私が殺した彼女の話   作:猫毛布

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エロ?回。
お薬は用法用量をしっかりと守って服用いたしましょう。
この文章は決して間違った方法での薬の服用を推奨している訳ではありません。


2014/04/15
誤字訂正


42.天国へブッ飛ぶ薬

 カラカラ。 カラカラ。

 シリンダーは回る。回る。

 視界は真っ暗だと言うのに、手で触っているから余計に強く感じる音。

 銃を倒して、シリンダーを元の位置へ戻す。

 両手の親指をトリガーに掛けて、グリップを握り込む。

 視界が隠れているから、どこを狙えばいいかわからない。

 ゆっくりと銃口を自分に引き寄せる。

 喉に当たる。

 顎を伝う。

 口を通る。

 鼻を避ける。

 目隠しの布に触れる。

 額に合わせる。

 ここでいい。ここが決められた場所。

 

 あとはゆっくりとトリガーを引き絞れば―――。

 

 

 

 

◆◆

 

「――――ッ」

 

 ルアナ・バーネットは目を覚ました。苛立たし気に髪を乱雑に掻き、ベッドから降りた。

 足音すら鳴らさずに移動して、キッチンへ。戸棚の奥へと仕舞われた小瓶を取り出す。

 いつぞやに一夏から簪へ渡された小瓶。その蓋を開けて錠剤を手の平に出していく。そのまま口へと運び、噛まずに飲み込む。

 グラスに水を注ぎ、喉に入った錠剤を押し込み、一息。

 

「…………」

 

 擬似ISであるルアナは普段は睡眠を必要としていない。それこそ、今まで眠った様に振舞っていたのは、その方が人間らしい、という単純な理由だ。

 けれども、今は夢を見ていた。浅い眠りだけれど、しっかりと眠っていたのだ。

 それは【ルアナ・バーネット】としてのエネルギーが不足しているからだ。だからこそ、待機状態に近い睡眠という行為を欲している。

 同時にエネルギー不足から未だに完治しない傷の多数がジクジクとルアナの眠気を覚ましていく。けれど、ひたすらに、眠い。

 グラスに新しく水を注ぎ直し、飲み込んでいく。冷えた水が喉を通り抜けて、胃へと落ちる。

 薬を二錠取り出して、口の中へと。喉を動かして無理やり嚥下する。

 

「…………ふぅ」

 

 この錠剤は実際のところ、ルアナの体を治癒するものでもなければ急激にエネルギーを回復する為の道具でもない。

 人間が食べた所で特別なことなど一切起きない、普通の鎮痛薬と睡眠薬の混合錠剤である。尤も、今となっては売り出されもしていない、製造禁止となってしまった錠剤だ。

 マトモに使えば危険性など一切ない。マトモに使えば、の話だけれど。

 ともあれ、言ってしまえば、オクスリである錠剤を飲み込み、どうにか精神状態を保っているルアナ。

 昔なら、これだけ摂取すれば天国に行けた筈なのに。頭の中も、そして現実でも、である。

 果たして彼女が天国にいけるかどうかなんて知ったことではないけれど。

 

 僅かな酩酊感を味わいながらもルアナは溜め息。この状態になってイライラはしないけれど、以前の様なブッ飛び方はしない。

 そのことは知っているけれど、やはり物足りない。

 ナイフを取り出して、調子外れな鼻唄を奏でながらフラフラとルアナは移動する。

 自分が眠っていたベッドの横には同じ形のベッドがある。布団に膨らみもある。

 枕元を見れば水色の髪も見える。縁のないメガネは隣に置かれている。

 まるで夜這いをするように、相手を起こさないように、ゆっくりとベッドの上へ膝を下ろす。

 ギシリとスプリングが響く。

 手を置いて、またギシリと響く。

 吐息が熱くなる。茹で上がった様に頭が沸騰する。

 喉を動かし、上唇を舌で湿らせた。

 ルアナは蕩けた瞳を彼女に向けて、顔に笑顔を浮かべる。

 体を跨ぐ様にしてルアナはベッドの中程に腰をゆっくりと落とした。

 左手に持ったナイフをベッドに突き刺す為に目の高さへ持ってくる。

 あとは落とせばいい。それでこの水色の髪の少女が泣き叫び、怯えた表情を作るだろう。

 ルアナはソレを想像しただけでブルリと震えた。口元に浮かんだ笑みが深くなる。

 発情でもしてるか、顔はほんのり赤くなり、呼吸は荒くなる。

 

