷いた。

 

「白銀中佐……ですよね。明星作戦の時、俺達を助けてくれたのは」

 

「えっと……どうして、俺がそうだと?」

 

「前に所属していた部隊に、特徴的な声。あとは機動と、香月副司令との関係から」

 

確信を持っている二人に、武はそういえばそんな事も、と手を叩いた。二人は、あっけに取られた顔になった。

 

「あの……分かった上で黙っていたんじゃないですか?」

 

「いや、今の今まで忘れてた」

 

あっけらかんと武は言う。珍しいことでもないから、と気まずそうに。

 

「あ、でも言い出さなかったのはヴァルキリー中隊の士気の問題から?」

 

「はい。水月の奴は特に気にしそうでしたから」

 

競争している相手が好きな人の恩人である事が分かったら、今の負けん気とやる気が萎れるかもしれない。二人はそう判断して黙っていたと説明し、武と樹、サーシャは正しい選択だと頷いた。

 

速瀬水月はあれでナイーヴな所がある。武は、並行世界の速瀬中尉よりこちらの速瀬中尉の方が精神的に脆い事と、その理由を察していた。恐らくは、目の前の人が生きているからだ。

 

(連携は上手いけど、鳴海中尉が目の前で死んだらどうなるか……これも良し悪しだな)

 

助けた事を後悔はしていないし、するはずもない。だが、ふとした切っ掛けで色々と変わるものだと、武は改めて人の流れの複雑さを痛感させられていた。

 

(……あちらの世界では、この時どうしてたっけ。あ、そういえば伊隅大尉に励まされていたような)

 

ふと思い出した武は、伊隅みちるが何をしているか尋ねた。二人は、微妙な表情になった後、答えた。

 

「えっと、ですね……なんというか、碓氷少佐と話をしていました」

 

「それで、ですね……話というか、愚痴合戦というか」

 

鈍感な幼馴染を好きになってしまったらしい者どうし異常に話が合っていました、とは二人共言葉にはしなかった。そこに元207B分隊や水月、遥に神宮司隊長まで合流したことも。

 

そして、以前に鑑純夏とも交えて、ため息混じりに「好きになってしまったんだからしょうがない」という結論に達していたこともあえて語らなかった。

 

「はあ……まあ、仲良くやれているようで何よりだけど。あ、そういや、俺に対しては敬語無しでも良いですよ、二人とも」

 

年上を相手に敬語で話されるのは居心地が悪い。そう告げる武だが、二人はえっと驚いた後、そういえばと武が年下だったことに気づいた。

 

「へっ……え、ぼく18歳。普通に年下なんですが」

 

「いやあ……まあ、言われてみれば。でも何ていうか、普段はそう見えなくて」

 

「………具体的には?」

 

「時々だけど、三十路超えに見える、かも」

 

素直な感想を聞いた武は、盛大に落ち込んだ。珍しい心の底から凹む武の姿を見た樹は耐えきれずに顔を横に背け、サーシャはくすくすと小さな笑い声を零した。

 

これもまた珍しい、というよりも見たことがないサーシャの笑顔を見た孝之と慎二が顔を赤くして―――間の悪いことに、水月と遥が二人の背後から現れた。驚かせようと忍び足で近づいてきたのが、遠因だった。武達は気づいていたが、孝之達は気づくことができず。それが、致命傷になった。

 

気を取り直した武は、遥と水月に引きずられていく孝之を見送りながら、夜空を見上げ人生を思った。

 

「……そりゃあ、まあ。記憶の絶対量が年嵩の指標だって言われたら、俺はかなりの年寄りだけど」

 

「そうかもしれんが……妙に気にするな。それほどに堪える指摘だったか?」

 

「ああ……でも、落ち込んだ訳じゃない。改めて、分かっていたことだったんだけどな」

 

