私が殺した彼女の話   作:猫毛布

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コントンコントン


92.アナタの願いを叶えましょう

「はいはーい! みなさんお久しぶり! 私だよ!」

 

 きゅるるん(はーと)なんて付きそうな程の愛らしさを供えてソレはIS学園へとやって来た。

 臨海学校でテンサイに会っていた生徒達はあの"ニンジン"を思い出し眉を顰め、ソレを知らない他の生徒達は「コレがかの天才か」と尊敬の眼差しを送り、そしてソレに密接に関わっている、というよりは肉親である篠ノ之箒がもうどうしていいかわからなかった。ともかくとして、篠ノ之箒の顔が恥ずかしさでいっぱいになっている事は確かであった。

 

「あ! 箒ちゅあぁあああん! 私だよぉ! 束お姉ちゃんだよぉ! いつもみたいにラブラブチュッチュッしようよぉ!」

「変な誤解を招くような事を言わないで下さい!」

「あばっ」

 

 箒により投げられた竹刀の鍔が綺麗に回転をして束の頭へと命中した。少しだけ赤くなった額を擦りながらも笑顔の束は改めて周りを見渡す。

 

「えー、コホン。 改めまして、篠ノ之束です。こうしてIS学園に来たのは色々と事情があるのですが、ぶっちゃけ隠遁生活に飽きたって事とココには肉親である篠ノ之箒がいたからに他なりません。ソレぐらいしか理由がないです!」

 

 そう言い放った束の頭が横に揺れる。何かが恐ろしい速度で彼女の頭を撃ちぬいたらしい。

 どうしてだか指を銃の形へと変えて輪ゴムを構えている織斑千冬。果たしてどうしてだろうか。さっぱりわからない。

 

「たぶん、スグに出て行くだろうけど。ま、よろしくね! ちなみに私に話しかける時はある程度の理解を以ってして話しかける事をオススメしておくよ」

 

 一年生諸君、ならびに臨海学校での事件を噂で聞いた先輩諸君は「理解ではなくて覚悟、もしくは遺書を持ってではないだろうか?」という疑問が心に浮かんだ。浮かんだだけで決して口には出さなかったが。

 

 

 

 さて、篠ノ之束がIS学園へと就職した、というよりは座敷童的に住み着いたという報せは国境を越えて全国へと飛び立った。

 今まで何もしなかった神様が地上へと降り立ったのだから、研究者各員はIS学園へと問い合わせ、そして拒絶を言い渡された。IS学園が拒絶した訳ではなく、神様とも言える篠ノ之束自身が拒絶したのだ。

 『IS学園に居るのは都合がいいからであり、コアの作成、及び技術を学園に渡すつもりは無い』という言葉。勿論、織斑千冬(翻訳機)を用いた言葉であるが、その翻訳機こそ地上最強の二つ名を自ら捨てた異端で、そして不動の称号にした女である。

 『えー、なんで君らに技術を渡さなきゃいけないのさー。面倒極まりないなぁ』なんて言葉を綺麗に纏め上げた彼女の手には胃薬が持たれていたのだが、ソレはもう終わった話だ。

 

 束がIS学園へとどうした来たのか、様々な噂が飛び交う中、同じ苗字を持つ篠ノ之箒は珍しく疲れた様に机にうつ伏せになっていた。

 胸に付着した豊満なバストが潰れているが、そんな事も気にならない程度には疲れきっていた。

 

「大丈夫か? 箒」

「……篠ノ之束がIS学園に来た理由は知らんぞ」

「いや、そんな事は聞いてないぞ。というか、俺もあの人のハチャメチャさは知ってるからな」

「……ああ、一夏だったか」

「相当疲れてるんだな」

「姉さんが来てからずっと質問責めだ。しかも先輩方だぞ?」

「あー……」

「適当に処理して逃げればいいじゃない」

「バーネットは年功序列という言葉を……」

「年上に『お姉様』扱いされていた私が知ると思う?」

 

 しれっと言ってのけたルアナに箒の溜め息。一夏は肩を落としてルアナの発言に頭を抱えている。

 

