私が殺した彼女の話   作:猫毛布

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96.人を殺す理由

「篠ノ之箒」

「どうした?」

 

 織斑一夏がとある事情で篠ノ之束に呼ばれた。それは一人での呼び出しであり、彼だけにしか許されない行動を促す為の呼び出しであった。

 その事を知っていたルアナ・バーネットはどこか不満そうにしていた篠ノ之箒に声を掛けた。

 しっかりと名前を呼び、その瞳をしっかりと視界に収めて口を開く。

 

「アナタはまだ一夏の事が好き?」

 

 直球。ど真ん中ストレート。飾りすら何もない問いに篠ノ之箒は目をひん剥いて驚き、顔を赤くして目を逸らした。ストライク。

 何度か、あー、と声を濁して、辺りを確認をした。どうやら周りはコチラを見てはいない様で、コホンと一つ咳を挟む。

 

「ああ、好きだ」

「……そう」

 

 赤らんだ顔で、けれどもしっかりとルアナを見返して言葉を吐き出した。

 ソレを聞いたルアナは自身で聞いたにも関わらず、どこか興味なさ気に呟きを漏らして踵を返す。そして足を一歩踏み出し、袖を箒に掴まれた。

 

「何?」

「いや、何で聞いたのだ?」

「……確認だけ」

「何の確認だというのだ……」

「別に。恋をしている、という事を改めて認識したかっただけ」

「恋? ああ、そういえばお前は更識さんと」

「簪は愛している。恋とは別」

「じゃあ誰にだ?」

「一夏」

「はぁ!?」

 

 箒の声にクラスの大半が箒へと視線を集中させ、その隣にいたルアナにも視線を向ける。

 ルアナは人の好きそうな微笑みを浮かべて軽く手を振ってやり、そんな余裕も無い箒は視線を向けられた事に戸惑いながら声を潜める。

 

「ルアナ、お前は以前一夏とはそういう関係ではない、と言っていたじゃないかっ!」

「一夏が私の事を好きではない、と言っただけで私の感情は言ってなかったと思うけれど?」

「簪さんはどうなるんだ?」

「? どういう事?」

「不誠実だろう」

「……? 簪と一夏は違う」

「………………よし、ちょっと待て。少し纏めさせてくれ」

 

 頭を抱えてそう言った箒を少し可笑しそうに笑いを漏らしたルアナ。

 ルアナは一夏に恋をしている訳ではない。ソレを恋愛感情だと言うのなら、いや不毛な仮定だろう。

 ただ、勘違いをした箒を揶揄しただけ。ルアナとしては踵を返した所で確認は終わっていたのだ。

 篠ノ之箒は織斑一夏に好意を抱いている。恋をしている。

 ただそれだけの確認だった。更に踏み込んだ確認を取ろうとするのなら、ルアナはこう口を開かなくてはいけない。

 「アナタは一夏の為に人を殺せるか」

 そう、問いかけなくてはいけない。

 それをしなかったのは、そうする意味が既に無くなってしまったからだ。決して箒が迷う事もなく即答する、という事ではない。

 

 緩んだ拘束を外し、ルアナは箒に背を見せて歩き出す。

 

「あ、おい待て」

「嫌よ。確認すべき事は終わったの」

 

 ヒラリと伸びた手を避けたルアナは教室の扉を抜けて追って来ない箒を認識してから、足を進める。

 

 

 

 

 

 

 

「あら、ルアナがコッチに来るなんて珍しいわね」

「ちょっと聞きたい事があったから」

「ふーん」

 

 幼馴染と称しても問題なく、親友と呼んでも通じる凰鈴音の前に立ったルアナは篠ノ之箒に問いかけた様に口を開く。

 

「ねえ、鈴」

「どうしたの? ちなみに飴は持ってないわよ?」

「アナタは一夏の事が好き?」

「ええ好きよ」

 

 首を傾げたルアナが言い終わったのが先か、鈴音の方が先だったか。ともかくとして鈴音への問いかけは実にスグ終わった。

 パチクリと瞼を動かしたルアナをニンマリと見つめ返した鈴音。

 

「それで、どうしてそんな今更な事を言ったの?」

「別に、単なる確認」

「私が一夏の事が好きである事の? 恋をしているという事の?」

「どちらかと言えば、後者」

「……ふーん。また何か企んでるのかしら?」

「私は企んで無い」

 

 少しばかり含みのある物言いに鈴音は口に手を当てて何かを考える。数秒程考えて、「まあいっか」と漏らして思考していたことを遠くへと置いた。

 

「一夏が困っていたら助けてくれるかしら?」

「当然よ」

「もしも一夏が間違った事をしようとしたら、止める?」

「ええ」

「そう」

「もう確認は終わった? そろそろ授業が始まりそうなんだけど」

「うん、ありがとう。親友」

 

 面と向かって親友と言われて照れた様に頬を指で掻いた鈴音に微笑んでからルアナは教室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 まるで幽鬼の様に、ルアナは何も考えずに歩いていた。

