私が殺した彼女の話   作:猫毛布

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この調子だと100話いきそうです。
むしろ丁度100話で終わらせる事が出来るのではないだろうか。否、これはフラグでしかないのである。


75.依頼違反

 セシリア・オルコットは緊張で顔を強張らせ、乾いた舌を動かしてどうにか固唾を飲み込んだ。

 目の前には鋭い目つきをした担任、織斑千冬。二日ほど前に自宅へと戻った一夏が関係しているかはさっぱり、まったく分からないけれど折り目のしっかりと付いたスーツを着こなしている。

 別に、セシリアが千冬に向かって「弟さんを私にください」だなんて言った訳ではない。そもそも彼女にそんな度胸もないし、『日本かぶれ』という訳でもない。度胸があるのなら既に一夏との交際を始めている事だろうし、『日本かぶれ』ならば同様に一夏との交際を始めているだろう。

 

 そもそも一夏の周りには残念な美人が多いのである。それこそ幼馴染である篠ノ之箒もスペックだけを見つめれば素晴らしいのだ。

 料理も出来、美人で、身体も劣っている所などない。程ほどに筋肉質ではあるが女性らしい柔らかさを保有している。その柔らかさをもってして男を叩いている、などと表現すればさぞ素晴らしい『お仕置き』なのだろう。実際は竹刀、あるいは木刀でズドンだが。

 一夏は好みの話をされれば「お淑やかで優しい人が好き」と言えばいいのだ。きっと彼の世界は優しくなるだろう。いや、ラウラ・ボーデヴィッヒに限りその括りには入らないだろうが。

 

 閑話休題(どうでもいい話をした)

 

 どうして優等生セシリア・オルコットが織斑千冬に睨まれているのか。

 前述もしたが、一夏を落とす為に先ずは馬を射止めようとした訳ではない。決して。

 

「お願い致します。ルアナさんに会わせてください」

「…………」

 

 先日のキャノンボール・ファストでの彼女を見て何を察したのか分かりはしないが、セシリアは千冬へとその申し出をした。当たり前だが、セシリアはバーネットがルアナであることを知っている。

 

「お前らは既に会っているだろう……」

「アレはバーネットちゃんであってルアナさんではありません。あの時に……あの正体不明機が」

「オルコット。少し喋るな」

 

 セシリアは言葉の途中で口を噤んだ。

 千冬から発せられる重圧が増えたからだ。鋭い瞳がセシリアを射抜き、同時に首元へと何かを突きつけられた錯覚に陥る。

 それも数瞬だけの事で千冬が疲れた様に溜め息を吐き出し目の間を指で摘んだ事で解消された。

 

「オルコット。場所を変えよう。職員室でするような話では無い」

「……はい」

「では、山田先生。この書類はお願いします」

「え?」

「行くぞ、オルコット」

「お、織斑先生!?」

 

 扉を出る間際にしっかりと仕事を押し付けた千冬は決して振り返る事をせずに廊下を歩き出した。その後ろをキョトンとした顔で追いかけるセシリアと更に後ろからは驚きと恨み言が聞こえてきたが千冬の耳には届かなかった。

 

「あ、あの織斑先生」

「なんだ?」

「……山田先生はよろしいので?」

「……はて、ナンノコトカナ?」

 

 そんなワザとらしい棒読みも千冬には似合わず、やっぱりセシリアはキョトンとしてしまうのであった。

 そんなキョトンとした顔に苦笑した千冬は廊下を歩いていく。

 

 

 

 

 

 

「さて、セシリア・オルコット。お前の質問はなんだったか」

「ルアナさんの事ですわ」

 

 既に十月になり、放課後、夕方も近しい屋上はやや冷たい風を二人の間に流しセシリアの長い髪を持ち上げた。

 髪を抑えながらしっかりと千冬を見て言葉を吐き出したセシリアは確信を持っていた。アレはルアナであり、そして千冬は何かしらの理由をもってルアナを隠しているのだと。

 対して千冬は屋上のフェンスに背を預けて空を見上げて溜め息を吐き出している。顔には面倒そうな表情が貼り付けられている。

 

「ああ、ソレか。それだったな。毎日会っているだろう?」

「アレがあの時のルアナさんだと言うんですか!?」

「最初から言っているだろう。アレはルアナであり、バーネットである」

「なら、織斑先生は彼女に何をさせたんですか!?」

「……侵入してきたIS、サイレント・ゼフィルスの撃退だろう?」

「それだけではありませんわ」

 

 セシリアはしっかりと千冬を睨みながら少し自分の頬に触れる。触れた手を見てもそこには何も付着していない。付着している訳が無い。ソレはシャワーと一緒に流されたのだ。

 

「不明機が、ルアナさんが乱入した時に、空から……その不明機の腕から私に液体が落ちてきました! あれは、あれはっ!」

「まあ、待てオルコット。少し落ち着け」

「…………説明してくださいますか?」

「知ってどうする? 一夏にでも言うか?」

「……私は」

「世の中には知らない方がいいモノもある。それでも知るのか? 意味すらないのに? 目的すらないのに? アイツに踏み込むのか? アイツを見るのか?」

 

