私が殺した彼女の話   作:猫毛布

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鈴音を書くと、どうしてかイケメンになってしまう。
恋する少女というよりも……こう、姉御! って呼びたくなります。

あと、説明が面倒なので言いますが。

い つ も の !


78.焦がれた彼女

 少女にとってソコは見覚えのある空間だった。

 真っ白い空間。目の前には女。敵。

 少女は腰元に供えられたホルスターへと手を伸ばし、肩幅ほどに足を広げる。

 黒い髪で、白い着物を着た敵、女は手に持ったナイフを弄び、口元を歪める。

 少女は彼女を知っていた。

 女は彼女を知っている。

 

 殺す為だけの人形と、殺す為だけの人間。

 一つと一人はとても似ていて、けれども決して別のモノだった。

 殺さなくてはいけない。

―何故?

 殺さなくてはいけない。

―どうして?

 殺さなくては...

 

 女と少女はお互い手を伸ばせば身体に触れる程近くにいた。けれど一つと一人は触れる事は出来ない。

 女はやはり嗤い、人形はソレを見る事しか出来なかった。

 

 何かが弾けた。

 人形は赤く染まり、いつしか人間は赤い液体へと変わり白い床を染めている。

 人形は次第に、ゆっくりと、人間へと変化していく。

 ドロリと粘着質な赤い液体が少女へと駆け上り、肌に浸透していく。

 殺す為の人形は殺す為の人間へと変わり果てた。

 ナイフを持ち、銃を捨て、人間へと成り果てた少女。

 少女は人間であり続ける為に、人間でありたいが為に、きっと待っているであろう女の為に。

 少女は壊れた。いいや、最初から壊れていたのだろう。人形であった時も、人間へと変化した時も。

 彼女の動きは幾千も見た。彼女の言葉は全て記憶している。

 女へと成り果てた少女は、人間としての死へと向かう。

 きっと彼女は人間に殺されるべきではない。きっと彼女は人間として死ぬべきだ。

 

 だから、きっと。

 

 

 

 

 

 

 バーネットは瞼を上げる。パチリと開いた瞳が金髪の少女を捕らえた。

 眠りを必要としないクセに夢を見た。そんな事に嫌気が差しながらバーネットは夢を思い出す。

 彼女が出てきた夢だった。と、思う。

 親友と言え、姉と言え、そして恋人であった彼女。憧れていた彼女。

 彼女はどうしているのだろうか。きっと生きているに違いない。殺しても死なない様な人だった。

 バーネットは痛くなる頭を抱えて、息を吐き出す。

 

「ぅん……?」

 

 吐き出した息が目の前の金髪の少女の肌を撫で、僅かに身動ぎした。起きては……いないようだ。

 バーネットは目を細めて少女を見る。

 シャルロット。自分に構いすぎる少女。助けた事の恩義か、はたまた別の何かなのか。バーネットにはさっぱり分からない。

 

「助けた……?」

 

 いいや、違う。そんな事はない。彼女を買い取りはしたけれど、助けたなんて事はない。そんな人間らしい事をワタシが出来る訳がない。

 否定。

 拒絶。

 分からない。わからない。

 バーネットは激しく痛む頭を抑えて息を荒くする。脳に傷でもあるのか、ジクジクと痛む。

 ISの機能を探り痛覚のシステムを見つけたが、どうやら切ってしまう事は出来ないらしい。

 面倒な身体だ。バーネットは溜め息を吐き出した。

 

 スペックが上がった所で出来る事など一つしかないのに。

 

 

 

 

◆◇

 

「それで、アンタってルアナにソコまで入れ込んでたっけ?」

「へ?」

 

 昼休み。学生食堂でセシリアの前に座った鈴音の一言がソレであった。対面に座っていたセシリアは思わず驚いた。唖然とした。

 

「そ、そんなことありませんわ!」

「あぁそう。まあ、どうでもいいけど、座りなさいよ。周りが見てるから」

「……申し訳ありません」

 

 立ち上がり精一杯の否定をしたセシリアを前にしても鈴音はラーメンを啜りながら注意をする。

 セシリアはセシリアで、周りを見渡し、少しだけ顔を赤くして腰を椅子へと下ろした。そして鈴音を睨む。

 

「鈴音さんの所為ですわ」

「私の責任にしても構わないけど、話は聞かせてもらうわよ?」

「何のことですの?」

「アナタとルアナの関係よ」

「それは、貴女も知っての通りですわ」

「へぇ。少なからず私はアンタがルアナに惚れてた、なんて事知らないわよ?」

「ほ、惚れてなんかいません!」

「だから静かにしなさいよ」

 

 呆れた様にセシリアを見る鈴音。グラスに入った水を飲み干して落ち着いたセシリアが息を深く吐き出す。そして窺うように鈴音へと視線を動かす。

 

「そのどうして、ですの?」

「何がよ。アンタが今のルアナと何かしらの関係を築いている事を知ってる理由? それとも別の事かしら?」

「……前者ですわ」

「…………」

 

 鈴音はその言葉を聞いて、驚いた様に眼を見開いた。そのまま眼を細くしてセシリアに向き、溜め息を吐き出し、頭を抱える。

 

「こんな時、どういう顔をすればいいのよ」

「ソレはコッチの台詞ですわ」

「私の台詞よ……あぁもう。好奇心で死ぬなんて猫だけで十分なのに」

「何を言ってますの?」

「アンタの質問に答えるなら、知ったのはたったついさっきよ」

「は? ……ッ!」

 

