何度も書き直した結果、全く違うモノが出来てしまうことは結構ある出来事だと思いました(小並感
「おい! なんとか言えよ!」
「一夏、落ち着いてよ!」
「落ち着けるか!」
織斑一夏は更識簪へと詰め寄り、その間にシャルロットが入り込んで一夏を抑えている。
簪は散々泣き叫び、言葉を発することもなく、一夏の最初の一言によりその瞳から光を消した。
『お前のせいでルアナが消えた』。そんな簪だってわかっている事だった筈なのに、簪はソレを改めて理解し、心に突き刺し、そして思考と絶望の中へと意識を落とした。
シャルロットが抑えている今でさえ、一直線に一夏を……いや、その視界に一夏は入っていない。ただドコかへと視線を飛ばし、現実を受け止めれずにいる。
そんな状態である簪へと食って掛かる一夏。一夏にしてみれば、自分の知らない所で、自分の大切な存在が他人を守って死んだのだ。
一夏にとってソレは許される事ではない。そもそもどうしてルアナがコレを守って死んだのか分からない。
頭の中で順繰りする思考が口に出るよりも先に一夏の口からは感情が吐き出されている。
心のどこかでは簪を責めた所で無益である事も知っている。簪を責める意味なんて無い。それこそ簪だって被害者であることも分かっている筈だ。
けれど、そんな事よりも一夏の心は行き場の無い怒りを吐き出している。頭に血が昇り、冷静ではない。
ソレを理解出来る……正確には一夏の形相にどれ程ルアナという存在が一夏にとって支えになっていたのかを理解した篠ノ之箒と凰鈴音は行動を止める事はなく、俯き唇を噛み締めている。
セシリア・オルコットは未だに唖然とするばかりで事態の把握が完了せず頭が真っ白になっている。仲良くなった筈のルアナがこうも容易く消えてしまったことも、一夏が鬼の様な形相である事もセシリアにはまるでドコか遠くの出来事の様に思えてしまう。理解するよりも先に感情を整理している。
唯一淡々と事態を把握して、各方面に連絡を行っているラウラ・ボーデヴィッヒを止めない。ラウラにしてみれば、一夏よりも止めなくてはいけない人物がいるのだが、その人物が自分から動いているのだから早々に場を収める方が素早く終わると判断している。
「退け! シャル!」
「退かないよ! 今の一夏は冷静じゃない!」
「冷静でいられるか! 家族が、ルアナが死んだんだぞ!!」
「死んでない! それに簪を責めて何になるって言うのさ!」
「わかんねぇよ! でもルアナはソイツを守って死んだんだぞ!」
「だから死んでないって言ってるでしょ! それにルアナが好きで守ったんだ! 一夏に何か言う権利は無い筈だよ!」
「ッッ! それで……それで死んだら、意味ねぇだろ!」
「じゃあ言わせてもらうけど! 一番最初にルアナを殺した人間は誰なのさ!」
瞬間に一夏は頭に熱くなり、右拳をシャルロットの左頬へと打ち込んだ。殴られたにも関わらず、しっかりと両足は動かさなかったシャルロットは一夏を睨みつける。
そして何かを言いかけて、口を噤んで息を吐き出す。
「冷静になりなよ、一夏」
そう一言、一夏へ言い聞かす様にシャルロットは口に出した。ソレすらも一夏の琴線に容易く触れてしまう。
「なんだよ! シャルはルアナと仲がよかったんだろ!? なら死んだルアナの為に怒るだろ! なんで怒らないんだよ!?」
「…………」
シャルロットは無言で一夏の言葉を聞き、そして一直線に一夏を見つめている。
その瞳に一夏は余計に苛立ち、舌打ちをする。沸騰した頭の中で結論を出し、口を開く。
「お前がそんなに冷たい奴だとは思わなかったよ」
「……キミみたいに感情を喚き散らす事が熱いって言うなら、ボクは冷たくていいよ」
「ッ!」
「何をしている!」
改めて拳を持ち上げた一夏はようやくやってきた千冬の声に停止する。千冬の隣には楯無も居て、現状を見て眉を顰めた。
私事では動けない立場であり、一夏達が向かった事で少しばかり安心していたけれど、ソレはどうやら間違いだったらしい。自分の見通しの甘さに眩暈がした。
千冬は千冬でラウラから聞かされていた現状通りの視界に眉間を寄せる。
その千冬を見て、一夏は歯を食い縛りシャルロットの横を抜け、そして千冬の横を抜けてこの場から立ち去る。ソレを心配そうに見ていた箒が千冬へと目配せし、千冬は一度頷いた。
一夏を追いかける様に箒は走りだし、千冬はようやく溜め息を吐き出して、簪へと向かう。
腰が抜けたように地面に座っていた簪は虚ろな瞳でぶつぶつと「私のせいで、私が悪い」と呪いの様に呟いていた。
