Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

224 / 275
41話 : 跳躍者たち

国連軍横浜基地の一角にある、大人数を収容できる大きな講堂の中。入隊時に宣誓した時と同じように、207B分隊は一列に並んでいた。正面に居るのも以前と同じ、基地司令であるパウル・ラダビノットだった。その横に居る紫藤樹から、集められた理由の説明がされた。

 

「それでは……ただ今より第207衛士訓練小隊の解隊式を行う」

 

樹の声に、B分隊の6人は姿勢を更に正した。その様子をパウルは、表情を変えないままじっと観察していた。

 

「―――楽にしたまえ」

 

貫禄を感じさせる声に、6人が従う。パウルはそれを一瞥した後、静かな声で話し始めた。最初は任官の言祝、次に日本の厳しい状況を。それを前置きとして、任官した衛士が求められるものについて語った。

 

「実戦において目的を達成するためには、経験豊富な指揮官や兵士が必要となる……というのは、最早語るまでもなく理解しているだろう」

 

パウルの言葉に、6人は心の中で頷きを返した。先の事件のことを思い出しながら。

 

「だが、年経た者達ではどうしても抱えきれないものがある。それは、いついかなる時でも勝利を諦めない心だ。絶望的な状況にあっても、一筋を光明を見出そうとする強い心。それこそが、若者が持つ最大の武器なのだ」

 

分を弁えず、理屈に流されず、ただ自分の信じるままに進もうとする姿勢。蛮勇とも呼ばれる行為であり、実戦の過酷さを味わう度に削られていくもの。だが、とパウルは強い視線を6名に向けた。

 

「―――もう、8年も前になるか。ある一人の少年が訓練未了のまま、衛士として戦いに出た。初陣で反吐を撒き散らかしながら、それでも戦い続けた。ボパール・ハイヴの攻略戦にまで参加した」

 

何もかもが常軌を逸していたと、パウルは言う。短期間の訓練で突撃前衛を任されたこと。生き残った少年が、戦い続けること。通常であれば忌避されるべきものが、必要であればという言い訳と共にそういった方法が“許される”風潮にあった、当時のインド亜大陸の空気も。

 

「間もなくして、少年が後方に避難する機会が得られた。私が勧めたのだ。あの戦況、あの年齢だ。10人居れば10人が、退避した方が良いと判断するだろう。だが少年だけは、11人目の当事者として己が戦う理由を私に示した。同期達が後方に避難していく車を見送りながら、少年は震える声で語ったのだ」

 

恐怖を理解しながらも、自分の信じるままに戦った。だが、戦況は好転しなかった。間もなくしてハイヴ攻略戦で手痛い反撃を受けた人類は、亜大陸から撤退せざるを得ない状況になった。その後も人類は負け続けた。少年が自らを鍛え直した後も、戦線は東へ、海の端へと追いやられるように圧されていった。

 

「それでも……人類は一丸となって戦った。日常的に目を覆うような悲劇が量産されていく中でも、兵士達は当たり前のように人間として在ろうとした」

 

同じ人間として助け合い、敵であるBETAを打倒する。例え屍の山を築き上げようとも、最後まで諦めなかった。

 

「そして……東の端、正しく瀬戸際である場所で、人類はBETAの侵攻を食い止めることに成功した。多くの犠牲を払ったが、確かな一矢を報いることが出来たのだ」

 

マンダレー・ハイヴの攻略に成功したという事実は、近代稀に見る人類規模の吉報だった。その中核に居たのが少年だったと、パウルは言う。

 

「……少年一人だけの力ではない。だが少年が居なければあの国際色豊かな中隊は結成されなかったと、誰もが口にする」

 

道理に従い、少年が後方に退避していれば今の世界はどうなっていただろうか。知る由もないことだが、と語りながらもパウルは断言した。

 

「だが、確かに少年は掴んだのだ―――多くの人々の命を助けた。自らが信じるままに、命を賭して自らの正しさを貫いた。これほどまでに全身全霊、という言葉が相応しいと思ったことはない」

 

そしてパウルは、本日付けで人類の切っ先となる6名に向けて告げた。

 

「掌を見たまえ……そして、拳を握りたまえ」

 

パウルの言葉に、6名は従い。粛々と、その意味を語った。

 

「どちらを使うのか。何を掴み、何に突き出すのか。諸君はそれを見出すことが義務となる立場に成る。時には正解が無い中であっても、選び続けなければならないのが兵士だ」

 

戦うことが目標ではなく、義務となる。背後に居る誰かのために成るからこそ、兵士は最後の砦として存在価値を、無くてはならない存在として認識されているが故に。

 