「ルアナさんは篠ノ之博士がどうしてIS学園にやってきたのか知っているのですか?」

「さて、どうかしら。予想は出来るけれど……」

「予想?」

「…………断定できない事を言うのは嫌いよ」

 

 そう言って自分の席へと戻るルアナ。五人はお互いの顔を見合わせて首を傾げたが、その疑問を追及するよりも先に教室の扉が開いた。

 

「席に着け。授業を始めるぞ」

 

 いつもの様に冷たい声を伴って教室へと入ってきたのは織斑千冬である。いつもの様に教卓へと出席簿を置き、その冷たい瞳で教室を見渡す。

 一年一組の生徒達に衝撃が走る。各自目を見開いて、現実を疑う。

 千冬の額に張られた白い物体。解熱用に用いられる高冷却シート。よく見れば彼女の顔が何処と無くやつれた様な気がしないでもない。

 そんな中、一名だけが肩を震わせて、口から笑いを出さない様に手で塞いでいる少女、ルアナ・バーネット。

 

 おいおいマジかよ。冷静で知られる皆のお姉様織斑千冬があろう事かそんなモノを装着して授業に来るのかよ。

 

 そんな笑いに満ちた思考をどうにかやりくりして笑いを抑えつけようとするルアナ。そんなルアナと静まり返る生徒達の様子に気が付いたのか千冬が口を開く。

 

「どうした?」

「ぶはっ」

 

 我慢の限界だった。

 静まり返る教室にたった一人の笑いが響き、苦しそうにどうにか笑いを抑えこんだ少女が目に溜まった涙を指で拭う。その姿を訝しげに見ていた千冬に向かって少女は額を指でコツコツと叩く。

 千冬が自身の額へと手を伸ばし、触れる。溜め息を深く吐き出して額に張られたソレを取り外してゴミ箱の中へと放り込んだ。

 瞬間に彼女の手から黒い何かが放たれた。そう、長方形で薄い、けれど硬い……出席簿という武器が放たれたのだ。

 

「さて、今日の範囲だが」

「大丈夫?」

 

 はたして額に出席簿が命中して椅子から転げ落ちているルアナが無事であるかは放置して授業は進む。

 

「ちょぉぉっと待ったぁ!」

「……今日は教科書の153ページから」

「ちーちゃんちーちゃん! 束さんは無視されると暴れちゃう兎さんなんだよ?」

「じゃあ、今日は天災であるこの畜生兎が授業をしてくださるそうだ。その間私はこの畜生がやって来た事で面倒極まりない業務を振られているのでソレを終わらせる。後はお願いします、山田先生」

「無理ですよ!?」

「そうだよ! このおっぱいさんに私が止めれると思うの!?」

「胸を鷲掴みにしないでください!」

「思う。思わせてくれ。いっそ無理でも構わない」

「ダメですよ!?」

「いいか、山田先生。コイツがアナタをどうしようがたぶん死にはしない。それこそ人間的に終わる可能性はあるかも知れないが、まあ、大丈夫だろ」

「大丈夫じゃないですよ!? 織斑先生、しっかりしてください!」

 

 混沌だ。混沌としている。生徒達は今目の前にある事実を頑張って受け入れようとした。基本的には我らが親愛なるお姉様が物凄く疲れている事しか理解出来ていないけれど。

 とにかく、山田先生のおっぱいが柔らかそうである事は理解できた。羨ましい。

 

「はい、じゃあ臨時講師である、この篠ノ之束せんせーが授業をしてしんぜよう! 見て見て! 箒ちゃん! かっこいいでしょ!」

「…………」

「いやん! そんな尊敬の眼差しで見られるとお姉ちゃん照れちゃうなぁ!」

 

 箒の色々を取り繕う為に明記しておくが、決して尊敬の眼差しではない。呆れとか、恥ずかしさとか、とにかく輝かしいとは完全に真逆のソレだった。

 

