Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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32話 : 誘蛾の如く

 

刀が鞘に収められた時に鳴る、甲高い音。それを耳にした男は一人、銃火と剣戟と共に来た道を、今度は平穏無事な様子で戻っていった。歩みは遅くも早くもなく、ただその方向に迷いはなく。

 

その歩みを止めるかのように、一人の男が往く道を塞いでいた。

 

「―――何のようだ、霧島中尉」

 

「怒るなって、尚哉……それで?」

 

「……榊是親はこれにて死んだ。相応しい末路だろう」

 

尚哉は腰元にある刀に手をやり、僅かに上げた。祐悟はその様子を真正面から見た後、尚哉の服に着いている返り血と、随伴している者達に視線を向けると、ため息をついた。

 

「……そうか。この後は、予定通りに?」

 

「ああ。着替えた後に声明の発表だ……色々と知らしめる必要がある」

 

尚哉の言葉に、周囲に居た面々が集まってきた。ついに、とうとう、ようやく、と色々あるが総じて興奮と期待に満ちた声だった。

 

それを諌めるかのように、尚哉は静かな声で告げた。

 

「落ち着け。これは始まりにすぎない……それに、スパイが橘操緒だけであるという保証もない」

 

「そう、ですね……しかし、あの女狐め」

 

会の衛士が舌打ち混じりに吐き捨て、同調するようにあちこちから声が上がった。

 

「とんだ食わせ物だ。まさか、ずっと我々を騙していたとは」

 

「そうだ。明星作戦で受けた屈辱を事を忘れたのか、あの女は」

 

「……よせ。事が露見する前に摘発できた以上は、些事に過ぎん。あとは処理を終えた班から撤収だ」

 

尚哉は騒ぐ同志達の声を収めた後、窓の外を見た。日中だというのに冷え込みが激しく、黒い雲に覆われている空を眺めながら、告げた。

 

「雪が降る……白く、気高い雪が。その降り注ぐ先が、汚泥と欺瞞に満ちた上層部であってはならない」

 

静かに、決意を感じさせるそれは腰にある日本刀のようだった。それを聞いた周囲の者達が、表情を引き締めた。

 

「奸賊の榊が言っていた言葉も気になる。我々が踊らされているなど、どの口が言うのか」

 

尚哉の声に、同意の声が応えた。いずれも国政を思いのままにした首相、閣僚に対する怒りの声だった。

 

根底にあるのは、積み重ねられた不信感だ。大陸派兵による兵の多大な損失、光州作戦で起きた国連軍による失策の責任を、将兵からの信頼が厚かった彩峰元中将に取らせたこと、京都防衛戦での米軍や国連軍の怠慢に、一方的な条約の破棄。あまつさえは、恥知らずにも日本に戻ってくるどころか、類を見ない威力を持つ新型爆弾を無断で投下し、まだ戦っていた多くの将兵を消滅させた米軍に対し、強い態度での交渉を行わなかったこと。

 

それだけではない、戦略研究会は色々な情報を得ていた。政府の一部高官や軍の将校の何名かは、BETAの戦火が及んでいない外国との交渉を行い、その財産を秘密裏に移しているという、卑しき者達の下劣な行いまでも。

 

徐々に高まっていたのだ。最初は不満だったが、積み重なって反感へ。反感から疑念へ、疑念から拒絶へ。上層部に対する負の感情は、ついに起爆する段階まで高まってしまっていた。帝国本土防衛軍の帝都守備隊全てを覆い尽くすまでに。

 

それを主導する男は―――沙霧尚哉は、集まった者達の顔を見回しながら、宣告した。

 

「この国を蝕む賊、亡国、売国の徒はこの機会に全て一掃する。先人達が命を賭して守ってきたこの国の民を、誇りをこれ以上汚させないためにだ……霧島!」

 

「臨時政府とやらが居る場所にも、人員は配置済みだ。むしろあっち側にこそ消さなきゃならん類の愚物が多いからな……殿下を差し置いて動くような阿呆どもばかりだ」

 

祐悟の言葉に、尚哉が頷き。そのやり取りを見ていた者達は、見直した、とばかりに祐悟の方を見た。祐悟は先日までとはまるで異なる、いかにも憂国の烈士らしい顔をしながら尚哉の方を見ると、尚哉がその視線の意図に気づいたかのように頷いた。

 

