私が殺した彼女の話   作:猫毛布

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世界乖離編終了。加えて終末に向けて稼動。


91.誰が為の世界

 織斑一夏は重い瞼をゆっくりと上げた。

 そこはいつか見た砂浜であった。

 

 ゆっくりと辺りを見渡して、一夏はようやく一人の少女を見つける。

 銀色の長い髪、その少女が振り返れば瞼が閉じられている無表情な顔。

 

「……初めまして」

「ん、初めまして」

「私はクロエ・クロニクル。言ってしまえば今回の主犯です」

「……ん、そっか」

 

 一夏は息を吐き出して、頭を掻く。

 フェミニスト、という訳ではないけれど、一夏はこの少女に敵意らしい敵意を感じなかった。

 

「……アナタは私に怒りを感じないのですか?」

「ん? まあ、そりゃぁ、みんなをあんな目に遭わせた、って事は怒ってるけど」

「なら剣を握り、私を殺しますか?」

「殺さないよ」

 

 そう一夏が言えば少女は眉を寄せて首を傾げる。

 

「あれほどの怒りを顕わにし、主犯を目の前に怒りを覚えないんですか?」

「あれは……説明が難しいけど、君がどうのって事じゃないんだよ」

「…………なるほど」

 

 一体何を分かったのか、クロエは頷いて一言、ふむ、と呟いた。

 

「それで、俺も理想の世界に閉じ込めるのか?」

「……いえ、ソレは私の目的ではありません。私の任務は達成されたので、帰ります」

「そっか」

「……僅かながらでありますが、アナタの理想世界をお楽しみください」

 

 そう言い残して、クロエは自分の影の中へと沈んでいき、砂浜には一夏だけが取り残された。

 

「理想、世界……か」

 

 そう呟いて頬を掻いた一夏は溜め息を吐き出す。

 

「俺の理想世界はきっと俺は見る事が出来ないんだろうけどな」

 

 自嘲するように肩を竦めて一夏は腰に差された柄を握る。

 呆れを浮かべる顔に白い仮面を嵌めて、逆手で握られた剣を抜き去り、世界を断った。

 

 

 

 

 織斑一夏は瞼を上げた。自分の手が動く事、視界に映る事を確認してからどうやら現実であると理解した。

 知らない天井、などではなくココ最近、更識楯無による特訓でよく見ている場所であった。アリーナ、ではなくて医療室であるのがなんとも悲しい事ではあるが。

 

 一夏は半身を起こし、息を吐き出した。

 思い出すのは仮想世界……彼女達の理想を形にしたらしい世界。尤も、その理想世界という事は最後に助け出した篠ノ之箒の言葉による推察ではあるのだけれど。

 篠ノ之箒を思い出して、ゆっくりと一夏の顔に熱が集まる。

 告白。愛の告白だ。それも、今よりも大人であり、言ってしまえば姉である千冬程の年齢となった篠ノ之箒に告白されたのだ。

 彼女自身の面影もあり、けれども今の溌剌たる彼女は身を潜め、落ち着きを保っていた。篠ノ之箒自身には絶対に言うつもりはないにしろ、一夏の脳裏に大和撫子という四文字が過ぎった。

 溜め息を吐き出して、一緒に出ていきそうな言葉を飲み込む。今の箒もあれだけ落ち着けば、なんて絶対に声に乗せてはいけないのだ。それこそ経験則なら声に出せば自分の首が物理的に飛ぶ可能性がある。

 

「あら、起きたのね」

 

 その声に織斑一夏は意識を現実世界へと戻した。

 カーテン越しに誰かがいる。その誰かが誰かはわからないけれど、確かに誰かがいるのだ。

 僅かに聞える布擦れの音からどうやら隣にいる人物も起き上がったようだ。

 少しばかり警戒しながら一夏はカーテンへと手を掛ける。深呼吸。一息にカーテンを開いた。

 先ずは肌色が見えた。その肌色を隠すようにして包帯が巻かれている。次に柔らかそうな肌色の山を視認して、視線を上げていけば水色の髪が見えた。

 

「ねえ、織斑君。別に見られて恥ずかしい身体はしていないつもりだけれど、何も感想が無いってのは随分だと思うわ」

「スイマセンデシタ、オウツクシイデス、楯無お嬢様」

「許す……噂に聞く一夏君の料理を食べさせてくれたらね」

 

 ニコニコと笑いながらも有無を言わそうとしない楯無の威圧に思わず身を竦めた一夏は視線を外しながらコクコクと首を縦に振った。

 よいしょ、と声を出して入院服を着用した楯無にようやく視線を戻した一夏はようやく口を開く。

 

