人類は衰退してきました。   作:虚弱体質

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多摩川絶対幸運圏

 問:何故わたしは戦術機のコックピットにいるのでしょう。

 

『――CPより101教育大隊へ。誘引部隊が牽引しているBETA本隊より少規模BETA群の剥離を確認。南南東より接近中、距離3500。A集団、時速75km、戦車級約80。B集団、時速25km、要撃級3、小型種約50。排除をお願いします』

 

 答:今も戦い続けているからです。

 

 

 わたしが目を覚ましてから幾日かが過ぎ、軍附属病院へと後送されて衛士復帰のお墨付きが出た、ちょうどその頃。帝都の陥落と放棄が国民へ向けて正式に発表されました。

 正直な話をいたしますと、わたしや同じく後送されてきた方々は大なり小なり現実という悪夢を直視せずにはいられない状況を潜り抜けていたので、「あー、まだやってたんだ」的空気を醸し出しつつも、その報をあっさり受け入れたわけですが。

 帝都が落とされることなど無いと信じていた方々にとっては、まさに青天の霹靂だったようです。放心、無気力、発作的な自死。一般市民に野火のように広がった不安はそのような形で顕現し、帝国全土に暗い影を落としました。

 今思えば、それは凋落の第一歩だったのかも知れません。

 

 

「101リーダー了解ぃ。

 ……うむ。確認した。総員に通達! 第二が一当てして引き付け、第一は横っ腹を突く。B集団は待ち構えてズドン、以上だ! ひよっこ、復唱!」

 

 

 暦が秋へと変わる頃、近畿を完全に失陥。防衛線はそのまま中部地方までずるずる押し込まれ、それでも帝国は侵攻を止める手立てを見つけられないままでした。

 ――少しでも時間が欲しい。

 軍属がすれ違うたびに交わされていた言葉、それは国防に関わっていた人々の心からの叫びであり、総意でした。故に、もたらされた一報は彼らを文字通り狂喜乱舞させるに十分だったのです。

 

 

『第二が一当てして引き付け、第一は横っ腹を突く。B集団は待ち構えてズドン』

「よし、戦闘配置につけ。この状況下での注意点はなんだ。辻平、答えろ!」

 

 

 長野県境にてBETAを押し留めることに成功。BETA本隊、侵攻停滞。

 

 あの日のことはよく覚えています。普段はニコリともしない鉄仮面の中隊長が破顔しながら男泣きに咽び、遠目に見える帝国軍の不知火が万歳を奉唱する。壊れたままのわたしでさえも、彼らと喜びを分かち合い、希望を覚えるほどでした。

 ですから、翌日のこともよく覚えています。

 

 

「うぇ……。えーと、匍匐飛行の徹底、とかですかね?」

「阿呆、そりゃ基礎だろうよ。いや、ひよっこ共なら注意するべき点ではあるがな……。ふむ、まぁいいだろう。次、高遠!

 あー、第二に通達。距離700で始めるぞ、以上」

 

 

 規模不明のBETA群による急襲を受け、佐渡島、陥落。

 

 少なくともしばらくは安全だろうと目されていた場所への、電撃的な強襲。日本海の底から湧き上がるかのように出現した異形の群は、決死の覚悟で抗戦する防衛隊を瞬く間に押し潰し、住民の大部分には逃げる暇すら与えませんでした。 

 そうして二日と経たずに無人島へと変じた佐渡の地に、まるで引き寄せられるかのように雲霞の如く群がりはじめたべーたさん。その動きは停滞したと報じられたはずの本隊にまで拡がり、僅かながらの希望はあっという間に消し飛ばされてしまいます。

 ですけどこの惨禍ですら、ただの前触れにしか過ぎなかったのです。

 

 

「第二リーダー了解。中隊、マーカーの地点まで移動だ。ひよっこ共、跳ぶなよ、走行でだ。副長、よく見張っておいてくれ、いいな」

「209。了解です」

 

 

 ――偵察衛星の情報より、大佐渡山地中部にてハイヴ主縦坑の建設を確認。現時刻を以ってこれを甲21号目標と呼称する――

 

