Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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風邪気味なので……訓練中の交流と、その他のお話でございます


44.5話 : 重来の前に

『だから切り替えが遅いって言ってんでしょ!』

 

通信越しに、崔亦菲の声が鳴り響いた。慧は反射的に毒づきそうになるも、止めた。ミスした事を自覚していたからだった。

 

ハイヴ内の戦闘での肝は、全体の流れを止めない事にあった。BETAを無視して進むも、立ち止まって戦うも、隊全体でよどみ無く行わなければあっと言う間もなく数で押し潰されるからだ。

 

前衛は特に、後続の仲間の動きを阻害しないように努めなければならなかった。指揮官の命令にいち早く反応し、移動と戦闘の意識を切り替える。経験の浅い二人はその切り替えが上手くできておらず、度々怒声と共に指摘を受けていた。

 

『早く、次は移動! しっかりついてきなさい!』

 

『っ、了解……!』

 

怒る暇もなく、慧は先に進む4機の軌道の跡を辿った。そうせざるを得なかった。BETAの隙間を縫うように抜けていくルートの迅速な選定は、技量よりも経験がものをいう。その点で言えば、慧と冥夜よりも亦菲とタリサの方が、その二人よりも武の方が優れていた。

跳躍ユニットを使っての飛行も、続けると燃費が悪くなる。合間合間に着地する必要があるのだが、その時に襲われるとひとたまりもない。かといって躊躇っていると全体の動きが停滞し、前後左右から襲ってくるBETAが。

 

(そして死ぬのは自分だけじゃない、けど………!)

 

一瞬で安全地帯を見つけ出しては進み、着地する前から更に次のポイントを、ルートが無ければ一時的に戦闘を行い、確保できれば移動を始める。

 

(足りぬと思う未熟、持っているつもりだったが、これは……!)

 

冥夜も、額に汗を流しながら必死に食らいついていた。全神経を使ってようやく10秒、生き残れたかと思った尻から次の難題がやってくる。命を試されているという感覚、それに抗おうとする意志からくる熱が、全身に迸っているからだ。

 

片や、同じ前衛の4人にはまだ余裕が見える。足りない所を指摘“できる”からこそ。力量差を察した冥夜は慧と同じく、自身の不足を再確認させられていた。

 

だが、このままでは居られない。同じ決意を持った二人は、歯を食いしばりながらずっと、操縦桿を強く握りしめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食堂の白い長テーブルの上に、トレイが置かれる音。椅子が引かれて、座る音。そこかしこに雑談が聞こえる食堂の中、その中の一人であるも特徴が強い二人は、自分の分の食事を満足そうに頷きながら、嚥下していた。

 

「それで、チワワ……どうだった?」

 

「普通に呼べば教えてやらんでもないね……っていうのも面倒くせーな」

 

タリサは小さなため息を一つ落とした後、自分が担当している方の人物を評した。

 

「最初はかかりすぎた嫌いがあったけど、今日はあんまり。明日には完全に直ってんじゃないかな、って具合だ」

 

性格だろうな、とタリサは当たりをつけていた。BETAに反応しすぎる所がある部分と、指摘したらすぐに修正できる部分。生真面目過ぎるからではないか、と。

 

「それ以外は特に。これ以上あれこれ言うのは、贅沢すぎるだろ」

 

アタシも白兵間合いなら捌ききれる自信はねーぞ、というタリサの言葉は冥夜の近接戦闘の技量の高さを示していた。

 

それを聞いた亦菲は否定せず、自分が担当している新人の評価を述べた。

 

「こっちはこっちで、連携にちょっと難ありだけどね。自分が、自分で、ってちょっと前のめりすぎじゃない?」

 

「はっ、ケイもお前に言われたかないだろ……同意はしておくけどな」

 

常時ではないが、少し状況が不利になった途端、隊全体の動きを忘れているような動きをする。そうなった時は必ず指揮官から怒声が飛ぶので、タリサも慧のミスの回数を把握していた。

 

「でも、指摘されたら悔しそうに、ね。それでいて修正できているんだから……まあ、及第点と言った所かしら」

 

