私が殺した彼女の話   作:猫毛布

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45.可愛いモノ好き?

「…………」

「…………」

 

 ルアナ・バーネットとラウラ・ボーデヴィッヒは溜め息すら吐かしてもらえずに鏡に映っている自分たちを見ていた。

 

「うん、うん! いいよ、いいよ! 二人共!」

「うん! とっても可愛いよ! ルアナ! ボーデヴィッヒさん!」

「ええ、とってもお似合いです! あぁ! 仕事じゃなければカメラを持ってきてたのに!」

 

 可愛いもの好き、シャルロット・デュノア。一般的女の子、更識簪。そして、店員(変態)の三名が身を捩りながらそんな二人を見ていた。

 ルアナは隣にいるラウラを見た。どうやら彼女の同じ気持ちだったらしくルアナへと視線を向けている。

 

―どうしてこうなった。

 

 二人の心の叫びは当然の事だが、三人には届かない。

 

 

 

 

 

 

 

 事の顛末を話せばかなり単純で、きっとラウラにとっては複雑怪奇で意味不明なモノだったに違いない。

 

「買い物に行こう」

 

 そうシャルロットが言ったのだ。言ったのである!

 いや、至って普通の、それこそ女の子なら誰しもが言うような言葉であるのだが……。

 同室であるラウラにとってはなんとも不思議な一言だった。

 

「先日、バーネットと行ったのではないか?」

「うん、行ったよ」

「ならその時点で必要なモノは買っただろう?」

「うん、買ったね」

「……ん?」

「え?」

 

 先日、と言っても夏休み前、ソレこそ臨海学校の前に買い物に行った。ソレはラウラも知っている事だ。

 様々な補給の事を考えてもIS学園にいれば事足りる。ソレこそラウラがそうであるように。故に、一月前に物資の補給(買い物)へと出かけたシャルロットが買い物に行く理由にはならない。

 加えて、シャルロットは「必要なモノは購入した」と言った。

 

「…………なるほど」

「え? どうしたの?」

「シャルロット……」

「は、はい」

 

 ジロリと隻眼のラウラに睨まれて、シャルロットは背筋を伸ばす。ラウラが如何に美少女、可愛らしい美少女というか愛でたい美少女であったとしても、彼女は軍人だ。

 その厳かな雰囲気にシャルロットが耐えれる訳もなく、朝食を食べる手も止めて、座っていた椅子の背凭れすら使わずに、背筋を正した。

 そんなシャルロットを睨んでいた軍人、ラウラ・ボーデヴィッヒは同室の女の子を責めるように、咎める様に口を開く。

 

「ドラッグはやめろ」

「どんな勘違いをしてるのさ!」

「む、あくまで否定をするのか」

「あくまで、どころか全否定だよ! あれ? 僕がオカシナ事言ったのかな!?」

 

 必死で今までの言動を思い返して見ても自分がオカシナ行動をしたことも言葉を喋った事もなかった筈だ。確かに、簪から送られてきたルアナの犬パジャマを見てニヘニヘとダラシない笑みを浮かべていた事はあったけれど、あったけれど……。

 

「あったよ……」

「いいか、シャルロット。依存性のあるドラッグはお前の体を壊すモノなのだ」

「いや、うん、知ってるよ」

「知ってても常用するのか!」

「常用どころか、そんな危険な代物見たこともないよ!」

「……ん?」

「だから、僕はソレを摂取した事が無い。そりゃぁ、その……部屋でニヘニヘ笑ってた時はあったけどさ、ソレはちゃんとした理由があって」

「へえ、理由って?」

「それは、ルアナが犬の着ぐるみパジャマを着てチョコンって座ってるんだよぉ。もうこれが可愛くって、かわい……くて」

 

 シャルロットの目の前に紫銀の髪が揺れた。その後ろにはあははー、と乾いた笑いを浮かべている簪。はにゃーん、なんて言えそうな緩んだ笑顔で頬を抑えていたシャルロットは持ち前の戦況判断能力を用いて、笑顔をキリリと締め直し、真面目な表情へと変化させた。

 

「おはよう、ルアナ、簪」

「誤魔化せてない」

「バーネットと……誰だ?」

「えっと、更識簪……です」

「サラシキ? ……そうか」

 

 更識という苗字に何か思い当たる所があったのだろうラウラはふむ、と顎に手を当てて一言唸った。

 更識、という事で判断された簪は少しだけほんの少しだけ眉間に皺を寄せる。と言っても簪にとっては慣れてしまった事でもあるのでその皺はすぐに消えるのだが。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

「よ、よろしく、お願いしま……す」

「よろしく」

「それで、何を言ってたの?」

「そうだ! 聞いてよルアナ! ラウラが僕の事をドラッグ常用者だなんて言うんだよ」

「…………ちなみに種類は?」

「なんでソコに興味を持つかなぁ……」

 

 肩を落としたシャルロットに苦笑してしまうルアナと簪。

 

「まあ、冗談はもういいか」

「冗談だったの!?」

「私だって冗談ぐらい言うさ」

「たちが悪いにも程があるよ……」

「……すまん」

「別にいいけど……もう言わないでね?」

「ああ、シャルロットがへらへらと一人で笑ってても、決しむぐっ」

「わーわーわー!」

 