 面倒そうな表情から真剣な顔へと変化した千冬は鋭い視線でセシリアを貫く。

 セシリアは喉に引っ掛かりを覚え、ソレを無理やり飲み込む。

 どうして、など、決まっているではないか。彼女は友人だ。配慮も遠慮も無い、思った事を言ってくれる友人なのだ。

 

「ルアナさんは、大切な友人です。だから、会いたいと思うのはいけない事ですか?」

「ああ。その言葉を聞いて安心した」

「なら」

「オルコット。お前はアイツに会ってはいけないよ」

「っ!? どうしてですの!?」

「願った事が全て叶うと思うな。お前のソレは子供の我侭にも等しいぞ」

「ッ!? なら、一夏さんなら」

「アイツは尚更だ。更識簪もな……。

 ルアナ・バーネットを想ってやるなら、会うな、見るな、構うな」

「それでも」

「…………はっきり言ってやろう。お前に出来る事など無いよ、セシリア・オルコット」

「…………ッ」

「私を恨むのも、睨むのも、構いやしない。私はソレを甘んじて受けよう。

 私は織斑の姉であり、そして生憎な事にルアナ・バーネットの姉でもあるんだ。妹の願いぐらいは察して、叶えれるよう努力するさ」

「なら、どうして彼女の人を」

「…………セシリア・オルコット。運はイイ方か?」

「は? そんな事今は――」

「まあ、答えろ。今までの人生を遡り、自分は人よりも幸運か否か。そして今現在が幸運であるか、否かを」

 

 唐突な千冬の問いかけにセシリアは肩を少し落として自分の人生を振り返る。

 情けない父と強かな母は事故で死に、今に至るまで不運であったと言える。それでも運よくメイドもいた事で今まで生きてこれた。それもコレも最初の不運さえなければ……と思う事もある。

 けれど、今に至ればソレは全て一夏への出会いとして集束してしまう。そうなれば、幸運だと言えた。

 

「幸運、ではありませんわ」

「……そうか」

 

 フェンスが音を細かくならして千冬がフェンスから身体を離した。そして、少しだけ膝を曲げ前傾姿勢に。

 セシリアがその状態を疑問に想った瞬間、千冬がコンクリートを蹴った瞬間、カチャリと歯車が噛み合う音が鳴った瞬間が重なり合う。

 セシリアへと腕を伸ばした千冬。その腕はセシリアの顔の横を抜け後ろへと伸ばされる。

 セシリアは突然の接近と何が起こっているのかが不明すぎて状況を理解しようとしている。首を動かして千冬の腕を辿る。

 黒いスーツに包まれた腕から手が伸び、その手が別の手を掴んでいる。その手には黒く、鈍く夕日に照らされたリボルバー拳銃が握られている。

 冷たい空気がセシリアの髪を揺らし、視界を遮る。髪の隙間から見えたのは夕日を照り返す紫銀。瞬きすらしない、深みの帯びた青。

 

「やめろ、バーネット。コレは殺すな」

「殺した方がいい。これからは邪魔になる」

「それでも殺すな。契約に違反する気か?」

「…………了解」

 

 握られていた手で構えていた銃を手放し、ソレはコンクリート床へと落下していく。落下の直前で端から淡い緑色の粒子へと変換され、ソレは音を立てずに消え去った。

 しっかりと溜め息を吐き出した千冬はバーネットの手を離し、セシリアの肩を掴んでバーネットへと身体を回す。突然回されたセシリアは変わった景色よりも目の前の存在に驚きを隠す事が出来なかった。

 ソレは確かにバーネットの形をしていた。

 ソレは確かに笑顔であった筈なのに。

 今は全てが億劫に見えているのか深い青の瞳が光を灯さずにドコかを見つめている。顔には面倒極まりないといった表情。

 あまりにもバーネットとはかけ離れていた。かけ離れていたからこそ、セシリアは勘違いをしてしまう。

 

「ルアナ、さん?」

「……」

 

 その名前を聴いた幼女はピクリと反応して、セシリアをその瞳に写しこんだ。数秒ほど、セシリアを見つめ、小さな口がゆっくりと、一文字ずつ、音を出す。

 

―ル

―ア

―ナ

 

 たった三文字を刻み付ける様に一度だけ音を出して確認した幼女は眉間を寄せ、頭に手を当てて苛立たしげに口を開いた。

 

「この依頼は人形に名前をつけて愛でる義務でもあるの?」

「……バーネット」

「殺して生きるだけの存在。名前は不必要」

「日常生活に溶け込むのはどうするつもりだ」

「全部殺せば必要も無い」

「ソレは許せないぞ」

「……」

 

 千冬の睨みを回避するように幼女は視線を別の方向へと逸らし、また虚ろを見ている。ゆらゆらと瞳は揺れているのに光は一向に灯ることは無い。

 千冬はその幼女の態度に溜め息を吐き出して、自分のした行動の無意味さを噛み締める。

 