言いながら、亦菲は軽く笑った。嬉しそうな顔してるけど指摘すると煩そうだと判断したタリサは、大人の対応を見せた。

 

喧嘩にはならなかった。どちらとも、新人達の技量と成長速度に満足していたからだ。自国ではそれなり以上に期待されていた衛士であるため、任官してからの新人たちの教育を一部だが任された経験もあった。その時の聞かん坊かつ生意気な者達や、教えても戸惑うだけに終わった者達と比較すれば雲泥の差だったからだ。

 

もう一つは、勝算が見えてきたことから。ハイヴに突入するという世間一般で言えば死亡前提の作戦に際し、隊として十分な戦力を保持したまま挑むことが出来る。共にマンダレーハイヴを攻略したという衛士を先任に持つもの同士、現状の立場は感慨深いものもあった。

 

そうこう話している内に、タリサと亦菲が居る場所に噂の人物がやってきた。慧と冥夜はぶるぶると震える腕でトレイを運ぶと、二人の横の椅子に腰を降ろした。

 

「……遅れました」

 

「申し訳ありませぬ」

 

「いいって、別に。じゃあ食べながらで良いからミーティングを始めんぞー」

 

タリサは軽く答えると、先の模擬演習で修正すべき点を並べ始めた。どれも厳しい口調で、時折亦菲から更に鋭い舌鋒が刺さるも、慧と冥夜は黙って耳を傾けていた。

 

時間が無いが故の方法だった。あと一時間で次の演習が始まる。休憩の前に、同じミスをしないよう脳に叩き込んで置かなければならない二人は、反論する時間さえ無駄だと割り切っていた。抗するならば演習の中で、と決めていたからだ。

 

だが、慧の方は時々だが反論を差し挟む事があった。初日から、度々あった事だった。タリサと亦菲はそれを咎めず、いい笑顔を浮かべながら更なる反論で潰した。

 

慧は無表情の中でも眼の輝きで悔しさを雄弁に語り、その反応が更に二人を喜ばせた。ふてくされるのではなく、従順になるのでもなく諦めるでもない、次こそはと燃え上がってくれる。慧は反論を前に、それでも正しい方法を模索し。

 

冥夜は指摘された事を吟味し、それでも自分の足りない所に真摯に向き合い、二度はすまいと静かな決意を重ねていく。

 

そして、その度に成長していく。その速度を目の当たりにしたタリサ達は追い抜かれるかもという危機感を抱く反面、笑みが溢れる程に楽しかった。

 

褒めることは、しなかった。ここで緩まれるのは困る、という意見はタリサと亦菲、共通の見解だった。

 

「……って、今回はこのぐらいにしとくか。あんまり多く詰め込むのもなんだしな」

 

「了解、です……」

 

まだ足りないのか、と思ったのか、少し慧の声が暗くなった。それを早くに察したタリサが、当たり前だと答えた。

 

「これでもアタシ達は先任で、お前らの二つ年上だぞ? そう易々と抜かれちゃ立つ瀬がないっての」

 

「アンタの場合は、身長の問題があるかもしれないけどね」

 

「言ってろ、バカケルプ」

 

「だから言ってるじゃない……ともあれ、そこのチワワの言う通りよ。ユーコンに居た、と言えば細かい説明は要らないと思うけど」

 

戦術機開発の最前線に居た、という事は各国でも選りすぐりの、エリートの中でもトップに位置する程の技量持ちを意味する。慧と冥夜は自分の知識や武から説明された情報から、その重さを学ぶに至っていた。

 

「……それが、どうして国連軍に?」

 

「っ、慧!」

 

あまりにも遠慮なく踏み込んだ質問をした慧に、冥夜が声をかけた。だが、慧は止まらなかった。

 

「指揮官の意図を汲んだからこその質問……前衛は前衛組で集まって、ってそういう事だと思うから」

 

「……分かっている。交流を深める、という狙いであることは」

 

