一夏達サイドではなくて、バーネットとしての見方。
少女にも満たない幼女は瞼をゆっくりと持ち上げた。
開いた視界から確認できたのは金髪の少女だった。その金髪の少女は安らかに眠っている。幸せそうに口を少しだけニヤケさせて、眠っている。
幼女は金髪の少女の拘束からスルリと脱出して、ベッドから降りる。スプリングすら揺らす事なく、足音すら鳴らす事もなく、床にすら脚を着けず、幼女は小さく息を吸い込み、吐き出した。
『緑色のスーツを着用した象』というなんともオカシナ着ぐるみを着込まされている彼女は顔に当たるフードから紫銀の髪を零して、その陰鬱な表情を暗い部屋に向けている。
細められた青い瞳はドコか虚ろで、今しがた抜け出したベッドへと向いている。幸せそうに眠っていた金髪の少女はその腕から温もりが消えた事に気付いたのか、少しだけ手を動かして不満げに少しだけ唸った。尤も、唸っただけであり彼女が目を覚ます事はなかったが。
幼女はソレを一瞥して足を動かさずに移動する。
カーテンの閉められた窓の近くに足を下ろし、カーテンを少し開く。
青白く光る月が紫銀の髪を照らし、彼女の白い肌をなぞる。数秒ほど光の点らない瞳を月へ向けた彼女は瞼を静かに閉じる。
頭の中で、肉体的には久しいだろう快感を繰り返し口元を歪める。
肉が弾け、悲しみが鳴き、赤で塗り潰される世界。自身が自身である事を理解出来る唯一の時間。
その行為を"久しく"して彼女がわかった事は、ソレが"久しい"という事だ。
記憶で言えば、数日前……それこそ彼女がココ、IS学園で目覚める前日までは、しっかりと、確実に、その行為を行っていた筈だ。
けれど、けれどである。そんな記憶では知らない期間が確かに彼女の中には存在し、ソレを認識出来たのは行為を実行した瞬間だ。
皮を裂く瞬間も、肉を抉る瞬間も、骨を砕く瞬間も、命を削る瞬間も、先日、久しく味わった。
幼女は自分の手を見つめる。白く、細く、年齢なりの小さな手。
視界にノイズが走り、手に赤と黒が混ざる。ソレに心を揺らされる事もなく幼女はソレを握り締めた。
手から窓へと視線を戻せば窓に顔の上半分の消えた何かが映っていた。口元には笑みが作られていて、ようやく見える頬から黒い液体を垂らした。
幼女はソレを拭う様に窓へと手を伸ばし、拭う。視界には象の着ぐるみに包まれた滑稽な自分が虚ろな瞳で自分を見つめている。
「……ワタシは……」
幼女は自分の手をもう一度握り締めた。強く、強く握り締めた。
◆◆
「バーネットちゃん可愛いよぉ!」
「ほら、飴だよー」
一夏とクラスメイトである女生徒達は様々なお菓子を手にシャルロットに、正確にはシャルロットの後ろに隠れているバーネットへと詰め寄っている。
お菓子を貰えば花の様な笑顔を見せる幼女が「ありがとう」なんて少しだけ恥ずかしそうに言うのだ。国は違えど可愛いという感情は万国共通なのだろう。
尤も、そのお菓子を受け取られるのはかなり少ない可能性なのだ。一日一切受け取らない日もあれば、かなり受け取ってくれる日もある。
「あー、えっと、皆バーネットちゃんが怯えてるから」
「うぅ……」
「ご、ごめんね。バーネットちゃん」
「でも涙目も可愛いわね」
困ったように口を開いたシャルロットとその服を強く掴んでいるバーネット。シャルロットの体格でバーネット全てを隠す事も出来ず、覗き出ている顔が少し歪み涙を流しそうだ。慌て出す女生徒を見ながらシャルロットは心の奥底で想う。
実際の彼女は……いや、止めておこう。
考えた所で自分が絶望するしかないのである。
銃を突きつけられたあの瞬間も、冷たい瞳に貫かれたあの瞬間も、未だにゾクリと怖気が走るのだ。
彼女が言った通り、シャルロットはあの時の事を口にする事は無かった。加えて態度を変える事もなかった。
いつもの様に着ぐるみを着せる事もするし、愛でる時は全力である。そうでなければ、察しの良過ぎるルームメイトが何かを感じ取ってしまうだろう。
そうなれば、後は流れる様に自分が危機に晒されるだろう。流石に死ぬのは嫌だ。
「はーい、皆さん授業を始めますよー」
「やまやはバーネットちゃんと遊ぶの?」
「ズルい!!」
「横暴だ!」
「ほう……」
「やっぱり授業は最高ですね!」
「それはいい心がけだな。さあ、座れ頭痛の種共。これ以上私の頭を痛ませるんじゃないぞ?」
副担任の後ろから姿を現せた鋭い瞳の千冬にガタガタと机と椅子を鳴らしながら席へと急いで戻りだす生徒達。
そんな生徒達に溜め息を吐き出して千冬はバーネットを一瞥し、そして真耶へと視線を向ける。