 帝国には、ひとつ心当たりがありました。

 ハイヴが建設される前兆として、侵攻してきたべーたさんが目的地近辺に集結、待機するという現象。以前から密やかに言われていたそれが、一連の出来事においての真相だったとしたら。基地ですれ違う誰もが、出来損ないの人形の様に虚ろな表情をしていました。

 絶望で動きを鈍くした帝国に、更なる凶報が舞い込みます。

 

 米国が日米安保条約の破棄を宣言。

 

 正に寝耳に水。

 けれども、ハイヴ確認からさほど時を置かず届けられたその報告は、放心していた帝国首脳を目覚めさせる切っ掛けでもありました。

 政府は一方的に行われようとしていた在日米軍の即時撤退に無理矢理捻じ込み、その行動を全面的に援護する代わりとして、砲弾、その他補給物資の相当数の供与を確約させたのです。従米外交の象徴として槍玉に挙げられることの多いこの行動ですが、日米の力関係から言って反対しようと押し切られるのは明白でありますし、それよりは遥かに有意義な行動だったんじゃないかなーと、わたしは考えています。賛同を得られることは無いでしょうから、口には出しませんけどね。

 余すところなく食い荒らされ、べーたの巣と化した佐渡島。そして、尚も集結しようとする忌まわしき群れの数々。帝国軍はべーたさんへの憎悪と米国への怨嗟を燃料に、毟り取った弾薬を昼夜問わず陸海宙これでもかと注込み、そして、誰もが切望していた時間を捻り出すことに成功するのです。

 

 

「つーかおやっさん、もう少し条件絞んないときつくないっすか、それ」

「あら、少佐はわざと意地悪してるんですよ、きっと」

「ふ、須田さんそういう趣味だったんですか」

 

 

 たったひと月。ですが黄金にも代え難い貴重なひと月でした。

 

 

「おいおい、人聞きが悪いな。まったく、ゆっくり教官気分に浸らせてくれてもいいだろうに。

 まあ、あれだ。この戦闘は誘引部隊が目の前を横切る中で行われるわけだ。それを留意してということだな」

 

 

 軍の再編、兵站の整理、防衛線の再構築、軍施設の移設、非戦闘員の避難誘導、第一帝都防衛網の強化、第二帝都仙台の制定と政府機能の分割移転に伴い発生した雑務等々等々。片付けても片付けても仕事は増えるばかり。新米衛士のわたしですら、書類の山と格闘しなければいけないほどでした。この書類を戦術機の上からばら撒いて、その上突撃砲で薙ぎ払えばどれだけ気持ちの良いことか! そのような妄想を何度もしたものです。

 一方、辛うじて均衡を保つ前線の空気は、日々緊張を増していきます。

 重慶、鉄原両ハイヴからの増派が未だ続いていたのです。長野付近に居座る本隊への間引きは、そりゃもう盛大に行われていたんですが、それでも彼らは佐渡島ハイヴへ割り当てた数を埋めるかのように、じわりじわりと着実にその数を増やしていきました。

 いつ来てもおかしくない。楽観は許されざる贅沢でありました。

 

 

「第一02。BETA本隊を刺激せずに目標を倒すことでしょうか」

「ふむ。高遠、もう少し具体的に言え」

 

 

 初冬、侵攻再開。

 ――京都防衛戦再び、だな。

 中隊の先輩衛士が零した言葉です。

 一進一退、上越、西関東を主戦場に激しい戦闘が繰り広げられました。怒涛の如く押し寄せるべーたさんに対し、極限まで最適化された防衛網は驚異的な粘りで第一帝都東京を守り抜き、一群の侵入すら許さず。

 ただ、それだけだったのです。

 鉄壁の守りを見せる首都圏以外は蝕まれるように、いえ、べーたさんなんですから齧り取られるように、でしょうか。じわりじわりと陥落していったのです。それは先輩の言う通り、舞鶴、大阪を失ったが為に多方面からの圧力を捌ききれず、撤退せざるを得ない状況になった京都の、まさに再現であるかのようでした。

 

 