 セシリアは何かを言おうとして言葉が詰まる。対して鈴音はコツコツと机を指で叩き何かを考えている。

 

「騙しましたわね……!」

 

 声を潜めてそう言ったのはセシリアだ。

 当然である。さも知っている風に言葉を吐き出し、いざ本当の事を言えば知らなかったと言うのだ。

 

「騙された方が、なんて言うつもりはないわ……引っ掛かる所があったのは事実だし。今は後悔真っ只中だけれど。まだ一夏に恋人が出来たって話の方が希望が持てたわ」

「い、一夏さんに恋人!?」

「ソッチの方がよかったって話。ソレは嘘よ、嘘。第一、あの唐変木の朴念仁に恋人なんて出来る訳ないじゃない。少なくとも料理の出来ない英国淑女はお呼びではないわよ」

「……ま、まあ身体の寂しい中華娘もお呼びではないでしょうが」

「やる気?」

「そっちからですわ」

 

 額を押し当て、互いに歯を見せ合い威嚇する少女二人。ソレを遠巻きに見ている件の唐変木の朴念仁は「あぁ理由はわからないけど、またやってるよ。仲良いよな、アイツら」などと呟いている。会話を知らないとは随分とお気楽なモノだ。

 額を突き合わせ、数秒。お互いに不毛だと察したのか、息を吐き捨て椅子に座る。

 先に口を開いたのはセシリアだ。

 

「それで、どうして気付いたのですか?」

「アンタがあの子を見すぎなのよ。シミュレーションの話からしてもオカシイし……ある程度の材料が揃ってたからかまをかけてみたら、見事にヒットした訳」

「…………不覚ですわ」

「本当よ……。

 

 

 どうして友達が幼女趣味を持っている事を知らなきゃぁならんのよ」

「ちょっと待って下さい!」

「どうしたのよ」

「私は幼女趣味など持っていませんわ! というかどうしてそういう話になったのですか!」

「…………あら、ソレは驚いた。だからバーネットちゃんを見てたんじゃないの?」

「そんな事ありませんわ! 決して私はそんな趣味を持っていません! 第一、私の好きな人は……!」

「好きな人は?」

「っ! あーもう! この話は終わりですわ!」

「はいはい。あぁ、そうだ、セシリア」

「なんですの!」

「今度のタッグ戦。私と組もうよ」

「…………は?」

 

 沢山の間を開けて、セシリアはようやく一文字だけを吐き出した。その吐き出された一文字とセシリアの表情に満足そうにニンマリと笑った鈴音は手を合わせて食べ終わったラーメンに感謝を捧げる。

 

「参加の要項を纏めたヤツ送るから、提出は任せたわよ」

「ちょ、ちょっと! 鈴音さん!?」

 

 トレイを持ち上げて鈴音は立ち上がり、返却口へと返して足取りを軽やかにしながら食堂を後にした。ステップを踏まんばかりに軽やかであったと彼女を知る者は言う。

 対してその背中を見送る形となったセシリアは宙を掴んだ手を戻して溜め息を吐き出した。

 一体、何がどうなった?

 セシリアにはさっぱりわからないけれど、鈴音がタッグ戦のペアになるという事は確定らしい。一夏とのペアを組めない事を考えると彼女と共闘するという事は別に問題は無い。むしろ好ましい。

 と戦闘よりの考えをしていたセシリアの携帯端末にメールが届く。差出人は先ほどの中華ツインテールだ。

 

『適当に誤魔化したけど、気をつけなさいよ』

 

 と短い文章である。文末に付け加えられたへの字を口にした顔文字が実に彼女の心境を表している。

 数秒、そのメールを見つめてセシリアは机に頭を打ち付けた。額が痛い。いや、まあ、それは良いだろう。

 どうやら言い合いをする様な友人は結構自分の事を見てくれているらしい。それとも自分がわかりやすいだけなのか。

 セシリアは深く息を吐き出してタッグ戦の出場要項を思い出しながら立ち上がる。言われた通り、というのは癪だけれど、自分の相方としてこれ以上ない物を見せられたのだ。仕方ない。

 

 

 

◇◆

 

 ソレは私へと手を伸ばした。

 細い指を肌に這わせ、口元に笑みを携えて。

 手に持ったナイフを煌めかせ、私へと向ける。

 

 きっと彼女も願っているのだ。

 そして私も願っていたのだ。

 

 刃が肌を貫き、肉を裂き、骨を削る。

 同時に彼女の笑みが深くなった。

 

 私と彼女は同じモノを求めていた。

 彼女は私を。

 私は彼女を。

 コレはいつものソレではない。

 コレは特別なのだ。

 

 彼女は何かを言ったのだ……。

 アァ、アレは何だったのだろうか?

 その愛おしく赤で染まる唇で何を呟いたのだろうか。

 

 近くにいる筈なのに、届かない。

 手を伸ばしても遠くに居るようで。

 指を掠めもしない。

 届かない。

 

 届かない。

 

 きっと彼女は笑っていた。

 たぶん私は泣いていた。

 彼女はきっと笑みを深めるだろう。

 だから私は泣くことが出来たのだろう。

 

 けれど、コレは夢の話。

 安っぽい小説と一緒のオチ。そうに決まっている。

 

 そう決まっているのだ。


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