Muv-Luv Alternative ~take back the sky~ 作:◯岳◯
前後編です。
長いので分けました。
「………何がどうして、こうなったんでしょうね」
訳が分からない事が多すぎました、と武がぼやいた。夕呼は「こっちが聞きたいわよ」と呆れた声で答え、二人同時にため息をついた。
夕呼は執務室の椅子に背を預けながら、武は直立不動で、どちらも重く深い二酸化炭素を可能な限り口から放出していった。
それでも、と直後に二人は酸素を取り入れ、脳味噌を働かせ始めた。殿下が横浜基地に到着してから既に一時間が過ぎていた。二人は副司令と功労者として殿下を見送る際に色々と挨拶をする必要があるため、時間がなかった。だがその前に色々と今回の件に関する情報交換を、と二人が望んだ上で設けられた場だった。
武は、一番知りたかった情報を―――祐悟に関連するあれこれを、最初に尋ねた。夕呼は頷き、険しい顔で答えた。
「そうよ。インフィニティーズの衛士が上陸部隊に居る、っていうのが分かったのが最悪のタイミングだったから」
キースの情報を得たのは、武が塔ヶ島城に向けて移動を始めた後だった、と夕呼は言う。それだけではない、決起軍にも何人か怪しい人物が居るのが分かったのは、土壇場になってからだと言う情報を受け、武は狙われたかな、と呟いた。
「でも、どうやって霞とイーニァをあの区域へ?」
「先週に組み上がったもう1機のEx-00も使って何とか、ね」
先日、有名所の衛士が集まった際にどさくさ紛れてもう1機だけ、ステルス機能があるEx-00のパーツだけは横浜基地の中に運び込まれていたのだ。それから極秘の地下格納庫で組み上げが始まり、動かせるようになったのは三日前のこと。夜間迷彩をしていた2機のEx-00を使って、冷川方面に先回りさせた。霞はシルヴィオと、イーニァはレンツォと。機体を離れた場所に隠してからは、サイボーグの二人が足になったと夕呼は説明した。
「そう、ですか………でもリーディング、プロジェクションの能力を使っての任務なんて。よく、あの二人が頷きましたね」
「命令した訳じゃないわ、志願されたのよ。でなければ、別の方法を取っていたのかしらね」
基地を取り巻く情勢がピリピリとしているのを、二人は肌で感じ取っていたらしいと、夕呼は告げた。だから霞とイーニァは大切な人のためにと、夕呼に対して情報伝達を果たす手段として自分達を使ってくれ、と言い出した事を説明した。
「成算もある、って本人の口から熱弁されたのもある。以前にユーコンで試したでしょ? あれが予行演習となった、って言っていたわ」
今回は夜の暗い森で、雪があったため視界も悪かった。ブルーフラッグでも、対F-22A用の切り札として用いられる予定にもなっていたESP発現体の索敵能力は、常識を外れている。悪い表現になるが、数キロ先の人間の位置が細かに分かる人間レーダーを積んだサイボーグが見つかる可能性は、限りなくゼロに近いのだ。
その途中に決起軍側にも工作員が居ることも判明したという。そして、米軍の部隊に潜んでいる者達も。
それらの情報を知った霞とイーニァは考えたが、伝える相手は霧島祐悟以外に居ないと判断した。
事前にこちら側であると確認していたことも要因だった。
決起前、それ自体は止められないものの、榊首相や閣僚の一部を、首脳陣として優秀だった人材を助けるために、と“決起軍の中に入り込んでいた鎧衣課長の手の者”との連絡手段を渡した事だ。
実行したのは祐悟が天元山へ向かう途中の、道中でのこと。周囲のテスト・パイロットも、事前に篁祐唯に根回しをして、祐悟や橘操緒だけではなく、同じ試験小隊に鎧衣課長の協力者を潜り込ませていたこともあり、接触は容易だった。
予定通りのポイントで待機させ、武とサーシャが直接出向いた。機体はEx-00で、サーシャはあちらの技術で作った、索敵能力が上がる猫耳のヘアバンドを付けていた。
「それで、二人は無事に帰還できたんですよね?」
「無事じゃなかったら大問題よ。ただ、酷く体力を消耗したせいでしょうね。今は二人とも寝込んでるわ」
レンツォの方も、と夕呼はため息をついた。平行世界からの情報により、記憶を取り戻す方法や回復する手段は確保していたものの、容態が容態だったため、今までかかったのだ。必要だったから動かしたが、やはり無理をさせすぎた反動が、と夕呼は言おうとした所で、今は別のことを、と話題を変えた。
武の方は霞とイーニァの無事を聞いてひとまず、と安心した後に、無事では済まなかった者の名前を挙げた。
「その……祐悟は、やっぱり?」
「………長刀でコックピットごと貫かれた、という報告は入っているわ」
即死だったそうよ、という事実だけを告げる夕呼の言葉を聞いて、武は眼を閉じた。
「あれが今生の別れになるだなんて、思いませんでしたけど………いえ、それも後で。病院に運び込まれたという、総理の容態は?」