「急ぐぞ……声明の発表を優先する。民に要らぬ不安を抱かせるべきではないからな」

 

夜明けへと向かう第一歩、それを知らしめるために。

 

信念がこめられたその言葉に、その場に居た全員が整った動作で敬礼を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界は、人の望みに関係がなく動いていく。地球が誰に命じられて回っている訳ではないのと同じように。誰もが勝手に、自らの望むままに動いていく。時には動きがぶつかりあい、時には一つの方向に向けての大きな流れとなっていく。

 

その流れの中で、人間は何を成すべきか。そのために何を捨てて、何を拾い活用していくべきか。香月夕呼は20を越える年月の中でずっと考え、対処してきた。流れに飲み込まれず、ある時には流れに便乗して進んできた。

 

その才女は、戦略研究会から出された声明を―――今目の前で、テレビ越しに自らの考えを発表している男の言葉を聞いている途中で、思考を切り替えた。

 

中央作戦司令室の中で、次々と入ってくる情報を耳から脳に刻みながら。声明の中に聞くべき価値があるかどうかを見出す姿勢から、その言葉尻を捉えて、どう利用して活用すべきかを考える指揮官としての自分を前面に出した。

 

(白銀から聞いてはいたけど、成程……()()()()()()()()

 

反発する理由が分かったわ、と夕呼は小さなため息をついた。

 

夕呼から見た白銀武は、無欲な改革者だ。何より望むべきは日本を、世界を守ること。そこに自分の名声や名誉を見出してはいない。ようは、世界を救ってくれるのならば誰だって良いのだ。人がBETAに喰われなければそれで良いという考えを持っている。

 

戦略研究会は、それを持っていなかった。声明の内容は主に現政府への不満と、殿下に国政を任せるようにしろ、という望みを突きつけるものだけだった。

 

(任せた後にどうすべきか、その具体策を持っていない……せめて自分たちの手で信頼できる政治家や軍の将兵を用意して、佐渡のハイヴを攻略します、というのならば、ねえ?)

 

それが有用なものならば、成程聞くに値するものだったのかもしれなかった。だが憂国の烈士を名乗る研究会が謳っているのは、とどのつまりは“他人任せ”だ。

 

難民となった日本人に対し、十分な衣食住が提供できていないと非難する。天元山に戻った民間人を強引に連れ戻した事に対し、意志や権利を尊重していないと責め立てる。国民を守るという崇高な使命を守っていないと、訳知り顔で語っていた。殿下が国政に携わっていれば、そんな事は無かっただろうと嘆いている。

 

―――どこまで本気何だかと夕呼は内心で呟きながら、呆れていた。

 

そして、信じたくはなかった。

 

魑魅魍魎が跋扈する政治という世界で生き抜き、日本の国政を任せられる立場を勝ち取った榊是親がその程度の輩だと本気で信じている者が。様々な問題に対し、誰にとっても最善な対処を出来るものならば迷わずやっているだろうと、そんな事も思い浮かばない者が、こうまで多くの兵達の信頼を勝ち得ているという事を、認めたくはなかった。

 

「殿下に任せれば全て上手くいく、ねえ? ……神様か何かと勘違いしているのかしら」

あるいは、自分たちの力を信じられなくなった愚か者か。例え死しても、と考えているのだろうが、夕呼だけではない、今のまっとうな軍や高官にとってはそれこそ冗談ではなかった。感情ではなく、数値を見て嘆くのだ。貴重な兵力が失われていく事に。対ハイヴに使える戦力が減り、この国が追い詰められていく様に。

 

榊首相は、BETAが齎した危機に必死で立ち向かっていた。第四計画を守るために、国連や米国を相手に上手く立ち回っていた。BETAに対する具体的な方策を持っていたのに、それを知ろうともしなかった者達に殺された。

 

皮肉というにも整っていなく、滑稽と笑うには酷さが過ぎる。そんな現状を、夕呼は小さく笑うだけで済ませた。

 

「―――厄介な事態だと思うが、これも想定済みかね副司令」

 

「ええ……想定の内です。偶然にも太平洋艦隊が近海にまで来ている事も含めて」

 

夕呼は基地司令であるラダビノットの質問に答えながら、日本も、と呟いた。

 

「首相、閣僚が不在になった後の臨時政府の発足も早すぎます……そこまでかの国の手が及んでいるとは、考えたくありませんが」

 