「アレが今のアイツだ」

「そんな……まったく違うではありませんか!」

「……そうだ。アレはルアナではない。だが、ルアナだ」

「ッ……」

「踏み込みすぎたお前への牽制……いや、排除の為に動いたのが今のルアナだ。

 僅かの可能性すらも潰す為の行動だ。一応、依頼内容にお前らの安全も含まれていたが、甘かったか」

「……依頼?」

「織斑一夏、それに関する物を守る事。その延長として先日の襲撃者への対応だ」

「そ、それならどうして私は」

「さてな。口封じだとは思うが……。バーネット、先も言ったが契約違反だぞ。何故オルコットを狙った」

「織斑一夏の周りにいる人間を一人消した所で他の人間が補うだけ。問題は無い」

「だ、そうだ」

 

 疲れた様に息を吐き出した千冬と当たり前の事を言った様に興味の欠片すらない幼女。

 単純に意味を理解出来ずに混乱するセシリア。当然である。自分に代わりがいると宣言された挙句殺されかけたのだ。千冬が少しでも遅れていれば今頃は冷たくなって赤いカーペットの上で眠っていただろう。

 

「こ、この事を一夏さんは?」

「知る訳が無いだろう。目に見える未来は回避すべきだ」

 

 一夏なら、きっとこのルアナを認める事はない。幼いバーネットは自身を慕ってくれている事からあまり否定的ではないが、妙に色気を振りまいていたバーネットですら一夏は否定していたのだ。

 話の通じないこの幼女を一夏が見ればどうなるか。

 セシリアは頭が痛くなるのを抑えてその未来を考えるのを止める。それだけはいけない。

 

「まあバレてしまっては仕方ない。オルコット」

「わかっていますわ。この事は誰にも言いません」

「当然だ。誰かに言ってみろ。その相手諸共夢の世界へ送還される」

「……肝に銘じておきます」

 

 セシリアはチラリと幼女を確認して、息を吐き出した。

 千冬の言葉は冗談では無い事を心に刻み付けて、一歩目を踏み出す。

 

「セシリア・オルコット」

「……なんですの?」

 

 幼女により小さく呟かれた名前。その名前を持つ彼女は振り向いて疑問を口から出した。

 今更殺す、などとは流石に言わないだろうが、怖いものは怖い。

 

「……動きはよくなった?」

「ッ!?」

「バーネット?」

 

 驚きを隠さずに目を見開いたセシリアとその表情を見て確かめる様に幼女に声を掛ける千冬。対して幼女、バーネットはどうして自分がその言葉を吐き出したのかわからないのか、思い出そうとして痛くなった頭を支えている。

 数秒ほど頭を抑えていたバーネットは大きく息を吐き出してまた陰鬱な表情へと戻る。

 

「……なんでもない」

「オルコット。バーネットの訓練に参加する気はあるか?」

「わ、私が、ですか?」

「記憶が戻れば重畳。お前もコレの動きを参考に出来る部分もあるだろう」

「それは……」

 

 いや、惑わされるな、セシリア・オルコット。キミの戦い方と彼女の戦い方は天と地ほどに違うのだ。目指すべき場所としては問題点がありすぎる。

 

「わかりましたわ」

 

 考え直すのだ、セシリア・オルコットよ。いや、キミの肢体を表現する事は吝かでは無いのだが、キミの死体を表現するのは勘弁願いたいのである。

 セシリアの言葉を聞いて一つ頷いた千冬は決定したように口を開く。

 

「では放課後に呼び出しをするかも知れんが、適当に来ればいい」

「はい!」

「そういう事だ、バーネット。オルコットとの訓練での事故(・・)は極力無い様にな」

「了解」

 

 コクリと頷いたバーネットはやはりドコを見つめていたが、数瞬してもう一度セシリアをその瞳へと映し込んだ。

 二秒ほどしっかりとセシリアを見つめたバーネットは用件は終わった、と言わんばかりに息を吐き捨ててセシリアの横を素通りして屋上から立ち去った。

 

「……その……織斑先生?」

「なんだ?」

「一応聴いておきますが……命の危険はないですよね?」

「大丈夫だろう。アレの武装を知る限りは今のところISへの対抗策を封じているようであるし……そもそもアレが知らないという可能性もあるがな」

「そ、そうですか」

 

 果たしてこの回答が安心できる物なのか、不安を煽っただけなのか。

 セシリアの少しばかり青くした顔が夕日に照らされているのだから、果たしてどちらなのか、さっぱりわからないのである。




>>一夏の周りから一人減って、一人増える。問題ない
 一夏の周り-1=一夏の周り+1
 の計算。数は変わらないから問題ないね。

>>運はイイ方か?
 当然、よくても同じ行動はとっていた。

>>バーネットってどうやって登場したの?
 量子テレポートからの背後出現

>>どうしてセッシーの話を?
 一夏周辺に居らず、千冬と会話しに行ったと聞いたから。杞憂なら、ソレはそれでよかった。甘えた声を出しながら媚を売っていただろう。生憎、冷たい声を出しながら銃弾を食らわせようとしたが。

>>

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