冥夜は複雑な表情をした。指揮官であるユーリンと樹の命令で行っているこのミーティングの意図は察していたが、どの程度なのか、という所での判断がつかなかったからだ。

 

タリサは二人の顔を見比べ、そういう事か、と呟いた後に答えた。

 

「そんなに深い理由はない……こともないけど、そうだなぁ。建前を話すなら、それが衛士の義務だから」

 

「……義務、ですか? それは、人類の切っ先たる衛士の」

 

「違うって。役割とかそういうんじゃなくて……衛士として戦場に一度でも立ったことがあるんなら、な」

 

タリサの言葉に、亦菲が同意を示した後に言葉を付け加えた。

 

「そうね……戦術機に乗って、軍の最前衛で直接BETAと対峙する。それを退け、出来るならばハイヴの奥の奥まで……そう望まれて死んでいった衛士達が居る。その姿を、BETAに喰われて死んでいく姿を一人でも見たのなら、もう無視はできない」

 

理屈ではなく、感情が吠える。第五計画が存在すること自体を許容できないと。

 

「機密のレベルが高すぎて、大っぴらに出来ることじゃない。何時どこで妨害が入るか分からないから。でも、アタシ達は信頼に足ると判断されて、望まれた」

 

誰に望まれたのかは、タリサは言わなかった。だが、冥夜と慧はそれとなく察していた。それをぶち壊さんと、空気を読まずに亦菲が口を開いた。

 

「それに―――守ってくれるって言われたし、ね。言われっぱなしじゃ女が廃るでしょ?」

 

「……所構わず口説いてんのな、アイツ」

 

「……やっぱり、諸悪の根源は一人」

 

「……すると、やってきたもう一人の方も直接?」

 

「見りゃ分かんだろ。再会の時に、あの無駄にでけえ乳で包まれてたそうだぞ」

 

恨み節で、タリサが言う。慧と冥夜のやる気と殺気が20上がった。

 

「……あのおっぱい隊長、カムチャツカでもアイツの戦術機動を見た時に一瞬我を忘れてたしね。最悪の敵は内にあり、とは良く言ったもんだわ」

 

とはいえクラッカー中隊の仲間という点で言えば、付き合いの長さで言えば敵わない部分がある。サーシャも同じで、出遅れている自分達は何で仕掛けるべきか、という内心は4人共通したものがあり。

 

その中で、武の内心や心象を一部でも知った二人は、少し考えた後、ため息を吐いて話題を転換した。

 

「とまあ、色々な理由がある。私で言えば、弟……ネレンを守るために、とかな」

 

「人類を守るために、ではないと」

 

「そりゃあ……建前って意味では持ってるけど、それ以上かって聞かれるとな。徴兵されて軍に入った奴らなら、余計にそうだと思うぞ」

 

大層な志に動かされた訳ではなく、家族のため、故郷のため、恋人のため、親友が居るから。旗を掲げて空に吠えるより先に、失いたくない地面のために。崖底に落ちる未来を回避するために、銃を取るのだと。

 

亦菲は、周囲の―――顔色悪く食事をしている衛士に―――視線をやりながら、聞こえないように呟いた。

 

「建前さえ持ててない奴らも居るわよ? 具体的には、クーデターに先の演習大会、終わってからようやく腰を上げたような手合よ」

 

以前に来た時と、今の基地の様子が違うことを亦菲達は気にしていた。武から説明を聞かされ、呆れたため息を吐いた。気の緩みようと、今更になって動き出す者の愚かさを知ったからだ。

 

「……命の危機を実感してからようやく自覚する人達は、何も考えてないと」

 

「そういうことだな。まあ、誰に何を言われる前に自分から血反吐混じりに努力を重ねよう、って奴の方が珍しいんだけどな」

 

理由や背景も無しに、自発的に厳しい訓練を自らに課すものが一握りである事は、二人ともよく知っていた。同期の戦友でさえ、怠けるようになった者が居たからだ。説明された冥夜は驚き、目を丸くした。

 

「ですが怠けて堕ちる、というのはあまりにも……マナンダル中尉の同期も?」

 