それでも、しっかりと両手を祈る様に握り締め、その中にある玉を守っている。
「更識妹」
「私が悪い……私が……」
千冬は膝を着き、簪の肩に手を置きしっかりと簪の目を見つめた。
「もう終ったんだ」
「私が……」
「お前はよくやったよ。バーネットを……ルアナを守ったのはお前だ。ありがとう」
「…………」
ゆっくりと手を解くように千冬は簪の手に触れて、力が抜けていく手の中から淡い緑の玉を受け取った。
ソレをしっかりと握り込み、更識楯無へと目を向ける。
「妹は任せたぞ」
「はい」
千冬は立ち上がり、もう一度辺りを見渡す。
殴られたシャルロットは左頬を赤くしながらもソコを抑える事もなくにへら、と笑って見せた。
「ボクは大丈夫ですよ」
「……いいから、その頬を冷やしてこい。自室に戻ってシャワーも浴びるのがオススメだ」
「そうですね。じゃあ、そうします」
変わらずにへらと笑ったままのシャルロットは千冬に言われた通りに動き出す。その後ろを少しだけ離れてラウラが追う。
「凰」
「は、はい!」
「……すまんが、全体を見てやってくれ。少しでも異変があれば知らせろ」
「……もう一夏がオカシいんですけど」
「アレはあれで通常運行だ。篠ノ之と話せばいくらか落ち着くさ。……そこで固まってるオルコットも事態の理解はしている筈だ」
「……わかりました。異変があったらスグに報告します」
「すまんな。……任せた」
「ルアナの面倒で慣れっこですよ、千冬さん」
「そうか……」
苦笑して肩を竦めた鈴音を見て千冬も似たように苦笑する。大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。
「まったく……ままならんな」
◆◆
シャルロットは自身での宣言通り、自室にあるシャワールームの中に居た。
冷たい水が俯いたシャルロットの頭を打ちつけている。
力が自然と篭った左手を振るい、壁に打ち付けられた。痛みを堪える為に奥歯を噛み締めてシャルロットは頭の中に存在する何かを消化していく。
黒い想い。それこそ簪を糾弾しない事と一夏を抑える事を選んだ、『冷たい人間』であるシャルロットには似合わない想いだ。
ジクジクと痛む左手と自分を冷やしていくシャワー。
鼻の頭が熱くなり、瞼に力が入る。
咄嗟に右手を動かしてシャワーの勢いを強くする。シャワールームに響く水音が大きくなり、誰にも聞こえない様に、誰にも心配されないように声を絞る。
「ァ…………ぁぁ……」
シャワーから出てくる水とは違うモノが頬を流れる。口を開いても喉元で押さえ込んだ嗚咽が余計にシャルロットの心を締め付ける。
助けて貰ったのに、助けられなかった。
助けたかったのに、助ける事が出来なかった。
「るあなぁ……るあなぁ……ひぐっ」
両手で顔を覆い隠す様にして、シャルロットはしゃくりあげる。友人というにはいき過ぎた関係。自分を環境から救ってくれた恩人。尽くそうと決めた筈の彼女。
それが、アッサリと、まるで蝋燭を消す様に、それこそカボチャの馬車の魔法が解けてしまったみたいに、消えてしまった。
簪の様に虚無感に囚われてしまう事のなんと容易い事か。
一夏の様に喚き散らす事のなんと楽な事か。
その二つの選択肢をせずに、もしもこの場にルアナが居たならば、という思考であの場にいたシャルロットは自分の感情を無理矢理に押さえ込んだ。
押さえなければあの場で簪を殴り、ルアナである玉を奪って何処かへ消えたかもしれない。それこそ、一夏なんてお構い無しだ。
ソレをしなかったのはシャルロットがルアナが未だに生きていると信じていたからであるし、自分よりも生存確率の高いIS学園に任せると決めたからだ。
だからこそシャルロットは自分を抑え込んで、簪を守った。ルアナが守りたかった簪を守った。
だからこそ、一夏がこれ以上傷つかない様に言葉だけで収めようとした。コチラの結果は散々だったけれど、それでもあのまま簪に掴みかかるよりもよかっただろう。
冷たいシャワーが現実を突きつけてくる。
もう前に居た筈の彼女が居ない事が現実として淡々と理解出来てしまう。
親に目の前で売られた時と、いや、それ以上の喪失感と虚無感がシャルロットを襲う。
「―――――――――」
あの時の様に、温かい手も無い。抱きしめてくれる人は居ない。
シャルロットは水を流しながら、心を落ち着けていく。
ルアナがいなくても、ルアナに心配を掛けない様に、自分で立たないといけない。
悲しむのは、泣くのは全部終わって、全部ルアナに吐き出して、抱き締めてもらおう。
でも、少しだけ、少しだけならきっと許してくれる筈だ。