「楯無さんでも怪我をする事ってあるんですね」

「何? ソレは私を化け物みたいに扱ってるのかな? 勇者君」

「いや、そういう訳じゃ……ってなんですか、勇者って」

「あらん? ルアナちゃんが君の事をそう言ってたわよ?」

「……そうですか」

「ご不満かしら?」

「不満とか、そんなのじゃなくて……ルアナは俺の事を根本的に恨んでますから」

「…………そんな事はないと想うけどなぁ」

「俺がアイツをISにしたから、恨んでますよ」

「……ふーん、まあ、二人の事はよく知らないから何も言えないけれど」

 

 敢えて、楯無は口を閉ざした。実際、二人の関係は知っている。それこそルアナがISと判明した時に全てを聞いた。

 心の中で歪んでるなぁ、とお姉さんは苦笑しながら眉を下げる。

 

「そういえば、ルアナは?」

「ルアナちゃん? ……汚れたからシャワーを浴びてるわよ」

「怪我とか」

「まったくの無傷。事後報告として戦闘ログも粗方見たけれど凄いわね、ウチに欲しいわ」

「あげませんよ?」

「勝手に来るわよ」

「……ん? どういう事ですか?」

「………………いえ、私よりも大きな壁があるってルアナちゃんも大変だなぁ」

 

 首を傾げる少年に楯無は苦笑する。自分の妹に愛を伝え、更には姉である自分に許可を貰いに来た彼女。

 その問題の多い彼女に妹を預けるつもりにはなれないけれど、どうやら更に大きなハードルがあるらしい。

 

 

 

 

 

◇◆

 

 IS学園から離れたカフェ。IS『黒鍵』を部分的に装着した少女、クロエ・クロニクルが座っている席に女性が無断で座る。

 少女の眉がピクリと動いた事で女性は苦笑をしてしまう。

 

「どうやらアチラは無事に終わった様だな」

「……織斑、千冬」

「なんだ、名前は知られていたか」

「ッ」

「まあ、座れ。お前を殺しに来たんじゃない。コーヒーでも飲もう」

 

 ブラックで構わないか? という問いの答えを聞かずに千冬は近くに来たウェイターにエスプレッソを二つ頼み、机に肘を置いた。

 

「さて、結論から言おうか……束に言っておけ、お前とアイツが何を企てているか知らんが、余計な事はするな」

 

 クロエの腕が少しだけ動いたところで彼女の眼前に白い影がブレた。焦点を合わせれば、使い捨てのティースプーンが今にも自分の眼球を貫かんばかりに向けられている。

 

「お前に私は殺せない。お前が動く前に私がお前を殺す事が出来るからな」

「っ……」

「そもそも殺すつもりはない、と最初に言ったんだ。その言葉を覆させるな」

 

 まったく、と呟いてティースプーンを下げた千冬は溜め息を吐き出す。

 クロエの脳裏に勝てない、無理だ、そう言った単語が羅列して冷や汗が流れる。けれど、目の前の存在を殺さなければ、自身が忠誠を誓う篠ノ之束の邪魔になるだろう。

 少女は目を見開き、腕を動かす。

 

 その腕が自身の後ろから伸ばされた腕によって停止させられる。

 

「ダメだぞぉ、くーちゃん。そんなことしちゃぁ、くーちゃんが殺されちゃうし、京が一でちーちゃんが殺されちゃったら私は怒らないといけないよぉ」

「束様!?」

「うんうん、私だよー。あ、ウェイター君、追加で抹茶オレをお願いね」

 

 機械仕掛けのウサミミ、不思議の国に迷い込んだ少女の様なドレス。彼女こそが天才であり、加えて人災であり、天災だと人が噂する存在。

 

「そう、私が束さんだよ!」

「束、変な電波を受信するんじゃない」

「もう、ちーちゃんは伝播されないなぁ」

 

 クスクスと笑いながら束は「くーちゃん」と呼んだクロエの隣に座る。くーちゃんはどうしていい物かと手を持ち上げてアワアワとしている。尤も表情は無表情だが。

 

「久しぶり、ちーちゃん! えっと、臨海学校ぶり?」

「そうだな。会いたくなかったぞ、束」

「いやん! そんなに照れなくてもいいんだゾ!」

「……」

「あ、」

「イダイイダイ! 束さんの素敵仕様の頭が割れる! 割れちゃう!」

「お花畑でも並んでいるんだろう、割れろ」

「割れたらクス玉みたいに花吹雪を散らすんだよ!? 素敵じゃない! あ、違う違う、コレは割られちゃうぅぅぅぅうう!」

 

 クロエが腕を伸ばして止めるより前に千冬の手がしっかりと束の頭を掴んだ。クス玉みたいな素敵仕様の頭が割れそうで割れない。実に惜しいと思いながらも千冬は怒りを落ち着けて持ってこられたカップに口を付ける。

