私が殺した彼女の話   作:猫毛布

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なお、意味は書かないもよう

作者のつぶやき
休もうと思った。思ったら風邪を引いてた。風邪だから執筆した。
間違いなど、何もない。


43.強くなる意味

「うぉおおおお!」

 

 織斑一夏は竹刀を振るった。

 縦に一閃されたその竹刀は篠ノ之箒の握る竹刀へと当たり、パシンッと乾いた音を響かせる。

 

「踏み込みが、足りん!」

「がはっ」

 

 受けられた竹刀を弾かれ、逆胴へと綺麗に決まった箒の竹刀。防具へと当たった竹刀は先ほどよりも鋭い音を響かせている。

 しっかりと防具に当たっているのだけれど、それでも衝撃というのは殺しきれなかった様で、一夏は思わず面金の向こう側で声を上げてしまった。

 声を上げてなお、その痛みに耐えて立ち、一夏は礼をする為に仕切り線へと向かう。

 そこで蹲踞をして、竹刀を腰へと差す。

 場の枠線から出て、正座をし、ようやく面を外した。

 

「ふぅ……ててて」

「不甲斐ないな、一夏」

 

 純粋に、ただ純粋に勝ったことを喜んでいるのか、箒はフフン、と鼻を鳴らして得意気になっていた。

 一夏は一夏でそんな箒を見て苦笑している。

 箒が勝ったことよりも嬉しい事がある。それはこの試合が一夏の頼みによって行われた事。そして、箒にとっての織斑一夏がようやく戻ってきたという実感を得た試合であった。

 試合こそ勝利した箒だが、幾つか自身でも分かるゾッとした瞬間もあった。過去の自分と一夏を重ねる様に、今の自分と一夏を重ねた。

 

「いや、まさか逆胴がトンデくるとは」

「トンデもない、なんて言わせないぞ」

「……ハハハ」

 

 一夏は箒から視線を外してカラカラと笑った。

 図星か。箒は溜め息を吐き出して、呆れを敢えて前面へと押し出した。彼女の心の中は現在小躍り状態なのを忘れてはいけない。

 油断をしていると満面の笑みを浮かべてしまいそうになるのを箒は必死で隠して顰めっ面を顔に貼り付ける。

 

「しかし、一夏。攻め方が変わったな」

「そうか? あんまり意識してなかったけど」

「ああ。昔は……もっと、こう、ズバッと来てガー、という感じだったというのに」

「それは伝える気がないんだよな? そうなんだよな、箒さん」

「何を言うか。私はかなり的確に表現しているぞ」

「…………箒は相変わらずな攻め方だな。こう、ドシャー、ってきてズバンッって感じで」

「……何を言ってるんだ?」

「理不尽ってこういう時に使うんだろうな」

「私はどちらかと言えば、ズギャン! スパンッ! だ」

「そっちかぁ……」

 

 決して伝わらなかった訳ではないらしい。一夏にすれば伝わらない方が良かったのかもしれないが。

 そういえばISに関して教わっている時もこんな感じだったな、と思い出して一夏は考えるのをやめた。考える意味なんてなかった。

 人の表現は千差万別。セシリアだって小難しい言葉で的確すぎる意味で伝えてくるし、鈴音に至っては感覚でどうにかなるよ! と言ってくる。ラウラなんて言葉を使ってくれない(肉体言語)のだ。唯一普通なシャルロットが一夏にとって救いである。

 

「そういえば」

 

 という箒の言葉で一夏は自分の不遇さを考えるのをやめた。きっと彼の親友にこの不遇さを語れば、「それにルアナちゃんも加わるんだろ? 不遇って言うのはソレを聞かされる俺の事なんだぜ」と言われる事だろう。

 箒の言葉を聞いた一夏は防具を解く手を止めて箒の方を向く。

 箒の顔は疑問なのか、笑顔なのか、仏頂面なのか、ともかく色んな感情をごちゃ混ぜにしたような随分と器用な表情をしていた。一夏はコレにはツッコンではいけない、と直感した。

 

「どうして急に剣道の試合なんだ? 訓練ならばいつもしているが……」

「今は千冬姉の言いつけでISを使えないし。俺は強くならないといけないからな……ちょっとでも強くならないと」

「……そうか」

 

 箒は内心で笑顔になる。というかお花畑でデフォルメされた箒が走っていた。

―やったー! 一夏が遂に決心してくれたぞ! これも私のアタックのお陰だな!