 慌てた様にラウラの口を塞いだシャルロット。ラウラはんーんーと唸り、ソレを見ているルアナはジト目、簪は目を逸らして知らんぷり。

 当然、シャルロットが保有している、言ってしまえばニヘニヘ笑ってしまった元凶である写真。それの送り主は簪である。もっと言えばポージングしているルアナの写真なので、そのポーズを求めたのは撮影者本人であることは言うまでもない。

 今、巻き込まれるとマズイ。簪は察して視線を背けた。

 

「ここ、座っていい?」

「あ、どうぞ」

 

 ラウラの隣に座るルアナ。同じく空いていたシャルロットの隣へと座った簪。

 ようやくご飯にありつける、とばかりに手を忙しなく動かすルアナ。ソレを見ながら慣れていないシャルロットはうわぁ、と声をもらし、見慣れている簪はあはは……と苦笑い。

 

「あ、そうだ。ねえ、ルアナ。今日って空いてる?」

「んぐんぐ」

「ごめん、飲み込んでからでいいから」

「んぐ……ん、空いてる」

「それじゃあ、一緒に買い物に行こうよ! 簪も一緒に」

「わた……しも?」

「うん、そろそろ秋物とか、色々出てるし」

「……」

 

 簪は頭の中で計算する。現在所持している服で使えるモノは少なくなってきている。けれどもISの制作もある。

 個人的には今日も籠ってルアナとISの制作に没頭したい。したいが、シャルロットを無碍には出来ない。

 

「またルアナに色々着せようよ」

「行く」

 

 即答である。先ほどまで考えていたIS制作なんてなかったのだ。

 お腹が白いシャルロットさんはヤッターと喜んでいる。彼女が腹黒な筈が無い。

 

「……」

「あれ、どうかしたの?」

「私の外出は、許可と申請が必要」

「え? 前はしてなかったよね?」

「前の外出は擬似ISと名乗ってなかったから。今はそれなりの制約で動いてる」

「そう……なんだ」

 

 擬似とは言え、ISであるルアナが外で稼働している事は問題に成り易い。ソレこそ教員の許可が必要になる。

 遊びに行く、という極めて不純な理由で自律稼働ISが外へと出る事を真っ当なIS学園教員が許すとは考えられない。

 

「む、許可が下りたぞ」

「ラウラ?」

「教官へ連絡したら、許可が下りた。どうせ籠って食べて寝るだけだろ、外に行け、外に。だそうだ」

「…………」

 

 ルアナはバレてる、と呟いて落ち込んだ。法的に引き込もれるやったぜ! なんて思っていた数秒前の自分が否定された。

 そんな落ち込んでいるルアナを放置して、簪とシャルロットはよくやった、と言葉には出さずにサムズアップで伝えた。その伝える相手も本日の被害者であることは既に冒頭で証明されているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 準備を整えられ、バスに乗っているラウラは市街地を眺めていた。

 軍服でもなく、制服でもなく、ブラウスに胸元に黒く細いリボンを結び、そして眼帯を見せない様に目深に被らされた帽子。ラウラ・ボーデヴィッヒを知る人物にとって、このラウラ・ボーデヴィッヒは正しくオカシイ状態だった。その立ち振る舞いこそいつものラウラであったが、格好が明らかに違う。

 そもそも、ラウラ自身は軍服で外出しようとした。ソレをシャルロットに止められて制服に着替えさせられ、既に準備が出来ていたルアナがその格好を見て以前購入された服を持ってきた訳である。幸い、背丈が似ている事もあり、少し胸元に寂しさとか侘しさとかを感じるが、着る事は出来ている。

 そんなオシャレをしているラウラはバスの速度で流れる市街地を眺めていた。

 

「バーネット」

「なに?」

「あのビルは狙撃に使えそうだな」

「……そうね。向かいのビルが少し邪魔そうだけれど。その隣に見える背の低いビルは中々よ」

「む、周りが見えないのではないか?」

「ここから見えないけれど、あの周辺はひらけているのよ」

「ほう……」

 

 腰の細い淡い青のワンピースにルアナの言葉を聞いて頭の中の情報を更新するラウラ。ルアナはルアナで物憂げな様子で外を眺めている。決して彼女が今から起こるだろう『着せ替え人形の刑』に憂鬱になっている訳でもない。

 面倒、という気持ちも少ない。けれども、少しだけ、ほんの少しだけルアナは迷っていた。【ルアナ・バーネット】という存在を知っている三人とこうして一緒に遊ぶ、という事に。ソレを考えた所で意味の無い事をルアナは知っているけれど、迷うしかなかったのである。

 

 こんな幸せでいいのだろうか。と。

 

「ルアナ、駅に着いたよ」

「……うん」

 

 簪の声に反応したルアナは笑顔を浮かべて簪の元へと向かう。先ほど考えていた事など、今は考えなくていいのだ。

 幸せならば、幸せでいいではないか。

 

「よーし、じゃあ、さっそく服売り場に行こうか!」

「うん!」

「?」

「…………ぁぁ」

 

 幸せ、なのだろうか。

 ルアナは別の事で真剣に悩まなくてはいけないかもしれない。尤も、ルアナ自身はそれを幸せな悩みであることを理解しているのだけど。


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