切り替えるように尋ねると、夕呼は先程入った情報だけど、と答えた。
「右腕切断による大量出血で、一時は危うかったらしいけど………一命は取り留めたそうよ」
「……良かったですね、というのは違う気もしますが」
「最悪の事態は回避できた事は確かよ………沙霧の判断次第だったからね」
霧島への接触に意味はあったと、夕呼は武に告げた。クーデター前に接触した際に、武が要望を出した結果だと。
殿下への権力の移行は大願だが、国外との密約といった、首脳陣のみが把握している各種情報の引き継ぎをする必要があると武は主張し、祐悟は同意した。そして沙霧にも伝えると、渋々と「斬らずに済む筈もないが」と言いながらもその意見を取り入れたという。
「一人で総理の執務室に乗り込み、一刀を。返り血を浴びて退室し、後は決起軍内部の協力者が病院に運んだそうよ」
「苦肉の策、ですね」
「ええ。ただ、橘大尉が撃たれた後も強く主張していたのが、決め手になったそうよ」
クーデターの最中、病院関係者には固く口止めがされていた。それで、総理の生存が外に漏れなかったのだった。
「……橘大尉を撃ってまで、ですか。今は総理と同じ病院に入院しているらしいですが」
「ええ―――その時にはもう、研究会内部の裏切り者については、あたりをつけていたそうだから」
「その上で、米軍側の工作員の情報を入手した………繋がっている事も」
それを利用した。自ら殿下を撃つことで仲間と主張し、分かる筈のない米軍側のコールサインと名前を言い当て、血気に逸った反逆者という演技をすることで巻き込んだのだ。あの場で倒すべき敵が誰なのか、という事を決起軍、国連軍、斯衛と米軍全てにダイレクトに伝えた。
夕呼はその時の状況を聞いて、運が味方した部分もあるけど、即興にしては良い方法だったと寸評をまとめた。武はその言葉に反論しようとして、黙り込んだ。結果を見れば、最善だったと言わざるを得なかったからだ。
「でも、なんで………どうして、祐悟はあんな方法を取ったんでしょう」
「……全ては推測になるわ。でも……いえ、どうかしらね」
霧島祐悟は殿下に弓を引いたという大罪人として人々の記憶に残るだろう。大陸で積んだ功績も全て無かったことになる。沙霧以上の忌まわしい反逆者として、歴史にすら残る可能性があった。
操緒を撃ったのは、巻き込まないためだろう。尾花との繋がりも、誘いを蹴ったという事実がある限りは無関係とされる可能性が高かった。
夕呼はそれらを知っていたため、お膳立てが出来てしまったという事もあるけど、と自分の推測を告げた。
「きっと、アンタと同じだったんでしょう―――“狂人の真似とて大路を走らば、即ち狂人なり”。目の前の状況を見据え、自分が置かれた状況を把握して決断した。それでも、と霧島祐悟は
日本のためか、仲間のためか、自分のためか。もう問うことはできなくなったが、譲れないもののために行動を起こした事は間違いない。そう告げる夕呼の眼を武は見返しながら、そうですね、と答えた。
―――ここで立ち止まる事も、霧島祐悟は望んではいないだろう。勝手な推測だがきっと正しいと、二人は同じ認識を抱きながら次の話を進めた。
「殿下や煌武院家、戦略研究会の事はあんたの所で大体が解決したそうだけど……御剣の件や、“殿下”の身柄を沙霧に預けたことに関してはどうなのかしら。聞く所によると、かなり強引に事を進めたそうだけど」
「……それも、後からですね。冥夜は戸惑っているようでしたが……落ち着いたら、何を言われるか」
本人の意志を無視した、と取られてもおかしくはない方法だった。武もそれを自覚し、無事に済ませてくれるかどうか、と身震いしていた。真那や真耶はもちろんの事、悠陽もかなり怒っているだろうと道中の雰囲気から察していたからだ。
「207の方もそうだし、A-01の女性陣の方も同じでしょ? ……A-01の方はまりもに説明して、後に回してあげるけど」
「それは……助かります。一気に、っていうのは流石に」
「良いわよ、別に……でも殿下の件はアンタが処理しなさいよ。私が何を言っても無駄になるだけだろうと思うから」
そっちは頑張んなさい、という夕呼の言葉に、武は無言で頷いた。どこまでも自業自得だったからだ。
「それで、最後のBETA侵攻の件なんですが………どうして崇継様、というか16大隊や紅蓮大佐達が新潟に居たんですか?」
斯衛として真っ先に向かうべきは帝都付近。即ち、殿下を守るために動くのが最善とされる筈だ。建前だが、重要なこと。事前の打ち合わせでもその予定だったが、実際には違っていた結果に、武は首を傾げていた。夕呼は同意するけど、と答えた。
「今はまだ……詳しい所は分からないわ。連絡も来ていない状態よ。ただ、第16大隊は帝都近郊に留まっていた紅蓮、神野の部隊を引き連れ、一直線に新潟へと向かったみたいね」