さりとて、選択に絶対はない。移ろいゆく情勢の中で、時には悪辣な手を取ることが正解になる時もあるかもしれない。

 

その中で、唯一なる絶対の真理は何であるのか。

 

パウルは基地で再会した戦士の顔を思い出しながら、告げた。

 

 

「座して手に入れられるものは、何もない―――命を賭けて掴み取れ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、横浜基地の地下にある副司令の執務室。その椅子に座る香月夕呼と、自分のことが語られているとは思ってもいなかった元少年は、難しい顔で情報を交換しあっていた。

 

「―――7割、といった所かしらね。今回の件で得られた目的の達成率は」

 

「厳しい評価ですね……俺は9割ぐらいと思ったんですけど」

 

「米国に対する今回の件の影響が、ウォーケン少佐の動き次第になるからよ。未確定な成果に期待するのはやめておきなさい」

 

手札にできたと確信していいのは、手の内に入った後にすること。厳しい夕呼の言葉に、武は浮かれていました、と謝罪をしながら頷きを返した。

 

その後、二人は今回の件での損失を整理した。

 

A-01からは、負傷者が3名出た。戦死は免れたものの、復帰は再来月以降になるという報告が上がっていた。

 

国連軍に対する意識は、賛否両論になった。殿下の意志に応え、説得の場を設けたことは評価されている。そして最後までその命を守ったことは、日本国民や軍人に大きく称賛されることとなった。だが罪人である沙霧に一時的とはいえ殿下の身柄を渡した、という選択を問題視する者が居ることも確かだった。

 

「とはいえ、こいつらは無視していいわ。ほんの少数、それも口だけが達者な奴らばかりだから」

 

問題は、米国だ。極秘映像を使って第五計画に対して直接的に大きな釘を刺すことは難しくなった。ウォーケンが米国内の反G弾勢力と手を結ぶように誘導したが、どうなるのかは未知数だ。

 

だが、今回の米国の動きが世界的に問題視される可能性は高かった。ユーコンでのテロ、HSSTによる工作、果てはクーデターの誘発という米国の強引過ぎるやり方に欧州やソ連、統一中華戦線が危機感を抱くようになるからだ。

 

「でも、本当に欧州連合とかが動くんですか? ここで日和見を決められたら、拙いことになると思うんですけど」

 

「そのための(XM3)でしょうに。利と理があって動かないような愚図では無いでしょうし、ね」

 

日本という国に旨味を見出したのなら、各国はこちらが頼まなくても接触してくる。そう語る夕呼は、次の段階を示した。

 

「失ったものは、言ってみればそれだけ。代わりに得たものは多い。特に国内の意識は統一されたのは大きいわ。あんた達のお陰で、国連軍に対する意識も大きく変革されたことでしょう」

 

武達の戦闘映像は、帝国軍にも流れることになる。一目瞭然という言葉の通り、映像を見れば帝国軍は、“国連軍は中立であり、必要であれば米国をも敵に回す”という姿勢を保っていることを理解するだろう。

 

これで問題は片付き、打って出る準備は出来た。二人は視線だけで言葉を交わし、次なるステージに意識を向けた。

 

国内に残る最後のハイヴ―――佐渡島ハイヴ攻略作戦へと。

 

「……正式な発表は、何時頃ですか?」

 

「明後日よ。ただ、上級士官クラスにはもう通達されている筈よ」

 

帝国の陸軍、本土防衛軍、海軍、そして斯衛軍。防衛のために最低限の戦力は残すが、それを除いた全軍の力を集結させる必要がある。

 

横浜での屈辱を晴らし、日本国民の悲願を。忌まわしいハイヴへの雪辱を果たさなければ今日も明日もない、と思っている軍人が非常に多いことは、言うまでもないことだった。

 

そして、悠陽の―――正確には冥夜だが―――自らが危険な場所に赴いた上での、気高い演説による効果は大きかった。加えて新潟での類を見ない完勝により、帝国軍の士気はうなぎ登りになっていた。その上で佐渡島のBETAを相当数削ることが出来たのだから、この機会を逃す手はないのだ。

 

「でも、期日までに凄乃皇・弐型(XG-70b)を運用できるかは……そういえばML(ムアコック・レヒテ)型抗重力機関の制御は、できそうなんですか?」

 

あちらの世界で算出した、機関運用に最低限必要な演算能力を確保する方法はあるのか。武の問いかけに、夕呼は当然と言った風に答えた。

 

「既に完成間近よ。あと少しで、四型でも運用できる装置が完成するわ」

 

「え………す、凄いじゃないですか先生!」

 

