私が殺した彼女の話   作:猫毛布

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97.決意

 ルアナ・バーネットは人間に成りたかった。

 ルアナと誰かが愛しさを込めて呼ぶよりも前に。

 ルアナと誰かが親しみを込めて呼ぶよりも前に。

 ルアナと彼が名前をくれるよりも前に。ルアナはそう思っていた。

 自身には何も無いと感じていた。名前も無い時代はただ無差別に殺すだけだった。

 誰かの言う、生きるから殺す事も、殺すから生きている事も名前も無かった彼女にとっては意味の理解し得ない言葉だった。

 ただ命令されるがまま、命を散らしてきた。撃鉄を落とし、火薬を炸裂させ、殺すがままに殺しつくした。

 だからこそ、ルアナ・バーネットとなる以前の彼女には何も存在しなかった。

 感情も。

 意志も。

 性格も。

 愛すらも存在しなかった。

 唯一残っていた心はナイフ(・・・)を壊した時に失い、本当の意味で彼女には何も無かった。

 だからこそ、ナイフ(・・・)がどこかで求めていたソレに憧れてみせた。それでも意味が分からないからこそ、彼女はナイフへと成った。そして彼女はルアナ・バーネットへと成った。

 

「本当に君は私の予想を覆すのが好きなようだね」

「楽しいでしょう? 自分の予想が覆されるのは」

「最高な気分だよ。わざわざ左手に怪我までして、君の狙いはドコにあるんだろうね?」

「……別に。アナタの目的と同じよ」

 

 左手に包帯を巻きつけたルアナはゆっくりと息を吐き出して瞼を降ろす。

 自身を数値化したソレを読み取り、自身の考えが十全に働く事を確かめる。問題はなかった。

 

「私と同じぃ? って事は君はいっくんに殺されるつもりかなぁ?」

「……ええ、私は死ぬわ」

「嘘だろぅ? 君がそんな簡易な考えで死んじまうなんて思わない。思えない。考えない。ソレこそ何かしらの策がある」

「…………さぁ、どうかしら?」

「くっふっ。やっぱり君はイイネ。私の考えを読み、私の嗜好を理解し、私に屈しない。本当に、君が普通の子供だったなら、きっと私は君に意識を向けていただろうね」

「それは災難ね」

 

 何度か確かめる様に握り締めた左手を見つめながら言葉を漏らす。包帯には菱形の赤い染みがじわりと広がる。

 

「それで、私のリミッターは外してくれるのかしら?」

「うん、いいよ」

「…………あら、そう」

「うん。君も最期なんだからいっくんと全力で勝負をしたいでしょ? だから、仕方なく、そのリミッターは外してあげよう」

 

 束の手がルアナの肩に触れる。淡い緑の粒子が広がり、同色の稲妻を迸らせ、納まる。

 ルアナはパチクリと瞼を動かし、眉間をコレでもかといわんばかりに寄せて束を睨みつけた。

 

「またそうやってアナタは権利を奪っていくのね」

「おやおやぁ、せっかくリミッターを外してあげたのにその言い草? 私はむしろ与える側だよ」

「不快感を、でしょ?」

 

 一つ溜め息を吐き出した後にルアナは確かめる様に立ち上がり、胸に手を当てる。

 瞬間、背中から淡い緑の粒子が溢れ出し、身体に纏わりいてドレス()へと変化した。

 左右に付けられた雫型の腰部装甲からは粒子がベールとなり広がり、腹部から斜めに掛けられた白いベルトには中身の納まっていないホルスターが装着されていた。

 何度か拳を握り締めたり、手首を返したりと自身を確かめ終わったルアナはまた胸元へと手を当ててドレスを霧散させた。

 

「いやぁ、実に素晴らしいね。まるでお姫様みたいだ」

「……勇者を求めている、という点では否定しないわ」

「じゃあ、ルアナ・バーネット。最期の依頼をしよう。織斑一夏の糧になりたまえ」

「…………言われずとも」

 