「ん、っくふ……ふぅ」

 

 溢れ出る唾液を飲み込み、乾いた唇を赤い舌で潤す。

 下腹部からゾクゾクと断続的に刺激を運んでくる。

 

 ゆっくりとナイフを下ろす。布団に突き刺す感触も、肌を貫く感触も、肉を抉る感触もすべて手に伝わる様に、ゆっくりと、慎重に。

 

「ぅん……」

 

 ピタリとルアナの手が止まった。切っ先は布団の数センチ上で停止している。

 ルアナはようやく簪の顔を見た。水色の髪の少女、ではなく、更識簪に視線を向けた。

 幸せそうに眠る簪。

 ルアナは溜め息を吐き出してナイフを消す。

 簪を起こさない様にベッドから降りて、床にようやく足をつけた。ペタペタと足音を鳴らして、足の裏に床の冷たさを感じる。

 軽く水を被って、頭を冷やそう。頭を既に冷めているし、覚めていたのだけれど。

 どのみち、彼女は着用している機能を失ってしまったショーツを替えなくてはいけない。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇

 

 

 簪は目を覚ました。

 目の前には紫銀の髪の少女が眠っている。はて、今日は何曜日だったか。

 簪は慣れたように時計を確認して、休日でない事を確認して時間も確認する。ルアナが簪のベッドに侵入するのは休日が多いのだけれど、こうして何も無い、平凡で普通な平日に侵入される事もある。

 言ってしまえば、慣れたのだ。

 勘違いしてはいけない事が、ルアナの侵入に慣れてしまった訳ではなく、それによって慌てる自分に慣れてしまったのだ。

 今ならルアナを起こすことなく慌てられる。

 そんな、どこか方向の間違えた慌て方をしている簪。随分と器用な事である。

 言ってしまえば、頭の再起動が早くなった、という事なのだけれど。

 

「る、ルアナ?」

「……んぅ……」

 

 少し揺り動かしてみる。反応は微弱。そういえばルアナ自身が今は眠りの時とか言っていた様な気がする。眠りの時とか言いつつコチラに侵入してくるのは如何なものか。寝相が悪いにしても程がある。

 何度か揺らして見ればルアナは珍しく素直に起床した。眠たげに大きく口を開けて欠伸をしてボンヤリとした視線を虚空へと向けている。

 簪は思わず目をパチクリとさせた。それは簪に抱きつく訳でもなく、問題なく目を覚ましたルアナを見たからでも、こうして無防備を晒しているルアナを見たからでもない。

 

「どうして裸なの!?」

「……んぃ」

 

 まあ、そういう事である。

 白い肌を惜しげもなく見せているルアナ。先程までは布団で隠れていたから何も見えなかったけれど、今はベッドに座る形になっているルアナ。つまり、全部見えてしまっているのだ。

 慎ましやかな胸も、キメの細かい白い肌も、骨の膨らみや臍に至るまで、すべて空気に晒されている。幸いどうしてかショーツは履いていたけれど、そんな事は些細な問題である。

 

「……さくばんはー、おたのしみでしたー」

「いや、何もしてないよ!? 私は何もしてないよ!?」

 

 当然である。お楽しみだったのはルアナなのだから。簪は知るはずもない。

 慌てる簪を見て、ルアナはまだ寝惚けている頭に頑張ってエンジンを掛ける。

 そのままベッドに倒れて布団を被る。どうやらエンストを起こしたようだ。

 

「だ、ダメだよ、ルアナ! 学校! 遅れる!」

「わたしはー、転位するからー、もんだいないー」

「ダメ! それは危険ってシャルロットから聞いたよ!」

「だいじょーぶだ、もんだいない」

「問題しかないよ!? ほら、朝ごはん食べにいかないと!」

「……」

 