実戦投入が可能になれば従来の1/100以下の戦力でハイヴ攻略が可能になるという、常識外れの超兵器である。米国が誇る頭脳集団でさえ不可能だったそれを、00ユニットも無しにこの短時間で運用できるまで持っていくのは、武をして見事という他に言葉が見つからない偉業だった。

 

夕呼は、不満げに答えた―――これぐらい出来ないと本当に役立たずじゃない、と。

 

「え? いや、そんなことは」

 

「それ、あんた風の嫌味? ……理論のヒントを用意したのはアンタ。その他、色々な工作もアンタが居なければ難しかった。私はそれにおんぶ抱っこ……とまではいかなくても、大した事をした訳でもなし。それに平行世界の私とはいえ、バカにされたまま大人しくできる筈がないでしょうが」

 

香月夕呼として、そんな間抜けな自分は認められない。強い意志を感じさせる言葉に、武は感嘆の声を出した。

 

「流石は世界一の大天才……頼りにしてますよ、夕呼先生」

 

「……なにか、バカにされてるように聞こえるんだけど」

 

夕呼はゴニョゴニョと言いながらも、すぐに気持ちを切り替えると、武に指示を出した。明日に予定されている、次世代OS(XM3)のトライアルに関する事だった。

 

そこで、武は耳を疑った。当初予定されていた横浜基地の全衛士に加え、新潟で防衛を成功させた帝国陸軍と本土防衛軍の衛士も緊急参加することが決定した旨を聞かされたからだった。

 

演習場の数を考えると、とても場所が足りそうにない。そんな武の懸念事項に対し、夕呼は解決策を提示した。

 

「この際だから、色々と手札を公開しようじゃないの……具体的には、あんたが持ってきたシミュレーターとそれに使うCPUも、他の軍に公開するわ」

 

一部の衛士には、それを使ってXM3の経験を積ませる事にする。夕呼の説明を聞いた武は、反対しなかった。特に問題になるとは思わなかったからだ。佐渡島攻略作戦が年内に行われることを考えると、タイムリミットまで一ヶ月も無い。そんな短期間でも、高性能シミュレーターで実力を伸ばすか、芽が出る衛士が居る筈なのだ。戦力は多いに越したことはないと、武は考えた上で逆に提案に対し、推奨することにした。

 

夕呼は、それだけじゃないけど、と渋い顔をした。

 

「えっと……その、どういう事ですか?」

 

「……あれだけの事をやっても、帝国軍からの信頼を得たと断言できる程じゃない。なら、ここいらでダメ押しをしておくべきよ。協力体制を明らかにすることで、その効果は確実に得られる筈よ」

 

技術の提供で、最後の一押しとする。夕呼は説明すると、武に向き直って告げた。

 

「それでも、国連軍(こちら)を下に見られるのは本末転倒よ。あれを出せ、これを出せと言われるような、“簡単な相手”と見られるのは困るの。迂闊な真似は出来ない相手と、認識させる必要がある―――あとは、分かるわね?」

 

面白そうに語る夕呼に、武は敬礼と共に答えた。

 

「ええ、もちろん手加減はしません―――いっそ見せつけてやりますよ」

 

「……やっぱり分かって無かったわね。あんたは大人しくしておきなさい、って言ってるの」

 

「へ?」

 

「理解ができない相手だと思われるのは、逆効果にしかならないのよ」

 

いいから新人達に任せて、という夕呼の言葉を聞いた武は、分かったような分からないような顔をしながらも頷いた。

 

「よろしい。あと、鑑はこちらで借りるわよ」

 

「純夏を、ですか? いや、確かに戦力的には少し不足してますけど」

 

「別の目的があるのよ。社やシェスチナ、ビャーチェノワは鑑が居る方が安定しそうだから」

 

「安定……? まさか、変なことをする気じゃあ」

 

「実験はするけど、命に関わるような事じゃないわ。今更、アンタを敵に回すつもりも無いしね」

 

夕呼の虚飾の無い言葉に、武は困惑しながらも信用する事に決めると、首肯を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、横浜基地の中はかつてない程の数の衛士でごった返していた。

 

トライアルの内容は、単純明快だった。

 

最初に、予め量産していた高性能シミュレーターでXM3が搭載されたシミュレーションを行う。次に、シミュレーションで高い評価を得られた衛士のみが、実際にXM3が搭載された戦術機に―――ここでは吹雪が用意されていた―――に乗ることが出来る。更にふるい落としがあり、最後まで残った24人で中隊どうしの模擬戦闘が行われる。

 

これが、3つのブロックに分けて行われる。参加人数は横浜基地所属の衛士が最も多く、次に帝国陸軍が多かった。その次に本土防衛軍が、最後に海軍の衛士という順番だった。

武は、最初のシミュレーターからずっと観察を続けていた。そして傾向が分かった後、隣に居る樹とサーシャと共に、大きなため息をついた。

 