 扉から出て行った束を睨み、姿が消えてからルアナは頭を抱える。

 もう戻れない所まで進んだのだ。逃げる事など出来ない。シャルロットを巻き込んだ時点で決まった事ではある。

 けれど、それでもルアナは足掻きたかった。出来る事ならば、簪もシャルロットも攫って逃げたかった。ソレが出来ない理由もあった。

 どれだけ考えていても、逃げる事は出来ないのだ。ソレこそ神様はずっと見ているのだから。

 手に装甲とリボルバーの銃を取り出して、シリンダーの中に収まっている弾を一つ取り出し、回転させる。

 

 カラカラ。

 カシャン。

 

 シリンダーを直し、ハンマーを上げる。落ち着けるように息を吐き出して、顎に銃口を押し付ける。

 祈る様に両手でグリップを握り締め、親指をトリガーに掛ける。

 ハンマーが落とされる。

 

「……最期にギャンブルだなんて、私らしいのかしら?」

 

 苦笑を交えて、ルアナ・バーネットは扉に手を掛ける。

 左手が少しだけ痛み、その痛みを無視する様に口に笑みを貼り付ける。

 

「さあ、イキましょう。私が私であり続ける為に。一夏が一夏であらんが為に」

 

 ルアナ・バーネットは紫銀の髪を揺らし、扉を開いた。

 

 

 

 

 

 織斑一夏は口を噤んでいた。

 医療機具の充実した保健室で横たわる金髪の少女。そしてソレを囲むように沈痛な面持ちをしている仲のいい友人達。

 篠ノ之箒とラウラ・ボーデヴィッヒだけは暗い雰囲気は纏いながらも瞼を落として何かを思案している様ではあった。

 幸いにして生きていたシャルロット。処置を施した人物曰く、傷が深ければ臓器に損傷があった、との事。

 生きている。いいや、生きてはいた。

 シャルロットを傷付けたという事実には変わりなく、ソレがまるで必然だったかの様に語った彼女。ルアナ・バーネット。

 そんな彼女が犯人であるなどと、一夏は言う事が出来なかった。決してソレはルアナを擁護しているからという理由ではない。事実として、ソレを認めたくはなかっただけだ。

 加えて、今にも泣きそうな顔をしている更識簪も聞いている中、彼女と仲のいい犯人の名前を言える程一夏は心を失ってはいない。

 だからこそ、一夏は負傷したシャルロットを偶然見つけた、と言いルアナの事は一切言葉に出さなかった。

 

 こうして沈痛な面持ちの皆を目にしても、やはりルアナの行動の一切が不明だった。

 なぜ。どうして。

 そんな事ばかりが頭に沸いては水泡のように消えていく。

 一夏は時計をチラリと確認して、なるべく音を立てない様に保健室から出た。

 

 ようやく、息を吐き出す。

 

 理由が分からない。けれど、コレをルアナが起こした事は事実だ。認めたくは無いけれど。

 ソレならば、ケジメをつけなくてはいけない。

 友達を、仲間を傷つけたのだから、理由としては十二分に足りすぎている。

 

「一夏」

 

 声に振り返った一夏は自身を怪訝そうに見ている箒を視界に捕らえた。

 箒はその顔を隠すように頭を軽く横に振ってから言葉を繋げる。

 

「アレは、バーネットの仕業だな?」

「…………ああ」

「そうか……」

 

 一夏は肯定した。その肯定に箒は少しばかり目を伏せて何かを思案する様に言葉を漏らした。

 

「それで、今からバーネットの所か?」

「……止めるのか?」

「……いいや。止まる気はないだろう?」

 

 箒の問いに一夏は応える事はない。踵を返し、ルアナの待っているであろうアリーナへと足を向ける。

 その後ろに箒が追従する。その箒へと睨む様に視線を這わせた一夏に対し、箒は溜め息を一つだけ零す。

 

