朝。朝である。
織斑一夏並びに更識簪はタイミングを合わせた様に疲れた溜め息を吐き出した。
簪はチラリと相方を見た。コイツの幸運か不幸なのかよく分からないギャルゲー体質を鑑みて、コレは予想出来た範囲内だ。
一夏はチラリと相棒を見た。コイツの姉を見る限りこういう展開に成る事は予想できた。
そして二人は同時に思う。
コレは、無い。
そして溜め息を吐き出すのだ。
大きく張り出された対戦表に今一度二人は視線を向けて現実を受け入れる。
ソコには自分達ペアの名前の隣にVSという二つの英文字。そして更に隣には更識楯無と篠ノ之箒の名前が映し出されている。
そして二人は時を同じくして、場所は違えど同じ事を思うのだ。
――ねぇよ。
滞りなど一切無く専用機持ちタッグ戦の開会式は終わった。
尤も、とある二人に関しては心の中の憤りを感じていたが、そんな個人の事など関与する訳ないのだ。故人ですら関与しないのだから当然の事である。
二人は開会式終了後、互いにメッセージを送りスグに顔を揃えた。タッグの相棒であるのだから当然の事なのだけれど、表情的にはお互いそんな事は思っていない。
口汚く罵ってやりたい気持ちに蓋はしたけれど、どうやら表情までは変えるに至らず、互いに互いの顔を見合わせ言いたい事を理解して、再三になる深い溜め息を吐き出した。
「――だいたいお姉ちゃんが悪い」
「知ってた」
困ったときの姉頼り。頼り方を考えればお姉ちゃんは至極不当な罪を背負わされているのだが……
ましてや愛する妹の為である。妹の自信を付ける為に、自身の胸を貸すつもりなのかも知れない。そのおっぱいはきっと柔らかいだろう。
どこかの誰かの言った、不器用な想いなのかも知れない。
そして、織斑一夏である。何かと狙われてしまう彼の守護という面で一回戦でぶつかり退場させるのも手だ。同時に守るタイミングも増えるだろう。
決していつの間にか妹とタッグを組んだ、|××で×××な××も分からない×××××《更識楯無の愛らしい口からは決していえない様な言葉》への恨みなどではない。ソレは訓練中に全て発散したのだ。
「じゃあ、簪さん。対策を立てようか」
「……フラグの、間違い……?」
「相手を倒せそうな時に説明を入れなければ問題ない」
「……フッ、この《山嵐》を喰らって無事な訳が無い」
「やったか!?」
言いたい事を言ったのか、二人して笑い合う。一夏とて男なのだから、そういったモノは好きなのだ。
そんなヒーロー要素が好きな二人は話を置き、対策を立てる。
対策を立てれば立てる程一夏の顔色が悪くなっていく。
更識楯無。イッツ、パーフェクトレイディ。それは両者の見解だ。
簪は彼女に対してコンプレックスを抱いていた。今となっては……いや、あの完璧な姉に対するコンプレックスは今でもある。あるが、それ以上に強くなりたいという気持ちが、もう守られないという意志がコンプレックスよりも強いのだ。
二人が師事する彼女。手の内を全て知らないと言えど、その知っている手札を見ても勝てる気はしない。
接近するまではナノマシンの含まれた水が行く手を阻み、例え接近したとしても彼女の槍捌きを回避し一太刀入れれる、などと甘い考えは出てこない。
正しく、学園最強。二つ名は伊達や酔狂ではないのだ。
次に、篠ノ之箒。
肉体スペックこそ楯無には劣るモノのその機体スペックは現行最強を謳っている。この謳ったのが与太郎やイカれた研究者ならよかったのだが、彼女の姉でありISの母とも言える存在が謳うのだ。
武装は日本刀二本だけ。けれどもその斬撃は飛ぶ。刺突は射出される。
『今のは唯一仕様《ワンオフ・アビリティ》ではない……斬撃だ』
とは調子に乗って訓練中に鈴音に放った言葉である。当然、その発言により鈴音は笑い転げ、意味をそのまま受け取ったセシリアは絶句して更に鈴音を笑わせる要因となったのだが。
近接武装のみであるのに対し、遠距離も対応できる機体。乗っている人物が夏休み辺りから落ち着いてきた猪武者娘ではあるが、それも楯無によって上手く手綱を握られているだろう。
突破口が見つからない事がわかった。
さて、次は自分達である。最早言わずともいいだろう。一夏が見てわかる程肩を落とし、絶望している。
一夏の手札は一枚で、更に言えば相手がその内容を知っているのだ。救われるべきはソレがジョーカーである所だろうか。