「ああ、二人ぐらいな。何回か後輩も見たことあるけど、一人か二人は落ちぶれていく奴が居たなぁ。というか、それが当たり前なんだけど」

 

それで死んだら自己責任で、悲しむ事はあれど引きずるようにはならない。割り切りなのか、あるいは。同じ経験を持つ亦菲は、207は例外である事を指摘した。

 

―――建前を心から信じて臨み、身命の全てを捧げて戦い、ボロボロになった所で止める気配のない、誰もが望む完璧な理想像を体現するもう一つの例外(エイユウ)のことは、口には出さないまま。

 

「そういう意味じゃあ、運が良かったって話ね……何よ、その何とも言い難い顔は」

 

「……良し悪しはコインの表と裏、それが改めて理解できただけで」

 

「禍福は糾える縄の如し……私としては誇りに思うが」

 

複雑な背景は責任感その他、頼れる仲間を持てる土壌にもなった。そう思った冥夜はふと武のことを思い出し、尋ねた。

 

「白銀中佐も、その……複雑な経緯で任官したと聞いていますが」

 

「……そういえば、同期の話とか、聞いたことがなかった」

 

クラッカー中隊に入る前、訓練兵だった頃に同じ釜の飯を食べていた者達の今は。呟く慧に反応したのは、タリサだった。水を飲み、コップを置いた後に眼を閉じ、しばらくした後に答えた。

 

 

「――全員、この世にはいない。その時の状況は、大東亜連合じゃあ有名な話だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……チック小隊、ですか? 生き残った3人も、ビルマ作戦中にS-11を抱えて……」

 

「そのうち2人はBETAが固まってる所へ、一人は母艦級の虎口に飛び込んで自爆した」

 

食堂の端、タリサ達からは遠い席で集まっている中衛陣の中、樹は千鶴の質問に答えていた。その中に腹違いの弟が居たことは、言わないままに。同じく、その光景を覚えているユーリンは遠い目をしながら英雄の功績を語った。

 

「文字通り、血路を開いた。あの5人の犠牲が無かったら、私達はハイヴ突入前に……突入できたとしても、途中で弾薬が尽きて死んでいた可能性が高い」

 

当時を知る者達ならば誰でも、参加しているものならばより深く確信している事実だった。あの少年たちの挺身が無かったら、クラッカー中隊は全滅していただろう、ということは。

 

「自爆、を………タケルは、それを承知の上で作戦に参加したんですか?」

 

「いや、特攻する直前まで知らされていなかった。俺達もだ。作戦前に知っていたら、はたしてどう行動していたか……」

 

止めるように上層部に意見していたか、自ら志願していたか。今となっては分からないが、と呟いた樹は、渋面で話を続けた。

 

「あまり何度も言いたくはない裏事情だが……表向きは当人達の暴走になっている。他の衛士達への刺激……悪影響か。後に続く者が増える事を恐れたんだろうな」

 

英雄扱いされれば、自分もと望むものが続発しかねない。その中に技量や判断力が足りない者が居て、味方に被害が出る所で自爆すればどうなるか。もっと悪く言えば、クラッカー中隊に直接的な被害が出るような事態になる恐れがあった。

 

「……当時で言えばターラー副隊長か。全員、あの人の教え子だった。でも、自失は一瞬だった……いや、一瞬にならざるを得なかった」

 

武が暴走したからだ。泣き叫びながら前へ、立ち塞がるBETAの群れを単騎で圧倒した。それをフォローするように他の前衛3人が動き、後続の隊員も連動した。

 

その後の事は覚えていない場面の方が多い、とユーリンが呟いた。

 

 

「そう、気づけば目の前に反応炉があった……先頭の武機が拳を叩き付けている壁を見て、ようやくだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「達成した、って言うよりは………何だろうね。ようやく応えられた、って感じの方が強かった」

 

呟くサーシャに、壬姫は何も言えなかった。佐渡島に挑む前に、マンダレーハイヴ攻略の事を尋ね、返ってきた答えの内容に息を飲むことしかできなかった。

 

「その後も、色々あって……でも、みんな共通している想いがある」

 