 

「それで、お前の目的はなんだ?」

「私に目的なんて無いよ?」

「嘘はいい」

「本当だって。目的も目標も、野望も願望も、無いって言えるよ」

「随分高尚な事だな」

「あ、でも頼み事はあるよ!」

「……待て、言うな。嫌な予感しかしない」

「だいじょーぶ! ちーちゃんには一切迷惑も被害も無いよ! 当然、いっくんにもね!」

 

 えへん、と胸を張る束に対して千冬は苦虫を口の中に放り込んだように渋い顔をする。きっと束の先の言葉を聞けば放り込んだ苦虫を噛み潰して磨り潰して舌に塗り込まなくてはいけない。

 数秒程、目の前の天災にも匹敵するスピードで回転した頭は束の言葉を促す事を選んだ。

 

「言ってみろ」

「うん。私、せんせーになります!」

 

 

 

 

「………………あー、聞き間違いだな? そうと言ってくれ、そこの少女もそう思うだろう?」

「束様? 頭、大丈夫ですか?」

「うひゃぁ、くーちゃんにまで言われちゃうかぁ……束さんショックだなー。あー、慰めてくれないのかなぁー」

「あ、えっと、申し訳ありません」

「嘘だよ、フッフッ、あぁもうくーちゃんは可愛いなぁ」

「それで、実際は何と言ったんだ?」

「だぁかぁらぁ! 私、IS学園に行くよ!」

「来るな」

「えぇ!? なんで!? ほら、ISの事に関して一番知ってるのは私だよ!? その私を放置していっくんがハーレムを築いてるんだよ!? 行かねば!」

「どういう思考回路だ……」

 

 予想していた回答よりも面倒極まりない回答が出てきた事で頭が痛くなる千冬。珈琲を飲んでもどうやら頭痛は治まらない。

 対してそんな千冬を見て愉快そうにニャッハッハ、とウサミミ装着して笑っている、アリスなのか、白兎なのか、はたまた斑猫なのかよく分からない束。

 

「それで実際の所はどうなんだ? お前が他人と関わるなんて、それこそ世界が終わる前兆か何かか?」

「ヒドイなぁ、ちーちゃん。 別に私も好き好んで人と接点なんて持つ気はないよー。 ま、今回は特別かな」

「ほう」

「そう! いっくんのハーレムを見る為に!」

「やっぱり来るな」

「いやん、いけずぅ」

「アイツと何か関係があるんだろう?」

「……さぁ、どうだろうね」

 

 睨む千冬に対して束の笑顔は崩れない。

 数秒後、千冬の溜め息により緊迫しきった空気が解かれ、千冬が席を立つ。

 

「まあいい。お前が何をしようが、全て私が対処してみせる。……いきなり来なかった事だけは評価してやろう」

「ありがとう! さっすがちーちゃんだね! 素敵! 抱いて!」

「死ね」

「アバババババババ! 頭が割れちゃう! 天才的な頭脳が割れちゃう!」

「よかったな。悩み事から解放されるぞ」

「頭蓋骨も開放しちゃうよ!」

 

 溜め息を吐き出して掴んでいた頭を放した千冬は再度溜め息を吐き出して踵を返した。

 倒れる束とソレを気遣うクロエだけが残されたカフェ。介抱していたクロエは主が面白そうに笑っている事に気付いた。

 

 

 

「ねー、ちーちゃん。もう全部遅いんだよ。何もかもが遅くて、何もかもが間違っているんだよ」

「束様?」

「ん、よっし! くーちゃん! 帰ってケーキ食べようケーキ! これから忙しくなるよー!」

「……はい」 




>>一夏の理想世界
 少しだけ違う日常。

>>汚れたルアナ
 冷水を頭から被ってます。

>>変な電波
 地の文

>>束さんの目的
 目的も目標も願望も野望も何も無い。

>>頭、大丈夫ですか?
 ネジは明らかに外れている

>>あとがき
 私です。
 急ぎ足、というのも些かおかしな投稿期間で世界乖離編を終わらせました。
 一応、現時点で未だに銀髪少女の世界を書いてないけれど、まあ、考えている途中だから(震え声
 世界乖離編を終わらせ、予定としている100話まで残り八話。エピローグも含めるつもりなので本編は残り七話程度で纏める予定です。予定ってなんだっけか。


 今回もいい話ダッタノカナー? を目指しているので、果たして誰の為の終わりになるのかはよくわかってません。作者としては三流もいい所ですね。

 のんびりと待っていただければ幸いでございます。モチベが維持できばいいなぁ、とかなんとか。

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