「第一02。BETA本隊は戦術機部隊によって砲撃予定地に誘引されています。小規模のBETA群がこちらに向ってきたところを考えるに、我らは既に捕捉されているはず。不用意に行動すれば本隊がこちらへと向きを変える恐れがあります。故にBETA本隊に近づかないよう突撃はせず、飛翔体と認識されて脅威と捉えられないよう跳躍を控え、十分に引き付けて攻撃する必要があると考えます、以上」

 

 

 こういった古兵の勘というのは、全くもって馬鹿にならないものです。

 防衛線を少しずつ縮小しながらも辛うじて侵攻を凌いでいたと思った矢先に、東海地方を気ままに貪り歩いていたべーたさんの一群が、突如明確な指向性を持って一直線に押し寄せて来たのです。その勢いは静岡から海沿いに神奈川までを一気に貫き通し、帝都はもう目と鼻の先でした。

 

 

「あー、正解だ。正解なんだが、少し長ぇよ。通信で長々と喋んな、要点は纏めろ!」

「第一02。申し訳ありません」

 

 

 謎の転進。その日出された報告書には、必ずそう書かれています。

 

 

「ひよっこ共もだ、いいな!」

『了解!』

 

 

 防衛網を喰いちぎったべーた群は、帝都目前で突如転進。再び防衛網を蹂躙してから悠々と伊豆方面へと南下していったのです。

 謎の、転進。

 今聞くと思わず笑いが漏れそうになるんですが、当時は冗句でも皮肉でもなく、皆、至極真面目にこの言葉を使っていました。そう、まるで言葉にしてしまえば恐れていたものが現実になる、とでもいうかのように。

 ええ、認めましょう。わたし達はそれが何を意味するのかを知っていました。経験、してしまっていました。せいぜいが二か月前の話なんです、どう足掻いても忘れられようはずがありません。

 ですが皆が口を閉ざす中、自分から切り出す勇気も無く、しかし言語化する必要に迫られて、他人の顔色を伺いながら絞り出したのがこの言葉だったと、そういう話です。

 

 

『――CPより101教育大隊。A集団、南微東より、速度変わらず、距離1500。B集団、南南東より、速度微増、時速40km、距離2800』

 

「101リーダー。CP、他に向かって来そうなのはいるか?」

 

 

 そして、数日後。

 ――横浜市中心部に縦坑と思わしき陥没地を発見、確認を求む。

 撤退してきた部隊から上げられたこの報告は、すぐに周知のところとなりました。しかし、帝都を守護する重厚な火砲からわずかな距離しか離れていないにも関わらず、軍は手を拱いているしか無かったのです。

 有数の工業地帯である一帯を巻き込んでの大規模な戦闘は、避難が遅れていたという地域の事情と相まって、甚だしいまでの混乱を引き起こしていました。逃げ遅れた人々と集結する軍、それに徘徊するべーたさんとが入り混じり、正確な情報を得ることすら難しいほどでした。

 そんな感じで無為に時間を費やした結果、べーた群の集合からハイヴ建設までをみすみす見逃すという大失態をしでかしてしまうのです。

 

 

『――CP。現在は確認されていません』

 

 

 ――横浜にハイヴ現る。

 唐突ともいえる一報に恐慌を引き起こす市民とは裏腹に、防衛線では誰も彼もが活発に動き回っておりました。絶望のあまり心が麻痺してしまったのか、それとも現実逃避で仕事に打ち込んでいるだけなのか。いえ、きっと心の中で覚悟していたからなのかも知れません。

 第一帝都の放棄、そして仙台への遷都。ただ命脈を繋ぐだけならそれでも良いのでしょう。しかしながら、経済の要を喰い荒らされ、豊かな穀倉を蹂躙され、移設したばかりの工場群を丸々手放して。帝国は再び立ち上がることが出来るのでしょうか?