 アタック(物理)であることに彼女は気付いてない。ともかくとして、箒が内心がハッピーな状態、表情がごちゃ混ぜな状態。一夏は当然の様に彼女の心意を図ることなど出来ない。

 

「強くならないと、ルアナを守れないからな」

 

 その一言を吐きだした瞬間に一夏は直感した。

 疑問とか、笑顔とか、色々と混ざった箒の顔から笑顔が消えた。いや、表情自体は変わってないのだけれど、ともかく一夏はソレを察する事は出来た。それ以上は察せない。察してはいけない。

 

「――そうか、バーネットの為か」

「いや、みんな守りたいぞ、ああ、勿論だ」

「なら守れる様になるまで強くならないとな、さあ立て一夏。もう一本やるぞ」

「いや、箒さん。俺の格好を見てくれ。どう思う?」

「やるぞ」

「胴とか既に外して」

「や、る、ぞ」

「あ、はい」

 

 一夏は渋々、なんてこともなく、苦笑しながら防具を改めて付けて立ち上がる。

 手には竹刀があり、一夏はゆっくりと深呼吸をして、足を枠線の内へと踏み込んだ。

 

 少し、とは言わないが嫉妬をしていた箒とて蹲踞をすればある程度目の前の相手へと神経を尖らせる事ができる。

 過去の一夏は、攻めの姿勢を前面へと押し出していた。まだ幼かった、という事もあるのだろうけれど、それでも箒はソレに憧れる事もあったし、羨ましかった。

 審判のいない野試合であるこの試合に開始の合図はない。故に、互いに立ち上がった瞬間から始まる。

 

 箒は知っている。目の前にいる一夏が本気を出していない事を。いいや、彼は本気で篠ノ之箒と対戦をしている。

 きっと、それは篠ノ之箒と戦っている時の全力なのだろう。けれど、箒自身は知っている。ソレが彼の全力では無い事を。

 あの【福音】を落とした時の様な冷たい感触は無い。ISあってこそのあの感覚なのかもしれない。けれど、一夏は、一夏なのだ。

 攻勢であった過去の一夏も、今の守勢で一撃を狙う一夏も、すべて、一夏である。

 

 だからこそ、負けれない。

 

 不器用な箒だからこそ、一夏には負けれない。誰にも負けれない。

 長年続けてきた剣道でも、開発者である姉から与えられた【紅椿(最強の機体)】を得たIS戦闘でも。

 負けてしまう事などありえない。ありえてはいけない。なぜ力を得たと思っているんだ。負けない為だろう。

 

 あれ? どうして負けれないんだ?

 どうして力を得たんだ?

 

「うぉぉぉおおおおお!」

「ッ、はぁぁぁぁあああああ!!」

 

 少し反応が遅れたが、箒は容易くも一夏の攻撃をいなして、一夏の小手へと竹刀を振り下ろした。

 また乾いた音が響いた。

 

 

 

 

 

◇◆

 

 

「……それで、これを見てアナタはどう思うのかしら、バーネットさん?」

「…………」

 

 ルアナ・バーネットと更識楯無は向かい合う形でソファに座っていた。そのソファの間には机が一つ存在していて、その上の空中ディスプレイには箒に小手を決められている一夏が映っていた。

 

「そうね、実に、美味しそう」

「ねえ、お願いだから机の上のクッキーに視線を集中させて言うのはやめてくれないかしら?」

「美味しそうなモノを美味しそうと言って何が悪いのかしら」

 

 そう言いながらクッキーを一つ摘み口の中へと放り込んだルアナ。ん~、と目を細くして笑みを浮かべてもう一つ。

 目の前にいた楯無は溜め息を吐いて呆れる。

 

「で、一夏君の評価はどうなの?」

「以前のままなら中の上。今は上の下の下ね」

「ふーん……今の方が評価が高いのね」

「前の一夏の方が好みだけど……強くなったのは本当の様だし」

 

 その強くなったことが気に食わないのか顰めっ面でクッキーを咀嚼するルアナ。

 楯無は空中ディスプレイの内容を変える。そこには白い仮面の一夏が映っていて、手には鍔のない真っ白い刀を握っている。

 《雪片弐型・合口拵》と呼ばれる武装。そして二次移行を果たした【白式】。

 

「ま、確かに強くはなってるわね」

「純粋に火力と速度が上がって……なんとも単純な結果だけど」

「近づいて斬る。一夏くんにしてみればソレで終わりですもの」

「だからこそ、脆すぎるのよ。一夏も篠ノ之箒も」

 

 ルアナは溜め息を吐き出して面倒そうに項垂れた。

 ソレを見て楯無はクスクスと笑い扇子を開く。『愉悦ッ!』とエラく達筆で書かれたソレを見てルアナはさらに溜め息を深くした。

 

「一夏は相変わらず私を守るんだー、って息巻いてるし……わかってるのかしら、あの子」

「何の事かしら?」

「楯無おねーちゃんにはかんけーありませんよー」

「あら、お姉さんに隠し事かしら?」

「簪の照れ顔なんて隠してませんよーだ」

「見せてくれるんでしょ? 見せる以外の選択肢アナタに無いものね、仕方ないね。ほら、早く! 急ぐのよ!」

「頼み事を一つ」

「クッキーなら沢山あるわよ!?」

「そっちじゃないわよ。どれだけ私が食い意地が張ってると思ってるのよ」

「それぐらい思ってるのよ」

 