それ以外の情報はまだ入手していないけど、と呟きながらも夕呼は膝の上にあった掌を、武には見えないようにしながら、強く握りしめた。
「私達が助けられたことは揺るぎない事実でしょうね。もし対処が遅れれば………」
「はい。考えたくもない結末を迎えていた、でしょうね」
二人共が、アメリカの仕業だと確信していた。確証はないが、あまりにもタイミングが良すぎた上に、それで起きる未来を考えれば、という理由があったからだ。
「……私のミスとも言えるわね。まさか、極東の絶対防衛線が崩れる事まで向こうが覚悟していたとは思わなかったわ」
あくまで日本を意のままにするのが前提で、防衛線が崩れるような―――米国が最前線になる可能性がある策を使ってくるとは思わなかった。夕呼の言葉に、武は俺もです、と頷いた。
「目の前の脅威だけに囚われ過ぎてました………潜入した工作員の事も含めて」
色々と対策は練っていたつもりだが、実際は穴だらけだった。祐悟や崇継達のような協力者が居なければ今頃は、と若干顔を青ざめさせていた。夕呼も頷きを返しながら、それでも、と机の上にあった時計を指差した。
一段落までもうすぐよ、という言葉に武は疲れた顔をしながらも頷き、呟いた。
「………謝るだけで、許してくれれば良いんだけど」
「許しません」
「………え?」
「許さない、と言ったのです」
真那と真耶を携えた煌武院悠陽は、宣言した。用意された部屋の中、疲労を感じさせない表情で目の前に居る白銀武に向けて。
「其方は嘘つきです……あの時に、残りの話は色々な事が済んでから、と言っていたではないですか。なのに………理屈は分かりますが、勝手が過ぎます」
どうしてあの場で、という武が動いた理由を悠陽はほぼ察することが出来ていた。それでも、段取りを飛ばすにも程があると悠陽は考えていた。
煌武院家で、双子が忌まれているのには理由がある。双子が生まれること自体、跡取りや相続という問題がある武家ではあまり歓迎されていないものだが、幼い頃よりその存在まで隠される、という徹底的とも言えるしきたりを煌武院家が守っているのには、理由があった。
「……ここで詳しくを語る時間はありませんが、他の武家と似た理由です」
ずっと昔、煌武院の二代目当主の座を欲する双子が、跡目を争う事態になり、その過程で煌武院自体が崩壊の危機に陥った過去があるからだと悠陽は簡潔に説明した。
「臣下の中には、古いしきたりを重視する者達が居ます。段取りを付けて、徐々に理解を求めていくつもりでしたが……」
悠陽は困ったような顔で、これで強引に説き伏せる以外の方法はなくなりました、と武に告げた。
「……そうした手段を用いた場合には時間がかかりすぎる、という懸念事項はあります。あの場では別の方法を取るのが難しかったことも、分かります。ですが、この状況下で家内に余計な反発を産む要因を作るのは、あまりよろしくないと言えるでしょう……ありがたい、という気持ちも勿論あります。ただ事を起こす前にせめて私に一言があっても良かったのではないか、とも思うのです」
悠陽は複雑な表情で告げた。隣に居る真那と真耶も勝手が過ぎるぞ、という視線を武に叩き付けていた。
武は、叱責を黙って受け入れていた。もっともな言葉だからだ。謝罪の意志を示したからといって、受け入れて貰えない場合がある。今はそうだ、と武は謝ることもなく、ただ頭を下げた。悠陽はその姿を見て、歯がゆい気持ちになっていた。
そしてしばらくした後、悠陽は質問を投げかけた。
「……ただ、其方はきっと同じことをしたのでしょうね。私が許可を出さない場合でも、勝手に……冥夜と私の事を想い、行動を起こした」
違いますか、という言葉に武は無言で肯定した。それを見て、悠陽は小さくため息をついた。
「……ありがたい、とは思うのです。これからの日本には……いえ、斯衛にも変革の時が訪れるでしょう」
今回の事件で、停滞気味だった国内の情勢は激変した。これより日本は政威大将軍の名前の下、一丸となってBETA打倒の道を歩んでいくだろう。帝国もそうだが、今回の功績により斯衛や国連軍の事も見直されていく。幕末とまでは行かないが、人によっては維新の文字を浮かべるような、そんな時代になっていく。
「―――佐渡島ハイヴの攻略に成功してからは、その傾向は加速するでしょう……その指針を示すために、と言葉を示せば、表立って反対を唱える者は少なくなります」
斯衛全体として、京都防衛戦以降は新しいものを取り入れようとする者が多くなっていた。防衛戦時に感じた、古いしきたりが起こす弊害が原因だった。合理的な考えが主となる軍事行動と、武家としてのしきたりが噛み合わない事によって起きる無駄な労力の消耗などを嫌う者は、時間と共に増えていた。
悠陽はその流れを作り出したのが斑鳩崇継である事も知っていた。まるで、“このまま行けば斯衛はその古いものを抱えて自滅し続け、挙げ句の果てにはとんでもない事態になってしまう”と、そんな未来を目の当たりにしてしまったかのように、斑鳩崇継は古く意味のないしきたりや、それを守ろうとする年老いた武家の者達を権力の外へと追いやっていた。
