私が殺した彼女の話   作:猫毛布

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n=5~8
ある程度順番は無視出来る。


8n.乖離世界2nd

 凰鈴音は目を覚ました。

 どうやら放課後に眠っていたらしい事を認識したのは、自分の視界が夕暮れでオレンジに染まっていたからだ。

 重い頭を持ち上げて、思考を正す。欠伸を一つ。

 口を隠す為に腕を上げた時にようやく気付いた。自分はどうしてIS学園の服を着ていないのだろうか。

 

 紺色のセーラー服。IS学園のように近代的ではない学習机。黒板、チョークの跡。その一つ一つが鈴音の視界へと入り込んでようやく鈴音は我に返った。

 夢。その一言が脳に浮かんで、ゆっくりと溶け込んでいく。

 果たして今現在が夢なのか、それとも成長しIS学園へと入学していた自分が夢なのか。

 

「……うん」

 

 鈴音は自分の胸を服の上から撫でて納得した。ついでに後悔もしたし、悲しくもなった。だが安心しろ、自分よ。きっと先ほどまでIS学園にいた自分は夢なのだから、ココから先に育つ可能性は未だあるのだ。きっと育つに違いない。

 だからこそ、今しがた自分を戒めるように浮かんで出てきたココに至るまでの記憶などきっと嘘なのだ。嘘だ、嘘。そうに決まってる。

 

「ま、冗談はさておき」

 

 少女は悲しみを乗り越えて強くなる。何度か唱えた事のある「需要はある」という言葉を呟いてから溜め息を吐き出した。尤も、その需要が好意を寄せる相手にあるかどうかは分からないが、色々思い出せばまだ救いはある筈だ。

 そうして精神的安寧を辛うじて手に入れた少女は机に触れた。表面は滑るように平らだ。裏面は木特有のざらつきを感じる。

 窓の外には夕暮れにも関わらず野球部の声と金属バットの快音が聞こえる。下校生もチラホラと居て、隣にいる友人であろう存在と話しては笑っている。

 

 頭の中がコレを現実だと認めようとしている。けれどコレは現実ではない。

 

「ん? 鈴、まだ居たのか」

「一夏?」

 

 扉を開けて登場したのは織斑一夏であった。扉との比較で記憶に新しい彼よりも身長は低いけれど中学時代の彼と考えれば妥当だ。

 そんな頷く鈴音に一夏は訝しげな顔をしながら首を傾げる。

 

「どうしたんだよ、何回も頷いて。難解なクイズでもしてたのか?」

「別になんでもないわよ。それで一夏はココに何をしに?」

「何って、彼女を迎えにくるのに理由がいるのか?」

「…………」

 

 鈴音は無言になり一夏を見る。そのまま歩いて一夏を少しだけ押し出して扉を勢いよく閉めた。

 え? いやいや、え? つまり、えっと、うん?

 混乱する頭と熱くなる顔を押さえつけて凰鈴音は思考する。扉の向こう側で自分を情けなく呼んでる一夏などどうでもいい、いや、どうでもよくはない。

 頭の中にファンファーレが響き、ウェディングドレスならぬウィニングドレスを纏った自分が高笑いをして紫銀を見下していた。完全勝利! やったぜ!

 両頬を両手で押さえてみせて頬の熱をどうにか別の場所へと移す。

 これは、現実? 大好きな一夏と結ばれているコレは、――。

 

「おーい、(りーん)

「あ、ごめんごめん」

 

 一夏の情けない声に少しばかり眉尻を下げて鈴音は扉を開く。そこには捨てられた犬のようにションボリとした一夏が立っていた。

 

「どうしたんだよ、急に扉を閉めて」

「別に、なんでもないわよっ」

 

 思わず素っ気無い態度になってしまった。せっかく一夏が迎えに来てくれたのに。

 けれど鈴音のそんな態度を判っているのか一夏は苦笑して鈴音の頭を軽く撫でる。余計に顔が熱くなる鈴音。心臓は16ビートを刻み、頭はロックにノイズを掻き鳴らしている。

 

「うーん、まあ鈴がそう言うならいいけど。それで今日、お前の家に行ってもいいか?」

「…………え?」

「いや、ほら……三日前に鈴が言っただろ。今日は、その、親がいないって」

 

 鈴音は三日前を思い出す。確かにそこには疲れた様にそう呟いている自分がいる。当然、それなりの打算とかもあった。けれど、しかしである。乙女としてどうなのだろうか。

 今日は親が居ないから放課後から夜まで――――。

 そんな誘いだ。鈴音の顔が恋慕ではなく羞恥で熱くなる。三日前の自分を叩きのめしてやりたい。ついでに賞賛したい。よくやった、アナタの頑張りは救われるぞ。

 真っ赤になった鈴音を見ながら一夏は苦笑し、その赤くなった頬を撫でる。

 

