私が殺した彼女の話   作:猫毛布

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読まずとも先に進める文章。少しスランプというかスクラップ状態です。あしからず。


08.八本足なまもの

「ごめんなさい」

 

 ルアナが床にベタぁと額を擦りつける。

 その前には思わず一歩引いているセシリア・オルコット。

 これが、歴史に名高い『ジャパニーズ土下座』である。

 した方は謝罪の心に支配され、そしてされた方は意外にも驚きとやめてほしい、という気持ちになる不思議な謝り方である。

 かれこれ休み時間に入って数分、呆気にとられたセシリアに向かって頭を下げ続けるルアナ。

 セシリア自身、あの時は一夏にイラナイことを言いすぎた、という自覚もある。一夏が自身が言ったような男では無いということも先日の試合で判断した。

 私も悪かったし、こうして謝っているのだ。許してやらねば、それこそ英国貴族として間違っているのだろう。

 

「もうよろし」

「矜持が無いなどと言ってしまったことを深く謝る。アナタは確かに無駄に高いプライドと必要もない意地を持っていた。そこらにいる英国貴族よりも面倒な存在だ」

 

 一生そうしていろ。

 なんて言葉をセシリアは我慢した。ヒクリと頬を吊り上げて、もう数分程この小動物を見下すことに心に誓った。

 

 そんなルアナが顔をあげる。

 何を考えているかわからない無表情と半開きの目でセシリアを見て、口を開く。

 

 

「一夏は弱くても、軟ではなかった?」

「……えぇ」

「そう、ならよかった」

 

 ニコリとルアナは微笑む。セシリアは一瞬だけ、その笑みに見とれてしまう。

 愛らしい容姿に端整すぎる顔。

 

「あの弱者でも苛めて気を収めてほしい」

「……」

 

 この性格さえ無ければ本当に完璧だというのに。

 是非にー、是非にー、なんて棒読みで言っている人形はもうしばらく頭を下げ続けることになる。

 

 

 

 

 

 昼休みに移り変わり、人形は相変わらず我先にと廊下へと全力疾走を果たした。

 果たした結果、食堂に到着することはなかった。

 

「おい、バーネット。お前は何度言えばわかるんだ?」

「一度で十分」

「その言葉は三度目だ」

 

 溜め息を吐いた織斑千冬は廊下を走っていた愚か者を引っ捕まえて生徒指導室へと監禁した。

 椅子に座りながらも、廊下へと逃げ出したいのか、体を揺すっている小動物。その姿にもう一度だけ溜め息を吐き出して千冬は戸棚から以前の菓子袋を取り出した。

 取り出した瞬間にルアナの顔は笑顔に変わり、先ほどまで廊下に出たがっていた姿など記憶になかったように机に向かって綺麗に座っている。

 

「バーネット。先日の織斑とオルコットの試合は見ていたな?」

「見てた。素晴らしい試合内容だった。一夏が負けたのが不思議だ」

「ほお……ならその試合内容をレポートにして提出できるな?」

「私の語彙では到底書ききれない。無念である。以上」

「それで良を得れると思っているのか?」

「可でいい」

 

 だからお菓子袋。と両手を伸ばすルアナ。欲望には非常に忠実である。

 そうして忠実すぎる欲望に溜め息を当然の様に返した千冬はその両手に菓子袋を置いた。

 その菓子袋を胸に抱えて満面の笑みで広げる。

 そして、とうとう、滔々(とうとう)と流れる川の様に、スナック菓子等等(などなど)を取り出す。

 開いたスナック菓子袋を開き、小さな口を開き、一掴みしたスナック達を口を入れる。

 

「それで、お前の感想を聞こうか」

「もう少し、塩味が強くてもいい」

「スナック菓子の話じゃない」

 

 ルアナの向かいに座り、足を組んだ千冬。

 そうして、もう一度同じ言葉を吐き出す。

 

「お前の感想を聞こうか」

 

 ペロリと指に付着した粉を舐めとったルアナ。そうして、ニンマリと笑んでから言葉を吐き出す。

 

「とっても美味しそう」

 

 そうしてスナック菓子を眺めて、また一つ、口の中へと放り込んだ。

 文字通り、とても美味しそうなスナック菓子を食べた。そして唇に付いた粉末を舐めとる。

 

「けれど、もう少しだけ強くてもいいかな」

 

 そして、もう一度同じ言葉を吐きだした。

 