「やっぱり、横浜基地の衛士はレベルが低いな……」

 

「ため息さえ勿体無いぐらいにな」

 

「意外でもない。普段の調子を見ていると、むしろ当然とも言える」

 

緩すぎる、というサーシャの意見に、二人は同意せざるを得なかった。エース格を除けば総じて帝国軍より点数が低い、という誤魔化しようのない数字を見たからだった。

 

武とユウヤを筆頭として、あちらの世界でのA-01の生き残りも結集して作成された自動評価プログラムは、その精度の高さであちらの世界でも知られていた。問題点を指摘する視点が鋭く、言われれば納得せざるを得ないという評判だった。嘘がつけないという点から、ともすれば酷な評価をされた衛士の心を折りかねないという問題もあるのだが、武はそれで良いと思っていた。

 

(実戦に出て、錯乱されるよりマシだからな………奮起に繋がるのが50%も居れば、それで十分だし)

 

武は平行世界の夕呼のように、極秘にBETAを投入して横浜基地の兵士たちに危機感を抱かせるという方法を取るつもりはなかった。効果が大きい反面、リスクが非常に高いからだ。事実、あちらの世界ではそれが原因で神宮寺まりもという優秀な衛士を失うという事態になったのだから。

 

これで何割かの衛士が自信を喪失して失格の烙印を押され、戦術機から降ろされることになるかもしれないが、武は別の方法を取るつもりはなかった。

 

これより先は、激戦というにも生温い決戦が続く。そんな時に頼りにすべき人類の切っ先に、鈍らは不要。邪魔になるぐらいなら居なくていい、というのが樹を含めた上位者達の総意だった。点数が低ければ例え207であろうと排除するつもりだった、が。

 

「取り越し苦労にも程があるだろ……また成長してるな、あいつら」

 

「実戦を経験した、というのはあると思うが……」

 

「あちらの記憶が影響しているにしても、かなりの才能だね」

 

95点以上のA+、という燦然と輝く成績を叩き出したB分隊の5人を眺めながら、武は顔を引きつらせていた。やはり才能という点においてあの5人は図抜けたものがある事を痛感していたからだった。

 

横浜基地の平均点である60点を考えると、新人詐欺だと思わざるを得ない。一番練度が高い本土防衛軍でさえ平均は80点程度であり、有名所が叩き出した89点が現時点での最高である事を考えると、やり過ぎとも言えた。

 

「そういや、樹とサーシャ……というかA-01の方はもう終わったのか?」

 

A-01は元207Aで健在の4人に風間祷子を加えた5人を除いた者たちで、今回のトライアルに挑んでいた。秘密部隊であることの性質上、この後のステージに上ることはないが、トライアルが始まる前に試しにと点数だけは取っていたのだ。その結果を、樹は何でもないように答えた。

 

「ああ、100点だ。今回共通で使われているプログラムであれば、の話だが」

 

「ミスも無し、被撃墜もゼロで理論上の最速域の撃破だったから……ちなみに、武は何点だった?」

 

「あー………いや、一人でやったせいか、少しバグが発生してな」

 

プログラムは各種のボーナスが加点される。連携不可な状況での単独打破が、代表的な例だ。そして武は、言い難そうに答えた。

 

「1300点、だってよ。別にイカサマした訳じゃないけど……」

 

それを聞いた二人は、皆まで言うなと頷いた。慣れた調子で言葉を受け流すと、話題を変えた。

 

「点数について異議を唱える者が現れると思うが、対策は?」

 

「揉め事の責任は各軍の上官が負うこと、ってな具合に前もって通達してる」

 

「ああ……そのための4軍混成でのトライアル、ってこと」

 

クーデターが収まった直後である今の状況で、自軍のバカさ加減を他軍に喧伝するような変態でも無い限り、抑え込めなければおかしい。暗に告げられた意図に対して、各軍の上官は特に反対することもなかったという。

 

数をプラスすることは重要であり責務の範疇だが、味方の脚を引っ張るようなマイナスとしか言えない者達は最初から居ない方が良い。例えば民間人に絡んで、と考えた所で武は首を横に振った。あまり思い出したくもないと、呟きながら。

 

「とにかく……強硬姿勢を取る路線は止めることにした。こちらが押さえ込むような形にすれば反発される可能性もあったからな」

 

「上も下もなく対等に、という意図があってのことか。確かに、自分のことは自分でという軍の主旨に沿ったものではあるが―――」

 

樹の言葉を遮るように、呼び出しの通信が鳴り響いた。武は即座に応答すると、眉を顰めながら了解だと答えた。

 