「もしそうであった場合は、米国の意向を受けた後の臨時政府の対処速度で判明するだろう……通常、安保理の承認には時間がかかるものだが」

 

帝国の戦力だけで事態の解決が難しいと判断した米国が、偶然にも近海を彷徨っていた艦隊から、増援部隊の派遣を要請する。それが迅速に受け入れられた結果から、クーデターの部隊は無事鎮圧される。後はそれを貸しとして強調し、臨時政府がそれを受け入れれば、米国が日本国内で好き勝手をする口実になる。

 

つまりは、第四計画は完全に封殺される。夕呼もラダビノットも、それを受け入れられる筈がなかった。

 

「こうなった以上は、全て仕込みだと考えて動いた方が良いでしょう。どこまで介入してくるかは不明ですが―――」

 

夕呼が言葉を続けようとした所で、オペレーターから声がかかった。内容は来客。至急に、と基地に来た人物は、先々月以来の来訪となる国連事務次官だった。

 

「……司令」

 

「突っぱねる訳にもいかんだろう。それに、彼は話が出来る人物だ……国連においては貴重な事にな」

 

この状況で国連の申し出を頭ごなしに拒否すれば、国連に交渉能力無しとして、米国が独断で動く口実にもなりかねない。そう告げたラダビノットは、新たに部屋に入ってきた人物を横目で見ながら、告げた。

 

「……嵐の中心に居る者、か。アルシンハが白髪混じりになって老け込んだ理由が、ここに来て理解できたようだ」

 

「ええ。暴風を追い風にできるかどうかはともかくとして……疲れますからね」

 

夕呼にしては珍しく、冗談が混じった苦笑を零し。ラダビノットも同様の苦笑を一瞬だけ零した後、表情を司令のそれに戻して、告げた。

 

「以降、私の許可は必要ない。副司令自慢の鬼札だ、好きに動かすといい」

 

ラダビノットの声に、夕呼も副司令の顔で了解と答えると、司令室のスクリーンを見た。その整った双眸に、帝都の中心部を覆うクーデター軍の赤いシグナルが映っていた。

 

そうして数時間後、米国からの増援部隊受け入れの報があってから間もなく、第四計画直轄の秘密部隊であるA-01に所属する全衛士に対し、集合せよとの命令が下された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……全員揃ったな。では、状況の説明から始める」

 

整列するA-01の衛士達の前に立っている部隊長のまりもが、書類を片手に帝都を取り巻く状況を説明していった。途中で榊首相他、閣僚が暗殺されたという情報に約2名の顔色が変わったが、それに気づきつつも、まりもと補佐の樹は隊員達への情報の伝達を優先した。そして一通りの説明を終えた後、書類から顔を上げたまりもがA-01の先任達に視線をやった。

 

「この状況下だ、戦力を遊ばせておけるような余力はない……任官前のB分隊も含めて動くことになる」

 

まりもの声に、先任達から了解の声が唱和され。ただ、という言葉と共にまりもはB分隊から離れ、一人立っていた武の方を見た。気になっていた先任の数名が釣られて視線を移し、その中の一人だった風間祷子が「白銀教官」と小さく呟いた。

 

「……発言を許可した覚えはないが、まあいいだろう。本日付けでA-01に配属された。B分隊の指揮官として動いて頂くことになる―――白銀中佐だ」

 

まりもの声に、武は一歩前に出ると、敬礼をしながら自己紹介をした。

 

「白銀武中佐だ。年齢は今月16日に18歳となる……207衛士訓練小隊と同じだな」

 

武は無難な紹介をした後、敬語や無駄な敬礼は不要な事を説明した。中佐という立場なのにどうして、と疑問が含まれた視線が集まったが、樹からの「香月副司令と同レベルの変人だから」という言葉に納得を見せた後、深く頷きを返した。

 

「状況が状況だから、腕の方はおいおいとな……それでは、各自即応態勢で待機。命令あるまで、大人しくしておけ……以上、解散!」

 

まりもから号令が出された後、A-01の10数名はそれぞれに動き出した。武は自分に注目が集まる事を感じていたが、それよりも、と青白い表情をしながら早足で去っていく二人の背中を見た。

 

どちらを追うべきか。武は一瞬だけ悩んだ後、慧の方を追うことにした。故人に対する感情を整理できていない状態にある千鶴よりも、どう動くか分からない慧の方を優先した方が問題が大きくならないと考えたからだった。