「いいよな?」

「あ、……はい」

 

 了承の言葉に一夏は安堵したように笑み、鈴音の顎を指で軽く上げる。

 鈴音は何かを理解し、心臓は煩いぐらいに鳴り、瞼は世界を見ないように閉じられ、唇だけに神経を集中した。

 柔らかく、少し熱を含んだ感触。熱い息が当たる。鼻が少し触れる。前髪が何かに当たっている。

 

『ワールド・パージ。完了』

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 雨。そう、雨だ。土砂降りと言っていい。

 そんな夕立を一身に浴び、鈴音と一夏はバス停へとようやく逃げ込めた。

 

「スゴイ雨だな」

「ほんと……あぁ、もうぐしょぐしょ」

 

 鬱陶しくへばりつく前髪を指で退かす鈴音の頭にふわりと何かが乗る。ソレを手に取れば純白のタオルだ。

 

「タオル、使えよ」

「う、うん。ありがと……一夏は?」

「あー……まあ、大丈夫だろ」

 

 一夏は少しばかり考えてからタオル越しに鈴音の頭を撫でた。その優しい手つきに鈴音は身を任せる。心にゆっくりと熱が灯る。

 しっかりと毛先の水気まで丁寧に抜いた一夏はタオルを手に持って一つ頷く。どうやら満足したようだ。

 

「身体も拭いてやろうか?」

「……バカ」

「ハハ。まあ、身体の冷えすぎはダメだけどな……」

「……うん」

 

 声が小さくなる鈴音。隣に、体温を感じるぐらいに近くに一夏が居るのだ。しっかり握られた手から熱が伝わる。

 胸の奥から温かい気持ちが送り出される。鼓動と一緒に身体中を巡り、ただ隣にいるだけなのに嬉しく感じてしまう。

 

「お、止んできたな」

「う、うん……」

「行くか」

「うん……」

 

 一夏は鈴音の手を引いて歩き始める。顔を俯かせた鈴音はゆっくりとその歩みに従う。

 いつの間にか前から隣へと移動していた一夏に顔を向ければ、そこには笑顔がある。

 アスファルトが濡れた匂い。一夏の体温。自分の鼓動だけしか聞こえない無言の空間。

 けれどそんな空間が心地よいと感じれる。自分と一夏だけの世界。

 ゆっくりとした歩みであっても、目的地には容易く到着してしまった。

 中華料理屋『鈴音』。両親の鈴音への溺愛が伝わってくる店名。暖簾の出ていない扉を開き、母屋へと移動する。

 

「鈴、シャワー貸してくれよ」

「ふぇ!?」

「いや、髪、濡れたから」

「あ、う、うん。えっと、場所は、」

「知ってるよ。何回来てると思ってるんだよ」

「あ、うん……その、はい」

 

 どこか呆れた様な顔をしている一夏に対して、羞恥心が昇りあがってきた鈴音は顔を真っ赤にした。

 そんな鈴音の顔を見た一夏は少しだけ何かを考えて、これは妙案だ、と思いついた様に満足して頷く。

 

「一緒に浴びるか?」

「―――、ッッッ!?」

「イ゛ッ!」

 

 鈴音の声にならぬ声の後、一夏の苦痛に反応した声が響いた。足を力強く踏み抜かれた一夏を放置して踏み抜いた鈴音は慌しく階段を駆け上り、自分の部屋へと入り込んだ。

 荒くなった息は階段を駆け上った所為ではない。脈打つ心臓は運動をしたから激しく動いている訳ではない。

 ベッドにダイブして枕へと顔を埋める。

――一緒に浴びるか?

 一夏の声が脳から出されて鼓膜を揺らし、ソレが脳へと伝わり、ループする。

 耳まで真っ赤になり、脚がバタバタとベッドを揺らす。

 恥ずかしさを押さえ込んだ鈴音は身体を勢いよく起こした。何かを思い出したようだ。

 そう下着だ。下着を替えなくてはいけない。緑と白のスプライトの下着。流石に子供っぽい。

 大人への殻を破るのだから、ソレではいけないだろう。鈴音はタンスを開き、奥に納まっているソレを取り出す。

 レースの装飾があり、何処か色の含んだソレを手に取り、広げる。

 コレか。コレだ。コレにしよう。

 沸騰した頭をどうにか落ち着けた鈴音はゆっくりとスカートの下から手を差し込む。腰を軽く締め付けているショーツの端を抓み下げていく。

 