(……その流れに乗って、というような軽い考えではないでしょう。きっと、こうして責められるのも覚悟の上で……)
自分が嫌われるだけで済めばいい、と言うような。悠陽はその考えに思い至り、内心でため息をついていた。塔ヶ島城であれだけ言ったのに、と武の頑固さに呆れていたのだ。
悠陽も、双子に関するしきたりを守るつもりはなくなっていた。私的な感情は別として、各武家が双子を禁忌にしないまま、家の跡取り問題などを解決している実績もあったからだ。京都から関東まで、明星作戦でも多くの戦死者を出した。人手不足が嘆かれている斯衛の現状を考えれば、しきたりを盾に人材を失わせるのは愚策の極みとも言えるものだ。
だが、そんなに軽いものでもない。立場からすれば、暗殺を仕掛けられる可能性があるぐらいに。悠陽は分かっていない筈がないでしょうに、と内心で呟きながら、武の不用意な強引さについて思いを馳せた。
(軽く死線を越えたのは、背負ったものの重さ故でしょうか………いえ、確証はありません。どうすべきか………ん………我ながら、少し姑息な気もしますが)
悠陽はそう呟くと、武に頭を上げるように言った。もう責めるつもりはない代わりに、と一歩前に近づく。
武は覚悟をしたかのような顔で顔を上げた。そして、近くにある悠陽を見つめた。殴るのならば気の済むまで、というような表情。悠陽はそれを咎めることなく、少し屈んで下さい、という命令を出した。
武は素直に従った。掌や拳を振るい当てる時は、上でも下でもなく、水平に打ち抜いた方が手や腕を傷めないからだ。
そして、目を閉じるように言われた武は素直に従い。衝撃と痛みを受け入れる態勢を取っていた所に、頬に触れられる感触を覚えた、そして。
「ん、ぐ………!」
「な………っ!」
「殿下?!」
武が驚きに声を出そうとするが、舌が動かせず。それを見た真那と真耶が、驚きの叫び声を上げて。そのきっかり3秒後に、悠陽は武の元から唇を離した。
上品かつ悠然と、自分の唇をそっと隠す。そして至近距離のまま、告げた。
「謝るだけでは、許してもらえないものがある………その後に何をすれば良いのかは、分かりますね?」
「は、はい……いえ、その」
「分かりますね?」
「………はい、何となくは」
武の答えに、悠陽は微笑みを返した。その頬は僅かに赤かったが、仕返しだとばかりに悠陽は武の胸板に掌を当てながら、強引に自分の考えを押し付けた。
「離れた位置に居れば、何も言いませんでした。ですが、ここまで手を出したのならば最後まで―――自分で抱えれば、自分が死んで終わるのならば、と無謀な行動に出るようであれば、許しません」
「……確かに、勝手に手を出しておいて、後は人任せにして逃げるのは……」
「はい。ですが………“その時”になったのであれば、止めることはできません。無責任だと、卑怯だと言われても其方は動くのでしょう―――霧島祐悟のように、必要とあれば命を賭けてでも其方は」
―――命を賭ける価値があるのならば、其方迷わないのでしょう。
悠陽の言葉に武は無言のまま視線だけで肯定の意志を返した。悠陽は驚かなかった。コックピットの中で、それだけの道を進んできたという事はその身をもって知ったからだ。
(どの武人よりも濃密な戦意を、何でもない空気のように纏えるまでに―――其方は)
その威圧に耐えられなかった事を、悠陽は恥じた。自分の未熟さを痛感し、申し訳がない気持ちになった。同時に、その道の険しさを―――果てにある今の危うさを知った。何をしても止められないことを理解した。だが、不可能だからと止めないままでいたら、どこまでも飛んでいきそうだと思うほどに危うくて。
悠陽はそんな言葉を言い訳にしながら、武の頬に手を当てた。
そして、どこまでも悲しそうに。それでいて、愛しいものに触れるように。
儚げな笑顔のまま、“私だけではないのでしょうが”と告げた。
「多くは望みません。ただ……ずっと、忘れないで欲しいのです―――其方が死ねば悲しみ、大声で泣き喚きたくなる者がいることを」
明星作戦の後に其方の訃報を聞いた時のように、死にたい程に悲しくなると。泣きそうな顔で告げる悠陽の言葉を聞いた武は、何も答えられず。悠陽はその様子を前に、苦笑しながらも一歩だけ下がり、深々と頭を下げた。
「最後になり、無礼になりますが―――白銀中佐に礼を。其方の活躍のお陰で、色々なものが助かりました」
民が、国はもちろんのこと、政威大将軍だけでなく。
困った時に駆けつけてくれた友達に向けて、と悠陽は顔を上げ、武の双眸を見ながら真摯に告げた。
「そなたに、心よりの感謝を―――ありがとうございます、タケル様」
「………終わったな」