「……そうか」

「そうなのだ」

 

 ニンマリと、やはりもう一度同じ笑いを浮かべてそう言ってのけた。

 そして、またパクリとスナック菓子を食べて、次のスナック菓子は食べることはなく、袋をぐしゃぐしゃと纏めて、ゴミ箱へと投げ捨てた。

 

「もういい?」

「ああ、いいぞ」

 

 ガタリと音を出して席を立ち、扉へと向かう。靴をコツコツと鳴らして、その音が止まる。

 顔だけを振り向かせ、ルアナはニンマリと口を開く。

 

「やっぱり、美味しそう」

 

 そうして、ルアナはカツコツと扉から出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バーネットさん、これも食べない?」

「食べる!」

 

 やったー! と両手放しで喜びそうな程ニッコリと笑って料理部部員から新しい料理を受け取る。

 箸を器用に使いパクパクと料理を平らげていく。

 そんな姿を見て呆気に取られつつも、その食い意地、いや、食べっぷりにどこか満足してしまうのは、やはり料理をした人間だからなのだろうか。

 

「少し塩っぱい」

「ふむふむ」

「あと水も多い」

「ほうほう」

 

 と、まあ、料理部料理部員ルアナ・バーネットの役割は大凡そんな感じである。

 パクパクと料理を食べて、そして改善点を言ってのける。なんとも素晴らしい役割である。

 勿論、料理部という部活に所属している部員であるルアナも料理をしている。

 紅茶を淹れるというデモンストレーションをしてのけたルアナ。お茶入れという仕事が当然のように任されるのは自明の理である。そんな当然な事に加えて当然な事ながら料理もしている。

 

 食べっぷりが良すぎるルアナ。その見事な食べる量を見ている料理部部員達の心。

―太らないのかなぁ

 である。

 過去の、それこそ時代で言うならば昭和時代のアイドルの様に、ルアナさんは太らなければトイレにも行かない、そんな人物である。

 そういう人物である。

 

「けど、ルアナちゃんって太らないよねぇ」

「なんと羨ましい……」

「食べた分だけ動いてる」

「だよねぇ……」

「やっぱり、運動が重要なのかな」

 

 そこから先に広がるガールズトーク。どの運動がいいだの、実はあの運動がバストに関わるだの、けれどあの運動はヒットするのが難しいだの。

 そんな話は一切興味の欠片もありはしないルアナは右から左へ受け流しながらあぐあぐと料理を頬張っていく。

 ダイエットとは無縁なのだ。勿論、痩せ型という訳ではないけれど、食べた端からエネルギーへと還元している。ただそれだけなのである。

 カロリーを摂取すればそれだけエネルギーに変わり、脂肪へは殆んど変えない素敵体質、ルアナ・バーネット。

 脂肪への変換が殆んどないと言ってもそれなりに胸に栄養が行っているらしく、服の上からでも膨らみがあるのがよくわかる。

 さらに言えば、細い腰やスラリとスカートから出る脚。こうして料理を頬張っている姿ではなければきっと世の男性は放っておかないだろう。

 

 

 

 

 そんな理想論はどうでもいい話であり、今現在与えられた料理をすべて平らげてお茶を啜るルアナにとって必要もない話である。

 

「そういえばルアナちゃんってあの織斑くんと一緒に住んでたんだって?」

「えー! ホント?!」

「もしかして幼馴染?」

「……居候なだけ」

「親公認なわけですか!」

「姉の公認はもらってた」

「姉……つ、つまり! 千冬様!!」

「あの千冬様のプライベートがッ!!」

「他言禁止。織斑先生に言われた」

「Oh……Shit!」

 

 肩を落とす料理部員たち。そんな姿を見てルアナは一言だけ呟く。

 

「朝早くに起きてランニングしたり、珈琲を飲みながら新聞を読んだり、朝食を作ったり……」

「る、ルアナちゃん?」

「…………独り言、独り言」

 

 わざとらしく二回繰り返して言ったルアナ。その顔にはイタズラをするように笑顔が貼り付けられている。そんな笑顔に吊られてニヤリと笑みを深くする料理部員達。

 真実を言うならば、ルアナがイタズラを仕掛けたのは料理部員であり、騙されているのも料理部員である。

 安々と同居人を売る事はしないのだ。それこそ料理程度では釣られる事などない。

 

 そんな事は一切知ることのない料理部員達とルアナのクックッと引き攣る様な笑いが料理部に響いた。


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