対して簪は手札が大量にある。切るタイミングさえ間違わなければそれなりに戦えるだろう。楯無がその手札の内容を知らなければの話だが。
当然、生徒会長としての楯無の立場を考えても、姉である気持ちを考えても、簪が手札を切る前に全て徹底して対処するなんて事はないだろうけれど。
「スマン、簪さん」
「知ってた」
武装の少ない一夏と組む事になった時点である程度のシミュレーションはした。結果が散々だったので一夏には言わなかったけれど。
「それでも、勝つしかない」
「……ああ、そうだな」
簪の言葉に確固とした意志を感じた一夏は苦笑して胸を張り直す。
負けてはいけない、という訳ではない。けれど、勝ちたいのだ。
一夏は自身の剣に誓い、そして得た力の意味を得る為に。
簪は完璧である姉と、そして自身を守ってくれた彼女の為に。
負ける訳にはいかなかった。
一夏は拳を簪へと出して、ニヤリと笑った。簪はその拳を見て、少しだけ戸惑い苦笑してから自身の拳をコツンと合わせた。
「あ! 簪お姉ちゃんと一夏お兄ちゃんだ!」
そんな声に二人は首を動かした。
テトテトと音が鳴りそうな動きで、満面の笑みで寄ってきたのは紫銀の幼女である。両腕を大きく広げて簪の腰に抱き付いて「えへへ」なんて笑っている愛らしい幼女だ。
そんな天使に顔を緩めていた一夏と簪。簪に至っては抱きつかれてご満悦そうに頭を撫でている。
その撫でている手に擦り付けるように頭を押し付けるのはまるで彼女が犬か猫の様に見える。
三人が柔らかい空気に包まれているなか、シャッターが切られる音が聞こえた。
「いやぁ、いい絵だったからついつい撮っちゃったよ」
カメラを下ろしてニコリと笑っていたのは
髪をサイドで束ねた彼女はメガネを光らせて口元を歪ませる。カメラは首に掛けられており、その手にはメモ帳とボールペンが握られている。
「それで、この子との関係は? もしや二人の隠し子とか? シスコンと噂のある織斑君も遂にロリに目覚めたのか! 明日の見出しは決定ね!」
「おい」
先輩であるのも忘れて一夏は思わず低い声を出してしまった。彼は何も悪くはない。
そもそも一夏にロリコンの気はない。決して、無いのである。そんなモノがあったならば幼馴染二号である中華娘や婿宣言をしたドイツ娘に惹かれていただろう。若しくは友人の妹という魅惑の言葉にやられていたのかもしれない。
「俺はロリコンでもシスコンでもないですから」
「ま、どっちでもいいんだけど。それで、この子は?」
「俺の家で預かってる子ですよ。俺も千冬姉もコッチにいるんで」
「ほう、なるほど、なるほど」
「明らかに俺が言ったよりも多い文字がメモ帳に書かれてるんですが?」
「気にしたら負けよ」
グッと親指を上げてそう言葉を放った黛先輩に溜め息を吐き出した一夏。彼の明日は蹴り上げた様にどこかへ飛んでいくのだろう。
「それで、どうかしたん……ですか?」
「あぁ、そうそう忘れてた。試合前に一言貰おうと思ってね」
「ソレを忘れるってどういう事なんですか……」
「それはいいじゃない。ほらほら、一言プリィーズ」
「じゃあ、えっと、精一杯頑張ります」
「優勝します! とかないの? まあ、面白い風に変換するからいいけど」
「おい」
「織斑君。インタビューした事実というのが大切なのよ」
それで良いのか新聞部。一夏はこの世の世知辛さを味わった気がした。彼はこれからロリコンかシスコンと指差され生きていくのだろう……後者は既に言われていることだが。
さて、と黛先輩の視線は簪に向く。やり取りを見ていた簪は視線を向けられた事にドキリと身体を動かす。思わずバーネットを自分の背に隠してしまっているのも仕方が無い事である。
「さて、更識簪さんは生徒会長である姉との対戦だけど」
「は、はい」
「意気込み的なモノが欲しいなぁ」
「……が、頑張ります」
「もう一声」
「え、えっと、勝ち、ます」
「よし、よく言った。私は君たちに賭けてるから宜しくね!」
黛先輩は紙を一枚一夏に手渡して手を大きく振って走り去った。嵐の様な人である。
さて、と一夏は渡された紙を見つめるとそこにはタッグ戦のオッズが書かれていた。自分達は上から数えると最後であり、下から数えると一番最初だ。