最後まで抵抗していた市ヶ谷駐屯地が降伏したのが、13時35分。それから事後処理に追われていた武は、最速で仕上げなければいけない処理が終わった後に、ため息をついていた。
「二人が全治三ヶ月、か。死人が出なかったのは良いことだったけど」
今回のA-01が受けた被害は、本隊で敵増援の足止めをした舞園舞子と高原萌香の二人だけ。骨折に裂傷という小さくない怪我を負ったが、死者は出なかった。
207B分隊の方は、美琴が鎧衣課長の件で国連軍のMPから事情聴取を受けているが、これも問題はないと武は判断していた。実際に、美琴は情報を何一つ持っていないからだ。
これで完全とは言い難いが、損失は無しとなった。武はその事実に喜びながらも、今ひとつ納得が行っていなかった。
(………悠陽のこともなー。失敗した、とは思ってないし後悔をするつもりもないけど)
少し先走り過ぎた、と言われればその通りだ。武は反省しながらも、別の方法は無かったんだけど、とも思っていた。
(……でも、まあ、自分勝手だよな。だから悠陽の言葉は……あれはどういう意味だったんだろう)
口付けは親愛の証か―――と武は思ったものの、流石にそれはないか、と逃げに走る自分の思考を押し潰した。
(やるだけやっといて逃げる、とかいうのは無責任で、駄目だ―――つまりは責任を取れ、ってことか? あるいは、死んで欲しくなかったからか)
キスも含めて、暗に告げられたのだろうか。記憶にあるかぎりはアレも初めてだったようだし、と武は考えながらもはっきりしないなと呟き、虚空を見上げていた。頭の中がぼんやりしているな、と他人事のように自分を見つめながら。
(切り替えが上手くいかないんだよな……原因はわかってるけど)
終わっていない、と思う自分が居るからだ。この先のことはともかくとして、佐渡島ハイヴで起きた一連の出来事の説明が無いのが、引っかかっていた。何がどうなってBETAが上陸したのか、それをどうやって予測できたのかが分からないままでは、終わったと断言できないのではないか、と内心で考えていたからだ。
そこに、武を呼び出す基地内放送が鳴った。武は急いで立ち上がると、放送の内容に従い、通信室へと駆け足で向かった。
「っ、先生!」
「早かったわね―――待ち人からの通信よ」
夕呼の言葉を聞いた武は、通信室のモニターに映った人物に向けてその名前を呟いた。
「え―――た、崇継様自ら報告する、んですか?」
『ああ。介六郎は忙しくてな―――いや、冗談だ。まずは其方達に礼を告げたかった』
崇継は武と夕呼に向けて、感謝の言葉を示した。二人はそれに少し驚くものの、こちらこそと謝意を告げた。
「そちらが上手く迎撃しなければ、根こそぎ引っくり返されてました……でも、何がどうなっていたんですか?」
『……ふむ、抽象的な質問だな。聞きたい事は分かっているが』
その説明は介六郎に任せる、と崇継は告げると後ろに下がった。部屋を出る音も聞こえる。代わりにとモニター先に現れた真壁介六郎は、小さく息を吐きながら経緯を端的にまとめると、と前置いて告げた。
『崇継様はお忙しいのでな……さて、切っ掛けを説明するが、半ば偶然だ―――米国の目論見に気づけたのは』
「……え?」
『最初から話すぞ。発端は武の双璧であるお二人を帝都から離すために、とその口実を探していた時にまで遡る』
介六郎は城内省の信頼がおける者と相談し、帝都から離れなければいけない理由を作っていたという。二人が残れば、帝都内で起きる戦闘は激化する恐れがあった。そのため、事前に仙台か、最前線に近い基地へと移動してもらう必要があった。
『可能性だけで良い。ただ、後に虚偽だと発覚すればややこしい事態になる。それで私は、先の間引き作戦に目をつけた』
武の象徴である二人を動かすには、その力が必要だからという理由を用いるのがもっとも自然だ。そして、クーデター前において、明確な敵はBETAのみとなる。そこから介六郎は第16大隊も参加した佐渡島ハイヴに溜まったBETAに対する間引き作戦から、その口実を作り上げようとしたと説明した。
『懸念事項がある、というだけで良い。あくまで一時期だと主張すれば、後はどうとでも誤魔化せる』
クーデター後は“煩い老人方も少なくなっているだろうから”と介六郎は裏で告げながら、説明を続けた。
『そこから、作戦時の撃破数を改竄して伝えようとした。今回決起した帝都守備隊が不穏であることは、御二人もそれとなく気づいていた。それに加えて一部の陸軍にも、という情報を添えれば、ひとまずの説得力は産まれると考えたからだ』
そこで気づいた、と告げる介六郎の顔は苛立ちが含まれていた。
『見抜いたのは、城内省の白鳥女史だ。協力を要請した際、帝国陸軍、本土防衛軍の各部隊の撃破数をまとめてもらったのだが……数の並びを見るだけで、確信したそうだ。数字に人の手が加えられている事に』
並の人間でも、そうであると事前に確信していなければ気づけなかったレベルで、撃破数が改竄されていたという。