「あっ」

「え?」

 

 扉の開く音。少年の声。ソレを聞いて頭が真っ白になった自分の声。

 一夏。一夏だ。自分の体制は一体どういうモノなのか。ショーツを下げている途中で既にクロッチの感触が無い。幸い一夏に背を向けているから真っ赤な顔は見えていない。不幸な事に一夏に背を向けているから一夏に向かって臀部を突き出している体制になっている。

 真っ白だった頭が物事を理解して、鈍器を投げつけるように現実を突きつけてくる。

 酸素を求めた鯉の様に口が動く。頭の中が真っ赤に染まる。

 

「きゃぁぁああああああああ!!」

「うおっ」

「忘れろ! 忘れろぉぉぉおお!!」

「ガっ」

 

 一夏へと拳を向けた鈴音。その素晴らしい拳はまず一夏の腹部へと命中した。鈍い音を鳴らして、痛みを耐えるように一夏は前に屈んでしまう。落ちた一夏の顎、引いた鈴音の右腕。綺麗なアッパーが一夏の顎へと吸い込まれた。

 倒れた一夏。肩で息をする鈴音。

 

「いってぇな。何するんだよ」

「ノック! ノックしなさいよ!」

「したよ! でも返事が無くて開けたら殴られた。いや、まあ、うん、俺が悪かった。スマン」

「いや……あぅ」

 

 一夏が全て悪い訳ではない。そんな事鈴音とてわかっている。乙女の私室へと入り込んだ彼は予防線に予防線を張り巡らせて扉を開いたのだ。開いた結果、リバーブローからのアッパーカットのコンビネーションを見事にくらったのだが。

 

「……いいわよ、別に」

「まあ、可愛い鈴が見れたからその対価だと思うさ」

「ッ、あぁ! もう! 忘れろ!」

「おっと」

 

 立ち上がり笑いながら鈴音の拳を回避する一夏。一度、二度回避して一夏は鈴音の拳をそのまま受け止めて握り締める。それほど力は込めず、包むように握った。

 解すように拳を広げ、指の間に指を絡ませる。通常よりも密着度の高くなる手の空間。

 そのまま一夏が手を上げれば身長の都合上鈴音は足を進めてしまい一夏の胸へと引き込まれる。腰に一夏の手が回され抱き締められる。

 鈴音が顔を上げれば一夏の顔が近い。微笑まれる。顔が熱い。

 

「可愛いぞ、鈴」

 

 耳元で囁かれた言葉に鈴音の心が動く。腰骨がら背骨を駆け抜け脊髄を潜り脳へと甘い刺激が昇る。

 脳まで昇った甘露は静かに解けて体中へと染み込んでいく。

 拙い。拙い、拙い!

 鈴音の心臓が警鐘を響かせる。バクバクと、体を密着させている一夏に聞こえる程の警鐘だ。

 その音が伝わったのか、さらに鈴音を強く抱きすくめる一夏。耳元へと顔を寄せる。耳に吐息が掛かる。

 

「鈴……お前がほしい」

 

 一際強く鈴音の心臓が鳴る。顔に熱が集中して、何も考えたくない。幸福感だけが鈴音を満たしていく。

 

「……ダメか?」

 

 少しだけ情けない声が聞こえた。

 あぁ、私の大好きな人はやっぱり唐変木だ。だからズルイ。そんな答えが分かるだろう事も言葉に出させようとしている。ズルイ、ズルイ、ズルイ。

 けれど、鈴音がソレを否定する事はない。肯定を口にする事は出来ない。出来る筈が無い。今口を開けば甘い刺激にやられたあられもない声が出てしまう。

 鈴音は一夏の胸に擦り付き、小さく頷いた。

 

「ありがとう、鈴」

 

 言葉と同時に、うなじに柔らかい感触と吸われる刺激。鈴音は指を少しだけ噛んで、辛く、甘い刺激を耐えた。

 それに気付いたのか一夏はその手を優しく取り、鈴音に笑む。顔を赤くして、涙の溜まった瞳。

 

「鈴、ベッドに」

「……ぅん」

 

 簡単に抱き上げられた鈴音は猫の様に縮まり、一夏の首へと腕を回している。果たして顔を見られたくないというのは理解できるのだが、その行動こそ男の欲を上手く擽る事を理解しているのだろうか。