傍目に異様で、異端で、異物に見える存在は排除されやすい。狂人の真似とて大路を奔らば、即ち狂人である。そういった面で、才能が溢れ、精神的に余裕があり、寛容な心を持っていたクラッカー中隊は、望外の存在だった。今のA-01も、同様に。

 

「それでも………明日は、少し怖いな」

 

主には大陸での戦闘を経験していない者達だ。散々に戦い、時には人をも手にかけた自分である。そんな自分が徹底的に本気を出した姿を見た時に、彼女達はどういった反応を示すのか。京都で暴れまわった時と同じように、新種のBETAだと言われて怖がられるのではないか。武は少し、それが恐ろしかった。

 

血に塗れた姿を見て、その手を見て、何か悟られるのではないか、と。

 

怖がる武の横で、サーシャと樹は顔を見合わせた後、笑いあった。そんなにヤワなタマではないと、おかしそうな顔で。

 

「第一、今更過ぎる。タケルの化物っぷりは見せつけられたはず」

 

クサナギ中隊とヴァルキリー中隊との競争は、クサナギ中隊の勝利に終わった。模擬演習の後半、機体に慣れてきた二人が本格的に大暴れしたからだ。

 

「それに、仲間を信じられないような奴らじゃない……交流が浅いから、そう思うのかもしれないけどな」

 

「樹の言う通り。そこで解決策を言い出さないのは、タケルらしくない」

 

「解決策って……交流を深める何かをするってことか?」

 

例えば、イベント―――旅行かオリエンテーリングか。そこで武は、先程思い出した並行世界でのみちるとの会話から、思いつきで提案をした。

 

「そういや、東北地方にはまだ温泉施設が残っているんだよな……」

 

武は話題を転換しながら、言葉にはしなかったが感謝していた。二人が居てくれて良かったと、少し照れくさそうにしながら。

 

それを見た樹は、別の意味で緊張をした。

 

「あ、ああ、そうだ。温泉、というが………だ、誰かと旅行に行く約束でも?」

 

「いや、さっきの話ならA-01と夕呼先生を含めた団体で―――ってなんだよ樹、その核爆弾が不発に終わって安堵したような顔は」

 

「……今は聞くな。でも、良い話だな。いい加減、本格的な休みが欲しい所だ」

 

樹の言葉に、武とサーシャが深く頷いた。自分達の今までを振り返り、なんていうか働きすぎじゃないかと思ったからだ。

 

そうして、話は温泉地の選定から食べたい料理へと移っていった。賑やかに話している3人だが、そこにB分隊の5人がやって来た。不安げな表情をしたまま、明るく言葉を交わしている武達の元へ吸い寄せられるように。

 

そして、何故か温泉旅行になっている事に気づき、愕然とした。

 

「ま、ま、ま、まさか………た、タケル、二股は駄目だよ!」

 

「はっ!? って、二股って意味わからんぞ」

 

「……いきなり3人で、とはハイレベル」

 

「3人? いや、A-01全員で行こうかって話してた所だけど」

 

「ぜっ!? な……は、破廉恥すぎるぞタケル!」

 

「何がっ?!」

 

「そう……そういう事だったのね、白銀」

 

「だから何がっ!?」

 

「うーっ、見損ないました!」

 

「いたっ!? やめっ、テールを鞭にするなって普通に痛いから!」

 

取り外せばブーメランにできそうな壬姫の髪の毛による猛攻を受けた武は応戦するも、敗色濃厚で。しばらくした後、ようやく意味を察した樹の怒声が響き、B分隊の5人は冷たい甲板に正座させられた。

 

「……それで?」

 

端的に、尋問するように。“俺を女扱いした奴とその原因は”と問い詰める樹に、美琴が手を上げた。そして、答えた。武が前に、ヴァルキリーズと命名された中隊に対し、「樹に任せた方が良かったかな」と呟いていたのを聞いたことを。

 

「だから、その……本当は女性だったのかな、と」

 

「……つまり、原因はそこのアホか」

 

