私が殺した彼女の話   作:猫毛布

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よし、今回の投稿は早いな!(錯乱
次は頑張ります


95.魔女二人、鍵一つ

 織斑一夏にとって朝は嫌いなモノであった。

 朝に人が死んだ訳でもなく、確定した不幸が来襲する訳でもなく、目が覚めると異世界に居て王様から小銭を渡され魔王討伐の旅に出される訳もなく。

 意味らしい意味もなく、織斑一夏にとって朝、つまる所の日常の始まり、というモノは十二分に"嫌い"と区別する事が出来た。

 当然、一夏とてそれを表に出す訳もなく、目が覚めて朝を迎えれば心の奥底で苛立たしさを燻らせて日常へと溶け込ませる。一夏にはその時間が十分にあった。

 

 そんな朝が嫌いである一夏は目を覚ます。苦手という訳でもなく、目覚めのいい彼は思考をゆっくりと動かしながらデジタル時計に視線を向けた。

 いつも目が覚める時間よりも数十分程早い目覚めに眉間を寄せて溜め息を吐き出す。

 このまま二度寝をすべきなのだろうか。

 そんな思考をして身動ぎして寝やすい位置を探し、異物があることに気付いた。

 よくよく感覚を研ぎ澄ませる事もなく、自身の身体に当たる特有の柔らかさ、甘い香り。

 身体を隠しているシーツを捲りあげれば、二つの深い青色と視線がかち合った。一夏はゆっくりとシーツを戻した。同時に頭痛。

 IS学園に入学してから、もっと言えば一夏に羞恥心とその他常識的な良識により爛れた生活から脱してから同衾などしたことは無かった。

 一時期の爛れた生活を思い出しそうになり、一夏は頭の中にIS理論を並べ頭へと血流を送る。

 一頻り落ち着いた所で一夏はシーツを捲りあげて改めて現実を認識した。

 肌色。紫銀の髪。青い瞳。人形の様に整いすぎた美少女。紛うことなく、ルアナ・バーネットだ。

 

「な……何をシテイルノですか? ルアナサン」

 

 数秒程の沈黙を破り、一夏がようやく冷や汗を背筋に流しながら言葉を吐き出した。思わずカタコトになってしまったのは彼女の肌が眩しかったのだ。決して目を離す事は無かったが。

 一夏の問いかけに対してルアナは変わらず無表情で一夏の顔を眺めていた。その瞳に一夏を十秒ほど収めてから口を開く。

 

「あら? 久しぶりの同衾で嬉しいのかしら?」

 

 出てきた言葉、口調で一夏の眉間が更に深く皺を作る。

 

「バーネットか」

「……ええ、そうね。そうだったわ」

 

 一夏が何かを噛み砕いたように言えば、バーネットは少し目を細めて肯定にもとれる言葉を吐き出した。

 

「起きるのに邪魔だ」

「時間はまだあるでしょ。もう少しこのままでいましょう」

「嫌だね」

「いけずね。この身体に沢山吐き出した事もあるくせに」

「……なんで出てきてるんだよ」

「別に、特別な意味なんて無いわ。言うならばちょっとした確認かしら?」

「確認?」

「そう、確認。もう終わった事だからいいけれど」

 

 そう呟いたバーネットは一夏の胸に手を置いて、馬乗りになる。

 カーテンから漏れ出した光を紫銀で照り返し、惜しげもなく白い肌を晒したバーネットはその深い青の瞳で一夏をまっすぐ見て言う。

 

「ねえ、一夏。私、アナタを殺したいわ」

「……知ってるよ。そんな事」

「そうね。アナタは私を殺したいかしら?」

「俺は……生きててほしい」

「……あ、そう」

 

 バーネットは溜め息を吐き出して一夏の上から身体を退かす。

 ベッドから降りて近くに落ちていたシャツを拾いあげて着用していく。

 