 帝国の命運がかかった一戦。まさに瀬戸際、命を懸ける場面であろうと誰もが思っていました。

 

 

「101リーダー了解ぃ。

 大隊各員へ、要撃級が顔真っ赤にして突っ込んでくる前にA集団を平らげるぞ。第一、配置はいいな。安川! 第二はどうなった」

「問題ありません、いつでもいけますよ。第二副長、作戦開始まで秒読み始め」

 

 

 けれども、べーたさんというのは人間の意表を突く行動をするものです。

 好き勝手にたむろしていたべーた本隊は突如二つに分かれ、ひとつは手近な横浜ハイヴへ、もうひとつはわざわざ遠くの佐渡島ハイヴへと向かい、ぴたりとその活動を止めたのでした。

 この撤退とも取れる行動について、最後まで帝国軍が抵抗して数を減らしたからだと、後年皆は口を揃えるのですが、どうでしょう、怪しいものです。まるで予定調和であったかのように、全てがすんなりハイヴへと収まったのですから。

 ともあれ、七月から続いた侵攻はこれにて終了。最終防衛線だった多摩川を境に、一種の均衡が成立することとなったのです。

 

 

「209了解しました。距離700まであと……15、――」

「第二リーダーより第二ひよっこへ。使用は36mmのみだ、ばら撒くなよ、よく狙え。その他はどうぞご自由に、だ」

 

 

 さて、困ったのは軍部です。

 ――帝国の興廃この一戦に有り。

 お偉いさんを引きずり出してご大層な訓示を出したというのに、一当てする間もなく相手が居なくなってしまったのです。

 笑い話ですけど、この時、参謀本部では横浜ハイヴへの特攻計画が真顔で話し合われていたらしいですよ? なーんて、あくまで軍上層の暴走具合を例えた笑い話であり、心胆を寒からしめる現実味があったとしても虚構の話なんですが。

 なんですよね?

 とにかく、気勢を上げて振り上げた拳のやり場を探した結果、ひとつの作戦が立案されます。

 間引き作戦。それも将来的なハイヴ攻略を見据えての、絶え間無い攻撃的なものです。それは、やる気を持て余していた軍高官のニーズにぴたりと合致、即座に採用され実施へと移されることになります。

 軍の、軍による、軍の為の、他に類を見ないだろう昼夜兼行ぶっ続けの耐久間引き作戦が始まった瞬間でした。俗に言う“多摩川の眠れない日々”の開幕です。

 

 

「やっさん、なんかオレらの扱い雑じゃね? もっと愛をもって接してクダサーイ」

「ふふ、木田さんが美少年なら少しは考えるんですがね。ほら、うぐいす嬢の声を聞き逃しますよ」

 

 

 その後、語ることは多くありません。

 防衛線は未だ堅持したまま。上層部はハイヴ攻略という目標に向かって勇気凛々意気軒昂、兵士は鬱陶しいまでの熱気に中てられたのか、はたまた慢性化していた睡眠不足のせいで正常な判断が下せなくなっていたのか、大した不満も出さずただただ間引きに注力して。

 冬は終わり春は過ぎ、気付けば季節は初夏。

 そんなわけで多摩川絶対防衛線は、今日も元気に間引きに励んでいるのです。

 

 さて、現実逃避、もとい帝国戦史に思いを馳せるのは終わりにしなければいけません、どうやらお仕事の時間のようですから。

 

「――2、1、作戦範囲に入りました」

「! 攻撃開始! この距離なら鴨撃ちだ、落ち着いて狙えよ。

 副長! ひよっこがいるんだ、攻撃開始ぐらい言え!」

「209、すいません」

 

 あちゃー、怒られてしまいました。さすがにぼんやりしすぎましたか。

 そうそう、申し遅れました。

 只今わたし、斯衛軍101教育大隊、第二中隊副長なんかを拝命したりしているのですよ。えへん。

 ……まぁ、教育の一環として、なんですが。

 

「101リーダーより02高遠、11小隊のひよっこで要撃級を潰せ。120mm、一射ずつだ。外したらお前が始末しろ。12、13小隊はA集団だ。――狙え、今!」

「第一02。了解しました。左方、第一03。中央、第一04。右方、第一05。弾種は通常、各員一射、タイミングは自由。始めてください」

 