『見せられても、皆目分からなかったが……数字を誤魔化そうとした時に産まれる特徴があったらしい。そこから看破したそうだ』
「見るだけで、って………よく気づけましたね。やり手だ、って事は母さんから聞いてましたけど」
『崇継様も感心されていた。改竄しようとして改竄に気づいた、というのはどういう皮肉だ、と苦笑されていたが』
ともあれ、と介六郎は話を続けた。
『普通であれば、大きく誤魔化す必要はない。ミスであれば、気づいた。その隙を突かれた訳だ……女史が居なければ、と思えばゾッとする』
武は流石は、と介六郎が珍しくも称賛する言葉を聞きながら、白鳥なる人がどういった人物かを思い出していた。新兵に対する不用意な後催眠暗示の導入を反対していた者としても知られていた、ある意味での有名人物だった。
ただでさえ武人の矜持のために、と研究が遅れているのに、必要に駆られてあたら若い命を散らせるような無責任な行為を認められるものかと、大陸で実戦を経験した斯衛の軍人と一緒に、上層部―――当時は各家の壮年の者が大半を占めていた―――に、真っ向から反対したという。
『ただでさえ10年前から続くデメリットもあるのにな………と、話が逸れたな』
「……いえ。ただ、その……10年前って、今思えば」
武は帝国軍内部にも一部の影響を及ぼした、
「……試験的に軽い暗示を受けていた人達まで、急に暴れ始めたんですよね。訳の分からない事を叫びながら」
陸軍、斯衛を問わず、全ての人間がそうだった訳ではない。あくまでほんの一部の人間だけだった。だが、中には優秀だった者も居た。煌武院家の当時の傍役に近かった者達も居たのだ。それが、あの時に悠陽と冥夜が公園に避難した原因でもあるという。
(10年前………1991年。G弾が実用化されたのも、確か………?)
自分への記憶流入が7年前の、1993年。公園での出会いも。平行世界からの記憶を受け取った時期と重なるけど、と武は考えた所で首を横に振りながら、話を続けましょう、と告げた。
『ただの事務方のミスか、と精査をしたが……故意であると白鳥女史は断言した。そして改竄を確信した我々は、その下手人と目的を推測した……後は分かるな?』
「はい。この時期ですから」
犯人は米国の手の者。だとするのならば、その狙いは。
『もっともされて嫌な事は―――そう考えると、一つしかなかった』
間引きが足りず、佐渡島ハイヴのBETAが侵攻をしてくる可能性が高まる。そうなったとして、何時にその事態が引き起こされれば、日本は追い詰められるか。そう考えた第16大隊は、敵を騙すにはまず味方から、という理由で極秘裏に動いていたという。
『かの国に、次なる手を打たれてはたまらないのでな……だがいくら我々とはいえ、単独で全てを相手取れる訳ではない。被害を覚悟で迎撃、という事も可能だったが、それだと米国の思う壺になる』
そして、次に行ったのは最前線における戦力の確認と、信頼できる将校への接触。決起軍に同調しない、防衛線を守るだけに努めている猛者達へ連絡を取る事と、どのような装備が配備されているのかを確認した、と介六郎は告げた後に、おあつらえ向きなものがあったと口元を笑みの形に歪めた。
『クーデター後の佐渡島ハイヴ攻略作戦に向けて、極秘裏に其方達が電磁投射砲を前線に運びつつあるのは知っていた。それを利用した、という訳だ』
「……結果的には助かりました。でも、あれは……その」
『……言いたいことは分かる。実戦では、その反動を抑えるために土台として充填剤を使う予定だったそうだな』
新型の電磁投射砲は威力と射撃可能回数が上がったものの、固定部―――足元への反動が従来のものより大きくなってしまう。場合によっては地面へのアンカーだけではスっぽ抜けてしまう恐れがあったからだ。その対策として、篁祐唯が開発した小型戦術機に充填剤を運搬させ、即席の土台で投射砲を固定しよう、という方法が考えられていた。
だが、今の前線にはどちらも運び込まれていなかったはず。視線でそう告げる武に対し、介六郎は苦虫を噛み潰したかのような顔で答えた。
『其方が懸念する通り―――約半数の電磁投射砲が破損した。ハイヴの攻略には、間に合わない可能性が高い、とのことだ』
核となる部分は頑丈に作っていたため、更にBETAが上陸するという事は起きなかったが。
ハイヴ用の切り札となるものの半数が壊れてしまった。その報告を受けた武は、少し考え。その横から、夕呼が告げた。
「いえ………必要経費だった、と考えるべきでしょう。こちらの許可なく運用した事も、結果的に破損した事も、当然の代償だったと考えます。どちらも問題視するつもりはありませんわ」
極秘裏に運び込んだため、責任の所在は書類や根回しによってどうとでも出来る。何より効果的に運用されたことにより、絶対の危機を乗り越えることができたのなら、と考えている夕呼は特に咎めるつもりもなかった。