高オッズ。万馬券。色々と言い方はあるけれど、ソレは本人達にしてみればそれほどいい評価ではない。
溜め息を吐き出した一夏に対してソレを苦笑する簪。バーネットは興味を出したのかその紙を覗き見ようと簪の身体を支えに背伸びをしている。
「ん~」と声を出していたバーネットが停止し、踵を床に着けた。微笑ましく眺めていた簪が首を傾げる。
バーネットは空を見つめ、目を細める。
「…………来る」
「へ?」
途端、轟音。大地を揺るがす振動。
大きな揺れである。それは膝を曲げて重心を低くした一夏とその一夏に支えられた簪を見れば分かる。
けれど、しかしである。バーネットだけは、彼女だけは違った。一人だけ震動すら無かったように微動だにせず、目を細めてドコかを向いていた。
笑顔だった表情など無かったように、光の灯っていた瞳は青く、深く、光を飲み込んでいる。
「……さないと」
「る、ルアナ?」
「…………」
思わず以前の名前で彼女を呼んでしまった簪。未だ断続的に揺れが続いているのに彼女は何事も無いように歩き出し、そして駆けた。
一夏と簪が追おうと足に力を入れる。一歩目を踏み出し、二歩目を刻もうとした。
「イッ」
「イタッ」
二人同時に額に痛みを感じ、その足が止まる。
同時に空からソレが降ってきた。
漆黒。光を全て吸収する色のソレはゆっくりと身体を起こし人型である事を理解させる。
そしてソレは同時に一夏の乏しい知識に残る姿であった。
「無人機……!」
思わず呟いた一夏。ソレは確かに過去に鈴音と共に撃退したソレに似通っていた。
細部に違いはある。同じであるのは雰囲気。あれから数ヶ月、発展型であることは見て取れた。
震動からして、目の前のソレがIS学園に襲来したのを理解できた。
同時に今は
一夏は自身の剣を纏う。
漆黒である相手とは対極の純白の鎧。溝の彫られたISは持ち主の意志に従い顔までしっかりと覆った。
簪は自身の盾を纏う。
もう誰にも守られることの無い様に、願いを込められた鎧を。姉への羨望と親友への贖罪の詰まった最高の鎧を。
「もう……守られたくない!」
「もう、何も失わねぇぞ!」
「私が、」
「俺が、」
「全部守るんだ!」
同時に出した誓いの声。傲慢で、純粋な、失った二人の願い。
敵を倒す為に剣を。
敵から守る為に盾を。
願う方向の違った二人は、同じ願いの為に力を振るう。
「あぁ、絶景です。悲鳴と銃声。血と火薬の香りがないのが残念で仕方ないですが……まあ、いいです」
空に浮いていたのは白髪赤目の女だ。
スラリと伸びた足を惜しげもなく晒し、靴でも履いているような足装甲。腰の横から後ろにかけて広がるスカート状の装甲。非固定武装など無い、シンプルな真っ赤な装甲。美女を守護するだけの、敵を廃する為のドレス。
「ふふっ。舞台は整いました。後は役者だけです」
妖艶に口を歪めた美女は足元で起こっている騒動を見つめながら目を細めて嗤う。
「あぁ! さぁ! 殺してあげます! 愛してあげます! ワタクシが! アハッハハハハハハハハ! 早く! 早く! 早く! お姉様! あぁ! お姉様! ワタクシガコロシテアゲマス!」
狂った様に笑う彼女を止める存在は空には存在しない。
>>××で×××な××も分からない×××××
健全なこの物語では決して書けない様な文字列
>>対策
>>フラグ?
「コレを喰らって生きれたヤツはいねぇ!」
「(大丈夫、たとえ一夏君が倒れたとしても私には夢現がある……接近されても問題はない)」
>>ぱーふぇくとれいでぃ
全てを完璧にこなす彼女に送られる言葉。なお変態
>>今日も元気ですね"ブローバック"さん
真っ赤なドレス鎧のIS。武装は多種。
>>アトガク
私です。
気がつけば一周年の記念日を逃してました。そんな事実一蹴したかの様ですね。
何かしようかなぁ、とか考えつつ、でも本編も書かないとなぁって感じです。まあ、何かしたとしても嬉しい人が居ない事は知っているので、なんとも。
ようやくルアナ編が終わりそうなので……ここからは一夏君の歪みの訂正をして、あとはハッピーエンドに向かうだけです。なげーよ。
うーん。また在り得ない未来でも書こうかな。脳内の仮題がヘイワナセカイという時点でお察し状態ですけど。
その辺りは追々、感想とか見ながら決めます。何かあればメッセージ飛ばしてください。