 火砲が煌めき、戦車級が次々弾け飛びます。

 戦車級の80程度、普通なら中隊で当たるなんて贅沢にもほどがあるのですが、それも教育ということでしょう。見やれば実戦経験者などは露骨に手を抜いて、まるでクレー射撃でも楽しむかのように。戦場の緊迫感など微塵もありません。

 

「第二副長はA集団残敵確認。02高遠、B集団の距離送れ。要撃級はどうなった」

「第一02。B集団距離1000。要撃級撃破2。残り1は命中するも活動中、いまから射撃に入ります。

 ――命中、要撃級全て撃破」

「209。動体センサーに感。11時方向、数8体。

 ――排除しました、各種センサーに感無し。目視確認に移ります」

 

 ああ、いけませんよ、そんなに弾をばら撒いて。わたしや先輩達は数えるほどしか撃っていないというのに、もうはや弾倉交換している新人がちらほらと。装弾数2000なんですよ、36mmの弾倉って。おかげでA集団は瞬時に蒸発したんですけど、それよりも中隊長がくつくつ暗く笑っているのが気になって仕方ないったら。

 あー、無駄弾撃つなってあれほど言われてたのに。とりあえず彼女らの行く末でも祈っておきましょうかね、南無南無。

 

「よし。第二副長は引き続き確認、掃討。23小隊と、それに21も連れて行け。安川、いつものやつだ、適当なの見つけて記録撮っといてくれ。木田、お前は22で周囲の警戒。他はB集団だ。ひよっこだけでいいぞ、撃て!」

「ふ、ゴキブリ君の観察日記ですね、了解」

「了ー解ー」

 

 陰惨な雰囲気から一転、中隊長は心底楽しげです。

 掃討に出るのはわたしの小隊と、それに中隊長のところも。戦車級というのは至近距離、しかも死骸に紛れている状態だと脅威度が跳ね上がるので、中隊長には真面目にやっていただきたかったんですけど……。無理、無理です。そんなこと言える空気じゃありませんって。がっくりと肩を落として指示を飛ばします。

 大隊長の悪巧みに付き合う時の中隊長には近付くべからず。これも新人達に教えるべきでしょうか?

 

『――CPより101教育大隊へ。BETA本隊が作戦予定地に接近。制圧砲撃開始30秒前、――』

 

「おっと、もうそんな時間か。

 ひよっこ共、傾聴。制圧砲撃中ってのは案外戦術機の事故が多い時間だ。音と振動でセンサーの類が馬鹿になるってのもあるが、なにより安心で集中が途切れやすい。気を緩めるなよ、わかったな」

『了解!』

「よし。教本には書いてねぇが、砲撃中に地中侵攻が進むって言う奴もいる。経験談ってやつだな、とりあえずでいい、覚えとけ」

 

 あー、確かに砲撃中は嫌な時間かも、うるさいですし。

「へぇ~」「あれって振動センサーが馬鹿になるからだって聞いたぞ」「そう見えるだけってか」「でもまあ、面制圧が順調な時に限ってドカンっつーのはよくあるよな」「ああ、確かにありますね。大陸の方でも――」

 古参の兵がひそひそと話し合います。ベテランも思わず食い付く、野外講義は思わぬ方向にも好評のようです。

 そうしてぽつぽつ続いた雑談がいつしか途絶え、背後で坦々と時を読み進めていたCPが砲撃を告げるその直前、大隊長は指示をすべり込ませます。

 

「06辻平、B集団はどうなったか報告しろ」

 

『――――2、1、砲撃開始されました』

 

「げぇっ、このタイミングで!?

 えーと、……闘士級かな、6匹ほど正面から。他は目視出来ません」

 

 雷鳴の如く砲声が轟き、大地は弾けびりびり振動します。

 嫌なタイミングだったのはわたし達も同様です。砲音喧しい中、戦車級の死体漁りなんて好んでやりたい人物がいたら見てみたいものです。センサーは鈍るし、音は聞き取れないし。わたしは戦場の気を感じ取れるわけではないのですよ、ぶつぶつ。

 

「命中少な過ぎんだろ、テメぇら! ひよっこだけで中隊いるんだぞ、6つも撃ち漏らすんじゃねぇ!! 帰ったら外周マラソンだ、わかったな!」

「うへぇ、ご愁傷様」

『……了解』

 

 ――あぶないよー。

 おや、誰かに呼ばれた気がして思わず停止――

 がちがちん!