「……誰からだ?」

 

「ピアティフ中尉から。B分隊が陸軍の衛士に絡まれているらしい」

 

急ごう、と言葉にするまでもなく走り出した武に、二人はついていった。間もなくして到着した武は、最初に現場を把握した。B分隊の5人に対して、年若い帝国陸軍の衛士が何かを言っているようだった。同隊の者であろう女衛士二人と男衛士一人はその愚行を止めようとしているようだが、多勢に無勢らしい。抑えきれなかったのだろう何人かの衛士が、何事かの言葉を千鶴達に向けていた。

 

対するB分隊は、圧されるでもなく、どう対処したものかと迷っているようだった。武はその様子を見るなり、急ぎ足で駆けつけた。

 

そこでようやく武の来訪に気がついたB分隊の5人は、少し驚いたものの、次の瞬間には上官に対する相応しい態度を取っていた。わずか1秒で整列し、千鶴による「白銀中佐に敬礼」という声に従い、敬礼を示した。武は無言で頷くと、B分隊の横を通って陸軍の衛士達の前に出た。

 

「―――貴様らは、少尉か。見慣れない顔ばかりだが、こいつらに何か問題でもあったのか?」

 

「え―――ちゅ、中佐!?」

 

「あ、ああ。いや、でも……」

 

陸軍の衛士達は困惑していた。外見は同年代か年下にしか見えない武が、れっきとした中佐の階級章をしていたからだ。武はここで責め立てると後々面倒臭い事態になると考え、事実だけを確かめるという口調で尋ねた。

 

対する陸軍の衛士達は、言葉を濁した。武はその態度を見て、どうしたものかと考え始めた。

 

怒声が飛び込んできたのは、その時だった。鋭さとは程遠く、それでも威圧感を覚える声は女性のもの。武は、聞き覚えがある声の主の方を向いた。

 

「久しぶりだ、初芝ちゅう……いや、少佐か」

 

武は駆け寄ってくる女性の階級章を見て、呼び方を変えた。

 

「おう―――久しぶりやな、白銀中佐……どころか、サーシャまでおるやん!」

 

「お久しぶりです、少佐……というより、私が分かるんですか?」

 

「ああ、金が銀になっただけやからな……そうか、生きとったか」

 

優しい声でそうか、そうか、と嬉しそうに繰り返した初芝八重は、感慨深いというように頷き。それが終わった後、若手の衛士達に向き直った。

 

「それ、で………なあ」

 

地をはうような低い声と共に、周囲の気圧が下がったように感じたのは、武だけではなかった。喜びから怒りへ、その激しすぎる落差も影響したのか、八重が発する威圧を至近距離で浴びせられた若手達が息を呑んだ。八重はその面々をじっくりと見回しながら、告げた。

 

「この一回だけしか聞かへんで――――誰が、やらかしたんや?」

 

「あ……いえ、その」

 

「ああ、お前か」

 

「い、いえ、自分は! その、違うんです!」

 

「ほうか。うん、そうか―――で、それがお前らの最後の言葉でええか?」

 

顔は笑っているが、目だけは笑っていない八重の言葉を聞いて、詰問されている衛士達が真っ青になった。制止しようとしていた3人だけは、諦めの顔になっているだけだったが。そうして、八重の右腕がぴくりと動いた時に、更なる人物が現れた。

 

伴って現れた大尉の階級章を持つ男が、大きな声で告げた。

 

「尾花大佐に、敬礼!」

 

武達を除いた全員が、反射的に敬礼を示した。ゆっくりと歩いてきた尾花大佐―――今となっては帝国陸軍の要中の要になった、実戦派衛士である尾花晴臣は―――敬礼に頷いた後、八重に視線を向けた。

 

「この場は預かる。それで………懐かしい顔が見えるな。死に損なっていたか、白銀」

 

「お互いに、ですね……お久しぶりです、尾花大佐」

 

「貴様ほどではない。しかし………紫藤どころか、クズネツォワまで居るとはな」

 

尾花は一瞬だけ口元を綻ばせた後、衛士達に向き直った。事情の説明を、と感情が一切含まれてない質問に、飛び上がるようにして若手達は答えた。

 

内容は、単純なものだった。新人らしい207B分隊の5人が、尾花大佐達を越える点数を叩き出せるのはおかしい、何かイカサマでもしているのだろうと難癖を付けたのだ。対する千鶴達は、事前に武達から伝えられていた、明かしていい情報だけを説明した。

 