「ま、まあまあ。それで、全員揃ってどうしたんだ?」

 

「いや……その、明日の作戦のことでな」

 

「ああ、緊張しているとか」

 

「当たり前でしょう。BETAとの実戦は初めてなのに、いきなりハイヴ突入なのよ?」

 

「それも、日本の未来を左右する………緊張しない方がおかしい」

 

「慧さんの言う通りだ。伊隅大尉達でさえ、緊張しているようなんだよ?」

 

「……大規模作戦は、3年振り。明星作戦もそうだが、それ以外の作戦を経験したことがあるのは、A-01では5名だけだ」

 

碓氷沙雪、神宮司まりも、紫藤樹、サーシャ・クズネツォワに白銀武。冥夜達はその中で同隊の上官でもあり、接する機会が多い武達を探していた。

 

「まさか、こんな所に居るとは思わなかったよ」

 

「ああ、悪い。でも、なんていうか空を見上げたくなってな」

 

武は星が瞬く空を眺めた。冥夜達もつられて顔を上げた。

 

懐かしむように、武は言った。

 

「……前も作戦の前は、緊張の連続でな。あの訓練をしなきゃ、この訓練をこなさなきゃ、装備は、あれは、って。でも、前日になるともう仕方がないんだよ」

 

武はクラッカー中隊で教わった、覚悟の方法を冥夜達に伝えた。泣いても笑っても変わらない。前日から一日を足掻こうが、徒労に終わるだけ。

 

なら、笑って楽しいことだけを考えるべきだと。

 

「綺麗なものを見て、乗り越えた先を話し合う。作戦を成功させて、生き延びた後のことを……まあ、作戦前の最低限の確認とか準備は必要だけどな」

 

今は完了した。各軍の戦力を載せた船は動き始め、佐渡島に集結している真っ最中だ。最早自分一人が何をどう焦った所で、何も変わらない。

 

「だから、急いで温泉旅行の準備な。あ、でも保護者の許可が居るか」

 

「保護者、って……」

 

千鶴が目を丸くした。武は会ってきたんだろ、と三日前のことを言った。千鶴は入院している榊首相の元へ、慧は彩峰元中将の元へ行って色々と話してきたと聞かされた。壬姫は面会に来た珠瀬事務次官と。冥夜は更に前の時、極秘裏に悠陽や月詠真那と真耶に会い、正式に国連軍で甲21号作戦に参加することを伝えていた。

 

そこで何をどう話したのか、武は尋ねてはいない。だが、何かを大きく飲み込んだのだろう、表情や仕草に深みが増したことだけは分かっていた。

 

「僕は、どこに居るか分からないけどねー」

 

「あー、そうだな。でもあの人なら何処かで生きてるだろ、絶対」

 

武の言葉に、サーシャと樹が深く頷いた。美琴は嬉しそうにあははと快活な笑みを見せた。

 

「でも驚いたよ~。前に伊隅大尉が色々と作戦を練っていたから、てっきり好きな人と」

そこまで話した美琴は、冥夜達全員に口を塞がれた。鼻まで覆われて苦しそうにする美琴を他所に、武は“好きな人”と伊隅大尉という人物から、そういう事かと頷いた。

 

「成る程、温泉旅行に誘った上で大胆に攻める作戦か。一緒に入って、裸のまま背中を流すとか」

 

「なっ、なんで貴方がその話を知っているの!?」

 

「企業秘密だ。いや、でも、伊隅大尉、ピンポイント過ぎるだろ……」

 

記憶流入があるにしても局所的過ぎるというか、と武は呆れ声を出した。

 

そこに、新たにやってきたタリサ達が合流した。楽しそうに話し合う中、軽く挨拶をしながら入り込み、温泉旅行と聞いた途端に目を輝かせた。

 

「それ良いな! カゲユキから聞いて、一度は行きたいと思ってたんだよ。温泉で疲れが取れるし、旨いモンも食えるんだろ?」

 