 死骸の中から飛び上がった戦車級の顎が、メインカメラの前で激しく開閉されます。

 おおう、間一髪。どなたか存じ上げませんが、助かりました! 認識が現実に追いついて、冷汗がドバっと吹き出ます。今のタイミングはかなり危ない所でしたね、立ち止まらなかったら管制ユニットに喰い付かれていましたよ、絶対。

 というか、思わず受け止めてしまったこれ、どうしましょう。

 前肢は千切れ、弾頭の貫通痕も痛々しい戦車級は、それでも元気一杯わさわさと動き続けています。それにしても無駄に歯並び良いですよね、貴方達って。

 え、中隊長。ああ、撮影対象ですか、いつもながらご苦労様……、はい? わたしにこれを捌けと。そんな御無体な。

 

「なんだ辻平、お前も混ざりたいのか?」

「いえいえ、あたしは小隊長ですから、書類出さないとですし」

「ほほう、お前は書類仕事のほうが好みなわけだ。……ふーむ、そうだな。ならひよっこの訓練計画でも出してみろ。98卒、連帯。それぞれ提出だ、いいな」

「第一02了解」

「うえー、了解でっす」

 

 なにやら知らないところでお仕事が増えてるようですが、わたしはスナッフフィルムの撮影以外なら今すぐ喜んでやりますとも、今すぐ! なので早く中隊長を止め――

 65式喰わせてみろって正気ですかあなた!

 

「……209。わかりました」

 

 早く基地に帰りたい……。

 

 

 

「ふむ、終わったな。101リーダーよりCP。A、B集団ともに掃討完了。状況、指示送れ」

 

 迎撃を指示された集団はもはや跡形もなく、こちらの損害はゼロ、傷を負った機体すらありません。

 この程度の小集団が真っ直ぐ突っ込んで来るなんて珍しいことです。成り立て衛士の初陣としては若干物足りない気もしますけど、実地訓練初日だと考えれば最良の部類でしょう。

 

『――CPより101教育大隊。BETA本隊残存23%、依然誘引部隊を追走中。帝都防衛師団戦術機甲連隊他が迎撃予定。

 101担当区域内にBETA反応無し。以後1600まで哨戒任務、以上』

 

 ふむ、どうやらお仕事の追加は無いみたい。なんだかやけに疲れた気がするので、わたしはさっさと帰りたいんです。

 

「101リーダー了解ぃ。

 ひよっこ共、よく聞け! お前らは初陣を生き残ったわけだが、今回は幸運にも死の八分云々言えるような戦闘じゃねぇ、精々が父母同伴のBETA見物ってところだ。本来ならこの程度、小隊か二機連携、単機でも十分な規模だ。自惚れんなよ、いいな!」

『了解!』

 

 確かに仰る通りでしょうけど、単機で当たる場合って負け戦な気がしますよね。弾を出し惜しんでちまちま、増援が来てずぶずぶ、みたいな。ああ、心がくさくさしているせいで、小言までが後ろ向き。

 

「よし。あと十分程度だ、気ぃ抜くな。

 安川、そっちはどうだ。良いの撮れたか?」

「ばっちりです。今回のは自信作ですよ、須田さん」

「よしよし」

 

 両者満面の笑み。

 そしてわたしには、なぜかべーたさんの体液塗れになってしまった愛機の洗浄と、なぜか失くしてしまった65式短刀の手配という仕事が残されてしまったのです。

 ……うふふ、新人共は映像を見て恐れ慄けば良い!

 

 その後は特に波乱も無く基地へと帰投。このようにして正式稼働した101教育大隊の初陣は、無駄に残務を背負ってしまった一名の嘆きと共に、平穏無事に終了したのです。




2013.11.27 ハイヴ建設方式をオリジナル型から分化型へと修正。その他セリフの修正等

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