 ボンヤリと廊下から空を見上げて、雲の動きを見つめた。あの雲の味は、いいや、無味だろう。

 そんなどうでもいい事を思考して、ルアナは足を止めて、クルリと後ろを振り返る。

 

「どうしたのかしら? シャルロット」

「サボりは良くないと思うな」

「アナタもでしょう?」

「ボクはルアナを探しに来たんだよ」

 

 まったく、と息を吐き出したシャルロットをルアナは見つめる。

 

「ねえ、シャルロット。恋ってどんなモノなのかしら?」

「うーん、色々あるけど、やっぱり人を大切に思う事なんじゃないかな?」

「大切に?」

「うん。ほら、恋は盲目。自分よりも大切だから自分を見失うじゃないかな?」

「……そう」

 

 少しだけ考える様にルアナは押し黙る。息を吐き出して、首を振る。

 

「私は愛する事しか知らないから、恋を知る事は出来そうにないわね」

「相手を思うとドキドキしたり、それだけしか考えれなくなったり」

 

 シャルロットの声に苦笑しながらルアナは首を振る。その感情が芽生える事はある。けれど、ソレは世間的には許される事もなく、そして体験する事もない行為なのだ。

 

「私は殺す事でしか、愛を伝える事は出来ないみたい」

 

 弱弱しく微笑んだルアナにシャルロットは何も言えなかった。

 驚きはなかった。ルアナとの行為に愛がなかった、という訳ではない。最初はシャルロットの一方的な依存で始まり、そして互いの存在を認めるだけの、それこそシャルロットとの繋がりを深める様に何度も致したソレに愛がなかった訳がない。

 だからこそ、シャルロットは全てを理解して、微笑んでみせた。

 ルアナの手にナイフが握られる。

 

「ねえ、シャルロット。アナタは私の為に死ねる?」

「うん。ボクはルアナの為に死んであげる事は出来るよ」

 

 だからこそ、シャルロットに恐怖はなかった。彼女の愛が"殺し"だというのなら、ソレを受け止める程度容易い事だった。

 シャルロットの視界に紫銀が揺れ、腹部に衝撃が走る。不思議と痛みはなかった。溢れ出る愛が痛みすら凌駕したのだろうか? そんな冗談を思考できるぐらいにシャルロットは冷静で、そして幸福であった。

 落ちていく意識の中でナイフを握った彼女の手が鮮血に染まっている事に気付き、シャルロットは視線を彼女の顔へと向けた。

 何かを押し殺した様な無表情で、彼女が小さく何かを呟いた。その声がシャルロットに届いた訳ではなかったが、シャルロットは微笑んでみせた。

 

 シャルロットの意識が落下した。

 

 

 

 

 

◆◆

 

「…………は?」

 

 織斑一夏は唖然とした、驚愕した。思考する事も忘れて目の前の出来事を頭の中で何度もループさせた。

 ルアナがシャルロットを刺した。紫銀の彼女の両手が真っ赤に染まり、今も赤い液体を滴らせている事が何よりの証拠ではないか。

 ありえる訳が無い。そんな事は無い。

 目を白黒とさせている一夏に背を向けていたルアナはようやく一夏に気付いたように顔を一夏へと向ける。

 人形の様に美しい顔がニンマリと歪んでいる。

 

「ああ、一夏。居たの」

「る、あな?」

「ええ。どうかしたのかしら? 何かオカシナ所でもあるのかしら?」

 

 自分の身を確かめる様に腕を上げたりしている彼女。彼女の身体にオカシナ所など無い。両手が真っ赤に染まり、白い制服に赤い大輪が咲き誇っている以外。

 一夏の鼻を錆びた匂いが突く。口の中が乾く。舌が上顎にへばり付く。

 

「な、なんで、シャルロットが……?」

「殺しただけよ?」

 

 一夏の頭が鈍器で殴られたように揺れた。

 クスクスとルアナの笑い声が聞こえ、思考が歪む。

 ルアナがそんな事をする訳が無い。ルアナがこんな事をする筈が無い。だってルアナなのだから。

 

「理由が必要なら、そうね。邪魔だったから、かしら?」

 

 相変わらずの笑みを含めた言葉に一夏が顔を上げる。そこには綺麗に笑みを浮かべたルアナが立っている。

 息を飲み込んだ。頭の中が否定する。コレはルアナではない。コレはルアナな筈がない!

 自然と一夏の手には白柄が握られ、顔には真っ白の仮面が現れた。

 対してルアナはその様子の一夏に目を細めて、クスリと笑う。

 

「私とココで戦う事は構わないけれど、早くしないと本当にシャルロットが死んでしまうわよ?」

「ッ」

「そうね。篠ノ之博士がアリーナを押さえているでしょうし、ソコで決着をつけましょう?」

 

 私は逃げも隠れも死にもしないわ、と一言残してクルリと踵を返して歩き出したルアナを攻撃する事はおろか、追うことも一夏には出来なかった。

 歯を食いしばり、何故とどうしてをループさせる事しか彼には出来なかった。

 


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