初搭乗からずっとXM3を、高性能のシミュレーターを使用していたこと。あらゆる意味で習熟しているため、あれだけの点数を出せたということ。千鶴達は事実だけを伝え、挑発に類する言葉は一切吐かなかった。その態度が気に入らなかったのだろう一部が興奮し、止める者が現れるも、止めきれなかった結果がこれだという。

 

事情を聞いた武は、訝しみながらも分かった、と答えた。

 

「幸いにして、お互いに手は出していない……こちらとして、ここで問題を起こされる方が困るんだが」

 

「そう言ってもらえるとありがたい―――とはいえ、何もしないという訳にはな」

 

尾花は軽く頭を下げながら、自軍の不徳を謝罪した。武は確かに、と謝罪を受け取った

後、若手の衛士達の方を見た。

 

―――予想通り、怒りの感情が収まっていない。こんなに迂闊な集団だったか、と武は考えながらも、残るもう一人の方を見た。

 

「鹿島大尉も、久しぶり」

 

「こちらも、お久しぶりです……見違えましたね」

 

「え? あ、ああ、そういえばあの時の俺は根暗な坊っちゃんだったな」

 

懐かしいな、と武は一人で頷いていた。それを知らない面々は、疑問符を浮かべるばかりだった。

 

その後、若手の衛士達は尾花の命令により次のトライアルが始まるまで、謹慎を命じられた。本来であれば懲罰ものだが、問題を大きくしたくないという武―――国連軍の意志に沿う形での解決になった。

 

「でも、このまま放置するのは拙い。そういう事ですか、尾花大佐」

 

場に残った尾花、八重、弥勒に武は質問をした。若手とはいえ、態度が酷すぎることに違和感を覚える、と。樹とサーシャも同感だった。

 

尾花は質問の言葉に、そういう事だと頷きを返した。

 

「……情けない話だがな。次の作戦までの時間が少ない以上は、ここで確実に釘を刺しておかなければならんのだ」

 

尾花は疲れた顔で、事情を説明した。すべては尾花達が新潟で大勝“してしまった”事に起因すると。

 

「戦に勝つということは、五分を上とし、七分を中とし、十分を下とする。この意味が分かるか?」

 

「……武田晴信。いや、武田信玄の言葉ですね」

 

5割の勝ちであれば、次は負けるかもしれないという危機感を抱く。7割もあれば、危機感が薄れ、手を抜く者が出る危険性がある。10割ともなれば、増長する者さえ現れてくる。勝った後の兵の意識の変遷について示す言葉だった。

 

「劇的な勝利も、度が過ぎれば酔いとして脳を犯す。そして一度変わった認識が、容易く覆ることはない」

 

「それは、そうですけど……あれだけで? 第16大隊が同道していた筈ですし、酔っ払うには速すぎると思うんですが。力の差とかは感じなかったんでしょうか」

 

「いや、力量差を痛感したことだろう。彼ら、彼女達はあの練度に憧れたことは確かだ。それは間違いない、間違いはないのだが……」

 

「上見すぎて、足元が見えてへん。どんだけ間抜けやっちゅうねん、っていう話やけどな」

 

「それは……脚を引っ掛け放題だな」

 

尾花と八重の言葉に、樹が苦笑を返し、サーシャも頷いていた。転んだ衛士は、ほぼ終わりだ。あとは踏みつけられればそれで終わりになるからだった。

 

「でも、アレですね」

 

「ああ、アレだな」

 

「そうだな、アレとしか言い様がない」

 

「アレ過ぎるなんて、当時は想像もしていなかったけど」

 

「でも、訪れるもんなんやなぁ」

 

大陸を経験した衛士達は符号のような言葉を交わした後、告げた。

 

「勝ち過ぎたからこそ、悩むなんて」

 

「ああ、言いたいことは分かるさ―――なんとも贅沢な時代になったものだ!」

 

武の言葉に尾花が答えた後、弥勒を除いた5人から盛大な笑い声が飛び回った。心底おかしいと言わんばかりの大声に、整備兵が振り返る程に。

 

「負けに負けて負け負けた大陸が嘘のようだ。まさか、勝ち過ぎた後の対処に頭が痛くなるとはな!」

 

「逆にストレス溜まりそうですね!」

 

武は笑いながら答えた。大陸で、日本で、甘めに採点しても勝ったといえる戦闘など5指にも満たない。戦略的な成果を考えれば、マンダレー・ハイヴの1回だけなのだ。それ以外は、いつも屈辱の味と共に敗走せざるを得なくなったものばかりだった。

 

故に、武は若手衛士の行動を咎めない。冥夜達に絡んだことも、責めるに値しないと考え、ちょっとした暴走を注意する程度に収めるつもりだった。

 

自身の力不足を言い訳に、八つ当たりをするような輩であれば容赦をするつもりはなかったが、今回は違った。

 