 冗談交じりに扇子を開けば『照れ』と丸いフォントで書かれ、近くにはデフォルメされた簪らしき生物が描かれている。なんとも万能な扇子である。

 項垂れる事をやめて、姿勢を正したルアナは楯無をまっすぐ見つめる。深く青い瞳が楯無を映す。

 

「一夏を戻してほしい」

「……アナタなら出来るんじゃないの?」

「コレに関しては私は適役では無いのよ。それに一夏は私に甘いけれど、私の言葉をしっかりと聞くことはない」

「え? そうなの?」

「一夏はずっと私の事を避けてるから」

 

 楯無は驚いた様に表情を変えて溜め息を吐き出しているルアナを見た。

 どこをどう見ても、一夏はルアナを構っているどころか構いすぎているのだが。ルアナはいったいどれほど一夏に尽くして欲しいのだろうか。

 

「一夏が前のままなら、きっと私の言葉も聞くんでしょうけど」

「今はの一夏くんはダメ、と」

「そうね。勝手に決断しちゃったし……たぶん、今の一夏なら私の存在も否定しそうね」

「いやぁ、ソレはないんじゃないかなぁ」

「どうかしら」

 

 ルアナはクツクツと笑って見せて、天井を見上げる。

 その瞳に何を思うのか、楯無にはさっぱりわからない。ルアナを監視している中でも、一夏はずっとルアナの事を気にかけていた筈だ。けれどもルアナはそれを避けているという。

 

「で、頼めるかしら?」

「一夏くんを戻す、というよりは復讐という鎖の呪縛から解き放つ感じかしら」

「……随分な表現方法ね」

「簪ちゃんが好きそうでしょ?」

「あー、うん、ソウダネー」

 

 ルアナは面倒そうに吐きだした。ムッフッフ、と得意気に笑う楯無の扇子には『ドヤッ』と書かれていた。

 

「さて、話も終わったし。簪ちゃんの写真を早くよこせください」

「忙しいわね」

「生徒会長ですもの。忙しいわよ」

「そっちじゃないわよ」

 

 ルアナは溜め息を一つ吐き出して、空中ディスプレイに手を伸ばす。軽く触れて、干渉して、画面いっぱいに簪の顔が映った。

 臨海学校で自身の記憶媒体に収めた簪の顔である。

 緩んだ笑顔に頬を軽く赤らめて、その時点でルアナが発していた緑の粒子達が随分と幻想的にソレを彩っていた。

 

「…………」

 

 楯無は数秒ほどそれを見つめ、ルアナに向いてサムズアップ。扇子には『簪LOVE』と書かれている。どこのアイドルの追っかけだ。

 ルアナはルアナでそれを見て苦笑している。

 そして瞼を閉じて、自分用に保存している簪の泣きそうな顔やら、さらに緩んだ笑顔を見て微笑む。

 

「まだあるでしょ、ほら、早く出しなさい!」

「無い、無いたらない」

「もう、いけずぅ! 普段の簪ちゃんでもいいから、ほら、早く出しなさい!」

「あのね、アナタみたいに私は変態じゃないのよ」

「変態でも簪ちゃんを愛せれば問題ないね!」

「あるわよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っくち」

 

 既に自室に戻り、ルアナの為にマフィンを焼いている簪の口からくしゃみが出た。

 首を傾げて、風邪かなぁ、と思う簪。

 当然、彼女は生徒会長室で自分の写真がデカデカと空中ディスプレイに写り、更には姉と同室の親友の不毛過ぎる言い争いなんて知るはずもない。というか、知らない方がいい。絶対に。




>>簪キチ二人
 実は三人目がいるのだけれど、あの子を作者が書けないから不参加。

>>逆胴に関して
 相手の左胴から右胴に抜ける一撃。一本が非常に取り難い打撃箇所でもある。リアルな試合だと狙う人は結構少ない。
 取りにくい理由……というか審判がその一撃をあまり認めない理由としては真剣の場合そこに鞘があるので、ソレに邪魔されて断てない、という理由らしい。
 実戦剣術から遠く離れたスポーツ剣道でその理由が適応されるのもオカシイが。そういう事である。

>>俺の格好を見てくれ。どう思う?
 すごく……無防備です……。

>>楯無おねーちゃん
 イタズラ好きなお姉さん。妹に頼られると絶対に度が過ぎるシスコン。変態なシスコン。シスコン。

>>一夏の戻し作業
 原作通りに楯無さんからアプローチしてもらう予定。夏休み中には無理です。

>>「っくち」
 可愛い

>>簪ちゃん
 可愛い

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