「ねえ、一夏。本気で私と戦いましょう?」

「なんでだよ」

「ヒトに成る前に、決着はつけておきたいでしょう」

「決着……って、ん? 今なんて言った?」

「決着はつけておきたいでしょう?」

「そこじゃない。もう少し前だ」

「……あんっ、だめ! 奥まで届い」

「それは言ってないだろ!? 言ってないよな!? 頼むから止めてくれ」

「あら、残念ね」

 

 ニタリと笑みを作ったバーネットが首を振って言葉を吐き出す。一夏にしてみればその『残念』という言葉は二重の意味に聞えたがソレがドチラであるかなんて聞きたくはなかった。

 頭を抱えつつ、一夏は確かめる様に、加えてバーネットが逃げる事の出来ない様に問いかける。

 

「人間に戻るのか?」

「いいえ、ヒトに成るのよ」

 

 否定から言葉を紡がれたが、意味は一緒だ。

 ルアナ・バーネットはヒトに成る。

 その事実だけが一夏にとって重要なのだ。

 

「そうか、そうか!」

「あら、随分悲しそうね」

「悲しいわけあるか! 嬉しいんだよ!」

「……そう。ソレは重畳」

 

 一夏を見ていたバーネットは少しだけ目を細めて溜め息に一緒に言葉を吐き出す。

 喜色満面と言える表情の一夏。当然である、一夏にしてみればルアナ・バーネットという存在がヒトに成るという事は自分の業を和らげる事に違いはない。

 人間からISへと、彼の願いで変換されてしまった彼女がようやく自分の呪縛から解放されるのだ。

 そう考えてから、一夏の背中に冷たいモノが触れる。当然背後には何も無い。

 

 そんな一夏を尻目にシャツのボタンを閉め終わったバーネットは顎に手を置いて何かを考えるように唸る。

 はてさて、ふぅむ。何かを思いついた様で、バーネットはニタリと口を歪める。

 ソレも一瞬の事で次の瞬間には蕩けた様な笑みを作り上げ、頬を少しばかり赤く染めてみせた。

 危険なモノを隠し、絵に描いたような美少女の微笑みを作り上げたバーネットは自身の下腹部に両手を当てる。

 

「ごちそうさま」

 

 小さく呟いた言葉は一夏に届き、バーネットは唇を舌で潤して踵を返す。

 一夏の脳内でカシャンカシャンとパズルが完成していき、喜色に染められていた顔が次第に青くなり、冷や汗が流れ出す。

 

「ああ、この事は篠ノ之箒にも伝えておくから」

「やめろください!」

 

 一夏の叫びも、伸ばした手も彼女に触れる事も無く。ギロチンのロープである彼女は部屋から退出し、死刑宣告にも似た言葉はあっさりと空気に溶け込んで消えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆

 

「いっやぁ、ようやく決心してくれたんだね! ルーちゃんならそう言ってくれると信じてたよ!」

 

 篠ノ之束に充てられた部屋。座り心地の良さそうなソファ。重量感と高級感が溢れる机。棚に並べられたファイル達の背表紙には『箒ちゃん写真集』などと達筆で書かれている。

 部屋の主にされてしまっている束は機械仕掛けの兎耳をピコピコと動かして笑顔を浮かべている。その隣では粛々とクロエ・クロニクルが立っている。

 その対面に立っているのは紫銀の髪であるルアナ・バーネットだ。

 

「……人に成る事に異論は何も無い」

「うんうん。じゃあ、さっそく」

「その前に、条件がある」

「……いやいや、何を言ってるんだい? 君を人間にしてあげるんだから、何かしらの条件を出すとしてもソレは私の方じゃないのかな?」

「アナタの考え方で言えば、ヒトに成ってあげるんだからコチラの条件を飲んでほしい所だけれど?」

 

 ニッコリと笑顔のまま停止した束と変わらずも無表情のルアナ。

 

「ふぅん、まあいいよ。言うだけ言ってみなよ」

「一夏と戦いたい」

 