「見届け人は必要だろう?」

 

 今から二人がするであろうソレを見越しての言葉だった。更にその後に「それに、」と付け加えて、迷いながらも喉を震わせる。

 

「一夏が間違わない様に、怒るのは私の役目だからな」

「…………ははっ。そうだな」

 

 IS学園に入学した当初を思い出すような発言に、思わず一夏は笑ってしまった。そっぽ向きながら耳を赤くした箒を見て、一夏の中で張り詰めた何かが解れる。

 何を迷う必要があったのだろうか。分からない事は聞けばいい。それこそ参考書の答えを聞く様に聞いてしまえばいいのだ。

 

「……珈琲のおかわり以外は聞いてくれそうにないかな」

「何か言ったか?」

「いいや。ありがとう、箒」

「ふんっ。勝手に感謝するがいい」

 

 いつかの日を思い出して口元に笑みを浮かべた一夏に対してその笑みがルアナとの思い出である事を理解していた箒は少しだけ拗ねてみせた。

 

「それで、アンタラはいい雰囲気とか作ってどうするのかなぁ?」

「ゲェッ! 鈴!?」

 

 二人の間からニンマリとした顔を覗かせる凰鈴音。ワザとらしく驚いた一夏に対してしっかりと装甲でも入っているのかと思わんばかりの平たい胸部を張り、両手を腰に当てておどけてみせる。

 

「凰来々、なんてね。 それでルアナのところに行くんでしょ?」

「ああ。どうしてこんな事をしたのか聞く」

「そっか。なら私も行くわ」

「いや……」

「シャルロットには簪とラウラが付いてる。だから私は親友さんを一発殴って謝らせる」

「……いや、ソレはどうなんだ?」

「いいのよ、箒。私とルアナの関係なんて最初は喧嘩友達なんだから」

 

 ケロリと笑ってみせる鈴音がその笑顔のまま箒へと詰め寄る。一夏には聞こえないような小さな声で呟く。

 

「それに抜け駆けはさせたくないし」

 

 その言葉に対して目を背ける箒。

 いいや、この篠ノ之箒。一切その様なやましい考えは持ち合わせていない。という建前は決して口から出る事は無かった。

 

「ま、待って下さいませ!」

「あら、アンタも来たのね。泣いてていいのよ?」

「泣いてなんかいません!」

「いや、ハンカチ握られてそこまで目を真っ赤にして、あー、うん泣いてないナイテナイヨー」

「セシリア……」

「わ、(わたくし)も行きます。ルアナさんにもきっと……きっと何か訳があったと思いますし」

 

 何かを信じている様に、けれどソレも不安に包まれているのか視線を下に向けて、言葉を吐き出す。

 頷いて、一夏は連れていく事を決意する。どうせ止めてもくるだろう、なんて事も思考の端で考えてはいたけれど。

 

「……ん? というか、どうして皆ルアナが犯人って知ってるんだ? いや、なんでそんな目で俺を見るんだよ」

「……今まで私はコイツの事を唐変木だのなんだのと言ってきたのだが、ただ単純に壊滅的に察しが悪いのだろうか?」

「いえ、でも極稀にコチラの気持ちを瞬時に読み取って行動している事もありましてよ」

「単なる馬鹿って事でいいんじゃない?」

「おい、箒とセシリアの言葉は聞こえなかったけど鈴の言葉は聞こえたぞ」

「なによ、馬鹿。この前のテストの点数でも言い合う?」

「むむむ……」

 

 何がむむむだ、と鈴音がポツリと漏らして溜め息を吐き出した。その発言に息を少しだけ噴き出した箒が口を指で抑えて顔を背け、セシリアはわからないようで首を傾げた。

 

「じゃあ、行くぞ」

「ええ」

 

 織斑一夏は意志を固めて歩き出した。


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