 顔を枕に埋めていたルアナは首を動かして簪を見る。慌てている簪。その簪を見て、ルアナは口を開く。

 

「私といると周りから引かれるから、簪一人で行けばいいよ」

「それはどう、でもいいから。早く起き、なさい!」

「…………」

 

 決して眠るための方便ではなかったのだけれど……。とルアナは内心で溜め息を吐き出す。

 どうあれ、ルアナが眠いのは本当の事である。

 

 

 

 

 

◆◇

 

 ルアナ・バーネットがISである。

 そういう少し捻じ曲がった事実は一年生から先輩へと伝わった。幸いな事がその情報がIS学園の外へと漏れ出さなかった事だ。

 けれども、それでもルアナを取り巻く現実は容易く彼女に牙を向いた。

 

 ヒソヒソとルアナの見える所で噂話。

 ルアナを避ける行動。

 ルアナを見ただけで顔を顰めたり。

 そんな現実を目の当たりにし、ルアナは涙を

 

「………ふぁぁ……ねむ」

 

 涙を……あの、ルアナさん? そんな面倒そうな顔してないで、ここはイジメや引かれてる事に涙するヒロインみたいな。

 そんなマトモの感性は持ち合わせていないルアナは悠々と開けてくれる廊下を歩く。モーゼか、君は。

 そんな態度を見ていれば、「やはりISだから」だなんて噂が助長するのだけれど、ルアナにとってはそれ程意味も興味もない。

 

 そんなルアナの隣には簪がいない。

 簪自身は着いて行くと言っていたのだけれど、ルアナがそれを拒絶した。どれ程の拒絶だったかと言えば簪が交渉材料に持ってきたマフィンを全て断った程の拒絶である。

 今のこの状態よりもルアナが悔やんでいるのは言うまでもない。

 ここに簪が居たのなら、彼女にとって余計な厄となってしまう。ルアナにとってそれは避けるべき事だった。

 自分に関わって面倒になれば、ソレはかのシスコンが簪とルアナを引き離す結果に繋がり、そしてソレは簪と一夏の関係に響くかもしれない。

 そう、自分に言い訳をして、ルアナは一人で歩くしかないのだ。

 

 

 教室に入れば視線が集中する。

 少しだけ集中して、無視されていく。

 ルアナは内心で溜め息を吐き出して、面倒だ、面倒だ、と何度も呟く。

 

「る、ルアナさん!」

「…………」

 

 目の前には金髪。長い髪の先をロールした少女。

 彼女はしっかりとルアナの方向を向き、頭を下げた。

 

「あの時は、本当に申し訳ございませんでした」

「…………」

「落とされた私が言うのもオカシイな事ですが、それでも少し頭を冷やせばわかった事でした」

「……」

 

 ルアナはそのセシリアの言葉を無視して隣を素通りする。許すも何も、ルアナにソレを許す権限はない。第一、ルアナは怒ってすらいない。

 そもそも、ルアナも反省をしている。あの時、自分が落とされなければ、と。勿論、かの頭に不思議の国を作成している天才に妨害されていても、落とす事は出来ただろう。ソレをしなかったのは自分の拘りが影響していたからだ。

 故に、ルアナにセシリア達を怒る権利はない。

 こうして謝られた所で、ルアナは困るだけなのだ。所詮は、自己満足でしかない。

 だからこそ、ルアナは何も言わないし、何も言えない。

 

 元々キツかった自分への視線をセシリア・オルコットに向けさせてはいけない。

 ここで口を開いて、セシリアを許せば、セシリアはルアナに受ける視線を知り、改善するために動くかもしれない。ソレはルアナにとって面倒になってしまう。

 好き勝手動く事ができなくなってしまう。

 だからこそ、ルアナはセシリアを無視する。

 

「ルアナ……さん」

「えっと、セシリアさん。ちょっといいかな?」

「……はい」

 