「上陸阻止と殲滅が最優先、という意見は全面的に同意します。更には、BETAの迅速な撃破という付加価値も無視できないものがありますから」
報告を受けた国内の士気は高まっているようです、という夕呼の言葉に、介六郎はそうだろうな、と同意を示した。危うい所を一発逆転、というのは混乱も産むが士気も上がる。予想外の連続により、不安定になった心が一気に上向きになるからだ。
『プラスマイナスゼロ、とまではいかないが……事後処理は任せよう。後はこちらの事だな』
介六郎はそう告げると、作戦に至る経緯について補足をした。決起直後に、紅蓮と神野の二人に改竄の結果と、米軍の企みを教えたこと。
陸軍の尾花、真田という信頼できる指揮官には、事前に信頼できる衛士を集めておいてくれ、と電磁投射砲の件も含めて伝えたこと。
漏洩すれば逆手に取られる恐れがあるため、帝都城の内戦が始まる前までは部下にも説明は控えておいてくれ、と伝えたこと。
「……合理的ですね。帝都に戻った所で、時間的な事を考えれば残党の掃討しかできないですし」
『其方の邪魔をする訳にもいかなかった、と付け加えておこうか………実際に、よくやってくれた』
「はは……耳が痛いです。イレギュラーが多すぎて、っていうのは言い訳になりますけど……まあ、何とかなりました」
綱渡りだったが、最終的に十分な結果は得られた。ただ、と武はキースの件について伝えた。今回の一件を含め、ソ連でのG元素研究施設急襲までキース・ブレイザー個人が起こした事で済まされる恐れがあることも。
『切り捨て、か。CIAらしいと言えばらしい強引な手段だが……インフィニティーズの小隊長まで、とはな』
だが、実際にその可能性の方が高い。米国も馬鹿ではないのだ。こちらが読んで対策をしたように、事前にこちらの狙いを読まれてもおかしくないのだ。
今回のクーデターの1件に加え、ソ連への施設強襲の映像と共に、日本、ソ連、大東亜連合、欧州連合を巻き込んで表向きは共同歩調を取った上で米国にその責任を追求し、国際的に孤立させる―――と見せかけて助け舟を出した上で、オルタネイティヴ5派の勢いを削ぐ。
それが武達の仕掛ける“一撃”だったが、キースの切り捨てによりその目論見は破綻しつつあった。欧州その他も、国の大元に刃を突きつけられるという保証がなければ、仮にでも共同歩調を取ってくれないかもしれないからだ。
『今回の件を逆に利用した、か………あるいは切り捨てる土台を作ったとも考えられるな……それで、キース本人の方はどうだ?』
「……勾留していますが、手出しはできません。ウォーケン少佐が許さないでしょう」
ウォーケンの様子から、武は少なくともこれ以上の死人は出さないつもりだろう、という内心を予測していた。
今回の一件の裏で何が起きているのか、諜報機関が何を仕掛けたのか、という事をウォーケンはそれとなく察している。だが米国の人間であり、部下である者達を勝手な判断で処分するつもりはないし、その権限も自分は持ち合わせていないという、規律に厳しい軍人としては真っ当な行動に出るつもりだと。
『……ウォーケン少佐、か。懐かしい、と言うには間違っているが』
「言いたくなりますね。体感では……3年ぐらいですけど」
介六郎が苦笑し、武もまた複雑な笑みを零した。夕呼は二人の様子を見て、ああ未来の―――と呟いた後、表情を変えて考え込んだ。そしてぶつぶつと呟いた後、武に作戦中の事を問いかけた。
「白銀……ウォーケン少佐は、最後の戦闘でアンタに協力する姿勢を見せたのよね?」
「え? ええ、そうですけど……なんか、俺のジョークがツボにはまったようで」
「……経緯はどうであれ、信頼は得ている。なら、取れる策があるかもしれないわ」
オルタネイティヴ5を一撃で葬りさる方法は不可能に近くなったけど、という夕呼の言葉に、介六郎が「そういう事か」と口元を歪めた。
『外が無理であれば内から―――国内の反G弾派を煽るつもりか』
「ええ。幸い、少佐はまだこの基地に残っています……そして、あんたは最後に会う約束をしているそうね?」
「………そこで夕呼先生が作ったバビロン災害のレポートを渡しながら記憶を思い出させる、って寸法ですか。でも、少佐がこちらの思惑に乗ってくれるかどうか」
『試してみる価値はある。少佐はあの災害で妻子を失った、という情報もある故。それを思い出せば、自ら精力的に動かざるを得ないだろう………国を守る軍人という立場が、そうさせる』
似たような境遇の者達を見つけ、連鎖的に勢力を増やせる可能性もある。そう告げる介六郎に、夕呼はG弾を推奨する派閥もダメージを受けているだろうしね、と付け加えた。
今回のCIAの狙いは、殿下を暗殺して日本の政情を不安定にすること。舵を取る者が居なくなれば、臨時政府をどうとでも出来る、と考えた上での行動と考えられた。