 ルアナの言葉に束が吹き出した。そのまま笑いへと変化される。

 いつもの様な劇的な笑いなどではなく、小さな笑いだ。

 

「いっくんと? 君をぉ? ナニソレ、面白い冗談だねー。面白すぎて思わず君を分解してしまいそうだよ」

「別にしても構わないけれど、ソレをして困るのはアナタでしょ?」

「別にぃ。君を分解してもしなくても結果は一緒なんだから変わる事はないよ」

「あらそう。ならさっさとすれば?」

「今はしてあげないよ」

「……あらそう。残念ね。お互い」

「うん。本当に、殺したい程残念だよ」

「私はアナタの事を殺したくはないわよ」

「知ってるよ。ルーちゃんがお金が発生しない殺しをしないって事は」

「知っているようで何より」

 

 指で机を何度か叩きながら考えるそぶりをした束は改めて笑顔を作り出す。

 

「ルーちゃんがいっくんと戦って、私に何か得があるのかな?」

「アナタの研究の一つが完了するわ」

「へぇ、実に興味深い内容だねぇ。自他共にテンサイと呼び呼ばれる私の研究課題の一つを運がイイ如きの君が完了出来ると?」

「そもそもその為に私をヒトにするつもりだったのでしょう?」

「さぁ、どうだろうねー。 君がヒトに成らなかったとしても、私にはそれほど関係ない話だったかも知れないよー?」

「ISの移行に用いるエネルギー」

 

 ピタリと束の動きが停止する。

 笑顔すら消え失せ、光の点らない瞳がルアナを映し込む。

 ルアナはそんな束を無視して口を開く。

 

「通常のエネルギー量で移行できるのなら展開装甲なんて、擬似的な移行を起こさなくてもよかったでしょうに」

「あれはアレで良い物だよ。それこそエネルギー効率を考えればね。 それで? 君は移行……いいや、進化と言った方がしっくり来るんだろうね。ソレを人為的に起こす事が可能だと?」

「ええ。 尤も、最初にソレを使うつもりだったのはアナタだった筈で、私はソレを勝手に置き換えただけ」

「…………なるほど、なるほど。私とは終着点が別だった訳だ」

「あら、これだけしか言ってないのに察しのいい事」

「そもそも私と君は望む結果が違うかったからねー。必然、過程も変わる。まあ結論は一緒だったのが滑稽極まりないけれど」

「本当に。こんな二人に魅入られているなんて、酷刑極まりないわね」

 

 互いに呆れた様に溜め息を吐き出してみせ同時に口元に笑みを浮かべる。

 

「じゃあ、舞台は私が用意してあげよう。なんせ憎悪なる君の頼みなんだ、棺までも用意してあげようか?」

「親愛なる束博士の頼みなら仕方ないわ。棺の数はアナタと私の二つでいいのよ?」

「ああ、なら親愛なる君の為にスズランを墓に添えてあげよう」

「憎悪なる束博士の為に鬼灯の花を沢山入れてあげるわ」

 

 互いに笑い合い、軽快に言葉を交わしている。その近くにいるクロエ・クロニクルが僅かに震えていることに関しては触れずにおこう。

 

 

 

 




>>下腹部を両手で抑えて
>>ごちそうさま
 食べる、という表現は男性から女性ではなくて、女性から男性に対して使う者だとげふんげふん

>>IS進化論
 【白式】の二次移行での出来事を鑑みて立てた仮説。
 先に進んで、というよりはラスト近くで一応触りだけ書く予定デス。
 当然、展開装甲に関しては捏造。
 『特殊なエネルギー』を用いなかった場合の擬似的、というか出来損ないの進化。尤も、テンサイたる束博士の手である程度の形を保ってる……という設定。

>>結論、過程、結果
 結果は一緒。過程は別。結論は語り手によりけり

>>親愛
>>憎悪
 親愛 ⇔ 憎悪

>>スズラン
 毒

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