「ああ。あとは、裸の付き合いをして交流を深める意味も……待てユウヤ、遠ざかるな。お前とヴィンセントじゃあるまいし」

 

喧嘩を始めたユウヤと武を置いて、女性陣は裸の付き合いという部分に食いついた。千鶴は咳を一つ差し込みながら、少し頬を赤く染めながらも同性での話だと端的に説明をすると、なんだ、と亦菲が肩をすくめた。

 

「今の言い方だと、心身ともに繋がり合うイベントだと思ってたのに。期待して損したわ」

 

「えっと、そういう意味もありますよ?」

 

「―――詳しく」

 

更に食いついた女性陣は、伊隅大尉が決行するという鈍感野郎悩殺作戦を混じえての会話を深めていった。

 

「……成る程。仕草と言葉で誘うのも一つの手ね。その点、ケイみたいに無口だと難しそうだけど」

 

すっぱりと図星を突くかつての友達居ない歴ウン10年の亦菲による一撃。それを受けた、同じく孤独な気質持ちの慧はむっとした表情で自分より小さめの胸を持つ亦菲の胸を見ながら、ふっと笑いながら言った。

 

まだまだ未熟ですよ、と。途端、亦菲の額に青筋が走った。

 

「へ、へえ………ず、随分と、生意気言うようになったじゃない?」

 

「おい、ケルプ―――止めないから思いっきりやれ、っていうかアタシもやる」

 

「助太刀します、マナンダル中尉」

 

「ミキは後ろに回り込みますね」

 

「ちょっ、まっ、待って下さい。明日を控えてそのような事で喧嘩をするのは!」

 

「そのスタイルでその言葉は嫌味にしかならないわよ、冥夜」

 

喧嘩を始めるクサナギ中隊の衛士達。樹は遠い空を見上げ、サーシャは残ったユーリンと懐かしいね、と笑いあっていた。

 

その時に、事故は起きた。少しよろめいた武が、足を滑らせたのだ。だが流石の運動神経で耐えるも、少し勢いがついたまま話をしていたユーリンの元へ。

 

気づいたユーリンは危ない、と呟きながら咄嗟に腕を広げて、武はそこに頭から飛び込んだ。ピシリ、と空間が凍りついた音を、樹は聞いたような気がした。

 

ギギギ、と音が聞こえそうな仕草で武とユーリンを凝視する女性陣。

 

直後、武は慌てて離れるも、ユーリンは頬を染めながら隠すように両腕で胸を覆った。

 

 

「そ、その………た、タケルになら、いいよ?」

 

 

恋する乙女そのものの、声に表情に仕草。武は今の感触と夢で見た光景を思い出してしまい、顔を真っ赤にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――5分後、緊張を紛らわそうと甲板に出た元207Aの4人は、甲板で談笑をする者達を見た。思ったより大勢が、自分達と同じ考えを持っていたのだろうと、少し安堵の息を零し。

 

そこにうつ伏せに寝転がり、大勢の足跡がつけられた武の姿を見て、何が起きたのかと目を丸くした。晴子だけは呆れた顔をしながら、何となく経緯を察し。

 

そこで全員の顔を見て、先程まではうっすらと見えていた緊張の色が、綺麗さっぱり無くなっていることに気づいた。

 

 

「……鈍感君は、まったくもう……いや、だからこそなのかな?」

 

決着がついてしまったのなら、その時は。晴子はそれ以上を言わず、茜の手を掴んだ。

 

「え……晴子?」

 

「なんでもないよ、茜。行ってみよう。なんだか楽しそうな話をしているし」

 

 

茜は晴子に手を引かれ、皆が集まっている場所に駆け寄った。後ろから、篝と多恵も慌ててついていった。

 

波の音に負けない喧騒が、更に甲板の向こうまで響き渡った。

 

それを見守るように、古代より輝く北極星(ノーザン・ライト)は変わらずに星の中で輝いていた。

 

 

 

 

 


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