少しばかり長いシャワーを終えて、シャルロットはシャワールームから出てくる。頭を冷静にする為と冷やす為の冷水も悲しみを吐き出してからはお湯に変えて体を温めた。
湯気の立ち上る身体にラフな寝間着を着用し、頭にバスタオルを乗せたシャルロットはベッドを見て硬直した。
「……ラウラ、何やってんのさ」
「む、喜ぶと思ってな」
いつぞやの黒猫の着ぐるみパジャマを着用したラウラが『ニャーン』と実に棒読みで猫のように手を丸めて手招きしてみせた。
その愛らしい様子と見えている顔の無表情さが可笑しくてシャルロットは思わず吹き出してしまう。
「っふふ」
その様子にラウラは少しだけ面白くなさそうに顔を顰めてみせた。自分で行動したながら、こうして笑われる事に慣れていないラウラはどうにも理不尽に感じてしまう。
そんなラウラを見ながらシャルロットは笑顔に戻る。そして一言。
「大丈夫だよ、ありがとう」
と。
その一言と、纏っている空気がいつもの様子に戻っている事を感じたラウラはやはり面白くなさそうにフードを脱ぐ。
あー、勿体無い。なんて呟いたシャルロットは苦笑して近くの椅子に座りドライヤーを起動する。熱された風を少し遠くから髪に当てて、髪を梳かしていく。
「最初はどうなるかと思ったぞ」
「あはは。ごめんね、心配掛けちゃった」
「……構わない。私はシャルロットとルアナの関係を深く知りはしないが、深い仲であることは知っているからな」
深い、というか、濃い、というのか。当事者であるシャルロットはどっちだろ? なんて思考したけれど頭の中にいた御主人様は至極どうでも良さそうに「どっちでもいいじゃない」と肩を竦めている。
「…………悲しみを分かるとは言わないが、少しは吐き出しても大丈夫だぞ?」
「ヤだよ」
「…………」
「あー、ラウラが頼りないって事じゃないんだよ? それは絶対無い。それこそ悲しい事があったらラウラに相談したいぐらいだもん」
ドライヤーと止めて、「でもね、」と続けながらシャルロットはラウラへと振り返る。少しだけ照れたように、少しだけ情けない笑顔を向けて口を開く。
「この悲しみだけは私のモノなの。他の誰にも渡さないし、誰とも共有する気は無い。
ルアナが居ない間、この悲しみだけが私を支えてくれるし。この悲しみだけが私を惨めにしてくれるから。だから、コレは私だけのモノなんだよ」
だから、ごめんね。
と繋げて言ったシャルロットにラウラは息を飲み込んだ。
思わず手を伸ばしてしまい、首を傾げたシャルロットは疑問符を浮かべたようにキョトンとした顔でその手をしっかりと掴んだ。
「どうしたの?」
「いや……なんでもない」
「そう?」
少し疑問に思いつつもシャルロットはニコリと笑った。ラウラは決して言えなかった。
こうして掴んでいなければドコかへ落ちそうに思えたなんて。絶対に言えない事だ。
真剣な眼差しでシャルロットを見ているラウラに対してシャルロットはなんともお気楽なモノで「にゃ~ん」と言いながらラウラを抱き寄せて首元に頬を擦り付けている。
そんな様子に自分の杞憂か、と結論付けたラウラはシャルロットの顔を掴んで無理矢理自分から離した。
「私もシャワーを浴びてくる」
「えー、一人じゃ寂しいよー」
「大丈夫そうだな」
スッパリと言い放ったラウラは溜め息を吐き出して眉間を少し押さえてシャワールームへと入り込んだ。
笑顔で送り出したシャルロットはラウラの姿が消えた事で少しだけ息を吐き出して笑顔を苦笑に変えた。
「ホント、優しいなぁ…………」
そんなシャルロットの呟きはシャワーに耳を塞がれたラウラに届くことはなかった。
>>一夏くん
非難してはいけない。力をもった簪がその場にいたのに、結局ルアナが消えてしまった事に怒って、その矛先を一番簡単な簪ちゃんに向けている子供なのだから。非難する事はありません。
>>簪ちゃん
現実逃避なう
>>シャルロット
悲しみが遅れてやってくるタイプ。その分落ち方は直角。
>>箒さん
一夏のフォローへ
>>鈴音お姉さん
保護者の立ち位置。一番落ち着いてる。一番胸に悲しみを帯びている。悲しみをしっかり受け止めて、周りを慰める事で自分を保つ。けれど自分の胸はかなり悲観的。
>>セシリア
事態を冷静に受け止めて淡々と処理する頭を持って、心の制御をするのに時間が掛かる。泣き叫ぶ事も意識を飛ばすこともないけれど、呆然としてしまう。
>>セシリアの霊圧が消えた?
執筆途中の出来事。普通に書いていた筈なのにセシリアだけがハブられていた。草場の影で泣いていたことだろう。