「……なん、ですか?」

 

「勝ったなんて思えない―――大人組は、特にそう思っていたと聞いた」

 

武とサーシャがMIAになったことも含め、快勝ではない、辛勝でさえ無く。達成感よりも無力感の方が大きかったと、以前に再会した時にサーシャはリーサ達から聞かされていた。

 

「タケルもMIA扱いされたから、ターラー副隊長は特に落ち込んでた。私が殺したんだって思い詰めてた時があったらしい」

 

「……優しい人だったんですね」

 

「うん」

 

サーシャは迷いなく、深く頷いた。だからこそ背負い込んだ苦労もあるだろうが、少なくとも自分は救われたと言葉を付け加えて。

 

「その他の衛士も、ほとんどが死んだ。亜大陸からこっち、同じ戦場を共にした部隊も」

 

「激戦だった、とは聞いていました。でも、話を聞くと印象が違い過ぎて……」

 

強烈な真実とも言えた。サーシャは、そんなものだと卵焼きを一つ口に運んだ後、答えた。

 

「だからこそ、あまり語りたくない話だった。それはタケルも同じ。振り返るのは辛くて、でも忘れられなくて。二度と繰り返さないって動いて……次は、次こそは、って色々と重ねてきた」

 

「……勝ったのに、喜ぶこともせず……得たものを誇るよりも、失った後悔の方が勝っていたんですね」

 

「うん。その点、タケルは欲張りなんだと思う……それに、軍人らしくない弱さも持ってるから」

 

得られたものより、失われる誰かの方を重いと嘆いてしまう。命を数字に置き換えてやり取りをする兵士にとっては、好ましくない性質とも言えた。

 

「その重圧に耐えて、応えられるように訓練を重ねて……体力お化けになったのも納得。あとは、プレッシャーに対する耐性とか」

 

教官でもあるサーシャは、B分隊の全員が他の面々よりも早くに吐いた原因を把握していた。緊張しているからだ。自分達が負ければ、と聞かされて背負わされたものの重さを実感したが故に、体力と気力の消耗が激しくなった。

 

樹、ユーリンが吐かなかったのは体力だけの問題ではない。全員が辛く厳しい戦いを、周囲の期待を背負いながら生き延びた成果をその身に刻んでいたからだ。

 

根本にあるのは、責任感。そして、割り切ることができない人間性。

 

そしてクラッカー中隊の大半が、その好ましくない性質を抱えていたからこそ、左遷のような形で僻地へ。集った者達全員が、尊敬されて畏れられる軍人にはなれなかった、ある意味での壊れ物だったとサーシャは懐かしそうに。

 

 

「あれから、6年……タケルと私にとってはボパール・ハイヴの、亜大陸の敗戦から8年か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今度こそはの大一番。大勢を巻き込んだ集大成とも言えるな」

 

小手調べの段階だが、負ければそこで終わる。凄乃皇・弐型を見上げながら、武は純夏とユウヤ、クリスカとイーニァと霞に向けて語るように告げた。

 

「あの頃から積み重ねて、ようやく………勝算は跳ね上がった。でも、油断なんて出来ねえ。出来るはずがねえ」

 

してはいけない、と武は言った。

 

弐型に搭載されるようになった、今回の作戦の中核を。今や名前さえ分からなくなった脳を加工して作り上げた、量子電導脳を。生前の誰かを、その誰かを想っていた誰かのためにも。

 

「この手で殺したから、か。時代が必要としたから、もっと多くの誰かを助けるために……そんな慰めを言っても、お前は納得しなさそうだな」

 

「何言ってんだよ、ユウヤもだろ? それに、この罪は俺のもんだ。俺と夕呼先生が主犯で、それ以外は関係ない」

 

並行世界から理論を持ってきたのは自分で、完成させたのが夕呼先生で。武はその経緯と責任の在る所を自覚し、誰にも押し付けるつもりは無かった。

 

「……最早自意識もなく、肯定も否定もできなかった、回復の見込みもゼロであった脳髄であっても」

 