銃口はおろか、拳を向けられた訳でもない。やる気をなくして自暴自棄になったという事もない。健康で、元気があり、士気も高く、将来が見込める。それが何よりも尊いものであり、貴重なものだと痛感していたが故に。つまらないプライドではない、尊敬する上官のためにという理由も、納得はできないが理解できる程度には収まっていた。

 

武やサーシャの生存に対して、尾花達が今更になって特に追及しないのも似た理由だった。生きている。戦っている。これからも、同じ道に進んでいくことだろう。そういった、奇妙な確信があるからには、いちいち確かめることではないと考えていた。

 

立場上、上官に対する無礼に対して怒りを示すが、それだけだ。庇うことはしない。どうにもならないと見限れば、怒鳴ることさえしなくなる。ただ部隊から去れ、と命令するのみ。尾花と八重は、そういった性質も持ち合わせていた。

 

少し血気に逸った衛士が問題を起こすという一連の流れも、大陸では日常茶飯事だった。大切な上官を尊敬し、それを汚されることに憤るのは誰にでもあることだった。というか、アーサーやフランツ、樹と模擬戦をした時のシチュエーションに似ている部分があったから。

 

 

「―――でも、ようやくここまで来れた。来れたからには、もう負け犬の真似をするのはまっぴらゴメンです」

 

「同感だ。あの糞の化物共を相手に、一歩も譲るつもりはない」

 

「ああ、奴らを地の底まで這い蹲らせてやる。それでようやくイーブンだ」

 

引いては千切って殺して潰して跡形も無くしてやる。誰が何を言うことでもなく、共有していた認識だった。味方に、戦友に、された事をいつかそのまま返してやるという執念は、誰もが持っていた当たり前の意識だった。

 

「それで、あいつらの処置はどうなるんです? 流石に、このままでは寝覚めが悪いというか」

 

「……あくまで一過性のものと見ている。効果的なのは、同年代―――そうだな、20歳以下か。衛士達を集めて、模擬戦でもやらせるのが手っ取り早い方法だろう」

 

尾花の意見に、全員が納得の頷きを返した。上の立場であれば、仕方がないという意識が先に来てしまう。だが同年代の新任が相手であれば、言い訳をする余地さえ潰されてしまう。否が応でも、目の前の現実に対処する以外に方法がなくなるのだ。

 

そして207の衛士は、風間祷子は、地獄のような現実が模された演習を打破した(つわもの)ばかりだった。

 

「あっ、でも同年代の衛士が良いって言うんなら俺も参加した方が―――」

 

「お前のような新任衛士が居るか」

 

尾花、八重、弥勒、樹、サーシャによる、一言一句違わずの唱和だった。

 

「いいか。今から行うのは教導だ。人の心を殺す懲罰ではない」

 

「すまん、うちも同感や。大陸に居た頃のあんたでさえ、えらいアカンがったのに」

 

「そやで。聞けば、京都に居た頃の3倍っていうやん」

 

「不粋にも程がある。というか、焼け野原さえも残らへんやないか」

 

「樹の言葉遣いはともかくとして、あたら若い命を無駄に散らせるべきではないっていう基地司令の意見はもっともだと思うから」

 

八重は元から、動揺した弥勒と樹さえ関西弁になっての忠告である。武はおかしいな、と首を傾げながらも数の意見には勝てずに、自身が模擬戦に出ることは止めにした。

 

「それが良い。しかし………XM3の性能には驚き、いや、そんな言葉では済まされない。この年になって泣くほどに感動するとは思わなかったぞ」

 

実戦経験が豊富であり、視野も相応に広くなった尾花だからこそ、XM3の性能と発展性について深く理解することができた。その結果から溢れ出たのは、我慢をするのが難しいと断言できるほどの、圧倒的な歓喜だった。

 

「間違いなく、歴史を変える一手となる。横浜の魔女の功績もあるのだろうが」

 

「……なら、引き換えに一言だけ。夕呼先生は魔女じゃありません。過ぎる程にやり手だということは否定しませんが、このOSも先生抜きでは作れませんでした」

 

それを考えれば、むしろ聖母に等しい。武が真剣な口調で語ると、尾花達は面白そうな顔で答えた。

 

「分かっている。斑鳩公から直接告げられたからな」

 

「え……崇継様が?」

 

「そうだ。横浜基地こそが日本最後の砦であり、何を犠牲にしても守り抜く場所であると言われた。問題な発言だとも思えるが、将来性を考えればあながちそうとも言えないことが分かった」

 