 

(それに、マハディオから光州作戦における義勇軍の話を聞いたらしいんだけど……あれから様子が変になったからな)

 

時折だが観察されるような視線を感じた武は、その原因についても探るつもりだった。そうして追いかけた先でB分隊が座学で使っていた部屋に慧が入るのを見た武は、すぐにその後を追って部屋に入った。

 

そこで、分かっていたとばかりに待ち構えていた慧を見た武は、驚き。慧は、思い詰めた顔で、懐から一通の手紙を取り出した。

 

「……読んで、欲しい」

 

「……いいのか?」

 

主語を省いた問いかけだが、慧の思い詰めた様子を見た武は、小さく頷きを返されたことから、手紙を受取るとすぐに読み始めた。

 

内容は、平行世界の記憶にある通りのもの。一通り読み終えた武が顔を上げるのを見た慧は、震える声で話し始めた。

 

「最初は……意味が分からなかった。もしかしたら、っていう思いはあったけど」

 

「………そうか」

 

「だって、おかしい。こんな状況なのに、防衛線を削るような行為なんて……本末転倒にも程がある。お父さんだって、死んでないのに」

 

「……ああ、その通りだ」

 

「光州作戦の事、色々と聞いた……当時の“彩峰中将”が何を考えていたのか、推測だけど、って言われたけど色々と教えてくれた」

 

光州作戦の後、必ず起こるであろう日本侵攻の先まで考えた中将の考えを聞かされた、と慧は語った。日本を含めた世界を見据えた上での決断だったと。大東亜連合内の動きまで考えたんだろう、と教えられたマハディオ・バドルの言葉はあまりに既知の外にあるものであり、手に入れられる情報や考えるべきもの、背負っているものの途方もない重さと広さに、自分の視野がいかに狭かったかを痛感させられたのだと、素直な感想を口にした。

 

「正しいとか、間違っているとか……言葉だけでなんて、とうてい済ませられない。でも、階級と立場から背負うべき責任の意味を知った……なのに」

 

「……いや、そう思うのは無理もない。狂気の沙汰だからな」

 

時節の挨拶の後は“言葉は無力”に繋がり、“閣の如く”という普通は使わない文字を用いての“集う”という現況を示す説明を経て、“無念を晴らす”、“義憤に燃ゆる魂を見守り給え”という言葉で完結するだけ。

 

武は主観を取り去り、常識に照らし合わせるなら、と前置いて告げた。

 

「佐渡島の脅威を取り除けない自分たちの無力と、上層部に戦力増強を掛け合っても上手く行かない日々。そこで、戦略研究会という超党派の勉強会だろ? 人は国のために、国は人のためにっていう信念を持っていた中将に倣い、衛士が集まって戦術とかを研究、開発していく……って取るのが普通だ」

 

「……どうして、そう思ったの?」

 

「中将がクーデターなんて望む訳ないからだ」

 

武は即答した後、苛立ち混じりに吐き捨てた。

 

「そもそもの原因が政府じゃないってのは……京都防衛戦から関東防衛戦まで参加してた衛士なら、分からない筈がないんだけどな」

 

「……敗戦の原因は、政府や上層部だ、っていう言葉は耳にするけど」

 

「表向きはな。負けた原因を上に擦り付けようって気持ちは誰にでもある。それぐらい悔しいからな……でも、それを信じ切ったら駄目だろ。負けたのは“俺たち”なんだから」

 

無念に嘆くのは誰でもある事で、一時の言い訳として上に文句を言うのはストレス発散の手段としては普通だ。

 

そこで自分の責任を忘れなければの話だが、と武は舌打ちをした。

 

「……ご丁寧に、“慧心”だって? 何を思ってかは知らねえけど、彩峰まで巻き込む気かよ、糞が。この手紙を持ってきたっていう大東亜連合の奴らも怪しいな」

 

「え……」

 

いきなりの死角から来る推測の言葉に、慧が硬直し。

 

武はアルシンハという男を思い出しながら、断言した。

 

「この手紙は危険過ぎる。見方を変えれば、クーデター幇助の手紙にもなりかない。今の日本の情勢を知っている元帥が、こんな真似を許す筈がないからな」

 

「日本国内の情勢、って……」

 

そこで、慧はハッとなって呟いた。

 

「父さんと尚哉の関係を、軍が知らない筈がない……私と尚哉の関係も」

 