呟くクリスカに、武は答えた。その可能性がゼロだったなんて、神様でさえ証明できない事を前に出して言い訳をするのは傲慢だと。自分を追い込むような言葉、そこにいち早く反応したのは、イーニァだった。

 

「タケルは……あの人の心がよめるの?」

 

「いや、読めはしない……でも、どうしてもな」

 

「読めないんでしょ? だったら……タケルの言葉、おかしいと思う。読めないのに決めつけて、かってにうばって」

 

「……奪って、っていうのは?」

 

「ほんとうのこと、きくんじゃなくて、さきにきめつけてる。ほんとうは、ちがったかもしれないのに……マーティカのように」

 

イーニァは珍しくも、反論した。あんな姿にされてまで、ユウヤを傷つけたくないと思った姉妹が居たことを覚えていた。だからこそ、イーニァは武の言葉を否定した。

 

「そう、です……読めても、分からない事があります。なのに、タケルさんが決めつけて、分かったように、背負いこむのは……」

 

「霞……そうだな。それも傲慢すぎる、ってことか」

 

武は情けない顔で眼を覆い隠すように、自分の額を掌で覆い隠した。その隣に居た純夏が、凄乃皇を見上げながら呟いた。

 

「……人の心はどこにあるんだろうね」

 

脳か、心臓か。どちらに宿るのか、あるいはどちらにもないのか。肉と骨に宿る魂の居場所は。純夏は聞かされた並行世界の自分、自分ではない自分を思い浮かべながら、告げた。

 

「そんなの、頭の悪い私には分からないけど………でも分からないからこそ、考えることが必要なんだと思う」

 

「……死んだ人達のために、か」

 

武は、凄乃皇の中核に居る誰かを思った。来週には実行される作戦を前に、重圧を感じている基地の人員や、A-01の皆の姿を思い浮かべた。最後までやれる事を、と目の下の隈を化粧で誤魔化しながら寝不足を抱えている夕呼の事を想った。

 

誰が何を抱えて、望んでいるのか、全ては分からない。ただひとつ共通している事は、佐渡島にハイヴが存在する今を認められないというものだけだという事も。

 

(そう、だな………そのために、俺は此処に居る。世界を越えて、その隙間で消えそうになっても)

 

強い意志の元に挑んだ先は、掴み取りたいと渇望した光景は。武は横浜の廃墟の中、青空の下で誓ったものを思い出すと、笑った。

 

そうだった、とおかしい気持ちが湧いてくる胸中を。今更ながらに緊張している自分を自覚したから。

 

(……ようやくの一歩、その先の二連戦。昂ぶっているから、ってだけでもないよな)

 

知らない内に溜まっていた疲れがあるのか。武はそれを自覚した後、終わった先にあるものを想像していた。

 

カシュガルの怨敵を、目下の所で最大の標的を潰した後の未来を。

 

自分の存在意義にもなりつつある、BETAを地球から追い出した後のこと。月を、火星を、そのもっと先、誰もがBETAと戦わなくても済むようになった、平和な世界のことを。

 

「タケルちゃんっ!?」

 

「おわっ!? な、なんだいきなり!」

 

武は驚き、叫んだ。いきなり自分の手と腰にしがみついた純夏、霞、イーニァに対して、何かあったのかと。ユウヤとクリスカも同じで、凄乃皇を見ていた視線を武達に移した。そして抱きつかれるようにまとわりつかれている武を見て、訝しげな表情になった。

 

「……なんだ、宇宙人的フェロモンでも噴出したか? 異性限定の」

 

「ならクリスカにも効いてなきゃおかしいだろ……ってそんな嫌な顔されても傷つくんですが、クリスカさん」

 

武はユウヤの背中に隠れて怯えるクリスカを見て、少し情けない顔をした。

 

だからこそ、気づかなかった。

 

確かめるように自分を見る、3対の視線の色を。あり得ないものを見たかのように、実在する事を確かめるように、しっかりと自分を掴んで離さない純夏達の表情を。

 

 

―――消えないで、と呟いた言葉さえも。

 

 

 

 

 


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