 困ったように笑顔を浮かべたシャルロットがセシリアの肩を叩いてルアナから離す。

 ルアナはソレをチラリと見て、また空へと視線を戻した。

 

 シャルロットはそんなルアナを見て溜め息を吐き出す。

 ある程度、ルアナの事を知っている……というかルアナという人物を簪を通して知っているシャルロットはルアナの事をある程度察している。

 だからこそ、こうして苦笑する事を隠せない。もしも誰も居なかったならば、ルアナはこの落ち込んでいるセシリアを慰めただろう。

 

「セシリアさん。ルアナはたぶん君の事を許していると思うよ」

「……無視されているのにですか?」

「うん。むしろ、怒ってないんじゃないかな」

「…………どういう事ですの?」

「ルアナが怒っていた……というか私達に言ってたのは、行動の危険とかだし。後半部分に関しては怒ってはいたとは思うけど、アレは別だと思うよ」

 

 アレも怒っている、というよりはまた別の何かだと思うけれど。そうシャルロットは考えているけれど、まあソレは今はどうでもいい。

 簪から聞いた話と現状を鑑みれば、自分達を巻き込みたくない、という事はなんとなくシャルロットにはわかった。

 

「なら、どうして……」

「それは、今のルアナの状態……というよりはルアナを見る視線かな」

「ルアナさんを……」

「僕達が普通にルアナさんと接すると、僕達に変な視線が向くかもしれない」

「そんなことっ!」

「うん、無いかもしれない。でもあるかもしれない。あってもセシリアさんや僕は気にしないけれど、ルアナ本人が気にするんだと思うよ」

「……なんですの、それ」

「ルアナはさ、あれだけ自由奔放に振舞ってても皆の事が大切で、大好きで……だから、あの時も私達の無事ばっかり言ってたでしょ?」

「……ならやはり」

「ダメだよ。ソレはルアナを否定しちゃうから」

 

 シャルロットはセシリアの腕を掴む。

 決してルアナの所に行かせてはいけない。きっと正直者なセシリアはこの事を明言してしまうだろうし、ルアナはソレを望んでいない。

 

「なら無視し続けろって言いますの?」

「ルアナをよく知ってる鈴音さんや一夏くんもそうしてるからね。たぶん、今は僕らも反省する時なんだよ」

「…………わかりましたわ」

「よかった。人の噂も四十九日って言うから、ルアナが擬似ISだからっていう噂も夏休み明けにはどうにかなってると思うよ」

「シャルロットさん」

「何?」

「四十九日ではなくて、七十五日ですわよ」

 

 セシリアはジトリとシャルロットを見た。見られたシャルロットはアハハ、と乾いた笑いを浮かべて視線を逸らせる。

 その様子に溜め息を吐き出して、セシリアは肩を落とす。

 

「わかりましたわ。今はどうこういたしません。 けれど、夏休みが終わって、この状態ならどういたしますの?」

「今のところ鈴音さんと計画してるのはルアナの前にご飯を大量に置くとか」

「そんな拗ねた犬の機嫌を取るんじゃないんですから」

「でも、機嫌は取れるよ」

「…………そうですわね。なら私も腕によりを掛けて」

「いや、うん、……ルアナは喜ぶかなぁ」

 

 背後に炎が見えてしまったシャルロットはセシリアを止める事は出来なかった。心の中でルアナに謝りながらシャルロットはから笑いをした。

 決して面白そうだから止めなかった訳ではない。




>>トリガーを引き絞れば
 名無しの少女の過去の話。ロシアンルーレットでお金を稼ぐお話。ブッ飛んだ嗜好のお金持ちさん達の楽しみ。これに関しては後後、ルアナと一夏の関係あたりで書ければいいなぁとか思ってる

>>すいみんぶそく
 エネルギー不足。エネルギーを極力消費しない休眠状態へと無理やり戻そうとする。どうにかしてエネルギーを補充しないとずっと睡眠不足のまま

>>全裸の理由
 星からの力をより効率よく得る為に肌を晒すのは当然の事である。むしろ必然である。そろそろヒュムノス語も勉強しなくてはいけない(戒め

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