臨時政府から約束と違う、と迫られても逆に脅し返せば良いと判断したのだろう。代わりに日本を導ける存在はいなくなる。五摂家の誰かが政威大将軍になっても、暗殺されたという事実は変わらない。その後に“悠陽殿下を暗殺したのは次代の将軍の陰謀だ”、という噂を流せば。あるいは、今回のような強引な手法を使えば、どうとでも出来ると考えている可能性が高かった。その上で横浜基地が潰れれば“詰み”だ。逆転の芽は全て潰されてしまう。
(それでも、強引過ぎる……反対意見はあったはず。それを押し切って敢行した挙句、全て失敗に終わった―――無茶をした反動は必ず出る、ってことか)
その影響と反対派の勢力を強くすれば、米国に全てのG弾を破棄させるまで行かなくても、第五計画派の立場や発言力を低く出来る可能性は高い。
『―――ひとまずは、以上か。そちらは任せよう。香月博士も、ご体調にはお気をつけて』
「……なに口説いてるんですか、真壁中佐。崇継様にチクりますよ。っていうか俺への心配とかは?」
『副司令に心を配るは、人類の叡智を象徴する大事な身であるが故に。アホだが無駄に頑丈な―――G弾の只中に在っても死ななかった者の心配をするぐらいなら、畳の目の数を数えていた方が有益であると確信している―――それでは、帝都でまた会おう』
介六郎は鼻で笑って、通信を切った。武はそれから少し呆然としていたが、ため息をついた後、夕呼が居る方向に振り返った。
「……なんていうか、あんまりな終わり方でしたが」
「ひとまずは次に繋がった、という事ね………ひとまずは良しとしましょうか」
「ウォーケン少佐への接触の事ですか? まだ成功してないですし、早合点は良くないと思ってるんですけど」
「根拠も無く言ってる訳ないでしょう」
夕呼はウォーケンの反応を分析した結果を告げた。言葉のやり取りだけで、少佐があそこまで協力的になったとは思えない、と。
「詳しくは分からないけど………何か、特殊な会話でもしなかった?」
「えーと、ですね………そういえば、指揮権の話をする時に………」
異なる軍の指揮権をどうするか、という会話をした時だ。武は何を参考にしたかを思い出し、あ、と呟いた。状況判断や面子といった言葉運びは、JFKハイヴに突入した時のものを引用していた、と。
「……それかしらね。無意識にでも協力的になった原因は」
遠回しに告げたお陰で、そのものを思い出すことは無くなった。ただ、敵に回した時の脅威など、思考の片隅に平行世界の影響があるかもしれない、と夕呼は分析していた。それだけではない、CIA自体が今回の件で少し拙い立場に追い込まれる事も説明した。
CIAは家族を人質に戦災難民を強引に動かす方法を取ったが、それより米国軍内部に不和が生じる可能性が高い、ということ。市民権を持っている者、居ない者の比率を考えると、持っていない方の者を―――難民出身の者の意見は、あまり無視できないものになっている。
ひっくり返せるほどではないが、少なくない難民出身者の事を考えると、今回の手段は問題視される可能性が高いように思えた。
特にイルマは、後催眠暗示をかけられてまで。騙す形で暗殺者に仕立てられたという情報が広まると、派遣軍の中に不信感が広がってしまう。そこから国内に居る難民達も―――と事が発展する可能性もあった。
「ただでさえユーコンでテロが起きているのに、ですか」
「そうね。狙いはそれるけど、許容範囲に収まるんじゃない?」
「……意図的ではなかったけど結果的にはオーライ、ですか」
武は疲れた顔でため息を吐いた。
「悪くない、ってのは頭では理解できるんですが……モヤっとします。なんていうか、予想外が積み重なり過ぎてませんか?」
当初の想定外の連続で、偶然上手く嵌っただけのような。そう告げて悩む武に、夕呼は肩を竦めながら答えた。
「それが現実だ、っていう事でしょうね。でも、新しく学べた部分はあるわよ」
「……どのへんが、ですか?」
眉をひそめる武に、夕呼は可笑しそうに答えた。
「私達は全てを思い通りに出来る神様のような存在じゃないって事と―――読み損ねてもフォローをしてくれる誰かが居るってこと」
思い上がりも甚だしいとは考えないけど、と夕呼は腕を組みながら告げた。
「この国を……ひいては世界を守ろうと戦っているのは自分達だけじゃない。それが実感出来た、っていうのは………まあ、収穫だったと言えるわね」
肩の荷が軽くなったみたいだわ、と夕呼は呟き。
武は、少し考えるも、小さく頷きを返した。
「そう言われれば……そうかも、ですね。俺も、肩の荷が下りるとまではいきませんけど、楽になったような」
「早いわよ、207への説明が残ってるんでしょ?」
「ですよね」
冥夜とか委員長とか慧とか壬姫とか美琴とか冥夜とか、説明責任とか隠していた事とか説明責任とか。
武は目前に見えた修羅場と、そこで起きるであろう悲劇を思い、盛大に肩を落として猫背になると、重たく憂鬱なため息を吐いた。
後編へ続く