もしかして泳がされていた結果が、と慧が呟き、武は頷きを返した。

 

「実際の所、帝国軍内部に溜まっていた不満とか上層部への反発心は限界だったからな……それだけの事を上層部が強いてきた、って背景もあるけど」

 

特にこの基地の扱いについては、と武は呟きながらも、だからこそ夕呼先生が色々と交渉して部隊を動かしてきたのに、という言葉は内心だけに留めた。

 

「ぶっちゃけると、いつ爆発してもおかしくない状況だった……でも、問題は別にある。賛同者の多さと展開の速さだ。米国の増援部隊を受け入れた事もそうだけど……不自然なまでに展開が早い」

 

「……まさか、全て画策されていた?」

 

「本人に自覚があるかどうかは分からないけどな……いずれにせよ、俺たちが黙って見ている訳にはいかない。いずれ、出撃の命令が出されると思うけど」

 

武はそこで慧を見据えた。慧は視線を僅かに逸すと、自分の掌を強く握りながら呟いた。

 

「……最後まで迷惑のかけ通しだったね。仲間にも、教官にも」

 

「は? いや、どういう意味だ」

 

「だって……裏切られる可能性が高いのに、出撃させる訳にはいかない」

 

主犯と親しい衛士を、この局面で出撃させるのは有り得ない。そう暗に告げる慧に対し、武は笑顔で答えた。

 

「却下だ」

 

「……え?」

 

「神宮司少佐も言ってただろ? こんな大事な時に、貴重な戦力を遊ばせておく余裕なんてないってな」

 

「でも……その手紙が送られてきたのに、って……!?」

 

慧は指差し、口を開けたまま固まった。

 

―――びりびりと遠慮なく手紙を破く武の姿を見て。

 

「な、なにをして……しょ、正気!?」

 

「当たり前だろ。で、こんな多方面に迷惑をかけるもんは破って捨てて燃やしてお終いだ。誰も得しないんだからな。あ、処理しとくから封筒もくれ。散らばると拙いし」

 

慧は困惑の極みに至ったものの、言われるがままに封筒を渡した。武はそれを受け取ると、破片にした手紙をいそいそとしまった。

 

「はい、これでひとまずはオッケー。あとは、彩峰の意志次第だ」

 

「意志って……何を? 私がちゃんと対処していれば、手にかけられた人達は助かったのに、今更……!」

 

「だからこそだ。死んだ人は生き返らない。これは絶対の、覆らない真理だよな」

 

今更と嘆くのは必要な儀式だと、武は思う。だが、それを許される立場なら、という思いも持っていた。

 

「なら、次だ。あのシミュレーターを経験した衛士なら分かる筈だぜ? それも、第二段階の第二ステージであの選択が出来た奴らなら」

 

見捨てるか、助けるか。いずれにしても命がけで、取り返しが付かない選択。慧はそこまで思い出すと、俯きながら呟いた。

 

「弱音を、愚痴を、迷っている間に手遅れになる……だからこそ」

 

「仲間と相談して、一刻も早く一緒に立ち向かうべきだ。逃げたいってんなら別だけどな」

 

責任を感じて辞するのか、責任を背負って立ち向かうべく努めるのか。慧は暗に示された二択を前に、黙り込んだ。

 

戦いたい、というのが本心だ。だが、今更どの面を下げてという思いがあった。これ以上迷惑をかければ、仲間にまで要らぬ疑いがかかると。

 

そこで、気づいた。尚哉が直接手にかけた人を―――榊千鶴の父親のことを。

 

(……死者は生き返らない。だから、千鶴は二度とお父さんと会えない……それが分からない筈が、ない)

 

なら、千鶴は今どんな心境なのか。落ち込んでいる事に間違いはなく。

 

そこで、厳しい訓練で鍛え上げられた慧の思考は、その次の段階にまで及んだ。

 

(平静を保てない衛士が、実戦でどれだけ危ういのか……それだけじゃない、もしかしたらみんなまで)

 

実戦は予測が付かない。シミュレーターで繰り返したとして、その全てを網羅できる筈がない。そんな様々な状況に対処するには冷静な判断力が必要で、それが出来ない者から死んでいく事を慧達は学んできた。

 

そして1機の撃墜に連鎖して、周囲の者達が巻き込まれていくのはままある事だ。

 

(私は“それ”をシミュレーターで体験した……あれが、実際に起きるのなら)