真耶がニッコリとバーネットに笑顔を向けて、バーネットもそれに釣られるように笑い真耶の手を取った。心なしかシャルロットの顔が歪んだ様な気がするが、当然、気のせいである。
「では授業を始めるぞ」
その一言で授業は始まり、真耶は教室からバーネットを連れて退室した。しっかりと扉を閉めて、真耶は一つ息を吐き出す。
後ろで聞こえる千冬の声に後ろ髪引かれながら、真耶はバーネットの手を改めて握り直して歩き始める。
「山田真耶」
「はい、なんですか?」
数秒程廊下を歩き、口を開いたのはバーネットだった。
声こそ無機質極まりないモノであったけれど、その表情は一切変わらず人間らしい笑顔を浮かべている。
その落差を知りたくなくて、真耶はあくまで前だけを向いてバーネットへと視線を動かさない。
「服を一着ダメにした」
「……そうですねー」
真耶は真っ赤に染まった自分の服を思い出す。キャノンボール・ファスト時に一夏達に会うというバーネットの願いを叶えた真耶。
スタート位置に行く前なら、という条件で叶えた真耶はしっかりとバーネットを背中に隠しながら彼らに会ったのだ。その時にべったりと赤が服に付いてしまった。
ソレこそ、彼女の"一仕事"終わった後だったからという原因なのだけれど。その辺りを言えば、コチラの都合で彼女に無理をさせていたのだが……。
「別に気にしなくてもいいですよ?」
「……お金払う」
「いえ……そうですね。織斑先生に渡して置いてください」
「了解」
千冬ならば上手く使ってくれるだろう。真耶としては服の代金さえ貰えればそれでいい訳であるし。むしろ貰わないという事も視野にいれていたのだから。
「それと、今日は診断もあるのでお願いします」
「……了解」
開いた扉の前でバーネットは息を吐き出した。先ほどまでの朗らかな笑顔など無い。ドコか陰鬱で、億劫で、瞳に明かりすら点らない顔であった。
真耶から見て、バーネット……いや、ルアナ・バーネットという存在はとことん分からない存在であった。
どうして彼女は殺し屋になったのか、どうして彼女は織斑一夏を狙ったのか、どうして、どうして……。
考えた所で答えなど出てこない事は知っていたけれど、それでも考えてしまう。
今しがた目の前でターゲット全てを射抜いた存在が、どういった訓練を受けていたのか、と。
バーネットのISは些か特殊である。そもそも自立型ISの試作機と名乗っていた彼女は特殊以外の何物でも無いけれど、それでも彼女は特殊だ。
先日のキャノンボール・ファスト時にしていたバイザーは無く顔は全て見えている。
装甲に守られている前面に対して背面には彼女の白い肌と背筋がしっかりと見えている。腕も装甲が在るのは前腕だけであり、ソコから上の肘、上腕、肩は全て肌色であるし、手もしっかりと見えている。
極めつけは腰だ。スカートの様に後方に伸びた装甲は問題などない。前面装甲と腰部装甲を繋いでいるベルトの様な装甲にはホルスターがしっかりと存在感を出している。
地面に対してやや斜めに付けられたソレに銃を収めた彼女は真耶の視線に気付いたのか、目だけを動かして真耶を視界に入れた。
透明な壁越しであるが、こうして自身の慣らし作業を見られるとあまりいい気はしない。けれどこの作業はしておかなくてはいけない。
余りにも、自分の知っている自分よりも動きすぎるのだ。
ISとの戦闘、という事になれば今のバーネットは顔を顰めるだろう。三次元的な動きもそうだが、対人ではバリアなんて物も無い。
戦うとなればそれなりの準備も必要になる。だからこそバーネットはエムを徹底して無力化し、撤退を選択させた。
『じゃあ、次のターゲットを出しますねー』
そんな真耶の声を聞いてバーネットは瞼を薄く開いた。右腰のホルスターに手を添え、力を要れずに手を開く。
ターゲットが出現と同時に右手は動き出した。
>>『緑色のスーツを着用した象』
野蛮。シャルロットがお国で有名な童話の着ぐるみを見つけたので購入、そしてバーネットに皮肉として着せた。可愛いから問題ないね。
>>アトガキ
毛布です。
以前もいったが時間が取れないのである。加えて狩人生活だとか、やきう人生活とか、来月に控えるアレが悪い。
決してトライファイターズが面白いとか、そういうのじゃない。
ともあれ、申し訳ありません。
この程度に短ければ、更新早くなると想います。早くなるとは言わないけれど。
書き手が書くのもおかしいが、こんなモノに一年掛けてるってどういう心算なんでしょうね。辛酸を舐めている読者の顔が目に浮かびます。
もう少し早く書ける様に努力します。出来るかはわかりませんけどね。