BETAを掃討する鍵は、香月夕呼と白銀武に在り。断片から推測できる夕呼の実績と人柄だけではない、白銀武が全面的に協力しているという事を思えば、疑う方が愚かしい。それが、尾花と八重、弥勒達の総意だった。

 

「―――それでは、な。申し訳ないが、あいつらの事を頼む。姿勢さえ正せば、過酷な実戦にも耐えうる有能な衛士達だ」

 

「言われなくても。先任から受け取った世話を、次の世代に託すにはいい頃合いですから」

 

「年寄りくさいことを言うな。まだ18だろうが」

 

「……ああ、そうやったな。じぶん、今月の16日には18になるんか」

 

意外とそういう情報にはマメな八重の言葉に、武は頷きを返した。煌武院悠陽殿下と同じ誕生日だと。

 

悠陽という声に何らかの軽さを感じた面々だが、それ以上の追求を避けた。大人らしく、君子危うきに近寄らずという精神のままに。

 

「……ほんなら、尾花大佐。こっちはあたしらに任せといたって」

 

「分かった。ただ―――分かっているな?」

 

「はい。こってり説教受けましたよって」

 

秘蔵の日本酒にあうアテを作れる奴は、もう居らんようになったけど。悲しさが含まれた声に、尾花は何をも答えず、ただ自分の感想だけを告げた。

 

「……あいつとは、命の使い所について語り合ったことがある。乾坤一擲。骨を切らせてでも望むものは何か」

 

肉だけではない、骨さえ砕かれ、魂だけが残っても最後に通すべき意地はなんであるのか。尾花は、遠い所を眺めるように告げた。

 

「唯一の絶対は、ない。だが、あいつは最後まで自分の信念を通した。命を賭して、欲しいものを掴み取りに行った」

 

その結果が無駄になったのかどうか。それは、彼の料理の腕を知る者たちの胸の中にだけしまわれた。言葉で確かめるまでもない、という風に、何を語り合うことさえもしないままに。

 

ただ共通するのは、負けていられないという想い。戦友達の屍を背負い、遺した言葉を忘れない者たちが望み、たどり着きたいと思う場所を。命の使い方を。血の流し方を。考えては食いしばり、戦い続けてきた自分の道程は光らずとも確かに自分の影に存在していたが故に、今更になって退くこともできずに。

 

そんな落ち着きがない修羅達は散っていった戦友たちに言祝ぎと嫉妬を捧げると、次の戦場に向けてまた、動き始めた。

 

「……それでは、また。色々と忙しいのでな」

 

「ええ、後は任せて下さい」

 

別れを告げる尾花に、武達は迷わず敬礼を返した。帝国陸軍、本土防衛軍の損失は笑える程に大きい。それでも一笑に付すには、それまでに背負ってきたものが尊く、輝き過ぎていたが故に。

 

 

「次に会えるのは、佐渡島制覇の戦勝会ですかね」

 

「大陸制覇の祝勝会でも良いがな―――その時には、とっておきの酒を用意しよう」

 

「困りますね―――乾杯する対象が多すぎて」

 

 

何杯飲めばいいことやら、と武達は軽口を交わしながらも、あっさりと別れた。誰も何を言うこともなく、踵を返すとそれぞれの持ち場に返っていった。

 

互いの立場で、土台を元に更なる飛躍を成し遂げるために。

 

 

―――余談だが、午後から行われた特別待遇での模擬戦では、蹂躙されて完敗という完敗を脳髄に叩き込まれた帝国陸軍の若手達が涙を流して悔しがる光景が見られたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと……香月副司令?」

 

「―――いいわ。これでお終い。隣の部屋で少し休みなさい、鑑」

 

夕呼は努めて優しい声で労い、去っていった純夏の背中を見送った後、深い溜息をついた。

 

「…………本当に因果なものね。自分で言っておいて、皮肉が効きすぎてるけど」

 

呟きと共に実験の結果が書かれた紙の束を、夕呼はデスクの上に放り投げた。

 

―――鑑純夏、成功率83%。それ以外の人員は、良くて10%だという結果を。

 

「……因果律量子論とは、我ながら良くいったものね。特定の情報があるが故に無関係なものは在りえず、世界の距離は物理的なものでは測ることができない」

 

それでも、必要な事であれば。バッタのように見られたとしても、みっともないと思われようが関係なく、空に挑める者は常に飛び続けなければならない。

 

飛ばないことは許されず、飛ぶことが許される、余裕も自由も無い世界になってしまった今では、尚更のことに。

 

決意を秘めた夕呼の瞳は、烈火さえも越えた、太陽を思わせる輝きに満ちていた。

 

 

「堕ちたイカロスになるか、天岩戸を開く鍵になるか―――いずれにせよ、ここが私の勝負所ね」

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。