「さてさって。私の研究について、誰か知っている人はいるかな?」

「ISの研究ですの?」

「むふっふっ。さっすが髪の先にクロワッサン入れが付いてる事があるね! 金髪さん」

「クロッ」

「IS、インフィニット・ストラトス。一名を除いて男性には乗れない機械……どうして男性が乗れないのか知っている人はいるかな?」

 

 ウサミミを動かして首を傾げた束の問いに応える者など居る筈がない。そんな事を知っているのなら、全世界の男性諸君はその壁を乗り越えてISへと搭乗している事だろう。

 数秒程、出るわけも無い答えを待ってから束は口を開く。

 

「実は、ISコアは恋をしているのだよ!」

「は?」

「女性の恋愛感情というのは凄まじいエネルギーを持っている訳だよ。

 よくいうじゃない。恋する女性は、なんて。あとは女の勘とかね」

「ISコアは搭乗者に恋をしているんですか?」

「正確には違うんだけど、まあ概ねその内容だね……と、言ってもISの事に関しては私の言葉が全てになっちゃうからねー。私がISコアは恋をしている、と言えばISコアは恋をしている事になっちゃうし、実際の所、嘘かも知れない。

 るーちゃんのクラスだし、私の破天荒さはよく知ってると思うけど」

 

 含んだように笑う束のお陰で正否がまた闇の中へと入り込んでしまった。

 

「鴉の色は何色なんだろうねー。私には関係無い事だけどさ」

「おい、束。授業をする気があるのか?」

「え? 無いよ?」

「…………」

「痛い! 痛いよ! ちーちゃん!」

 

 メキメキと嫌な音が鳴る。ソレを聞いた千冬が更に手の力を加えていく。

 千冬の腕を抑えようと挙がっていた腕が停止し、重力に従う様にだらしなく垂れた。

 

「よし……では、私はコレを捨てに行くから、山田先生。あとはお願いします」

「え、あ、はい」

 

 千冬は頭を掴んだまま束を引き摺りながら退出しようと動く。そこでようやく束が何かを思い出した様に腕を上げる。

 

「おっと、言い忘れてたたたたたたたた」

「そのまま黙ってろ」

「あばばばばばば、るーちゃんは後で私を訪ねて来てね!」

「黙れ、喋るな」

「って、事でよろし、」

 

 束の最後の言葉がいい終わる前に扉が閉まり、教室に平穏が戻る。戻ってきた。

 山田先生による安心できる溜め息が聞えた後にこれまた安心できる日常の授業が始まるのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

◆◆

 

 さて、篠ノ之束に呼び出されたルアナ・バーネット。その横には織斑一夏と篠ノ之箒。更に後ろにはセシリア・オルコット、シャルロット、ラウラ・ボーデヴィッヒまで控えている。

 専用機持ちを並べて戦争にでも行くつもりなのかはさておき。ルアナは面倒そうに溜め息を吐き出した。

 

「私一人でいい」

「ダメだ。束さんの呼び出しだぞ?」

「そうだよ、ルアナ」

「別に死ねと言われる訳でもなし」

 

 過去に言われている事など言わずにルアナは肩を竦めて後ろに控えていた友人達に呆れる。

 嬉しい反面、いや、もう反面は今はいい事だろう。

 

「あ、いらっしゃい。 おやおやぁ? いっくんも箒ちゃんも、その他大勢もいるんだね」

「あ、」

「……お久しぶりです。織斑一夏」

「どうも」

「一夏、また何処かで引っ掛けてきたのか?」

「変な言い方は止めてください、箒さん。ちょっと前に会って話ただけだよ」

 

 白銀の髪の少女、クロエ・クロニクルは閉じられた瞳で一夏の方向を見て、無表情を貫き通す。主犯と名乗った時もだが、この時点で自分は一夏にとって必要ではない筈だ。けれども一夏は罪を問う訳でもなく、罰をする訳でもなかった。

 

「それで、束さん。ルアナに何の用事なんだ?」

「うーん、ねえ、るーちゃん。大切な話なんだけど、聞かれてもいい?」

「私は構わない」

「そっか。じゃあ、るーちゃん。

 

 

 

 人間に戻りたいかな?」


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