 

慧はそこで、希望的観測を捨てた。相手が人で精鋭であればと考えれば、分かるのだ。そんな隙こそを突くべきであると、迅速果敢を求められる突撃前衛という立場にある衛士の経験が、そう語っていたから。

 

「……でも、いいの? 背中を気にしながら戦うことになるよ」

 

そこだけが不安だった慧は、素直に尋ね。

 

武は、肩を竦めながら答えた。

 

「大丈夫だ。俺は背中にも眼があるからな……っていうのは冗談だ。冗談だから、もしかしたら、っていう顔をするな。で、気を取り直してだが……別に、信じてねえ。ただ、中将の事を知ってるだけだ」

 

「……お父さん、の?」

 

「ああ―――俺たちが所属する第四計画。この人類の希望を守るために、作戦の責任を負って退役してくれっていう無茶な要請に迷わず頷いてくれたっていう―――尊敬すべき人の姿を知っているから」

 

何もかも上手くなんていかないのが現状で。身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれなんて、実行できる者の方が少ない。ましてや中将まで上り詰めた程の軍人だ。そこまでに得た信頼、実績を全て捨てて見通しも不明な計画のために犠牲になってくれなど、狂者の物言いだというのに。

 

「言っとくけど、今のは秘密な? これバラしたの露見したら、マジでヤバイことになるから」

 

「……分かった。本当かどうかは置いておく……白銀が義勇軍に所属していた事も」

 

「ああ、頼んだ………って、おい」

 

武は冷や汗と共に慧の方を見た。慧は、やっぱりと呟きながら、武の両目をじっと見た。

 

「私はまだまだ若造だけど……実際に戦った相手と、映像で見せた衛士の動きを見間違えることはない。特に瀬戸大橋でのことは印象に大きかったから」

 

慧は、瀬戸大橋の事をマハディオに話しながら、最後に単独で動いていた衛士の事を尋ねた。マハディオは意味ありげな顔で俺じゃないと答え、慧はそこから推測するに至り、今のカマかけで確定した、と告げた。

 

武はそれを聞くと、観念したように肩を落とした。

 

「それでも、早々に結論が出せるようなもんじゃないだろ……」

 

「うん……でも同僚に鉄大和、っていう衛士が居た事も聞いていたし」

 

「……覚えてろよ、マハディオ。でもまあ、そういう事だ……俺にも秘密にしている事はあるってだけの話だな!」

 

「つまり……手紙の件と尚哉との関係もそれだけの話だ、って事? 少し……強引過ぎると思う」

 

「割とそんなもんだ。なにせ本物の天才が主導する第四計画だぜ? ―――クラッカー中隊や欧州の最精鋭から、国内のVIPのお子様方が集まるんだ。細かい事を気にしてたらハゲるぞ」

 

「うん。流石に、禿げたくはない………から」

 

慧は呟きながら、武に近づいていった。手を伸ばせば喉にまで届く距離に。武はそんな慧を見下ろしながら、疑問符を浮かべていた。

 

「えっと……どうした?」

 

「ん……ちょっと」

 

慧は、武が手に持っていた手紙をつまんだ。

 

武はまたまた首を傾げるも、つままれるままに、慧に手紙を渡した。

 

慧はそれを受け取った後、胸に抱き。少しした後に、武に手紙を返した。

 

「……なんだ、今の謎の儀式らしきものは。それをすれば焼きそばパンの配給量でも増えるのか」

 

「違う……でも、色々と分かった事がある」

 

「なんだ? 俺にはさっぱり分かんねーけど」

 

「うん……あと、新しい事に気づけた」

 

「……それは?」

 

武が尋ねると、慧は小さく笑いながら、答えた。

 

 

「―――白銀って、バカだったんだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかしい………あそこは感謝する所だろ。バカとか言われるような事をした覚えはないぞ」

 

一人納得がいかない、と呟きながら武は自分の機体へと向かっていた。確認がてら、近くにあるB分隊の機体と、その近辺に居るかもしれない隊員達を探すために。

 

だが、それは突然の連絡により中断となった。

 

急ぎ駆け込んできた壬姫が大声で告げた、基地の周りに帝国軍がやってきたという報を受けたから。

 

近くでそれを聞いていた冥夜と純夏は頷きあうと、急ぎハンガーの外へと走って向かった。武もため息の後に走り出し、二人に追いついた後、そこで同じ光景を目にした。

 