 膝裏に腕を通し、所謂"お姫様抱っこ"をしている一夏はソレに苦笑して足を進める。

 優しく、ゆっくりと、鈴音をベッドに降ろせば、スプリングが軽く悲鳴を上げた。その聞きなれた音さえも鈴音の奥を燻らせ、情欲に新たに熱が灯り、顔に広がる。

 

「綺麗だぞ、鈴」

 

 鎖骨を一夏の指が撫でる。融解した鉄が塗られた様にソコが熱くなり、身体そのものがマグマの様に熱く感じる。

 茹だる頭はもう一夏しか考えてない。目の前の男への気持ちしかない。

 セーラー服の裾口から手を差し込まれ、肌が触れる。熱いはずの自分の身体よりも熱く感じる一夏の手。

 腹部を撫でられながらセーラー服が脱がされる。晒された肌が外気に当たる。

 自分の慎ましいと言える胸部がブラジャー越しではあるが晒されてしまった。

 きっとあの子よりも慎ましい……あれ? あの子? いったい私は誰の事を言っているのだろうか。

 

『ワールド・パージ。異常発生』

 

 ああ、一夏の隣にいたのは私だ。そうだ……。

 何を考えていたのだろうか。茹だる頭が妄想になったのだろうか。

 

「ねぇ……一夏」

「なんだ?」

「……――」

 

 認めてはいけない。けれど、私は既にソレを知っていた。

 万力で外から圧迫された様に痛む頭。内からは内部が膨らんで破裂しそうに痛む頭。

 歯を食いしばり、私は視線の先を確認する。

 ここは私の家だ。ココは私の部屋だ。だからこそ、棚の上に存在する写真に笑う私が写っている。その隣には同じく笑う一夏の姿がある。二人だけ、二人だけの写真。

 言葉を吐き出そうとすれば頭が痛む。けれど吐き出さなくてはいけない。例え妄想であったとしても、例え夢だったとしても、

 

「――ルアナは?」

 

 私は紫銀の彼女の存在を確かめてやらなくてはいけない!

 ああ、二人っきりで撮った写真などありえない。私の誕生日の時に撮った写真は私自身が恥ずかしがって結局三人で撮ったのだ!

 頭が痛い。割れる! このまま死ぬかも知れない!

 頭を抑える私の上に居た一夏が何者かに蹴り飛ばされる。

 伸びた足を辿れば見知らぬ制服を纏った……いいや、IS学園の制服を纏った一夏がいる。

 

『ワールドパージ、異常発生。異物混入。排除開始』

 

 頭の中に声が聞こえたと同時に頭痛が酷くなる。既に価値割れているのではないかと錯覚するほどに痛い。死ねる。

 IS学園の制服を着た一夏は冷たい瞳で蹴り飛ばしたソレを見ていた。

 チラリと私の方を見て、その表情を怒りへと歪ませる。

 学ランを着用した一夏がゆらりと立ち上がる。口角が歪み、その表情を嗤いへと変化させた。同時に、その顔が横にブレた。

 

「鈴に……鈴に何をした」

 

 拳を振りぬいた一夏がそう呟く。激昂しているというのに、その声は酷く冷静で、そして冷酷でもあった。

 倒れたソレへと歩み寄り、胸を踏みつける。ソレの肺に溜まっていたであろう空気が押し出された。

 

「……一夏」

「鈴。行こう」

「待った。一つだけ確認させて」

「ん?」

「昔、中学時代にルアナが起こした事件ってなんだっけ?」

 

 IS学園の制服を着た一夏は少しだけ考えて頭を指で抑えた。

 難しい顔をして、その表情が情けなく変わる。

 

「ありすぎて答えに困る」

「よし、一夏だ」

「なんだよ、それ」

「いいから! 詳しく聞くの禁止!」

「お、おう……」

 

 服を着直して、鈴音はゆっくりと呼吸を再開する。

 この情けなさこそ一夏なのだ。自分の為に激昂してくれる彼こそ大好きな人なのだ。

 …………ま、まぁ少しばかり推しの強い彼も中々素敵ではあったけれど。それは言わないでおこう。

 腕を見れば自身の相棒である【甲龍】がさも当然の様にソコには在った。どこか滑稽にも感じるソレを受け入れて鈴音は纏った。

 時間にしてみればかなり短い時間であったけれど、とても長い間相棒と離れていた様な、どうしてか懐かしくも感じるソレを纏い、鈴音は前を向く。

 諦める事など出来ないけれど、後ろを振り返るのは間違いなのだ。

 

「さ、往くわよ。一夏」

「おう!」

 

 衝撃砲が咆えるのと同時に、世界は崩れていく。

 理想で塗り固められた嘘が壁を壊すように砕けていった。


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