「これは―――完全に包囲されているな。クーデター部隊ではなさそうだが……な、武御雷まで!?」

 

「白に、山吹まで……?」

 

「……これが帝国の意志なんだろうな。他所でヤンチャしてるアホどもが、ウチのシマでも好きなことやらかすつもりなら相手になるぞ、っていう」

 

努めて軽く、ややガラの悪い言葉を選びながら武は状況を説明した。主に純夏が理解しやすいように。

 

「うん………だからだね、クーデター部隊の方だけを優先しないのは」

 

「二正面作戦になるけどな。でも、この規模を見ると……多分だけど、第二次防衛ラインの戦力も削ってるな」

 

「……間引き作戦が行われた直後、というのもあるだろうが、普通ではない。やはり、そこまで警戒すべき対象だと思われているのだろう」

 

「今のこの情勢ならBETAよりも、ってか。同じBETAを敵とする人間どうしなのにな……敵の敵は味方に限らず、ってか」

 

「ああ……だが、珍しくはないのかもしれない。目的が同じであっても、重んじるものが違えば道を違えることもある」

 

「違えた人を一方的に傷つけて良い理由にもならないけどな―――っと」

 

武は気配に気づいて振り返り、遅れて冥夜が続き、最後に純夏が背後を見た。

 

そこに、異なる服を纏う衛士の姿を見た。いずれも同じ、帝国斯衛軍仕様の強化服だが、それぞれに色が異なっていた。

 

そうして振り返った3人の中で、純夏は山吹の強化服を纏う衛士を見て驚き、冥夜は赤の強化服を見るなり憤り、武は白い強化服を着ている者に訝しんだ後、その顔を見てまさか、と呟いた。

 

「えーっと……間違ってたら、悪いんだけど」

 

久しぶり、でいいのか。そう告げた武に対し、白の強化服を着ている女性衛士は、複雑な表情で答えた。

 

「間違ってはいないわ……お久しぶりね、鉄大和殿」

 

「その名前は捨てたから、今は白銀武って呼んでくれ―――山城上総中尉」

 

「って、やっぱり唯依ちゃん?」

 

「……相変わらずだな、純夏。そして、貴方が」

 

混沌とした場に、ただ純粋な熱があった。

 

その中心に居る御剣冥夜は珍しくも怒りの表情を顕にしたまま、赤色の強化服を纏う月詠真那に対して、感情のままに一歩、前に進んだ。

 

「っ、何故だ……よりにもよって、傍役の其方が!」

 

怒りのままに息を吸い込んだ冥夜は、悲痛に叫ぶように問いかけた。

 

 

「どうして、真那だけではなく―――殿下の傍に居た真耶が、この場に居るのだ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――同時刻、基地から離れた戦術機を搭載する航空母艦の中。

 

猛禽の名前を持つ黒き機体に乗り込んだ衛士の中でも、一番高い階級を持っている米国陸軍衛士は、訝しげに“新入り”の衛士を映像越しに睨みつけていた。

 

「……私は今の日本人のように楽観主義ではない。ハイヴを前にして防衛ラインを崩すような愚か者ではない」

 

「ええ……そうであって欲しいとは願っていますね」

 

「そうだ。そして、良い仕事をするには、色々な方面での納得が必要だと思うのだが、どうかね」

 

「ああ、それはこちらも同感だ……いえ、同感ですよというべきでしょうか」

 

「どちらでもいいが、迂遠さは排除すべきだな。そのあたりをどう思っているのか、是非聞かせてもらいたいものだ」

 

 

そうして、視線を強めた隊の指揮官は。米軍対日派遣部隊の指揮官を命じられた男は、そんな精鋭の自分でも勝てるとはとても断言できない、急遽配属されてきた新人に向けて告げた。

 

 

「前歴はどうであれ、この隊における上官は私で、それが絶対だ。命令には従ってもらうぞ―――キース・ブレイザー中尉」

 

 

「ええ、勿論。分かっていますよ―――アルフレッド・ウォーケン少佐」

 

 

 

 

 

 

 

 





感想ですが、予測が多かったので注意を。

だいぶ前にも書きましたが、感想は他の人も読むので、
ネタバレにならないように予測感想は極力やめてください。

あと、作者は天邪鬼なので、感想で「生きてるだろ」とか連呼されると
予測を裏切りたくなります。

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